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OECDの日本経済見通し

2005年11月30日 04時17分49秒 | 経済関連
非常に参考になるご意見が出されました。以前にも海外勢の評価を取り上げたことがありましたが、日銀がこれらをどう考えるのか、ということが注目されますね。

ロイター


以下に、記事より一部抜粋

2007年までの動向では「日本経済は、今後2年間はプラス2%程度の経済成長を続ける見込み」とした。インフレ率(CPI)に関しては、2005年は前年比マイナス0.4%だが、2006年はプラス0.1%とプラスに転じる見通し。2006年の初めには需給ギャップが解消すると予測している。
今後のリスク要因として、1)大幅な円高や主要貿易相手国が原油価格高騰の影響を受けることによる輸出の減速、2)量的緩和政策の解除や政府債務残高の増加による長期金利上昇の可能性──を挙げた。


それからもう一つ。量的緩和政策解除への基本的指針として、次のような指摘がありました。

ロイター


OECDは、「日本の消費者物価(生鮮食品を除く総合)は2005年第3四半期にマイナス0.1%となり、エネルギー価格の上昇などにより、2005年末には上昇に転じることが見込まれる。日銀によって設定された量的緩和政策を解除する必要条件は2006年初めにも満たされる可能性がある」としながらも、「生鮮食品・エネルギーを除くコア指数でみると、より大きなデフレであり、インフレ率は2006年の終わりまでにわずかプラス0.5%であると予測される」と指摘した。

そのうえで「量的緩和政策の解除は、より慎重に行われるべきであり、再びデフレになるリスクが無視し得る程度にインフレ率の水準が十分高くなるまで(たとえばプラス1%)はなされるべきではない」と提言した。


このようなものでした。
コアCPI についてはつい先日の発表で、平ちゃんが依然マイナスだ、と強く日銀を牽制したのと同じ見方ですね(経済学は難しい12)。一般的な評価としては、やはりこのような評価であろうと思うし、量的緩和政策解除については「慎重に」ということだろうと思います。セーフティ・マージンの例示としては1%という具体的水準が示されていて、インフレ率がそれを超えてくるまでは「デフレに後戻りする可能性」ということを払拭出来ない、という意味だろうと思いますね。

また、最初の記事のリスク要因として上げられたのは、「量的緩和政策解除による長期金利上昇」ということも、日銀はよく考えてみるべきですね。


財政当局への注文もついていますから、金融政策ばかりではなく、財政再建ということが海外のマーケットからも十分評価され得るものとして明確になってこないといけない、というメッセージだろうと思います。その為にはもうちょっと「スピードアップしてくれ」と。歳入面でも、もっとガンバレ、と。これは谷垣くんの立場と似てるんですけれども、小泉さんとしては「まず身を切った成果を提示することが大事。それを示さないと増税の国民理解を得ることは無理。昔の消費税導入時の二の舞となり得る」という危機感もあるのだろうと思う。それは十分理解できる。

なので、消費税アップは「もうちょっと待て」なんだろうな、と。景気回復もデフレ脱却も、足元を確認してから、という意味でもある。小泉さんがここまで考えていたから、「消費税導入は任期中は行わない」と表明していたのかは不明ですが、たとえ「野生の勘」だろうとも、実は現実に(実体経済に)即しているかもしれない。このことを「雰囲気」か「政治家の鋭い嗅覚」で嗅ぎ取ったかわかりませんけれども、ある種の「勝負師の相場観」的な読みがある。経済に詳しいとも思えないですが、06年までの予測経済成長率を見れば、「増税する」などというマイナス認識を刷り込むことで成長減速を演出してしまうことを、巧みに避けたことの効果が出てるのかもしれない。単なる偶然にしても、強い決意表明が奏功した好例なのかもしれない。


日銀も小泉さんの「勝負強さ」「相場観」をちょっと見習って欲しい(笑)。

量的緩和解除の思惑は、内外ともに包囲網が固まったと言えるでしょうね。まあ、そんなに慌てずとも、(例えば)1%以上まで待ったとしても、「当然だ」と評価されますからいいじゃありませんか。福井総裁もよーく考えてみて欲しいです。


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エコノミー・オブ・スコープ

2005年11月29日 22時11分53秒 | 社会全般
政府系金融機関の改革に伴う諮問会議の議論で、福井日銀総裁が触れていた事柄です。まず、その部分を引用してみます(以下特に断りがなければ、議員同士の会話は経済財政諮問会議の議事要旨より引用)。
第25回議事要旨

「政府の金融として残す部分の機能論については、エコノミー・オブ・スケールという視点はあまりなく、エコノミー・オブ・スコープを考えていくのではないか。いろいろな機能をまとめていく場合、機能が有機的に結びついて付加価値が高まるようにすることが大事。単に寄せ集めることだけを考えると、エコノミー・オブ・スコープに欠けるリスクもある。機能論の延長線上としてまとめていくことにより(筆者注:「まとめていくことより」かな?と思いましたが、公開原文通りとしてます)、組織が活性化するまとめ方がいいのではないか。」

ご指摘の論点はやはり大切だと思われ、大変勉強になります。流石は日銀総裁でございます。本当です。揶揄とかではなく。私のような無知無能の人間には知らないことを、いくつかの言葉で教授してくれるのです。そういう材料を与えてもらえることも有意義です。


話を戻しますが、「エコノミー・オブ・スケール」と「~・スコープ」という言葉ですけれども、これは何かと申しますと、簡単に言えば「規模の経済」と「範囲の経済」ということだそうです。概略を申しますと、「規模の経済」とは、弱小企業などがバラバラに生産するよりも大きな企業が一つでドーンと生産した方がトータルのコストが軽減される、というものです。昔からある、大量生産によってコスト低減を達成できる、というものですね。近年の企業活動においては、これは重要視されなくなり、単一品の大量生産・大量消費よりも、少量生産・多品種というものに要求度が高くなってきたようです。正確には判りませんが、マーケティング用語が氾濫するようになってきたことと何だか関連している気もします。多様なニーズを探り出し、それぞれに対応することを企業にもたらした、とも言えるかもしれません。


もう一つの「範囲の経済」ですが、別々の業種として個々に生産するよりも、同じ企業にまとめて生産した方が有利である、ということです。よく使われる例としては、鉄道事業で客車と貨車を別々の企業が独立した事業として行うよりも、同じ投資をするのだから、両方の事業を一緒に行った方が有利である、というのは確かに分かり易いですね。預金という投資を扱う銀行が、投資信託を販売出来るようになったことも同じく「範囲の経済」の理屈が働いていると言えます。現代はそういった「範囲の経済」と言う観点から、「ワンストップ・チャネル」のような言葉で代表されるような企業戦略が主流となってきているのかもしれません。大袈裟な例えで言えば、昔はある酒屋に行くと「ワンカップ」だけ大量販売していて、ビールやワインを買おうとすると、別な「ビール専門酒屋」や「ワイン専門酒屋」に行かないと揃えられなかったが、現代は多様な要望に応える為に一軒の酒屋に「ワンカップ」「ビール」「ワイン」がそれぞれ少量ずつ用意されている、ということでしょうか。


企業の多様性というのは、所謂多角化であり、金融部門は確かにそういう流れの中で規制緩和なども行われてきました。なので、銀行・証券・保険などが、ボーダレスになりつつあるともいえます。政策金融の組織論として、国際協力という業務をどう考えていくか、果たして「一つの組織論」の中で有機的とか組織活性化とかそういった視点でも意味があるか、ということでもあります。


素案の中では、国際協力銀行を外務省から切り離して専門の庁を官邸に置くとか、存続機関の内部に一部門として置くとか、あとは従来に近い形で単独で存続させるか、ということが議論に上がっていた訳です。




で、先日行われた諮問会議(第26回議事要旨)には麻生親分も呼ばれていて、平ちゃんにもズバッと言ったわけです。さすが親分。諮問会議の中では麻生親分はパンチ力があり(いわゆるハードパンチャー?ですか、笑)、前からそうだが「言うべきことは言う」というのが変わっていません。

なるほど、外務省から切り離しても「屋上屋」ともなりかねないということ、そして、国際協力という分野は純粋な「金融」という意味合いではない面もあり、当然の如く国策としての意味(外交政策)が優先される為に、そのような分野に「民間金融」という枠組みだけで果たして対応できるのか、というようなことを言いたいのでしょう(大雑把に言えばそういう主旨)。


これについては、民間議員からも幾つか意見があって、奥田さんは「新エネルギーや国際競争力といった機能をどのように考えるかということは、(中略)、もう少し深堀りする必要があると思っている」と述べた。これは、(例のロシアの件みたいな)「民間主体」の海外協力=民間外交の一分野も担っており、単純な金融という理屈からだけでは片付けられない側面もある、ということを言いたいのだろうと思います。吉川先生も国際協力という分野は、「「範囲の経済」が働くとは余り考えられない、(基本的には1機関に賛成だが)ただ機能ということを重視してもう少し詰めた方がいい」との考えを示しました。ウシオさんは、「妙な組織を作って屋上屋を重ねるのは非常に使い勝手が悪い、ということ。(中略)国際協力銀行に関しては特殊な使命を持っており、十分慎重にやりたいと思っている。」と揃って麻生親分に近い認識を示しました。


これらに対して、先般より民間議員や谷垣くんをちょっと厳しい感じで非難していた平ちゃんは、やや不満というか、同じことを蒸し返すような感じで発言していたように思えました(実は知らなかったのですが、平ちゃんは政策投資銀行の所属だったことがあったんですね。ご自身でも触れてましたが。これが過去の遺恨とかっていうことでもないと思いますが、最近やけに「財務省及び財政審」関連一派に絡んでますな。何がどうしちゃったのかは判りませんけれども)。部分的になってしまいますが、かいつまんで言うと「民間議員からA案だが留保条件という議論はよくわからない。私自身金融機関で働いた者として、金融の機能として中小融資と国際融資にはやはりエコノミー・オブ・スコープが働くと思う。だからこそ東京三菱も三井住友も百万円の個人融資と国際融資を分けていないこれが金融世界の常識であると思う。」と述べました。


平ちゃんの実感としてはそうなのかもしれませんが、慎重論が多い中(吉川先生ばかりでなく、奥田さんやウシオさんまでがそう言っている)、何故そこまでして突っかかる必要があったのか理解出来なかった。麻生親分(前回までの議論経過で平ちゃんに手厳しく追撃された谷垣くんを擁護する感じだった)や谷垣くん(=谷垣・与謝野連合、つまりは財政一派)に含むところがあったにせよ、この議論の中身は民間議員達から出た意見というのはまっとうだと思うけど。勿論組織論としてどうか、ということについては奥田さんの言うとおり、「深掘り」するべきなんだろうと思いますけれども、吉川先生が「範囲の経済はあんまり働かないんじゃないか」と言ったことに対してまでも、(自らの経験則として)働くと思う、と主張したところで大して意味はないと思うんだけどな。


で、学術的にはどういった評価なのかというと、金融機関の合併・統合という点で、欧米の実証研究などではBerger、Demsetzらの幾つか報告があるようですけれども、それらによればどうやら「範囲の経済」は働かない、とするのが結論のようです(私の誤った解釈かもしれませんけれども)。国内研究においても、コスト削減ということは明確に観察されず、シナジー効果による収益力向上ということがあるようで、「範囲の経済」は必ずしも働かないと考えられているかもしれません(これらについては別な記事に書いてみます。ちょっと前にWBSでも取り上げられた流行の「ダイバーシティ」と絡んでるし)。


そういう流れでしたので、前回に続いて今回も「民間議員の方々がどうしてそんな議論を・・・」みたいなスタンスで平ちゃんに言われたので、本間先生もちょっとブスっとして(額の右側辺りにドイツ空軍マークが浮き出ていたかもしれません、笑、勿論冗談です)、「我々と竹中大臣はどこが違うと考えてるのか。私はそれ程違うところはないと思うが」と返しました。すると、平ちゃんは「例えばガバナンスをどうするか、というのは、組織の切り分けの前にあるべき議論で、それを書いて欲しい」と。郵貯銀行と同じで、商工中金や政策投資銀も銀行法適用の民営化にしろよ、と。俺なら「委員会設置会社」にするぞ、それが民営化だろ(政府関与は無くせ)、と。だからそう書いておけよ、と。言いたいことは判りますが、それでも意見の多数派なのは国際協力分野は難しい面も確かにある、という認識の相互確認ですので、そんなに拘らなくとも・・・と思います。


そのやり取りの後で、はっきりと麻生親分vs平ちゃんの構図が出ました。久々の対決でしたので、何だか盛り上がりました(って、私だけ?)。やや堪え気味だった(諮問会議の臨時議員なので)麻生親分が遂にカウンターパンチを繰り出したって感じでした。吉川先生もいいこと言うんですよ、たまには。これがですね、次のようなやり取りでした。

麻生「A案が良いという話の中で、大銀行もそうだったという説があったが、だから大銀行はダメだったのではないか」
竹中「大銀行にも良い所と悪い所がある」
麻生「忘れないで欲しい。政府としては、大銀行を救う為にいくら金を突っ込んだか」
吉川「(先に述べたインターナショナルのところに関して)範囲の経済があるかどうか、これも一つの問題だが、それと同時に、国際競争力等で多くの人が指摘するのは、純粋な金融機能と同時に、いわゆる国旗、ナショナル・フラッグが付くことが重要だということ。そうした機能がこういう形で大丈夫なのかどうかが、もう一つの判断材料だと思う。その点について、はっきりとした考えを私個人は特に持ってない。ただ最後に詰めて行く時に、金融とは独立に「国旗の機能」というものについて考える必要がある。」


このように、麻生親分の痛烈パンチが入った訳ですが、更に続けて吉川先生が述べた「国旗の機能」というのは重要な視点だと思いましたね(関係ないんですけれども、頭の良い人達はどうしてカタカナ・英語で言いたがるのかな?私は語学は苦手ですから使いませんが、福井総裁は「範囲の経済」と言わずに「エコノミー・オブ・スコープ」、吉川先生は「いわゆる国旗、(つまり)ナショナル・フラッグ」と敢えて言い換えました。これはイラク派遣問題の時の「show the flag」の件以降、意図的に「フラッグ」という風に使われてるかもしれません。オリンピックの時のfor the flag のように)。国際関係の中では重要視されて然るべきだろうと思いました。これを吉川先生が指摘した、というところが意外性があって良かった。確かに「範囲の経済」如きで平ちゃんと論争してもしょうがない訳で、福井総裁の元々の意図というのも、単に寄せ集めという組織論=一つにする、というだけでは意味がなく、付加価値アップや組織活性化も重要だよ、ということを示していると思われ、エコノミー・オブ・スコープが効くと思われる分野(個人・零細・中小企業、農林漁業のような分野)こそ意味があるのではないか、ということを指摘していたんだろうと思います。確かにおっしゃる通りですね。


なので、平ちゃんは今回の諮問会議では、ちょっとションボリ、って感じだったと思いますね(だから、堪えてね、って言ったのに。熱闘!官業金融~第4R(追加版))。年長の奥田さんから見ても、「ちょっと大人気ないな」って思ったことだろう。前にも「擬似民営化ってのは、国民からは判り難いよ」とやや諭すように(要は、ひとさまの書いたペーパーの細かい文言ばかりに注文付けるな、自分のも同じように突っ込まれるんだよ、もっと広い視野で本質を見てごらん、というような感覚でしょうかねえ?奥田さん。こんなことは全く言ってないのですけれども、そういう意図が込められてるのかな?と推測)話しておいたんですけれども、今回も同じように(しつこく)「蒸し返し」だったので、「子供だな~」って。瑣末なことに目が曇るというのは、いただけないと思うな。今回のオマケとしては、「財務省がまず範を垂れて、積んでる金をちゃんと出せ」と「内閣府は(増税等のインパクトを勘案した)マクロ経済分析しとけ」ということでした。これは(臨時議員の麻生親分が退席した後でもあるし)、「財務省」「内閣府」を責めたんですけれども、つまりは・・・「谷垣・与謝野連合」に詰め寄ったということなんだろうと思います。


因みに、積んでる金を出せ、って突っ込まれた途端に、財務省は12兆円の国債買入償却を決定しました。多分この影響が大だったでしょうね(と勝手に推測)。随分と早いじゃねーか、財務省(笑)。


でもまあ、麻生親分はやっぱり強い。平ちゃんの天敵とも言える存在かもしれない、やっぱり。当たり前だが、外務省に口出しさせず。麻生親分は総務省をよく知ってるけど、余計な口出さず。偉い。麻生親分。でも、平ちゃんは(古巣の)内閣府に「マクロ分析しとけ」と言ってしまった。これは器の違いなのかもしれない。むしろ基地問題の為に、地方に出向いて話をするあたりは、「中々やるな」と思いますよ。麻生親分は地方の立場を守る方向でやってきたから、地方団体も頼りにしていたフシがある。つまりは、恩義を感じる方達が結構地方側にいる、ってことだ。その麻生親分に「(地域の説得を)ひとつ、宜しく頼む。外務省として、米側に地方の要求に配慮してもらえるように最大限努力するし、外務省から(2+2のペアである)防衛庁にも一筆入れておくから。(基地周辺に関する)地方の要望も必ず防衛庁に通させるように言っとくから」とか頼まれれば、総務省時代の経緯もあるから断りにくい、ってこともある。この問題を大きくまとめれば、それは政治力を示す絶好の機会となるだろう。そうか、この手があったんですね。防衛庁と総務省が出し抜かれては、立場なし。かな?


沖縄の地域の声としては、やっぱり「持ってきて欲しくないもの(基地)は持ってきて、残して欲しいってもの(沖縄公庫)は無くそうとする」という辛辣な意見が出された、って小池大臣が言ってたね。これも当たり前って言えば、そうだよね。だから、取引材料(国と地方の大断層6)として恐らく使えるんですから、地方側への提案として提示する価値はあると思うけど。


議事要旨の公開が昨日だったらしく、今日見たんだけれども、本日既に諮問会議が行われてしまって、ネタが古くなってるじゃないか。もうちょっと議事要旨の早期公開が望まれます。読むのが間に合いません(笑)。


本日の諮問会議の話は後で確認してみたいと思います。

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医療費削減と過失の狭間

2005年11月28日 23時44分35秒 | 法と医療
ボツネタさんの所([ボ])を見てて思いましたが、裁判所判決に示されたような検査をやっていたとしたら、医療保険はパンクだろうな。それに血液製剤によるC型肝炎の場合なども考えると、日本中に肝炎ウイルスキャリアが相当存在するだろう。数百万人かな?その人々全部に、血液検査(腫瘍マーカー、肝機能等)と腹部エコーを実施したり、仮に肝硬変移行グループだけの重点的検査であるとしても、かなりの医療費負担を覚悟せねばならないだろう(H17.11.18 札幌地方裁判所 平成14年(ワ)第1087号 損害賠償請求事件)。


検査した期日(頻度)が数ヶ月の違いがあって、それを実施しなかったことが即過失認定となれば、当然それを恐れて過剰とも言える防衛策(=頻回の検査実施)となり、医療費は膨らむだろう。今の医療費削減政策から見ると、こうした検査実施が認められるとは到底考えられないと思うけど。医療現場は厳しいんですね、やっぱり。やらなかった場合には、過失ですもんね。


腫瘍マーカーを2ヶ月に一度、腹部エコーを3ヶ月に一度、これを何十年か続けていかなければならない、ってことですよ。確かにそれをやれば発見できる確率は増えるかもしれないが、だからといって肝硬変が治癒する訳でもなく、新たに肝細胞ガンが出来てこなくなる訳でもないのです。食道静脈瘤破裂とか重篤な肝機能低下とか他の病状が出現するかもしれないけれども、でも、可能性という点で考えると、ガンを発見できる方が大切なのであり、それで少しの延命を得られるかもしれないが、それを得る為にはガンが発見されるまで、何十年かわからんけど年に4回の腹部エコーをやり、腫瘍マーカーも年6回やれ、ということになります。


これは大変なことだろうと思われます。医療費は本当にパンクするかもしれません。


ちょっと慌てて載せます。



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間違いの懺悔

2005年11月27日 11時45分13秒 | 俺のそれ
先日の落合先生のコメント欄に田中角栄とロッキード事件の関連についての話題があったのですけれども、私は大きな思い違いをしていたんですね。小学生の頃で興味もさほどないし、キーワードとして耳に残っていた程度でしたので・・・。ピーナッツ、トライスター、ロッキード、丸紅、鬼○判事補(実名表記はマズイんでしたか?今年裁判があったような気がしますが)、指揮権(?、だったか?)等々、そういう言葉だけが記憶に残っていて、田中角栄を退陣に追い込んだのはロッキード事件だと思い込んでいましたが、実は立花隆氏の週刊誌連載に端を発する金脈問題だったんですって。今頃になって知りました。無知をお詫び申し上げます。前にウソを書いてしまってました(郵政決戦に備ふ(雌伏編))。ゴメンナサイ。


先日、政策金融の話題で「設計士」の例えを書いたんですけれども(熱闘!官業金融~第3R)、この時はまだ偽造問題が発覚する前でしたので、「設計士は信頼できる」という前提に立って話を進めてしまっていましたが、何とこの設計士の信頼性が大きく揺らぐという事態となって、こういうことは想定してませんでした。なので、設計士の例えを持ち出してしまったことが、かえって逆効果となってしまったかもしれません。


で、小ネタなんですけれども、田中角栄氏が日本で最初の1級建築士なんだそうです。第一号ということですって。
へえ~へぇ~へぇ~
知らなかった。Wikiに出てました。立花隆氏のことも含めて、勉強になりました。やっぱり、無知はあちこちからボロが出るもんでございます。自省。いつも想像で書くということが良くないんですね、やっぱり。


あと、小さな懺悔の告白なんですが、以前にコメント欄で小泉総理のおじい様のお名前を、「小泉又三郎」と答えていたことがあって、その時まで確か「又三郎」ではなかったな、と信じ込んでいたんですが、これもホラでした。ゴメンナサイ・・・。「風の又三郎」じゃないんだから!、って怒られそうですね(笑)。本当は「又次郎」さんです。上の記事を書いた後で、ちょっと調べたら間違いだったことを知り、尚且つ「又二郎」と書いてしまって、二重の誤りを犯してしまいました。こういういい加減さはいけませんね。

でも調べて書く、っていうのは、大変なんですもん。曖昧な記憶と勝手な想像力を頼りに書くから、こうなるんです。もしも、自分が職業的に書く仕事ならば、もっと注意深く書きますよ、勿論(!?、「ウソをつくな」とお叱りを受けそうです)。金を貰ってる職業的記者の方だって、誤認記事(話題シリーズ17)を書いたりするんですから、素人の私が間違えることは仕方がない部分もあるでしょう(開き直りではありません)。


今後とも間違いは多く発生する可能性が高いので、皆様も「バカだな~」くらいの気持ちでご容赦頂ければと思います。誤りのご指摘もお待ち申し上げております。


コメント (6)
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金融調節の雑感

2005年11月26日 19時42分40秒 | 俺のそれ
今後の金融政策に関しては、日銀の姿勢に対して不信感が高まりつつある(少なくとも私の中では)。経済の調節というのか、舵取りというのは非常に難しいんだろうな、と素人考えながら思うのですが、それにしても、現状で最も効果が得られるという知見・理論を元に判断するべきですね。勿論未だ解明されていない法則とか、不思議な現象といったものもたくさん存在するのだろうが、それは経済学の課題として解明を待つしかないですね。


経済物理学とか、そういった周辺領域については全く知らないのですけれども、いつもの単なる感覚で書いてみます。生物学も同じくあんまり知らないんですけれども。


何となくですが、お金の流れというのは、生物でいうと血流みたいな感じがしますね。「じゃあ、心臓って何処よ?」と突っ込まれそうですが。そりゃ判りませんけれども、例えば「日本」と「その他(海外全部)」みたいな、2コンパートメント・モデルというようなのにも似てます。そこのやり取りは為替レートという基準があったり、輸出入や投資といった移動があったり、というような印象です(あくまで感覚ですので、現実に当てはまるかどうかは判りません)。薬物の代謝や分布などの研究などに用いられているようですが、何となくそういうイメージがあります。調節因子は為替レート以外にも幾つか存在するのだろうと思います(金利とか経済規模・成長率とか・・・何だかよくわからんけど)。


海外と国内という区分ではなくて、国内だけを見てみると、やはりそこでも家計・企業・政府というコンパートメントがあって、そこでのやり取りというか資金循環というか、そういうイメージがありますね。日銀はどこの部分に当たるのかよく判らないんですけれども。ああ、日銀というコンパートメントと国内経済全体というコンパートメントでしょうかね?で、国内経済全体が3つに分かれてるんだろか?資金分布もそうですけれども、循環速度ということも重要な因子であると思いますが、何に該当してるかよく判りません。


通常、人間の血圧には幾つかの変動要因がありますが、心臓から送り出される血液量(心拍出量)、末梢の血管の太さ(血管抵抗)とか、循環血液量とか、そういったものですね。日銀の量的緩和策は言ってみれば「循環血液量」の増量みたいなもんです。よく量的緩和を金で「じゃぶじゃぶ」とかって表現をされるのですけれども、イメージとしてはこれに当たりますね。例えば失血した時には、循環血液量が減る為、心臓に何の病気がなくても(ポンプ機能には異常がなくても)血圧は低下して行きます。そういう場合には、「量を増やす」というのは最も有効となるでしょう。なので、輸血をしたり、点滴で大量の輸液をしたりして、循環血液量を維持するようにします。もしも失血量が一定以上多くて、循環血液量が維持出来ない場合には、心臓が如何に「バクバク」して血液を送り出しても間に合わないので、出血性ショックに陥って不可逆的変化となれば死亡してしまいます。


循環血液量を増やそうとする時には、薬剤を投与するということも有り得るだろうと思いますが、副作用が少なく比較的マイルドなコントロール方法は「輸液」というボリュームを増加させる方法となります。しかし、これも万能ではありません。病状の軽い状態(例えば軽い脱水症状、血管反応性の軽いショックとか)には十分有効ですけれども、徐脈(心臓の拍動が一定以下の少ない回数となってしまい、心拍出量が減少する)とか、末梢血管に大きな問題があれば、十分な効果が得られるとも言えませんね。ですから、量的緩和政策をこれほど長く行っても効果が不十分であるということは、何か別な調節を考える必要があるということになるでしょう。副作用という点では、現在までの景気回復とか経済状況を見るとそれ程重篤な副作用は観察されていないので、マイルドなコントロールでは不十分ということだろうと思います。


では、何処に問題があるのか?心臓から送り出す血液量が一定以上に保たれていないとか、末梢にうっ血してしまっているとかですかね。心臓ポンプを強化するような薬剤を投与する(心臓の一回拍出量を増やすか、拍動回数を増やすか)とか、末梢血管抵抗を変える薬剤を使うとかですね。しかしながら、これらの薬剤には副作用があって、余計な部分にも影響を及ぼしてしまうことも多いですね。病気の状態によっては、逆に悪化してしまう場合も有り得ます。例えば心筋虚血のある患者に、心拍数を上げる薬を投与すると心負荷が大きくなり(動脈圧を上げるよりも、心拍増加の方が心筋の運動負荷が大きく虚血になり易い)心筋梗塞を誘発してしまったりするかもしれません。


心拍出量の減少というのは、日銀の各種オペの不備と似てるとみていいのかもしれません。循環血液量=ボリュームを増やす(当座預金残高の大幅引き上げ)という手段ではダメなので、国債買い切りオペのような更なる心拍出量を増やす方法を取るというようなことでしょうか。ただ、診立てがそれで正しいのかどうかは私には判りませんが。

家計・企業などの末梢組織に金が停滞しているというのは、金だけ持っていて、タンス預金みたいに動いていない状態に似ています。設備投資などのような投資に金が向かわないのですね。心不全患者で末梢組織に(血管外に移行した)水分がうっ滞して浮腫となってしまうのと似ています。また、病気の組織には血液が向かわず、健康部位にばかり血液が流れるような状況(=勝ち組が勝ち続ける)にも似てました。例えば不況で弱っている中小企業からの銀行資金引き上げといった「貸しはがし」がこれに似ています。銀行の不良債権処理加速というのは、結果的にそのような状況を作り出したのですから、薬剤投与の誤りがあった可能性は否定出来ませんね。脳梗塞ような虚血部位がある場合に、病的部位への血流を確保する為に血管を拡張させる(局所の血流が増加する)薬剤を投与しても、スティール現象が起こってしまい、傷害部位である虚血部位には血流が減少して健常部位にばかり血液が取られてしまうのと似ています。


通常の人体では各臓器の自己調節能があって、血流を一定に保てるような調節が働きますが、全体的には神経性の調節(自律神経系などですね)やホルモン・オータコイドなどの調節物質の作用などによって調節されています。勿論フィードバック機能もあって、圧受容体反射など、いくつかのセンサーから受けた情報を元に一定範囲内に保とうとする機能もあります。その調節範囲というのは、最初から大体決まったレンジとなっています。自己調節能がうまく機能しなくなっていれば、当然病的状態を回復する為に、薬剤投与などが必要なのですね。


心筋梗塞のある人が胃ガン切除手術をするような場合には、ガンも治す必要がありますが、手術を受ける時に心筋梗塞が悪化しないようにしないと、術中にたくさん出血したからといって心筋梗塞悪化の為に心臓死ということであれば、何の為の手術か判りませんね。なので、そういう場合には、心臓血管系をコントロールする為に複数薬剤の組み合わせによって、全体のバランスを保つような工夫がなされます。大まかに言うと(全くの当てずっぽうです)、心筋虚血を防ぐ為に冠動脈拡張薬を使うと、他の組織の血管拡張も起こってしまい血圧が下がりすぎるので、臓器血流量を増やす薬剤を投与しつつ、血圧が下がると結果的に心拍数が上がる為(心拍出量を一定量に保とうとする反応の為)心筋負荷を軽減する為に心拍数を抑制する薬剤を投与し、といったことを行う訳ですね。複合的な薬剤投与を行うというのが、循環系のコントロールを可能にする方法だろうと考えられているようです。


つまり、全身的な循環不全があるという病的状態の場合に、一つの方法・薬剤だけでコントロールしようとする方が困難な場合が多く、「デフレ」という病状に対しても同じで、一つの方法のみで回復させようという方が、かえって困難となってしまうことも多いのではないか、と感じます。日銀の行った方法は、前述したように「輸液」だけしておいて、あとは放置ですから。その一方で、政府はスティール現象を惹起するような治療薬を選択したり、臓器血流量を下げるような手段(=緊縮財政、予算カット)を取ったりする訳ですね。なので、病的部位は益々広がり、一時的に重篤な機能低下が起こったが、アップアップの状態ながらもどうにか自然に機能が代償されて回復したような感じですね。現在の末梢循環が多少回復しつつあるという時に、日銀は「血圧が少し上がってきたから、もう点滴を外す」(=金融緩和政策解除)と言い出した訳です。こりゃ、危ないんじゃないか、って誰しも思う訳です。末梢循環は少し回復してきたけれども、とてもじゃないがstableな状態とも判断出来ないのですね。瀕死の状況からようやく回復の兆しが見えてきただけなのです。


長きに渡る停滞の影響で、自己調節能を司るセンサーなどが狂ってしまっているかもしれません。レギュレーションの移動が勝手に起こってしまったかもしれません。そういう影響も見ながら手段を考慮するべきですし、狂ったレギュレーションは何度も時間をかけて、キャリブレーションしなおさないとダメかもしれません。デフレが長かったということは、そういうことでもあると思いますね。なので、03年にも04年にもCPI がゼロ近傍に近づいても、中々プラスに転じていかなかったということと関係してるかもしれません。


家計や企業の期待形成というのは、ある種のレセプターとそれに結合するリガンドみたいな関係に思えます。インフレ期待というのは、インフレというレセプターにくっつくリガンドの数(具体的には個人の数かな?)が多ければそういう効果が発現するし、デフレというレセプターにくっつくのが多ければそういう期待形成がなされる、ということです。そして、一定閾値を越えてしまうと、他の調節因子では中々回復出来ない(つまり、点滴だけしておいた=量的緩和、というくらいでは回復出来ない)、ということなんだろうと思います。「デフレレセプター」との親和性が異常に亢進したような状況ということです。今までのようなデフレ期間が長かったことによって、この親和性は強化されており、まるで痛み刺激と似てるようです。例えば、針を刺すという刺激を加えて初めに感じていた痛みの程度は、何度も同じく針を刺し続けると繰り返し起こる痛み刺激によって(持続することによって)、全く同じ刺激なのにより強い痛みを感じるようになり、疼痛を感じる範囲も拡大していくのです。これは痛み刺激が繰り返し起こることで、伝達物質の放出量が増加したり、レセプターの数が増えたり、親和性が強化されていくといったような神経可塑性によるのです。ですから、デフレというレセプターとの親和性はかなり強化されているだろうと思いますね。「痛みに耐えて」という改革が推進されてきたことも、妙に符合しているように思えます(笑)。


なので、こうした「デフレレセプター」をブロックするとか、親和性を低下させるという方法を取らないと、中々回復出来ないんだろうと思います。言うなれば、アセチルコリンレセプターに対する、ベラドンナ薬のような薬剤投与も必要な場合もあり得る、ということですね。それは現実にはどんなことか?「インフレレセプター」への親和性を強くする、ということでもいいです。狂ってしまったフィードバック機能のレギュレーションを戻してあげる、でもいいです。絶対にインフレにします、って宣言するのもその一つですね。インフレターゲットを設定し、そもそもの調節能の閾値を設定するというのは、血圧調節の仕組みと似たようなものですね。一般に健康状態では、血圧はそれで恒常性が保たれています。物価であっても、そういう調節が効きそうに思いますけれどね。自然界の仕組みは、大体うまく出来てるもんだし。調節方法が1系統しかない、というのは、人体ではあんまりないのではないかと思いますね。殆どがいくつかの調節方法があって、一つが不十分でも他の調節機能が働くことが多いかもしれませんね(病的状態でなければ)。なので、日銀も、幾つかの調節方法を持つ、というのは当たり前なのかもしれません。


変なことを書いてしまいましたが、そういった感触ですね。それが何か意味があるか、というのは判りません。何れも専門外ですし。読んで頂けただけでも感謝致します。有難うございました。


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ブログ言論の危機?

2005年11月26日 13時12分03秒 | おかしいぞ
経済産業研究所はドーア氏の記事のリンク先を消しやがった。速攻で。記事書いてすぐだ。今日無くなってることに気付いた。きっと何処からか横槍が入れられたんだろう。一体何故だ?余りにもタイミングが良すぎじゃないのか?まさか、○銀の陰謀か?違うとは思うけど。私はいけないことをしてしまったのですか?

消されたのはこの記事のリンク先。
経済学は難しい11


いいじゃないか、一般国民が経済産業研究所の成果を読んだって。
客員研究員であるロナルド・ドーア氏の論説を公表しておいて何が悪いのですか?経済産業研究所。

何がダメなの?私のブログでのリンクが?引用が?
それとも経済産業省は徹底マークでもしてるのですか?私のブログを(笑)。
中小企業基盤整備機構を批判したから?経産省の裏金事件(経産官僚の株取引禁止となってしまったそうです)を批判したから?「電源特会」とか「石油・エネルギー~特会」をあれこれ嗅ぎ回ったから?私が悪かったのですか?


もしも、こんなしょぼくれたブログでペーパーを引用したくらいで、行政府がいちいち情報源を隠匿するというのなら、大問題だろ?何で消したか理由を公表しろよ。急にディスカッションペーパーを消した理由だよ。自分達にとって都合の悪い論説は、見つかったら消すのか?


山口二郎北大教授も、ロナルド・ドーア氏の業績には一目置いていて、大学にドーア文庫だかを作ったとか出てたぞ。finalventさんだって夏の選挙の頃に極東ブログに取り上げてたぞ。田中秀臣先生も書評を書いてたぞ。そういう評価を受けている客員研究員のペーパーを、何でいきなり消す必要があるんだ?もしも、理由を公表しないか、リンク先を復活させない場合には、研究所は何処からか「消せ」という指令が来たら、客員研究員のディスカッションペーパーをいきなり消去するような「fairでない研究所」なんだと解釈することにする。


総務省か、内閣府か判らんけど、経済産業省に言ってやってくれ。「ちゃんとペーパーを元に戻しなさい」って。勝手に消すな、って。国民の目に触れないように秘匿すんな、って。


マスメディアも、こういうのはオカシイと思いませんか?例えば経済財政諮問会議のHPにある「5分でわかる経済」コーナーのように、先日出た「GDPギャップ」の話とかを急に消したりしたら、オカシイな、と思うでしょ?今まで公表してたのに、他から、「こういうのはマズイよ」という横槍を入れられたからって、権力行使によって消したとしたら問題あると思いませんか?行政側の都合の良い情報だけを国民に公表するのだとしたら、大問題ですよね?追及してみて下さいな、メディアの方々も。お願い致します、本当に。言論の封殺だよ、こういうのは。ロナルド・ドーア氏の言論という特定のものだけを封殺してるんですよ。


絶対にオカシイ!!


追記:22時頃

今見たら、リンク先が復活していた。何でだろう?疑問だ。よくわからん。今日の午前中は開けなかったよ。どうしてだろう?でも、今見られるから単なる偶然?かもしれないけれども。

一体全体、どうしてこうなったのだろう?不思議。

午前中には、googleの検索でも確かめてみたんだけど、見られなかったんですよ。本当です。でも、今はちゃんと同じ語句の検索でも引っかかる。トップに出てくる。どうして?一体何が行われたんだろう?オカシイ。

私は異常でしょうか?狂ってますか?
でも、本当なんだもん。
本当に見られなくなってましたよ。

他の人達は読めてましたか?どうなんでしょう?不安だ。普通に読めていたのなら、私が偶然開けなかっただけなんだろうけど。そんなことってあるかな?何度も確かめてみたのに・・・



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経済学は難しい12

2005年11月25日 21時56分35秒 | 経済関連
政府側からは日銀への牽制が続出してきています。政府としてはそういった対応で「待った」を掛けておくしかないですからね。

NIKKEI NET:経済ニュース

以下に、記事より一部抜粋します。

消費者物価指数がマイナスを脱したことに関し、関係閣僚からは25日の記者会見で「デフレ基調は依然として続いている」(安倍晋三官房長官)などの発言が相次いだ。竹中平蔵総務相は、日銀が金融の量的緩和政策解除へ地ならしを進めている点に触れ「政策目標は政府と中央銀行が相談して決める」と、強い口調で日銀をけん制した。

だそうです。平ちゃんにしてみれば、そう言いたくもなるだろうな。


平ちゃんが経済財政担当相に就任した年の、01年度の経済財政白書には重要な事項が記述されていました。

平成13年度経済財政白書 デフレの進行と金融政策

白書から一部を取り上げてみたいと思います。


まずデフレについて。

『デフレは、主に次の2つの経路を通じて、企業の設備投資を抑制させるなど日本経済を下押ししている。①過剰債務を抱えた企業の債務負担を増加させる。②実質金利や実質賃金の上昇が企業の収益を圧迫する。 金融政策は、現在の経済を全快させる万能薬ではあり得ないが、日本銀行はデフレ圧力を和らげるためのさらなる施策を積極的に検討すべき段階にあると考えられる。』

日銀は更なる施策を積極的に検討してくれ、って言われてるんじゃないか。要因は主に2つですと。

『デフレは、政府の実質債務負担を増加させる効果も持つ。第3章第1節でみるように、我が国政府は90年代に財政赤字を大幅に拡大し、その結果、公債等の長期債務は巨額になっている(国・地方の長期債務は99年度末で約600兆円、GDP比約120%)。現状、我が国の政府部門は、保有金融資産を差し引いたネットでも債務主体となっており、デフレの進行は、名目での債務残高の増加以上に実質の債務負担を増加させている。それだけ、今後の財政再建への道のりがより厳しいものとなるといえる。』

今後の財政再建の厳しくなる、ってさ。そりゃ、そうだわな。

『金利を通じた影響をみると、物価下落により実質金利が上昇した場合、企業にとっては投資の抑制要因となると考えられる。実際、名目金利は、日本銀行の金融緩和を受けて低下しているものの、一段の金利下げ余地が減少している状況下、2000年秋以降、物価下落幅が拡大傾向にある。このため、実質金利はほぼ横ばいないし上昇傾向となっており、金融緩和効果が減殺される形となっている。』

デフレ下では、金融緩和効果は実質金利上昇によって減殺されとるって。

『物価が下落する一方、名目賃金が下方硬直的で十分に下がらない場合、実質賃金が上昇し、企業にとっては収益圧迫要因となる。このため、投資活動が抑制され、生産・所得の減少を通じて、最終的には消費にもマイナスの影響を及ぼすと考えられる。もし、名目賃金が物価の下落に応じて弾力的に調整されるならば、このようなマイナスの影響は起こらない。』

実質金利・実質賃金上昇などによって企業活動のマイナス要因ですと。


そして、「良いデフレ論」に対しては次の通り。

『供給面の構造要因(安い輸入品、技術革新等)によって相対価格の変化が生じていることは我が国にとって望ましいことかもしれないが、全体の物価水準が下落して日本経済に悪い影響を与えていることはやはり問題で、デフレは「良い」とは言えない。』

『長期的には、為替レートは貿易財の価格動向を反映して決定されるので、貿易財と非貿易財の生産性上昇のスピードに格差が存在するかぎり、内外価格差はなくならない。内外価格差は、基本的には、サービスなどの非貿易財部門の生産性上昇を通じて、非貿易財の価格水準が貿易財の価格水準に比べて相対的に低下することによって解決されるべき問題であり、一般物価水準の下落というデフレによって解決される問題ではない。』

全て何処かで読んだような気がする内容ですけれども、ずーっと前からみんな判っていたのですね(笑)。


金融緩和政策の効果検証では、次の部分に注目しました。

『中期的にみた景気の先行きに対する見方が慎重化するなかで、ゼロ金利政策時の「デフレ懸念払拭」よりも、「CPIの上昇率」という明確な基準が設けられ、金融緩和期間の長期化がより確実なものとして人々に予想されることになったため(時間軸効果)とみられる。ただし、金融緩和期間の長期化予想はデフレの長期化予想と表裏一体をなすものであり、この様に金利が低下したことは、人々が、デフレの長期化予測を織り込んだ結果と解釈もできる。』

昨日書いた記事での参考文献に挙げた日銀のレポートによれば、家計の6割が合理的期待形成となっていて(インフレについてですので、デフレも同じかどうかは示せないですが、もしも同じ程度であるなら)、「デフレ期待」も合理的に形成されてしまったのではないのかな、と思ったりします。家計の期待形成は、企業やエコノミストよりも適応的というのが少ないのですね。これはどういうことか、というと、上で述べられている通り、「デフレの長期化予測」という一種の「デフレ期待」が合理的に形成されてしまったとも言えるのではないでしょうか(97年以降の惨状を思い浮かべれば、家計がディフェンシブな行動=安全指向・消費抑制に変わったとしても不思議でもないかな。98年後半以後CPI は継続的にマイナスへとなっていきました)。多くの人々の期待形成が「デフレ」という方向になれば、企業やエコノミストも一緒になって「デフレ予測」を持ち続けた、ということです。「CPIの上昇率」なんかを基準に持ち出さずに、初めから「デフレ懸念払拭」を人々に明示しておけば、これ程までに長期化することも防げたかもしれません。これも98~01年の過程で、既に判っていたことだったのですね。


で、量的緩和政策以外の残された金融政策としては次のことが示されている。

『名目金利がゼロ以下には下がらず、金利低下余地が限られてきている中で、貸出等への波及は今のところ限られている。そこで、今後検討すべき金融政策としては、①長期国債の買い切りオペのさらなる増額等(さらなる量的緩和)と、②中長期的な物価上昇率の目標を定める「物価安定数値目標」の導入が考えられる。物価安定数値目標とは、中長期的な物価の安定を目指して具体的な物価上昇率の目標を設定する政策であり、人為的に高めのインフレを引き起こす、いわゆる「調整インフレ論」とは異なるものである。』

効果としては、簡潔に次のように述べられている。

『物価安定数値目標については、日本銀行が物価の安定に向けて最大限努力するスタンスを一層強く表明することで、金融政策の透明性が高まり、現在のデフレ期待の払拭がもたらされることが期待される。デフレ期待がなくなれば、実質利子率が低下し、設備投資へのプラス効果等が期待できる。』

日銀の姿勢に対しては、次の通り。

『既に、日本銀行は、CPIの前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで、日銀当座預金残高をターゲットとする量的緩和策を続けることとしている。しかしながら、ゼロ%以上を達成するための政策手段を明示していないほか、ゼロ%以上となった後の政策経路を示していないうえ、中長期の物価目標(例えば前年比+0~2%を目指すとするなど)を定めたわけではない。このため、上記のように期待される効果が十分に発揮されることが保証されていない。』

日銀の二つの問題が指摘されている。「CPI の0%以上達成の政策手段」と「0以上になった後の政策経路」を明示していない、ということだ。IMFだって「透明性の高いやり方」をしろ、って言ってるよ(IMFの考え)。

後は、立場の違い(消極的と積極的)の論点ですので、元の文章をお読み頂ければ何となく判りますね。消極派の挙げている理由と反論というのは、既に出尽くしてしまった感があるので、特筆すべき事柄でもないでしょう。


結論的には、何年も前から行政府も日銀もインフレ・ターゲットについては知っていて、それを敢えて議論のテーブルに載せてこなかったのである。双方ともに傷つくのを避けてきたとしか思えない。こうして経済財政白書にも収載されているし、21世紀ビジョンにも出てるんですから、重要なテーマであることは判り切っているでしょう?中央銀行としての責任を果たすべく、とことん議論するべきだったのですよ。

今からでも検討は出来ますし、白書に示された通り、「0以上となった後の政策経路」についても明示するのが筋ですね。



蛇足ですが、全く無関係な話で恐縮ですけれども、昨日ニュースとなっていた「道路族」の活動に関する話題です。ああ、道路族ではなくて、自動車会社の社長の方々でしたな。トヨタも日産もホンダも・・・みんな勢ぞろいだったそうです。「道路財源の一般財源化反対、その分減税しろ」ってことですって。オイオイ、道路族は随分と調子いいじゃないか。奥田さんが諮問会議の議員だったのだから、なって直ぐに言えば良かったんだよ、「道路財源は税体系を改めろ」って。何でもっと早くから「道路財源の暫定分を減税しろ」って主張しなかったんだ?ずーっと前から税制は同じだったのだから、もっと何十年も前から百万人分の署名集めを社長達が毎年やれば良かったんじゃないのか?


予算を切られるかもしれない、と思ったから反対運動をしたんじゃないの?今まで国民には詳しく説明もしてなかったのに、急に税金が高いんだ、ってなことを言い出したんだろ?いつだったか、大型車を買いやすくする為に、少し重量税(だったかな?毎年収めるやつですね)をほんのちょっぴり下げてもらったことがあったが、何でその時にもっと抜本改革をしろ、って言わなかったんだ?道路に投資がバンバン行われていた時期に、何で「道路財源反対!」って言わないんだよ。調子いいんだよ。


丁度13年度の白書を見てたら、社会資本ストックの話が出ていて、どれ位道路に資本の偏りがあったかよく判りましたよ。

社会資本ストック整備の特徴


90年度には、社会資本ストックの配分が道路30%、空港4%となっているが、90年代増加分では道路41%、空港7%と約半分を占めてるじゃないか。これも道路族のお陰なんだろ?今までよろしく、政官業一体でやってきたんだろ?これほどの増加分を独り占めしてきたんだから、道路に回す必要性なんて少なくなっているだろ?「道路、道路」ってやってきたんだろ、業界あげて。今頃になって、道路財源は減税しろ、っては、一体何なんだ?その分と同じ財源を確保できる増税を別にすることは、かなり困難だということも知ってるだろ?道路公団・空港公団で十分貪っただろ。これ以上、優先的に金を配分する理由なんてないぞ。


自分の所に来ない金になるんだったら、誰にも渡さないぞ、ってことだろ?それならいっそ、減税で大衆を味方につければいいんだ、だろ?やり方が汚いんだよ。1つのパンを数人の内の誰か1人が貰える時、「オレが貰えないなら、いっそ捨ててやる」といってドブに流してしまおうって魂胆と同じ(ちょっと違うか?)。道路財源に執拗に拘るのは抵抗勢力の証明だな、明らかに。


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経済学は難しい11

2005年11月24日 22時29分10秒 | 経済関連
面白い文献を見つけました。色々辿ってみたら出会いました。さすがは経済産業研究所だね。少し古いのもありますが、ロナルド・ドーアの論説は非常に参考になりました(そう言えば田中先生が書評を書いてましたね)。自分の今まで見てきた議論も含まれており、なるほどそういうことですか、と勉強になります。ここ最近続いている量的緩和解除を巡る諸問題に伴って、「インフレ・ターゲットのフレームワークとしての採用」(by 中原審議委員)についても、議論は再燃してくるでしょう。

インフレ抑制から維持へ RIETI 経済産業研究所

RIETI ポリシーディスカッション


特に目を引いたのは次の部分。
(下段の記事から一部抜粋)


具体的にいえば、次の4つの命題を区別しなければならないと思う。

1.現在の時点で、その目標の0%を2-3%に引き上げるべきかどうか。

2.2-3%の正の目標を採用したら、そのアナウンスメント効果だけでも景気に影響するかどうか。

3.日銀の使命である「物価安定」の解釈を(2、3%の)「価格上昇率安定」までに弾力的に拡大解釈できるかどうか。

4.現在できるかどうかは別として、原則として2-3%のインフレを安定して維持する事がマクロ経済政策として好ましいかどうか。

私のその4つの設問に対する答えはこうだ。

1.然り。

2.目標設定のアナウンスメントだけならあまり影響しないだろうが、エコノミストの誰しもが「これは確かにインフレを起こしそうだ」というような大胆な政策を伴った目標設定の発表なら、アナウンスメント効果も十分ありうる。

3.恐らく無理だろう。むしろ日銀法を改正して、目標インフレ率を政府が設定するように制度を変えた方が、すっきりするばかりではなく、却ってそれこそアナウンスメント効果を最大化する手段ともなりうる。

4.好ましい。



日本人にない、インパクトのある論説ですね。ちょっと感動。


インフレ・ターゲッティング政策に関してOECD加盟国の採用状況についても、日銀内部ではよく知っているでしょうし、そういった国々のCPI やその他経済指標の変動も調べていることでしょう。なので、その政策を採用しない、ということであれば、日本特有の経済学的理由(日本だけがインフレ・ターゲティング政策を採用すると大きなデメリットを生ずるという理由)が必要となるのですから、透明性確保ということを掲げる以上、説得的な説明がなされて当然ですね。ユーロ圏が一つの中央銀行となっていますから、30カ国より少なくなりますが、19あるうち14の中央銀行でインフレターゲットが採用されているそうじゃないですか。


ドーアが上の文献中で述べているように、「インフレ維持」という意味合いも当然あるでしょうね。ニュージーランドはかつてインフレ目標下限を0%にしていたそうですが、その後CPI が99年頃にマイナスとなって「デフレ傾向」となった為、下限を引き揚げて1%に改めたということです。


通常の先進国では、どこの国であっても「デフレでいいんだ」なんてことは金融政策としては採用しておらず、インフレ期待があるから、ということでゼロを目標とすることも、どこの国でもやっていないんですよ。私はブログを始める以前には、経済学には何の興味もなかったし、日銀の金融政策についても、「金利が下がるんだな~」くらいにしか感じていませんでしたが、日本経済にこれほどの停滞が起こり多くの悲劇を生んできた背景にあったことは、デフレであったのだな、と思いました。インフレ・ターゲットなんて聞いたことも無かったのですが、実は既に95年頃から日銀でも幾つかの研究を始めていて、一体今まで何をやってきたのか、と思いますよ。


初めてブログで見かけた時には、極々少数派の「怪しげな(というか不可解な)」理論(無知でゴメンナサイ、初期の頃は特定のマイナーな人々が敗北に打ちひしがれて主張してるかのような錯覚をしてしまいまして)なのかと思ったのですけれども、今まで色々見てくると、政府の委員の学者さん達や日銀内部の人達や、その他大勢の学者達などがその理論に基づいて運営を考えた方がいい、と言っているんですね。国内外からの、両方ですね。経済財政諮問会議の出した「21世紀ビジョン」にもちゃんと文言が入っている。これほどの支持を得ていて、何故政策として実行されてこなかったのか、というのは本当に疑問に思います。選択しなかった理由とは一体何なのか?って。


日銀が数々の研究の結論として「インフレターゲットは採用しない、出来ない」という主張をするのであれば、その論拠を提示するべきですね。「万能ではない」というのは、そりゃ判りますよ。ですがね、多くのOECD加盟国で採用されていて、きちんと機能していて、実証的にも導入後の年数は結構経ってきてますから、日本でも十分出来るということのようです。大幅なインフレを抑制するために機能していたんだ、デフレで採用された実績はないんだ、ということも理由の一部にあるのかもしれないですが、先のニュージーランドとか1930年代のスウェーデン(金本位制離脱などもあったようですので、単純ではないかもしれませんが)で、デフレ危機を脱しているようです。


そういった過去の例や他国の例を十分に研究し尽くしてきたんでしょうから、いい加減に「導入できない理由はこれ」と示してくれてもいいと思いますね。少なくとも量的緩和解除に関しての説明と同程度でよろしいですから。


インフレ期待に関する日銀の調査レポートでも次のように述べられています。

インフレ期待の形成について

以下に一部抜粋します。

『仮に、このように、合理的な期待形成が優勢となっているとすれば、(1)人々の中央銀行への信認が十分であり、かつ(2)中央銀行自身が判断の誤りを犯さない限りにおいて、中央銀行は、現時点の経済環境に基づいたメッセージを適切に発信することによって現時点の人々の期待形成にリアルタイムに働きかけることが可能となる。この場合、中央銀行がメッセージを発信した時点の経済環境とその結果が発現してくる時点での経済環境の差異が小さいため、中央銀行が意図した通りの反応がより効率的に得られ、経済全体にとっても政策発動と効果顕現化のタイムラグに起因する社会的損失が少なくて済むと思われる。このような状況下では、中央銀行による適切な情報提供が政策効果を高めることにつながり得る。近年議論されている中央銀行の透明性とアカウンタビリティーの向上は、こうした観点からも重要と言えよう。』


なかなか「いいこと」を言ってますね。

合理的期待形成には、中央銀行の適切な情報提供が政策効果を高めるんでしょ?適切な情報を提供して下さいな。「デフレ脱却」=「インフレ」という期待を形成してくれ、頼むから。透明性とアカウンタビリティに基づいて、「インフレ・ターゲットを導入しない理由」「緩やかなインフレを許容できない理由」「14のOECD加盟国で採用されている理由」を示してくれ。さもないと、国民の中央銀行に対する信認が低下してしまい、効果が不十分となってしまうのではないですか?日銀内部にさえある意見なのに、それが「間違ってる」と主張するならば、その理由を述べて欲しい。


福井総裁も、(政策決定の)「透明性確保」とおっしゃっていたではありませんか?


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国と地方の大断層6

2005年11月23日 23時30分19秒 | 社会全般
地方との問題は、いずれ何らかの決着をつけねばならない問題です。義務教育費、生活保護費、基地問題等々と入り組んでいますが、結論を出さねばなりません。通常交渉とは、どれほどタフネゴシエーターであっても、何かを妥協・譲歩し、その代わりに何かを得る、というのが普通であると思います。従って、双方共に妥協点を探すしかないでしょう。どれ程、「絶対に無理だ」と主張を繰り返しても、決着はつきませんね。単なるチキンレースになってしまうだけです。どちらが先に降りるか、ということになってしまいます。なので、幾つかの問題を整理して、一つ取れば一つは相手に与える、という姿勢が求められる、ということです。


例えば、国の立場としては、基地問題は優先させなければならない問題ですので、これを地方に受け入れてもらうことが必要ですね。ならば、地方としては、例えば沖縄金融公庫の基本的機能の存続を得るというような利益を確保する、ということになります。他の基地受け入れ地域についても、何か優先的に得られるものが必要ですね(但し公共事業みたいな形で、国の主導の事業を単に持ってくるのではだめですね。そこの地域住民達の最も必要と思われるものを地域で検討してもらうべきです)。基地問題については、国との交渉決裂となった場合には不利な条件で地方が負ける可能性があるのですから、交渉を有利に行えるうちに何かを獲得出来るようにするべきです。


生活保護費の受け入れ拒否についても、住宅扶助分であれば医療扶助のような増加とはならないでしょうから、これを受け入れる代わりに、義務教育費・教員給与等についての地方の言い分を通す、ということを国に求めるということになります。省庁の拒否というのは、基本的に立法府での予算案決定権限を考慮すれば、政治主導という形で突破することは出来るはずです。


こういった双方の妥協策を見つけない限り、どちらも自分の主張を続けるだけでは問題解決は難しいでしょう。なので、地方側にも幾つかの受け入れ、という姿勢を求めたいと思いますね。どれを選択するかは、地方でよく考えるべきでしょう。


それから極東ブログ(生活保護は国がするのか地方がするのか)でも取り上げられた生活保護の問題ですけれども、幾つか資料を探してみました。

図録▽生活保護世帯数と保護率の推移

国立社会保障・人口問題研究所 「生活保護」に関する公的統計データ一覧

生活保護費

医療費


今まで書いてきた(現在の社会保障費における公費)生活保護費に占める医療費の割合ですが、間違いでした。本当にスミマセン。生活保護の医療費給付は約1兆2千億円程度でした。全体の半分くらいでした。公費負担医療費全部で計算していて、間違えた比率となっていました。誠に申し訳ありませんでした。大変な間違いをしていました。


生活保護世帯の地域別で見ると、北海道がダントツで22%という恐るべき水準(全国平均は10.5%)で、次いで近畿Ⅰ(大阪・兵庫・京都)が18.1%ということです。北九州も多い地域です。何となく意味が判りますね。


近年の増加要因は、高齢世帯の増加と所謂母子家庭(離婚件数が増えたから?ということもあるかも。北海道は離婚率が高い地域だし)が増えてきている傾向です。


極東ブログにTBしましたが、何故か弾かれてしまいます。スミマセン。これはよくあることですが(笑)。gooでは受付られないのかもしれません。

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話題シリーズ17

2005年11月22日 22時59分36秒 | 社会全般
1)デイトレーダーが株価を吊り上げているの?

どうしても個人投資家を悪者に仕立てたいらしい。

Yahoo!ニュース - 時事通信 - ネット取引、最高更新=05年度上期の株式売買代金-日証協


こういう記事を書く記者というのは、本当に仕組みが判っているのだろうか?株式取引の説明なんぞをしても仕方ないのであるが、このままでは、「ネットを通じて売買を繰り返す個人投資家が、株高を演出したことを改めて裏付けた」と記事中でガッチリ裏付けられてしまって、個人投資家が悪者にされると思うので、一応書いてみようと思う。


まず、株式売買の原理というか簡単な仕組みを例で示します。「マーケットX」という場があり、そこには株式が存在しているとします。通常個人はこのマーケットXに購入代金を支払うと、株式で返されます。百万円をマーケットXに入れると、その時点で百万円の価値を持つ株式が貰えるということです。売るときは株式をマーケットXに戻して、お金を返してもらえるということになります。


Aという人が過去のある時点で株式を100円で取得していたとします(簡略化するために、株数は全て1株とします。原理は同じですから)。既に持っている株式があって、その取得価格が100円ということですね。Aが110円で売りに出したらBが買い、同様に、Bは120円で売りに出したらCが買い、Cが130円で売りに出したらDが買いました。そうすると、結果的にはAが売った株がDに移ってきたことになり、ダイレクトにDに130円で売ったのと同じですね。値上がりは、30円です。

売買代金は、AがBに売り、BがCに売り、CがDに売ったので、合計110+120+130=360円となります。AがDに130円で売ると売買代金は130円に過ぎません。ですが、両方とも同じ30円の値上がりです。つまり、中間の売買は値上がり金額には直接関係がないのです。


Aの行動で見ると、Aが株式をマーケットXに戻して、マーケットから110円を引き出しました。Bはマーケットに110円を投入し、120円を引き出しました。Cは同様に120円投入し、130円引き出しました。Dは130円を投入しました。つまり、A、B、Cは引き出したお金が投入金額よりも多いので、その差額は値上がりということになります。AがダイレクトにDに130円で売った場合には利益が30円ですが、A~Dまでに経由されていると、それぞれ10円ずつ利益を分散したことになりますね。マーケットXに投入した金額はAが100円、Bが110円、Cが120円、Dが130円ですが、A、B、Cはそれぞれ110円、120円、130円を引き出していますから、マーケットX内部には最初の100円が残されているだけです。
結局、マーケット内部に提示される金額を見て、満足出来そうな時に、株をマーケットXに戻す、ということになりますね。


上の記事を書いた記者氏は、売買代金が増加すれば値上がりと思い込んでる節がありますが、売買代金は経由する取引が増えれば増加しますが、それが値上がりに直結する訳ではありませんね。上の例でAからDまで各々差額5円のマイナスで売ってしまうとすれば、売買代金は95+90+85=270円となって、AがDに130円で直接売った時よりも2倍以上の売買代金ですが、株価は85円と値下がりしています。こういう理屈なんですが、「株高演出は個人投資家」と裏付けてる訳ですね(笑)。


一応今年は外国人が相当買い越してると思いますが、個人はどうでしょうか?売り越しが多ければ、先の例で見た通り、「値上がり演出」には全く無関係であり(逆に値下げ方向への圧力ですね)、マーケットXから金を引き揚げる額の方が流入額よりも多い、ということになりますからね。


ネットで売買を繰り返す個人投資家の影響力は、株価上昇にはむしろマイナスかもしれません。何故かと言えば、容赦なく売ってくるからですね。マーケットXから直ぐに金を引き揚げてしまうからです。マーケットXに金がより多く残っている状態が「値上がり」ですから、昔みたいに長く持っていると(=マーケットに金が留まった状態)「売り方」が少ないので、早く値が上がっていくかもしれません。


ネットでの取引が増えて、売買高は昔の上昇相場とは格段に違いますね。利益も細切れにされてしまっているかもしれません。1人がドーンと儲けるのではなく、多くの人々に小さく分かれているかもしれません。先の例でみれば、Aが30円の利益を手にしていた時代から、三者に10円ずつになっているかもしれない、ということです。ただ、個人投資家の成績にも偏りはあると思いますが。やっぱり、特定の人だけが利益を手にしているのでしょうか?


まあ、いいや。また後で。


追加です。

一応資料を調べてみました。日証協の資料では、個人は今年かなりの売り越しなんではないかな?マイナスってのは、売りが多い、ってことでしょ?つまり、過去の損失を抱えていた株式をかなり売ってる、ということなのではないかな?


外国人が買い越しなのは、事実のようです。
NIKKEI NET:経済ニュース

個人が2兆円以上の売り越し、外国人が9兆円の買い越し、ということならば、買いが優勢なのだろうと思います。値上がりの主たる要因は、やっぱり外国人であり、10月単月で見ても18兆円も買っていますからね。


記者は、何をもって「裏付けられた」と判断したのでしょうかね。まさか、昨今の雑誌記事やテレビなどの情報に引っかかったのかな?


2)GDPギャップは解消された?

内閣府が試算してみたんだと。

NIKKEI NET:経済ニュース

以下に、記事より一部抜粋します。

景気回復を背景に個人消費など需要が堅調に増える一方、供給面では過剰な企業設備のスリム化が進み、日本経済の需給が引き締まってきた。需給が釣り合ってくるのに合わせ、デフレ圧力も和らいでいる。エコノミストの間では、来年にも経済は需要不足から供給不足に転じるとの見方が多い。


GDPギャップについては、この前ちょっと記事で触れました。

雇用改善とULC


ギャップほぼ解消ということで、良い方向へ向かってきているようですので、よかったですね。内閣府は経済財政担当でもありますから、きちんと調べているでしょう。少なくとも私の勝手な憶測よりも、信頼性が高いですね。でも、結構タイムリーな話題でしたのですね。いい勘してたかも、と自画自賛(笑)。


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幻の日経平均2万円

2005年11月21日 20時44分21秒 | 社会全般
本日の毎日新聞の社説は、今の日経平均はバブルをマスクしているのではないか、というような社説だったようです。毎日は一貫して「日銀支持派」でしたから(笑)、当座預金残高の30兆円以下の目標額に賛成していたと思う(誤解だったらゴメンナサイ)。なので、量的緩和政策を終わらせようと、「既に資産インフレじゃね?」ということを強調したいのかな?「株のミニバブルなんじゃね?」ってことを言いたいの?


毎日新聞の説によれば、ITバブル期だった2000年4月に日経平均の銘柄入れ替えを行わなかったと仮定した場合には、今の日経平均株価水準が「控えめに見積もっても2万円を超えている!」というものです。う~む、微妙な判断だと思うけど、本当なの?そんなに儲かってるの、みんな?ITバブルの前は、「絶対にIT・通信関連は買わない」と決めていたので、どんなにドコモが暴騰しても、ソフトバンクが暴騰しても、手出ししなかった。なので、そういうIT関連とは縁遠く、バブルをあまり味わっていない(89年頃のは、学生だったから無関係)。それはまあいいけど、今の株価水準が「2000年頃よりも高い」てのは信じられないな。大体そういう相場の時には、証券会社が「本格販売攻勢」をかけてくるから。今の所、広告費がそこまでアップしてるとも思えないけどな。新聞広告で新規投信販売の大々的な広告とか、新たな「かっぱぎ商品」(判る人はいるかな?「かっぱぎ」。笑)として、募集広告が出てるはずですね。


例を挙げると、ITバブルの時に多くの素人を罠に陥れていたであろう、EB(参考記事:日本の自律的景気回復は何故起こったのか?)とか。ソニー、ドコモやアドバンテストみたいな値がさ株の株価と連動した特殊な債券で、利回りは高いが一定水準まで値段が下がると株式で償還されてしまう、というシロモノ(大雑把に言えばだいたいそんな商品だったよね?)。100万円分の債券を買ったつもりが、株価がタッチラインを下回ると、100万円で戻されることはなく、最初に100万円で買った分の株式で帰ってくる。例えば、株価1万円で設定だとすると100万円分ですから100株分買えますね。この株価が予め設定された下限水準の9000円(これはあくまで例です)を一度でも超えて下がると、最後には株式100株で戻されるのです。その時点では運が良ければ10000円以下になっていないかもしれないが、まず下落していることが多かっただろう。だって、既に設定された値下がり水準を越えて下がってるのですから。これは株を買ったのと同じようなもんです。なので、償還時に株価が大幅下落した株式を返されても、マイナスは取り返せないでしょうね、多分。これを長期投資と思って売らずに放置しておくと、更に被害が拡大しているでしょう。証券会社の企みは大体そういうようなものですから。恐らく無知な素人はこういうので、まんまとやられるんですよ。


そういう訳で、バブル時にはこういった怪しい業界活動が活発になってくるので、大体雰囲気で判る(と言っても、ITバブルの一度しか見てないけど)。バブルを演出する「煽り」がかなり必要なんですよ、やっぱり。素人個人投資家を引っ張り込むには、それなりの「エサ」が必要なんですね。そういう積極的な広告活動などが、まだまだ足りない感じですね。本格的なバブル状態が近づくと、右肩上がりのグラフとか、幾ら上がったという直截的な数字がテレビや新聞に踊ることになります。それに釣られた個人が参加することで、更なる資金流入=バブル加速となるんだろうな、と。


感触だけでは判断できないでしょうから、日経平均がどうなんだろうか、ということをちょっと考えてみることにします。

Yahoo!ファイナンス - 998407.o

過去を見ると、96年6月に日経平均が22000円くらいで高値を付けた後13000~14000円くらいまで下落し、99年春頃から00年のITバブルが始まりました。この時には00年3月頃が高値で20000円ちょっとくらいです。銘柄入れ替えがどういう影響だったかは不明ですが、この後急速に下落していきました。あっさりとバブルが崩壊してしまったのです。01年1月頃には14600円くらいまで落ちてしまいました。その後も下落し、03年4月の8000円割れまでいきました。約1年弱で終了でしたな、ITバブルは。


通常日経平均以外の指標としてはTOPIXが用いられます。

Yahoo!ファイナンス - 998405.t

この指標の組成は正確には知りませんが(詳しい説明は他で調べてみて下さい)、多少の乖離はあるものの概ね日経平均と似た動きとなります。ただ、日経平均は225種しか採用されていませんが、東証株価指数というだけあってTOPIXは東証一部企業全ての価格ということになるようです。欠陥も指摘されてますが、一応同じ時期で見ると、96年高値の頃とITバブル高値が大体同じ位で、1700ポイント前後です。現在は1500ちょっとくらいですから、約88%程度まで上昇してきていることになります。96年頃のままの銘柄であるとして大雑把に推測すると、約19360円くらいとなります。でも、(銘柄入れ替え前の)00年3月までの時点と同じ程度であるとしたら、約17600円くらいということになります。結構な開きがありますね。


東証上場全企業の時価総額で見ると、ITバブル崩壊後で日経平均が今と同じくらいの水準の14600円くらいだった01年1月頃では約380兆円、10000円を割れのどん底に落ちこんで年金資金で株を買ったらどうかという検討がなされていた02年秋頃(日経平均では9000円程度)では約250兆円、現在は約480兆円(日経ナビ2007:業界別ニュース)ということです。ほぼ同じ銘柄に入れ替わった00年以後であっても、01年と今とでは日経平均がほぼ同じなのに時価総額は今の方が100兆円くらい多い、ということになります。02年の9000円から15000円という価格上昇だけを考えたとすると、約67%上昇なので時価総額は420兆円弱程度となりそうなんですが、違うようです。日経平均の変動に大きなインパクトを持つ銘柄群(ソニー、ソフトバンク、ドコモなど・・・かな?)の低迷というのは確かにあるかもしれません。


今の日経平均株価が低い要因というのは、
①ITバブル期に暴騰していた値がさ株の低迷(正しい水準訂正、とも言える)
②日経平均採用銘柄以外への投資が相対的に昔より増えた
③発行株式数が多く株価の低い大型株(所謂オールド企業?)への投資が多い?

というようなことがあるでしょうか。TOPIXの回復具合をみれば、約8割強は戻っていますから、低めに見ても昔の16000円程度はあっても良さそうなんですがね。また時価総額が予想より随分と多いので、オールドエコノミー企業の復活は多少関係していると思いますが、それが毎日新聞の主張のような消えた30銘柄のせいで2万円に届かないんだ、というのは違うように思うが。


素材関連とか繊維関連銘柄がそんなにインパクトあるかな?カネボウはあの有様だし。例えば代表的な鉄鋼株の新日鉄は89年のバブル期に最高値984円を付けましたが、96年頃でも380円程度(ITバブル期の高値は250円前後)と今年(400円ちょっと)と似たような水準でしかありません。時価総額全体ではバブル期の8割ということですので、こうした大型株の企業への投資が復活しているのは確かにあると思う。他方、日経平均の値動きにインパクトの大きい値がさ株への資金流入はITバブル期みたいに多くない為、01年と今とを比較しても同じくらいの日経平均水準なのに、時価総額は今の方が大きい、ということなんだろうと思います。


他の要因としては、経済規模というのはどうなんでしょう?バブル期のGDPは450兆円くらいでしたが、今は500兆円超ですので、そういう経済成長の影響というのはあるのかな?よくわからんけど。96~97年頃ではGDPが520兆円くらいでした。実体経済と株価で見れば、今の方がはるかにまともな気がする。GDP比をTOPIXに当てはめれば、今のTOPIXは1630ポイントくらいになる計算になります。96年と比較しても今の方が割安なのかな?


仮に昔の30銘柄がそのまま残されていたとしても、大体17500~20000円というのがMAXではないかな?20000円を超えてはいないと思うけど。毎日新聞の社説では「かなり抑制的に試算しても2万円をかなり超える値が出てきた」と述べられていて、本当なの?と思ったりする。先日のベルグソンについて書かれてしまった石原都知事の発言風に言えば、「それさー、論拠を示せよ、論拠を」ってな感じですかね。


毎日新聞としては、日経に対して何かあるの?そういう訳ではないんだろうけど、急に「日経平均を一気に入れ替えんなよ」と昔のことを突付いてみるのは何故なんでしょう?日銀批判(NET EYE プロの視点)に対抗とか?


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危険な誘惑?

2005年11月20日 18時31分48秒 | 俺のそれ
金曜日のWBSでは大投資時代ということで、さまざまな投資プランの紹介があった。一般の投資意識の高まりを反映しているかもしれない。それに退職金獲得大作戦、というか、団塊世代の大量退職に伴う退職金の争奪戦となるだろう。今後公務員人件費の削減圧力が高まるので、従来のような「満額回答」的大量の退職金を貰える最後の世代となるかもしれないしね。数十兆円(?)だったかの規模で退職者達が持つ退職金の行方は、業界にとっては確かに気になるのだろう。


今人気があるのが、毎月(若しくは四半期ごと)分配型の投資信託みたい。年寄は基金みたいに数千万円を預けて、そこからちょびっとづつ貰うのが好きみたい。お小遣い的というか年金的なのがいいということのようです。そういうのは大抵外国債券への投資ファンドが多いように思います。1万口当たり(基準価格が最初1万円として)50円前後の分配金が出ますから、月0.5%程度を受け取ることが出来ますね。年6%(源泉は20%でしょうか?それとも投信配当なので10%とお得なのかな?)となって、かなりの高利回りと言えます。1000万円あれば、毎月4万円(20%源泉されたとしても)ずつ受け取れるということになり、年金的な使い方が人気なのかもしれませんね。それと、もしもこの水準で受取り続けたとすると、10年で480万円と約半分が回収できるのでちょっと安心だし、その時点で基準価格が半分という風になっていなければ、残された投信価格分が得しますしね。なるほど、成績の良いものを選べば、十分得ですね。遺産として残しても悪くないかもしれませんね。でも、落とし穴もちょっとあるかも。


それは為替リスク。大抵為替ヘッジしてないタイプが多いと思う(もしヘッジありだとすると、成績が少し悪くなるんじゃないかな?)ので、どの程度の水準か不明ですけれども、基準価格が大幅に低下してしまったり、分配金が減額されたりするかもしれないですね。仮に、毎月4万円貰えていたのが3万円に落ちたとすると、ちょっと悲しいだろうな、と思う。そこで受け取るのが円だから仕方ないんですけど。これがなければ、結構イイ線いってる商品かもしれないね。今みたいに円安局面になっている時に買ってしまうと、基準価格が相対的に高値になってしまい、ちょっと損かも。なので、退職金を大量に手にした後は、まず為替を見ておくことが大切かも。

例えば現在基準価格が12000円の上のような投信があるとして、運用はドル建てだとしよう。レートを簡単に1ドル120円とします。すると、大雑把に言って、運用成績が一定であればレートに影響されるので、1ドル100円になってしまうと基準価格が10000円に落ちてしまう、ということになるかな。120円の時に2400万円分買うと、2千万口買えますから、分配金が毎月50円なら税引き後受取額は1千万口当たり4万円でしたので、年96万円受取となります。
一方、2年後にある日突然1ドル120円だったのが100円になったとします(普通は有り得ませんけれど)。すると基準価格が10000円となります。2年前に買っていたら、この間に受け取っていたであろう年96万円のお小遣いを取り崩していたとして、2年分ですから192万円減っていることになります。なので、元々あった元金2400万円は2208万円に減ってしまっています。けれども、投信の基準価格が10000円に落ちていますので、同じ投信をこの時点で買うとするなら2208万口買えることになります。2年前では2000万口でしたので、208万口も得することになります。しかもこの時点から受け取る分配金が一口当たりでは同じですので、仮に円高で減額されて月35円になるとしますと、2年前に買った人は月7万円(20%源泉後5万6千円)ですが、後から買った人は7280円多く貰えます(20%源泉後5824円)。このような差は今後もずーっと続きますし、分配金が増えれば増えるほどその差額が大きくなっていきます。なので、買うタイミングは重要ということになります。だけど、普通に退職した人達は営業トークに乗せられて、一気に買ってしまうかもしれません。すると、後々損をすることにもなりかねないのです。


近い将来(3年以内くらいかな?)の時点で、相当程度の円高を予想しているならば(上の例で見たような、1ドル100円と120円くらいの変動ということですね)、その時点で買わないか(予想に自信があるなら)、幾つかに分割して買うべきですね。多分円高が進んでいく過程では分配金が減額されていくだろうから(1ドル120円の時は50円だったのが、レートが110円になれば40円という具合に)、一度に買っていたら受け取っていたであろう分配金の額も少なくなるはずです。なので、慌てて買うことがいいとは限らないのです。でも、結構な円高水準だろう、と思えばドカーンと買ってしまってもよいと思います。待つ時間が長ければ、取り崩し額が大きくなるので損する可能性があるのと、予想が外れてずーっと円安水準が続かないとも限りません。なので、適度な妥協も必要ですので、良さそうという水準に達していれば買ってしまってもいいと思います。例えば、現在の1ドル119円では買わないことにして、その後107円まで待って買ったら、その後100円まで下がってしまった・・・その時まで待てば良かった、というような、そこまで損した気分にならなくてもいいのではないのかな、と。でも大きなお金であれば、少なくとも数百万円単位に分けて購入する方が無難であろうと思います。


株式投資に関しては、コメンテーターの伊藤元重先生が「やっぱり長期投資がいいですね」と述べていたけれども、それも本当にあてはまるかどうか疑問だと思った。バブル以前と以後では、投資方法は変えるべきなんではないかと思いましたね。特に今の日銀のような「インフレを絶対阻止」という政策をされたら、ゲンナマが一番じゃないか。ただ待っていても資産価格が下落していくだけなので、うまく波に乗っていかないと、「持ってるだけで儲かる」なんていう時代じゃないと思うけど。仮にバブル期にNTT株に投資をして一度も売却せずにずーっと持っていたとしても、300万円以上で買ってしまった人達は何の得にもならないだろう。配当金を受けても、挽回できる水準なんかじゃないと思う。長期投資と言っても、ある程度の目標が必要だと思うけど。

「投機じゃダメなんですよね」って小谷さんも言ってましたが、その方向に誘い込んでいるのは証券業界なんですよ。一般素人投資家には危険が一杯なんですから。「投機はダメ、長期投資をしろ」なんて説教を言っておきながら、証券業界の奴らは無知な個人にワラントとか売ったり勧めたりしてるんだよ?まさに「射幸心を煽る」というもの以外の何ものでもなさそうな危険な投機商品を一般人に売りつけてるのさ。そうやってバブル期には、有り金を失った人々がたくさんいたんですよ。パチンコとかのギャンブルならば「煽り」機能の規制が厳しいけど、金融商品では「煽り」機能はバッチリ残されてるんですよ。

「上がるか、下がるかだけで判断してる」なんて素人投資家を批判しておきながら、「ブルベアファンドはどうですか?」とかやってるんじゃないのか?そんな商品を開発して売ったりしなきゃいいだろ?それが本当に良心的な投資家保護だろ?なのに、上がるか下がるかに賭ける、上昇も下落も2倍とかっていう過激な商品を売ってやがるんだよ、彼らは。上がるか下がるかしか考えないETFなんていう商品を、証券業界をあげてさんざん運動して導入させたんだろ?こいつらは何をいってやがるんだ、と思うぞ。ならば、一般投資家の売買禁止を嘆願してみろよ、そういう投機商品全てを。そういう商品で商売しなきゃいいだろ?


良心的な投資を勧めてるんじゃないんですよ、あの業界は。参入してきてくれる素人を、てぐすね引いて待っているんですよ。金をしょってきてくれるから。「カモねぎ」が味噌と鍋まで用意して、自ら飛び込んできてくれるのを待っているの。プロの連中は、まんまと罠に陥る素人の持ってる金を狙って待っているんですよ、きっと。だって、本当に一般投資家には危険だから、と思うならば、そんな商品作る必要がないんだもの。自分達だけで勝手にやってりゃいいんだもの。でもね、同じ土俵に載せたがるの。プロの連中はプロ同士だけなら勝負がキツイけど、ド素人が混ざるとプロ側が勝ちを拾いやすくなるんですよ。通算していけば、概ねプロが勝つことになるだろう。だから、「素人投資家がきてくれないかな~?」って、いつも期待して待っているんでしょうよ。

『哭きの竜』(昔あった麻雀漫画)でも、プロに全財産をむしり取られる素人というのがよく出てたような気がするけれども、あれに近いように思う。ド素人でも、ビギナーズラックというか、ツキだけで勝つこともあるけれども、何度か対戦すると実力差が出てくるんもんです。初めは「勝たせて」やるんですよ、ワザと。少しだけいい思いをさせてやる。そしてカモがグバッと食いついて(=大金を投入して)きたら、むしり取るんですよ、本物のプロは。ですから、入り口には見目麗しきものだけ並べておき、中に深く入っていくと非常に危険な怪しげな誘いをしてるというのが、「上がった下がったの投機はヤメロ」と説教たれる連中がやってる商売の姿なのですよ。


なので、そういう不可解なものには決して手を出さないことも一つの防御方法ですね。普通の株式投資で欲も程ほどならば大怪我はしないと思います。投資は、自分に合ったスタイル、うまくできる方法を見つけることが一番じゃないかと思います。

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人命の価値

2005年11月19日 19時27分44秒 | 俺のそれ
いつも拝読させて頂いてるbewaadさんの記事であるが、今日の脱線事故に関する記事については、かなり違和感があった。確かに安全対策というものには限界があるし、コストもそれなりに多くなってしまい、デメリットも多い。だが、果たして事故当事者達にとって、経済学的なコスト―ベネフィットだけで理解が出来うるものなんだろうか?自分の子供や親とか肉親の死を目の当たりにした時も同じように、そういう納得が出来るのか、ということを感じた。


多分官僚の方だから、常にそういう思考に慣れているからだろうと思ったりもするけれど。数十年に一度か十年に一度しか事故が発生せず、その安全レベルが現状と別な対策を講じたとしても大差ない時、安全対策は経済学的に得にはならない、というような誤解を持つのではないかな、と思った。要するに、不幸にも事故が発生したら金を払えばよく、その払う金額よりも安全対策費の方がはるかに多くなるんだから、ということだ。まあね、割り切って考えれば、多分そうなんだろう。でも、そういう思考には疑問以外に浮かんでこない。遺族にそういう説明ができるならしてもらいたいと思ったりもする。


難病で苦しむ人々がいて、その病気が百万人に1人確率だとすると、全国でも120人くらいの患者が存在するということになるが、この人々を救う為の薬剤とか特別治療費用が1人当たり1億円くらいの金額になる時、この人々を救うよりも、自殺者の方が圧倒的に多いので、そちらの対策費に使った方が効率がよい、ということになる。あるいは、交通事故死でもいいけど、そちらの対策費に回した方が効率的だ、ということになる。費用対効果はそうだろうな、と思うけれども、果たしてそれが感情的に許容できるんだろうか?私には理解出来ない。うまく表現できないけど、そういう思考を知るのがちょっと怖い。
常に、無限に金がある訳ではないので、仕方がない面もあるのだけれども・・・


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国と地方の大断層5(慌てて追加)

2005年11月19日 14時51分56秒 | 社会全般
finalventさんの記事で見て知ったのですが、R30さんの記事([R30]: 生活保護は国の責任だとか言ってるご都合主義者どもに告ぐ)で生活保護のことが取り上げられていました。向こうにコメントを書きに行ったのですけれども、長々と書いてしまってまずかったかも。それに参考記事を忘れてしまい、別にTBしてしまった。支離滅裂。ならば、最初から記事に書いてTBしておけば良かった。R30さんゴメンナサイ。


生活保護費の国からの切り離しを拒否しているのは地方の側であり(生活保護データの提出拒否や、事務返上も視野に入れてということです)、何となく抵抗しているのが厚労省みたいな印象の記事だったので、コメントに書いてしまいました。


前に書いた(地方財政の破綻は?三位一体の落とし穴社会保障改革への道2)のですけれども、生活保護費の7割超が恐らく医療費であり、今後無年金者たちが増えたり、高齢者人口が増加したら、必ず生活保護費が増加してしまいます。その意味で、最低保障としての「年金一元化」と保険料納付に左右されない間接税方式の年金が必要だ、ということを訴えてきました。


このことに気付けば、霞ヶ関は将来の増額が予想される医療・介護関連費用の責任を持ちたくはない、というのが本音だろうと思っています。現在市町村で苦しい運営となっているのは、国民年金もちょっと問題ですが、それ以上に危機的ともいえるのは国民健康保険とそれにくっついている介護保険の問題です。保険者は市町村なのであり、運営主体が地方にあるのですが、財源が苦しいと介護保険料負担が高くなったり(2500円~3000円程度の都市部と、6000円を超える負担をする町村などのような大きな格差があります)、自治体の持ち出し(赤字分を一般財政から補填しなければならない)が増えたりしているのです。若者が少なく、高給取りも少ないような田舎であれば、国民健康保険加入者の半分以上が高齢者で、殆ど払う人がいなくて払う人がいても給与が低いので保険料収入が増えるはずがないのです。

おまけに高齢者比率が高くて医療・介護費は相対的に(人口に比して)多くかかる、となれば、市町村が苦しいと思うのは当然です。生活保護になれば、医療費は全額負担となってしまい、年寄りが病気で寝たきりとなって病院に入院したままだと(社会福祉施設が充実してるとも限らないですから)、えらく金がかかることになってしまいます。

この他に新たな医療保険制度として、都道府県単位の政府管掌健康保険制度になれば、地方の負担は今まで以上に重くなるのに、その上生活保護の医療費分までは厳しいというのが現状の見通しだろうと思います。


R30さんがこの記事を気付いてくれたら幸いです。また、finalventさんの方にもコメント書き込めないし(はてなじゃなく、gooなので)・・・


追加です。

ああっと、忘れていましたが、生活保護を地方へというのは、地域によってかなりの認定率の差があるので、地域で責任を持ってくれ、という部分もあるのだと思います。ある都道府県では人口千人当たり5人の生活保護、別な都道府県では20人の認定だったら、両者の総人口規模が似ているのにオカシイんじゃないか?という部分はあると思います。田舎といっても、親との同居が多い地域と、ほとんど同居の少ない地域(歴史的な差なのか判りませんが)ということなどから、違いが出ることもあるでしょう。同居世帯が多ければ独居老人なども少なくなるので、生活保護とはならなくなりますし。そういう地域差というのも、ちょっとよく判らないんですが、都道府県単位で責任を持ってくれ、という言い分もあるかもしれません。


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空港へGO!

2005年11月19日 13時35分33秒 | 社会全般
今年、国土交通省にとっては本当に「当たり年」という予想(公務員制度改革6)が当たってしまった感がありますね(笑)。橋梁談合でひと山越えたと思っていたところに、また談合疑惑ですか。耐震基準の偽造問題でも、事務次官(お名前を失念いたしました)が「ミンミン(民-民)の問題ですので、国が金を出すということはない」という趣旨の苦しいコメントを出していたようです(何だか「警察は民事不介入なんだよ」とか言う暴○団と似た感じですね)。悪い予感は当たるんですよ、やっぱり(笑)。


渦中の成田空港談合ですけれども、かつては公団運営だったのが、株式会社(多分特殊会社?だよね)に生まれ変わって、名前も新たに新東京国際空港から成田国際空港へと変わりました(今年春からだったよね)。その門出も、過去の「談合問題」でミソを付けられた、というところでしょうか。それとも本当の意味での、過去との決別?(笑)


空港事業というのは、省庁にとってはかなりオイシイ事業だということが判りましたよ。談合もそうですけれども、今までに見てきた構図がここにもはっきりと顕れているんですよ、国交省。道路ばかりじゃないでしょ?


空港事業に伴って、色々ある。まず、例に漏れず、特別会計での予算。空港整備特別会計がある。これに一般会計からの繰入が更にある。中核となってきたのは、当然空港公団だったろう。だが、その中心的存在は、とりあえず民営化会社へと変えられた。道路公団とまさに一緒だな。そして、まるで太陽と周りを回る惑星のように、特殊法人があった。それも独立行政法人へと変えられたんだろう。これが、「空と街とのいい関係 空港周辺整備機構」だ(爆)。それと類する組織としては、「財団法人 空港環境整備協会」だ。こういう公団・特殊法人・公益法人等の錬金術システムが、霞ヶ関で作られてきたのだ。不必要極まりない組織を生み、そこに金を流し込んできたのだ。


以前に経済財政諮問会議で、「空港駐車場の運営を国がやる必要があるのか」という議論というか話題が上ったことがあったが、その意味がようやく判りました。遅ればせながら。すみませんでした、民間議員の方々。国民の理解、支援不足をお詫び申し上げます。成田の談合疑惑は、旧公団を中心とする一連のお決まりパターンであり、その核心部分を鋭く衝くのが今回の事件だ。

随分前から「地方にも空港を」と言って、空港建設事業がどうしてこんなに多いのか、ようやく判りましたよ。本当に気付くのが遅くてゴメンナサイ、としか言いようがないです。国民の責任でもあります。これほど狭い国土に高速鉄道網を整備して、高速道路も整備して、更には空港も整備して、錬金術システムの罠にまんまとハメラれてきたのだ、国民は。空港施設関連事業とか周辺整備と称する事業には、議員も役人も一部業者にも旨みがいっぱいあって、タカリの構図が着実に作られてきた。そういう抵抗勢力の一部が残っていて、そこへのメスが入れられたのだ。


独立行政法人 空港周辺整備機構は、住宅経営という不動産業を営んだり、芝生公園を作ったり、住民を立ち退かせる等の造成事業を手がけたりと、ある種のデベロッパーみたいなことをやってるんだと(笑)。住宅供給公社とか雇用促進住宅とかの住宅事業のマネみたいなこともやってるんだと。要は土木工事に関わる権限を持っていて、昔の土建屋などの利権集団でやってきたんじゃないか、とも思う。空港建設が終われば、大して仕事なんて残ってないだろう。


この組織は、いつもの如くご立派な組織を持ち、天下り軍団の天下なんだそうだ。理事長は運輸省、理事長代理は自治省で、それぞれ特殊法人やら省庁所管の公益法人等を3つ渡り歩いて辿り着いた先がここだったんだそうだ。他の理事は、国交省、大阪と福岡の役人、常勤監事は大蔵官僚、非常勤監事が唯一の民間人だそうだ(これは法で決められているからかな?)。給与は理事長約1890万円、理事平均1600万円弱、監事約1430万円だ。非常勤監事は322万円と破格の安さだけどな(爆)。どこも一緒だろ?独立行政法人なんて。今まで見てきたのと同じ構図。職員数は常勤69名で、平均給与が900万円だとさ(平均年齢45.3歳)。これも雇用能力開発機構などと一緒だろ?平均給与のべら棒な高さが。役職を見ると、ヒラ(係員)が10名、係長17名、課長補佐24名、課長13名、部長5名、って、こいつらはオカシイんじゃないのか?常勤69名のうち、ヒラが10名しかいないのに、残りは役職って一体何なんだ?仕事なんてそんなにないだろ?狂ってる、本当に。


これと似たような組織が、空港環境整備協会だ。自治体などへ卓球台等のプレゼント、公園やらテニスコートやらパークゴルフ場を作ったり、消防車をプレゼントしたりしてるんだと。これは自治省絡みだから?消防庁関連業界の消防自動車製作会社にも喜ばれるもんな~。そして核心の「駐車場経営」だ。アホみたいな仕組みだな。うまい錬金術システムになっているんだよ、本当に。役員達も本当に豪勢な天下り軍団が結成されているのだ。会長は海保長官、理事長は国交省事故調事務局長、専務理事は航空大学校理事長(こりゃ得意の渡り歩きだな)、常務理事は運輸省東京航空局次長、常勤理事は航空環境研究センター所長(「航空医療研究センター」とか「航空保安研究センター」なんてのが所管法人として存在するから、協会内部にも似たような組織として「航空環境研究センター」を作ったんだろう、多分。ポストを増やす為に)だ。非常勤理事には人事院給与局次長がいる。12人の評議員達の中にも、天下りは6名いる。主に運輸省が多く4名、気象庁と防衛施設庁各1名だ。他の役員も関連業界の連中が多い。諮問会議の中での意見はナルホド、と思うぞ、こりゃ。どこもかしこも皆一緒。


国の事業として、ない業種が無いんじゃないか、と思えるくらいの事業内容だな。空港施設に関連して、テナント選定もそうだろうし、清掃業務、管理業務等その他の分野でも独占的に受注する公益法人等が貪ってきたんじゃないか、と思う。こういう仕組みを延々と続けてきたのは、霞ヶ関とそこから暖簾別けした公団と、さらにそこに惑星が回るように群がっている公益法人等があったのさ。この仕組みは省庁を問わず、大体同じ。こういう連中に金を流し込むのを止める以外にないし、手を切っていくしかない。


今回の成田空港談合事件は、そういう部分への本気の追い込みの意味がある。役人天国を終わらせるしかないのだ。今後特別会計の改革でも、こうした不要組織の淘汰が進められるはずだ。資金源(特別会計や一般会計からの予算供給)を元から断てば、腐れ組織は生き延びたりは出来ないだろう。


改革の手は「空港」へと着実に迫ってきた、ということだ。橋梁談合に続いて、明確な「GOサイン」が出ました、ってことだ(参考記事:橋梁談合事件と「けじめの時代」)。それが成田談合摘発という意味なのだ。


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