こちら経由で知りました。
産科医療のこれから 癒着胎盤で子宮摘出し、大病院であっても救命できなかった一例
総合周産期母子医療センターの癒着胎盤例ということのようです。
残念ながら子宮摘出にも関わらず、救命できなかった1例ということのようです。大野病院事件だけに限らず、難しい症例はあるのだな、と思いました。
が、報告を読んでいて、気になったことがあります。あくまで素人考えですので、ご了承下さい。
本報告書作成には医師11名(弁護士2名)が関わっているようなので、既に検討された論点かもしれません。
①貧血と自己血について
『臍帯血の値も貧血』と表現されているのは、恐らく「Hbが低かった」ということだろうと思われる。数字がないので、どの程度であったかは不明ですけれども、10g/dlを切る水準であったのかもしれない。ここから想像するに、術直前の段階において、「母体のHbが割と低かった」のではないかと思われる。児娩出までは僅か2分足らず、そこまでの出血量は少量であると思われ(数字的には400となっており、これには羊水含む量かと想像しますが、定かではありません)、貯血しておいた自己血を返血していることもあって、そんなに多くの血液が喪失したとは思われない。なので、元々の「術前の数値としてHbは低目であった」と考える。
さて、本症例では貯血の為に24w以降33wまで5回に渡り採血を行い、1200mlの自己血を得ていたということである。保存期間の問題があるので、早くから採血していた血液はどうしていたのか不明であるが(期限前に返血していたのかもしれない)、取っては保存し、暫くしてから取って保存、というのを繰り返していたのかもしれない。この採血段階で、どの程度までHbが回復していたのか、というのが気になるところだが、数値は全くないので判らない。最後の採血前時点では恐らくHbが10~11程度まで回復していたであろうと想像されるが、それがいつ(手術のどれくらい前か?)だったのか、というのは不明。もしも、回復が見られていなかったけれども、採血してしまえば、当然Hbは低値となってしまうであろう。
貯血開始後には鉄剤投与とか、エリスロポエチン投与とか、そういうのが行われていたのであろうと思うが、その実施具合と貧血の関係との記述がない為に、母体の術前状態が「貧血の程度がどうであったか」というのが一切不明のままである。もしもHbが9とかくらいしかないのであれば、術中に返血したとしても、出血量が多くなればやはり低いままであった可能性は考えられるのではないか。
②呼気ガス濃度について
報告によれば、「娩出直後から血圧低下が始まり、PaO2低下」という記述が見られるが、直接的な血液ガス分析をいつ行ったのか、というのは不明である。多分、血液ガスで見る前にSpO2のモニター数値が低下していき、酸素飽和度が99~100だったのが次第に90近辺とかに落ちていったのを見たのではないかと思うが、どうだろうか。普通は、モニター数値が低下するので先に気付くのではないかと思うのである。で、血液ガスの測定結果とカプノの数字からは、ETCO2は正常範囲であったのではないか。報告書の中では「呼吸終末PCO2も低下していない」という記述になっており、これは、数字が正常よりも高いままで推移し(例えば50以上とか)正常範囲までには低下しなかった、ということを言っているのか、ほぼ正常範囲のままでそれ以上に低くなるということはなかった、ということを言っているのかが判らない。が、文章の感じからして、後者であろうと推測した。
つまり、血液中の酸素濃度は低下したが、呼気中の二酸化炭素濃度は低下していなかった、ということが起こったのであろう、ということだ。これが重要なカギではないかと、私は考えた。
③では、何が起こったと考えるか?
あくまで可能性だけ考えたものですので。
貧血傾向であったこと、PaO2の低下、ETCO2は低下せず、ということから、不整脈発生をもたらす要因となったのは、低酸素血症であろうと考える。低酸素血症は、致死的不整脈を惹起する要因となり得る。Hbが5.5くらいまで低下していたこと、PaO2がかなり低下していたこと、などから、そう考えた。純酸素で換気しても、低い酸素分圧となっていたのであろう。
が、低Hbが致死的かと問われると、単純にそうとも言えないかもしれない。
これ以外に存在した要因の可能性としては、肺水腫(高山病とか、よく出る病態です)を疑う。非心原性のものである。
娩出後から出血量は多くなっていたものの、自己血やMAPなどでかなり補っていたであろうと思われ、1600~2000mlの出血程度であれば、自己血1200他血液を補充されるので、カバーできないほどの量ではない。貯血例での出血量としては、飛びぬけて多い量とも思われない。が、出血とは別に、モニター上でSpO2低下が始まっていたのではないだろうか、と。そうであれば、単にHbが低いから、という理由だけではなく、呼吸器系に問題が生じていた可能性があると思うのである。で、疑わしいのは、肺水腫だったのではなかろうか、と。それが低酸素血症を招来していたのではないだろうか、と。これは、ETCO2が低下していないこととも整合的である。
更に、入院後から常用していたのが、子宮収縮抑制剤である塩酸リトドリンであった。入院がいつだったのか記述がないので不明であるが、貯血などもあってある程度の期間の入院となり、術前の割と長い期間に使用されていた可能性はあるのではないか。本剤の副作用としてよく知られているものに、肺水腫がある。肺水腫自体は、リトドリン使用の如何に関わらず、妊娠中には見られることがあるものなので、関連性は判らない。
術前から低Hbであったと思われること、それと同じように膠質浸透圧低下の素因(要するに血液サラサラみたいな)があったかもしれないこと、リトドリンの影響、などから、PaO2低下の原因として疑わしいのは肺水腫ではないか、と考えた。特に、術前に赤血球、Hb、Ht、Alb、Pltなどの数値が低目で、リトドリンのような子宮収縮抑制剤を用いていれば、その発生リスクは高まっていたのではないかと思う。
返血後にも別にMAPやFFP等の輸血は行っていたであろうと思うが、血圧低下が著しかったこともあって循環血液量を維持する為に輸液も大量に行ったのではないかと思われ、水分が多く入ったことによって肺水腫は起こりえるかもしれない、と。しかし、解剖所見からは肺に関する記述が見られないので、実際にどうであったかは不明である。
また、子宮を摘出したのに出血が続き、しかも出血部位が不明というのは、よく判らない。解剖所見でも特定できないのであれば、術中に出血点を特定するというのは極めて困難なのではないか。子宮を摘出したのに出血するとなれば、癒着胎盤の大量出血例の場合には子宮を摘出すべし、という意見そのものが無効ということなのだろうか。この辺もよく判らない。
追加です。
資料を探したら、見つかりましたので。
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日本輸血細胞治療学会誌第53巻第3号目次
この中に、『妊産婦における自己血輸血の安全性の検討―多施設共同研究に向けての予備研究―』という原著がPDFで読めます。
あと、こちらも。
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JJSCA : Vol. 26 (2006) , No. 1 86-89