真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「和服貞淑妻  ‐襦袢を濡らす‐」(2001『和服熟女 三十路のさかり』の2008年旧作改題版/製作:フィルム・ハウス/提供:Xces Film/監督:工藤雅典/脚本:橘満八・工藤雅典/企画:稲山悌二/プロデューサー:伍代俊介/撮影:井上明夫/照明:黒田紀彦/録音:シネキャビン/編集:金子尚樹/音楽:たつのすけ/助監督:竹洞哲也/監督助手:伊藤一平/撮影助手:林雅彦/照明助手:佐渡よしみ/メイク:パルティール/スチール:本田あきら・伊藤久裕/タイトル:道川昭/現像:東映化学/出演:沢木まゆみ・葉月蛍・佐々木基子・なかみつせいじ・竹本泰志・野上正義)。竹本泰志は、この当時は未だ竹本泰史ではないのかとも事前には思つたものが、よくよく調べてみると、泰史と泰志を併用する、ちやうど過渡期に当たるやうだ。
 文学界の重鎮・軍司三郎(野上)の屋敷を訪れた新任編集者の坂崎陽介(なかみつ)は驚く、軍司の妻が、学生時代の恋人・奈津子(沢木)であつたのだ。坂崎は妻・加奈(葉月)とは倦怠期すら通り過ぎ、一方奈津子は奈津子で、軍司自身は頑として認めぬ、歳の遠く離れた夫の隠せぬ老いから来る衰へに、不満を感じ始めてもゐた。初めは近付かうとする坂崎を奈津子がたしなめつつ、二人は微妙な距離感を保つ。ある日風呂場で軍司が倒れ、そのことを契機に、奈津子と坂崎は終に一線を越えてしまふ。束の間の、愛欲に任せる満ち足りた日々。軍司が回復した時、奈津子の哀願に気圧され、坂崎は駆け落ちする。
 佐々木基子は、奈津子の和装に欲情した坂崎が着物の女をといふリクエストで呼ぶ、生まれは関西のホテトル嬢・晴香。竹本泰志は、加奈の間男・浅野拓也。酒はビールしか飲まない坂崎を嘲笑するが、自らはまるで発泡酒か酎ハイがお似合ひの、更なるどうしやうもない安さを炸裂させる。
 お話としては定番中の定番ともいへるものながら、その割にと評すべきかだからこそといふべきなのかは微妙だが、あれやこれやの欠如が目立ち続ける。“綺麗な大根”沢木まゆみには、工藤雅典が志向だけならばした節は窺へなくもない、メロドラマのヒロインとしての重厚感は些か望むべくもなく、主演女優の資質をカバーする手数のあれやこれやも乏しい。一旦は軍司邸から手と手を取り飛び出したはいいものの、結局奈津子に幻滅したのか坂崎が、奈津子を独り置き姿を消す件などは、なかみつせいじの沈痛な面持を除けばあまりにも描写に欠き、何が何だか殆ど判らない。堂々と触れてみせるが開巻のショットからも繋がるラスト・シーンに於いては、奈津子は依然傲慢な軍司にも、決定力をひたすら欠く坂崎にも共に見切りをつけ、一人荷物を纏めると何処かへと旅立つ。男二人を袖に自由を目指し羽ばたくヒロイン、といふとまるで浜野佐知の映画のやうなラストでもあるが、今作の場合は比較として頑丈な思想に裏支へられた訳でもなければ、個別には基本的に終始積み重ねに欠くゆゑ、場当たり的な展開が力を持たない印象は兎にも角にも禁じ難い。濡れ場に突入すると俄かに手持ちを多用する井上明夫のカメラも、人を小馬鹿にしてゐるのかといふほどにピントを頻繁に失し、これでも商業映画かと腹立たしさすら覚えて来る。唯一シークエンスが十全に力を持ち得たのは、二重に情けなくもといふか哀しくも、不意に帰宅した自宅にて出くはした、妻の不貞の現場を押さへるどころか浅野にノサれてしまつた坂崎が、腹立ち紛れに春香を二度目に呼ぶ件。勝手な予想に反して洋服で現れた春香に対する、坂崎の憤慨は銀幕のこちら側でもシンクロして綺麗に共有し得る。春香の洋装に、坂崎が顔色を変へる瞬間は絶品だ。

 ところで、一箇所台詞がちぐはぐな場面がある。坂崎は餡子が大嫌ひだから羊羹など食さないといふ奈津子に対し、血色ばんだ軍司が「どうしてお前がそれを知つてゐるんだ?」。これで必ずしも間違ひであるとはいひ切れないが、ここはより望ましくといふか普通には、「どうしてお前がそんなことを知つてゐるんだ?」となるまいか。“それを”では、軍司も坂崎の餡子嫌ひを知つてゐるといふ文脈により近く、それでは、直前の三人で羊羹を食さうといふ提案に繋がらない。文壇にその名を轟かせる大先生にしては、日常会話に留まる局面ながら、少々ルーズな用語法が頂けない。軍司が奈津子と坂崎のただならぬ関係に思ひ至る重要なカットでもあるだけに、より一層不自然さが際立つ。表層的に、脚本の練りを欠いた部分といへるのではなからうか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )