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平成年代の終わりに

2019年04月25日 14時05分43秒 | 俺のそれ
平成の世は、突如としてやってきた。
正月明けの七草粥と伴に。

そして今、あと数日で訪れるのが、令和の時代だ。

唐突な終わりを迎えることを望まれなかった天皇陛下が、国民の日常生活にできるだけ影響を与えぬようご配慮されたが故に、この度の譲位となったのである。これも戦後の「新たな皇室」の形と言えよう。


私にとっての昭和は、遠い記憶の中でしか残っていない。特に日記や記録をつけていたことがないからだ。せいぜい今では殆ど見ることのない卒業アルバムに、記憶の断片が少しばかり見つけ出すことが出来る程度だ。


それに比べると、令和の記憶はサイバー空間の中に暫し留めておけるかもしれぬ。
歳とともに劣化してゆく私の記憶を補う備忘録として。


昭和が終わり平成を迎えた時、私はどう感じ、何を考えたのか殆ど憶えてはいないが、今度は忘れぬよう、平成と令和の狭間における雑感を記しておきたい。


私の昭和は、青春時代だった。赤ん坊が青年へと成長する過程が、昭和年代だった。

平成は、これまでの自分の人生の過半を占める年代である。

大学を卒業し、就職し、結婚して、子供が生まれ育てた時代。仕事上でも家庭生活でも、変化に富んだ年代であった。また、私の、そして妻の父も亡くなったのは平成年代だった。


今では我が子が就職してそこそこ自立するようになり、自分の肩の荷が少しばかり降りたような気がする。今後老いてゆく私達夫婦には、新たな課題か役割があるのかもしれないが、それが何かは全く分からない。まだ探し中である。


仕事上では、自営になってみて、色々と知ったり勉強になったことは多かった。自分の才覚で食べていかねばならない、というのは、やりがいもあるが不安もある。自分には、これといった自信の源があったわけじゃない。ただ「何となくやってみる」って勢いに任せて飛び出したようなものだった。その蛮勇と決心は、今となっては非常に良かったと満足している。


けれども、これまでの道のりが今後も続くわけではないので、自分の将来には不安はある。老いは確実に身体面で衰えをもたらすので、過去の自分と同じことができるとは思っていない。だからこそ、まだ見ぬ未来の生き方を考えてはいるのだが、まだ何も思い浮かんではいない。自らに仕事を課す必要があるが、それが発見できてはいないのだ。


それと、時代の変わり目を実感する出来事があった。
平成の終わりに近づく今年の春に、病床に伏していた私の恩師とも言える人が亡くなったのだ。若輩者だった私を育ててくれた人だった。
言ってみれば『NARUTO』に出てくる、自来也先生のような存在の人だった。


私はその方が亡くなる前に見舞いに行くことができたのだが、そこではじめて最期の近いことを知らされた。

私は、これまでその方に特段の感謝の言葉を述べたことがなかった。一緒に酒を呑んだり、議論したり、麻雀をしたりは沢山してきたのに、何故か「ありがとう」の一言さえも伝えたことがなかった。


けれども、病床で苦痛と戦い続けている姿を見て、生まれて初めて「貴方が私の師匠です、私はあなたの弟子です、今の自分があるのは師匠のお陰です、本当に有難うございます」と、涙ながらに必死で伝えたのだった。


号泣する私の手を、その方は最後の力を振り絞り、グッと握りしめてきた。もう声を出すことは出来なかったが、師匠の握る力の強さとカッと見開く表情に、自分の感謝が師匠に届いたんだ、と悟った。


そして、師匠がこれほど喜んでくれた姿を見たのは、初めてだと思った。


私がまた一つ死への一里塚を過ぎた日から2日後、その方は息を引き取った。亡くなられたのはとても残念だったが、最後に自分の思いを伝えることができたのが師匠への唯一の恩返しだと思えた。


師匠の死は、大切なことを教えてくれた。
自分が普段から思っている「ありがとう」の気持ちは、早くから伝えた方がよい、ということだった。人の死は、いつも突然やってくるのだから。自分の感謝を伝えられないと、随分と大きな心残りとなると思うのだ。


平成の終わりの出来事といえば、これからもずっと、師匠の死を想い出すに違いない。



最後になりましたが、もう一つ大事なことを記しておきたい。


天皇・皇后両陛下、長きに渡り、多大なる重責を果たされましたこと、心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

まさしく、日本国そして国民にとっての、父と母のような深い慈愛と、いたわりと、強さを与えて下さる、かけがえのないお立場を貫いてこられたと思います。


特に、大勢の国民が大きな天災地変によって傷つき、悲嘆にくれている時、痛みを和らげ、生きる勇気をくださるお言葉を頂戴したことが、どれほど多くの国民を救ってくれたことか。

東日本大震災と福島原発事故の悪化により、毎日が不安でたまらなかった国民にとって、陛下ご夫妻のいつもと変わらぬ姿勢と温かい思いやりのお言葉が、どれほど安堵をもたらしたことか。

感謝し尽くしきれぬ御恩を頂戴しました。


私にとって、昭和の終わりと平成という新時代の到来は、単に「ああ、天皇が代わるんだな」というものでした。当時の私は、社会のことなど右も左もよく分からぬ、ふわふわした学生気分に浸っていただけの、若造でしたので。


元号が変わることも、新しい天皇が即位することも、私にとっては、あまり関心のないことでした。何となく「報道で知る」という程度のものでした。

ですが、自分が年齢を重ねたり、家庭を持って子育てしてみたりすると、段々と天皇・皇后両陛下への関心も感じ方も変わっていきました。


何故テレビでは「天皇制反対か否か」といった議論をこんなにやっているのか、大した興味もなく考えたこともなかったし、自分にとって天皇制の有無が重大な関心事ということでもありませんでしたが、両陛下のお姿をニュース等で拝見するにしたがい、何かを感じ取るようになったと思えます。


個人的な感想ですが、多分「祈りと語りかけ」のようなことです。
国民生活の安寧と国土安泰を願い、全国民の為に、全国民になりかわって祈ること。そして私達国民に、「お気持ちを伝えるべく、話しかけてくださる」ということ。


そのお言葉が、私の胸に響いてくるようになったのです。


常に国民のことを思い、無私の愛情と慈しみを注いでおられる両陛下が、国民に対しどのような範を示しそうとされておられるのか、私自身が一人の父親として何かを感じるようになったのだと思います。恐らく唯一の歳の功は、平成の初めには見えなかったものが、少しは分かるような大人になれたということです。


当然といえば当然ではありますが、両陛下は何かを自慢したり、力で無理強いしたり、恩着せがましく言うことはありません。人知れずそっと、なすべきと思われることをなし遂げてこられました。


ただただ祈りと愛を国民に与え続けてこられたお姿によって、本当に国民から愛される天皇家を戦後はじめて実現されたのだと思います。国民に注ぎ続けてこられた愛がいかに大きく深かったか、そのことが国民から愛される源になったものと思います。


昭和天皇は、昭和年代における戦争の罪業と戦後復興期の新たな民主主義国家を背負わねばならず、様々な意味においてご苦労をされたことでしょう。

同じ一人の人間が、どちらの責任も担う立場となれば、厳しく追及してくる国民がいるのも無理はなく、国民から愛される「開かれた皇室」を実現することは、極めて困難だったでしょう。


平成天皇は、皇后陛下の愛と支えによって、それと等しく国民にも非常に深い愛を注がれました。多くを語らずとも、無私の愛が大勢の国民の心を動かしたのだと思います。

これまで誰も見たこともなく、存在してこなかったであろう「新たな天皇像」を、自らの努力と挑戦によって、年月をかけながら静かに作り上げてこられたというのが、私個人の印象です。


平成年代は、両陛下のお考えや姿勢によって、国民が心から敬愛する、戦後はじめて「わたくしたちの天皇陛下」が誕生した時代だったと思えます。


極端に言えば、法律は「お上の決めたもの」として、国民に降ってきます。けれど、「わたくしたちの天皇陛下」とは、国民が自ら望み選びとった結果なのだと思えます。制度上の「決まりごと」としてではなく、国民が待望する「天皇」が自然に立ち現われてきたのだと思います。「開かれた皇室」とは憲法や制度でもって国民に対し何かをするのではなく、国民自身が自分の意思で「心を開く」というようなことだと、思っております。


「君が代」斉唱問題で揺れていた時、天皇陛下は園遊会での故米長名人に「強制はいけません」と穏やかにたしなめられたことがおありかと思いますが、人は心に響けば自ずと心は開かれてゆくことを示唆されたのではないかと受け止めておりました。



今後、両陛下には、是非ともお身体をいたわっていただきとうございます。
譲位されたとはいえ、時には国民にお言葉を頂戴したり、お元気なお姿を見せてくださると、大変心強うございます。


これからも、日本という国を、そしてわたくしたち国民を、これまで同様、見守って下さればと思います。


長い間、大変な重責を全うされましたこと、幾多の困難や御苦労を乗り越えられましたこと、改めて厚く御礼を申し上げるとともに、末永く天皇家と日本国が繁栄するよう祈念申し上げたく存じます。


まことに、ありがとうございました。

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