いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

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リベラル派の巻き返し?~新CEA委員長クルーガーの初仕事

2011年08月31日 14時16分08秒 | 経済関連
オバマ大統領は、もう一度原点に立ち返ってみよう、ということなのかもしれない。

それは、当選前に約束していた雇用、仕事を復活させること、米国の中産階級の豊かさを取り戻すこと、そういったリベラル的なものだったはずだ。

情報BOX:米オバマ政権が検討中の景気・雇用対策 | ビジネスニュース | Reuters

こうした雇用刺激策を打ち出すのは、先日バーナンキ議長講演でチクリとやられたから、というわけではないとは思うが(笑)。


オバマ米大統領、CEA委員長にプリンストン大のクルーガー氏を指名 | マネーニュース | 最新経済ニュース | Reuters

新CEA委員長のクルーガープリンストン大教授は、人的資本の研究で著名らしい。

オレの超訳・「経済刺激政策は政府と議会の仕事(バーナンキ弁)」

職業訓練や少人数教育の効果など、テロリスト育成研究(笑)以外にも成果があるようだ。どちらかといえば、労働政策に明るい経済学者ということのようである。また、実証研究を重視するタイプの人のようなので、ぼく個人的には好感が持てるな。あまり役に立たない机上の理論ばかりの頭でっかちよりも、実社会ではどうなのか、ということを考える人の方が実務向きだと思うしね。政策とは、神学論争なんかではなく、あくまで実利的な政治的抗争(調整?論争?闘争)の結果ですから。

そういう意味で言えば、労働政策重視に舵を切ったことを思わせる人材登用、ということになるでしょうか。

クルーグマン教授も少しは怒りを鎮めてくれるやもしれませんね(笑)。



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のだのだのーだー の~だ~

2011年08月30日 21時21分57秒 | いいことないかな
ま、どんな内閣、執行部が出来上がるか、見てみたら。


悲しそうな瞳で見ているよ~

のだのだのーだー の~だ~

何故かドナドナが思い浮かんだのだった。


特に、意味はないです。


お手並み拝見。
民主党の在庫処分セールみたいにならなければよいが。


因みに、懐刀って、誰なの?

どうせなら、財務官僚の中の、本物の「切れ者中の切れ者」、みたいな人を連れてくればいいのに。
いるんでしょう?
それとも本当にいないのかな?

菅総理時代でも、アレだったから、民主党の人材払底、というのと同じく、財務官僚でも払底気味なのかな?

そうか、本格派は今の時代にはもう残っていないのかもしれないね。
そういう人は、既に外に行ってしまって、切れ者じゃない人だけが出世しちゃったりして、中に残っているのかもしれないな。


そこらヘンは霞が関のしきたりとか内部事情に詳しい人じゃないと分からんのだろうけどね。


これでも本当にダメだった場合、日本の政治が悪いのか、霞が関が悪いのか、はたまた何が悪いのか、本当に誰にも分からないかもしれないな。真の失敗原因が見えにくくなってゆく、という恐るべき事態が待っているのかもしれません。


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やっぱり「泣き男」を選んだのが敗着では

2011年08月29日 19時43分21秒 | 政治って?
作戦の失敗だったな、これは。

欲をかいて、単独過半数を取れると過信したのが間違いだったのでは。


そもそも、出ないと言っていた前原が、急に出るわと言い出して、いきなり本命に踊り出たわけでしょう?
前原阻止、そういう流れだったはずですよね。

そうすると、前原vs反(非)前原、という路線で戦えば、勝ち馬側に残れた可能性があったのに、それをむざむざと捨てたわけだよ。

人間、チャンスと思えば、欲も出るってもんですか。
前原阻止、という動きを止めて、自分が本流ということを押し出した結果、前原と野田陣営の手を結ばせることを招いたわけさ。


「泣き男」に乗るくらいなら、残りの方で、という決断を招いたのは、小鳩連合が全面に出過ぎた結果なのだ。

ただ一点、前原阻止、前原包囲網、ということだけを掲げておけば、このような結果にはならなかったかもしれない。そうなれば、重要ポストの確保もできたかもしれない。今となってみれば、もう遅いわけだが。作戦ミス、だな、これは。


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目立たぬ日に、不思議なニュース

2011年08月29日 18時17分28秒 | 社会全般
今日は、新総理誕生一色という日なのだから、こんなニュースは目立たないわな。

警視庁、吉本興業から説明求める 紳助さん引退で近く - 47NEWS(よんななニュース)

警視庁が事情を聴く、なんてことは、かなり異例。
しかも、当人にではなく、雇用者である吉本に、だそうで。
ふーん。そうですか。
こっちは知らなかった、ということを言いたいわけですか。

ま、いいけど。
「どういうことなんだ、事情を聴いてこい」と言われたら、聞いてきます、って素直に答えましたよ、とかかな?
さる筋から、状況や事情の説明をしてくれと求められて、そうすると警察の方でも「それが、よく分からんのですよ」と。そんなトコですか?

ま、これが引っ掛かりのようなものだったわけさ。
トヨタと米フォード、新型ハイブリッドシステムを共同開発へ | ビジネスニュース | Reuters

フォードの以前からの振る舞いを知っている人間ならば、誰もが「おや?」と思う記事なんですよ。
まあ「仲直り」風なアプローチだろうな、ということは分かりますから、これはいいんですけどね。

ただ、紳助引退事件というのは、謎が多い、とは思いますわな。

参考>新秩序を構築する為のシステムの起動~激変するテレビ界 - いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」


あれだ、例えばセン石サンパチが登場してきた、”NモトTV”系列というのは、闇というか謎が多いわけさ。
最近は、必死感が漂っていますわな。別にいいけど。

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さてさて、財務省の時代がやってきた

2011年08月29日 14時48分18秒 | 政治って?
菅さんが財務大臣に就いて以降、財務省主導体制が維持されてきたということになろうか。

んま、これもしょうがないことだわな。
またしても財務大臣上がりの総理誕生、ということですか。
しかも、今度は谷垣自民党も「乗りやすい」野田さんと来てるから、方向は決まったも同然ですな。

財政再建一派の大勝利!!
ということになりますか。


考えるべきことを考えてやってくれるならば、いいんですけど、いきなり「増税だ」とかやりそうなので、ホント怖いんですわ。
「97年ショック」の悲劇を繰り返すのは、勘弁してくれ。


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白書(年次経済財政報告)くらいは読んでおけ

2011年08月28日 16時27分09秒 | 経済関連
今頃、何言ってんだか。
新発見でもあるまいに。

日本経済の苦境は生産性向上に頼ったせい? - himaginaryの日記

労働生産性の寄与度は高い、人口要因は(少子高齢化の進んでいない)他国に比べ不利に作用する、というのは、当たり前。

第1節 質の高い雇用と生産性向上

第3-1-10図 日米欧一人当たり実質GDP成長率の寄与度分解

それと、脚注にもあったように、林&プレスコットの指摘した労働時間減少というのも、あるかもしれない。
頼るも何も、日本の経済成長率の要因としては、人口構成上、労働人口増加率では成長への寄与が期待できないのであるから、労働生産性の寄与度が相対的に大きくなるに決まっている。

研究者とかなら、白書の中身とか一発で思い浮かぶのが当然なのではないかと思うが、そうでもない連中もいるようだ。普通、読んでおくもんだろうがね。
コーエンが言ったから、ということで、得意満面に紹介している某経済ナントカもどきもいるみたいだが、日本がデフレに陥った90年代後半~現在までの期間で比較してみて、労働生産性上昇率が日本と同程度の国を集めてきた時、日本みたいな苦境に陥っていると思うか?
多分、そうはなっていないだろう。低い労働生産性の国だとしても、日本みたいにはなっていないであろうというのが、私の予想。

その上、労働市場の硬直性が云々というのも、もっと●●じゃないかと思うが。


●●の見本>はてなブックマーク - 日本経済の問題は「デフレ」ではない : アゴラ - ライブドアブログ


ま、勉強不足、というやつではないですかね(笑)。



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梨田監督を辞めさせるのは、どうしてなのか?

2011年08月28日 11時34分11秒 | 俺のそれ
これ、マジですか?
ショックなんですけど。

梨田監督が退任へ、後任に栗山氏最有力…日本ハム:プロ野球:野球:スポーツ報知


監督交代って、難しいんだよね。チームの成績が酷いとか、低迷させて、万年最下位争いとか、そういうのであれば、当然交代もあると思うけど、そうじゃないからね。

楽天みたいに、監督を交代させてばかりで、チームが強くなっているかというと、そうでもないわけで。

梨田さんの交代ということばかりではなく、結局コーチ陣も含めた入れ替えということになってゆくので、作り上げてきたものが壊れる危険性もあると思っておくべきかと。それに、梨田さんは、中田もそうだし、大野も育てていかねばならんということもあるから、ここで替えるというのは、あんまり理解できないな。鶴岡にしても、大野加入の刺激を受けて、いい意味の競争だしね。

田中賢介離脱や小谷野の怪我などで不振とか、苦しい事情はある中で、ここまでの成績が残せているのは、立派だと思うよ。
中継ぎ、抑えの充実というのも、簡単ではなかったはず。

そこが盤石となって、先発が勝てる環境ということになったわけだし。


なので、監督交代は、結構なリスクを伴うのではないか、という危惧はあるわな。



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オレの超訳・「経済刺激政策は政府と議会の仕事(バーナンキ弁)」

2011年08月27日 17時28分09秒 | 経済関連
毎年恒例のジャクソンホールのシンポジウムだかフォーラムだかが開催されましたけれども、今回ほど注目を集めたことはなかったんじゃないかと思いました。
昨年の白川総裁講演は、大したニュースにもならず、まあそんなもんか、くらいの反応でしたので。

(※ちょっと訂正、28日17時頃:去年ではなく、一昨年でございました。オヤジになると年の経つのは早いもので、もう2年も経過していたとは…
これ>カンザスシティ連邦準備銀行主催シンポジウム(米国ワイオミング州ジャクソンホール)における白川総裁講演(8月22日)の邦訳「金融危機に対する国際的な政策対応」 :日本銀行 Bank of Japan
間違って、ごめんね>>日銀&白川総裁)



FRB: Speech--Bernanke, The Near- and Longer-Term Prospects for the U.S. Economy--August 26, 2011


ですが、今回のバーナンキFRB議長の言葉の中に「どんな文言が盛り込まれるのか」ということについて、経済関係者たちとか主要アナリストたちなんかが、耳をそばだてて聞いていたわけです。一言一句たりとも聞き漏らすまいと、耳をダンボにして集中していたわけです。

しかし、残念ながら、市場の期待をよそに、ありきたりの講演内容でしかなかったわけです。
私の理解で言えば、簡単に言うなら「金融政策でやれることはやっている、後は政府と議会が責任もってやってくれや」ということだったように思います。

米FRB議長によるジャクソンホール講演のポイント分析 | Reuters


ああ、「少なくとも今後2年間は金利を上げない」ということについては、かなり堅い言質のように受け止めてよいのだな、ということは確認できましたね。

FRBの”金融政策コミットメント”キター!→日銀「ホレ見ろ」勝利宣言


政策意図としては、中央銀行の「手札を市場に見せる」ということですから、割とはっきりとしたコミットメントということだろうと思いますね。市場参加者の行動は、それにつられるというか拘束される、ということです。「金利が上がらないなら、こうしよう」というふうに考えて行動して下さいね、投資選択や決定を行って下さいね、ということですもんね。

ですが、債務上限問題、格下げ問題、失業率高止まりに対する経済財政政策、これらは簡潔に言うなら「FRBの範疇の問題ではない、FRBの解決してあげられる問題というわけではない」ということなのです。まあ、政府や議会がしっかりやってくれや、ということも言いたくなるのですが、それを堪えているというわけです。


少なくとも日本とは違います。
行動や決定は早かった、と思います、日銀は遅かった。
故に、米国はデフレ突入には至らずに済んだ、ということです。初期治療の成果としては、確かなものだった、ということです。ショックへの対応は日本よりも良かった、これは確実です。これまでのところ、日銀の大失敗に比べて、米国の傷はまだマシ、という状況で留まっているのは、バーナンキ議長をはじめとするFRBの成果と言ってよいでしょう。


金融政策頼み、ということではなく、政府の姿勢や施策に頼らざるを得ない面はあるかと思います。こんなことを言うと、なんですが、日銀がかねてより言っていた「金融政策には限りがある、日銀にはできることとできないことがある」というのは、こういう時に用いても非難はされないかもしれません。日銀の場合ですと、まだできることがある(というより、更にやらねばならない責務がある)にも関わらず、そういうことを言うので批判されるんですけどね。デフレの深淵に落ちてゆくことを防いだFRBには、日銀のセリフを言う権利はあるかと思います(笑)。


ま、期待外れ、というのは、市場関係者たちの過度な希望と期待のせいなので、ある程度穏当な講演結果だったのではないかと思いますね。


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まさかの「泣き男」かよ・・・

2011年08月26日 21時04分43秒 | 政治って?
小沢さんの意向ということらしいが、終わったな。
よりによって、海江田を選ぶとは…

小沢氏は海江田氏支持=野田、鹿野、馬淵氏も出馬表明―最多5人、代表選27日告示 (時事通信) - Yahoo!ニュース


「泣き男」は論外


全く、話にならんよ。
海外首脳とかと話たりするのに、いちいち涙ぐんでたんじゃ、ダメだろうね。

そんなんだったら、小沢鋭仁とかの方がまだ器量よしだろうに。
いや、個人的には馬淵さんを期待するんだけどさ。


泣き男を選ぶというのは、サイテー近辺なんじゃ。
そうか、敢えて選択という高度な作戦なのか?

分からん。


が、ホント、泣き男が選ばれるくらいなら、エダノンとか、ミニ小沢(小沢さんと同じ名前だけど、小物の方ということ)とかの方がまだマシ。


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小沢批判急先鋒であったはずの前原が、「小沢詣で」か?(笑)

2011年08月25日 16時24分48秒 | 政治って?
人間、いざとなればどんなことだってできるようになる、ということかもしれない。

10年1月>脱小沢支配へ前原が“風穴”「悪夢のシナリオ」にホンネ - 政治・社会 - ZAKZAK

10年5月>反小沢ついに“戦闘開始” 前原、仙石ら11人が作戦会議!? - 政治・社会 - ZAKZAK


当時、小沢降ろしを画策していた連中に焚きつけられて、うまく役回りをこなしていた男が、前原だった。批判をしていたのであれば、小沢や鳩山グループに同調を求めるなんぞ、考えられんわ。

だが、権力のイスが目の前にあると思えば、前言を翻すことなど造作もないことなのだろう。代表選で前原を選んだ場合、献金問題の再燃というのをどうするのか。政治資金問題で小沢の責任追及をしていたのに、自らの問題には目をつぶるというのもおかしな話ではないか。

前原を引っ張り出してくる連中のオツムの中身

大蔵閥の暗躍?財政再建派の合従連衡


当方は、別にリフレ派でも何でもないですが。
馬●ではなくて、馬力の馬です。
ではなかった、「馬ノリ」ということになりますか。消去法的には、そういう選択しかないかな、と。野田さんよりはいい。

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新秩序を構築する為のシステムの起動~激変するテレビ界

2011年08月25日 13時19分13秒 | 俺のそれ
(以下は、フィクションです。映画のネタとか考えてみただけ)

大物と呼ばれる司会者が突如の引退を表明した。
それも、意外な理由からだった。特定組織の人物と間接的な接点があった、ということが、芸能人としては引退に値するものである、ということだったようだ。

彼は大物と呼ばれ出す前には、特別番組などで司会者を務めていたけれども、大物とは呼ばれていなかった。目端の利く人物という評価ではあったかもしれないが、君臨するほどの地位を得てはいなかったはずだ。一体、いつの頃から大物と呼ばれるようになっていったのであろうか?

彼を引き上げたのは、テレビ界の大物が後ろ盾に付いてからなのだ。
それは外部の影響を受けた結果に過ぎないものだった。当時の権力システムの一部が組み込まれていた。権力は、日本国外からやってくるものだった。そのシステムは、日本のマスメディアに浸透していた。テレビ界もその一部だった。情報戦略というのは、様々な形で洗脳装置としての役割を果たすのである。その末端に、彼は位置することになったのである。

つまり、彼本人の意思には無関係な部分で、上位権力者が外部の権力システムと繋がっており、その上位権力者の交代か駆逐されたことによる勢力地図の大幅な塗り替えというものが起こった為である。
新たに登場してきた権力者は、旧権力システムが用いていた支配システムを使うことは、双方にとって―いや世界中にとって―よくないと考えたのだ。彼はグローバル・ネットワーク時代のニューヒーローだったからだ。世界の人々が耳を傾けるほどのカリスマ性を持った、新たな政治指導者だったからだ。

その結果、旧権力システムに関わった人物の排除などが行われていったのである。上位部分の後ろ盾を失った国内権力行使層は、急速にその力を失っていった。
それはマスメディア界全般、そしてテレビ界にも勿論やってきた。


力の喪失は、エージェントたる上位者たちの地位をも奪っていった。
更に追い打ちをかけるかのように、新たな指令が出された。撲滅作戦である。非軍事的な暴力組織への攻撃だったのである。マフィア、大規模麻薬組織、ロシアン(チェチェン?)マフィア、そして、ジャパニーズマフィアたる「YAKUZA」を標的とした、これまでと異なる「正義の戦い」が開始されたのだ。

その一部が、彼と特定人物との関係性だったのである。しかも、上位者の交替によって、旧権力システムの手法は排除すべきという判断の下、上位者との関係性が問題視されたのだった。彼は、既にエージェントの一部をなしていたのだった。
ヤクザとの関係以上に、そちらの方がより問題視されたはずなのだ。ヤクザとの接点というのは、彼を排除する為の表向きの理由というものでしかない。大義名分がなければ「排除できない」ということで持ち出された理由なのではないか。

「切るべし」というご意向が働いたのは、対ヤクザ作戦と旧支配体制の消去、ということだったのではないか。


上位者の刷新が行われたであろうことを窺わせるのは、ほぼ時を同じくして、世界的大手自動車企業同士が「新たな関係」構築に向けて記者会見を開いていたことでも分かるであろう。これは、明確なメッセージなのである。「誠意を見せました」という返答なのである。それ故、かつて「関わった者」というのを”切るべし”ということにしたのは、「誠意を見せる」という点において同じなのである。
ただ、完全引退にまで追い込めということまで言っていたわけではないかもしれない。彼本人の意思として、だったらきっぱり辞めたるわ、ということで、カッコつけさせてくれ、ということだったのかもしれない。が、対YAKUZA作戦は、広範囲に及ぶものとなったことは、確かなのだ。


彼が突然引退となったのは、権力システムの上位者刷新と新たな「正義の戦い」というのが本質なのであり、末端が切られたに過ぎない、ということである。


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オススメ医療映画『私の中のあなた』

2011年08月24日 17時42分38秒 | 俺のそれ
日経メディカルのオススメみたい。

私の中のあなた:日経メディカル オンライン


8本のうち、2番目と8番目以外の6本はみてた。たまたまだけど。

日本で公開されたかどうか知らないが、頑張る母親、という役をキャメロン・ディアスが意外にも好演。

司法と医療の間柄、という点でも、見所満載。

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続・タイトルに偽りありの記事~看板を降ろせと言ってあげたい

2011年08月23日 21時12分52秒 | 経済関連
前の記事も極めて卑怯な論じ方をしていたが、今回もやはり同じ傾向であった。
この論者は、日本の国家財政について、良くしたいとか再建したいとか、心の底ではどうでもいいと思っているようにしか見えない。ただ単に議論したいだけ。インフレにしろと言っている人たちに、反対意見を言いたいだけのようにしか思えない。本当は、財政再建なんかよりも、「反インフレ論」を主張したいだけ、白川総裁や与謝野大臣といった自分の意見の同調者の擁護をしたいだけ、ということなんじゃないの?(笑)

まあいい。本文を見てゆくことにする。
「インフレ実現で財政再建可能」のウソ:日経ビジネスオンライン

いくつか反論らしき「権威付け」を行ってみたようだが、あまり効果的とは言えないな。本質的な部分ではないから、である。
國枝氏は議論の組立が出来ていないように思う。その端的な例が、タイトルだ。
 「インフレ実現で財政再建可能」のウソ
某ノビーみたいな常識外れの如く、釣り効果を狙っているのだろうが、それとも産経新聞の見出しということかもしれないが、いずれにしても、誤解を植え付ける為のものだ。それは、まるで「インフレだけで財政再建する・できる」という主張をしているようにまとめているのである。極端な意見がないわけではないかもしれないが、「インフレだけ」ということに限定している論者なんて、そうそういるのかな?あんま、見たことないけど。確かに、戦後の猛烈なインフレ期みたいなことになれば、圧縮されるけどな。そんなことをやろう、と提案している人は、本当にいますかね?
そうじゃなくて、デフレよりもインフレの方が「財政再建は容易」「再建の可能性が高まる」ということを言っているのであって、インフレにするだけで問題が完全解決できる、とか、インフレにすると何の問題もないしデメリットも存在してない、なんて、一言も言ってないのではないですかね?
夢物語みたいに語っているのでなく、「かりにインフレにはデメリットも存在するとしても、デフレよりはマシ、デフレよりは再建可能性は高い」と言っているのだ。あくまで比較の問題を言っているのに、「インフレだけで全て問題解決、何の副作用も存在しませんよ」みたいな、胡散臭い健康食品勧誘みたいな話をしているわけじゃない。
根本問題として、「デフレは最悪、ディスインフレも非常に厳しい」、ということを言ってるのである。

それと、「よく聞かれる」というのなら、その主要な論者を名指ししてみろ、と思う。前の記事の時にも、そう指摘しておいたけど。
ああ、ウチのブログのことでしたか?(笑)

09年1月>異常な経済運営が続く国~ニッポン
09年8月>田原総一郎こそ、チェンジするべきだ(ちょっと追記)
10年3月>日本経済復興の処方箋~その3
10年4月>池尾教授の危惧に答える

結構前から言ってるけど。つーか、クルーグマンはもっと昔から言っていたんじゃないですか。

本題に入ろう。
こちらも、少しばかり権威を頼ることにします。

法專ら(財務総合政策研究所・2003?)のペーパーがある。
>http://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron055.pdf

(因みに、ペーパーには日付を入れるのが普通なのではないかと思うが、どこにも執筆時期か掲載時期が書かれていない。引用する際には、不便である。)
以下に、ペーパー中で紹介されていた命題を引用する。

◎命題1:税収の物価に関する弾力性は1より大きい。
◎命題2:財政支出の物価に関する弾力性は1より大きくはない。また、物価が下落した時の弾力性は、上昇したときの弾力性よりも小さい。
◎命題3:物価下落時にプライマリーバランスの改善を図るためには、物価上昇時と比べより多くの政策努力を必要とする。
◎命題4:公債の実質償還額は予期せざる物価下落(上昇)によって、その下落(上昇)率と同率だけ増大(減少)する。

研究者なら研究者らしく、各命題について、結論を出してから論ずるべき。岩本東大教授なんかにしても、モデルも知らん素人が論ずるな、とか豪語しておったりしたが、國枝氏もモデルで証明でもやって、経済学界内で「決着をつける」なり確固たる結論を得てから言え、ってな話になりますわな。一般人には「どちらの権威が正しいのか」、ということは、簡単には見分けがつかないですから。統一的な見解を叩き出してみろ、と。まず、そういうこと。それを一般人に啓蒙しなさい。

上記4つの命題を念頭に、今度は國枝氏の記述を見ることにする。
まず、税収弾性値について、1より大、これは同意でいいですね?>國枝氏
これを肯定する時点で、名目成長率がプラスなら”税収増”効果になります。

『インフレにより資産の名目価額が増加するため、資産の実質価値が増加していなくても、キャピタルゲイン課税が課されてしまう。』
→早速の増税効果ですね、わかります。

『また、利子所得の場合も実質金利が不変でも名目金利が増加するため、実効税率が増加する。法人段階では、減価償却額がインフレで調整されないため、過少となるため、投資の限界税率が増加する。このため、個人段階・法人段階を通じてみた場合、資本所得に対する実効税率はインフレにより重くなる。』
→デフレ期間で企業貯蓄が大きく増加した中、すかさず税で是正措置ですね、わかります。

『実質所得が増加しなくても、インフレにより名目所得が増加すれば、実質的な税負担は重くなってしまう。』
→増税を選挙の争点とせずとも、増税効果が得られるわけですね、形を変えた「増税による財政再建」ということですね、わかります。

さて、これら増税効果の何がダメだと言うのでしょう?財政再建に大きく貢献じゃないですか。むしろ、増税しろ増税しろ、と言っていた方々にとっては、オーケーカモーンなことなんじゃないですか?
それとも、高所得層とか大企業の代弁者たる地位を守らんが為に、こうした資産増税効果や法人の持つキャッシュへの増税効果を拒否しようという魂胆ですか?

インフレには害がある、経済成長を阻害する、とか言うなら、ほぼ主要国全部がそうじゃないの。大体、デフレなら経済成長が阻害されない、とでも言うつもりか?
議論の仕方が、根本的におかしい。いや、病的と言ってもいい。インフレ=悪、デフレは悪くない、みたいな言い方なのだな。
本物の研究者なら、現状までのデフレのコストが、インフレのコストよりも大きいかどうかを比べるべきものなんじゃないのか?國枝氏の忌み嫌うインフレとか、名目成長率4%が、デフレを20年も継続した時のコストと比較して、どうなのか、という議論を聞いているのだよ。
もし、これに答えられないとすれば、経済学者の肩書きを外せ。研究者として失格である。”まっとうな理論”を掲げる資格などない。単なる客寄せ本を書く、ヒョーロンカ氏なんかと一緒だ。「~のウソ」という本なんて、よくあるタイトルだよな?國枝氏の記述というのは、素人相手に、騙してるようなものなのではないか?
例えば、「抗ガン剤にはこんな害がある、副作用がある」ということだけ話して、それでいいのか?何も知らない患者に、害だけ言えばそれでいいのか?それが正当化されると?

卑怯としか言いようがない。

『インフレで財政状況が大幅に改善するとの主張の一つは、インフレで名目GDPが増加すれば、公債残高の名目GDP比率は低下するとの主張である。しかし、インフレにより名目成長率が増加する際には、新発債の名目金利も期待インフレ率の上昇を受け、同様に増加する(フィッシャー効果)。』

これも、上記参考記事(池尾教授の危惧に答える)中で触れた話だが、期待インフレ率が上がれば名目利子率も上昇してしまうので、”実質利子率は変わらない”という話だけである。フィッシャー効果は、「過去債務残高の名目GDP比率を変えない」などという論理ではない。元本返済を全くせず、借換を継続した場合、借換債の金利負担は当然に生じる(低金利時代に比べて見掛け上金利は増加する=名目金利は増加)が、”実質金利は変わらない”んだよ。
実質金利負担は同じ、ということの意味を、國枝氏は分かっているのだろうか?借換によって増加した金利負担分は、そのまま払うことができる。収入が増えるから、である。実質収入が同じであろうとも、名目収入は増加しており、その増加分で借換に伴う金利負担増加分をまかなえるからである(上で見たように、弾性値が1.1なら、名目増に加えてもっと税収は増加しているはずだ)。
借換債の見掛け上の金利(名目金利)が増加したとしても、過去債務の名目GDP比は減少するであろう。更に、インフレによる増税増収効果によって、同じ額の政府支出を継続したとしても、財政収支は改善する。この同時効果によって、デフレ下での財政再建よりも、はるかに容易かつ効果的に財政収支が改善できる可能性は高くなるであろう、ということだ。政策決定を考える時、そういう選択を行うべきなのは当然なんじゃないのか?

それとも、國枝氏は、フィッシャー効果によって、「過去債務残高の名目GDP比率は変わらない」と命題を証明しようとでも言うのかな?
國枝氏の文だと、『インフレで名目GDPが増加すれば、公債残高の名目GDP比率は低下するとの主張』という部分をフィッシャー効果で否定できているかのように書いているよね?
だったら、例題を出してみますか?
元本100万円の借金について、借換継続し利払いだけ行うとどうなるか?利息は払うわけだから、借金全体は増えない。元本は100万円のままだ。30年後でも100万円の借金が残っているはずだ。さて、名目GDPをいま100万円とすると、比率は100%である。
これが30年後にはどうなっているか、ということ。年率4%の名目成長率であれば、名目GDPは約324万円になっている。すると、借金100万円の名目GDP比率は
 100/324*100=30.8%
となっているであろう。
金利負担は、勿論1%で発行できた場合と4%の場合では、1万円と4万円という違いがある。けれども、収入が増加してゆく(名目GDPが増大するので名目所得も増大する)ので、次第に利払い負担は軽減される。30年後の利息4万円は、名目GDP比率で1.23%でしかない。


もっと酷い話が、実質債務負担減を「デフォルト」と決めつける態度だ。
どこの世界に、インフレ下での債券が「実質的な部分的デフォルト」なんていうことを言う学者がいるのかね?
世界中のインフレ下で社債を発行している企業(や国債でもいい)があるけど、そういうのは全部「デフォルトと同義」と定義しているということだね?
それは、國枝式独自経済理論の発明か何かですか?(笑)
ああ、世界中の債券発行体は、インチキをやって実質デフォルトを繰り返しているという批判でも展開中ですか?

それと、金利上昇で国債価格下落があっても、満期保有ならば自己資本は減額されないのではなかったか?
金融機関が大幅に損失を蒙る、なんてことはないだろうよ。それに、金利上昇が急激過ぎて、自己資本毀損で信用システムに大きなダメージが出そうというのなら、そういう時にこそ日銀の存在意義があるのだろ。何の為の中央銀行なんだよ。国債価格が極端な下落をするなら、買えばいいだけだろ。損失を出したくないなら、国債を買うな、と銀行に言ってやれ。資本主義経済の基本だろう。国債を売る人が増えれば、金利は上がるんだろ。それが名目金利がプラス、名目成長率もプラス、という普通の世界での話なんだよ。
銀行が国債を売って、他に金を回さない限り、銀行は預金者に利息を払えんだろうよ。国債を売った金は何処に消えてなくなるんですか?国債金利よりも投資効率のよい部分に資金が向かう、というだけ。それの何が問題だと?
売りたきゃ、売ればいい。借換債が発行困難になるとか、金利条件が厳しくなって高くなるとか、そうなれば「財政収支改善」のインセンティブが政府にできるわけで、それの何がダメなの?(笑)


國枝氏には、忠告しても無駄でしたね。
研究者として、議論の手法とか、論の立て方とか、そういうのがオカシイということが、本人は分からないのだろうか。いや、判っているはずだろう。学者さまともあろう者が、気付かないわけがない。
自覚してやっているのだとすると、更に悪質ではある。経済というものをよく知らない素人衆を騙そうとするのと一緒だからだ。ウソを言ってはいなくとも、実質的にウソで何も知らない人たちを言いくるめるのと何の違いがあるのだろうか。
日本の経済学界がこの体たらくなのは何故なのか、と言えば、東大教授をはじめとする専門家面した学者たちというのが、まともな議論ができないからである。


要するに、専門家と呼ばれる権威の人間たちにこそ、ダメな原因が存在しているのである。昔も今も、何も変わってはいないのだ。


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金利調節と量的調節の持つ意義とは

2011年08月22日 15時52分26秒 | 経済関連
本当に、全くの独自見解で申し訳ありませんが、前の記事の続きというか、補足ということで。

何度も喩え話で用いてきたのですが、人体の循環系調節というのを思い浮かべてもらいたいな、と。圧力(血圧)と循環血液量のコントロールが必要とされる、というようなことです。これは、金利と通貨量をコントロールするのと、とてもよく似ている、ということなのです。どちらも重要なコントロール手段なのです。


最も単純な例を考えてみましょう。
今、ふたつの閉じた風船があるとします。中には水のような流体が入っているものと思って下さい(同一であるものとします)。それぞれの体積は分かりませんが、とある量が入っています。
風船の圧は、風船Aが5、もう一方の風船Bが1であるとしましょう。この2つをあるパイプで連結するとします。そうすると、二つの風船はどうなるでしょうか?
そうですね。パスカルの原理が教えてくれたように、双方の圧力が一定の所に落ち着くまで、中の流体が移動することになるでしょう。圧の高い風船Aから、低い風船Bに移動するということです。その後には、双方の流体移動はなくなり、平衡状態となるでしょう。経済で言うところの、均衡というのと同じようなものです。

これが、圧力ではなく金利であっても、似たような変化が考えられます。流体がお金であるとして、金利が5%の銀行と1%の銀行は別々な市場で存在するとします。2つのが同一市場として連結されると、預金者たちは金利の高い方が好ましいのでそちらにお金を移します。1%だった銀行は金利を上げざるを得なくなり、同一の金利になるまで資金シフトが行われる、ということです。預金ではなく、債券の方がいいかもしれません。需要が高まって債券価格が上がってゆく(金利は低下)、もう一方の方は債券価格が下がってゆく(金利は上昇)という変化が理解し易いでしょう。最終的には、均衡状態となります。それはどちらの銀行の売る債券も同じ価格になっているであろう、ということです。

中央銀行というのは、流体の圧と量を調節すべく、金利操作を行います。金利操作とは、連結しているパイプの直径を変化させるようなことです。流体の通過抵抗を変えるという働きをするわけです。金融緩和というのは、パイプを太くして流れやすくする、逆に引締めというのはパイプの直径を絞って狭くすることで流れを妨げるということです。金利と言うのは、全体の圧の高さを調節するのと同時に、パイプ直径を変えて抵抗を変化させる意味を持つのです。
同時に量の調節も行いますので、余った流体を吸い上げたり、足りない時には放出したりするわけです。

今度は3つの風船の連結体を想定してみましょう。
銀行、家計、企業という3つです。中央銀行は銀行に直結しているので、本当は別に存在しているのですが、とりあえず今はそれも銀行に含めて考えることにします。金融緩和が行われると、銀行の金利が下がるので家計は銀行に預金しておくよりも先に使ってしまおう、ということになります。5%の金利の時の預金したいと思うより、3%や1%の方が預金したいと思う人は減るというようなことです。更に、企業は銀行借入が行い易くなるし、今借りておくとお得だと思えば借りるわけです。つまり、家計や企業に銀行からのパイプを太くする(通過抵抗を下げる)ことになると同時に、全体の圧力水準は低くなる(社会全体での金利低下)、ということになります。この時、体積はどうなっているでしょうか?恐らく、緩和前に比べて大きくなっているでしょう。体積が大きいというのは、量的に増えているということです。通貨量が増えているのと同じような意味合いです。

引締めに転じるとどうなるか。
各風船を連結しているパイプ径は縮小し、抵抗は増す。家計は預金を増やしたいと思うようになるので、銀行にお金が集まる。企業も、収益が増えて銀行に預けるお金が増えたり借入を減らすので銀行に戻ってくる量が増えるということになる。その銀行の余ったお金は中央銀行が吸い上げてしまう。体積は小さくなり、通貨量は減少する。

定常状態に近い(成長しない)経済ならば、こうした拡大と縮小を繰り返すだけなのでしょう。けれど、現実の経済は成長するのです。人間が子供から大人に成長するが如く、全体の体が大きくなってゆく、ということがあります。子供の循環血液量と大人のそれとは、大きく異なります。血圧と言う話だけではなく、量的には増大してゆく必要がある、ということなのです。経済成長は、それとほぼ同じような意味合いです。なので、大きく成長していっている間は、少しずつでも血液量を増やす必要があるのです。つまり、通貨量も増える必要がある、ということです。

ゼロ金利状態というのは、どういうことなのだろうか。
上の例で考えるならば、パイプの直径を変化させる、という調節能は失われた状態ということです。もうこれ以上、パイプを太くすることができない、ということです。パイプをもっと太くできないと、今以上には通り易くはできない、通過抵抗を下げることができない、ということになります。じゃあ、どうすればいいか。金を流す方法はないのか、ということですけれど、だったら、「体積を大きくすればいいじゃないか」と。風船を連結しているパイプを変化させられなくとも、内部の流体を増大させることはできるのではないか、ということです。これが量の調節ということの意味です。
極端に言うなら、風船周囲を陰圧にできれば、風船は当然に膨らみますわな。銀行の風船の圧力がゼロであっても、陰圧であれば、マイナスの圧なのだから、家計や企業の風船の体積は増大する、ということなのです。実質金利を下げる、マイナスにする、ということの意味は、そういうような意味合いでしょう。名目値であるところの、圧力は下限がゼロであっても、体積を変えることは不可能ではありません。マイナスの実質金利は、インフレ率が名目金利を上回る水準でなければ、起こりません。デフレ下では、勿論風船周囲の圧力を逆に高めているだけなので、体積が増える(マネーストックが大きくなる)はずもない、ということです。

長い期間、高血圧症の状態が続くと、腎臓や脳のautoregulationのレンジは上がってしまうのです。そういう環境に慣れてしまうから、ということでしょう。各臓器に元々備わっている自動調節能の下限値が変わってしまう、ということです。低い状態が続いたとしても、やはり、レンジが変わってしまうでしょう。デフレというのは、そういうのと一緒なのです。インフレもそうかもしれません。変動域を大きく変えるということは、そう簡単には行かないのです。


それから、風船の連結体のようなものは世界各国に存在し、その連結体は世界全体の市場ということと同じです。昔に比べると、この世界全体の連結体の連動性は高まりました。それは、どこかの国の調節結果が、他の連結体にも影響が及びやすくなった、ということです。かつては、現在のような連動性はありませんでした。各国の市場が独立性が今より強く、連結されていたパイプがもの凄く細かったので、通過できる絶対量に限りがあったからです。
この連動性が上がった要因としては、ざっと次のようなものがあるかと思います。

①政治的な要因:
分かりやすいのが、旧ソ連との東西冷戦構造のようなものが消えたこと。今のロシアや中国のような共産圏諸国が西側経済に連結され、市場プレイヤーとして登場してきたのは、政治的なハードルが大きく改善されたから。けれど、例えばイランや北朝鮮のような立場となれば、やはり積極的には市場に参入できず、連結性は乏しくなる。

②物理的処理速度=ハード面など:
通信網や通信速度、コンピュータそのものの劇的な性能向上、そういうものによって、即時性が高まった。結果の反映も、早まった。90年代前半の日本で株式の売買注文を行うには、前日までに出しておけ、とかで、電話で注文してからそれが反映されるまで1日かかっていた。結果を知るまでには、もっとかかった。今は、瞬時に結果まで分かる。

③情報伝達速度:
欧州の市場で起こった変化は、すぐさま日本の投資家たちにも伝わる。政策当局の態度や反応や議論の仕方なども、ニュース伝達網を通じて、世界中に一気に拡散する。インターネットの登場は、こうした情報伝達速度を劇的に変えた。結果として、投資家の一致したような行動や反応は、昔に比べて起こり易くなったであろう。同時に、何処かの国の政策変更などが他の国のコンパートメント(上述した風船のようなもの、各経済主体のこと)に影響を及ぼし易くなった。ギリシャの金利変化は、影響が日本にも及ぶ、みたいなことですね。

④物理的移動速度、しやすさ:
政治的要因にもあるけれど、国境を越える障壁は格段に小さくなった。旧ソ連や中国への入国すら非常に困難だった時代と比べて、今は、簡単にモノや人が移動できるようになった。このことは、経済活動の効率性を高め、結果として連動性も高まることになったであろう。金を出す企業家や投資家たちが行き来し易いということは、資金逃避なども早くなった、ということを意味するからだ。


なので、今の方が昔(例えば前世紀)に比べて、他国の経済政策の影響を受けやすいということは考慮しておく必要があると思います。



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デフレ偏愛者が多い不思議

2011年08月20日 19時28分21秒 | 経済関連
どうして、経済や貨幣の話になると、まるで見当外れなことを言い出す人たちが出てくるのかな、と疑問に思うわけです。
昔の江戸時代の「そろばん侍」(映画の『武士の家計簿』で出てくるようなお侍さん、今で言う財務官僚みたいなものだな)の方がよく理解できていたのではないかと思えるほどです。

元気なリフレ派: 大石英司の代替空港

インフレにはできない、現実の方法がない、とか、言い募るわけですが、だったら、即座にオレを日銀総裁にしろ、と言ってやりたい。ホント、方法はあるよ、と百万回言ってるのに、それを実行せずに「できない、方法がない」と言い訳するのはおかしい。
「そこの角を右に曲がって下さい」
と言ってあげてるのに、「右には曲がりたくない、他の人が曲がってないからヤダ、右にハンドルを切る方法がない、右にハンドルを切ると即衝突事故なのでできない、切りたくない」とかずーっと言ってるだけなんですよ?
オレに運転代われ、と言いたくもなるでしょう?
こんなタクシー運転手だったらどうするんですか?
右に曲がれば目的地に着くというのに、それを「信じることはできません」と盲信している方々が大勢いるので、困ってしまいます。
これほどまでに思考力がない、というのが、不思議でならない。


とりあえず、説得可能な方法を考えてみました。
あくまで私の理解で書きます。

貨幣と財という交換が行われるのが基本ですが、今は、江戸時代に倣って米粒で価値を表すものとしましょう。税金が米というのも同じ意味合いですね。給料が石高で表示されていたのも、よく分かりますね。

財の代表例として、かんざしを想定してみます。
 かんざし= 米粒 5000粒
という交換比率であるとします(かんざしが5千円と表記するのと変わらない、米粒が1円玉であれば貨幣経済と変わらない)。


デフレというのは、毎年、毎年、かんざしの価格が下がってゆくので、交換比率が4000粒、3000粒と連続して下がってゆくという経済環境のことです。このまま行くとどうなるかと言えば、ゼロに収束することになりますね。アキレスと亀みたいなものです(笑)。米粒はマイナスの粒を想定できないので(まさかかんざしを買うのに、売る側が買い手から米粒を貰うことにするというのもヘンでしょう?)、名目値しかなく、それはプラスの値でなければなりません。

インフレの世界というのはどうなのかというと、毎年毎年、上がってゆくので米粒の数は増えてゆくのです。交換比率が6000粒、10000粒、というふうに、増えてゆく、ということです。

で、社会全体の米粒の増加というのが、「経済成長」ということです。生産高が増えますよ、と。GDP増加と同じ意味合いです。つまり、経済が成長してゆくと、社会全体に出回る米粒は増加し、それに伴って他の財の価格(米粒との交換比率)は上昇するということです(他の財の変化がなければ)。

(ちょっと寄り道:
作家さんで言えば、原稿1枚につき1万円の執筆料だったものが、何の理由もなく(自分のせいとかではなく)、単なる経済現象として、毎年原稿料の引き下げが行われる社会、それがデフレです。別に仕事の手抜きをしているわけでもなく、自分の作家としての価値が下がったわけでもなく、何か原稿料を下げられる理由というものが存在していないにも関わらず、毎年毎年下げられて、1万円だったものが5千円になる社会、それが日本ということです。)


経済成長が起こっている(=米の生産量全体は増加している)にも関わらず、米管理の幕府(今でいう政府や日銀)が「米が出回るとバブリーになる不届き者が増えて困るから、米を出さん」と言って、米蔵に死蔵させているようなものです。リフレ支持というのは、「もっと米粒を世の中に出しましょう」ということを言っているのに、「いやいや、米粒は需要がない」とか「出すと、ハイパーインフレになってしまう」とか「シニョリッジは邪道だ、悪魔的手法だ」とか、そういうことを言う人が後を絶たないわけです。

いっそ石高制にして、兌換紙幣を用いるとすれば、貨幣量は増加していなければならないはずです。どうしてかといえば、日本経済は実質成長を遂げてきたからです。
つまり、兌換紙幣制度でなら、生産高(GDP)に比例して貨幣量を増加できるはずなのに、不換紙幣制度(紙幣発行の裏付け(実物)がない)をとっていると、「貨幣量を増加させることまかりならん」とか言い出すわけですね。
少なくとも、「かんざし=米5000粒」という水準が達成できるように、米粒を増やす(ひいては「物価の安定」という目的に適う)ことがどうして悪いことなのか、その疑問には誰も(日銀や反リフレ派の人々)答えていないわけです。かんざしが米3000粒とかに下落していることは、事実です。CPIという指標があるわけですから、明々白々なのです。


もうちょっと考えてみましょう。
米粒で直接取引するのは大変なので、米粒1000粒につき1枚の紙を発行するとしましょう。これを「米札(こめふだ)」と呼ぶことにします。
 米札1枚=米1000粒
となります。そうすると、かんざしは米5000粒だったので、
 かんざし=米5000粒=米札5枚
ということになります。かんざしは米札5枚で買える、ということです。

デフレ経済が続いて、暫くすると、かんざしの値段は下がっていますね。米3000粒に下がっていると
 かんざし=米札3枚
ということになるわけです。数年後のかんざしの値段の予想を人々に尋ねると「米札2枚かな」といった予想を抱くようになります。これがマイナスのインフレ期待、すなわち「デフレ期待」ということになってしまいます。

更に、稼ぎが米10000粒だった人は、デフレによって賃金が低下するので8000粒とかに下がるわけです。そうすると、賃金低下というのが

 米10000粒=米札10枚  ⇒ 米8000粒=米札8枚
といった具合になるわけです。かんざしも値段が下がっているから、実質賃金に変化はないよ、とか言われたとて、これで「ああ、稼ぎが増えた(不変)だな」みたいな実感を抱ける人間なんて、そうそういるもんじゃない。

こういうデフレ経済が続くと、人々の経済予測を「撹乱」ないし「混乱」させることになるのです。

もっと酷い場合もある。
これまでは、米粒1000粒につき1枚の米札を発行していたのが、米粒1500粒とか2000粒で1枚の米札を発行します、みたいに言うのである。日銀というのが米札発行の権限を持つわけだが、これまでの発行比率から変えるとどうなると思うか?
かんざしの価値が米5000粒すなわち米札5枚だったものが、米粒5000粒が同じであるとしても、米札1枚を2000粒で発行ということにしてしまうと、かんざし=米札2.5枚ということになり、見掛け上かんざしの値段が下がったような錯覚を抱くことになるわけである。

米札の発行を増やしてくれ、と言っているのに、それは絶対だめだという立場が日銀なのだ。どうしてダメなのか問うと、米が多くなるとバブリーになるからだ、と。なので、米札で吸収しちゃる、ということで、米蔵に死蔵させることを続けているのだ。
ヨソの国では、「小麦札」というのがあって、小麦1000粒で1枚発行だったものが、長年のインフレで800粒で1枚とか500粒で1枚とか価値が下がり、今では100粒で1枚の発行となっている。
そうすると、かつて米札1枚につき小麦札1枚の交換比率であったとすると、
 (小麦1000粒=)小麦札1枚=米札1枚(=米粒1000粒)
となる。これが小麦1000粒と米1000粒を交換する場合、インフレで小麦100粒で1枚になった世界とデフレで米2000粒で1枚になった世界であれば、
 (小麦1000粒=)小麦札10枚=米札0.5枚(=米粒1000粒)
ということになるのです。実質は、あくまで小麦1000粒と米1000粒の交換であるのに、米札と小麦札という媒介によって、見掛け上では大きく変化するということです。為替というのは、例えば日本と米国とを考えると、こういうようなことがあるわけです。

米札の発行比率というのは、日銀が決定権を握っているわけです。米の生産量が増加すると発行比率が一定でも米札は増えます。同時に、以前には米1000粒につき1枚の発行だったものを、今年獲れた米からは、米2000粒につき1枚の発行という比率に変えてしまうとどうなると思いますか?米札の発行は抑制されますよね。この比率低下こそ、マネタリーベースの伸び率低下と同じようなことなのです。

通貨供給の伸び率を大きく変えるということなると、こうした米札の発行比率を意図的に変えることになるので、かんざしと交換する際の米札の枚数減少となってしまうのである。

今話題の金価格上昇というのがあるので、これを参考に考えてみたい。
1ドル360円時代の金1トロイオンス当たりの価格が35ドルだった。日本円だと12600円に相当する。40年後に、同じく1トロイオンス当たりの価格が1820ドルだとして、日本円が1ドル76円であれば138320円になる。この40年前の12600円と今の138320円が等価であると仮定し、インフレ率が一定だったとすると、大体年平均6.2%に相当することになる。当時100円だったものは、40年後には1100円くらいになっていることになる。
米ドルだけで考えると、35ドルが1820ドルになったのだから、52倍である。インフレ率が一定であれば、年平均で大体10.4%くらい、ということになるわけである。日本円よりも若干は高いが、そんなに何十%も違うわけじゃない。5%程度の差だけである。ところが、これが40年後ともなると、11倍と52倍という風に、大きく変わるわけである(中国の経済規模というのは、まさしくこの理屈で増やしてきたということになる)。

同じように、年平均の貨幣供給の伸び率が6%であると、10年後には約1.8倍に増大する。元のマネタリーベースが50兆円だったとすれば、10ターン後には90兆円になっているということだ。
ならば、20年後ではどうか?
約3.2倍である。元が50兆円なら、160兆円に増加していなければならない計算なのだ。供給比率をおおよそ一定に保つというのは、上で見たように新たに生産される米粒に対する米札の発行比率を保つのとほぼ同じようなことなのだ。勿論、景気の良い時と悪い時では違いがある(米粒生産量が少ない時には減るし、多ければ増える)。だが、もっとちょっと長い目で見た時に、以前は1000粒に1枚の発行だったものを、1200粒で1枚の発行比率くらいに抑制してしまえば、世の中に回る米札は増えてはいかない、ということを言っているのである。

これが平均で7%ということになると、もっと大きく成長する。
10ターン後には約2倍、20ターン後には約3.9倍となる。
50兆円だったものが、100兆円に、20年後だと195兆円になっている、ということだ。日本のマネー成長がどの程度乖離しているかで、その経路に戻すという「補正」が必要なんだ、と以前から言い続けてきたのに、それをやろうとはしないのだな。だから、ダメなんだ、って言ってるのである。

参考>日銀の自慢?


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