いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

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日本は未だ主権なき国家

2013年04月30日 20時44分33秒 | おかしいぞ
オスプレイの追加配備を強引に進めてきた。

正式通知だそうだ。
在日米軍は、何が何でも日本を支配下に置きたい、ということですと。


日本上空は、全国どこでも勝手に米軍機が飛ぶことができ、訓練飛行地域も米軍が自分勝手にどうにでもきるんだそうだ。


こういうのが、主権なき国、というのであろう?


イラクよりも悪い。


沖縄がどんなに反対と言っても、全くの無効。
日本国民の反対は、海兵隊には全く意味をなさないのだよ。


それは、従米派官僚と政治家が日本国民を守らずに、「米軍」をがっちりガードして守るから、だ。これを支えるのは、日本のマスコミである。


これを乗り越える方法は、日本国民が本気で戦う決意をすることである。


主権なき国が、愚かにも「主権回復」を祝う式典を開いたんだそうだ。バカにするにも程がある。
地位協定さえも、満足に変えられない国が、主権も何もあったものではない。
ただの奴隷国家である。


そして、ご主人さまのご機嫌をとることに必死の自民党政権は、日本を差し出す算段ばかりをやって、まともな政治家たちは絶滅危機にあるのだ。


多くの国民が福島原発事故の後、段々と気付いては来たものの、マスコミと陰の実行力を支配されているから、ひっくり返すところには至っていない。


TPPは、この延長線上にあるものだ。
狂気の政権は、改憲に向けて暴走を始めているのだぞ。


これは、国家存亡の危機なのだ、という自覚を持つべきである。





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「ボストン爆弾」テロの奇怪

2013年04月29日 15時17分45秒 | おかしいぞ
どうもウソくさい事後報道が出ているようである。

事前情報として、危険性のある人物として捜査されたことがある、ということらしい。しかも、容疑者の一人(兄)ばかりではなく、母親も監視対象者リスト登載者だった。

>http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324289404578449481970852920.html

また、FBIの別件捜査対象のロシア南部男性とも話をしていた、ということだ。

>http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013042800098


FBIやCIAには、捜査するチャンスが4回はあった、とNYTが報じたようだ。

>http://www.asahi.com/international/update/0427/TKY201304270033.html





いくつかの謎が生じるわけである。
以下、容疑者男性2名を「兄」と「弟」、その母親を「母親」と呼ぶ。


①ロシアの盗聴が行われたのは何故か?

ロシア側特務機関がロシア国内の過激派等テロ組織と、母親や兄弟との繋がりがある、という捜査情報を持っていたとしよう。それは、ロシア国内の捜査のいきがかり上、3人が危険人物として浮上した、と。
だとして、母親と兄の通話が盗聴された、というのは、どうしてだろうか?
また、FBIがマークしていたロシア南部男性との会話をも、ロシア側が盗聴していたのは不思議である。


盗聴時期は2011年初め頃ということらしく、母親も兄も米国内にいた時期だ。母親がロシアに帰国したのは、2012年9~10月頃である(万引きで逮捕され保釈中に出国したらしいので)。

それはロシア側特務機関が「米国内において非合法盗聴活動」を堂々と行っており、それをFBIもCIAも知っていて、これを公然と認めている、ということだ(笑)。だからこそ、司法長官はコメントできない、と言うしかないんじゃないですか?

ロシア側特務機関が盗聴活動を行っても犯罪性を問われないのは、ロシア国内においてのみ、では。米国での盗聴を許すFBIの根性が判らんわ。
現実に、ロシア側からFBIに通報があり、捜査後問題なしの判定だった為に今度はCIAにも通報した、ということなんですから。この時から、母親と兄が監視対象者リスト入りした、ということでしょうか。よく分からないですが。


②逮捕歴のある母親の出国は何故できたか?

これも不思議ですが、リスト入りしていて、保釈中である身でありながら、いとも簡単にロシアに帰国したようですね。しかも、ロシア側が「テロ危険人物」との繋がりがある、とロシア側で言ってた人物が、ロシアには無問題で入国できていた、ということですね。
で、事件を知らされるまで、夫と普通に生活していたようだ、と。

ロシア側は危険人物と看做していたなら、何故こんなに簡単に入国させ放置していたのでしょう?わざと泳がせた?
それとも、捜査の結果、アメリカ側の言うように「問題なし」だったから?

米国側審査、ロシア側審査を、何の問題もなく通過できているのは、本当に危険人物ではないから、では?

同じく、兄も2012年の初め~7月の期間、ロシアに滞在していた、という記録があるそうだが、その時にも本当に危険人物ならば何故ロシア側も何にもせず出国させ、アメリカ側でも入国が簡単にできたのかが問題となろう。
つまり、危険人物と目されたはずの、母親と兄は、いずれも何らの問題もなく、アメリカ側とロシア側の出入国審査ができていた、ということである。名簿登載者だったのに、だ。


③兄と弟のロシア側からの引渡請求を米国が拒否?

ロシア側報道であったのが、2000年代初頭には、兄弟の引渡請求をしていた、というものである。
>http://japanese.ruvr.ru/2013_04_28/111994255/

初頭というと、普通は2003年くらいまで、を想像するであろう。それを超えると半ばとか別の表現を用いるからだ。
そうすると、兄弟は、16歳と9歳くらいの少年だったわけで、その時期に既に「テロ危険人物」認定となれば、それはもう極悪犯クラスだったのでは。
しかも、引渡請求をした人物が、再びチェチェンなどに戻ってきたのなら、ロシア側で拘束しても不思議ではなかったのでは?でも、ワザと泳がせた、と?(笑)

ロシア国内でテロを起こしそうな人物をロシア側特務機関がマークしているなら判るが、母親も兄もそういう存在ではなかった。


④テロ組織との関連はどうなのか?

これが不明とされているわけだが、報道ではいかにも危険な組織と繋がりがありそう、というイメージが作られている。母親が「ロシア南部男」と会話していた、というのが、まさにそれだ。
チェチェンとか北カフカス地方などの危険地帯の人物や組織と繋がりがあるとして、そんなに強力な組織がバックについているなら、もっと大きなテロ事件を実行するんじゃないですかな?
母親とロシア南部男との関連、兄がロシア滞在しチェチェンに行ったこと、これらは「テロ組織との関与」を匂わせる記述ではあるものの、繋がりが明確になっていないものばかりだ。

テロ組織に訓練されて、強力な爆発物の作り方をマスターしてもよさそうではないか?それとも、テロ実現の資金源として、いくらかでも持ち帰って良さそうではないか?ガソリンさえ買えないほど貧乏で、そのせいでNYでのテロ計画は実行できなかった、と報じられていたわけだが、だったらテロ組織がバックについていたりはしないんじゃないか?
ロシア特務機関がマークする程に危険なテロ組織との繋がりのある人物というなら、もっと強そうであってもいいんじゃないか、ということだ。高々1000ドルくらいの軍資金さえ持たせられないテロ軍団なら、銃器すらまともに入手できんだろ。弱過ぎる。こんな組織を、ロシア側特務機関は徹底マークしており、米国内での盗聴活動という非合法行為の危険を冒してまで、捜査している、と?(笑)
マンガの読み過ぎか?


では、繋がりがなかった、ということか?
だとすると、それはFBIやCIAの落ち度ではなく、「何もなかった」ということではないのかね。そして、テロというより、病気とか偏執狂とか乱射事件実行犯と似た犯罪、ということなのでは?


⑤結論としては

非業の死で息子を失った、哀れな母親が言うように、でっち上げ、であるならば、辻褄が合う。
いかにも世界のテロネットワークに繋がりがあるかのように思わせ、危険人物というイメージを作り出そうとしたわけだが、本当に一員だったならもっと別なテロ計画が実行されていてもよさそう。
ロシアやアメリカの特務機関は物凄くアホ組織で、単純なヘマをやった、ということだしな。アメリカだけじゃなく、というのがポイントだ。ロシア側が警告とか照会してきたなら、ロシア側での対応がもっと違っていなくてはおかしい。


こうした捏造は、以前にも見たことがある。
「暴走レクサス」とか、「暴走プリウス」だな。

レクサスの急加速とかマットやペダル形状の問題というのがあった。
コールセンターに電話している時間があっても、シフトレバーをニュートラルに入れる余裕はなかった、ということだな。ギアを抜けばエンジンが回転を続けても、動力はカットされる。ブレーキは普通に動作するので、アクセルペダルが戻らないとしても、車は停車可能だろう。

暴走プリウスの追走劇もあれからどうなったか、知っているか?
>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/ed100e1686b868390a29c8f8f5572329
>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/7c70f0bc9e5ad7cbe31f2a4b13291e50


でっち上げというのは、案外と簡単にできる、というよい実例だ。
テレビ局が追いかけていても、そんなのは何もなかったことにできる、ということさ。報道機関なんて、所詮はそういうものだ、ということ。

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続々・さよなら「電力足りない論」

2013年04月27日 15時49分21秒 | 社会全般
料金を上げろと言うだけの電力会社は、原発が動かないと電力が足りないと散々言ってきたわけである。電力会社は監督官庁には逆らえない上に、経済界とか原子力ムラの一部にがっちり組み込まれているからな。

その上、経産省とエネ庁という極悪コンビが、電力会社にあれこれ要求を出すわけだから。


本物のゴミ官僚どもが、己の手柄と利益とカネの為だけに、国を売り、国民を欺くのだから、始末におえない。カネ亡者と従米派どもの手先となって行動し工作するのがヤツラの仕事なのだ。



さて、以前の続きである。


12年8月>さらに続・さよなら「電力足りない論」


不思議なことに、今年は節電の数値目標はなく、「計画停電」も全然言ってないのだそうだ。ヘンですよねえ?
余力は確保できるから数値目標が必要ないって、昨年だと「大飯再稼働でも足りない」と言ってたのと合わないんじゃないですか?


原発キチガイだか原発中毒だか知らないが、「節電なんかやっても解決できない、電力は足りない」と豪語していた連中は、今年は息を潜めて出てこないみたいだ(笑)。


オイ、コイケ、じゃなかった、おい竹田圭吾、「救いようのないバカ」とかレッテルを張ってたお前が、どうして黙っているんだね?
自分の主張の正しさを実証してみろよ。どうした?前言撤回か?
江川紹子なんかも「足りないのは明白だから誤魔化すな」みたいに飯田哲也に絡んでなかったか?こういう連中は、何故今年は黙っているんだね?


まあ、経産省やエネ庁のゴミどもに踊らされる人間たちというのは、多い、ということなんだろうな。そういう連中がこぞって一般人をバカ呼ばわりしたり、見下し感満載で「自分は正しいことを知ってる」みたいに自己陶酔してるっぽい。


「りふれは」とか経済学信奉者たちの権威主義的なのと、似ている。こういう連中に共通するのは、矢鱈と偉そうで傲慢。物言いが上から目線。そして、一般人をバカにする、という傾向もそっくり。で、結果的には間違っている、ということが事後的に判明するものの、その時には全員潜伏して隠れたままで出てこない。自分の主張や発言に対して、反省というものが一切ない、というのも全く同じ。


こういうヤツラがいるから、政治は変わらず、ゴミ官僚どもの支配が持続することになるわけ。だって、いかにも正しい意見であるかのように出鱈目を言い、一般人を騙すからだ。そういう連中の方が、勢力が強く、言論世界でも影響力を持つからだ。対抗意見は、無視されて終わるだけ。


ゴミ官僚どもがどういうことをやったのか、という点について、事例で振り返ってみることにする。



12年1月
「電力おばけ」の具体例


12年5月
北海道電力の需給見通しは信頼できない

”7%節電”を強要するのは、原発を再稼働させたいから

苫東厚真発電所4号機の定期点検について

続・苫東厚真発電所4号機の定期点検について


北海道の夏の電力需給なんて、普通に足りてるよ、という話であるのに、これを隠蔽する為に行われたのが、4号機定期点検、であった。ホント、ただのゴミ官僚の思いつく手というのは、どうしようもないという、よい見本だな。
今年は、点検をいくつかの火力発電所で断続的に実施するわけだが、節電目標を定めない理由というものを言ってみろ。


それから、今シーズンの冬は北海道は非常に厳しい寒さで、積雪量も記録的であったほどの厳冬期間だったわけです。それでも、需給は問題なく乗り切れたというわけです。

事前に出されていた供給力は580万kW程度であり、過去の最大電力量からすると「足りない、計画停電だ」みたいに脅しを言っていたわけである。
だが、本当の供給力がもっと多かったことは明らかだった。泊原発の稼働がなくとも、何も起こらなかった。


最大電力量は1月18日の551.5万kWが最高で、600万kW程度の供給力だったので問題なかった。580万kWであったとしても、95%だ。
参考までに、560万kWの95%として、532万kW水準を超えた日は、12月中で4日、1月に8日の合計12日間しかなかった。時間数にすると、約50時間程度であろうと推測された(560万kWというのは北海道電力が出した供給力の少ない月の水準である)。


つまり、ピークを抑制する方法かカバーできる方法があればいいだけであり、それは蓄電技術などでも解消可能ということだ。原発を動かす必然性があるものではない。揚水発電でもいいはずだ。記録的寒波だったけれども、原発なしでも乗り越えた、ということが事実だ。今後、メガソーラーの発電能力アップが加わるから、原発の必要性を正当化する根拠は見当たらない(笑)。



あと、ゴミどもが画策した事件が以下の停電事故だ。


12年11月の鉄塔倒壊事故

北海道電力の鉄塔倒壊について

続・北海道電力の鉄塔倒壊について

続々・北海道電力の鉄塔倒壊について



本格的な冬に入る直前に、「いっちょう脅しておいてやるか」的な4日間もの停電事故を演出してくれたんだと。


で、これのお陰で判ったことがあったわけ。
それは原発推進論者たちは、突然のブラックアウトに対して、誰も責任追及をしなかったし、「停電で人が死んでもいいのか」みたいな脅しが全くの出鱈目であり創作デマだった、ということを実証してくれた(笑)。


クレディスイスの市川眞一みたいなのが言ってた理由というものは、全くのウソ八百であるということが実証されたというわけだ。
ゴミ屑どもというのは、元々が本物のゴミなので、やった結果がこんなレベルということだな。



で、ネタ切れになった経産省とエネ庁は、拙ブログに散々貶されて失態を晒してしまうのを恐れたのか(違うか)、今年はもう「電力不足」って言うのを諦めたんだと。それで、昨年まで演出に凝ってきた計画停電とか数値目標というのを一切止めたんだと。
やればやるほど墓穴を掘る、ということを、ようやく知ったのだそうだ(笑)。



世の中というのは、これらゴミ屑どもと、それを支持するエセ知識人気取りの連中が多数派を形成するので、現実世界ではヤツラが勝利するように出来ているわけだよ。ゴミ屑連中の方がはるかに評価され、重用され、権限を獲得している、ということである。
まあ、ゴミ箱の中でコネクションを得るのは、ゴミ屑同士しかあり得ないわな。


コメント (4)
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試し斬り

2013年04月26日 16時28分54秒 | 俺のそれ
特に意味はないです。
あくまで妄想の世界です。


向こうの人にだけ書いておく。


操作する側も色々と大変だ。
釣り餌を用意するわけだが、段々とそれなりのモノを出さなけりゃならない。


まず、いつもの北朝鮮ネタを出したが、マンネリでダメだった。
引っ掛からない。
次が中国の「鳥インフルエンザ」。
これも反応を得られず。成果なし。


仕方がないので、現実に起こる出来事を出してみることとした。

それが、「ボストン爆弾」。
ボストンバッグ、ではないよ。


本当にやる気だったなら、あんな爆発じゃ済まないブツを用意できたはずだ。
けれど、大惨事は避けたいということだったので、被害を最小限に留める規模の爆発物が準備されたというわけだ。事前に爆発被害の範囲がコントロールされていたはずだったが、至近距離にいた小児などが犠牲となってしまったのだろう。

爆風の範囲からしても、理科の実験で誤って起こった爆発と似たレベルでは。
吹き飛ぶ、というイメージではない、ということである。
不幸な出来事に違いはないが、自作自演レベルであろう、ということである。意図的に爆発物を預けられていたものでは。作ったのは他の誰かであり、爆発物を置いてくるよう兄が指示されていただけなのではないか。
兄が拘束されず死亡したのは、弟が車で轢き殺したということになってはいるが、それも事実かどうか。射殺されて口封じされていたのなら、車で轢いたかどうかは決定的ではないだろうから。


で、次がテキサス州の肥料工場爆発。
これも判る人間にとっては、そうか、という事件だから。
>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/371faa0564594b27992975109b0879b0


実際、肥料工場の爆発は被害が甚大であった。死亡者数では、ボストン爆弾を上回っていた。

それから、リシンの郵送?とかいう事件。
容疑者は、釈放されたんだそうだ。
>http://www.cnn.co.jp/usa/35031249.html



これら一連の事件は、短期間に発生していたものだ。
なるほど。


釣り餌としてどうなのか、ということを見るにはそれなりの意味があった、と。


被害者を装う、というのは、狂言犯罪などでも見られるものである。
そんなことをして、一体何の意味があるのだろう?

何かを誤魔化すため?
何を隠したかったのか?


うーん、よくわからない。



コメント (1)
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ラインハート・ロゴフ論文に関する喧騒

2013年04月25日 17時15分57秒 | 経済関連
前から言っているが、たった一本の論文で鬼の首を獲ったが如くに「結論はこうだ!」みたいに豪語していた人たちは、まあ「ハマったな」という程度ではないのかね。


>http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37639


基本的に学術研究なんだから、間違いは有り得る、と考えて、そういうもんかもな、という程度で受け止めておけばいいだけでは。


実際間違いが発覚したんだから、良かったじゃないですか。



で、件のラインハート・ロゴフのペーパーに対する拙ブログの評価は、以下のようなものだった。


10年8月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/c78a2735f0e8905917c0faba5454af7f

(再掲)

政府債務と低成長の関連は必ずしも因果関係が特定できているわけではない、というクルーグマンの見方に賛同できる。例えば、輸血しているケースを集めてくると、かなりの出血量となっていることが殆どである。それは、輸血したので出血が膨大になった、ということを必ずしも意味しない(部分的には凝固因子の相対的減少によって出血し易くなる、という危険性は存在しうる)。通常であれば、出血が多かったので輸血した、という結論になるであろう。原因を探るのは、容易ではないということなのではないか。

==========



研究成果への懐疑的態度、これが必要な人たちが大勢いる、ということなのではないか。
つまり、権威主義的な人たち、ということになるだろうか。

他の研究者たちの研究結果でも、一致した意見である、ということならば、段々とそれが確信に近いものへと変わるんじゃないですかねえ。政策担当者たちが、この論文だけに飛びついて、権威付けを行った挙句に「論文に間違いがあり、論拠が根底から崩れ去ってしまいました~」ってなる方がみっともない。


説得する場合に、論文などの権威は必要になることもあるが、それは「一助」に過ぎない。
政策を現実に考える場合には、学問バカの机上の理屈だけに頼るわけにもいかないことはあるんじゃないか、ということだ。


こんなことは、ずっと前から言ってきたことだったろう?(笑)

権威を鵜呑みにする連中が多い、ということなんじゃないですかねえ。




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タガメ女言説への嫌悪~深尾葉子著『日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体』

2013年04月25日 15時56分38秒 | 俺のそれ
ツイッタ-で流れているのを見かけた。


>http://news.livedoor.com/article/detail/7617276/



読んだらそれなりに「共感」できる部分もあるのかもしれないが、当方は到底読む気にもなれず。
著者さん?と思われるブログ記事があったので、少し読んでみたわけだが、これで十分だなと思った。

>http://tagametokaeru.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-6c1a.html




まあ、女性の生態を観察すれば、色々と出てくることは間違いないであろうね。
簡単に言うと、女性誌の読者投稿欄に出てきた様々なエピソードを、「架空の女」像に詰め込んで、作り上げた「女性」というか人格というのが、タガメ女、だろう。


そういうこともあるよね、そういう人はいるよね、というのを、全て網羅している人間なんているのだろうか?

たとえ、結婚相手を確保する為に手練手管を駆使するのだとしても、それの何が悪いのだろうか。しかもそういう類型化されたような、女性像というのが、果たして世の中の多数派なのだろうか?


男性側にだって、稀には変わった人がいる、みたいな話なんかいっぱいあるとしか思えないわけだが。


マンガチックに、面白おかしく書けて、それで本が売れればまあいいのかもしれないが。



大き目の会社の、御局の巣食うような給湯室で繰り広げられる、女性陣の愚痴・噂話・悪口・陰湿な陰口や自慢、といったような醜聞を集めてきて作り上げられた「架空人格」のキャラが、タガメ女なのではないだろうか。


あれだ、ピン芸人のよく使う手と似ているな。

「ああ、あるある、みたことある、知ってる」というのをくさして、笑いを刺激する、というような手法だ。

侮蔑を含みつつ、クスッとなる、というようなやつだな。



かつてあった、

女の幸せって何?
夫や子供に尽くすだけが人生?
家庭を守っていて充実しているの?
自力で生きて行けない女性に何の価値がある?
それじゃ男の従属から逃れられないわよ?
女性が自立しなきゃ男と対等じゃないのよ?
男に媚びて何が楽しいの?


みたいな感じ(あくまで感じであり、本の中身ではありません)。



当方からすると、たとえどんな女性であっても、結婚したなら、それはそれでよし、としか思えず、出産してたり、子育てしているなら、それだけでも「天晴れ」と思うわけだが。

男が喰い尽くされないように頑張ればいいだけのこと。
そういう女性が嫌いなら、一緒にならなければいいわけだし。好きなら、別に回りでとやかく言うほどのものでもない。

本当に男をダメにするなら、そういう女は男からは選ばれないはずだ。
淘汰される、ということ。



つまらん本だな、と思ってしまうので、読む気になれないということです。


>http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%94%B7%E3%82%92%E5%96%B0%E3%81%84%E5%B0%BD%E3%81%8F%E3%81%99%E3%82%BF%E3%82%AC%E3%83%A1%E5%A5%B3%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE-%CE%B1%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B7%B1%E5%B0%BE-%E8%91%89%E5%AD%90/dp/406272796X



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吉本佳生著『日本の景気は賃金が決める』とデフレのこと

2013年04月24日 10時33分50秒 | 経済関連
たまたまブクマ経由で目にしたので。

>http://www.tachibana-akira.com/2013/04/5776


吉本氏の本は全く読んでいません。当該本を売ってるのを知らないので。

ただ、書評とかタイトルからすると、最近記事で書いている「吉川洋」本の”賃金説”というのに近いのではないかと推測している。

まあ、山形浩生からすると吉川本が「トンデモ」本だという酷評なので、この吉本本(紛らわしいな笑)もそうしたトンデモ本に分類されてしまうのかもしれない。これは置いておく。


吉本氏は前作でも賃金説をいちはやく指摘していた、とのことだが、賃金要因についてはずっと以前から知られていたはずであろう。当方の記事中でもはるか昔から、度々指摘してきたことである。


06年1月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/c640ecd176eedbab5497ec396510067a



若干のお詫びも含めて、以下の記事も挙げておきたい。


07年1月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/51277b1bdb1b953a60445e7a6a6502be


記事中では、95年くらいまでの金融政策について、日銀批判や経済政策失敗の批判をしているわけであるが、これは妥当ではないかもしれない。


何故なら、97年ショックが意図されてもたらされたものであるなら、不可避であったから、だ。これは、政策とかいうレベルの問題ではないからだ。

闘争であり、隠れた―グローバル企業群やグリード経営者連中というまさに国際テロリストとも呼ぶべき存在を相手にした―戦争であったわけで、政策としてどうにかできていた、というものではないからである。

ゆえに、批判の対象と方向が間違っていた、と反省している。


また、追い貸しについてであるが、悪かったという結論を採用することはできない、というのが、拙ブログの見解である。

07年3月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/15501289a9bea55ce986c053c55b29ba



賃金低下をデフレの要因として指摘を続けてきたので、経済学研究者たちの中にも同じ意見を主張する人が登場してくれたことは、素直に喜びたい。



08年12月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/939ce58b9dab0ad38fd85ee348766e6c

09年1月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/362bf17fa7f3fff3a021cd547fba83f8

10年11月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/d24920135c2830d7f0ec3c167a848b35

11年9月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/508d224329ac46de1490ce127e11a34b


かなりしつこく何度も言ってきたわけであるが、社会はそう簡単には変わって行かない(笑)。


企業が価格転嫁を避けてきた、ということも、以前に書いた。


06年1月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/dc1a1ab02f8b84677dd1c719df392dd5

06年2月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/403aa1d042866a57771ac33747e58320

09年2月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/2f53eb3f132e83d20e2a1c82d31e3395

12年5月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/732f8a620d8706d4b1dc0f6605d28b00


人件費がコストとして削られた結果、価格据え置き、輸入物価上昇でも消費者物価は上がらず、ということが起こったのだということ。それは交易損失を拡大させた。


それでもなお、輸出企業は円高だ、と言って日本国民を苦しめるわけである。


無駄を削減しろ、というのは、ある面では正しいのかもしれない。
が、生き難くする面も持ち合わせている。


喩えて言えば、掃除夫を雇うのはムダだ、一番暇なヤツが掃除すればいい、ということで、社長が便所掃除担当、というようなことである(笑)。

社会からありとあらゆるムダを削ぎ落とすことが、果たしてどうなのか。
以前にも書いたと思うが、機械にだって「アソビ」があるわけで、なけりゃ円滑には動かない。

常に余裕もなくギリギリで仕事をしていれば、新たな何かを生み出せるかどうか。
ムダをなくす為に、他人から仕事を奪うことになって、結果的に社会全体の成長が抑制されてしまう、ということなら、まさに合成の誤謬状態なのではないか、と。

子供がうまくできないからといって、親が何でも「貸してごらん」と全部奪ってやってしまえば、できる人は親だけになってしまい、子供は成長できない。そんなようなこと。


ムダな人材、ムダな経費、そうやって削りに削ってきた結果、みんなは幸せになれたのか?



当方のような経済素人にとっては、当方が考えつきそうなことを、何年もかかっても一定の答えを見い出せず、解決できずにいる専門家面した連中が不思議ですわな。




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日本の金融システムはどのように破壊されていったか

2013年04月23日 13時26分01秒 | 社会全般
昨日の記事に補足です。
後述すると言ったのに、まだ書いていませんでしたね。



当方の印象では、やはり最初の頃から同じでした。


参考:

05年6月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/86e3f2eebab0ac82859e869f5addb51d

08年5月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/d69462dce7fb0c8efa2e77e2e047fab6

09年6月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/234ecc65543be43a5f6c93b0d5a82fc0

11年11月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/afa5644de0833fdb90e28c97f12e1c47



どのように攻撃されたか、というのを書くことにする。


シリーズ中でも書いてきた通り、まずはルールを変更しよう、ということであった。”バーゼルⅠ”を適用することで自己資本規制を課し、日本の主要銀行の足枷としようと画策したわけである。

これが導入されたことで、銀行貸出はそれまでの伸び率より低下したものの、貸出残高そのものが急減するところまでは行かなかった。不動産、建設、リースやノンバンクといった部門では、バブル崩壊で倒産が出たりもしたが、不良債権ということで言えば、そう大騒ぎする程にはなっていなかった。
貸倒引当金は、単年で4~5兆円程度であった。


住専問題と大騒ぎされた94~95年くらいの時期でも、住専の不良債権額は約6~7兆円程度で、銀行本体の経営を傾かせるほどの影響度はなかっただろう。民間銀行の任意積立金の合計額は15~20兆円規模で存在していたので、全額破綻処理だったとしても、どうにかできる水準であったろう。

不良債権を大袈裟に取り上げることで、監督官庁の責任問題へと繋げたい、という思惑があった為であろう。生保会社の破綻とか、地方の信組などの破綻はあったものの、日本全体の金融システムを揺るがせるような問題とはなっていなかった。


日本は、住専問題も乗り切ってしまったのだった。そこで95年の「超円高」演出という為替攻撃が行われたわけであるが、これも決算は無事に過ぎたのだった。内需が好調だったお陰だ。96年には2%超えの実質成長率を記録し、近年で言えばほぼ絶好調、ということだろう。
94年くらいであると、景気対策の必要性が叫ばれて財政出動があったことと、郵貯に大量にシフトした資金は、偶然にも預託金等となって「財政投融資資金」的役回りで「ハコモノ」公共事業に投下されたので成長率維持に一役買っていたであろう(苦境の建設業界なんかには乾天の慈雨となったかも)。

8%という自己資本規制=バーゼルⅠのルール変更、ノンバンク&住専破綻、超円高という為替攻撃、これらを全て耐え切った、ということだ。
この頃には、「格付け」ビジネスというのが日本でも知られるようになっており、「トリプルA」の宣伝文句が広告に踊るようになっていった。破綻した生保や証券会社や地方信金等は、格付け低下の生贄的な存在だったろう。

次の攻撃手段はこれだった。
「格付け引き下げ」攻撃、だった。
けれども、日本国民の多くはそういうのを目にしてもパニックに陥ることなく、多くの金融機関で取り付け騒ぎのようなことにもならなかった。預金引き揚げの動きなんかも、そんなに言うほど目立ってはいなかった。せいぜい郵貯に流れるくらいであった。

外資系保険会社が日本市場に上陸したものの、圧倒的大多数の日本人はそれら外資系保険会社を選択するようになっていなかった。


侵略側は、日本の銀行を攻撃するのに、貸出先(ないし出資先)であるノンバンクや住専を破綻させれば、不良債権額がもっと多額になって銀行が潰れるのではないかと期待していたのだろう。
だが、何故か銀行は破綻しそうにもなかったわけである。
どうしてか?

銀行の決算を研究していたのが、恐らく米国の会計士や弁護士なんかだったから、であろう。
彼らは、日本式の帳簿の見方というのを”知らなかった”のだろう。


日本の銀行は、どこからカネを調達しているのだろう?
彼らには、当初判らなかった。
日本では「含み益」経営というものがあったから、だろう。日本では完全な時価評価会計ではなくて、低価法だったはずだ。簿価に記載されている数字は、取得時の低い価格のままでもよかった、ということだ。すなわち、株式1000株があっても、取得時100円なら簿価は10万円だったが、たった今市場で売却しキャッシュアウトすれば10倍の一株1000円で合計100万円分の資産となる、というような仕組みがあったのである。

だから、貸倒引当金が増大しても、益出し売りでいくらかは補うことが出来ていたのである。その含み益水準というのが「開示情報」だけからはよく判らなかったのである。つまり、日本の銀行群を攻略しようと目論んでいた連中は、日本の銀行がどこからともなくカネを用意できてしまうカラクリに当初気付けなかったのだ。彼らは後に「会計制度が悪い」と言って非難し、米国式会計に全部改めろ、そうじゃないとオレらが攻略法を研究できないから、ということだな。会計制度が問題視されたので、大変革へと繋がっていったのだ。


こうして、彼らのアテが外れたというわけである。94年まで、バブル崩壊を耐え切ったことが、許し難かった。そうして次に「通貨攻撃」が仕組まれたものと思われる。が、この時にも、どうということもなく超えた。輸出比率はGDP比でそんなに大きかったわけではないから、だ(ただ半導体協定なんかの交渉では意味があったのかもしれない)。


少なくとも96年時点までだと、苦しみながらも危機は乗り越えてきていた、ということだ。


さて、侵略側は日本の金融界にどうしても火の手を上げたかったので、政治的な工作も当然やったわけである。リクルート事件、佐川急便事件などで政治家を撃ち落としていくという、これまでと同じ手法が取られたわけである。検察権力を動員して、邪魔な政治家を排除してゆくことを実行していった。

そうして自民下野で細川政権が誕生することになったわけだが、政治家が変わっても日本の銀行や企業群はそれなりに耐える力を残していたわけだ。霞が関の「対抗勢力」も依然として残っていた。


そして、もっと直接的で強力な手段を取らねば、日本の銀行を倒したり企業破綻を演出することは難しい、と悟った侵略側は、日本の官僚機構の頂点であり牙城であったところの「大蔵省」攻撃へと焦点を絞ったわけだ。「ノーパンしゃぶしゃぶ」とか大蔵官僚攻撃というのが、毎日毎日ワイドショーネタとして取り上げられていった。薬害エイズ問題で厚生省の隠蔽などが取り沙汰され、霞が関官僚への信頼を失っていた後だったこともあり、大蔵解体すべしのマスコミ工作で世論喚起に成功した。


こうして、金融庁分離が成功し、大蔵の支配下から銀行や生保・損保を奪い去ったわけだ。日銀も同じく、規制庁としての実質的権限を失ったのである。


グリード達の前に、大蔵・日銀の庇護が失われた日本の銀行や生保が剥き出しのまま生贄として差し出された瞬間だった。

銀行は、メインバンクとしてこれまで貸出先企業を支えてきたわけだが、それが「ゾンビに追い貸しだ」として糾弾された。そうした批判は、必ずしも妥当ではなかった。だったら、GMなんか絶対に救済すべきではなかったろう。JALだって同じ。しかし、97年以前の世界においては、日本がどんなことをやろうとも批判されるだけであったのだ。倒産させて解体するといったような、ドラスティックな処理をすることの方がはるかに資産価値を失わせるものであったのだ。


要するに、大蔵解体と日銀分離(独立性という錦の御旗だ)によって、銀行を守るシステムそのものがなくなったということだ。
侵略側の手に落ちた日銀は、銀行への資金供給を絞ることを選択させられたのだ。


短期資金のやりくりに逼迫した銀行や企業には、カネを回せる余裕のある人間は誰もいなくなった、ということである。日銀の最後の貸し手機能が殆ど喪失させられてしまって、つなぎ融資さえも止まれば、借換ができなくなった企業は倒れるよりないわけである。

こうした資金繰りをわざと邪魔する動きは、海外金融機関が日本の銀行に対して資金を出さないという「国際イジメ」を呼んだのだ。これを称して「ジャパンプレミアム」というらしい。
運用部ショックとか言われた事件があったはずだが、あれもどうせ米国系の金融機関の救済に関わるあれこれか何かがあって、従米派官僚たちを動員してヤラセたものではないかと疑っているわけである。LTCM破綻での処理規模は、数十兆円に上っていたはずで、その一部を日本に肩代わりさせようということで、演出されたものであろう。谷垣財務相時代の「巨額為替介入」と同じようなものだ、ということ。


90年代末の金融機関破綻は、喩えて言うと、病気の塞栓症みたいなものだ。
しかも、その塞栓の原因は「意図的な」血管結紮に匹敵するようなもので、ワザと血流が途絶えさせられた、というわけである。


90年代に終わったかに見えた不良債権問題を再びほじくり返したのは、竹中だった。不良債権の分類基準を変更して、引当額を積み増しさせるとか、繰延税金資産などを巡って会計上の数字を問題にする、というような帳簿の問題を持ち出してきたわけだ。
02~03年の不良債権処理問題というのは、同じく演出によって作られたものだった、ということである。十分奪い取ることができなかったグリード連中は、金融庁と会計事務所を制圧して、再び金融機関に襲いかかってきた、ということだ。


りそな、新生銀行やあおぞら銀行というのは、こうして産み落とされた、ということである。


瀕死でもまだ死んでなかった病人に「お前は既に死んでいる」と勝手にレッテルを張り、資金を引き揚げさせて無理矢理破綻処理させられたわけだから、それは死体の山が築かれようというものだ。


竹中はかつて言った。
「官製不況だ!」

竹中らがやったことは、まさに「政策デフレ」だったわけだ。


金融庁トップの人間というのも、当然にその筋から生じた人間であったろう。ゴミとかいう人間は、役回りを演じてくれたし便利な人材だったのだろう。公認会計事務所の分割・変遷みたいなものは、偶然に生じたわけではないのだよ。


生き延びた企業群の中には、手持ち資金枯渇で淘汰された企業を知っている人間がおり、そうすると豊富に現金を持っていようとも「使おう」という気になどなれない、というのも頷ける。

そうやって無理矢理倒されていった会社を知っているから、だ。カネを何処からも回してもらえず、潰された姿を見てきたからだ。だからこそ、カネを使わない。それが借入需要を減退させ、デフレを後押しすることになってきたわけである。



こんな目に遭ってきたのに、未だに「TPPを推進しよう」と言って日本を差し出すことに同意しているのだ。

日本の企業は、戦うのを恐れている。
これほどの屈辱を味わっておきながら、どうして戦おうとしないんだ。


第二次大戦で敗戦し、金融戦争でも敗戦させられたんだぞ。
電機・半導体戦争でも敗戦させられたんだぞ。


そして、また屈辱を受け入れて「敗戦を望む」というのがTPPなんだぞ。


どこまで愚かな国なのか。


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吉川洋東大教授の『デフレーション』について~6.デフレは97年の金融破壊から始まった

2013年04月22日 19時04分56秒 | 経済関連
これまでの続きです。


デフレを定着させる要因というものに、賃金の問題というのがあったはずだ、というのが拙ブログでの見解である。ただ、発生のきっかけとなったのは、やはり「97年ショック」であり、これは意図的と言ってよいくらいの、「作られた危機」であったのではなかろうか、と思うわけである。


金融危機は偶然に発生してきたものではなかった。
疑わしいということで、過去の記事中にもそういう妄想を書いてきたわけであるが、今回の一連の記事を書いてゆくなかで、やはりそのことを再確認するに至った、というわけである。


とりあえず、民間金融機関の動向を見てみた。



日銀の銀行勘定の集計結果による(国内金融機関の資産・負債)。
(注):
1.貸出金=割引手形+貸付金
2.現金=現金(含切手手形)+預け金(含む譲渡性預け金)
3.単位は兆円



年  貸出金 株式  現金  預金
84  210  10.6  24.0   211
85  237  11.7  25.9   231
86  300  13.0  32.5   294
87  337  15.9  45.2   351
88  372  20.5  55.8   395
89  412  27.8  78.0   460
90  443  34.3  77.2   495
_________________
91  463  36.7  64.1   478
92  474  37.1  49.3   453
93  480  37.9  50.8   456
94  480  41.5  50.1   462
95  486  43.9  45.0   479
96  488  46.9  41.6   478
97  493  47.3  38.4   482
98  488  46.0  27.7   483



バブル頂点とも言うべき90年で前半と後半を分けてみた。いくつか気付いた点を書いてみたい。


①92年までのマネーサプライ低下の主原因は、預金急減では?

シリーズ中の3の回でも触れたが、郵貯や金融債などへの急激な資金シフトがあったということが関係しているのではないか。
83年に195兆円だった預金額は、88年には395兆円とほぼ倍の200兆円も増加、90年には495兆円と更に100兆円も増加していた。かなりのハイペースで預金額が増加してきていたものが、91年-17兆円、92年-25兆円と急速に減少に転じた。2年で100兆円増加した所から逆に2年で42兆円も減少したのだから、マネーサプライの伸びに影響しなかったとは考えにくい。民間銀行―日銀という資金循環ネットワークから純粋にヴォリュームとして40兆円も消えた(約8.5%もの減少)わけであるから、マネーサプライ全体としても落ちるであろう、ということだ。


②91年以降も貸出額は増加していた(98年まで)

バブル崩壊と言われてはいたものの、銀行は機能していたというわけである。90年443兆円から97年の493兆円まで、何と50兆円も貸出額増加を支えていたというわけである。銀行預金残高が40兆円も減る中であってでさえ、企業への資金提供を続けていた、ということだ。従って、バブル崩壊が銀行の貸出機能をすぐさま奪ったというわけではなかった、ということである。これ以後、2004年の404兆円まで貸出残高は減っていったわけだ。97年を境にして、ということである。


③貸出が減ったのはノンバンク

バブル崩壊の影響を早期に受けていたのが、ノンバンク市場であったろう。住専問題というのもあったわけだが、貸金業者の信用供与額が減少を始めたのは91年からで、変化は直ぐにやってきた。
以前に貸金業関連の記事を書いていた時に長期統計を見ていたので記憶にあったわけである>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/b48fb5c576591b3b5ac84817b51abb12

金融庁の長期統計「貸金業者総貸付残高」によると、90年の総貸付残高は84.9兆円、うち事業者向け43.4兆円、リースが17.8兆円であった。これが95年には順に68.5兆円、35.8兆円、10.9兆円と減少し、98年には(97年は混乱の為か統計数値そのものがない)54.5兆円、26.7兆円、5.9兆円まで減ったのである。事業者向けで16.7兆円、リースは約3分の1まで市場縮小となる11.9兆円もの減少を記録した(両者で約29兆円の貸出減少)。

住専問題もあって貸出は減少傾向は避けられなかったかもしれないが、実質成長率は95年1.94%、96年2.61%と乗り切れそうな勢いを取り戻していた。預金残高低迷時期も呼応するように92~94年は460兆円前後だったが、その後には増加へと回復の兆しを見せていたわけである。必ずしも銀行貸出が減ったのではなかった、ということである。


④銀行バランスシートは株価下落でそれほど傷んでない

思ったほど影響は少なかったのではないか、と思えるのが株価指数の下落だった。日経平均が半分くらいに落ちてしまっても、銀行の資産残高に占める株式のウェイトが大したことがなく、85年から約3倍に膨れ上がった90年でさえ僅か34.3兆円しか計上されていない。これが半分になってしまったかというと、全然違っていて、むしろ97年に向かって「増加していた」のだった。日本特有の会計制度の恩恵、ということであろうか(後述する)。貸出余力が株価下落で奪われたのではないかと思っていたのだが、現実にはそうではなかった。預金残高の純減の方が、はるかに影響度が大きかったはずだろう。


⑤影響が大きかったのは多分「手元流動性」では?

意外にも、資産中に占める株式の金額より現金の方がずっと大きかった。90年77.2兆円から、翌91年には64.1兆円、92年49.3兆円と急減。98年には約3分の1くらいの28兆円弱まで減少が続くこととなった。
92年までであると、預金が減少していた中で貸出残高を増加させていたわけで、手持ち現金の持ち高を減らさざるを得なかった、ということではないか。97~98年では、短期資金を相当絞られて流動性が枯渇させられ、その資金手当てのできなかった拓銀は破綻処理ということにされたものと見られる。要するに、銀行が手持ちで持ってるキャッシュが減ってしまい、その資金手当がつかないと破綻処理ということになったわけである。
普通の企業でも見られる「運転資金枯渇」みたいなものである。製品在庫を抱えていても、健全時には通常の資産価値が認められバランスシート上でも資産計上されているわけだが、ひとたび破綻処理ということになってしまえば現金回収が優先される為に「資産劣化」は避け難くなるというわけだ。



以上のことから、

・銀行は97年まで貸出を維持していた
・株価下落より預金額減少の方が影響度が大きかった可能性
・92年までのマネーサプライ減少は預金額減少で説明可能
・ノンバンク貸出は91年から減少(マネーサプライ減少要因)
・住専問題など処理を乗り越えて95、96年はプラス成長達成
・97~98年の金融不安は手元資金減少による資金循環逼迫の可能性

などが言えよう。


言い換えると、金融破壊は意図的にもたらされて、それ以後日本の金融システムは機能低下状態に陥った、ということであろう。それがデフレの引き金を引いたのだ。

つまり、作られた危機、ということだ。
勿論作った連中とは、日本収奪作戦を考えてきた連中だった。本物のグリードどもだ。


ヤツらは、大挙して日本の金融市場に乗り込んできた。
新しい銀行システムを構築しようとやってきたのだよ。




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吉川洋東大教授の『デフレーション』について~5.人口構成と賃金低下

2013年04月21日 15時12分53秒 | 経済関連
前回記事で、雇用不安定化の一側面を書いてみたが、もうちょっと関連することを書いておきたい。


まず、デフレ問題で人口減少という理由を挙げられていることがあるわけだが、単なる人数問題などではなく、「雇用不安」という面から捉えるべきであると考えている。賃金低下を促進する要因となって作用した、と拙ブログでは考えている。


昔の記事になってしまうが、拙ブログの04年に書いた記事を挙げておきたい。

04年10月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/94a114cd2d34c1e45ef4decf96cac4ca


記事中にあるように、労働力人口が10年で730万人減少と書いていたわけだが、ほぼ10年近く経っているので、大雑把に言って700万人くらいは減っただろう。影響の大きかった部分としては、団塊世代の退職だっただろう。
これが賃金低下として作用したはずだ。比較的高賃金の団塊世代と賃金の安い新卒者が同数入れ替わったとしても(就業者数は変わらない)、平均賃金や雇用者報酬全体は下がることになるからだ。


バブル崩壊と言われた後であっても、恐らく96~97年までは就業者数は増えていたはずである。
実際の労働力の推移を見てみる(国勢調査による)。
産業別就業人口は、国勢調査の分類による。3分野の合計人数と、就業者数との差を人数差として提示した。どうしてこのような差となるかは、調査の定義によるものと思われる。就業者というのは、今現在仕事をしているかどうか(例えばアルバイトとかパートでも含まれる)で、産業別人数は恐らく常用雇用(一般的には正社員というような待遇に近いか、派遣などであっても半年とか1年くらいは仕事に就いていた人、というようなことではないかな、と。ちょっと調べてないので、間違いがあると思うが、とりあえず。)で、人数にカウントされるかどうかが変わるだろう。
また、失業率であるが、敢えて男性のみの失業率とした。



   就業者数 男性失業率  一次  二次  三次  人数差
1980  5581    2.3      610  1874  3091   6
1990  6168    2.6      439  2055  3642   32
1995  6414    3.6      382  2025  3964   43
2000  6298    3.8      317  1857  4049   75
2005  6151    4.8      297  1607  4133   114
2010  6257    3.9      238  1412  3965   642
(単位は、失業率のみ%、他は万人)


就業者数は、90年以降にも増加していた(約246万人)。バブルの絶頂期とも言うべき90年でも6168万人で、05年就業者数と大差ないわけである。2010年ではもっと多い。つまり必ずしも「仕事に就けない失業者がいっぱいいる」という単純な話でもないわけである。


90年当時と何が違うのだろうか?
多分、就業の質、であろう。それは、不安定な雇用(いつ切られるか判らない、というような)ではなく、1年とかそれ以上の就業が見込まれたのが昔で、2000年代以降では、そうではなくなった、ということであろう。それが人数差、として出たものではなかろうかと。

95年と10年を比較すると、製造業に代表される第2次産業の人員減少が顕著である。613万人の減少だ。1次の減少144万人は高齢化進展ということの影響が大きいのではないかと思う。就業者数の差が157万人で、その殆どが1次産業からの退出であり、人数差642万人のうちの殆ど―約600万人程度?―は、製造業の期間工とか請負や派遣といったような不安定雇用で代替された労働者なのではないか、というのが当方の推測である。


つまり、生業としての農林水産業から退出した人たちが144万人くらいはいただろう、ということであり、主な理由としては高齢化や収入減少などではないかと。都市部への移転なんかもあるかもしれない。
一方では、製造業を中心として雇用削減が行われた結果、2000万人超だった第二次産業雇用者数は1400万人台まで減少し、最近では雇用者数としては恐らく1300万人台まで落ち込んでいるはずだろう(参考:http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/920a924eb9a5b8fea8ccd512bc5e3b8b)



90年代以降の労働者数の変化は、主に、次のような理由によるものと考えている。

・団塊ジュニア世代の就業:1975年前後の生まれ年の人は、大卒で93~98年くらいの時期に就職需要があった。200万人規模の同年生まれの人たちが就業しなければならなかったので、就職戦線は競争激化となりフリーター問題を生起しただろう。

・90年代中頃から中高年世代ではリストラが始まっていた(主に電機業界などの製造業中心だったはず)が、女性の就業が増加傾向となっていたことや新卒者の増加があって、就業者数全体では増加しただろう。

・97年ショック以降には正規雇用が軒並み削減されていった。リストラと賃金抑制は本格化していった。特にITバブルで求人の復活したIT業界とは縁の遠かった中高年世代の切り捨て・脱落が進んだはず。彼らは非正規労働力の予備軍として機能することになっただろう。

・2003年くらいまでに、正規雇用の人数が減らされた。結果として、厚生年金保険料の納付する人数や納付金額が減ることとなった。高賃金側だった中高年男性のリストラ進展+団塊世代の退職、これらは若年・女性労働力へと代替され、一人当たり賃金の安い、厚生年金もないような使い捨ての非正規労働力になった。就業者数が増加したものの、一人当たり賃金低下がこうして起こったはずだろう。

・専業主婦だった人も下がる賃金を補わざるを得ず、第三次産業の就業者増加を支えた。主婦が外に出ることで社会的問題が発生することになる。具体的には、子育てや介護といった問題だ。ビジネス化というのは、主婦を排除することで需要を生み出し、カネ儲けを産むということだろう。この流れは高齢社会では避けられない問題ではあったので、時期が早まったということだけかもしれないが。

・男性の給料下がる(首を切られる)、食べていけないので女性が頑張って働く、すると男性の仕事が更に減る、労働力は補充されるから賃金をまた下げる、男の給料だけでは食べていけないので結婚もできない、ということで、男性失業率の上昇というのは05年まで上昇が続いたものと思う。団塊世代の退職が一段落したのと、新卒者の絶対数が減少に転じてきていたので、新規労働市場参入者の相対的減少となってきたのが、ここ数年ではないか。男性の年齢階級別の労働力率では、以前だと90%台半ばくらいだったものが(つまり100人中95人くらいは就業している)、近年では90%を切っている。働き盛りの男性が仕事に就いていない割合が増加した、ということである。

・これまで使い捨ててきた労働力は、今後は補充が困難になってゆくだろう。労働力人口が確実に減少してゆくからである。すると、移民を入れるというのが、次の作戦ということになるだろうか(競争激化で利益を得るのは労働者を使う側だからだ。TPPというのもその延長線上にあるはずだろう)。

・不安定な立場の労働者数というのは、90年代までだと100万人を下回っていたはずだろう(上記「人数差」から推定)。リーマンショック以降であると、これが650万人規模となっているのではないか、ということだ。すなわち、5600万人くらいが正規雇用か比較的安定(継続)して就業している人で、650万人くらいの人たちは短期の仕事しかないか、いくつも転職せざるを得ない状況に置かれているのではないか、ということである。



こうした人口構成上の要因が賃金低下要因として作用し、デフレ圧力として発現したのであると、日本独特の理由として考えられなくはないかな、ということである。人口が減って総需要が減る、というような単調な意味合いではなく、労働市場の大きな変化、というのがもっと影響度が大きかったと考えている。

団塊世代の退職、団塊ジュニア世代の就業、そして、非正規雇用拡大、製造業衰退(海外移転)、結婚出産適齢期の女性労働力の増加、それらが絡み合ったものではないか、ということである。


男性社会批判とか、極端な専業主婦バッシングのような風潮というのも、単なる偶然であったものかどうか。雑誌なんかで取り上げられるネタというのは、それなりの情報支配の中にあるかもしれず、労働市場への参入を促進させることは、よい面もあるが、必ずしもそうではないこともあるわけである。

最近の若い女性は「専業主婦」希望が復活してきている、というのは、良い兆候かもしれない。情報操作とか簡単な風潮に安易に流されない、ということを意味するからである。


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吉川洋東大教授の『デフレーション』について~4.雇用の流動化

2013年04月21日 09時53分30秒 | 経済関連
これまでの続きです。


90年代後半以降から社会の雰囲気が大きく変わっていきました。
それは、言わずと知れた金融危機に代表される、拙ブログで言う所の「97年ショック」というものです。


90年代前半までのバブル崩壊期というのは、それなりに「ああバブル崩壊だったね」ということで若干の落ち込みは感じてはいましたが、全部がそういうことであったというわけでもありませんでした。

例えば08年のリーマンショックの後みたいな、「天から空が降ってくるんじゃないか」的なカタストロフィ感はなかったように思います。だからこそ、株式市場の急落は90年に起こっていたし、株価は半分にまで落ちてしまっていても、そんなに言うほど大騒ぎをしている人たちはいなかったのではないかと思えます。

なので、新卒採用の拡大は93年まで続いていたはずなのですから。
フリーターなる言葉とポジションというのが登場してきたのも、丁度この頃であったように思います。


話が戻りますけれども、バブル崩壊と言われる90年とか91年くらいでも、まだ土地取引問題(土地転がしで値段を釣り上げているんだ、的な批判だったかなと思いますが、定かではありません)が法制化の俎上にあったわけですから。


95年の超円高という局面においてでも、ちょっと困ったねということはありましたが、そんなに言うほど絶望的ではなかったように記憶しています。世の中の多くの人々には、そんなに言うほどの直接的ダメージというのが実感されなかったはずですので。むしろ、「円高還元セール」と称して(いま問題視されている「消費税還元セール」を禁止せよ、みたいな話題だ)、バーゲンセールなんかが組まれていたはずです。


世の中の様相というか、空気が一変したのが、やはり、山一や拓銀破綻などの一連の金融機関破綻であったはずです。


それまで、公務員とか銀行員というのは、言ってみれば「鉄板」みたいな職業観があって、安全なイメージが定着していたから、と思います。それが、「一寸先は闇」のようなことが起こると、安全地帯というものが「実感できなくなる」ということだったと思います。


「リストラ」という用語を始めて耳にし始めたのも、丁度あの頃だったと思います。
そんな外来語だかは、殆ど知られていなかった。
けれど、90年代半ば以降に入ると、大手企業を中心にリストラだ、ということを盛んに言い始めた。特に、先鞭をつけたのは、ソニーだった。


外国人株主比率の高い会社であったソニーは、何でも欧米化みたいな感じで、米国式をどんどん入れていった。年俸制みたいなことも、日本企業にはかなり抵抗感のあった「人員整理」についても、障壁を取り壊す役目を担っていたようなものであった。

だから、ソニーのITバブルも偶然起こったわけではなかったはずだ。株式市場の主役として、常に振舞っていたのだった。



話を戻そう。
電機業界なんかを中心にリストラというのが推進されていったわけだが、銀行が潰れるとはそれまで誰も考えてこなかったので、受けた衝撃は大きかったはずだ。自分がいつ切られるか、どうなるのか、誰にも判らない、ということなのですから。



この少し前から、安定の代名詞とも言うべき公務員の世界でも変化が起こっていた。

ひとつは、「非公務員化」の流れであった。
公務員への批判がよく取り上げられ、公務員を減らせ、という傾向を産んでいたように思う。その先鞭となったのが、国立大学の改革であったろう。


大学院重点化ということから始まってはいたが、実質「ポスト削減」圧力として作用したのではないか。それまでどちらかといえば院生の多かった理系のポストは減らされ、一方では法学系や経済系の大学院というのが拡張的となっていった。後に続くのは、「国立大学法人化」であった。つまりは、非公務員化ということなのである。

これに類するのが、国立病院の改革だった。赤字だ、潰せの大合唱。そして、非公務員化と似たような「国立病院機構」という独法化となったわけである。いずれもポスト削減、というのが起こることはほぼ必然だったろう。


手がけたのは、良識や知性というものの集まっている部分を、踏み潰していったということである。


また、特殊法人整理というのも行われていったわけだが、これはまだ道半ばというところであろうか。実際、無駄の温床となってきたということはあるので、これを放置するわけにはいかなかったろう。統廃合を経て(官僚たちの猛烈な抵抗で看板を替えただけ、とか、無駄は温存したまま、というのは常套手段だったかもしれないが。このヘンは、みんなの党の渡辺さんに聞いてみては)、若干は縮小されていったろう。これもまた、雇用の不安定化の一因として作用したかもしれない。


省庁統廃合も行われた。
今の形になったのは、確か橋本政権時代だった。

こうした、省庁再編、独法化、国立大学・病院改革、等を通じて、非公務員化や公務員削減というのが達成されていった、ということである。
国家公務員共済の組合員数(長期経理対象=常用雇用で共済年金がもらえる対象者)で見ると、次のようになっていた。


年度   組合員(万人)
1996   112.37
1998   111.06
2000   111.92
2002   110.22
2004   108.61
2006   107.64
2008   105.34
2010   105.50


ほぼ減少という傾向であり、増加したのは2回(99年→00年、09年→10年)しかない。96年から09年までの数字で言えば、組合員数全体でも約115.1万人→約106.6万人と-8.42%の減少であった。



リストラの嵐、公務員切り、生保・銀行潰し、これらが一致して起こった時期は、90年代後半だった、ということである。これが雇用不安を増幅し、人々を極端な防御反応へと導いてゆくこととなったのだ。この恩恵を最大限に受けたのが、人材派遣会社のような「労働力搾取システム」だった、ということだ。
狙いは的中した、ということだろう。


人々にショックを与え、防衛反応へと駆り立てさせる。
それは、仕事にありつこうと殺到することで、悪条件の雇用条件にも応じるようになる、ということでもある。

もう亭主の稼ぎだけでは、食べてゆくのが苦しくなった、と多くの女性が実感したのだ。もう男には頼っていられない、と決意した女性が多くなっていったということだ。それは晩婚化の進展と、少子化の加速を生んだのであろう。


賃金の切り下げ圧力としても、当然作用してきたはずだ。
条件のよい雇用先(例えば公務員、銀行等金融機関)の数を減らして流動化させ、不安定雇用(請負、派遣、契約社員、パート、日雇い派遣など)へと追い込んでいったわけだから。

しかも、公務員や金融機関というのは、地方でも雇用先として存在できてきた職種であったものであるが、それがそぎ落とされていった、ということだ。こうした流れは、当然に地方公務員なんかにも波及したであろうことは、十分想像できるわけだ。


賃金低下要因として作用したはずだろう、ということである。
地方の緊縮財政化が図られた小泉政権時代以降には、それが加速したはずだろう。これら非公務員化と公務員バッシングによるポスト削減は、雇用条件悪化を後押しし、賃金切り崩しには役立ったはずだ。

すなわち、デフレ圧力として作用したであろう、ということである。



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官僚のヤラセTPP交渉(追記あり)

2013年04月19日 14時46分12秒 | 外交問題
狂ったように推進する経済産業省と外務省官僚たちは、クーデターでもやってるつもりなのだろうか?


政権中枢で主流派となるべく、余念のない段取りを米国側代理人と打ち合わせでもやったのかもね。


で、先日、どうせ最初から結論なんか決まっていたことであろう、ということを書いておいた。

11日>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/da99aec4e80dcee20519714d2942df99


こんなもんは、ヤラセに決まっているわな、という話なんですよ。
そうしたら、何故かNZが交渉参加を認めないぞ、みたいな強硬論だという報道が。


>http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2013041600793

日本の環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に向けた事前協議で、米国政府の承認後もニュージーランドが関税撤廃の例外を一切認めない方針であることが16日、明らかになった。コメをはじめ重要品目を例外としたい日本側は、こうしたニュージーランドの姿勢について「絶対にのめない」(政府関係者)と譲歩する考えはなく、ニュージーランドの承認が得られる見通しは立っていない。(2013/04/16-22:36)

=========


他のカナダ、豪なんかの承認も得る必要がある、みたいな報じられ方だったわけだ。
何と言うか、先の見通しが立たない、というような。

これは、反対派の行動を牽制する為の、単なる出鱈目情報操作に過ぎないだろう。


で、翌日には、交渉参加へ、と大々的に報じられた。たった1日で結論が180度ひっくり返ってしまった、というわけ。


>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130419-00000021-mai-bus_all


甘利大臣が自ら乗り込むことで、残り4カ国(加、豪、NZ、ペルー)の承認を取り付けた、というような、いかにも「手柄を挙げましたー!」的な下劣な演出も兼ねているのであろう。


アホの極致。


元々は、日本が入るまで待ってくれとアメリカさまから要望されていたわけで、NZあたりだと「日本が本当に入ってくるの?入らないなら、もうさっさと交渉を妥結して終わらせて欲しいよ」と不満気だっただろう、たぶん。外交的に力のない国々にとっては、面倒だから「さっさと終わらせて欲しい」というのが普通なんだろうよ、きっと。


日本が入るって言うから、カナダもメキシコも「やっぱ入ることにするわ」ということになったわけで、その日本が入るよと言った途端に「いやいやダメだな」なんてことを言うわけがなかろうに。


これはNZも豪もほぼ同様。
カモが来るというのに、大チャンスと思うことはあっても、「日本は入れないぞ」なんて言うわけがなかろう。

アメリカがどうしても「日本を入れなけりゃ意味ない」と言うから、揉めてるふりをしつつ、時間潰しで待っていたんだから、アメリカが「いいぞ」と言えば即決まっていたことであろう。



それを、他の4カ国の承認の見通しが立っていません、とかいう、ウソみたいな報道を流すと。

出来レースなんだから、今更交渉に参加させないぞ、なんて言うわけないだろ。


しかも日本側は「全部交渉テーブルに乗せる」と宣言していたのは、民主党時代の野田政権であったのだから、ここでそれを変更するわけもなかろうて。バカかっての。

安倍総理がやったことというのは、芝居を一場面だけやったふりをして、「自民党内の反対派を黙らせた」ということだけに過ぎない。別に、国民を説得できたわけでもなけりゃ、対外的に何かの成果を獲得してきたわけでもない。


猿芝居、というだけ。



ただ、今回の筋があまりに「お粗末の介」だったということで、甘利大臣にも「ひと花持たせるか」ということにしただけである。国際会議の場で「交渉参加が決まったんだ」という、これまたいつもの「儀式」を披露するということだ。


筋悪のシナリオだな。
マスコミの愚かな提灯持ちも、日本人とは思えぬわ。



追記:20時半頃

よく分からないが、午後のニュースでは11か国全部から承認の見通しになった、と、各局が報じていたわけだ。その記事を見ていたからこそ、上記記事を書いたのだから。

例えばこんなの>http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20130419-00000423-fnn-bus_all



ところが、急にカナダの承認がまだ、とかいう、ホントかよ、状態の記事が。

>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130419-00000182-jij-int


まるで、当方の記事に反応したかのような内容で(笑)。

どうせ出来レースだろ、と言われたのが、そんなに痛かったと?






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またしても自工会の不都合な真実

2013年04月18日 20時34分26秒 | 経済関連
以前の続きです。


>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/d5610ce97d98926d193a365c697ad56f
>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/4ae1796db4c5a46f30e4827c15550906



さて、これまでにも指摘してきましたが、やはり3月も同じ傾向でした。
それは、自動車が売れてない、ということです。円安になって、一体何カ月経ったのでしょう?
円安になれば、日本の自動車輸出が増える?
これまでのところ、それは事実とは言えないでしょう。今後に増加するんだ、という意見もあるかもしれませんが、輸入価格の値上がりは急速に反映されており、完成品であるところの海外ブランド品やドイツ車なんかも相次いで値上げとなっています。
円高だから韓国に負けるんだ、韓国車は安いが日本車は高いんだ、といったような言い訳がましいことをこれまでにも散々聞かされてきましたが、かなりの円安になっても数量増効果は一向に発揮されていないようにしか見えませんな。


これは、日本国民に対する「ボッタクリ」でしょうか。
原粗油価格上昇→ガソリンや灯油値上がり=国民の負担増


3月は原粗油の数量減でも、価格要因ではなく為替要因による相対的値上がりによって、確実に輸入に対する支払額は増加しています。


自動車はどうでしょう?
輸出が増えると豪語してきた連中を尻目に、確実に当月も「数量減」が達成されてしまいましたね。しかも二桁以上の減少。
乗用車が数量で「-10%」を達成(米国市場でも13%程度のマイナスだ)、為替の効果がなければそのまんまマイナス幅なわけだが、円安になっていたお陰でマイナス幅は縮小され-4.1%にまで圧縮された。


EUのマイナス幅も2割以上と欧州経済の不安定さの影響かなと思うわけですが、中国市場でのマイナスは依然として高水準。-36%くらいですので、EUを軽く超えている。


これは、何度も言うが、自動車企業への「所得移転」である。日本国民が意図的に円安を強要されることによって、数千億円以上のマイナス効果を甘受させられる代わりに、自動車企業の「マイナス幅」を人為的に小さくしている、というのと同じ効果を持つわけだ。


輸出減少の寄与度で見ると、分野別では
・映像記録機器(多分レコーダー類だ)
・金属加工機械
・乗用車
であろう。
言い方が悪いけど、足を引っ張ってるのがこれらだ、ということ。


輸送用機器全体で見れば、バス・トラック類の健闘があるので乗用車のマイナスをカバーしていたりするからね。中東やアジア向けでは、それなりに需要があるから。


報道発表資料では、こういうのが判らないように書き方が工夫(笑)されていた。むしろ、アメリカ市場での自動車の健闘が称えられているかのようだった(爆)。それは要するに、「ドル高による水増し」効果ということだけである。


しかも電力値上げなどがそうであるように、原粗油価格上昇効果は広範に及ぶ。円安で恩恵を受けやすい輸出比率の高い企業にだけ、利益が集中するのとはわけが違うのですよ。恩恵を受けた企業が果たして何をするかと言えば、「日本売り渡し」計画を推進するだけのようなTPP参加を、強烈にプッシュするのである。
輸出物価が異様に低く、輸入物価はめちゃ高いということは、まさしく「グローバルで稼ぐ企業」が日本国民から搾取しているが如し、ということだ。


大企業の経営陣にお尋ねしよう。
「円安の恩恵」とは、企業努力の成果ですかね?
それとも、経営陣が非常に優秀で、その企業が他のグローバル企業と世界中で競争して打ち克った結果ですかな?(笑)
円安にしてもらうことは、自分の力でも何でもないだろうよ。努力の成果でもあるまいに。ただのお願い、である。そして、輸入物価が大幅に上昇しているのに、円安の恩恵がマイナスにしかならない下請け企業群には「コスト転嫁を認めない」どころか、それ以上にもっとコストを下げろ、ということで「デフレ圧力」を強要する、ということになるわけである。


要するに、大企業の連中こそ、自分たちでは何らの成果も上げられず、「円安にしてくれ」ということで他力本願に頼り切っているんじゃないのかね。そういう甘えに、長年浸っているんじゃないのかね。ドイツの企業が全部海外生産拠点に移し替えたとか、聞いたことないけど。ユーロ高になっていた時にでも、経常黒字上位国のドイツが極端な低成長に陥った、というのも知らない。
むしろ、世界経済の好調を受けて、成長率も良かったし、株高にもなっていた。


日本が歪な構造を持っているのである。
国内市場毀損、下請けイジメ、賃下げ圧力、そういうものが輸出大企業によってもたらされた結果である、ということでは。デフレを生み出す原動力となっていたものと思えるわけである。


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日本の金融(銀行・保険)業界は何故戦わない?

2013年04月16日 11時30分26秒 | 政治って?
自動車業界の腰砕けっぷりは、まことに目を覆わんばかり。


かつてのジャパンバッシングの象徴とされた自動車は、完全に彼奴等の支配下にある。

直近でも、トヨタ・バッシングで「いたぶり方」を実証してくれたお陰で、自動車業界は向こうの意志に従う、という恭順姿勢を見せることになってしまった。


情報操作なんて、いくらでもできるからな。


一方、日本の90年代後半以降の沈没原因となった、銀行や保険といった金融業界は、バブル期頃であると「世界最強」でジャパンマネーが席巻していた。


しかし、アメリカさまはその日本市場をごっそり頂くという算段を立てて「総力」を結集して日本を潰しにやってきたわけだよ。


それが、日米半導体協定や自動車協議なんかを生んだのだ。


保険業界も同じ。

日米保険協議で、外資系保険会社は「第三分野」を”排他的に”やってきたわけだ。
日本国内であるのに、外資系の扱う分野は日本の生保会社が手出しできない、という、転倒したような状況となってしまったのだ。


簡保があるから、とか、共済があるから、とかいう、どうでもいい理由で、過去何十年と難癖をつけてこられたわけだよ。


それなのに、日本は、自動車も保険も何から何まで譲歩なんだそうだ。


そこまでして、日本を差し出して、一体何を達成したいと?


日米構造協議、包括交渉、各種半導体・自動車・保険協議、いずれにおいても、日本の敗北の歴史ではないか。


それなのに、今回に限っては、TPPで交渉に勝てると?
バカ言うな。


既に、入る前から、敗北主義ではないか。


日本の保険会社が外資系に買収されて、日本の市場は何か良くなったか?
保険加入者に、一体どんなメリットが生まれたか?


自動車、保険、銀行が一致してTPPを拒否すれば、勝てないはずなかろう。


それなのに、日本企業はわざわざ外資に日本市場を「差し上げます」と献上するつもりなんだそうだ。

どこまで腑抜けなんだ。


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TPPに裏切られた自工会の暗愚

2013年04月14日 18時03分40秒 | 経済関連
経団連の中核をなす自動車業界は、TPP推進派として旗振り役を散々やってきたはずだった。

ところが、肝心な「関税撤廃」が絶望的な状況になったようで、今になって落胆ということらしい。


>http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/manufacturer/646076/


環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加と引き換えに、乗用車やトラックにかける関税の最大限の維持などの妥協を迫られ、関税の完全撤廃を求めてきた自動車業界からは落胆の声が漏れた。

 日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は12日、「国益の一層の増進の観点からTPP交渉に臨むことを期待したいが、関税撤廃時期については残念」とコメントした。

 自工会などによると、TPP参加国(非関税のシンガポール除く)への自動車分野の関税支払額は年間約2千億円。米国だけで約800億円にのぼるという。今回の合意を受け、米国以外でも関税が残る可能性が高いという。

 ある自工会幹部は、雇用や貿易収支の改善に自動車産業が貢献していることを引き合いに「円高下で苦しみながらも国内生産を維持してきた自動車産業は報われないのか」と話す。


========


自工会がやるべきだったのは、「TPP参加反対」という強い意見を保持し続けることであった。
だが、彼らは愚かにも「参加せよ」と言い続けた。

明らかに戦略なき姿勢が、安倍自民の「交渉材料」と見做され、あっさりと「大幅後退」を招き寄せたのである。


呑めない条件を突きつけられて、「イスを蹴る」ことのできない愚かな業界指導者たちばかりだったので、交換取引に用いられただけであった。


本当にやるべきは、「こんな交渉なら、断固反対」と厳しく拒否すべきであったのだ。
一体、何の為に国民に大打撃を与え数千万人規模の反対を押し切ってまで、参加せねばならないのか?


そこまでして、参加を言い募った挙句に、やっぱり「自動車関税は残します、日本国内市場は軽などのヘンな区分をとっぱらえ、数量目標もつけさせるぞ」とか、かえってマイナスの条件ばかりが増えることになってしまうだけなら、何の意味もないだろうに。


今からでも遅くはないぞ?

「そんなことなら、TPPは反対だ」

と、自工会の一致した意見として出せばいいのだよ。
国民に大々的に宣言すればいい。

特定道路財源を一般財源化するな、と社長総出で大運動をやった時のように。
折角だから、JAと共闘したらいいんじゃないか?


一緒に反対したら、TPPでの圧倒的に不利な条件が増やされることは回避できるぞ。

米国側の自動車業界も反対しているので、日米の自動車産業が一致して反対なら、日本の参加は回避できる可能性が高くなるだろう。


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