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福島産科死亡事件の裁判・その5

2008年06月30日 20時01分59秒 | 法と医療
かなり間が空いてしまい、その間に裁判は最終弁論まで進んでいました。フォローができていなくて、申し訳ありません。


以前にも紹介しましたが、よくまとまっております。

第十四回公判について08516 - 周産期医療の崩壊をくい止める会


ご遺族の方々にとっては、悲しい結果であったことに違いはありません。また、本件で被告となっている医師が、同じように苦しみ悲しんでいると思います。患者さんが亡くなられて、責任を感じない医師はいませんでしょう。前にも少し触れたことがありますが、目の前で患者さんが亡くなるという重い職務について、裁判官やその他法曹が経験したことなどありますでしょうか?まず、殆どないと思います。

裁判の結果次第で、結果が悪ければ誰かが死んでしまう、というようなプレッシャーの中で、裁判をやっているでしょうか?立証を誤ったり、判決を誤ったりすれば誰かが亡くなるという状況で、果たして起訴や判決を出しているのですか、ということです。そういう厳しさが足りないのではないか、と思うこともあります。


関係ない話をしてしまいましたが、弁護側の最終弁論を拝読いたしました。

弁護団がどういった方々なのかは、全く知らないのですが、本件の弁護は率直に言って「よくぞここまで頑張ったな」と思いました。

過去に、検察側主張にこれほどまで理論的対決を挑んだことなどあったのだろうか。それくらい、頑張ったな、ということです。勿論、医療界の協力やアドバイスなどがなければここまではできなかったとは思うのですが、それでも、検察側主張を退けることや被告側主張を立論するなどの「法廷戦術」は、弁護団なくしてはできなかったでしょうから。多分、弁護団は専門家に近いくらいに「詳しく」なられたのではなかろうかと思います。

過去の例で見れば、論証すること・反証するべきこと、そういった部分が散漫になっていたり、恐らく「通訳」の問題なのだろうと思うのですけれども、医療側と弁護士との共通理解がここまではできていないことがあったりして、弁護が十分有効に機能していなかったり不採用となる場合があったのではないかな、と感じました。でも、本件最終弁論を見れば、どれほど弁護団が「細かい部分までしっかりと勉強したか」ということがよく判ります。同じ言語を用いて話せるようになるというのはとても大変なことなのですが、それを達成したことは立派だと思います。


本件はあらゆる意味において特別な裁判です。

患者さんの尊い命が失われたこと、これは事実です。救えないことがあるということが、医療の宿命でもあります。医療とは、そういう患者さんたちの尊い命のお陰で進歩・発展してきました。亡くなられた患者さんの命に報いる為にも、たった1人の医師にその責を帰することは避けなければならないと思います。1人の医師を罰することができたとしても、世の中の人々の役に立つようにはならないのです。

そうではなく、本件のお陰で医療や社会に進歩がもたらされることが、大切なことであり命に報いる唯一のことではないかと思います。
本件裁判を通じて、世の中の方々に産科医療のことばかりではなく、医療の実情や医師が直面している状況などがかなり多く伝わったのではないかと思います。結果的に、医療側と国民が「死」ということについて意見を交わすことになったのではないでしょうか。過去においては、医療側が「死」について触れる・述べることはタブーだったからではないかと思います。


判決まではまだ時間がかかるようですので、裁判記録を読んでいこうと思っています。


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「打撃合コン」

2008年06月29日 17時05分06秒 | 俺のそれ
・その1

某所経由で発見。

週刊ダイヤモンド目次

この中で
『打撃合コンを必ず成功させちゃうメカニズムデザインって何? 』
となっている箇所があります。

「打撃合コン」……なんか、語感が凄い。
是非一度参加してみたくなるような気がする(笑)。
なんつーか、男女が互いに打撃を与え合うコンパなのだろうか?それとも、野球のようにバッティングしたりするとか?

というのは冗談ですが、ホントは「経済に打撃」ですね。


・その2

「羨ましい道路」

ハア~?どうせ、また道路利権のウニャムニャとかかな、と思ったら、「道路」ではなく「進路」だった。
羨ましい進路と羨ましい道路は似てるんですよ。そのまんま東ならヨソの公共事業を見て、間違いなく「羨ましい道路だ、宮崎にも道路をくれ」って言うと思う(笑)。


・その3

某所で見かけた。

This account has been stupid

かと思ったら、違った。

stupidではなくsuspendedだった。


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正義の評決・2

2008年06月29日 13時24分58秒 | 俺のそれ
(前の続きです)


・裁判長Mの苦悩

裁判官と裁判員たちの合議では、死刑をどうするのかが焦点となった。

裁判長は順に裁判員の意見を訊いていった。
裁判員E、F、G、H(男2名、女2名)は死刑を主張。I とJ(男2名)は死刑は拒否、せめて無期懲役かそれ以下の刑期でもいいのではないか、と主張した。

3名の裁判官のうち、裁判長以外の2名にも意見を求めた。

裁判官Kは一番若い裁判官であった。彼の個人的考え方としては、死刑制度は容認すべきではない、という信条を元々持っていたのだった。本件事件は他の強盗殺人事件に類似しており、遺族感情に応える為に死刑を選択するべきではない、と主張した。少なくとも死刑は容認できない、というのがKの主張だった。

裁判官Lは死刑制度の是非については、あくまで個人的思想信条の問題であり、事件には関係なく考えるべきだと考えていた。とりわけ死刑制度には反対という立場ではないが、そうであったとしても本件事件で死刑判決を出すのは妥当ではない、と考えたのだった。裁判長から意見を求められた時、Lは「死刑は妥当ではない」旨、過去の判例などから例を引いて述べたのだった。


裁判員も裁判長も、2人の裁判官が述べる意見を黙って聞いていた。4名の裁判員たちは、主として遺族や殺害された被害者の立場から死刑も止むを得ないとする意見のように見えたが、専門家である裁判官の意見は裁判員とは違った角度からの意見だった。ここまでで、死刑支持は裁判員4名、不支持は裁判官2名と裁判員2名の計4名だった。残るは裁判長の意見だけだったが、この1票が極めて重大な1票だった。


裁判長Mにとっては、意外な分れであった。
裁判官Kが死刑制度に反対の立場であることは知っていたから、Kが死刑を支持するとは最初から考えていなかった。予想通りの意見だった。しかしながら、裁判官Lが死刑を回避するという確信はなかった。何故なら、以前にLが死刑判決を書いたことがあるということを知っていたからだった。死刑反対の立場ではなかったLが、本件では死刑は妥当ではないとする意見を述べるとなれば、やはり量刑として死刑は妥当ではないということなのかもしれない。
だが、裁判員の多数派が死刑判決を支持したということは、社会一般の基準とか感覚では、死刑相当という判断なのだろうと考えるよりない。社会の支持や評判というのは、そういう水準を望んでいる、ということなのかもしれない。規範意識は裁判官ではなく社会が作るのだと考えれば、裁判員の多数派の判断を支持するべきということもあるかもしれない。けれども、裁判官が全員死刑判決を回避するのであれば、当然のことながら懲役刑ということになる。

裁判員制度とは一体何の為にあるのだろうか?
一般人をわざわざ呼んで裁判をやりながら、裁判員の過半数が出した判断を全く無視するかの如く、裁判官が一致して異なった判断を下すのであれば、はじめからいなかったとしても何ら変わりがない、ということになる。そうであるなら、裁判員は何の為に存在していたのだろうか?
社会が死刑を望んでいるものを―それとも多数派が望んでいるというべきか―、裁判官が覆して判断を下すのであれば、それは裁判官の常識や感覚が社会と乖離している為なのではないだろうか?
いや、それとも裁判官だからこそ、多数派が望むような判断ではなく、確固たる基準で公平に判断できるのかもしれない。社会の意見は揺らぎが大きいが、裁判官であればその揺らぎは小さいはずだ。でも、それならば、何故裁判員に訊かねばならないのだろう?最初から裁判員の意見や判断は必要ない、というのと同じではないか。


さて、どうしたものか。
自分が入れる1票で評決は5対4になる。死刑を選択しなかった場合、裁判官3名の意見は全部一致していることになる。それは裁判官の正しさが示されるのと同じだろう。しかし、社会が考えている判断とは違っている、ということになってしまいかねないかもしれない…。


裁判長Mは躊躇いがちに口を開いて、自分の意見を述べた。


・判決

裁判官と裁判員たちが、合議を終えて部屋から出てきた。どうやら結論がまとまったらしい。

法廷では被告人が判決を待っていた。傍聴席には被害者の遺族らが涙をこらえながら、判事の到着を待ちわびていたようだった。大勢の報道関係者たちの姿も並んでいた。空いている傍聴席は一つもなかった。


裁判員たちも全員着席し、まるでクラシックコンサートの演奏開始直前のように静かな息音と微かな衣擦れの音以外には何も聞こえる音はなかった。

裁判長Mは被告人を正視して、判決文を読み上げた。
「主文、被告人を……」



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正義の評決

2008年06月29日 12時15分57秒 | 俺のそれ
全く架空の話です。裁判員制度について大袈裟に考えてみました。

◇◇◇

とある地方都市近郊でのこと。


20XX年  ○○地方裁判所

強姦殺人事件の裁判予定。


・事件の概要

ある男A(29歳)が被害女性B(21歳)を強姦した後に殺害した事件。
Aは地元では割と有名な旧家の長男で、父親は地元の株式会社Cの社長。Aは将来会社を継ぐだろう、と言われていた。被害者Bは周辺市にある国立大学Dの学生で、将来を嘱望されていた優秀な学生だった。Aはたまたま通りがかりで見かけた女性Bに目を付け、後をつけて自宅や大学などを探り当てていた。事前に女性Bの行動パターンを把握しており、襲う場所も物色済みであった。帰宅時間を日常の行動から把握していたので、Aは女性Bが帰ってくるのを待ち伏せ、犯行に及んだ。殺害後には、財布や携帯電話などを奪って逃走。それらは証拠隠滅の為に、現金を抜き取って川に投げ捨てられた。


・裁判の争点

Aは犯行事実については争わない。ただ、殺人については否認している。強姦目的ではあったものの、元々殺意はなく、女性が死んだのは「はずみだった」と主張。検察側は犯行は計画的に行われており、殺人を意図していたものであった、と主張。


・死刑か、否か?

殺人は成立している、というのがほぼ一致した見解。ただし、一部反対した裁判員は存在した。証人として証言台に立ったBの両親は犯人の死刑を望んでいる、と明言。またAには強姦歴があって、起訴されなかった事件が過去にあったことが判明。父親がもみ消し工作をした結果なのではないか、と取り沙汰された。当時の被害女性が告訴しなかったことがその要因と考えられた。示談で済ませることを被害者側が選んだからだ、というのが表向きの事情だった。しかし、地元の人間にしてみれば、会社Cの影響力を考えると「とても逆らえない、告訴なんてできない」というのは公然の秘密であった…。

本件で検察の求刑は死刑であり、判決をどうするのか、量刑についてはどうするのか、ということについて社会の関心を集めていた。裁判員や裁判官が死刑を選択するのか否か……?



・裁判員たちの正義

○裁判員E(33歳男性)の場合:

裁判員として選出される時、被告や被害者との接点について裁判所職員から尋ねられたが、ないと答えた。しかし、それは真実ではなかった。女性Bが大学入学当時から、大学院生としてEは国立大学Dに在籍していたのだった。

出欠を取る為にEは講義前に必ず教室にいたのだが、目を引く存在だったのが女性Bだったのだ。Eはいつしかほのかに淡い思いを寄せるようになっていったが、Bには何一つ告げることはできなかった。声すら掛けることが躊躇われた。学内で偶然に女性Bを見かけたりすると、えもいわれぬ熱いものが喉の奥の方にこみ上げてくるような感じがした。去年の春に、そんなEの大学生活は終わり、地元の近隣に就職を決めたのだった。既に30歳過ぎであったので、いつまでも大学生活を謳歌しているわけにはいかなかった。地元の国立大学で「空きポスト」が巡ってくるのを待つだけの余裕はなかった。将来は見えたも同然だった。だから就職を選んだ。

大学を離れて以降、女性との出会いは特別なかったが、Bのことも頭から消えていた。あの頃の熱病のような、静かに煮えたぎるマグマのような想いは、一体何だったのだろう。今でも判らないが、純粋な気持ちであったことは一生涯忘れないだろう。
偶然裁判員に選ばれて、事件をはじめて知った。思いがけず、怒りと憎しみで打ち震えた。法廷では、常に被告Aの眉間を睨みつけていた。あの眉間を射抜きたい、そういう思いで一杯だった。女性Bの両親が怒りと悲しみで幾度も法廷で泣き崩れる姿を目の当たりにした時、気持ちは既に固まっていた。傍聴席にいる彼女の遺影は、あの当時と同じく私の目に微笑みかけているではないか。

答えは誰に訊いても、当然同じに決まっている。たった一つしかない。


○裁判員F(67歳男性)の場合:

自分が事件に関わりがあるとは知らなかった。善良な市民としてこれまで生きてきたFには、時折目にする、しかし、また悲しい一つの事件のように思われた。

Fは長年この近隣で仕事をして生きてきた。しかし、決して拭い去れない記憶があるのだった。
あの時Fは、とある弱小企業の営業部長として交渉の場に臨んでいたのだった。血も涙もないAの父親は、取引停止を通告してきていた。会社Cとの取引がなくなれば、Fの会社は確実に潰れる。何としてもそれだけは回避したかった。しかし、会社Cの決定は変わらなかった。長年尽くしてきた下請け会社が切り捨てられた瞬間だった。Fのいた会社は倒産した。他の社員たちも路頭に迷うことになったのだった。あの時のAの父親の顔を忘れたことなどなかった。今こうして、法廷の中であの男に再会するとは思ってもみないことだった。向こうはFの顔を覚えてなどいまい。しかしFにとっては、脳裏に深く刻みつけられた男の顔を忘れることなど、たとえ希望したとしても無理なことであった。

あの男の息子がしでかした大罪は、裁きを受けなければならない。それは父親であるあの男の作り出した業のようなものだ。報いは受けなければならない。


○裁判員G(48歳女性)の場合:

忌まわしき事件を家族の誰もが記憶の奥底から消し去れないでいた。9年前の事件のことだ。当時26歳だった妹は、Aに強姦されたのだった。4人姉妹の一番末の妹で、唯一の独身者だった。他の姉3人は既に結婚して実家を離れていた。狭い社会では、事件の噂が広まるには時間がかからなかった。実家の母親は重い口を開こうとはしなかった。しかし、一番上の姉として、妹のことを尋ねないわけにはいかなかった。
病院に見舞いに行った時、妹は抱きついて号泣した。どうにか忘れさせる方法を考えねばと、あれこれ思いを巡らしてはみるものの、かけるべき言葉の一つさえ見つけるのが苦しかった。言葉が出てこない代わりに、ただひたすら涙だけが溢れた。小さかった頃と同じく、涙で震える妹の背中をさすってあげることしかできなかった。

父親は、絶対に許さん、半殺しにしてやる、と激怒していた。しかし、その数日後、親族の家に呼ばれて出かけていったきり、翌日まで戻ってこなかった。母と姉妹3人で待つ家に父親が戻ってきた時、泥酔していた。そして、数時間後に目覚めた父親は、大声で泣き喚いた。熊が吼えるような、この世で一度も聞いたことのない泣き声だった。暫くして、告訴はできない、とだけ母に漏らした。やり場のない怒りと自分の無力さを痛感した父親がどんな気持ちで家に帰ってきたか、あの声を聞けば十分汲み取れた。
無念というものを骨身にしみて感じた一家にとって、決して忘れることなどできなかった。Gは獣同然のAと、愚かな息子を守る為に圧力をかけてきた父親に、あの時の無念を思い知らせる時がやって来たのだと思った。これこそ天の差配なのだ、と。

悪は必ず滅びねばならない。赦されざる父子こそが、罰を受けるべきなのだ。


○裁判員H(54歳女性)の場合:

いつかはこうなる時が来るかもしれない、と予感していたが、それが見事に当たった。女の直感だった。きっとAは将来犯罪者として裁かれることになるだろう、とはるか昔に感じていた通りだった。いや、それは予感というよりも寧ろ願望に近いものであったかもしれない。そんな願望を抱いていたことは、他の誰にも知られてはいなかった。

Aは高校生の時、不良グループの1人だった。昔気質のツッパリなどではなく、ただのワルだった。イジメだったり、カツアゲや意味なく暴れて物を壊したり、といった、ならず者でしかなかった。Hの息子は同じ高校に通っており、運悪くAに目を付けられたのだった。幾度も嫌がらせやイジメに遭い、カツアゲもされた。母親として息子を守ってやりたかったが、学校に何度相談に行っても何一つ改善されることはなかった。そして息子は不登校となり、その学期の終わりには転校せざるを得なくなった。Hにとって、Aのグループの酷い行状は赦し難く、特にAのような典型的バカ息子はいずれボロを出して捕まるに違いない、と思っていた。だが、学校に相談しても、有力者の父親を持つAには、教師たちが遠慮しているのか手出しができないといった様子だった。この近隣の町では、それも仕方のないことだったかもしれないが、あまりの不公平には強い不満を覚えた。

でも、あの時の予感は正しかった。今こうして、償わねばならない時を迎えているのだから。
懺悔するのが遅すぎたのよ。


○裁判員I (62歳男性)の場合:

長年教師として、晩年には校長として、信望を集めてきた自分にとって、守らねばならないことは決まっていた。
I には、誰にも知られたくない消せぬ過去があった。校長の自分が破滅する道を選ぶことなど絶対にできなかった。Aの父親がいなければ、今頃自分はどうしていただろうか。地元の調停委員や教育団体の天下り先のイスもなかったことだろう。家族にも愛想を尽かされて、捨てられていたかもしれない。当然この地域に住むことなどできなくなるだろう。自殺するくらいしかなかったかもしれない。それが救われたのだ。あの男のお陰で。

校長だったI が元教え子に不適切な関係を迫ったということを、当事者の親子から教育委員会にタレこまれたのだった。当初、I のもとへ教育委員会から意見聴取の知らせが来たのだが、相手の親がちょっとしたヘマをやらかしたのだった。それは教育委員会にタレ込む前に直接面会し、その時校長に対して暗に金を要求したような言動があったことだった。
I は旧知のツテを辿り、Aの父親に口利きをしてもらうことを頼んだ。すると有力者であるAはすぐさま地方議会議員に話をつけて、教育委員会にねじ込ませた。複数議員からの圧力で、校長の一件を完全に封じ込めるようにさせたのだ。相手側に対しては、脅迫とも取れる行動について逆に脅しをかけ、数万円で口止めすることに成功したのだった。教育委員会内では、勘違いした親子の言いがかりとして素早く処理され、表沙汰にはならなかった。
後日、校長は何度も何度も畳に額をこすりつけて、Aの父親に礼を言った。すると、いいんですよ、他ならぬ~さんの頼みですから、とそっけなく言ったのだった。校長の知り合いの名前を言っただけで、校長には何の関心も持ってはいなかった。が、出し抜けに、誰しも表に出ればマズいことの一つや二つは抱えているもんです、それを知る人間だけが支配する側に立てるんですよ、と歪んだ唇と冷徹な表情を作りながら、校長に言い放ったのだった。あれは、他人に苦しみを与える方法を熟知した人間の目だった。

Aの父親がどんなヤツか考えればわかる。報復は絶対にあるんだ。これまでの人生を、ここで壊すわけにはいかないんだ。折角これまで築き上げてきた全てが、あんなつまらない事件がバレるだけで失われてしまう。それだけは絶対に避けなければならない…。


○裁判員J(44歳男性)の場合:

従業員が僅か4人の零細企業経営者にとって、下請け仕事が途絶えることは死を意味する。仕事は会社Cから他業者を経由して回ってくるのだった。もしも会社Cの不興を買ってしまえば、経営者であるJの責任ということになってしまい、仕事を回してくれる△会社の社長さんに迷惑をかけることになる。Aの父親がJのことを直接知っているわけではないのでバレないかもしれないが、もしも会社Cの幹部や△会社の関係者に知れることになれば、Aの父親の耳に入る可能性はあるのだ。そうなれば、結果は目に見えているだろう。もうこの街で仕事なんてできない。報復されて、干されるだけだ。

こんなところで、会社を潰すわけにはいかない。たかが裁判員ごときで、オレの人生を棒に振るなんて、バカなことができるか。家族を悲しませることはできない。オレにとっては、選択の余地などないんだ。オレの決断は誰も救いやしないが、会社や家族を守ることならできる。それがオレにとっての正義なんだ…。

(続く)


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これは「ゴッドハンド」だよ!!

2008年06月27日 21時00分25秒 | いいことないかな
最終予選の組み合わせで、脅威のクジ運を引き当てたのは一体誰?

<サッカーW杯>最終予選、日本は豪州、バーレーンと同じグループA マレーシアで抽選(毎日新聞) - Yahooニュース


こりゃ不幸中の幸いというか(違うな)、超ツイてるじゃないのよ。多分麻雀をやったら、スーパーツモ連発だな。どんだけクジ運いいんだよ。

以前に書いた記事はコレだ
早くも「ダーバンへの道」(笑)~大胆予想


一応再掲しておきますと、

1組
オーストラリア
バーレーン
韓国
ウズベキスタン
イラン

2組
イラク
日本
北朝鮮
サウジアラビア
UAE

でした。イラクのところがカタールだったので、後は誰が想定しても同じような評価でしょう。


実際の組では、韓国→日本、イラン→カタール、ということですね。
で、もう一組はイラン、韓国、後は一緒です。こっちに入ってなくて、良かったですよね。韓国と日本が入れ違っていれば、対戦国はイラン、サウジ、UAE、北朝鮮となってしまうところだった。く、苦しいぞ、と。結構苦手だぞ、という感じだもん。

でも、今回の組だと、豪だけ外せば、後はどうにかできそうだから。
とは言うものの、バーレーン戦では実質1分1敗みたいなもので、決して楽な相手ではないことは確かだけれど、何とかなる余地はある。相手を知っているというのもメリットが大きいし。カタールやウズベキスタンも決して弱いわけではないが、サウジやイランに比べればまだいい。


ということで、ラッキー組に入れたんだから、必死で頑張れ。

戦い方としては、全勝が一番嬉しいに決まっているが、それは無理だ。なので、負け数を減らす戦いをしなくちゃいけない。

豪       1分1敗
バーレーン  1勝1分
ウズベキ   1勝1分
カタール    2勝

これで、4勝3分1敗となる。豪以外から「必ず4つ勝つこと」が最低条件だ。勿論豪に勝てば文句はない。けど、そんなに甘くないということは考えておいた方がいい。苦手意識がちょっとあるかもしれないしね。ただ、例えばバーレーンがウズベキとカタールから4勝してしまうと、日本にとっては直接対決が死活問題となるので、絶対に負けることはできない。

どこのチームにとっても、5勝するのはかなり大変なことなのだ、ということはあると思う。日本が5つ勝てればいいが、3次予選までとは違うから。ホームで最低3つ勝たねば道はないと思った方がいい。

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思い出のデカ

2008年06月27日 17時40分59秒 | 俺のそれ
デカといっても、10のことではありません。因みに、ドデカは12です。
ドデカい邸宅とか言う時の「ド」はドレット・ノートのドです。軍縮条約でクラス分類に使われた英国戦艦の名前です(多分新聞の見出し用に短縮語として開発されたのが、怒級や超怒級という語ではないでしょうか)。一応、ウンデカは11です。サッカーの試合なんかで、「今日の日本イレブンです」みたいに紹介することがあると思いますが、そういう時には「今日の日本ウンデカです」とか言うといいかもしれません(←ウソ。多分「ハア~!?」みたいになってしまい、視聴者からクレームが来るかもしれません)。

デカというのは刑事ですよ、奥さん(←誰?)。
隠語の語源は定かではありませんが、一説によれば昔は警察の人が鳥打帽に着物を着ていて、その着物が「角袖」だったことから角袖巡査とか「カクソデ」と呼ばれていたらしく、そのアナグラムとして「クソデカ」→短縮して「デカ」となったらしいが、本当なのかどうかは分りません。


いきなり脱線しましたが、刑事については前に少し書いたことがありました。
『HERO』みたよ


一方、世間ではこんな感じ>好きな刑事役ランキング、1位は『踊る~』の青島俊作 2位に『相棒』の杉下右京(オリコン) - Yahooニュース

まあ順当ですね。


これに倣って、あくまで個人的な印象だけで考えてみます。

・『レオン』のスタンスフィールド
ベートーベンを愛する悪い麻薬捜査官の人。卑怯なのと気味の悪さでかなり印象に残る(演技は◎)。よく狂ったような人の役をやっているが、俳優さん自体は嫌いじゃないですよ。JFKやハリポタにも出てたな。

・『コブラ』のコブレッティ
それまでのスタローンのイメージを払拭しようと無理にスーツを決め込んだりして、駄作に終わった。漫画の宇宙海賊『コブラ』とは無関係。

・『ゴリラ』のマーク・カミンスキー
コブラと来れば、当然ゴリラ(笑)。何故かポーランド風な名前だが、元々先祖がそうなの?(よく知らない)
駄作刑事ものの双璧は、忘れられないこの2つ。

・『ビバリーヒルズ・コップ』のアクセル
これもありがちなご意見か。『48時間』の方がよかったかも。エディー・マーフィーは、このヘンでいきなりピークを迎えてしまい、これ以後冴えない感じになっていった。「ビバリーヒルズ、超スゲー」と当時の多くの日本人は思ったに違いない。

・『ダイ・ハード』のマクレーン
平凡だか、刑事ものといえばコレ。上2つのような超人的刑事ではなく、もっと「生身の人間」っぽいところを描いたことに好感が持てた。最初の事件現場となった「ナカトミビル」(日本人?の社長さんは射殺された)という設定も、時代を反映していて良かった。いま思うと、でかいブラウン管みたいなコンピュータのモニタが、ガンガン撃たれて壊れてたな。当時の「ハイテク」(笑、死語?)ビルですらそうだったんだなと思うと、今って凄い!

・映画『逃亡者』のジェラード
昔、テレビの深夜放送でドラマを放映していた。いつもお決まりのナレーションが印象的だった(笑)。映画では、ハリソン・フォードを追いかける役のトミー・リー・ジョーンズがとても良かった。でも、『アパッチ』は『トップ・ガン』を意識し過ぎて、ただの駄作で可哀想だった。『JFK』でようやく報われたか。

・『K9』の犬と刑事
2本立て映画のうち、無名作品(いわゆるB?C?級)の「つけあわせ」で観た。もう1本のメインは忘れたが、こちらの映画の方がよかった。

・ザ・ガードマン
昔、テレビドラマを再放送で見た。亡くなった中条さんとか、ごくせんの宇津井さんとかが出ていた。他の人たちは、顔は何となく判るのだが、名前が出てこない。子どもにとっては、ちょっと「ヤラシイ」と感じるシーンなどもあったような気がする。中身は憶えていないが、当時の社会事情を反映したような事件を扱っていたような記憶がある。デカだったのか、ただのガードマンなのかは未だに知らない。

・キャグニー&レイシー
深夜放送でやっていた、珍しい女刑事コンビもの。1人は家庭もあって刑事もやる、という設定(片割れは独身)が良かった。こういうドラマの中では、たとえば離婚と養育問題など、米国人の生活が割と詳しく描かれていたのでタメになったと思う。

・ジョン&パンチ
刑事ではないが、白バイ野郎。懐かしい。日曜の昼にやっていたと思う。オープニングの高速道路の上空シーンとか、巨大なインターチェンジとか、「凄いな、アメリカは」といつも思っていた。いかにもアメリカ的な雰囲気を出していたドラマだった。当時の日本の刑事ものといえば、「Gメン75」とか「太陽にほえろ」っぽいのが主流だったので、目新しいドラマだった。

・スタスキー&ハッチ
またコンビかよ!と(笑)。白バイ野郎が出たなら、当然これだろ、やっぱり。「あぶない刑事」の原型みたいなのは、多分コレかなと思っていた。後に、『マイアミ・バイス』とか、なんというか「スタイリッシュ系」みたいな刑事ドラマが多くなったような気がする。

・青島刑事は、あまりに普通なので省略。みんなが1位にしたのは、「やっぱりな」と思います。それくらい普及している、ということではないかと。ウチの記事中でさえ、口調を真似たことがあるくらいですので。


刑事といえば、やっぱり思い出すのが、「ウーン、マンダム」のチャールズ・ブロンソン。映画のタイトルや中身は忘れた。テレビで観た。

そして、不滅のガンマン系デカ、『ダーティ・ハリー』のキャラハン刑事(言わずと知れたクリント・イーストウッド)。よく他の映画とかで揶揄される対象となっていたが、そうしたジョークになってしまうほど定着していたということだろう(例えば、ビバリーヒルズ・コップのローズウッドのシーンみたいに)。44マグナムという言葉を日本に広め、S&WのM29と共に最強拳銃というものを知らしめる映画になった。でも、何というか、孤独(一匹狼)+ガンマンっぽいイメージ(恐らく、それ以前に出演していた西部劇のせいではないかと思う)があって、日本の刑事とのギャップが大きすぎた感じ。漫画の『ドーベルマン刑事』が一番キャラハンに近い日本人刑事かも。短絡的かつ大袈裟に書くと、「アメリカの刑事はすぐに射殺」みたいな印象ってことかな。
(ところで、日本で一番発砲していた刑事の歴代チャンピオンは、「あぶない刑事」の大下&高山かも、と思うがどうでしょうか?)


最後に、刑事の最高峰というと、甲乙付け難いのが、やはり『古畑任三郎』(*)と『刑事コロンボ』です。
満足度が高い。役者さんの雰囲気も、ドラマ全体の仕立ても、筋書きも、全部が揃っていないとこういう傑作は生み出されないと思います。独特の世界というか、特徴があって、定番部分もあって、現実社会とかけ離れ過ぎていなくて、でも架空のことなんですけどね。要は、犯罪者を通して人間というものがよく描かれているのです。それが何といっても図抜けた存在となっているのです。そういう作品は中々生まれてきませんから。

(*):先日の「古畑中学生」も観ました。向島くん役の男子がいい感じだった。主役の子は、「探偵学園Q」の時から目を引く子だった。しかも田村正和に一番近いイメージだし(笑)。けど、同級生は、ちょっと厳しい設定(無理っぽい)だったかも?


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原油価格とバブルについて

2008年06月27日 12時33分22秒 | 経済関連
やはり、知識があって賢い人たちが考えると、思考のやり方とか正しそうな(?)道筋が見えてくることに繋がるかもしれない、ということを示している。そういう期待を持たせてくれるのが、ネットのいいところだ。


原油高騰といくつか経済に関する話題 吉岡家一同おとうさんのブログウェブリブログ


カルボ教授とクルーグマン教授の論考から始まった、「原油価格はバブルか??」ということの問題について、よくまとまっています。
さすが本職。経済学の知識をこのように活用してもらえると、大変有り難いことです。


少し離れますが、バブルについて、

『このリスクプレミアムの動向こそがカギであり、リスクプレミアムが極めて小さい、場合によっては、マイナスとなって大きなユーフォリアが生じて裁定式が働かない現象がバブルの定義に近いんではないかと思います。』

と述べておられるのが興味深いです。
「euphoria」については過去の記事中で幾度か取り上げてきましたが、謎多き現象ではあります。

参考記事:
「不確実性」と資産価格・2

「アニマル・スピリット」とは何か~バブル現象について


あと、こちらのコメント欄も含めて、詳しい方々は特によくお考えいただければと思います。

Speculation and Signaturesby Krugman - 日々一考(ver20

ふと見れば、今をときめく「ネイキッド・松尾」先生(ごめんさい、ふざけすぎました)のご指摘もありました。
仲間にも裏切られただのとか、人格論評や属性論評で罵倒するだけの人より、松尾先生の活動の方が100万倍支持できることは間違いないですね。


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死んだ

2008年06月27日 11時31分51秒 | 俺のそれ
いやもう、とめどなく原油が上がっていくね。

ダウはボロボロ、GMは歴史的下落、原油高の直撃弾を食らうとどうなるかというと、こうなってしまうんすよ。あまりよく知らなかったけれど、米国企業の多くは株価が大幅に揺れ動くということは少なくて、特に時価総額の大きい企業ほど値上がりもそんなにべら棒ではないが、下落もそんなに酷くない、というグラフなんだよね。けれど、それも段々と怪しくなってきたのかもしれない。企業が100年商売を続ける、というのはとても大変なことなんだね。


日本は物価上昇に耐性があったよ、とかいっていたけれども、今の原油高が是正されない限り、先に世界経済が終わるな、多分。原油バブル崩壊のダメージよりも、原油高が継続して実体経済が受けるダメージの方が、多分大きいだろう。


私の楽観主義的見通しをもってしても、さすがにもう諦めかもしれん。

また、長いトンネルが待っている。
日本は登ってきた坂道を転げ落ちていくことになる。
悲劇は再び繰り返される。


オレも一緒に転げ落ちていくんだけどね(笑)。


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~には屈しない(某…風の言い回し、笑)

2008年06月26日 21時35分56秒 | 俺のそれ
日本の株式市場というのは、本当のクソ溜ですね。


マネックス証券以外の証券会社に置いている銘柄は、全部が値下がりするわけじゃない(笑)。いくつも値上がりしているし、売却益も出る。不可解な値動きというのは、そうそうあるものじゃない。当たり前だが。

ところが、だ。

マネックス証券に置いてある銘柄について見ると、そうじゃない。
こりゃ、驚きだ。
偶然だの、まぐれだの、って本当にあるんですね(爆)。
きちんと投資資金規模の順に、確実に撃ってくるから。
お見事ですな。
こちらがどういった注文を出しているのかも、お見通しだしね。
いやいや、参りました。
目論見通りの結果が出せて良かったですね。
連日の大商いですし。
さぞかし、大儲けしたことでしょう。羨ましい限りですな(笑)。

=====

そもそも手口が見えないことが最大の要因だろう。匿名の問題点、というヤツだな(O先生出番です!)。取引主体は公開しないのは当たり前だが、識別可能なマーキングみたいな方法を考えるのがいいんじゃないか。同一主体なら、番号とかで識別可能だから。そうすりゃ、仕掛けが見えるでしょ?
どこの誰かは分らないけれど、手口は見えるようになるから。取引額の小さい一般個人は当然そんな必要がない。普通の取次ぎ注文じゃない、自己売買部門とかヘッジファンドとか、そういう投資金額の大きい連中には識別可能なマークをつけておけばいい。すると、この○番はまた高い値付けで買ってきているな、とか、随分粘着質で張り付いて売りまくってるな、とか、そういうのが分るから。売買成立した全取引データでトレース可能であれば、株価操作に該当するかどうかを判断するのも容易になる。

特定の情報を手に入れられる、というのも、結構問題なんだろうと思うね。
例えば、大口の株主(投信やファンドを含む)がどんな注文をするか予め知っている、というヤツラが確実に存在しているからだ。すると、それに合わせて仕掛けることができるからね。例えば、普段2~300万株しか出来高がないのに、800万株の売り予定があればどうなるか、というのは想像がつくからね。自由で公正な価格決定なんてのは、寝言に過ぎない。
やろうと思えばいつでもやれる、というのが今の日本市場の実態。

=====


閑話休題。

一体、何が楽しいの?(笑)

あまりに図星のことを書かれたからですか?(笑)
そんなにムキになって潰しにかからなくてもいいんじゃないの?
高々個人の趣味程度のものなのに、どうしてそこまで必死になるのか分らんな。
どうにかして恨みつらみを晴らしたい、少しでも痛めつけてやりたいということかな?
随分とひねた性根を持つ人間がいる、ということなのでしょう。

=====


全然関係ないけれど、特定の狭い集団内だと、個人的付き合いの中で互いに協力できる。
「今月はちょっとキツイので、手を貸してくれないか」みたいに、人間関係の中で融通が利くというのもよくある話だろう。『ヤバい経済学』に出てきた大相撲の星勘定の話があったが、あれでもそういう可能性みたいなものが書かれていた。これとよく似ているのだ。それぞれに自分の立場や利益が懸かっているから、こうした協力関係というのは行われやすいし、やられたとしても発見することは難しい。

世の中なんて、きれいごとなんて通用しないよ。
卑怯者はどこにでもいる。
好き放題に引っ掻き回して、ひたすら貪るヤツラが横行しているのさ。
どんな穢い手でも使ってくる。それがヤツラの習性だからだ。


いや、それにしても、かえって意地っ張りになっちゃうかもね。

他の場面とかなら、あー、失敗しちゃった、とか、損しちゃったけど、ま、しょうがないか、とか、軽く流せてきたけれど、このままというのも、なんかムカつくし。なので、抵抗はしますよ、勿論。


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派遣のこと

2008年06月25日 23時52分19秒 | 社会全般
遂にグッドウィルは廃業となってしまうそうです。
落ちていくのは本当に早いですね。テレビCMなんかも、昔はかなり出していましたけれど、そういうのもなくなって、広告業界やテレビ業界にも痛手なんじゃないでしょうか。グッドウィルが責められてしまうのですが、こうした広告業界やメディアなんかはそうなるわけではないですが、派遣の人々から吸い上げたお金が回されていたことに違いなどないですよね。貸金業界のCMなんかも同じようなものなんですがね。これはまあ、直接的には関係ないですが。


派遣制度には色々と問題がありますが、かといって、あまりに広く浸透しているので直ぐにどうにかできるということでもないでしょう。派遣自体は残るとしても、他の手当てで考えることは可能ではないかな、と。


過去に書いた記事を一応挙げておきます。


派遣は悪か?

続・派遣は悪か?


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防衛省の要求は通らない

2008年06月24日 20時22分42秒 | 防衛問題
読売新聞だけ記事が出されていたので信憑性は定かではないが、触れておこう。

防衛省、新型クラスター爆弾調達へ…禁止条約の対象外 政治 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

(一部引用)

防衛省は〈1〉多連装ロケットシステムに搭載されているクラスター爆弾を新型クラスター爆弾などに換える〈2〉陸自ヘリコプターなどに搭載しているクラスター爆弾を単弾頭爆弾に換える――など、5、6通りの代替措置を組み合わせた配備計画を作り、来年度概算要求で予算要求する方針だ。

=====

かなりこだわっているようだが、代替装備の予算が認められるかどうかは微妙ではないか。そもそも防衛省自身が「着上陸の蓋然性は低い」と認識しているのであるから、財務省を説得できるだけの理由を有しているとは思われない。

「津波被害の可能性は最も少ない」地域に居住しているにも関わらず、火災保険料、地震保険料やその他損害保険料に比べて「津波保険の保険料が一番高い」という選択は、そもそもおかしいのではないか、ということを言っているのである。
「津波保険は最小費用でいいよ」と言っているのに、「絶対に津波が来ないといえるのか」「津波が来て国民が死んだら責任を取れるのか」、みたいなことしか主張しないのであれば、「津波保険が一番高くていいですね」なんて結論を支持することなどできない。

敵に直面している外側の防衛線を強くするのは、普通の発想ではないか。一番内側に最も金をかけることの意味が判らない。具体的に使う場面を想定しない、というのも、疑問である。必要性を訴えている防衛省の人間ですら、何がどう役立つのか、なんてことは考えていないだろう。具体的に運用を想定できていないのに、道具だけ揃えても無駄である。いってみれば、家にレコードが1枚もないのにプレーヤーだけ買って置いておくようなものである。これがもしもなくなれば、「プレーヤーの使い方などの技術・伝承が失われる」みたいに言っていても、iPodのようなプレーヤーに代わればいらないだけである。しかも「旧型のレコードプレーヤーは使用できなくなります」という時、「新たなレコードプレーヤーを代替しなければならない」なんて理屈にはならない。本当にプレーヤーがなければならないものかどうか、それが問題なのだ。


軍事訓練がどういったものなのかは知らないが、基本的訓練でないのであれば、シナリオを想定して訓練するのが当たり前ではないかと思えるが。火災の避難訓練でさえ、シナリオがきちんと作られますし(笑)。キチガイの敵や、マヌケ指揮官であれば日本に上陸してくるかもしれないんだぞ、と盛んに主張している方々が、どうして具体的に考えていないのか不思議でなりませんね。折角ですから、予算を認めてもらえるように防衛省が考えてみたらいいですよ。


私の架空戦記は不評ですけれども(当然か、笑)、また出してみましょうか。キチガイやマヌケさんたちならば本土上陸作戦をやってくる、と仰っていますから、それで考えてみましょう。

村上龍の『半島を出でよ』に倣って、福岡に上陸してくるとしましょう。何の兆候もなく、突如として現れたとします。正体不明のテロ部隊が旧式の揚陸艦や偽装貨物船なんかで突然やって来て、戦車15両、歩兵1000人くらいで襲ってきましたよ、と。まず、車両を降ろす為に港は制圧されますね。この作業を何時間でできるのか不明ですけれども、超特急でやったとして2時間程度でできたとしますか。すると、その後に福岡市内方向に向かって戦車や歩兵が進軍していく、と。

日本側は、港を襲撃された時点から敵が上陸したことを知ったとします。
この事態に対処しなければなりません。さて、どうしますか?ということなんですよ。
市民を避難させることはできるでしょうか?本当にできますか、そんなことが。
航空自衛隊ならば、クラスター爆弾投下で一気に攻撃だ、という計画なのでしょうか?

アパッチは攻撃に向かいますか?
自走榴弾砲はどこに配置しますか?
MLRSはどこからクラスター攻撃するつもりですか?
90式は出動しますか?それとも74式ですか?

数時間で、福岡市民を避難させられると思いますか?
たとえば100万人の避難に、一体どれくらいの時間を要すると思いますか?何日かかりますでしょう?
多分避難させられないでしょう。せいぜい建物から一歩も出ないで下さい、と注意するくらいしかできないでしょう。この状況であってもクラスター攻撃をする、とか言い出す気なのかもしれませんが。

自走榴弾砲やMLRSが攻撃可能位置につけるまで、何時間でできますか?どこの基地から、どこを通って、どれくらいの時間で移動でき、攻撃態勢を整えるのに、最低必要時間は何時間ですか?戦車も同様に、どこからどうやって出動し、敵戦車を攻撃可能な位置につくには、どんなことが必要ですか?街の中で敵戦車を攻撃する為には、直線で捉える必要があるでしょうが、それがどの程度効力を持っているのか、ということもあります。

それよりも、出来る限り早急に福岡市内の主要ポイントに陸自が展開し、装甲車両がある程度揃っていれば進軍してくる敵に攻撃を試みることは可能ではないかと思います。例えば01式で戦車を攻撃することを狙う方が、74式や90式で攻撃することを考えるよりも早いし効率的ではないか、ということです。敵の攻撃が本当に奇襲で、準備時間が少なければ少ないほど、「MLRSや自走砲でクラスター攻撃を狙う」ということ自体、無理なのではないかとしか思えません。

テロ攻撃にも使える、という意見がありましたが、それはむしろ逆で、使える場面は殆どないのではないか、ということですね。山に逃げ込む、とかいう意見にしても、誰もいない山林を目指すくらいなら、「一体、何しに来たの?」としか思えませんね。テロがアホだと山に逃げるかもしれませんが。そのアホなテロをわざわざクラスター攻撃しようというのは、まるで灰皿のタバコの火を「消防車の放水でも消せる!」と言っているようなものだ。

大体、テロ実行に重武装で突撃してこなくたって、アキバの事件にしても、昔の爆弾テロや地下鉄サリン事件を見ればわかるように、やろうと思えばいつでもできる、というのが日本におけるテロの状況でしょう。殺傷人数だって、少ないものではありません。実行可能性の問題だけ考えるのであれば、武装して乗り込んでくるよりもはるかに安上がりで、しかも多くの人間を殺せる、ということです。隠密裏に侵入して山林に逃げ込んだテロが警察官や自衛隊員を殺害した事例はないが、それよりはるかに多くの人々の命が、もっと簡単なテロ類似行為によって失われている、という現実を考えることができないのであろう。


もう少し準備する時間があって敵を待ち伏せするとしても、高いビルの途中階に携帯型対戦車兵器を配備したり、ビルの谷間などから車載の対戦車兵器で狙うなどの攻撃は、戦車で敵戦車に対抗するよりも有効であろうと思います。同じ金額を使うのであれば数を多くできる、攻撃までの展開スピードが断然早いから、です。90式1両分で相当数の対戦車兵器を装備できます。それに、遮蔽物があると、戦車砲や同軸機銃での攻撃には制限があります。戦車の主砲の仰角にも限度があるので、高いビルの多い地域では割と近い距離(携帯式対戦車兵器で狙える程度に)から攻撃されると、ビルを主砲で吹き飛ばすことは難しいでしょう。かなり遠方からの射撃か、(自走)榴弾砲などからの攻撃じゃないと高い地点を砲撃できないでしょう。敵歩兵部隊からの攻撃を受ける可能性は当然あるのですが、隠れていられるのは防衛側ですし、配備数を(防衛側戦車の数よりも)多くできるとは思いますので、全部がいっぺんに攻撃を受けてしまうというのは考え難いでしょう。それだけ敵戦車への攻撃可能性が増す、ということです。

何度も書いて恐縮ですが、日本の地形は平野部がとても少ないので、平野があればそこは殆どが都市化しています(北海道、新潟、秋田などでは農耕地が割とあるかもしれませんが)。森林面積比も大きい国なのです。つまり概ね平坦な地域では、多くの場合に建物等が障害物として多数存在している、ということです。欧州大陸や砂漠地帯みたいに機甲戦力の威力が発揮されるという環境にはなっていない、ということです。戦車の射線が遮られやすい、移動制限がある、障害物が多いので隠れている歩兵から攻撃を受ける可能性は高い、と考えます。


もう少し設定を変えて、今度は、長崎、佐世保、平戸あたりに一気に上陸されたとしますか。敵が2個師団規模くらいだとして、佐賀・福岡方面に進軍せねばなりません。この時、戦車、自走砲、MLRSはどこからどのように移動してきて、どのように配備しますか?どこで決戦を挑むのでしょう?
敵軍が通過できるルートなんて限られています。海岸沿いの道路や山間部の道路を縦列で進む以外にはないのですよ。渋滞みたいな感じになってしまいますね、きっと。しかも進む道路の一部が爆破されていたり、トンネルを破壊されていたりすると、進軍はストップしてしまうでしょう。また、海岸沿いの道路の多くは、途中にトンネルが複数存在する、片側が海で陸側は急勾配の断崖みたいになっていることが一番多いでしょう。進軍する側には防御しづらく、部隊規模を大きくすると、かえって身動きがとり難くなってしまいます。スペースが狭いので、左右に回避することも、部隊全体をバックすることも簡単にはできませんからね。先頭車両が潰されると、大抵の場合追い越せないので進軍できなくなります。後続車両が簡単に応援に駆けつけることもできず、結局歩兵戦力が対抗せざるを得なくなるでしょう。多くの場合、戦車は崖の上には攻撃できないでしょう。

なので、小さくてどこにでも隠れることができ、移動手段のある歩兵戦力に待ち伏せされたりすると、戦いが難しくなるでしょう。強力な対戦車兵器をあまり持っていないと戦車などがある程度有効でしょうが、歩兵が使える多くの対戦車兵器を日本が隠し持っているとすると、侵攻側にとっては脅威でしょう。少集団のバラバラに存在する(小隊規模とか中隊規模とか)歩兵に対しては、航空戦力や戦車や自走砲などの正面装備の多くはあまり役には立たず、人海戦術的に炙り出していくしかないからです。

九州西部に上陸を果たしたとしても、東側に進出する為には、あまり広くない道路の山越えだの、都市部を抜けなければならないだの、制約が非常に多いのです。日本の場合、上陸して攻撃するとしても、攻撃側は気の遠くなるような作業を延々とやっていかねばならないので、完全に制圧するのはかなり難しいでしょう。機甲戦力の威力が発揮し難いことが、その一つの要因であると考えています。本気でやるとなれば、街をほぼ破壊しながら前進していくしかないでしょう。これを続ければ、当然都市部の殆どは破壊されますが、ゴーストタウンにしながら進んでいくことに、一体何の意味があるのか判りませんね。

上陸地点が九州ではなく新潟であるとしても、そこから関東方面に進軍するには、限られた選択肢しかないですから。山岳地帯の幹線道路を通過することになってしまいますので、橋やトンネルを破壊されたら通過できなくなるか、下手をすれば立往生ということになりかねません。一体何をしに上陸してくるのか、理解できない。福岡上陸でも同じですけれど、民間人を避難させるのは、かなり難しいでしょう。


いずれにせよ、陸自の考えるクラスター攻撃をする場面というものがどんな状況であるのか、そのシナリオを出せるはずだろう。それは可能性の高いものであるので、「他の装備に優先して」調達する理由がある、ということのはずだ。それがなければ、兵器そのものの代替をする意味などない。はじめから必要性に乏しいのに買っただけで、元々の計画自体に問題があったのなら新たに資金投入する必要性などないということ。
「90式が必要だ」と言いながら、実態としては「イマイチ使えないもの」であるので、北海道以外には配備せずに「別な戦車を調達したい」と方針を変えるようなものではないか。つまり、お金が無駄になってしまったね、ということが明らかになっているだけということ。


財務省にお願いしておきますが、タクシー代さえままならない(笑)昨今、どうして必要となる蓋然性に乏しいものに多額の費用をかけねばならないのか、防衛省によくお尋ねになられた方が宜しいでしょう。


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インフレバージンについて考えた

2008年06月23日 13時17分50秒 | 経済関連
面白い表現だと思ったので。

はてなブックマーク - インフレバージンな私たち - Chikirinの日記


そうか、学生~社会人くらいの大半をデフレ期間に過ごしてきた方々にとっては、バージンなんですね。ウブだす(冗談)。

デフレ期間に得をしてきたのは、示された例の反対を考えてみるといいかもしれません。でも、必ずしも「金利」面だけの話ではなく、失業率とかの問題もあるね。デフレにして失業者を大量に生み出すのがいい、と考える人たちは、極めて少ないんじゃないかな、とは思います。


例示の中には入っていなかったので、重大なことがあるのを書いておこうかな。

それは、借金にござる。

誰のかって?
みんなの。
国民全員に圧し掛かってるヤツです。

そうです、国や地方の借金にございます。
デフレ期間に相対的に「借金の価値」が大幅に増大してしまった為、今の大阪みたいな状況を生んでいるのです。


インフレになって得するのはこんな人~、という話は、目に見える範囲で考えれば、色々と出てくるでしょう。それ以上に重要なことは、多分国や地方の借金が重くなってしまったことで「増税」というような形で、「国民全員に」負担を求められてしまうだろう、ということなのです。つまり、インフレになって国民が大幅に損をすることというのは、「現状では殆ど考え難い」と思います。寧ろ、暫くインフレ傾向が定着するように継続した方がよく、その間に国や地方の借金は相対的に価値が縮小するので、返済負担は小さくなり、結果的には必要なところに予算を手当てすることが可能になるといったメリットの方が大きいだろう、と思います。


もっと言えば、デフレ期間で生み出された不幸は、借金の相対的増大以上に、仕事を失ったり就業機会から漏れたりして、自殺したり一家心中したり精神的な病気となったり、そういう残念な結果となった方々を大勢生んだことなのです。

金なんて、いつか返せば済む話です。いざとなったら、「もうやめた!チャラだ、チャラ」(そう簡単にはできないけれど)ということで、御破算にしたっていいのですから。でも、失われた命や人生というものは、二度取り返せません。お金の問題ではなくなってしまうんです。人々の人生そのものが失われてしまう、ということなのです。

これ以上の不利益、損失なんて、多分ないんだろうと思うのです。


そう思えば、インフレになったからといっても、全然たいしたことなんかないんですよ(笑)。これまでの預貯金運用をやめて、株とかに投資して取り返せるチャンス(笑、カモられるチャンスなのかもしれないけど)はいくらでもあるんですから。持ってる大金は、腐ったり賞味期限が来たりするわけではありませんから。


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朝日新聞~素粒子「死に神」発言の余波

2008年06月21日 13時27分01秒 | 俺のそれ
どういうわけだか知らないが、多くの人々の心を捉えた題材のようだ。

鳩山法相は、「死に神」なのだろうか - 弁護士川原俊明のブログ


滅多に書かない記事なのに、津波にあった如くコメントの嵐に見舞われる。
恐るべし。

というか、法曹は可哀想すぎです。
迂闊にブログも書けない。


中には、わざわざあちこちで紛争販売人みたいに活動をしている法曹も散見されないわけではありませんが、風評につき定かではありません(笑)。



何も他人の戦術を真似しなくてもいいんですから>某○弁護士

ウチの戦い方にインスパイア(笑)されたのかもしれませんが、それは時と場合によると思いますけど。何をしたいのかが、全く判りませんもの。
動機として、そもそも敵陣営への怨恨みたいなものがある限り、相手側を説得することも気付かせることもできないでしょう。意見を出したいのであれば、簡潔・具体的に。周辺部分の闘争だの、皮肉だのに、時間と労力を投入しすぎでしょう。

あと、いくら「頭を潰せ」とウチで書いていたからといって、ただ何の意味もなくオリャ!!と斬りつけているだけなら、それは単純にテロか通り魔でしかないでしょう。
「ハンターになって狩りたいだけ」という風にしか見えません、ということ。


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ガチンコ!深読みクラブ

2008年06月20日 21時05分22秒 | いいことないかな
特に、意味はありません。ただ何となく。
判る人だけ判ってくれればいいです。


・酷評は、時として讃辞を超える効果をもたらす:

字句の通り。多分、そうなんじゃないかな、と。つまらん宣伝をするくらいなら、こき下ろした方がよいこともある。素材が割りと平凡であったり、ややとっつき難いものであったり、興味を誘うような魅力に欠けるような場合、ありきたりの「良かった、素晴らしかった、心に残った」みたいな美辞麗句は、情報の濁流に呑み込まれてしまう。しかし、ネガティブなインパクトは人々の心に、深い印象を残すことがあるかもしれない。テストの点数が正規分布なら、100点満点も、0点(*)も同じだ。最大讃辞が憚られる時、70点や80点をつけるくらいなら、いっそ0点をつけた方がインパクトはあるかも。なので意図的に舌鋒が鋭くなっていることがあるかもしれない。
最近の例では、「せんと君」かな。はじめの頃は圧倒的に酷評が多かったが、印象を深く残すことに成功した。結果、かなりの人数に「せんと君」は認知され、宣伝効果は高まったに違いない。

もしも疑うのなら、同じ評者がここ最近出した評で、0点以外のものは何があったのか挙げてみるとよい。多分、殆どの人たちが挙げられないだろうと思う。それは、注目度が低く、見ていたとしても印象には残らないからだ。マーケティング的?には、「0点効果」はかなりあった、ということだ。カリスマに乏しいものを売ろうと思う時、通常の方法が通用しないとか、必ずしも効果を得られなさそうという予想があるのなら、「鬼手」として使えることがある(正攻法ではないので、あくまで例外的にしか用いることができないのと、使い方を誤れば本当に沈むので注意が必要)。

(*:「ロボコン、0点!」は無関係)


・名所巡りルートを書くのは凡人がやればいい:

かなりヘンな表現だが。いいのが思いつかないので。
ガイドブックでも何でもいいのだが、代表的なルートだの観光コースだのを書くのは、他の人(凡人)にお任せしようということだろう。旅馴れた人が行くコースを書くのは一ランク上だが、なまじ知識がある故に「通」気取りのありきたりなルートになることがある。さらに上級なのは、「ハマリ」パターンを予め探し出し、トラップルートを示しておくことだ。
「~なんじゃないのかな?」というある人の疑問に対して、「ああ、それはね、~~だからなんだよ。それは既に常識さ。」みたいに答えてしまうのが「ハマリ」になっている、という場合があるのだ。こうした「~~だからなんだよ」という答えを先回りして考えておき、トラップルートを回避する為のルートを書くのが、「上級者」ということなのだろう。多分それを意識すると、平凡な「名所巡り感想文」を書くのが躊躇われる、ということだろう。いや、むしろ「そんなもん書いてどうすんの、アホか」と内心思っているに違いない。


・免疫が必要だ(笑):

相手のレベルは色々とある。いきなり「目が覚めました」とか言い出す連中が出るのも、「かなわんな」、と。多分、読む時か書いている時には、思わず悪態が口をついて出たことだろう。「ケッ、何で…」とか「本気で…」とか何とか(笑)。

◇◇◇


最後に、全くの適当。ただの雑感ですので。


現在から過去のある時点を振り返ってみた時に、どうしてこう考えたんだろう、とか、何故失敗を予測できなかったんだろう、とか、そういうことを考えることができる。ある時点の人にとっては、「失敗することを知ることができない」からこそ、「そういう考え」を持つのだ、みたいなこと。何を言っているのか、自分でもヘンだなと思うけど、要するにそういうようなことなんですよ。

ある病気があって、その治療法とかが昔はこんなおかしな治療をしていた、とか、当時の人間はみんな間違ってたのでアホだな、とか、そういうのはあるのだろう。けれど、どうしてそんなことになってしまったのかを考えるのが未来に役立ったり、現時点でも役立ったり、ミスを犯す過程のやり方や考え方にヒントがあったり、そういうことがいっぱい詰まっていたりする。病気の情報が足りなくて理解が間違っていたのか、診断技術が未熟で不確実だったからなのか、薬が発見されてなくて他に手がなかったのか、別の病気と混同していただけの単なるミスか、悪魔信仰(笑)による社会的要因だったからなのか、そういうようなことは、色々と違うわけです。なので、間違っていた過去の知識や情報にも、それなりに見るべき価値があるのだろうな、と思っています。失敗の過程を探る・知ることにも、意味があるのだろうな、と。

あと、実は考え方や治療法の基本部分は正しかったけれど、症例数が少なすぎて「失敗の方が多かった」という結果があったとしても、必ずしも「間違いだ」と断定するのが難しいことも有り得る、とは思う。治療法Xがあって、使用した5例全例で転帰が死亡であったとしても、「治療法Xは死亡する、無効だ、Xを選択するのは誤りだ」みたいな断定ができるとは限らない、ということです。本当は、治療法Xは「治療法としては正しくて効果があった」かもしれないが、他の理由や要因で外見上失敗だった、と見えてしまうこともあるかもな、と。これが5例ではなく1000例やれば、65%で効果が確認できた、みたいなことですね。どうして治療法Xを考え出したのか、何故これを選択しようとしたのか、そういうことを考えてみることに意義があるんだろうな、と。


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後は綱引きですか

2008年06月19日 18時11分16秒 | 社会保障問題
これまで報道されてきた通りで、基本線は変わっていません。

社会保障抑制「修正を」 ニュース 医療と介護 YOMIURI ONLINE(読売新聞)

今回、座長である吉川先生がよくぞここまで「退いてくれたな」ということもありますし、権丈慶大教授の徹底した突っ込みで「正面突破」を目指したものと思います。多分これは、一部マスコミ対策が奏功した、という戦術面での成功があるでしょう(笑)。

昔のバトルが思い出されます。
吉川vs権丈??

吉川先生であれば、社会保障費削減を打ち出してきても不思議ではなかったのですが、このままではイカンな、と少し気付いてくれたのかもしれません。何といっても、かつて経済財政諮問会議で社会保障費削減を打ち出したメンバーは、誰あろう吉川先生でしたから。ですが、過去のことはとりあえずいいです。必要なことは、将来の日本にとって何をしなければならないか、ということですので、みなさんが率先して「守るべき部分はこれだ」というような意見を出してくれることこそ、重要なのですから。それに、「今後の戦い」では、仲間割れしている場合ではないだろうと思いますので(笑)。


マスコミ対策で最も効果を挙げたことは、読売新聞を引き込めたことでしょう。読売は憲法改正をテーマに長年独自案を出し続けてきたが、それに比べれば現実に即した挑戦であった。
これは読売に限らず、はじめに日経が出し、続いて読売や朝日が出したのだが、本来的には「政党から出す」とか、与野党の合同協議会(例の3党合意に基づくテーブルだ)などで基本線を話し合うべきであろう。そういう「政治」に期待できない、ということもあって(笑)、新聞社が主だった「背景」に沿う形で年金プランを提示したものだと思う。

国民にとっては、こうした形が提示されないよりも良かったであろう。選挙絡みのテーマとされて04年の年金改革では「スローガン」だけに目を奪われてしまう形となってしまったからね。

例の年金試算だが、新聞各社のご意見が出されていた効果もあって、一応議論の俎上にのせて「比較検討」の対象としたことは、過去の議論に比べればはるかに良かったと思う。中身の不満はあるにせよ、過去の例に比べればマシだ、という評価は与えられるべきだろう。


たとえ年金のメドがたったとしても、社会保障費は医療・介護・福祉と広範にわたっています。年金で敵対的関係であったとしても、今後には「財政審」などに代表される財政再建至上主義陣営(笑)等との対決を控えておりますので、できるだけ共闘できる人たちを多く確保しておく必要があるでしょう。

現行の年金制度を基本としても、将来の「無収入者」は現在よりも拡大することを覚悟する必要があるでしょう。特に世代人口の多い「団塊ジュニア世代」に最も無年金者が多く存在するであろう、ということを考えておくべきでしょう。何といっても、就職氷河期で正規雇用から漏れた方々は大勢おり、その後にもうまく正規雇用となっていない人たちは、その下の世代に比べて多いだろうな、ということです(推測に過ぎませんが)。無年金者が全員生活保護にはならないとしても、数百万人分を覚悟せねばならないだろう、ということです。恐らく、今の高齢者の無年金者で生活保護対象となっている人の数よりも、ずっと多くなるであろう、ということです。



時間があまりないので、とりあえず。




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