いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

マーケット至上主義は死んだ

2008年09月30日 10時21分09秒 | 経済関連
「市場至上主義」だと、ダジャレだから(笑)。

世界の株式市場は爆下げ。
緊急経済対策は下院で否決となってしまったらしい。


米国企業の時価総額至上主義的な考え方は、今後退潮となるかもしれない。どうしてそこまで時価総額を信奉するのかと思うけれども、貪欲経営者たちの「打出の小槌」だったわけだから、しょうがないのかもしれない。


日本市場も共に沈んでいく。これが情けない。
現金逃避が続けば下がるに決まっている。
世界の富は、萎んだ。



法学教育の将来がおもいやられる

2008年09月29日 18時56分34秒 | 社会全般
どういうわけだか、フリードマンを持ち出せば済むと思っているらしい法学関係者はいるようだ(笑)。ロースクールや法学教育に重大な疑念を抱き始めた今日この頃ですが、旧制度の司法資格の方々とか大学教授クラスであっても、信頼に足る主張をするというわけではない、ということが判ったように思います。


司法試験合格者削減論への反論by米倉明教授@戸籍時報630号57頁 - ボ

(一部引用)

また,弁護士の水準を保つためには,弁護士の人数を保つべきという論理は成り立たないとして,医師の人数について同様の指摘をしたミルトン・フリードマン「資本主義と自由」を紹介されています。

さらに,法曹の質の低下については,旧司法試験合格者のレベルを要求するのではなく,ロースクールで3年間普通にしっかり勉強すれば到達するレベルでよいとし,また,質の維持については,弁護士の能力についての情報公開により,能力ない弁護士が国民から見放されて淘汰されればよいとされています。

=====


経済学理論で考えてみる、というのは多いに結構。しかし、それがどの程度現実に適用できるものであるのか、ということには慎重さが必要ではないか。特に、大学教授とか、法学関係の役員などをやっていて、言説に影響力を持つような人であるなら、「よく考えてから言え」と思わないでもない。

法曹の数を抑制するということの意義は、確かにあまりなさそう。医師の参入制限を少なくして大幅に人数を増やし、「収入水準を減らせばよい」とか言ってた人(某O弁?)もいたような気がする。が、法曹の規制や数の抑制をなくせばよい、という意見を聞けば烈火の如く怒るかもしれない(笑)。
経済学者とか、経済関係の言論をメシの種にして生きている人たちとか、誰でもなれるようなものであれば、「ニセ理論」とか「いい加減な主張」とか、大体何でもアリってことになっていて、その正しさは誰にも判らない、というような業界もあるので、そういうのと同程度の水準でいいならば、金儲けの為にあることないこと何でもござれ、ってことで、「消費者が判断すればいい」というような結論に達するかもしれない。
参入規制がない、というのは、ある意味「パラダイス」であり、ウソでもニセでもまかり通るということにできるわけだ。そうやって、人々から金を巻き上げたとしても、信じる方が悪い、見分けられない方がバカなのだ、ウソは淘汰されるから大丈夫だ、ということらしいから。実際、そんなことが達成されていますかね?市場の淘汰が、本当に機能していますか?自信を持ってそう主張できる経済学者がいるなら、是非ともご高説を拝聴したいものです(笑)。

まあ、多くの場合には、法学教授だろうが、経済学教授だろうが、弁護士であろうが、ニセの理屈を用いて商売したり、ウソを言っているのに「生き延びている」連中は大勢いる。そんなものに、淘汰なんか働いていない。普通の人々には、「誰が本当のことを言っているか」なんてことは正確にはわかりっこないからである。ウソが十分通用してしまっているからである。これはニセ医者であっても同じ。何年か何十年かニセ医者として営業していたとしても、一般人にはウソがウソとして見抜けないので、間違いだろうが何だろうが適当に診断名を付けて、薬を処方すれば「殆どの病気」はそれで対処可能であるからだ。自分の体が勝手に治してくれることが多いか、重大な病気になっていないで受診する人の割合がかなりいるからではないかと思う。


もし規制しないということを考えるなら、究極的には、どの業種であっても「資格」は必要ない、ということになるだろう。弁護士も医師も建築士も会計士も、誰もが営業できることにする、ということでよいだろう。そうしたとしても、「程度の低い」人間は、市場が淘汰(笑)してくれるはずだからだ。これを実践するとどうなるかというと、多分互いに信じることができなくなっていくので、非効率的な社会となってしまうだろう。手抜き工事の家やビルを建てられたとしても、多くの素人には気付くことができない。なので、自分自身が建築士と同程度の見分ける知識水準が必要になるだろう。そうじゃないと、程度の低い建築士を掴まされてしまうからだ。医師にしても、有能かどうかは自分で見分けられるようになるまで医学に詳しくなれば、ダメな医師に騙されずにすむかもしれない。つまりは、医師でもあり弁護士でもあり建築士でもあり…、そうやってオールマイティな、スーパーサイヤ人じゃなかった、スーパー知識人みたいになれ、ということだな。そこまで能力を高めたとしても、正しい経済理論を主張している人間が誰なのか、ということは、やっぱり判らないかもしれないが(笑)。


薬品・薬剤にしても、基準を設ける必要性はない。規制が悪だからだ。もし害があるなら、それは市場から排除される(笑)。だから、誰でも薬品を販売してもいいということにするべきだ、と言うのだろう。悪い商品というのは、市場の淘汰が働くのであろう?
食品の偽装にしても同じだが、基準値なんかいらない、ということだね?市場が正しく見抜いて、危険な物質が混入している場合においても、市場から排除されるに違いない。

本当にそうなんですか?
危険な粉ミルクは排除されるはずだ、とか、重篤な副作用がある薬品は排除される、とか、本当にそんなことが言えますか?規制がなくても、みんな間違うことなく健康被害のある製品は、「買わなくなる」んですね?
そりゃ、絵空事だろうね。

多分、規制にかかる費用全部をなくして、何か問題が発生した場合には事後的に補償すればよい、というような発想なのかもしれない。その方が「得だ」というようなことなんだろう。で、粉ミルクで死んだとしても、しょうがない、と。

誰でも何にでもなれるって素晴らしい。規制がないって、最高ー!
手術をちょっとくらいミスって誰かが死んでも、規制がない方が社会には役立つのだ、と。下手な医者は市場が排除するから、いいんだ、と。それは「命で払え」、と。代わりに「賠償金でどうにかするぜ」、と。
何でもかんでも賠償金でカタをつけることになることでしょう。で、弁護士は大儲けなんですね?(笑)


少なくとも、現時点においてでさえ、「質に疑問のある、能力のない弁護士」が普通に生き延びていたり、特定の「○○利権」なんかに群がっていたり、見放されるどころか蔓延っているという面があるように見えなくもない。
一般人にとっては、完全に質を見分けることなどできないのだ。


経済学者の意見を伺っておきたいのは、「あなたの命の値段はいくらですか?それは、ジンバブエの1人平均と同じですか?」だな。
GDP論争にも通じるのだが、経済理論で「命の値段」が算出できるのであれば、それを計算する方法というものについて、出してもらいたいね。それは、恐らく「普遍性」のあるものなのだろう。全世界でどこでも通じる「経済理論」であるはずであろう。
具体的に言えば、「『人の命』は平等・等価なんかじゃない。お前とオレの命の値段は違う」とはっきり示せばいい。それを証明できるのであれば、「たとえ1万人死んでも、規制がない方が『得だ』」というような主張が出されてしまうことも不思議には思わなくなるだろう。


結局、命の値段が安ければ安い程、「失敗した場合の対価」が小さくなるので、規制を撤廃してもよい、ということに傾きがちだろう。しかし、命の価値が高ければ「失敗した場合の損失」が天文学的数字になるので、「規制した方がよい」という意見に賛成するのではないかと思う。


ちょっと追加。

多くは、正しく判断することなど難しいのだ。だからこそ、今の状況が生じたんだから。格付けは評判とか評価機関の出した採点結果みたいなものなのに、それでも、悲惨な混乱を招いてしまったではないか。

サブプライムに怯える世界市場

この記事を書いたのは、わずか1年前。
多くの人間がいかに正しく判断できないか、ということが改めて再認識された、ということなのではないか?


市場が排除する頃には、大きな被害を蒙るということがあるのだ、ということを考えてみるべきだろう。賢明な人間なんて、そう多くいるわけじゃない。格付けとか、権威機関の出す評価なんかを信じても、やはり「騙される」ことはあるんじゃないか(笑)。



どん底くらべ~08年衆院選を占う

2008年09月28日 16時43分04秒 | 政治って?
まあ、簡単に言うと、どちらの地獄がいいか選べ、みたいなものかな、と(笑)。
獄卒に棘の鞭でしばかれながら針の山を登るのがいいか?それとも、沸騰した血の海を泳ぐのがいいか?
そうではあっても、選挙というのはとりあえずどちらか選ばなくてはならない。これが中々困るわけだ。

さて、この前にも書いたが、もうちょっと最悪ケースも書いてみようかと思う。
選挙予測の概観


選挙と相場は何となく似たところがあって、相場全体の雰囲気というかモメンタムがやはり重要。上げ相場の時はそういう勢いだし、下げ相場であればどんなに優良な個別銘柄であっても勢いには逆らえない、”みたいな”(笑)。なので、候補者の実力とか、個々の比較なんかはあるものの、大勢というのはその時の「相場環境」で大体決まってしまうだろうと思う。

そこで、過去の選挙結果から見た数字で、自民と民主の議席数を考えてみたいと思う。
前提条件としては、参考記事に書いた通りに残りの政党の取る数字を固定しておきますので。
再掲すると、共産10、社民5、あとは公明+残り全部で40議席。比例は41議席、小選挙区は14議席。共産と社民は恐らく全て比例だろうと予想しています。なので、公明が28~30程度は取るかもと思っていますが、ムネオ以外のミニ政党と無所属で分け合う、ということです。

そういうわけで、残り議席数は、小選挙区286議席、比例139議席の合計425議席。

①最悪ケース(単独政権)

民主が前回参院選と同程度に勝ってしまう場合を考えます。自民:民主の得票比率は42:58くらいでした。で、民主の圧勝となってしまったわけです(自民37、民主60、参考→07年参院選挙を振り返る

衆院選でもこの水準で大差となった場合には、こんな感じに。
・小選挙区
民主167:自民119
・比例区
民主81:自民58
合計では、民主248議席、自民177議席となって、民主の単独政権が誕生します。自民が大勝した05年衆院選でも、自民と民主の比例得票割合はざっと55:45であったので、これよりも差がついていることになります。
得票の実数で言えば、民主2400万票、自民1700万票、という感じ(全体で5900万票程度)。


②民主爆勝ケース(55%水準)

05年衆院選の感じ(自と民が立場逆転してる)に近いのがコレ。ただ、小選挙区ではタイマン勝負(笑)が増えるかもしれないので、思った以上に差が出る場合も有り得る(05年衆院選の東京圏、07年参院選の1人区のように)。
・小選挙区
民主157:自民129
・比例区
民主76:自民63
合計 民主233議席、自民192議席
得票実数は、民主2200万票、自民1800万票
これでもかなりの大勝。野党連立政権の可能性が出てくるかもしれない。


③自民負け標準ケース

民主が勝つというよりも、「自民がイヤだ」ということで、消極的な民主勝利ということかな。あまりに酷い大差にはならないだろう。
・小選挙区
民主150:自民136
・比例区
民主73:自民66
合計 民主223議席、自民202議席
得票実数は、民主2100万票、自民1900万票(割合は52.5:47.5)

民主と社民その他の連立でも過半数が取れないだろう。公明と組むか?


④接戦ケース

成り立ての麻生総理がよく頑張ったね、というケースかな。僅差で民主が上回るものの、自民もまあまあ健闘したな、と。
・小選挙区
民主146:自民140
・比例区
民主71:自民68
合計 民主217議席、自民208議席
得票実数は、民主2100万票、自民2000万票(割合は51.2:48.8)

自公連立でも過半数を取れない水準となる可能性が高いだろう。公明が32以上取らねばならず、それには、850万票くらいの票を集めねばならないが、民主が勝利していることから与党側への票は厳しいと思われ、現有31議席を上回るのはかなり困難ではないかな、と。無所属議員の動向が運命を左右することに??


⑤「逆転自民」ケース

今年前半の前評判(自民苦戦、政権交代期待論?)を覆して、麻生総理が逆転勝利をもたらすケース。
・小選挙区
民主140:自民146
・比例区
民主68:自民71
合計 民主208議席、自民217議席
得票実数は、民主2100万票、自民2200万票(割合は48.8:51.2)
参院選の時よりも、自民は約500万票挽回が必要。自民が第一党の座を守る。


どのケースでも投票率が低くなるという場合であれば、民主が2000万票もしくはそれを割る可能性もないわけではないが、6割程度の投票率であると民主の最低水準は2000万、というふうに見ている。問題は自民がどの程度取るか、ということで、いわゆる「反動票」効果がなくなると、民主の票がその分減り、自民に戻るだろうと思われる。


最後に自民が単独過半数を得るケース。
これは可能性が乏しい。自民党が本当に心を入れ替え(笑)、国民に真摯にお詫びをしてお願いするなら、勝つかもしれない。
そうだな、投票率が65%くらいで、自民が比例77、選挙区165の合計242議席確保、民主は比例62、選挙区120の合計182議席という感じかな。それでも民主は68議席の大幅増となるわけだから、まあこんなもんじゃないか、という印象を受けるだろう。自民は現有勢力を大幅に失って負けたとはいえ、実質的には勝ちだから。


さてさて、どうなりますか。



a banana republic with nukes

2008年09月27日 13時10分13秒 | 経済関連
finalventさん経由。


アメリカがバナナ共和国に成り下がってしまうのではないか、という米国人の危惧を初めて知りました。

Demolition accomplished - Paul Krugman - Op-Ed Columnist - New York Times Blog

核兵器がテロの手に渡ってしまうと大変だ、と常々主張する人たちは尽きないが、どういうわけか世界から「核兵器を根絶する」ということには反対するのである。誰かの核兵器保有を認めてしまえば、「平等」という観点からして「他の誰か」が核兵器を保有することを防げないのだ。核兵器が拡散したのは、元々の核保有国がそれを促進したに過ぎないのである。その元凶は誰にあるのかは明らかだ、ということ。元凶となった国々の技術が拡散し、それが敵対勢力にも同じく拡散しただけだ。つまり、テロの手に核兵器が渡るとするなら、元を辿れば巡り巡って「自分自身」に行き着くだけなのだ。


ところで、中々タイムリーな話題だったな。バナナ。
コレね>バナナのことだけど

英語が苦手なのだが、「banana repablic」というのは蔑称の一つらしく、バナナ輸出で生計を立てているような国のことを指す。典型的なのは中南米諸国に見られたような、貧しい国のことだ。植民地支配をしていたような先進国資本が、プランテーションのようなシステムで現地の労働力搾取を行って利益を上げつつ、現地人はバナナを生産して少しの現金を得て生きるだけ、というような国だ。

日本も総理大臣までもが「派遣社員」(笑)と罵られる国になってしまったので、ひとごとではないかもしれない。
搾取しているのは誰かと言えば、当然ながら大企業だ。大企業が「利益を上げる」為に、日本全国にバナナ市・町・村を量産した。無能経営者たちの多くが「自分さえよければいい教団」の教徒となり、悪知恵を吹き込まれた挙句に、バカな教義を盲信した結果、今のような状況をもたらしたのだ。そういうじいさん連中の為に、日本から多くの未来が失われてしまったのだ。愚かなり。



関係ないけど、ちょっと追加ダニ。
今は、バナナ売り切れってマジかよ(笑)。

テレビの影響で品切れ大騒動 バナナダイエット健康にいいのか(J-CASTニュース) - Yahooニュース


ダイエットブーム、恐るべし。
遂に「キター!!」ってなったわけですね(笑)。
良かったですね>バナナ協会(そんなのあるか知らんけど)



100年に一度の出来事

2008年09月26日 20時45分07秒 | 俺のそれ
それは、1913年6月に起こった。
これ以後、約100年に渡り、同じことは一度も起こらなかった。
しかし、その極めて稀な現象―太陽黒点が「一つもない」ことが1ヶ月も続くという現象―は、2008年8月にも顕れたのだった。悪魔が降ってくるほど悪い年ではないが、決して良い年ではなかった。


2008年という年は、歴史上でも重要な意味を持つ年になるかもしれない。
かつて栄華を誇ってきた Wall street とThe City が、ゾンビで溢れかえる死の街―まるで「ラクーンシティ」のようだ―と化し、ゾンビになる前の資本亡者たちが信奉してきた「貨幣の子たる貨幣」が一気に崩壊した年として記憶されることになるからだ。過去150年に渡って積み上げられ、その粋を集めたはずの「貸殖術」の敗北が、決定的となったのだった。この惨憺たる敗北で、2つの街は「首切り」の嵐が吹き荒れる惨劇の地となったことは確かだ。一体、何人の首が繋がっているだろうか?


経済学の歴史を見れば

アリストテレスが戒めたことは間違ってはいなかったと、ゾンビたちは初めて知ることになるだろう。彼らにもう少しばかりの知性が備わっていたなら、誰かがアリストテレスの言葉を伝えたかもしれない。そうすれば、壊滅的な損害を回避することができていたかもしれない。しかし、欲望は戒めの言葉よりも強く、欲望の亡者となったゾンビには、そうした言葉は通じないのかもしれない。


さて、太陽黒点の消えた1913年には、一体何が起こっていたのだろうか?

バルカン戦争が勃発し、翌年には第一次世界大戦が引き起こされた。人類史上、最も悲惨な塹壕戦となった戦争であった。

米国では、T.W.ウィルソンが合衆国大統領に就任した。ウィルソンは軍縮や民族自決などを唱え、後に国際連盟創設に繋がることとなった。米国は勿論加盟することはなかったが。

日本では、護憲運動が湧き起こり、桂内閣が総辞職し山本権兵衛内閣が誕生した。この山本内閣には、後に総理となる原敬が内務大臣、デフレ脱却に尽力した高橋是清が大蔵大臣に入閣していたのだった。後に国際舞台で活躍する牧野伸顕は外務大臣だった。

<寄り道:
牧野はパリ講和会議に次席全権大使(首席は西園寺)として参加した折、人種差別撤廃案を提案したが、英米豪などに反対されたのだった。この会議の随行員には吉田茂や近衛文麿などがいた。ウィルソン大統領はこの会議の議長で、反対に回るとともに、人種差別撤廃案を否決に追い込んだのだった。>


このように、太陽黒点の消えた1913年と2008年を対比してみると、米国大統領選や日本の内閣総辞職などが似ているようにも思える。単なる偶然に過ぎないのだろうけど。私は太陽観測マニアでもないし、何かの不思議なパワーがあろうと無かろうと、どちらでもよい。ただ、ロマンチックではある。だからこそ、「100年に一度の危機」だったのさ。それに、太陽黒点のせいにでもしなければ、大敗北を食らってしまった「金融のプロ」たちや「金融工学の学者」たちや「経済学の専門家」たちの立つ瀬があるまい。

やはり、ジェヴォンズの着眼点は非凡で素晴らしかった、ということなのかもしれぬ。

「法学が経済学を笑う」の図

そう考えると、要注意は来年の2009年ということかもしれない(笑)。

※間違えて2010年って書いちゃったけど、09年だよね。ボケたんだな…オレ。



選挙予測の概観

2008年09月26日 15時50分57秒 | 政治って?
小泉さんが引退を宣言した。この波紋は、次第に政界に広がっていくだろう。

一部には、「小泉路線を否定された」というような意見が散見されるが、恐らくそれは違うのではないか。小泉さんに冷や飯食いに追いやられた議員さんなどはそういうことを言うのかもしれないが、反小泉が主流というわけでない。改善するべき部分は未だ残されており、それが野党の攻撃に晒されているわけである。例の「ムダポ」(笑、無駄~PT)だって、「自民党内」でやっているのだから、ここで止まるわけにはいかないだろう。もしそんなことをすれば、党内の若手だって黙ってはいないだろう。小泉さんが引退したからといって、反小泉路線の象徴のような方々が勝利宣言できるほどの信認など、国民からは得られていないということを肝に銘じるべきだ。彼らの勝利では、決して、ない。

小泉総理の登場は、「時代が求めた」のである。『国家の罠』やNHKドラマ『監査法人』で触れられた「国策捜査」の背景にあったもの、それこそが、「時代の要請」であり「時代と戦う人」を生んだのだ。小泉総理誕生も同じく、彼のような宰相があの時代には必要とされたのだ。小泉総理だったからこそ、政治は動き、曲がりなりにも窮地を脱した。そういう時代だった。小泉政治は、だから、必然であった。偶然でもなければ、「if」もない。小泉政治の功罪は勿論あるが、薬にしても「実際に使ってみなければ判らない」というものがあるのであり、副作用は使ってみてはじめて判ることもある。それを使わずに済んだ、とは思っていない。自民党政治を変えた男、として長く記憶されるであろう。

「小泉改革」という言葉が象徴だとして取り上げたが、これはどういうことかと言えば、「小泉印」というか「小泉ブランド」に便乗したものだ、ということ。本当は、「小泉改革」とかいう改革なんてないんだから。普通であれば、「行政改革」とか「行財政改革」とか、そういう言葉を用いることが多いのではないかと思えるのと、これまでに「海部改革」「宮沢改革」みたいな言葉は用いられた記憶があまりないからである(私が知らないだけかもしれないが)。そういう点からすると、例えば「行政改革を断行します、年金改革をお約束すます」とか演説で言うのは判るのですが、小泉さんが総理総裁から(表舞台からも)退いているのに「小泉改革を行います」というのは、まさしく「他人の褌」なのではないだろうか、と。代替わりしたのであれば、先代の名前ではなく、やはり自分の「ブランド」を掲げるべきではないかと。自分が何かの改革を行う時に、その改革に対してただ単に「小泉」というネーミングを付けただけに過ぎないのだから。それは、何にでも付けることができるのである。

民主党が自民党に対して攻撃できる最大のポイントは守旧派的政治姿勢であり、改革後退を鮮明にすると自民党との差異を売り込めるので、自民党の苦戦は火を見るより明らかである。なので、改革姿勢を捨て去るわけにはいかない、ということになるだろう。それは民主党の攻撃手段を封じる為でもあるのだ。


今後の政局であるが、一般国民には何とも判り難い話であり、予測も何もない。とりあえず「選挙になりそうだ」ということらしいので、その結果なども含めて考えてみたい。

選挙によって、自民党が大幅に現有議席を減らすのは当然だが、どの程度取れるか、ということにかかってくるだろう。全体の得票率で35~37%取ると勝利することが多いので、自民党支持率が同水準を維持するなら、自公で過半数を取れる可能性は高くなる。民主党に同水準の得票率を奪われると、自民は負けることになるだろう。多分、自民が28~30%程度となってしまうだろう。

ざっと考えて民主党の現有議席から見てみると、小選挙区で100上積みで150議席(50%相当)、比例で40%取れたとして72議席、合計222議席ということになる。これでは過半数に届かない。社民や無所属の協力を得たとしても、多分届かないであろう。小選挙区の配分が民主170、自民100くらいの大差にならないと、政権を取るのが難しくなるだろう。小沢民主党が果たしてそこまで大勝できるのか、という問題がある。民主党が第1党に踊り出ることができたとしても、単独で240議席を取るのは、現状ではほぼ無理であろう。今の感じからだと、最大でも220議席、200の大台乗せ(解散前より86議席増)でも大勝利であろう。

自民は最低でも215~220議席獲得が必要になるだろう。
個人的予想は次のような感じかな。

まず自民、民主、公明以外の弱小勢力から。
共産 10
社民 5
その他 12
(その他には国民新党、新党大地、無所属等を含む)
合計27議席。480議席なので、残りは453。

公明だが、得票数は落ちてきている傾向と思うので、前回31よりも更に減少して28~30議席と予想。悲観的な見方をすると、28くらいではないかな。となると、残りは、425議席。これを自民と民主で奪い合う。

接戦で拮抗している場合であると、215対210とか、僅差の結果であることもあるかもしれない。少し差がつく場合でも、220対205くらいかもしれない。自公で240以上を取るには、公明28~30と考えると、自民が215は最低限欲しいな、と。

民主に220議席の大勝利(106議席増)なんかを収められると、大変なことになります。民主と社民(5)+国民新党(3~4)でも過半数に届かない、ということも有り得ます(自公も合計が233~235くらい)。
民主が小選挙区148、比例72の220議席、自民が小選挙区138、比例67の205議席、という程度の分れであると、十分有り得そうな数字ではないだろうか。そんなに突拍子もない数字でもない。自民が小選挙区を143、比例72取ると、215議席となって第一党を守れば、民主の小選挙区143、比例67の210議席を逆転でき、自公で過半数を確保することができる。最低限の目標だけは達成される。

結構僅差の攻防となるのではないかと予想。


最後に、多数派の問題について書いておく。
参院は野党が数的優位だ、ということは、総選挙で自民が勝っても解消されないから云々、という話がある。確かにそうだ。しかし、この野党の反対を封じる策はないわけではない。それは、国民にお願いする、という戦法である。野党が反対することを「国民に防いでもらう」ということは可能なのだ。その為には、与党側に味方になってもらわねばならないので、国民によく説明し、支援をしてもらえるように説得せねばならない。これに成功すると、政府が法案を出しているのに野党が反対している、という具合で、野党側を悪者にできるのである。野党側は国民の支持を失いたくはないと考えているので、国民世論が政府法案を支持しているなら、簡単には廃案には追い込めないのである。

これをやったのが、他ならぬ小泉さんであった。
郵政民営化関連法案こそ、数の論理で、(造反組の工作もあって)「参院で否決された」のですよ。はじめは、数では「負けた」のです。
今の自民党が「参院は野党が数で押してくるので」と泣き言をいうわけだが、それをさせないように封じ込める為の一手というのは、大衆支持を背景にして世論で野党の「数の横暴」に対抗する、ということです。これをやれば、野党も慎重にならざるを得ない。
小泉さんの場合には、反対する側が数的優位にあるのは、そもそも「自民党内」であったわけで、野党の反対に遭って潰されたとかではなく、同じ党内にありながら「反対に遭う」けれども、それを突破する為に国民世論という最大の武器を用いたのですよ。それから比べると、参院の野党の反対だけならば、まだマシなのではないかと思う。


参考:悲しき物語~「バルムンク」と「ストームブリンガー」

投票日の1週間ほど前に書いた記事だった。
「バルムンク」はまんまと向こう側に奪われましたよ。それが混乱を生んでしまった。
次は、小人族がどちらに味方するのか、大変気になるところだ。



ちょっと追加ですけど、小沢代表が例の大連立騒動で言った言葉をもう一度思い出しておくべきであろう。
それは、「民主党には政権担当能力がない」、だ。

代表自らが「自分の党には政権担当能力がない」と言ってるのに、その党に政権を取らせるのも、本人が政権奪取だとか言うのも、明らかにオカシイと思うが。民主党があの後に大きく変わったかというと、特に何も変わっていない。政策的に大転換をしたわけでもない。

率直にいって、現状では無理だと思う。
「お試し」で1回やらせてみて、って言うのも、信用できないな。何となく、超ナンパ男が「1回だけでいいからヤラせて」って言うのと、似てるような気もする(笑、見たことないけど。架空の世界ではいる)。


約束を守るというなら、応援してあげてもいいよ>太郎どの



財政赤字を心配する前に

2008年09月25日 22時00分01秒 | 経済関連
お得意の豪語癖が治らない人もいるみたいだな(笑)。

はてなブックマーク - 中川昭一氏のためのマクロ経済学超入門 - 池田信夫 blog

ハイレベルの論争が行われているのかもしれないが、もしそうだとして、本当にハイレベルの経済学者たちや実務家たちが大勢であったのなら、こんな「惨めな金融危機」なんか起こらなかっただろう(笑)。理論的にこうなることが判っていながら、どうしてわざわざ1兆ドルを超える損失を出したり、米国の高額所得者層である金融業を壊滅状態に追い込むほどの失敗をせねばならなかったのか、疑問に思う。今の事態が「予測できなかった」というのなら、その程度の実力しか持たない人々しか存在せず、「その程度の論争」しかできなかったからなのではないか?
だからこそ、歴史ある名門の金融機関が破綻に追い込まれてしまったのだよ。そういうのを「ハイレベル」と呼ぶには、若干の抵抗がある。理論の精度が高められ、知識や技術の完成度が高くなればなる程、結果予測の確実性が増すものなのだから。そこまでには、まるで届いていなかった、ということが判明したに過ぎない。べら棒に高い授業料となってしまったが。

もっと低レベルでしかないはずの某池○あたりに「簡単に答えが判る」のであれば、誰も苦労はせんわな(笑)。どうせ思い込みでしかない、間違った解説だと思うけど。仮定に仮定を重ねて、自分の都合のいい辻褄合わせをやったところで、ほころびは必ずあるんだよ、きっと。ま、見るべき価値はない。



経済学の初歩として、所得と消費や投資等の関係式(恒等式)がある。

  所得=消費+投資+政府支出+純輸出*  …()


また、政府の支出超過額(=政府支出-税収、要するに財政赤字額)は次のように表される。

  政府支出超過額=(貯蓄-投資)-純輸出*  …()

*:純輸出=輸出額-輸入額、とりあえず面倒なので経常収支とはしていない(資本収支とか所得収支とか出るから)


今の状況を考えてみると、これまでよりも今期は景気が良くないので、①消費が減少する、②投資が減少する、更には円高の影響や世界経済不振などで③輸出が減少する、原油高などの資源価格上昇で④輸入が増加する、ということが考えられるであろう。そうなると、()式において、消費、投資、純輸出は全て減少し、政府支出が不変の場合には「所得は減る」ことになる。すなわち、マイナス成長は避けられない、ということだ。

また、()式において、具体的に数字を適当に入れて考えてみよう。

とりあえず、ある期には、
政府支出超過額=5
貯蓄=100
投資=85
純輸出=10
であったとしよう。つまり、()式において、

 政府支出超過額5=(貯蓄100-投資85)-純輸出10

が成り立っている、ということだ。
この時、政府のプライマリーバランスは、赤字額が5ということになる。みんなに憎まれている財政赤字ってやつだな(笑)。

で、次の期には数字が変化して、投資と純輸出がそれぞれ5だけ減少、貯蓄は同じであったとしよう。すると、

 政府支出超過額=(貯蓄100-投資80)-純輸出5

となり、計算すると政府支出超過額は15となってしまう。政府の財政赤字幅が10だけ増大してしまう、ということだ。これは、恒等式の性質上、そうなってしまう。もしも政府支出超過額が5のまま変わらないようにすると、投資や純輸出が減少したのであれば、あとは貯蓄を減らすよりないのである。100だった貯蓄を90にすることになる。

景気後退局面では、投資が減少、純輸出も今がそうであるように減少するだろう。貯蓄を減らすというのがどの程度行われるのか判らないが、政府のプライマリーバランスを変えないようにするなら、()式の上では所得を減らすことになってしまう(消費減なので、所得-消費の値が小さくなる)だろう。これは、過去に日本が陥ってきた構図と同じである。

政府のプライマリーバランスをゼロにする為には、()式を見ればわかるように、貯蓄から純輸出を除いた分を「投資に回さねばならない」のだ。しかし現実には、民間投資がそこまで増えずにきたからこそ、(貯蓄-純輸出)が投資を上回った分だけ財政赤字となったのだ。ここ数年で外需主導によって景気が上向いたというのは、投資がそれ程大きく伸びなくとも純輸出が伸びると(貯蓄-純輸出)の値がこれまでより小さくなるので、仮に貯蓄と投資がそれまでと同じ値であったとしても政府支出超過額は減少する。恒等式なのだから、当たり前なのだ。


景気対策としては、消費を維持させるようにする、投資に向かわせるようにする、政府支出を使う、純輸出を増やす、のいずれかである。政府支出は景気が回復したなら、後退期よりも減らしてもいいわけだから、必ずやることが決まっていて必要な支出であるなら「前倒し」で実施でもいい。将来支出が今に回ってくるだけなのだから。
あと、消費意欲や投資意欲につながりそうな措置を実施するべきかと。今のような状況であれば政府系(金融)機関の持つ日本国債を市場で少し売却(金利低下=債券価格上昇なので少しは儲かるのでは?)し、その金で株式市場インデックス商品を買うとか。将来の物価上昇がある限り、長年待てば今の現金(または国債)よりも株式(類似商品)の方が有利になるはずだろうと思うので。国内資産を買うのだから、下支えになると思う。資金を数兆円入れるだけで、年金積立金の評価額がべら棒に変動するのだから、運用利回りも大きく改善する。住宅取得促進の為の措置を何かやるとか。

簡単な例として提案した>勝負に打って出る気力はないのか?


それと、以前に記事で紹介したポール・サミュエルソン教授の言葉を再掲しておきたい。

慰められる国、ニッポン


『それはあなたの知ったことではない。先にやらなければならない重要なことはほかにある。それは再び経済を成長させることだ。国債の残高について心配するのはその後でいい』



小泉さんが引退!?

2008年09月25日 20時03分19秒 | 政治って?
ええっー?
超ビックリ。

マジ、驚いた。
ロイター記事で見たけど、次期選挙に出ないって本当??


なんでかな…??
「小池かつぎ」でしくじったから?

これまで、小泉さんの旗印にしてきた方々は、どうするんかな?

政治に飽きたのだろうか?
まさか、うちで「小泉神通力」が消えていた、とか書いたから?
「Koizumi」の呪縛を絶て

そういうわけではないと思うけど。
一部の小泉待望論はまだ消えていないし、何も辞めなくても…

が、かつて中曽根元総理に「引退」の引導を渡したことを、自分では忘れていないのかもしれない。だからこそ、自分は潔く引くべきだ、と思ったのだろうか?
途中で「引くようなまねをしたくない」ということなのかな?
まあ、「変人」(笑)の考えることだから、よく判らんな。


小池さんは、地方票を全く取れてなかったので、そもそも目はないよ。
「小泉票」として議員さんたちから小泉さんへの票が集まっただけで、小泉さんが支持表明していなければもっと少なかったはずだよ。
だから、辞めなくてもいいと思うけどね。「強力なブレーキ」として存在していた方がいいと思うよ。



駐韓大使は何を話したか

2008年09月25日 13時02分13秒 | 外交問題
韓国の米国大使が交代したらしい。
前大使の評判の悪さが災いした、ということではないだろうが、今後の対北朝鮮政策の上で、何か影響があるかもしれない。


聯合ニュース 「韓国民の声に耳を傾ける」スティーブンス米国大使

【ソウル23日聯合】キャスリーン・スティーブンス駐韓米国大使が23日、韓国へ赴任した。
 仁川国際空港で行った赴任会見で、スティーブンス大使は「平和ボランティア団員として33年前に初めて韓国を訪れたが、米国大使として再び韓国に来ることになり本当に胸が一杯だ」としながら、韓国の政府と国民の声に耳を傾けていきたいと抱負を示した。1970年から1980年代にかけ韓国に暮らした経験、韓国での一般的な生活を知っているという幸運が自分を助けてくれるだろうとし、「皆の期待と希望に背かないようベストを尽くす」と意欲を語った。

 また、この30年余りで韓国は見違えるほど変化したが、依然として米国の長きにわたる同盟国であり、近しい友人だとし、米国大使として韓国に在任する間、変化した韓国の実情をきちんと理解・把握できるよう努力すると述べた。

 韓国語にも精通し「知韓派」として知られるスティーブンス大使はこの日、自らを「シム・ウンギョン」と韓国名で紹介し、会見も韓国語で行った。

=====


前任のバーシュボウ大使が「余計な一言」を言って、わざわざ火に油を注いだのが思い出される。

米韓関係と竹島問題


これより以前に、バーシュボウ大使の後任としてスティーブンスさんの名前は1月に挙がっていたのだが、議会が認めていなかったものと思われる。さっさと変えておけばこんなことにはならなかっただろうに、という後悔はあったかもしれない。お陰で、韓国のデモは勢いを増すことになった(笑)。

元々は、以前より交渉が続けられていた米韓FTAの話もあったこと、議会勢力でもボーカス上院財政委員長のような「強硬派」がいたのが災いしたであろう。牛肉輸入規制は全廃すべし、という強硬論者が少なくなかった。コナー農務長官代行やシュワブUSTR代表らの強い姿勢ということにも繋がっていたかもしれない。それ故、韓国政府は譲歩することを求められたかもしれないが、一般大衆からの思わぬ大反撃に遭って、ミスったということにようやく気付いたのさ。


こうした経緯もあって、親韓派のスティーブンス大使が関係修復の為には必要だ、と議会側も判断したのであろうと思う。米国側が自国の都合で強硬姿勢を貫き、相手側だけに譲歩を強要することは、かえって「悪い結果」をもたらしてしまうこともある、ということだろう。

それにしても、韓国在住経験があって、韓国名を持っていて、韓国語で話せる大使、なんて、そうそう滅多にいないのではないかと思った。多分、「声に耳を傾ける」と話すスティーブンス大使の方が、もっとうまく仕事ができるだろう。

日本国民は、何を学び、見習うか、考えるべきだろう。


参考記事:

日米安全保障戦略会議はどうですか?

→1972~95年の間に凶悪事件で逮捕された米兵の数は、沖縄だけで643人


米軍基地問題についての補足

この記事にも書いたが、「仕掛けてきた連中」というのは米軍ではない。もっと別の連中だ。彼らが脅しに用いたブラフが現実化してしまい、自ら墓穴を掘ったようなものだ、ということ。それが今、だ。


日本が何を受け入れ、どう行動するかは、自分たちで決めるべきだ。
外国の命令に従うわけではないという意志は、明確に示しておく必要がある。

これは攘夷なんかじゃない。
人間の、独立の問題だ。
国家としてのindependenceということ。

日本に排外思想が必要なわけでもなければ、現実にそんなことが起こっているわけでもない。日本人は、割と親和性が高い国民性だと思う。
何かの名称にしたって、「横文字」か「カタカナ語」が氾濫しているじゃないか。英語ばかりではなく、フランス語も、イタリア語も、ポルトガル語も、韓国語も、普通に見かける文字や語句というものが溢れている。そういう国なのだ。



It's the economy,stupid!

2008年09月24日 11時59分07秒 | 経済関連
昔のジャパン・プレミアムみたいなもんでしょ?

NIKKEI NET(日経ネット):外銀、なお資金調達難 金利、国内勢より0.4%高く

米政府が不良債権の買い取りを柱とする金融対策を打ち出したが、市場ではなお警戒感が根強い。金融機関などが資金をやり取りする短期市場では22日、外資系金融機関が国内勢より0.4%ほど高い金利での調達を強いられた。資金調達が難しくなった金融機関向けに日銀が設けている補完貸付制度の利用額も1年半ぶりの水準に急増した。

=====

ドイツの銀行だったかみたいに、リーマンに送金しちゃって大損、ということもあるので、慎重にならざるを得ないのかも(笑)。
ある意味、自業自得だから、しゃあないんじゃないか?これが金融。そういうルールなの。


とりあえず今の日本の状況はどうなのかと申しますと、一に経済、二に経済、三、四がなくて五に経済、ということではないかと思います。

NIKKEI NET(日経ネット):麻生新総裁 「経済通」支える人脈

とりあえず、経済運営を何とか頑張って欲しいな、と。


ところで、よく「財政政策は無効」とか言う人たちを見かけるのですが、いつも疑問に思うのですよ。本当にそうなんですか?って。
出血しているのであれば、止血しなければならないのは誰だって判っているわけです。原因に対する処置としては、「止血」が正しい。だから、原因を検索して、出血点を正確に探し出し、そこの止血をすると出血は止まるわけです。当たり前なんですわ、そんなことは。けど、それができりゃ、誰も苦労はせんわな、という局面というものがあるんですよ。

「ジャブジャブ輸液したり輸血しても効かねーんだよ、間抜け」とか言うわけですが、現時点でジャンジャン出血して循環血液量が減少していってるなら、たとえ「入れても入れても、出ちゃうね」ということが判っていても、輸血しなけりゃ死ぬんだわ。血圧が低くなりすぎて、心臓に血液が戻らないとか拍出量激減とかになれば、やはり循環を維持できないので、時には昇圧剤は使わざるを得ない場面というのもあるわけです。昇圧剤を入れたのに、「血圧が思うように上がっていなかった(それとも下がった)」という結果が観察されたとしても、これを「無効であった」とは言わないと思います。「入れなければ、もっと下がっていて助からなかったかもしれない」ということはあるんですよ。

ですから、たとえ正確な原因究明ができていないとしても、とりあえず「今できること」の選択肢の中から組み合わせて、全力で「救う」ことに賭ける他ないわけです。「輸液は効果がない」とか「昇圧剤を入れても血圧が下がったじゃないか」とか言う連中が、もっと違う処置や対処ができていたかと言えば、そんなことはないんですよ。もしもそこで輸血や昇圧剤を使ってなければ死んでしまっていたかもしれない。無効だ、という意見を言う連中の言い分が正しいと証明できるのは、「診断が正確にできる」ことが最低限必要だろう。完璧に原因を探し出せる、その原因に対する処置が確立されている、ということを示せるなら、「無効だ」という主張にも意味があるかもしれないが。

それができないのなら、無効だ、という断言は誰にもできないのではないかと思いますね。
ああ、これはエンドトキシン・ショックですよ、とか、急性心筋梗塞ですよ、とか、正しく診断がつけられなければならない、ということ。それには、病態が正確に判っていること、鑑別診断ができる(診断技術がある)こと、治療方法が判っていること、というのが揃ってはじめて、「~の治療には○○は意味がないよ、無効だよ、もっと別の××という処置をするべき」とか言えるのだよ。そういう理屈が判っていないのに、どうして「~は無効だ」とか豪語できるのか、私には判らない。大きな効果が期待できないとしても、死ぬよりはいい。少なくとも、見殺しにするよりは、ずっといい。


日本の金融機関が米国金融機関に出資・買収という動きがようやく出てきたが、むざむざと捨てるよりはいい。無駄金になってしまい損する、とか、日本の経営者がうまく使いこなせるのか、というような見方はあるが、リスクを取らなければ成功は得られないし、元々能力が高いのであれば大株主が細々と言わなくとも自ら仕事をするであろう。日本人は「もの言わぬ株主」の傾向がありますし(笑)。

御者が変わっても、馬車は走る。
馬が暴走しないように手綱を握ってさえおればよいのだ。


日米関係が、relationship that was not appropriate(笑)と言われないように、互いに努力することが必要だ、ということ。



テロリストと悪

2008年09月23日 15時20分25秒 | 俺のそれ
幾度も取り上げて恐縮だが、『ダークナイト』がどうしてあれほど素晴らしい作品であったのか、というのは、観る者に「深く考えさせる」ように作られているからだ。ちょっとネタバレになってしまうから、注意してね。


「二つの顔」は、象徴でもあり暗喩でもあるだろう。
キカイダーの顔と同じようなものだ。
1人の人間の心の中にこそ、「善と悪」が生じるのだ。
自分の中には、確実に悪が潜んでいる、ということを示しているのだ。
バットマンは、自分の心にある悪との葛藤に苦しみながらも、乗り越えることはしなかった。
それはどうしてだったのか?
個人の憎悪を何とか抑制する高い目標・志と、信頼、だ。
目標や志は一般的に判りやすいだろうと思うが、信頼というのは何かといえば、「彼を信じる仲間、人々」と「彼が信じた一般大衆」ということだったと思う。

バットマンを支え、信じてくれる仲間、その気持ちに応えたからだ。仲間がいなければ、「正義を裏切る」ことだってできていたかもしれない。だが、彼はそうしなかった。また、愚かしく見える一般大衆の為に、バットマンが「何故正義を貫かねばならないのか」と思うことは不思議ではないだろう。現実社会では、そういうことはよくある。そうではあっても、バットマンは大衆の持つ良識や正義の心を信じたのだ。その期待を、大衆は裏切らなかった。善き人間でありたい、とする人々の心は、どんなに悪事を見せつけられても「壊れなかった」のだ。だから、バットマンは大衆を裏切らなかった。こうした信頼があったことが、一線を超えることを阻んだのだ。

一方、検事は復讐の業火に焼かれてしまった。憎悪が、彼の心にあった「信じていたもの」を壊したからだ。仲間であるはずの警官たちは裏切り、大衆もまた彼を裏切った。検事の心には信頼が残されてはいなかった。だから、彼は正義を捨てたのだ。

復讐、憎悪、報復というような感情は、心の奥底にある「悪」を目覚めさせ増幅し巨大化させる力を持つのだ。人間を確実に誤った方向へと導き、地獄の底なし沼に引き込むのである。この心理こそが、繰り返されるテロや民族間の殺戮を招く基本原理なのだ。悪に染まってしまえば、人の命を奪うことなど造作も無く実行できてしまうようになるのである。

好対照となった2人の男は、人間の本質というものを示す象徴であった。



何という偶然

2008年09月23日 15時11分46秒 | 俺のそれ
19日に記事を書いたのだが、タイトルはこれだった。
支点さえあれば…

いらぬ解説だと思いますが、一応書いておくと、「動かし方」の話だから、有名なアルキメデスの「支点さえあれば地球だって動かしてみせる」というのが思い浮かんだので、こういうタイトルにしたわけです。

(本当にアルキメデスがそう言ったのか、というのは知らない。けど、一般的に流通しているように思う。)


すると、どうでしょう。

こちらもたまたま書かれていたみたい。

茂木健一郎 クオリア日記 アルキメデスの支点

こういうのって、なんとなく不思議。

テレパシー?(笑)
一応、オレの方が先だから、書いたの。
つまり、オレの思念の波動(笑)が、ビビビっと行ったってことだな。




米英は麻薬を完全解禁すべし

2008年09月22日 21時45分20秒 | 外交問題
この前の記事に補足ですが、テロリストたちの資金源を枯渇させる対抗手段を書きますので。


以前にも触れたが、先進国内で麻薬を解禁すれば宜しいでしょうね。フリードマンの有り難いお言葉を噛みしめたらよい。まず範を示すには、米英両国自らが完全解禁して合法化したらよいでしょう。

関連記事:
エコノミスト金子洋一氏の記事について~その1・お詫びと訂正など
薬物規制の境界線


アフガン産の麻薬に対抗する為に、別な貧しい国で栽培してもらい、米英両国が輸入すれば大変喜ばれることでしょう。
「ヤクが合法化されて良かったぜ」とか、
「これまでは違法な売人だったが、明日からは胸を張って職業を言えるぜ、ヤクのバイヤーですってな」(笑)みたいに。


経済学理論でも正しいのでしょう?
だったら、早速導入しなさい。迷う必要性なんかないでしょう?(笑)
実際、イギリスは過去に商売していたんだし。

来週の『篤姫』はどうやら「薩英戦争」らしいですね。予告でチラッと出てました。薩英戦争の20年くらい前、イギリスと清(中国)との間で起こったのが「アヘン戦争」でした。多分、殆どの欧米メディアの外国人は知らないのではないかと思いますが、どうでしょうか。知的水準を疑うわけではありませんが、物言いから判断すると知らないんだろうな、と思いますね。まあ、某国の大学生がイラクやアフガンの場所も知らないなんてのは、ごく当たり前のようですから別に驚いたりはしませんがね。
アヘン戦争については、日本の歴史教科書にはほぼ載っているので、高校生くらいまでに全員が習うのではないかと思います。


このアヘン戦争が何故起こったかといえば、イギリスの輸出政策に原因がありました。当時のイギリスでは、清(中国)からの輸入品は多かったのですが、清向けのイギリス商品はあまり無かったのです。そうなると、清からの多額の輸入超過ということになっていたわけです。特に茶を輸入するのが必然でしたので、それに匹敵するような輸出品はイギリスには無かった、というわけです。
そこでイギリスは考えました。このまま清に払い続けると国内のお金が流出してしまうので、この代わりになるものとして、アヘンに目をつけたのです。
インドでアヘン栽培をさせてこれを安く買い、中国にアヘンを売った分でお茶を買う。インドにはイギリスからの輸出品を買わせる。するとどうでしょう!イギリスは金を払うことなく、清から茶を手に入れることができるようになったのです。海外に銀貨が流出することも防げます。

こうして、インドでせっせとアヘン栽培を強制、これを中国へ輸出ということをやったわけです。中国国内ではアヘン中毒が蔓延した上に、大幅な輸入超過に転落してしまいます。清の銀貨は大量に流出していったのです。イギリスが清に売ったアヘンは年間4千トン以上にも上ったと言われています。弛禁策(合法化して関税をかける)も宮廷内にあったようですが、清の皇帝はアヘンを何とか禁止するよう部下に命じました。そこでアヘン撲滅の担当になったのが林則徐です。清国内の法律によってアヘン輸入を禁止しましたが、密輸はしぶとく続けられました。密輸業者は殆どが英米の商船(privateerみたいな船だな)でした。
1839年に外国商人が持っていた1200トン以上のアヘンを没収し処分しました。また、イギリス人乗組員による中国人撲殺事件が九龍島で起こったことから、犯人引渡しを求めたにも関わらずこれをイギリス商船が拒否したので、港を封鎖し食糧供給を断ったのです。これに怒った英国商船が発砲し、ジャンク船などを破壊した事件がありました。中国の役人は賄賂ですぐに買収される、というイメージが定着しているかもしれませんが、林則徐はそうした賄賂にも買収されることなく取り締まったのだそうです。

このような林則徐の規律を守る厳しい姿勢とイギリス商人側の対立が深まり、アヘン商人たちはイギリス本国に武力制圧と処分されたアヘンの賠償を求めるように働きかけを行いました。その結果、愚かにも英国議会は清国派兵の議決を可決したのです。清の法律では禁止されているアヘンの密輸を武力で無理矢理認めさせる為に、清に殴り込みに行ったということです(笑)。イギリスの特別編成された東洋艦隊にとっては、中国のジャンク船などボール紙を燃やすようなもので、苦もなく打ち破りました。イギリス軍の戦い方は、日本に黒船がやって来たのと似たような戦術です。首都に近い海にいきなり登場し、人々の度肝を抜くこと、統治者を怯えさ弱気にさせること、です。浮き足立った清側は林則徐を解任し、イギリス軍との講和を試みようとしますが、失敗します。交渉決裂となったイギリス軍は、廈門・舟山・寧波・乍浦・上海・鎮江などを次々と攻略しながら、南京に迫ったのです。

この結果、清は負けを認め、イギリスに屈辱的な南京条約を結ばされました。
香港割譲、アヘンの賠償金、イギリス軍の戦費補償、5箇所の開港、などでした。他にも、最恵国待遇、治外法権、関税自主権放棄、等々(日本が後にハマるのと同じですね)、この後には落ち目の清国に目を付けたフランスや米国がほぼ同じような条件の不平等条約を締結させたのです。このことが清国滅亡の引き金となったでしょう。

参考>阿片戦争 - Wikipedia

(薩摩は英国艦隊とやり合ったが、英国船に砲撃してかなりの損害を与えたみたいだし、清国みたいにはぶちのめされずに終わったので、まあ立派だったんじゃないか。)


話が大きくとぶが、要するに、イギリスやアメリカが麻薬解禁とし、安価に安定供給できる栽培地を「アフガン」以外に作ればよいのだ。そうすると、アフガンで栽培される麻薬は価格競争に負けて商売ができなくなり、資金源としては枯渇していくかもね、ということ。これならかなり簡単にできるぞ。共同で企業を一つ作り、貧乏な国の土地を買い上げる。その土地で労働者を雇い、ケシを栽培させる。コーヒーのプランテーションみたいなものと同じさ。これまでそういう事業を散々やってきたから、きっと得意だと思うよ。
最近だと潜水艇まで作って米国に密輸しているらしいから、物流コストがべら棒に高いのだ。これを完全に合法化すれば物流コストが劇的に改善されるぞ。税収も大幅に増加するし、いいことずくめじゃないですか(笑)。


かつて、イギリス人が中国人に麻薬を売って商売をしていたんでしょう。インドで安価に栽培させられたでしょう。
ですから、それと似たような商売を合法的にできるように、「麻薬貿易自由化」でもやったらいいんじゃないですか?
そういう有意義な提案をしているのですよ。
経済学者に尋ねてごらんなさいな。賛成してくれると思いますよ(笑)。


ああ、因みに日本では無理ですから。
ジャパン・パッシング~ぅですので(笑)。



「Koizumi」の呪縛を絶て

2008年09月22日 16時12分06秒 | 政治って?
安倍、福田政権ともに感じるのは、「小泉幻想」からの脱却に失敗しただろう、ということだ。普通、これは仕方のない面もあるのだが、幻想を払拭できるだけの「意志表明」というものを明確にしなかったこと、スタイルを浸透させようとしなかったこと、そして、自らが「トラウマ」としてしまったことがあるのではないかと思う。

先代社長の評価が高いと、次の社長は必ず比べられてしまう。これは野球の監督であろうと歌舞伎役者であろうと、大体似たようなものであろう。一般的にそういう傾向にあるということではないかと思う。国のリーダーである総理大臣であっても、こうした比較からは逃れられない。政策を全部180度方向転換する必要はないし、路線変更が望ましいというわけではないが、「同じ路線」を行く場合であっても、「見せ方」の問題というのがあるのである。実は自分の政策ではなくとも、前政権から引き継いできた路線であるとしても、「あたかも自分の政策」のように見せるというやり方もあるわけである。そういう「自分のスタイル」で見せながら、国民の理解を得るとか支持を確保するという努力は必要になるだろう。


安倍総理の場合は、どちらかと言えば「小泉総理の遺産」を利用しようとした為に、「小泉幻想」の影響を色濃く受けすぎてしまったのではないかと思われる。「小泉改革」という語に、それが集約されているのではないかと思う。要するに、「他人の褌」のまんまで突き進もうとしたが故に、どっちつかずのようなことになったのではないかと思う。当然安倍総理は「小泉」ではないし、真似てみようと思ったけれども小泉総理がやったみたいなことは「小泉総理にしかできない」ということだったのではないか。

福田総理の場合には、安倍総理とは逆で「小泉改革からの転換」ということでやろうとした。それは党内の力学重視であり、自分の政権運営ということよりも、「自民党内の顔色」を優先させたであったろう。結果として、過去6年程度に渡って続いてきた「小泉路線」から、急に大きく方向転換しようとしたことで自民党内の守旧派復活路線となってしまい、「反小泉」色が出すぎたのではないかと思う。小泉元総理を意識しすぎたのだ、ということ。福田総理自身の判り難さ(覇気のなさ?笑)や、見せ方の悪さ(自分の意志や考えを全然言わない)が相まって、余計に批判されるようになった。「あなたとは違うんです」というのと同じく、「小泉くんとは違うんです」という意識がより強く働けば、「反対のことをやろうとする」ことになってしまい、そのことが「小泉幻想」に嵌っていたということではないかと思われる。

(小泉さんは、安倍総理に替わった途端に、表舞台から完全に姿を消したでしょ?
あれは、小泉流の気遣いというか、読みであったろうと思いますよ。小泉さんがでしゃばると、若い安倍総理が「物足りない」とか「見劣りしてしまう」ということが国民の間に出てくるかもしれず、そうなることを嫌った為でしょう。だから、福田政権の終わり近くになってからようやく、表に姿を見せるようになった。それまでは、小泉色を消しておこうと思っていたのだろうと思います。)


小泉さんは、実際に自分でやろうと思ってやったことは、実は少ないはず。郵政民営化くらいでは。道路公団問題というのは、特殊法人改革の一端であったろうと思うので、実質的な部分というのは踏襲されてきたことが多かったのではないかと思われるが、どうだろう。

参考記事:郵政民営化のまとめ編3

それ以外は、局面ごとの対処ということが多く、イラク派遣問題とか不良債権問題とか、目の前に出てきたことへの対処に追われていることが多かったであろうと思う。


他に大きな要因となっていると思われるのは、外国人たちであろう。特に、経済関係の人たちや海外メディアの人たちから見ると、小泉さんへの理解や人気はあったのではないかと思う。殆どの場合には、海外メディアの人が「小泉さん以外はあまりよく知らない」ということであろうと思う。興味や関心が高くなければ、日本の政治家とか実力者についてはよく判らないであろうと思う。小泉さんへの理解が進んだのは、単純に「在任期間が長かったから」ということだと思う。要するに、目にする機会が多かったから、ということだけだろう。そりゃ、何度も見ていれば「バカでも覚える」ということだ。なので、小泉待望論が多いとすれば、恐らく日本人よりも海外メディアの外国人の方だろう。「判りやすさ」というのを一番求めているのは、こうした外国人たちであると思われる。

日本の総理の就任期間が短いので、「日本の政治はどうなってるんだ」とか「日本のリーダーはダメなのが多いのか」とか、海外からの批判はあるかもしれない。安部、福田ともに約1年で終わるわけですから。だからといって、海外メディアから文句を言われなければならない筋合いというのは、なさそうに思える。
第1次大戦後のドイツでは、1919年からヒトラーが就任する前の1933年までの14年間で、14人の首相が就任した。短い首相ばかりだった、ということだ。逆に長けりゃいいのか、という問題もあって、ヒトラーは11年やっていたわけだが(笑)。それが、あの結果だったのだ、ということ。ローマ皇帝のネロも同じくらい長くやっていたが(14年程度)、名君であったという評価はあまり聞いたことがない。

ではダウニング街ではどうであろうか?
短期政権で終わった首相は輩出しない国である、と豪語するのかもしれない。
議会制民主主義の大先輩であるイギリスで、1721年にウォルポールが首相に就任してから約200年(!、日本の議会制の歴史全部よりも長い)後の1922年に、ローが首相となった。この後、ボールドウィンとマクドナルドが就任するのであるが、わずか2年足らずで3人の首相が登場していたのだった。歴史を辿ると短期間で政権交代が起こることだってあるのかもしれない、という風には考えられないのであろうか、と思わないでもない。

日本は、現在の憲法になってからまだ日が浅く、100年も経っていないのである。議会制となってからだって、たったの120年程度でしかない。欧米先進国に比べれば、政治体制の歴史を持っていないのである。日本国の歴史は長いけれども、政治体制としては未成熟である部分はあっても不思議ではないのだ。だが、海外メディアの人間の目線というのは、大体が「優劣」で判断しているのではないか。しかも「日本の政治システムは、イギリスやアメリカやドイツに比べて…」というように、殆どが「自分たちの優位である部分」だけを取り出してくるわけだ。欧米人の特徴なのかどうかは知らないが、簡単にいうと「自分のことは棚に上げて、俺たちが優れている」と言いたいだけのようにも見える。自信過剰というか、優越感に浸りたい性分なのか判らないが、自らの真の姿を知らないからこそ言えるのかもしれない。

もしもイギリスの指導者たちが本当に優れ素晴らしかったのであれば、今頃は米国を抑えて世界1位の経済大国であったとしても不思議ではないだろう。かつて栄華を誇った世界ナンバーワンの大英帝国が、現在のポジションまで落ちるはずもないであろう。例えば「Economist誌」が本当に優れた正しい意見だけを載せているなら、恐らく大英帝国の繁栄は今なお続いていたことだろう。全ての答えは、かの雑誌に書いてあるからである。彼らの言う通りの経済運営を行えばよいからである。しかし、現実はどうか?知的で優秀な記者たちが書いた記事は、大英帝国を世界ナンバーワンの座から追い落とすには十分な内容であった、ということらしい。

同じリーダーが長く率いているからといって、それが「一番効果的」かどうかなんて判らない。10年やる指導者が本当に優れていて、2年しかやらない指導者は明らかに劣っている、などということが判るのだろうか?つまるところ、「ものは言いよう」である。


外国人記者たちは、「小泉」的人物を再び求めるかもしれないが、日本の国民が求めなければ「政治」には意味がないことを知るべきだ。外国人の為に政治があるわけではないのである。日本では、「小泉」的なものを求めているのが多数派なわけではない。だから、麻生さんも変に「小泉幻想」には関わることは避けた方がよい。小泉さんは「歴史に名を残した」ことは確かであると思うが、既に過去の人だ。「Koizumi」の郷愁に浸るのは、外国人だけでいい(笑)。
安倍政権でも、福田政権でも、どちらにおいても、本当は「小泉」の神通力は失われていた。
とっくの昔に「小泉」神通力が失せており、だから、多くのマスメディアの人間たちが「小泉」を持ち出す度に「それは幻想だろう」と思っていたよ。今更何を言っているのだろうか、ってね。

麻生総裁が誕生したら、過去のことよりも「信念」と「自分のスタイル」を生かして欲しい。


<番外:
麻生さんのことを、ウチの記事では親愛の情を込めて(笑)親分と呼んできたが、もう呼ばないようにするよ。
クールビズ初日の、あのネックレスとか、いでたちを忘れないよ。ブログを始める以前には、あんまりよく知らない政治家だったけど、まさか総理総裁になるとは……。コレね→遂にキャップ・・・と勝手に「クール・ビズ」ベスト選出
あれは3年まえ~って、「ちあきなおみ」じゃないけど、違うな、4年も経つのか。感慨深い。人生って、意外。「中2階」組だったと思うけど、既に死語だな。>



何故米国はテロに狙われねばならないか

2008年09月21日 17時22分14秒 | 外交問題
米国はイラク戦争でイラクの石油利権を確保することと、イランに対する「西側防壁」を築く必要があった。サウジをはじめとする湾岸諸国への緩衝地帯があることは、中東の安定に役立つと考えられるからだろう。ペルシャ湾を挟んでイランと向かい合っているので距離的には近いのだが、「海がある」というのは、それだけで緩衝作用を持つのかもしれない。


一方、イランの東側はといえば、パキスタンとアフガニスタンがあるけれども、どちらも米国の戦略が成功を収めているとは考えられない。パキスタンは一時期インドとの緊張緩和や旧西側諸国との関係を改善したものの、再び混乱に陥りそうな情勢となっている。米国がインドに肩入れし「インドの核」を認めるに至ると、パキスタンとしては「面白くない」ということになるし、いつまでも「親米路線」を続けることもできなくなるだろう。ムシャラフ大統領が去った今、パキスタンは独自路線を進むかもしれない。アフガニスタンについては、旧ソ連時代も含めて30年に及ぶ戦争の歴史を持つので、そう簡単に戦争を終わらせられるとも思われない。むしろ、米国が介入するようになってから、事態は一層悪くなった。その悪化した地域に、「酷くなったので戦力を増強する」という米国の軍事的方針そのものが、何の効果をもたらすのか定かではない。


現在アフガニスタンで米軍やNATO軍と戦っているらしい、テロたちの目的や目標というのは、一体何なのであろうか?

アフガニスタンの山奥に住むテロたちが、「米国占領」とか「米国支配」を目論んで、米国まで進軍して行くとでも言うのであろうか?
或いは、「虎の穴」(笑)のようなテロ養成所の本拠地があって、そこからテロリストが大量に送り出され、大挙して米国を襲いに行くということなのだろうか?
欧米諸国が介入することを止めたら、テロ国家が誕生してしまい、その国が周辺の国々に戦争を仕掛けたり、欧米に攻め込んだり(笑)するので、後々大変なことになってしまう、ということなのか?たった一つのテロ国家が誕生すると、その国が世界制覇をしてしまうと?


仮定でしかないが、もう少し考えてみよう。
アフガンから全軍撤退し、自由にさせたとしよう。
アフガン国内で内戦となって、米国の言う「テロ国家」が誕生してしまう、と。その国をとりあえず「ネオ・テロ国」と呼ぼう。
ネオ・テロ国は内政運営は自由なので、急速に軍事力や核ミサイルなどの攻撃力を身に付けて、世界征服に乗り出す。そうなれば、悪の帝国であるネオ・テロ国が世界を支配してしまうであろう。何としてもこれを阻止せねばならない。正義の国アメリカが、そうなる前に悪巧みを粉砕しなければならない。放置すれば、必ずや「ネオ・テロ国」が誕生してしまうであろう。

大体、こんなストーリーでしょうか?
つまり、ひとたびネオ・テロ国が誕生してしまうと、アメリカやイギリスやその他先進国の軍事力が太刀打ちできないくらいに強力な国家となってしまい、みんなが勝てなくなると信じているということであろう。テロ指定国家である北朝鮮は、軍事力を背景にゴネて「金をせびる」が、国自体は極めて貧乏であり、韓国、中国や日本に攻め込める程の脅威とはなっていない。もしそれ程の脅威国と認定されているなら、米国が2国間交渉などするはずもなく、軍事的攻撃によって北朝鮮の軍事力を破壊し政権を倒してしまっていても不思議ではない。だが、現実にはそうなっていない。「ネオ・テロ国」が誕生したとして、本当に強力な軍事国家ができるのだろうか?米英軍を打ち破れる程に強力な軍事力を持つことが可能なのだろうか?私には、そんなことが可能とは思われない。

実際には「強大な敵」でも何でもなく、ただの辺鄙な片田舎にいる武装集団、というだけに過ぎない。
米国本土でテロが行われることがあるとしても、それは戦争なんかではない。単に憎まれていたというだけ。報復の連鎖を引き起こした元凶である米国に対して、仕返しが行われたということだ。その種を蒔いたのは誰か?米国自身だ。重大な犯罪ではあるけれども、国家間の戦争ではない。過去40~50年間で、テロ行為が行われたことを理由にして戦争を行うということが、果たしてあったのか?
アイルランド、スペイン、イタリアなどが数十年も続く戦争となってしまった、などということは聞いたことがない。


海上でテロリストが攻撃してくる、という話もあるが、もし実際にいるとしても、それはアフガンではないだろう。陸地を飛び越えて海に攻撃には行けないからね。パキスタンやイランにテロの船がある、とでも言うのであれば、その船を攻撃する方が効率的である。アフガンの山奥に行くより、断然早く片がつく。
ソマリアのように海賊行為で稼ぐ連中もいるようだが、それは戦争には関係のない話である。海賊退治なんて「対テロ戦争」なんかじゃない、と言っているのですよ。


麻薬密売取引によって金が入り、その金で武器を買い、結果的にテロが武力を持ち続ける、という話もあるが、それなら資金源を絶つことを考えれば済む話ではないか。買ってる連中がいるからこそ、金になるわけで、それはどこの人ですか、と言えば先進国の誰かであることが圧倒的に多いだろう。自国内の麻薬密売者を徹底的に摘発してしまえばいいだけだ。どこかの国のように、死刑や終身刑なみに重い刑罰として、麻薬密売ルートを壊滅させたらいいよ。買う人間がいなければ、誰も作らなくなるに決まっている。売れないのに麻薬栽培したいアフガン人は誰もいない(笑)。
もっと極端なことを言うなら、「もっと安い麻薬」を南米や東南アジアあたりで効率よく栽培して、合法的に商売できるようにしたらいいんじゃないか?米国ならば、それくらいは簡単にできるであろう。元々麻薬使用が蔓延しているし、麻薬禁止に反対する経済学者はいくらでもいる、ということなのだからね。資金供給を絶つ手段なんて、いくらでもある。

アフガンを放置したとしても、特別に凶悪な国家が登場してくるようになるとも思われない。強大な軍事力を持つのも難しいであろう。そんなに簡単に米英に挑めるのであれば、ロシアはもっと早くに実行できているだろう。


フランス革命が起こった時、フランス国内ではテロがごく普通に行われた。テロが成功したので、ギロチンで国王を処刑することができたのだから。既存の政治体制を倒す為の暴力、これがテロ行為と何ら違いがないのは当たり前だ。当時のフランスに介入した欧州列強国はあったが、フランスは戦い抜いて生き残った。フランス国民軍が海外の軍事勢力を退けた。ナポレオンも生み出してしまったけれどもね。
当時の介入した国々は、フランス国王側が正義で、テロ集団が悪いヤツラで、このまま放置すればフランスに凶悪なテロ国家が誕生するから、という理由とか大義名分で革命を潰そうとした。単なる自分の国の事情とか自己都合によるものだ。王権とか王政が揺らぐ、という危惧があったに過ぎない。要するに、これまで保たれていた「自分たちの権威(権限)喪失」と考えた国々は、フランス革命に介入して、反体制側の「テロ集団」(笑)を潰そうとしたということ。

アフガンのテロ集団を潰そうとしているのが、フランス革命への介入とはどう異なっているのか、その違いについてはよく判らない。
アフガンのテロリストたちは、テロ行為によって何処かを脅して金を奪ったりしているのだろうか?脅迫が成功しているのか?そんな話は聞いたことがないが。では、アフガン国外に「攻撃しに行く」というのが、政治的革命ではなくて「単なる暴力行為」に過ぎないから、その行為を止めさせる為に戦争を仕掛けているということか?それは国家の戦争ではなく、犯罪行為でしかない。
イギリス国籍を持つ人間がスペインでテロ行為を実行したら、スペインがイギリスに戦争しに行くのか?(笑)
パリにアジトを持つテロリストがベルギーでテロ行為を実行したら、ベルギー軍はフランスに攻め込むのか?(笑)
そんなことはあるまい。


元はテロ集団の打ち立てた国家であるフランスが、その後もテロ国家であり続けたとは誰も思わないだろう。テロを成敗するのは、犯罪行為を厳しく取り締まることであり、戦争をすることではない。
対テロ戦争とは、大袈裟に作られた「恐怖のイメージ」でしかない。想像上の産物なのだ、ということ。
米国が恐怖するとすれば、それは過去に「何人も殺しまくってきたから」であって、その仕返しを恐れているに過ぎない。ヤクザの「お礼参り」みたいなものと同じだ、ということ。犯罪は糾弾されなければならないが、根本原因がなければ「お礼参り」は引き起こされない。報復の連鎖は、誰かの命を理不尽に奪うという殺戮から始まるのだ。狂信集団の如く、思想的に「米国は滅びるべき国だ」と思われているならば、オウム真理教団の摘発と同じ意味合いであり、これも戦争ではないはずだ。米国は倒さねばならない、と考えるのと同じくらいに「イギリスは~(以下略)、フランスは~、ドイツは~」という具合になっても良さそうなのに、何故か狂信集団の敵とされるのは米国ばかりで(笑)、他の国は忘れ去られているらしい。


アフガンのゲリラやテロリストたちは、巡航ミサイルも持ってないし、ICBMも持ってない。戦略爆撃機もなければ、原子力潜水艦も持ってない。彼らの軍事力は、たかが知れている。その程度の相手に向かって、「強大な敵」もあるまいに。米国への攻撃は、厳しい入国審査や通信傍受や衛星画像・監視カメラなどの予防的措置によって、ほぼ防げているのである。これは犯罪予防という手段によって、「テロからの攻撃」というのがほぼ回避されているということであろう。「9.11」で受けた損害は小さかったとは言えないが、その死者数よりもイラク戦争やアフガンでの戦闘で死亡した米兵の数の方が多いだろう。これは、反撃する方が被害が大きい、ということなのではないか?

いうなれば、聖書の教えのように「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」ということで、無理に反撃しない方が被害は小さいのに、殴られたから「何倍か殴り返してやるぜ、完膚なきまでに叩きのめしてやるぜ」と思って殴り返すと、余計に被害を拡大して反撃する前よりも大きなダメージを受けているのと同じだ、ということ。キリストは、「右の頬を打たれたら相手に往復ビンタを返しなさい」とか教えたのか?そんな教えを説いたことなどなかろうて。


欧米人の出す理屈というのは、無知による「自分勝手な主張」みたいなことがあるように思われないでもない。元から「自分の為に都合よく組み上げられた理屈」を、相手に押し付けている、ということだ。
「十字軍は正しく、敵であるイスラム教徒は倒されなければならない」みたいに、欧米諸国が面と向かって大声で言えるのか尋ねてみたいものだ。

「キリスト教徒を迫害したイスラム勢力は悪なので、全部やっつけなければならない、キリスト教徒を殺したイスラム教徒との戦いに勝って、我々の正義を示さなければならない」

アフガン戦争が十字軍と同じだとは言わないまでも、攻撃する正当性の理屈や「対テロ戦争」というスローガンを掲げている精神性は、あまり大きな違いがなさそうにも思われるのである。