いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

ハムは追い込まれました…

2007年10月31日 23時16分30秒 | いいことないかな
うーむ、イライラの募る試合だった。
若い吉川はよく耐えたが、四球が多く失点を招いた。
でも3安打3失点はまずまず、だろう。

4回、5回のチャンスで得点が少なすぎだった。
ウッズはやはり封じられたままだったね。
ダルくんのあの投球以来、狂わされたままだろう。
これは予想通りだね。

ハムでは金子が当たってきたかも。
今日もタイムリーあったし、押し出し選んだのもそうだった。


荒木とノリがヤバイな。この2人を徹底マーク。
ダルくんで勝って流れを変えたいところだ。



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接待の極意

2007年10月31日 17時43分42秒 | おかしいぞ
守屋前防衛次官の疑惑とか見ていて、思うところを少し。

前にチラッと書いてしまったのだけれど、あんまり細々言ってもしょうがないんじゃないか、みたいには思っていたりする。

コレ>公務員制度改革4

もう2年以上経つのか。早いな。


勝手な推測で書いておく。

根本的に防衛関係の装備とか何とかって、大体が値段なんてあって無いようなものなんではないのかな、と。だって、適正価格みたいなものって、誰にもよく判りませんよね?

業者側であれば、かかった経費とかの総額が判るから、それに利益とかを上乗せして価格設定できるけど、特別に「お客さんの為に価格を下げていく努力をしよう」みたいなことって、滅多になさそうだもんね。そういうインセンティブが働くことは考え難いかな、と。

なので、大袈裟に言えば「業者側の言い値」で価格は決まってしまうということはあるかも。対抗業者がいて、納入価格の競争が働く場合もあるかもしれないが、大体棲み分けみたいなこととか、お互いに「不可侵」みたいな暗黙の業界の掟みたいなものが働いていても良さそうだし。なので、業者にはウマミが大きい商売なのだろうと思うね。

それから、一般商品なんかと違って「宣伝広告費」みたいなものが殆ど必要ない。開発費みたいなものはあるだろうけど、それとてどこまでが絶対的な費用なのかは誰にも判らない。
「新しいゲーム開発費」みたいなもので、「100億円投入します」というゲームを作るのは誰でもできる。「10億円で開発してくれ」と頼めばそれでもできる。なので、開発費を捻出せねばならないから、という理由で装備価格が高くなるのは、「この新作ゲームには100億円かかりましたので高い値段で買ってくれ、それが当然」ということになってしまう。なので、妥当な価格なんてあんまり決まってなさそうかもね、ということ。

宣伝広告費に比べると、官僚とか自衛官を接待するなんざ、安いものでしょう。ほんのちょっぴりの費用負担で、大きな取引が決まるのですから、業者は必死で攻勢をかけてくるでしょう。
調達関係の佐官が逮捕された事件があったと思うが、あれも似たような構図なのではなかろうか、と。担当者の胸一つ、みたいな部分がかなり通用してしまう、ということでしょう。天下り先業者はそういうことを予定して、先行投資していくのでしょう、多分。


極意は、「青田買い」じゃないかな。それはこんなシナリオ。

若手の役人や自衛官なんかに目を付ける。
将来性のありそうな、優秀そうな人を探すのですよ。
で、各防衛関連業者たちは先行投資をしていくのです。
何の権力も決定権限もないうちから、見返りを求めたりすることなくゴルフだの食事だの旅行だの贈り物だの女だの、相手の好みそうなエサを仕込んでいくわけだ。
そういうのに馴れさせて、受け手の感覚を麻痺させていく。
で、何年か十年か判らんけれど、上に階段を上がっていくに伴って、業者側の「収穫時期」が巡ってくるのだ。納入業者に選ばれる時が来る、ということかと。
なので、非常に長い期間に渡って、面倒を見ていくことが業者側の心得の一つなのではなかろうか、と。相手はそれまでの恩義があるから、上に行った時にはなにがしかの便宜を提供することを考えないわけはない、ということかもな、と。
業者側は地道な接待で目を付けた役人や自衛官を大きく育てていく、ということなんだろうな、と。これをやってもせいぜい数億円程度でしかないだろうし、後で得られる利益はもっと大きいのだから。


というのが、私の空想。
そうやって、おだてて、機嫌をとって、木に登らせるわけだ(笑)。
業者の方々はこういう営業努力を続けてこられたのではないのかな、と思いますがどうなんでしょうか。退職後の面倒も見る、ということもそういう営業の一部に入っているかもしれませんね。

これら費用の原資は、当然防衛費から払われている、と考えられるでしょうね。つまりは国民が払った税金が回りまわって、役人に供されるということなんでしょう。



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豪華な「たき火」

2007年10月31日 17時10分08秒 | 防衛問題
例のバカ高いF2ですけれど、萌えた、いや、もとい燃えちゃったらしい。

あー、120億円以上の、日本史上でも最高にゴージャスな「たき火」となってしまったようです。残念。
このお金があれば…と思わずには…


パイロットが奇跡的に助かって何よりではありました。


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社会保障制度改革再論~2

2007年10月30日 20時45分07秒 | 社会保障問題
1)大きな視点でみれば

他の様々な改革についてもそうであったと思うが、大きな制度改革が実行されればこれまでとは異なった問題が生じてくるであろう。それら副作用的なものへの対処が可能な環境になっていなければならないであろう。つまりは、経済的環境が順調な時期、ということが大前提となるであろう。例えば、消費税率アップということについて、かつての如く駆け込み需要とか若干の混乱などが起こってしまうとしてもそれを吸収できる程度には、全体として安定性がなければならない。

なので、仮に制度改正へと実施段階となっていくとしても、かなり綿密なステップを組み上げることと、急激な変化をできるだけ抑制できうる対策を事前に準備しておかねばならないだろう。年金制度ばかりではなく税制改正も含めて、ということになれば、中期的な実施プロセスが必要となるであろう、ということ。その方向性を検討する上でも、早急な意見集約とか検討結果が出せるものでもないであろう。それくらい大きなテーマであるということだ。

さて、この作業中にできうることは、一体何か?
それはずっと問題となってきた「デフレ」だ。失業率の改善はやや進んできたのだが、ここに来て逆戻りの感が出つつある。それは米国経済の迷走という見えない不安が根底にあるだろう。世界経済にブレーキがかかってくると、当然日本にも影響が出るかもしれない、ということで、新規雇用を絞ってきている企業等が割りと出始めてきた可能性はあるだろう。昨年来からの日銀の金融政策が緩和から引き締めへと方向転換し、この変化を多くの経済主体が明確に認識することで経済活動に影響を与えたであろうと推測される。そうした金融政策上の大きな誤りによって依然としてデフレが継続しており、「名実逆転」現象も続いたままなのである。これが解消されない限り、正常な経済成長過程には戻れない。その役割を担うはずの日銀は、政策的失敗を認めないどころか硬直的な官僚主義の悪弊とも言うべき「失敗の隠蔽」に狂奔しているのみである。

デフレ脱却チャンスを迎えた「ITバブル期」においても、日銀は過剰なまでの反応で引き締めへと動いて日本経済の回復機会を確実に潰した。そして今回(量的緩和解除~利上げ)もまた日本経済の好転を敢えて潰したことで、デフレ脱却への足がかりが失われようとしているのである。金融政策決定会合のメンバーは、昔であれば即刻「腹を切れ」(笑)と言われても当然であろう。彼らは独立性を盾にして、重大な失敗に関して責任を問われることが決してないのである。故に、反省もないのである。

「どのようにして成長率を上げるのか?」
誰にも答えの判らない問いをいつまでも発して、これに囚われている限り、結果は同じなのである。成長力の源泉は「人々のspirit」としか言いようがない。それを操作することなど難しいに決まっている。かといって、何もできないわけでもないだろう。たとえば梅田望夫氏のようなオプティミストがどんどん誕生してきて、旺盛な活動ができるように環境を整備していくことは可能だ。何故そうなるのか、なんて今のところ判らない。でも、人々が何かを信じて「やれる、きっと大丈夫、できるはずだ」という考えを持つに至れば、そうなるだろう。

付加価値にしても、何が大きな価値を生み出すのかなんて判らない。それは「絶対に大当たりする映画」とか、「人気沸騰のアニメ」とか、「ベストセラー間違いなしの本」とか、そういったものの法則性を見出すか筋立ての原則を発見するようなもので、「誰にも判らない」としか言いようがないのである。「どうやって?」と頭の悪い子どもみたいに同じ質問を繰り返している限り、前進はない。自分で考えずにすぐに答えを聞こうとばかりすることそのものが、ダメな証だ。みんなで色々とやってみるしかないんじゃないか。やってみたら、中にはうまくいくものが出てくるだろうな、ということ。付加価値なんてある種のサギみたいなもんで(笑、冗談です。これは言いすぎだ)、オレが球を投げても一円にもならないが、松坂が投げると600万ドルになる、みたいなもんだな。「ボールを投げることにそんなに価値があるか?誰がわざわざ大金払うんだよ!」とか言われたとしても、実際価値を生み出しているのは確かなんだから。

原価30円で手に入れた薬草を100円で売る人と、同じく1万円で売る人がいれば、後者の方が付加価値は大きいわけで。売る値段が「営業トークが違う」とかで変わるなら、「営業トーク」という能力に対して価値が付くことになるでしょう、多分。それは結局「自分の仕事はこれだけの価値があるものだから」と各人が思うのであれば、そういうことになるんだろうね。「スーパーカリスマ心理カウンセラー」が一回30分で2万円なのと、「無名平凡心理カウンセラー」が1回30分で2000円なのでは、「人の違い」ということでしかないもんね。

実質成長には何かと不明点が多いのだけれども、少なくとも名目成長は「会計上の規則」みたいな性質があるので、数字自体が大きくなっていくことはそんなに難しいわけではない。まずこれをどうにかせねば、いつまで経っても低成長率が続いていってしまうのですよ。その結果として、過去の債務が過重負担となり、借金苦のせいで今のような疲弊をもたらしたのですよ。これを正常化させない限り、日本の将来はありません。


2)高額所得者ほど社会保険料負担率は少ない

現行制度と同様の所得税と住民税であるとして、独身者のAさんとBさんを考えてみる。
(税額が正確に判らないので、大体の収入水準ということになると思います。Aさんの国民健康保険料が若干異なるかもしれませんが、大して変わらないであろうと思います。Bさんは最高等級なので影響を受けません。)
税金と社会保険料以外の「残り」を全額消費に回すものとします。

○Aさんの年収180万円(+税金)=(所得税+住民税)+国民年金163200円+国民健康保険130800円+残り1506000円
社会保険料294000円は収入の約16.33%、この他に消費税5%分75300円を払っているので、実質使えるのは1430700円(約79.48%)。

○Bさんの年収1800万円(+税金)=(所得税+住民税)+厚生年金620000円+健康(+介護)保険848700円+労働保険108000円+残り16423300円 (税込みだと2千万円くらいになるでしょうけど、分母は1800万円として計算します)
社会保険料1576700円(約8.76%)と消費税5%分で約821000円、実質使えるのは15602300円(約86.68%)。

こうして見れば、高額所得者の社会保障負担比率は軽減されており、Aさんは労働保険がないとしても負担割合は多いのです。これを保険料ではなく消費税15%としたならどうなるか比較します。

・Aさん180万円=実質使用分1530000円+消費税270000円
・Bさん1800万円=実質使用分1530000円+消費税2700000円
当たり前なのですが、消費税15%で同一なので同じ比率分だけ負担することになります。Aさんの負担額で見れば、約37万円くらい社会保険料負担がありましたが、10万円くらい軽減されることになります。Bさんの負担額は若干増えていて、約30万円くらい増税効果があります。

但し、高額所得者は貯蓄に回す比率が大きいので、全額消費に回すものとは考えられませんから、直接税の累進性を強化するといった工夫が必要になると思います。そうでなければ現行制度の社会保険料+消費税合計額の2397700円を下回ることが可能になりますからね。例えば200万円貯蓄して1600万円消費に回すと、消費税15%分で240万円であると現行制度と同じくらいですから、もうちょっと多く貯蓄に回せばいいということになりますので。それと、Bさんがもっと高額所得者である場合には、社会保険料負担率は更に低下していることになります。

他には、資産総額に応じて配当課税や利子課税を強化するというのも有効になります。日本では税率が一律適用となっていますが、諸外国では異なる税率適用があります。更に、贅沢品や高額商品への消費税率を高くして、食料品や日用品の課税率を低くする(現行~8%程度)ことも必要だろうと考えています。

高額所得者は殆どが大都市部に集中していること、人口比ではごく少数に過ぎないこと、などから、実施は障害が少ないと考えられます。例えば住民税率を大幅に引き上げてみたとしても、実質的には殆どが都会での話、という面が強いのではないかと思います。こうした課税強化について抵抗すると考えられるのは、特に政治的影響力の大きい人々(政財界人)であり、これまで社会のルールを作ってきた側にいた人たちということになるでしょうか。

彼らに対抗する方法とは、ズバリ「票」です。株主の議決権と違って、納税額で票の大きさが決まっていませんからね。誰でも1票なのです。故に、ごく少数の大金持ちや特定階級の人々を突き崩せるのは、名も無き人々の票です。言うなれば、大株主に対抗するために、小口株主でもみんなの委任状を集めて票数で勝つ、みたいなものですね。なので、権力階級に勝つ方法というのが、無名の一般大衆の「投票力」なのだ、ということを、もう一度多くの人々に自覚して欲しいですね。特に若い世代の方々にこそ、考えてもらいたいのです。現状の高齢世代にいいように負けている状況というのは、票の動員力による違いなのです。


3)大企業こそ高額所得者である

法人について触れておきたいと思います。企業であっても、いってみれば人間みたいにみなしたものが法人ですので、ごく少数の「高額所得者」にはそれなりに課税を強化するという理由は有り得そうに思われますね(笑)。何故大企業の言い分だけが通ってしまうのかというと、少数ではあるけれども支配下領域が広いのと(関連会社、下請け会社や業界全体など)、政治中枢への距離が非常に近いので密接である、ということです。発言力の大きさが大きい、ということだけであって、彼らが必ずしも正しい主張をしているとか、日本全体の意見を代弁しているわけでもありません。政官業構造の中でうまくやってきた、ということはあると思います。

大企業は法人の中の僅か0.3%くらいでしかありませんが、日本の法人全体の富の多くを占めているでありましょう。これはまさしく0.3%の超高額所得者たちが、どれくらいの収入や資産を持っているか、みたいなものと似ているのではないでしょうか。集中しているところから取るのが望ましいですね(笑)。「法人税を下げろ、下げろ」と財界人たちが言ってきたことは、一体全体何の効果があったであろうか?これまでの教訓としては、あまりメリットがなかったどころか、大きな誤りであった可能性すらありますね(笑)。

・法人税引下げで投資効果は大きかったか?→NO
企業投資はあまり活発にはならず資金需要もダメ。04年以降からようやく設備投資が増えたくらい?

・株価は大きく上昇したか?→NO
企業利益が多くなるはずが、逆に大きく下がった。日経平均でもTOPIXでも見てみたら?海外企業に負けるだの、株主がいなくなって株価が下がるだの言っていても、外国人投資家がボロ安値で大量に仕込んだだけ。騙されて持合解消を進めた結果、海外企業に買収されてもいいのか、まで言い出す始末(爆)。法人税率と企業成長力はあんまり関係なさそうかもね、と。

・納税額は増えたか?→NO
空前の企業利益とか言いながら、納税額は大幅ダウン。財政再建の足を引っ張る張本人が大企業(笑)。10兆円規模で企業が持ち逃げした結果、税収悪化を招いた。そのツケを国民全体の課税強化、保険料上げ、などで払わせた。それが自らに回り回ってきて、売上高減少などに繋がったのかも。

法人税の国と地方の取り分を工夫するとか、税率について自治体独自に設定可能でなければ、意味がない。田舎で法人が少ない地域こそ、法人税率は低くてもいいし、国税を払う理由なんてないように思うね。大企業が法人税下げろ、とか言うなら、本社を法人税の安い田舎に移転すればいいだけなんだよ(笑)。人気の高い地域(例えば東京)ほど高い税率でもよく、人気のない地域は安い税率で呼ばないとダメに決まってる。新興企業を育てようと思えば、田舎ほど低い税率でも十分なんだよ。ゼロだった税収を少し増えるだけでも得なんだから、田舎でしか営業してない企業はちょっぴりの法人税であってもいいのです。それより雇用効果とか消費人口増なんかの効果が期待できるから大幅に得になる。工場や店舗などがあるとか、雇用されてる人が住むから住民税とか固定資産税とか増えるし。

なので、大都市圏以外の地方ほど安い法人税にできるから、本社を移転するだけで法人税率を下げられることになるよ>大企業どの

あと、社会保険料の事業主負担分の問題を書いておこう。
厚生年金の適用事業所から意図的に外れていたりすることは多々ある。これまで摘発は困難だったが、徴税は厳しいのでかなり捕捉されているだろう。なので、保険料なんかではなく税として徴収する方が、強制力は発揮しやすい。事業主の未払いで年金保険料が未納扱いとなってしまったりする問題も防げる。雇用保険詐欺みたいなものも防ぎやすくなると思います。
現行制度では、年金保険料が約15%まで上がってきましたので事業主は7.5%くらい払いますし、健康保険と介護保険あわせて9.43%の半分払うことになります。合計では約12.22%です。労働保険関係では、事業主負担分が雇用保険0.9%、労災(0.45~11.8%の幅があるが、大体は0.5%程度)0.5%として合計で約1.4%となります。社会保険料分は、ざっと13.62%くらいは払っていることになります。

ただ、非正規雇用者の多くは適用から漏れていることが多いので、これまでの「適用になる人とならない人」という区分をなくし、「給与総額」に対して一定の料率を適用して払わせるということを想定しています。給与計算などは簡略化されるでしょう。法人税などとは全く別の税ということで、新税を作るということになります。大企業ではやや高い税率、中小企業ではそれより低めにしてもいいと思います。大企業は15~18%、中小では13~15%くらいでしょうか。これは全ての事業所に適用になります。年金だけ先に制度を変えていくのであれば、この新税の料率はそれに応じたものとなります(他の医療保険や労働保険関係は当面残ることになる)。

保険料方式から切り替えたとしても、企業にとっては必ずしも増税ということにはならないでしょう。既に納めている事業主負担分程度の税を払ってくれ、ということですので。しかも、これまで払ってこなかった企業や非正規ばかり増やしていた企業の多くは別に払わされることになり、若干ではありますが懲罰的な面があるかもしれません。
まあ、全部をいっぺんにやると企業でも困るところは出てくるので、順番にやっていくといいと思いますね。まずは労働保険関係から始めてはいかがでしょうか。料率が小さいし面倒な労働保険料の事務から役所は解放されるでしょうから、労働環境の指導などにもっと労力を充てられるようになるのでは?事務組合とかの経費削減にも繋がります。

参考記事:年金一元化を再び取り上げる



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社会保障制度改革再論~序

2007年10月29日 21時41分17秒 | 社会保障問題
主に年金制度の問題から始まった社会保障に関する議論ですけれども、諮問会議や民主党のご意見が出されてきましたし、消費税率などの税制に関する問題も含まれますので、もう一度書いておきたいと思います。これまでの主張については、「社会保障問題」のカテゴリーに入っています。


1)将来見通しを明確にすること

特に大きな問題になっているのがはっきりとは判らない、目には見えない、漠然とした将来に対する不安だと考えています。そこに拍車をかけているのが、杜撰な社保庁の管理や宙に浮いた年金問題などです。国民からの公的年金に対する信頼性は失われたでしょう。更に言うと、人口構成の問題というのがあります。少子高齢化の流れは今のところ継続しており、これが急速に改善するというのは期待できません。

参考記事:<a title="いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」 所得代替率という「ゴマカシ」" href="http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/a6091ff5451044eba8d911f5e3232025" target="_blank">所得代替率という「ゴマカシ」

2000年に生まれた子どもたちは既に小学生になっていますが、この方々の恐らく半分以上は2090年頃まで生きているのではないかと予想されます。平均余命で見るべきなので正確ではありませんが、平均寿命は僅かながらも延長して行くと予想され、大雑把に「男性80歳以上、女性90歳くらい」というふうになっていくでありましょう。つまり、現在の年金制度が途中で行き詰まることになれば、既に生まれている世代において「年金制度が維持できない」ということが起こりかねないのですよ。まだ生まれていない世代が困るとかの話ばかりではなく、今目の前にいる自分の子どもや孫の世代でそうなってしまったらどうしますか、ということなのです。それでいいのでしょうか?

2050年過ぎには、65歳以上の人口は約4割に達するのです。現役バリバリで働いてる中心世代が25~65歳(便宜的に現役世代と呼ぶ)として、ざっと3800万人くらいしかいなくなるのですよ。専業主婦はいなくなり全員が働いても4000万人以下、ということ。高齢世代は約3600万人いる(今で約2450万人くらい)。これで支え切れますか?って言ってるんですよ。この状態は若年人口が増加してこない限り、似たような人口比が継続していくことになるでしょう。積立金があるうちはまだいいかもしれないが、いずれ減少し枯渇するでありましょう。入ってくる保険料よりも、給付額が多いからですよ。当たり前だわね。2050年頃の現役世代は「税金」と「保険料」で高齢世代の年金・医療・介護を支え、尚且つ若年世代の教育・育児費用なども支え、自分たちの医療費も同時に支えねばならないことになるのです。これが本当に可能なのでしょうか?

仮に、年金財源問題は現行保険制度を維持したままどうにか手当てできたとして、高齢人口が2400万人時代と3600万人時代では医療費+介護費用の大きさは比べものにはならないでありましょう。この財源をどうしていけばいいのか、ということは依然として目処が立っていません。諮問会議が出してきた「増税か、サービス削減か」という選択に従い、仮にサービスをカットしていく方向にしたとして、それは何を意味するでしょうか?それは、自分のことは自分でどうにかせよ、ということなのです。介護問題についても、公的サービス給付を大幅抑制すると、補助的に民間事業者を使え、みたいなことにならざるを得ないでしょう。その費用が払えない人々は、サービスを受けられなくても我慢せよ、ということです。これはまるで今の義務(公的)教育と民間事業者の塾みたいなものですね。足りない部分は自分たちで何とかしなさい、ということです。介護と大きく異なるのは、勉強ならば本人が自分で何とか頑張ればどうにかなる面が大きい(公的教育だけでも何とかなる)のですけれども、介護は頑張りようがありません。本人の努力ではどうにもできない部分が圧倒的に大きいのです。けれど、サービスカットか、増税か、という2者択一を迫られているのです。民間事業者の餌食にさせる部分を大きくする目論見なのかもしれませんね。金を払える人たちには、快適で充実した介護サービス付き高齢者専用マンションとかに囲い込み競争になるんですよ。他は知らん、ということなんでしょう。

結局は、あらゆる社会保障サービスは「自助」で頑張れ、ということになってしまうでしょう。


2)基本的な装備を持たせようということ

これから冒険の旅に出かけようという状況だとしましょう(言ってみれば昔ながらのRPGみたいなものです)。
どんなモンスターとか危険が待ち受けているか判らないのに、全くの無防備状態、ノーガードで戦えというのは酷ではありませんか、というのがまず第一です。装備は一切なし、ということで「あとはお前ら自分で頑張れ」と言われて、放り出されてしまうのは危険じゃありませんか、ということです。

喩えて言うと、こんな感じです。
正規雇用者:ミスリル製の鎧、エクスカリバー、イージスの盾
非正規雇用者:なし

非正規雇用者は、厚生年金に入れず、労働保険も漏れていることが多く、医療保険もお金がないので払えないことが多いのですよ。特に若年層ではそうなんですよ。国民健康保険にどうにか加入しようとすると、収入が非常に低いにも関わらず厚生年金よりも多額の保険料負担を強いられるのですよ(参考記事:社会保障改革を推進せよ・3)。この格差は一生涯続いていくのです。これは余りに問題があるでしょう、ということです。なにもエクスカリバーを装備させろ、みたいに言っているのではありません。自力で冒険の旅を頑張ってもらうには、せめて最低限の装備はさせましょう、傷ついた体を休めたり体力を回復したりできるような休憩所や宿屋くらいは整備しましょう、ということを言っているのです。

なので、「装備なし」じゃなくて、少なくとも全員に装備品を調達しましょう、ということです。鎧は無理でも「布の服と麦わら帽子」とか、エクスカリバーの代わりに「6尺棒」とか、イージスの盾の代わりに「鍋の蓋」くらいは装備させてあげましょう、ってことを言っているのです。そうでなければ戦えませんよ。自力で頑張るにも限界がありますよ。こうした最低限の装備品を整えるのにかかる費用は、ベースラインとして「税で整備しましょう」というのが私の考え方です。

(中にはもっと過激な人たちがいて、「お前が装備している盾を俺によこせ」という運動をやろうとしていることもあります。その主な理由というのは「イージスの盾は努力で勝ち得たのではなく代々受け継がれてきただけだろ。お前ら、元から持ってるのはズルイんだよ。俺がぶん取ってやるぜ」みたいなものです)


3)消費税をどのように使うのか?

とりあえず現行税制を基本に考えますけれども、社会保障関係の保険料は税に振り替えられる、ということになりましょう。保険料を払う代わりに消費税で負担を広く求めることになります。現行制度においても、年金も医療も「公費負担分」というのが投入されており、保険料と税のミックスになっています。この公費負担分は「消費税なのか!所得税なのか!どっちだ」みたいに問題にはされていないでありましょう。これまでは、国民年金特別会計、厚生保険特別会計、雇用保険特別会計、労災保険特別会計、みたいに細かく区分されていたのを止めさせるということになります。お金の流れを明確にし、中間組織に貪られてきたのを改めます。保険制度的な部分を残した方がよいのであれば、その性質のうち重要部分だけは引き継ぐことを考慮してもよいかもしれませんが、基本的には税という位置づけになります。

制度が複雑なことで得するのは誰かというと、官僚組織的な中間体です。かつて商品の流れが複雑で、製造者から問屋、仲買人、小売みたいに通過すると、その分だけ最終価格に上乗せされてきたはずです。これが、製造から小売までの流れが簡素化してダイレクトに流れてくるようになると、中間でかかっていた経費は削減可能になります。現在の制度で中間体の多くは「官僚制度が生み出してきた特殊法人系の組織」ということになっているのです。年金の徴収コストで比較しても、税金に比べるとかなり無駄なコストがかかっています(3倍くらい?だったか)。未納に係る徴収コストもかなり膨大です。印刷物の大量郵送なんかも癒着の温床になってたりするかもしれませんし。これは他の医療保険や労働保険関係においても同様にコストが多くかかっていることになるでしょう。
また、被保険者からすると「制度の全貌が見え難い」ということになっており、情報が非対称となっています。なので、これまでだとお役所仕事の「良し悪し」というものが各被保険者には判断のつけようがなかった、ということです。会計が透明化すると、随分と評価が変わるのではなかろうかな、と思っています。

所得税にしろ法人税にしろ消費税にしろ、まず国庫に入るのであるから、そこから出る時には、このお金は元々何だったか、ということは使う時にはあまり関係がありませんね。もしも消費税を上げた時に約束として「原則的には社会保障費以外には使用しない」ということを明言するのであれば、それはそれで望ましいと思いますね。保険に比べて、税の方が安易に下げられるみたいな意見もありますけれども、必ずしもそうでもないでありましょう。
例えば雇用保険の料率なんて、積立金が枯渇するので上げろ上げろと役所が大騒ぎして急に上げられましたね。でも雇用能力開発機構みたいな労働保険料の貪食組織のせいで数兆円もの損失を出されたとか書かれたら、今度は失業が落ち着いたので料率を下げます、ってバカみたいな政策だったんですよね。どうみても保険制度だからとか、財務省よりも信頼できるとか、そういうことはないね。どっちもどっちかもしれないけれど。財務省と厚労省のどっちが信頼できるか?という選択は、究極の選択ってやつですかい?(笑)
ま、個人的には、どちらかというと財務省ではないかな?とは思いますけど。でもね、許せない面はかなりある。

高額所得者は年金をもらえないのに消費税だけ払うのか、みたいな意見というのは全く反対理由になっていないので、無視できるものでしょう。言い換えると、高額納税者たちにしてみれば、それは全ての部分について通用してしまうからですね(笑)。
生活保護費を受け取らないのに、所得税だけ払わねばならないのか!
カゼ一つひいたことないのに、~だけ払わねば…!
子どもなんて1人もいないのに、~だけ払…!(以下略)

そんな反対理由が認められるのであれば、納税者は等価の受益を確約せねばならないとでも言うのであろうか?累進課税は根本的に不可能になってしまうね(笑)。多く納税してくれている人たちのお陰で、全然払ってないとかあんまり払ってない人たちへのサービスが維持されている、ということに他ならないでありましょう。

そういう意味では、税というのは、基本的に高額納税者の善意みたいな部分が大きいのだろうと思いますね。負担者は自分への直接的な見返りを必ずしも求めませんし。みんなで感謝しましょうね。



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今日は負けだった…

2007年10月28日 23時31分51秒 | いいことないかな
ま、こういう日もある。

にしても、ハムの打てないのは変わってないね(笑)。
気になるのはタイムリーが出てないことかな。

負けゲームは、こんな感じでやられてしまうことは珍しくないから、打たれたのはしょうがないけれど、打線のラッキーボーイが出てこないとちょっと苦しい。

当たってる人がいないもの。
セギノールが歩かされたら、他の人が打つしかないもんね。



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まず1勝!~日ハム

2007年10月27日 22時05分04秒 | いいことないかな
いやー、ダルビッシュは素晴らしかった。
エースと4番で勝利をもぎ取った。3点あれば十分だった。

川上は昨年の初戦よりも良かった。けれど、たった1安打で3点だった。
今日の川上はたった2安打で負けた。
これが日ハムの戦い方。いつもの勝ち方。
本当に普段通り。凄い。これが出来てしまうのが凄い。

ダルくんの13奪三振も立派だった。
試合の流れを引き寄せたのは初回の2奪三振だったろう。
あの出来を見せられて、中日サイドは「こりゃ…」ということになった。
特に、川上に大きなプレッシャーを与えたであろう。それが、ジワジワ効いて、塁上に埋まる、そしてあのホームランに繋がっただろう。

ウッズは本シリーズでは大ブレーキになってくれるといいのだが。今後、バットが沈黙するかもしれない(嬉)。ダルビッシュの9回の投球でそうなるかもしれない、と思った。全球ストレート勝負で挑まれて、1球も前に打ち返せなかった。空振りのみ。ハムの4番セギ様は1球で勝利を呼び、ウッズは三振とゲッツーだった。これがシリーズの流れに影響しないはずがないということ。


ナイスゲームだった。
本日も守り側でありながら攻撃的な守りで勝利の流れを引き寄せた。


ところで、ジャイアンツは勝負弱いね。3連敗ってありえねーよな。日ハムみたいにいつもギリギリで勝ってきてないからかもね。シビレるような勝負をしてきてないから、ということはあるんじゃないかな。単品比較で言えば、スター軍団のジャイアンツと日ハムの貧打線では比べるべくもないもの。でもね、勝負には勝てないのが巨人なんだよね。こういうのを見ると、チームとは何か、ということが実感できるよね。



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日本最古のセーラー服(萌)

2007年10月27日 18時00分06秒 | いいことないかな
うーむ、変な趣味とかでなく(笑)。


日本最古のセーラー服、京都の平安女学院で復元・披露 社会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)


参考までに、私は萌えだか何だかには一切関係ございません。
写真を見ても萌えませんけれども、昔の人たちの中にはやっぱり進歩的な考え方の方々がおられたんだろうな、とは思いますよ。

だって、みんなもんぺだの着物だのを普通に着ていた時代なんですよね?
女学校というだけで「女に学問なんていらね」とか言われてしまうような時代だったでしょうし、「わけの分らん格好して」とか「水兵服?なんだい、そりゃ。チンドン屋の真似かい?」とか色々と言われてしまうかもしれませんよね。

そういうわけで、セーラー服を制服にしましょう、みたいに決めた人たちは偉かった。そのお陰で現代でも何やら萌えていたりする人たちがいるようですから。違うか。
でも、某有名経済学者ですら欲望を抑えきれなかったくらいですので、何か見えない力でも働いているのでしょうか>セーラー服


ところで、「日本初」論争はついに決着がついたみたいですね(笑)
>京都と福岡の女学校どの



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応用力がないのは大人も同じ(笑)

2007年10月26日 21時24分04秒 | 教育問題
学力テストの結果はそれなりに話題になったみたいですね。

[解説]全国学力テスト ニュース 教育 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

テレビなんかの解説もあったけれど、応用する力や実生活で使うのが苦手、ということらしい。公式とか、断片的知識なんかは持っていても、うまく応用できないみたいなことのようだ。会話からの情報読み取りとか知識を実践的に活用するには難がある、ということが問題だ、と。でもね、これは子どもたちに限ったことではないのではないかな、と思うのですよ。社会全体が同じくなっているような気がしますがどうなんでしょうか(笑)。

大人がそうだから子どもにもそういう教え方しかできず、結果的に今の子どもたちも「今までの大人たちと同様に」、応用が利かないし、情報読み取り能力も足りないし、実践的に使えないということなのではありませんかね。自分を振り返っても、そういう感じがするもんね。

参考記事:仕事の経験と教育

色々とブログを書いてきた中で、実践的じゃないということが多いな、と感じることは結構ありましたよ。それは学力の低いと言われるような人々ではなく、もっと高学歴で知識も豊富な人々であってもそうなんですよ。学者さんだけではなく、国会議員も、法曹の人々も、官僚も、エコノミストも、マスコミ人も似たりよったりなのではありませんかね。大体が「応用が利かない」「知識や理論を政策に反映できない」「情報が読み取れてない」みたいな(笑)。
報道なんかでも、情報を組み合わせて考える、とかがまるで出来てないので、決まりきった断片情報だけで報道されてしまうでしょ?「アレ?おかしいんじゃないかな?」とか普通に気付けそうなものであっても、鵜呑みにしてしまって報道しちゃってるでしょ?


世の中は私ごときの考えには及びもつかないような、賢くて頭が良くて知識も豊富で申し分ない人々によって、政策とか政治とか色々と考えられているのだろうと思うのだけれど、どうしてこれほど実践力に乏しい人々が多いのか不思議でならない。例えば日銀をとってみてもそうなのですよ。裁判所もそうなんですよ。現在ある資料(証拠)から、「何を読み取るか、何を考えられるか」みたいなことが、本当に実践できているのでしょうか?東大出たような立派な官僚たちが山ほどいて行政を担っているのに何故こんな結果が、みたいなこととか。

頭のいい人たちがこれほど束になって考えたり取り組んだりしているのに、どうしてこうなってしまうのかな?とか疑問に思ったりすることは少なくない。なので、実践力をつけさせるのはかなり難しいんだろうなと思う。
だって、ごく普通のレベルとかではなくて、司法試験に合格したり、東大に合格したり、その他モロモロの難しい試験や競争に打ち勝ってきたような人々が「実践力がない」みたいなことなのであれば、もっと学力の低い人たちにそれ以上の結果を求めても無理なんではないかな?

まずは世の中の中枢部分にいる人たちにこそ、実践力が必要なのではないかな、とか思います。そういえば、新聞で読んだ気がするが、「社会人基礎力」だったかに対抗して(本当は対抗してないけど)、「~力」シリーズで今度は「学士力」だったかを考える、とか出てたな。ありゃりゃ、そうなると「修士力」「博士力」が導入されるのも時間の問題かも(笑、冗談です)。これは大体何にでも使えるかもしれません。「新聞配達員力」「レジ係力」「ポーター力」…ああ、そういえば何かそういう仕事履歴のスキル認定みたいなものをやろう、とかいうのが思いつきで出されていたような……経済産業省だった?それとも厚生労働省か?
忘れたけど、あまりに「~力」が多くなり過ぎると結局何が出来るのか判りませんね、みたいなことになってしまうカモネン。「ワザ対応一覧表」みたいなもののを作成してくれないと、どれが何か判らんもん。


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「反米帝」化に危惧する人々

2007年10月26日 20時20分14秒 | 外交問題
日米関係というのはある程度「冷めた関係」になっていくのだから、その反動はやむを得ないと考えるべきであろう。これは米国が望んだことだ。そんなつもりじゃなかったんだよ、と言ってきても、もう遅い。シーファー大使がヒル次官補あたりの不平を言ってみるくらいでは、もうダメだねってこと。

どうせ大統領選で政権交代が起こるのだから、「ブッシュ後」の米国サイドの思惑みたいなものはある程度形成されてきているはずだろう。米国から見た日本というものについて、その重要度が今後急速に高まるわけではない。その他大勢のうちの1人に過ぎない、ということ。利用価値が低下したと、相手が思っているのだから、こちらからもそういうことになるだろうね。

参考記事>アメリカは副官に中国を指名したか

六カ国協議においてもそうであったし、他のありとあらゆる部分で日本を重要視していると考えられる部分はない。なので、日本にとっても米国の利用価値は大幅に低下していると考えてよいだろう。日本が米国に冷たくしたからと言って、例えば米国では日本製品を輸入したくないと心底思っているのであれば、制裁措置でも関税でもやればよいだけだ。日本は他の地域で商売をするということを考えればよいだけ。制裁関税でも何でもどうぞ。その代わり、日本から米国排斥運動を高めることは可能。言うなれば「脱米国スタイル」だね(笑)。


上の参考記事にも書いたのだが、米軍のレイプ事件がどれほど過去に起こってきたのか、日本の活動家たちは大規模デモなり、インターネット上で糾弾する(勿論英文で大々的に流すべき)なりやった方がよい。先日の広島でのレイプ事件は、逮捕状請求をしないということになったと報じられていたようだ。このままうやむや作戦なのか、「金で解決しましょう」みたいな隠蔽工作なのか、被害届の取り下げ圧力があったのかも判らん。けれども、この1件をテコにすることは政治的に可能だ。

少なくとも、米兵は「基地外」(笑)には一歩も外出できないという厳しい措置を取る、ということを表明するべきだろう。せめて、広島県には今後一歩も立ち入らせない、くらいの強い抗議を出さずして何の為の外交なのか。日本国民の生命身体が一番大事なのであって、殺されました、強姦されました、みたいなものを、満足に謝罪もさせずに済ませるなんてのは論外だ。一般人がやった犯罪行為なのではないぞ。軍隊なのだから、それは国家権力そのものと一緒なんだよ。シーファー大使ごときに、「日本軍によってレイプされたのは遺憾で恐ろしい」と言われて、はあそうですか、じゃないだろが。日本政府の、或いは駐米大使に「米軍のレイプは遺憾で恐ろしい」と抗議させたのか?

今、米国は日本の給油艦がいなくなると、ちょっと不便だな、アブラも高くなってるし、くらいにしか思っていないであろう。日本の給油には感謝しているよ、みたいなおためごかしのレターみたいなもんに有り難がっているようではダメなんだよ。「一筆書いておきましょう」って、それくらいは楽なんだからお安い御用じゃないですか(笑)。必要なのはペンとタイプライター助手だけなんだから。


現時点での方策としては対米強硬路線が望ましいと考える。その一つとして、先の米軍レイプ事件を使わない手はない。米国に直接抗議ではなくてもいいので、民間団体の人たちはできるだけ頑張って(いつも色々な活動を頑張ってくれているでしょ?)海外に広く訴えて、海外メディアに取り上げられるまでやってみて下さい。日本国内で取り上げられるだけではダメです。できれば米国メディアに直に届くようにお願いします。広島市長や知事は、非難声明を世界に向けて発信してみて下さい。米国の正式謝罪があるまでは米兵を広島県には入れさせない、と宣言して下さい。ここは戦場でも米国でもない、「ここは日本だ!」と高らかに宣言して下さい。

これとは話が別だが、民主党のISAF参加案というのは受け入れられない。地上展開となれば、リスクは高まるであろう。その覚悟が本当に日本国民にあるのか、ということだ。その覚悟を問わずして、なし崩し的に踏み切ったのがイラク派遣であった。あれは奇跡的に成功させたのだけれども、今度もうまくいくとは限らないだろう。更に、これからの国連活動には地域紛争への対処というものが常に出てくるので、日本人にそこまでの決心は出来ていないと思うし、今のところその必要性に迫られてはいないだろう。少なくとも、洋上作戦への協力で済むところを、地上に派遣する意味など全くない。民生活動みたいなものに特化するのであれば、必ずしも陸自でなければならないということもあるだろう。


話を戻すが、当面の間は、米国に対しては「給油活動も降りることになりました、野党が反対しているからです」という口実で距離をとるのがよい。更には、米兵レイプ事件を糾弾するべきである。沖縄でも何度もそれが繰り返されてきたのだから、全ての基地を対象に、米兵外出禁止措置を取らせたらいいよ。反米機運は高まり、自衛隊は海外での活動が当面凍結されることになるだろう。それとも、もっと過激に「米軍は日本から出て行け」運動の機運を高めることにしますか?甘い顔をしていると、何度でも同じことの繰り返しになるので、ガツンと戦うべきところは戦いましょう。

日本を副官から降格(笑)させた張本人は米国なのだから、それくらいのしっぺ返しは当然。
何でいつまでもこちらが無償で協力してやらねばならんの?相手が取引を仕掛けてきたのだから、こちらもそれに乗って取引で答えるべき。


さあ市民グループの皆さん、左翼系の皆さん、いまこそチャンス到来ですよ。
米軍の暴力を許していいんですか?
米兵のレイプ事件が隠蔽されようとしているのですよ、いいんですか?
うやむやのうちに済まされていいんですか?
あの「ヒロシマ」で米兵は何をやったのか?
原爆投下だけでは飽き足らず、女性に暴行したのですよ?
戦うべき時が来たのです。
どうか立ち上がって下さい。


日本に給油活動を再開して欲しかったら、何か別な条件がないと無理だ、ということをハッキリと言うべきでしょうね。北朝鮮問題でも、米軍基地移転問題での譲歩でも、何だっていですよ。米国側が日本にお願いしに来ない限り、相手にすることなんかない。条件を出せないのなら、「自衛隊の給油活動も凍結、ってことでいいですね」以外の選択肢はないと米国に言うべきだ。


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増税??そうは「いかんざき」

2007年10月26日 16時00分17秒 | 社会保障問題
社会保障制度の再構築と単なる増税という話は全くの別物だってば。以前から書いてる通り、04年の年金改革の時の約束を忘れたとは言わせないぞ。

消費税議論の欺瞞


04年当時、厚生労働委員会で強硬採決をやったでしょ。あそこで、遮二無二公明党案を通していったんじゃないか。与党議員たちは賛成に回ったんだから、その責任を取れ。法案を可決した議員たちは、今すぐ名乗り出て下さいよ。

今更、基礎年金の引き上げ財源はないので消費税増税だと?
約束を守れ。

基礎年金国庫負担2分の1の引き上げ財源は

・定率減税廃止
・年金課税

という約束をしただろ。これを反古にするというのか?

「担当者出て来い」
国会議員たちの得意のセリフだ。官僚を呼べ、当時の担当者に罰を与える、とか息巻いているんだから、自分たちも当然同じくするべきだろう。当時賛成に回った議員たちに責任を取らせるべきだ。
この公約を掲げ、厚生労働委員会で強硬採決に加わった議員は出てきて説明するのは当然。
この年金改革関連法案に賛成した議員たちは、詫び入れるべきだろう。
引き上げ財源の手当てもついてないのに、後出しで増税という政策が許されるとでも言うのか?ふざけるんじゃないよ。

財務省に数字を出させろ。
定率減税完全廃止で2兆円以上の効果があったのではないのか?ひょっとすると、3兆円以上かもしれんぞ?
年金課税効果でいくら税収があった?
合計でいくらの税収増だったんだよ!!

この期に及んで、何故「増税」なのか言ってみろ。
ウソをつくんじゃないよ。
情報を隠している、というのはどこでもやってるんじゃないか?
定率減税廃止分は誰が何処に持っていったのか、言ってみな。

年金改革に賛成した連中が責任を取らない限り、絶対に増税は許さんぞ。
定率減税廃止の時に使った理由で、また増税なんて許されんだろ。


国民に選択を迫る時、小賢しいヤツラというのは、選択肢で誤った回答を誘導しようとするんだよ。ボケ。

いいか、「社会保障サービス維持か」or「増税か」なんて誰がそんな選択肢の設定をしろと?卑怯なんだよ、やり方が。前にも書いたけど、設問の設定のやり方がオカシイんだって。

例えば50億円の使い道、ということを考える時、国民に選ばせてるわけじゃないだろ。予算には優先順位というものがあるんだよ。その選択肢がないにも関わらず、社会保障水準のダウンか、増税か、なんて設問に同意できるわけないだろ。

<例>

設問1:
①90式戦車10両
②障害者自己負担額公費助成

設問2:
①新型対戦車ヘリコプター2機
②奨学金無償補助

設問3:
①剥がして埋めるだけの舗装工事
②介護施設補助金

設問4:
①ボンクラ議員への政党補助金100億
②過疎地医師確保の補助金100億

設問5:
①天下り野郎どもの巣窟に補助金100億
②大学等研究資金100億

設問6:
①天下り機関の○○機構への運営交付金1000億円
②自治体への教育費用補助1000億円



さあ、2択です。どうでしょうか?って訊いて欲しいもんだね。オレに訊いてくれたら、答えは勿論決まってるけどな(笑)。


最近ふと気付いたのだが、自分の政治的傾向というか主張部分が、昔で言う左派的なものが実は多いということなんだよね。
自分としては割と保守寄りだろうと思うし、色々な調査結果(ネット上によくあったテストするやつ…)もそうなってはいたんだけれど、特定分野だけ見ればどう見ても昔の共産党っぽいです、みたいな(笑)。

ま、それはいいとして、どこの家でも「新型クーラーを買うか」、「お父さん、子どもたちのお小遣い減額か」、みたいな選択肢は提示されない訳で(笑)。一家の資金配分は「優先順位の選択でなされる」ということ。「新型クーラー」「デジタルテレビ」「洋服代」「温泉旅行」みたいな中から選択するとか、実行の優先順位を付けていくんだろうが。そんなのあたり前のこったろ。

なのに、負担を増やすか、社会保障サービスを削減するか、というような2択で国民への誤解を植えつけようとする魂胆は許せないっての。「社会保障を削られるよりかは増税もやむなしか」みたいな言質を取ろうと思ってるだけだろが。そういう提示なら、ついつい引っ掛かって「消費税を上げてもいいよ」と答える人が多い、ということを予め知っているからだろ。
そういう誘導が汚いんだよ。
最初っから、そう答えさせようと狙ってるのが気に入らないって言ってるんだよ。
卑怯な誘導は止めろ。

国庫負担引き上げの為の増税は許さない。
朝日新聞とか毎日新聞とか、こういうところこそ、長期キャンペーンでも張って阻止するべきだろ。違うか?定率減税廃止を財源とする、ということを約束したのだから、その責任を取らせろ。徹底的に追及せよ。


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投資損は大変なようですね(笑)

2007年10月25日 20時19分58秒 | 経済関連
「かっぱぎ」でいい思いをしていた連中の一部は、どうやら整理されるかもしれない、ということだ。ちょっと違うか。

<メリルリンチ>サブプライム評価損9006億円 赤字転落(毎日新聞) - Yahooニュース

【ワシントン斉藤信宏】米証券最大手のメリルリンチは24日発表した7~9月期決算で、低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)関連の資産評価損79億ドル(約9006億円)を計上した。純損失は22億4100万ドルとなり、6年ぶりに赤字に転落した。米大手金融機関が計上したサブプライムローン絡みの損失としてはシティグループの64億ドルなどがあるが、メリルの損失79億ドルは最大規模。

◇◇


それから、バンカメもだとさ。

ホットニュースマネーマーケット

【ニューヨーク=財満大介】米大手銀バンク・オブ・アメリカは24日、投資銀行部門の社員3000人の削減を含む大規模なリストラ策を発表した。信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題の影響で、7―9月期決算で同部門が14億ドル超の損失を計上したのを受け、体制を抜本的に見直す。同部門の社員数は2万人で、15%相当を削減する。責任者も交代させ、後任には資産運用部門の責任者を起用する。米大手金融機関ではモルガン・スタンレーやJPモルガン・チェースも投資銀部門の人員削減をすでに発表している。

◇◇


これぞまさしく天罰覿面ってやつですかい?(笑)
前にもちょっと書いたけど>サブプライムに怯える世界市場

笑ってしまうね。
これだけ「借りたい人たちに貸し出すとどうなるか」というのが問題になっているのに、それでもなお「借りたい人が借りられなくなるー!」という、理論でも何でもない「お涙頂戴」節みたいなことを言ってる人たちが存在することが不思議だ(笑)。
感情に訴えているのは、どこのドイツだ~い?
せいぜい頑張って日本でも「借りたい人は誰でも借りられるマーケット」を整備してみてはいかがでしょうか。損失が跳ね返ってくる時には、自分たちだけにして下さいよ。余計な被害が拡散するのは勘弁して欲しいね。


ところで全然関係ないけど、野村の数百億円損失、とかいう話は随分前にあったが、今度はみずほが「割と大きめの損」を喰らいそうだ、ということらしいね。でも、案外大したことないんじゃないの?いや、損失はない方がいいのはそうなんだが。

かつて、ヤクルトだったと思うけど、「デリバティブ」という用語が日本ではまだ珍しかった頃に、1千億円以上の損失を蒙ったのではなかったですか?他にも住友商事の2800億円超という巨額損失があったので、日本での損失記録上では、野村やみずほの損失額は案外大したことないのではないでしょうかね(誰か詳しい方、日本企業の投資損失額ランキングでも作ってくれるといいな)。

ああ、大手貸金なら毎年毎年大手6社の貸倒だけで軽~く数千億円分は吹き飛んできたのだから、これよりははるかに小さい数百億円くらいの損失はあんまり気にしなくてもいいと思いますよ。って、関係者たちは首が飛びそう、みたいにビクビクしてるのかもしれんが、どうなんだろうね。みずほグループは証券会社の「1円入力事件」での巨額損失があったので可哀想なんだけど、また大損みたいだね。よっぽどツキがないのか、過去の悪行三昧のせいでバチが当たっているのかは不明ですが、メリルリンチやバンカメの惨状を見る限り、あんまりにもアコギな商売をやってると必ず痛い目に遭うと思っていた方が宜しいかもしれませんね。

お天道様は許しませんよ、と(←ダメな議論、笑)。



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肝炎訴訟に関する雑考~7(追記あり)

2007年10月24日 10時05分51秒 | 社会全般
これまで肝炎の要因とか過去の歴史みたいなものを見てきましたが、もうちょっと続けてみようと思います。

asahicom:肝炎訴訟原告「治療機会奪われた」 薬害肝炎告知なし - 暮らし


投与事実を認めない、というのを国が主張していたらしい。この前企業弁護士は酷いと書いてしまいましたが、間違っていました。申し訳ありません。どうやら「国の顧問弁護士」(笑、法務省の人?)が「投与した証拠がないじゃないか」みたいに言っていたようだ。これは原告側が怒るのは当たり前。本当に酷いよ。こんなことを言うから「誠意を見せろ」(笑)って怒鳴られるんじゃないか。投与事実について争うとか、感染可能性について争うというのは、意味がないのは明白じゃないですか。ごく「普通の感覚」の持ち主であれば、何が問題となるのか(感染成立となる要因とは何か、それが証明可能なのか)というのは、直ぐに判りそうなものなのに、「裁判のテクニック」というものに囚われているからこそ、こうなってしまうのだよ。現時点で何かの情報を隠す意味なんて全くないじゃないか。きちんと出すのは当然。


1)製薬会社の問題

製造責任ということにおいては、一番責任があるのは確かだ。だが、企業側は国の定めた手続に則って製造販売しているわけで、好き勝手に市場に出してきたわけではない。法規を守っているという点では、違法性を問うのは難しいと思う。「製薬会社が製造を止めれば被害を生じなかった」ということと、「製薬会社が○○治療薬をもっとたくさん製造してくれればもっと助けられた」というのは、根本部分において同じなのだ。

87年青森の感染発覚後、非加熱製剤は回収され、5月以降には加熱製剤に切り替えられた。一応製薬会社は対応を取っていたということだ(これが感染防止に効果があったとは言えないのだけれども)。6月には先天性疾患のみの適応とすることが再評価調査会で提示された(産科団体からは厚生省に「後天性疾患」を残すように要望されたようだ)。この時点で感染源を特定することは極めて難しかったであろう。

HCV抗体スクリーニングが導入されるまでには時間を要したこと、新製品(SD処理製剤)の承認までに時間がかかること(臨床試験等審査を経ないと医薬品としての承認がおりない)、などがあって、先天性低フィブリノゲン血症などの先天性疾患がある限り、リスクがあっても旧製品を供給せねばならなかったであろう。

問題が明るみに出てからは、旧ミドリ十字が消え、「製薬業界再編の波」などもあって、当該製品についての系統的知識・記憶のある人々はほぼ消えてしまっていたころだろう。そのことも情報が企業内に残されていた、ということの認識を稀薄にさせていたのではないかと思う。


2)国の責任

02年の報告書で殆どは網羅されていたのだろうと思われる。当時の担当者たちが情報を隠蔽しようとしていた、ということは考え難いと思う。何度も指摘しているが、「報道発表資料」に症例一覧の一部が公開されていた。企業側からの報告が上がってきていたことも、文書中で明確に記されていた。ただ、「自分が今やっている仕事」ということしか、担当者には判らなかったのではないかと思う。それは、情報が系統だっていなくて、バラバラに存在していた、ということ。担当者たちは、個々に自分のやるべき仕事の範囲でしか、情報を見ていないし考えてもいなかったのだろうと思うのですよ。要するに、隣の部署のやってる領域までには目が届かず頭も回らない、ということ。薬品関連の担当部署はいくつにも分かれていたりするだろうし、縦割りの弊害というものが如実に顕れてしまったのではなかろうか。

情報を持ってない、というのは、「その人」から見れば自分が持ってなければ「ない」と言ってしまう、ということ。でも、他の誰かは持っていたかもしれないし、「倉庫に眠っていた」(笑)ということにも気付かないというのは十分有り得る話ではないかと思う。そういう時、誰かが「アレ?昔○○みたいな調査をやっていたはずだ」というような、ヨソの領域の仕事とか情報にも目配りできるような人が必要、ってことですよ。私でさえ、公開文書を探していけば、いくつかの情報の存在が判るのですから、他の人たちでも可能なはずなんですよ。これを厚生大臣や国会議員たちがやらねば、或いはマスメディアの人たちがやらねば、誰がやるのですか?一般国民がやっていくというのを期待するのは難しいと思う。菅さんも、かつて第9因子製剤の問題をやっていたのだから、その時点でも80年代後期のC型肝炎の話を知ることはいくらでもできたはずです。野党議員たちの中にも、医師免許を持っている人たちはたくさんいるのだから、そういう人たちは誰よりもそういった問題があるということを知っていてもおかしくはなかった。要するに、彼らは自分たちに利益になることだけ考えていただけじゃないか。

国は87年調査後、非加熱製剤は回収・加熱製剤に切り替えさせた。加熱製剤での肝炎報告後の88年には緊急安全情報を出した。93年にSD処理剤に切り替えということになった。なので、全く何もしていなかったわけではないだろう。こうした古い時代の話を02年時点での人たちが、どの程度理解し把握できたかは不明だ。リストの存在を隠したのかどうかも判らない。でも、保身とか事なかれ主義的な部分はあったかもしれないし、情報を統合できていなかった面があったことは否めない。担当者たちが「責任を取れない」というのであれば、大臣がとってやるべきであったろう。せめて大臣には正直に言えるようになってないと駄目だ。企業でも、不都合な情報を上に伝えられるようになっていないと、現場で隠そうとして問題が余計に大きくなってしまうだけだ。特に、国会答弁なんかで「リストはありません」みたいに一度でも言ってしまうと(防衛庁の給油量隠蔽の話ではないけれど)、引っ込みがつかなくなる、ということなんだろう(笑)。


続きです。

3)医療機関の責任

直接的な投与責任は医師にある。医師は製剤中の危険性について十分認識できたか否かは判らない。少なくとも、87年の発覚後にならないとフィブリノゲンの危険性については、半信半疑という面はあったのではないかと思う。それは、肝炎の感染源を特定することが難しかったからだろう。要因が余りに多いのだ。輸血後肝炎というものが高頻度で発生していたし、急性化する肝炎患者もそれなりに多かっただろう。そういうのを知っていたが為に、肝炎そのものがさほど珍しい疾患でもなく、多くの成人においては軽快していたことも危険性について軽視していた部分はあったのかもしれない。その後に情報が増えていくに従い、どうやら肝ガンの多くの部分においてC型肝炎があるようだ、ということが判っていっただろう。HCVキャリアの人々が高齢になってきて、段々と肝硬変や肝ガンの症例が増加してきたので、そういうことが判るようになってきた、ということだ。

87年頃にそういった危険性みたいなものは、はっきりと判っていなかった。
言えることは、他の外科系の領域に比べて産科での使用例が際立って多い、ということはあるだろう。何故産科で多いのか、ということの理由は明確ではない。本来的には、投与した医療機関にそうした責任がある、ということは言えるだろう。心臓血管外科などでのフィブリン糊使用ということもあったことはあったが、投与量が少ない、投与症例数が少ない、ということで、感染例は静注用のものよりかなり少ないであろう。フィブリノゲン製剤の感染リスクが判っていて、それでも投与していたのは医療機関であり、88年の緊急安全情報だってあったし、製品回収に伴う業者側の説明も当然あったはずであろう。なので、医療機関側では感染が有り得るものである、ということは認識されていたであろう。

90年代以降になってくると血液検査でHCV抗体検査が可能になっていったので、術前検査で判明しているものもあったであろう。その際にどの程度の告知が行われていたかは不明である。製薬会社が入手した肝炎発症例のリストは基本的に医療機関での判明例なので、HCV抗体検査が可能になって以降であれば医療機関において告知すべきものだろうと思う。ただし、そこでは「投与されたフィブリノゲンが原因だった」などと断定して説明することなど不可能である。輸血・手術の既往のない症例であってもHCVキャリアに遭遇することは珍しくはなく、男性(出産やそれに伴うフィブリノゲン製剤投与がない)であってもごく普通に存在していた。女性の方が圧倒的に多くキャリアになっているわけではないのである。

恐らく知識や経験が豊富で因果関係の推定により慎重な医師であるほど、「感染源はフィブリノゲン製剤です」などと軽はずみな説明をしたりはしないであろう。これをもって「告知されていなかった、説明はなかった」というような誤った受け止め方をされるのも困るのである。手術の際に、使用する麻酔薬とか鎮痛剤とか緊急薬剤とかありとあらゆる薬剤を「これとあれとそれと…」みたいに全部説明しておいて、患者に使用許可をとったりせねばならないとすれば、薬学関係の教科書みたいなものを渡して、自分たちで全て読んでもらって理解してもらい、患者が使ってよいという薬剤を選択してもらえない限り、どんな薬剤でも使えなくなってしまいますね。そういう制度にしたいという薬害追放を目指す人々もいると思うので、希望に適うように運動でもやることをお勧めします。自分たちで「天然素材だけでできてる”体にいい”お薬」というような、患者のためになる使用可能な薬剤一覧みたいなものを作ってくれることでしょう。
「勝手に使われた、知らないうちに投与された」という言い分は、どんな薬剤にでも通用しますから。


4)マスメディアの責任

報道する側の人たちの中で、02年報告までに出された報道発表資料をいくらでも知りえる立場にあったのに、「私が報道資料を隠蔽していました」乃至「報道資料にあったのに見落としていました」という反省の弁とかお詫びや患者団体への謝罪を見たことは一度もありません。それは何故でしょうか?「情報を知らなかった、あることに気付きませんでした」というのは、どの程度であれば許されるのでしょうか?省庁側発表の場にいながら、それらの中に有用な情報があることを見逃していた過失を問われないのは何故なのでしょうか?要するに、常に自分たちが優位に立てる「追及する側」に回っているだけならば、失敗とか過失を問われることが一切ないのでラクですもんね。誰からも責任追及されずに済むから。結果を問われないから。撃たれる心配のない所で、自分がタマを撃ち続ければいいだけだからね。こうした姿勢の片棒を担いでいるのは、国会議員たち(特に野党側)の中にいる「医師免許を持つ連中」なのだよ。

今朝テレビで辛坊さんが「94年まで製剤が投与されていた」みたいに言ってたけれども、こういう断片的な報道姿勢というものがどれ程の誤解を招き、情報混乱をもたらしているのか、ということを考慮するべきであろう。簡単に一言で「投与されていた」と言うが、フィブリノゲン製剤のタイプでは、非加熱製剤などではなく加熱製剤に切り替えられていた可能性が高いし、既に「HCV抗体検査」を経た供血で製造されていれば「HCV陽性血は事前に除外されている」ということを意味するのですよ。それらについて、何か調べたり考えたりしましたか?未だに完璧な検査などない、って言ってるのに、まだ判ってませんね。そうした検査をすり抜けた血液かもしれず、そうであるとHCV検査をしてるにも関わらず感染可能性は残されてしまうのですよ。

自分たちがよく判りもしないことについて、断片情報だけで安易に報道するのは慎むべきだ。やるなら、じっくりとやって欲しい。正しい考え方、正しい情報に基づいて、大きな誤解を招くのを防ぐようにするべきだ。読売の戦争責任シリーズみたいに、時間とか労力をかけてやらないと、「フィブリノゲン製剤が原因だ」という短絡的な結論に直結してしまうのです。本当に困るのは、誤った知識や医療への誤解が増えることなのです。正しい情報提供こそ、問題を抱えている大勢の患者さんたちが救われることになるのですから。


話は飛びますが、こういう大間違いの意見が流通するようになってしまうのですよ。

はてなブックマーク - ミドリ十字の会見が酷すぎる -novtan別館

(記事を引用)

厚生労働省も悪い。いずれにしても、今そこにいつ発症するかも知れない人たちがいて、しかも、血液製剤の薬害であることがもう既にわかっているから隠蔽することなど何もない、あるとすれば補償金の問題ぐらいだけれども、会社の規模から言っても社会的な責任から言っても、隠すことなど何もない、状態で、何がプライバシーに配慮するのが非常に難しい、だ。難しいのは隠してたのが発覚したときのお前の立場だろう。そして、案の定ばれるわけだ。ちゃんと初めから言っておけばよいものを。これで手遅れな人が見つかったら刺されてもおかしくない。

ずっと昔からそうだけれども、薬害を隠し通そうとする会社には暗い影が付きまとっている。もしかしたら霞ヶ関の呪いというか操り糸なのかもしれないけれども。

プライバシーへの配慮にしても、別に新聞に実名を公表しろってわけでもあるまい。厚生労働省に渡して、しかるべく、処理してもらえばよい。まあそのしかるべき処置が倉庫に放り込むではどうしようもないのだけれども、渡してはい終わりって思うメンタルが既にして当事者意識の欠如を物語っている。

結局のところ、人の命なんてものは、会社の経営にとっては瑣末なものにすぎないのだろう。500人にも満たないなら尚更だ。人の命の全てに責任を持ってやっていくのは難しい。製薬会社として。それはわかる。けれども、明らかに、原因がはっきりしていて、自分たちの責任でいくらかでも救いになることが目の前にあるのに、それを放棄して、しかたがない、と言うことが出来る会社が、人の命を救うためのものを作っていると言う倫理的矛盾。人の命が確率的な数値化をされている日常において、感覚が麻痺しているのかも知れないけれども、だからと言って、その重大性を軽視していいということにはならない。

◇◇


『血液製剤の薬害』とか『原因がはっきりしている』みたいに、短絡的意見に飛びつくとこういう意見を言う人が出てくるわけです。恐らく報道からしか見てないので、報道側が誤った情報提供で誘導するとこうなる、という見本ですな。リストの全員がフィブリノゲン製剤で感染したかどうかなんて判りませんよ?それに、何度も言うがリストに載ってるのは「肝炎症状が出た人」か「HCV陽性」ということが判った人が捕捉されていただろうから、製薬会社に情報が来ている時点で、患者は肝炎既往であるということを医療機関側から聞かされる可能性は高いはずでしょう。知らないことが多いのは、「フィブリノゲンを投与された」ということなのではありませんか?

リストの人に告知するのを実行したとして、製薬会社が全ての患者についての責任を負うものとも考えられないでしょう。
「あなたにはフィブリノゲンが投与されました」という事実が「C型肝炎に感染しています」という事実に直結したりはしないからです。



上に挙げた朝日新聞の記事にあった原告団の方々であっても、感染源は不明点があるかもしれません。

『86年の出産時、東海地方の産婦人科医院で、止血剤として旧ミドリ十字の血液製剤「フィブリノゲン」を投与され、急性肝炎を発症した。だが、弁護団によると、肝硬変や肝がんに進行する恐れについて、医師は何も言わなかった。女性は「峠を越えれば治る」と思っていたという。』

→フィブリノゲンが感染源である可能性は高いかもしれない。が、本人が既にキャリアであった可能性は残っている。出産後どの時点で発症したか不明だが、その時の「急性肝炎」に対する知見は大体が治るものと思われていたかもしれない。急性肝炎既往で、肝硬変進展の可能性というのはあまり判らなかったであろうということ。出産時にフィブリノゲン製剤を投与され、その数日後とかに発症なら「製剤が感染源」というのは考え難いかもしれない。潜伏期間みたいなのが大体あるので、数週間経過することが多いであろう。でも、元々のHCVキャリアであったなら、出産後直ぐに発症というのは有り得るかもしれない。


『東京訴訟原告の浅倉美津子さん(56)は88年にフィブリノゲンを投与された。当時、医師からは「原因不明の肝炎」と言われ、血液製剤を使ったことも告げられなかった。弁護団に相談する02年まで「病気は自分のせい」と思い続けてきた。』

→医師の言った、原因不明なのはその通りだと思う。けれど、後天性の低フィブリノゲン血症を理由として、88年時点で投与されたのだろうか?先天性原因以外では用いられなくなっていたのではなかろうか?という疑問は残る。投与責任は医師にあるだろう。肝炎発症の可能性は理解されていただろう。
使った薬剤の全てを知らせるというのは、上に書いた通り。普通は困難だ。



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肝炎訴訟に関する雑考~6

2007年10月23日 15時16分02秒 | 社会全般
ちょっと捕捉情報といいますか、資料を見つけたので。


こちらの資料によれば、2001年以降であっても依然としてC型肝炎は発生しています。

推定感染経路

「感染症発生動向調査」によると、2001年から2003年までに、感染して間もない急性のC型肝炎と診断され、報告されたのは累計189例あり、66件(複数記入あり)の推定感染経路が報告されています。内訳は、性的接触16件、静脈薬物使用6件、母子感染1件、輸血8件、水平感染2件、針刺し事故14件、刺青6件、ピアス1件、針治療・針灸2件、剃刀・歯ブラシ2件、その他8件です。

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ここに出ていないものは少なくとも123件あり(重複分が66件に含まれるので、これよりは多いはずでしょう)、全く感染経路が思い当たらないのかもしれないですよね。感染当事者にも思い当たることがなくても、感染する可能性はあると考えられるでしょう。


あと、感染機会の多い医療従事者ではどうなのかと言うと、このような報告がありました。

針刺し事故感染対策室のプログラムと事故発生状況

この中で肝炎症状が出現したのは、259例中2例であった(因みに汚染源が特定できた874例中HCV259例が最も多く、約3割であった)。つまり、輸血や血液製剤投与などを受けていなくとも、「HCVに感染する可能性はある」ということです。参考までにHBV例は147例中1例だった(B型の感染力が強いといっても、希釈倍率を大きくしても感染力はあるけれども、HBV汚染血の1億倍希釈で100回投与したら100回とも感染するということを意味しているわけでない。感染することがある、ということは言えるけれど。なので、針を刺した全部が感染成立となるとも限らないだろう)。

ですから、HCVが微量の血液だと感染しない、とまでは言うことができない。汚染された血液を1単位輸血した場合と、汚染された針を刺した場合では、感染が成立する確率は変わるけれども(たぶん輸血の方が高いであろう)、針刺し程度では感染しない、と言うことはできないということです。日常生活の中で、それくらいの接触が本当に防げているという確信を持てる人はいるでしょうか。


また、こちらの記事では次のように述べられています。

慢性肝炎診療のためのガイドライン 社団法人 日本肝臓学会The Japan Society of Hepatology

(一部引用)

2)様々な感染経路の存在
1960年代までのわが国は,敗戦後の社会,経済状態の劣悪さからの復興途上にあり,衛生環境,医療環境は劣悪な状態にあった.当時は,血液を介して感染するHCVの感染経路が数多く存在していた.主なものを挙げても売血行為,輸血,手術,採血,注射等の医療行為,様々な観血的民間療法,刺青など枚挙にいとまがない.このことは,1960年代半ばに輸血を受けた人の50%以上に輸血後肝炎が起こっていたことによって裏付けられている.

この状態は,その後の社会,経済状態の安定,向上に伴って除々に解消され,1990年代には,輸血も含めた水平感染によるHCVキャリアの新たな出現はほとんどみられない状態となった.このことは,1990年代における献血者集団をはじめとするいわゆる健常者集団におけるHCVキャリアの新規発生は10万人当り1.8~4.5程度に抑えられていること,若年者の集団ではHCV抗体陽性率が0.08%程度と極めて低い値を示すに止まっていることなどにより裏付けられている。

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50年代頃の覚醒剤検挙者は多い時単年度で5万人以上、中毒者や濫用者は推定数十万人、使用経験者は200万人といわれたらしい。15~25歳人口の約5%が覚醒剤使用者ともいわれていた。1955年に20歳だったのは1935年生まれの方々です。今では72歳となっていますね。つまり現在67~77歳くらいの方々が若かりし頃は、今よりもはるかに覚醒剤濫用が行われていた、ということです。この時期にHCVキャリアが爆発的に増加していたであろう、ということです。その子ども世代となれば、50年代後半~60年代前半頃に生まれた方々でありましょうか。そこで垂直感染も水平感染も生じなかった、ということを立証することは困難でありましょう。HCVが母子感染は少ない、といっても、1~5%程度はキャリア化が起こるといわれています。5%未満ではありますが、起こりえるということです。1万人のHCVキャリアの母親からは数百人のHCVキャリアが誕生するということになります。

要するに、50年代~60年代頃にHCVキャリアが社会全体の中で増加し、結果的に手術や輸血などの既往がないにも関わらず水平感染によってキャリアとなった方々はかなり大勢いたであろう、ということなのです。勿論、輸血や血液製剤はキャリアからの献血で汚染されていたものもあったので、HCVが拡散する要因の一部にはなっていたでしょう。けれど、それがなかったとしても感染機会はあったし、検査可能になるまでには誰がキャリアとなってしまったのかも判らなかったのです。肝炎の症状が出てはじめて、治療することくらいしかできていなかったのです。


ありがちな誤解というのは、「血液製剤を投与すれば全例HCVに感染する(100%感染する)」があるでしょう。
感染する可能性はあったし、実際に感染していたことはあったでしょう。けれども、本当に血液製剤を投与された全員が血液製剤を原因として感染したのかどうかなんて判らないのですよ。「感染していなかった人たちの方が圧倒的に多かった」のですから。血液製剤を投与した4人が全員肝炎を発症した例で「100%」発症というのも、何も判ってない一般素人が聞けば「血液製剤投与=100%発症」なのだな、という単純な勘違いをしてしまうのでしょうが、全く違いますよ。
例えば「同じロット」の製剤で、それはたまたま同一人から提供された血液成分が含まれた状態で製造されていて、その製剤が同じ医療機関で同時期に投与されたりすると(同一製品でロットが続き番号になっていることはよくあるでしょう)、全部に感染してしまうことは有り得ます。輸血でも、肝炎スクリーニング検査を全て問題なし、として潜り抜けた血液であっても、同一人からの供血で複数感染例が発生していることはありました。まさしくoccult infection なのですよ。
今の70歳以上のHCV陽性の方々で、過去に覚醒剤も手術も輸血も出産もない人たちは大勢いますよ。では、どうやって感染したのでしょう?「血液製剤以外の理由」があったことは確かなんですよ。キャリアからの水平感染が多くあったからこそ、福岡とか広島なんかでは5~6%もの陽性率となっているのですよ。これらを無視できる程に「血液製剤が感染源である」と確信できる理由というのは何でしょうか?


もうちょっと色々と考えてから、或いは、片方だけではなく、両方とか当事者以外とかの意見を集めて、よく検討してから非難するとかできないですか?報道する側には、そうした責任があるものと思います。
自分がよく判っていない事柄なのであれば、ワイドショー番組などで安易に100%なんて言うべきではないんですよ。



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B型肝炎訴訟最高裁判決について~集団予防接種は感染を拡大したか?

2007年10月22日 18時21分33秒 | 法関係
最高裁判決では、肝炎の感染原因として推定されるのは集団予防接種である、というものであった。いくつもの要因が考えられる中で、高度の蓋然性ということでこれが選択されたのである。この判決を評釈している人たちは複数おり、彼らもまたこの判決に疑問を感ずることなく受け入れているものと思われる。その他法曹や法学関係者たちにしても、この判決や評釈を読んだりしているはずなのだが、本当に誰も疑問に思ったりしなかったのであろうか?推定理由や過程において、「落とし穴があるのではないだろうか」というような疑問を生じたりはしないものなのであろうか?
もしもそうであるなら、「判決は評釈も受けているし、複数法曹や法学者などによって批判に晒されている」というのは、何の役にも立たないかもしれない、ということを意味するのではないだろうか。本当に最高裁の組み立てた論理が合理的で推定結果は蓋然性が高いと評価できると判断したのなら、その理由を示してもらいたい。


また仮定の話で申し訳ないが、簡単な例で考えてみることにする。
B型肝炎キャリア(持続感染者)は幼少期の感染で起こりやすい、母親がe抗原陽性であれば出産時に感染しキャリア化するものが殆どである(=母子感染、垂直感染)、血液を介する感染力が強い、といったような条件から多分推定したものだろうと思う。
ここで、話を単純化する為に、肝炎に感染する要因を2つだけしかないものとして考えてみよう。

①垂直感染=母子感染
②水平感染=集団予防接種

原因がこの2つしかないものとしましょう。そうであるなら、キャリア=①+②の合計ということになります。

原告らが生まれた後の86年以降に母子感染の予防策がとられて、それ以降では急速に垂直感染が減少した、というのは確かです。でも、今はそうした対策がないものとして考えてみましょう。母親が有していたウイルスによって出産した子どもに感染し、全員がキャリアとなってしまうものとしましょう。水平感染が全くなく垂直感染だけが一定に続いていくとすれば、各世代ではキャリアとなっている比率はあまり変動がなく、20歳時点でのキャリア率を検査すると、年齢層に関係なく大体同じ比率のキャリアが観察されるでしょう。母親世代が100万人いて2%に陽性であれば2万人のキャリア、その子ども世代についても100万人いれば2%にキャリアとなっている、ということ(①の発生確率は一定ということ)です。
しかし、②の水平感染というものが存在するので、もし集団予防接種で感染者が母子間だけでなく幼児間でも起こってしまうとすれば、同世代の人たちに感染が広がります。先の母親世代100万人中2万人がキャリアであっても、子ども世代100万人が誕生すれば2万人が①を原因としてキャリアとなり、この子どもから母親がキャリアではなかった子どもたちにも感染が拡大するということになります。これはどういうことかと言うと、①と②の合計が世代を経る毎にキャリアの世代内比率(存在確率)が上がっていく、ということになるでありましょう。幼児間で感染する人たちが出てくると、子ども世代が100万人いるなら2万人よりも多い数がキャリア化していくはずだろう、ということです。

垂直感染の発生比率が86年以前だと変わらなかったものと見なしますと、①を原因とするキャリア発生は世代内比率には影響を及ぼさないであろう、ということです。では、②はどうなのか考えましょう。判決文にもありましたように、昭和26年の結核予防法が出た当時は結核が大変多い時代でした。予防接種がそれ以後行われていくようになりましたし、他の感染症についても予防接種が行われていきました。風疹なんかもそうですね。昭和40年代以降に接種率は大幅に高くなっていきました。ですので、昭和20年代よりも、30年代とか40年代には予防接種の接種率は高かったであろう、ということです。つまり同じ年に生まれた子ども100万人いても、昔は予防接種に参加していたのが仮に20万人に過ぎなかったものが、次第に参加人数が増えて70万人とかになっていく、ということですね。すると、②を原因とするB型肝炎キャリアは増えるでしょうか、減るでしょうか?普通に考えれば、予防接種で感染が拡大するというのだから、参加人数が増えていけばキャリアは増加するものと思われますよね。となると、母親世代でのキャリア率と、予防接種がよく行われるようになっていた子ども世代のキャリア率では、子ども世代の方が高いものと考えてよいでしょう。

よって仮説として、
《集団予防接種によって感染が拡大するなら、集団予防接種によって、母子感染がなかった子どもであってもB型肝炎に感染すること(=②)により、世代内感染者の割合は増加するであろう。》
ということが考えられるでしょう。
最高裁は「集団予防接種で感染が拡大した説」を採用していると言っていいでしょう。
(集団予防接種の状況は、1951(昭和26)年以降85年までは年々接種率が上昇し接種参加者や接種機会は増加していたであろうという推定とする)


ここで、献血者におけるHBs抗原陽性者の比率の調査結果を見てみる。これは1995年時点での調査であった。
)50歳(1945年生まれ)以上~   1.23%
)40~49歳(1946~55年生)    1.46%
)30~39歳(1956~65年生)    0.84%
)20~29歳(1966~75年生)    0.61%
)16~19歳(1974~78年生)    0.44%

抗原陽性者はキャリアとも限っていないが、多くは該当しているであろう。どの世代においても、母子感染の予防策の取られる以前の生まれであるので、垂直感染に関しては特に条件に差は生じていないであろう。
終戦以前の生まれ年である世代(世代)は殆ど集団予防接種などは受けていないであろう(手術や輸血も子どもが生まれる前の時点では滅多にはなかったのではなかろうか?)。その子ども世代に該当するのは~世代くらいであり、予防接種を受ける割合が高くなっていったであろうと推測される世代である。従って、もしも上に挙げた仮説が当てはまるのであれば、母子感染はどの世代でも同じ条件なので、予防接種を多く受けた世代の方がB型肝炎キャリアの世代内存在は増加していると推測される。

しかし、現実には95年時点においては、抗原陽性者は大きく減少していた。世代に比べ世代では半分くらいに減っており、世代は世代よりも多くの集団予防接種を受けていたはずであろう。この結果から推測されるのは、恐らく母子感染の発生率は世代間で大きく変わっていなかったであろうが、水平感染の発生が減少していったのではないかということである。水平感染にも色々とあるので一概に減少要因は判らないが、普通に考えると戦後混乱期では低栄養による易感染性というのはあったろうし、世代くらいだと食べ物に困るという事態は現象していたであろう。また社会全体の衛生環境がよくなったとか、消毒技術の向上で院内感染が減ったのかもしれないし、答えは判らないけれども、水平感染は多分減ったであろう、ということは十分考えられるのである。

ところで、世代よりも戦後の世代の方が陽性者比率が高いが、これは戦中戦後の混乱期で感染症が海外引き上げ組とかが持ち込んでいたかもしれないし、団塊世代で出生数が爆発的に増加していた(性交渉もそれなりに…?というようなことか)とか、食糧事情の違いかもしれないし、何が理由なのかというのは判らない。両世代間では親子関係ということもあるし違う場合もあるので、何とも言えないけれども、戦後の一時期に恐らく「キャリア数は増加した」ということはあったかもしれない。世代が受けた幼児期の集団予防接種が増加の原因であったとは到底思えないわけですけどね。

全くの推測で言えば、母子感染の対策が取られる86年以前では、まず「水平感染」の機会とか絶対数が減っていったが、母子感染は防げなかったので多く残されていたのだろう。で、86年からは、これが予防されるようになると、母子感染が激減した為に、水平感染機会も同時に減ることになり、感染対策の実施効果が大きかったのであろうと思われる。アフリカなんかだと母親のe抗原陽性者比率は86年以前の日本より低く、多くはe抗体陽性化しているようだ。なので母子感染は割合がとても少なく、母子感染からキャリア化した子どもから別の子どもへの水平感染も少ないが、一般社会での水平感染が圧倒的に多いので、いくら母子感染を予防する措置をとってもキャリアの存在割合を大幅に減少させることができない。


いずれにしても、95年時点で検査した時の年齢層別のs抗原陽性者比率から見て、もし最高裁仮説の如く②が増加要因であったなら(集団予防接種をすればキャリアが減らせる、ということは有り得ないでしょう、笑)、①+②の合計が減少しているのであるから、②の増加を上回って①が減少したと考えるよりなく、それは母子感染発生率がや世代に比べて~世代で大きく減ったということを合理的に説明できなければならないでしょう。垂直感染の予防策が取られる以前(86年より前)だったのに、です。最高裁とかその他法曹や法学者などであれば、高度の蓋然性をもってこの説明ができうることでしょう。もしこれが「一般論、抽象論に過ぎない」と一蹴することで許されるなら、その主張はどんな裁判でも使えますね。


「高度の蓋然性」とは何か、合理的に推論を組み立てるにはどうしたらよいか、まず裁判官たちがそのことを理解しない限り、うまく事件に適用したりできないのではないでしょうか。裁判官たちが現実に用いるには、あまりに危険過ぎる、ということです。言うなれば、「やったこともない術式で、誰も見たことも訊いた事もないのに、一か八か」でやったのと同じようなものです。

裁判官においては9割の正確性でいいという理屈が通用するなら、全てに適用して下さいよ。

集団予防接種では、少なくとも98%以上が「B型肝炎キャリアにはならなかった」と考えられるでしょう。

そういう問題を取り扱っている、という認識もないままに、安易に判断を出すのは問題だ、ということを以前から何度も指摘しているのです。裁判所の精度が低すぎる、っていうことです。
それが自覚できない限り、無意味な一般論的理屈を付けられた挙句に、これが「高度の蓋然性」などという主張を裁判所がすることになってしまうのですよ。



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