閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

アジサイの謎

2024-06-22 22:50:43 | 日々

ある日。市役所で用事を済ませ、出てきてふと見上げたら、すぐ前の歩道に植わっている大きなヤシだかシュロだかの高いところに、ピンク系の花が咲いていた。

 

よくよく見たら、アジサイだ。
つる性のツルアジサイというのがあるので、それかと一瞬思ったけれど、色も形も、庭に植えるような普通のガクアジサイ。
えー、どうしてこんなところに?

風に飛ぶ綿毛の種子や、鳥が食べる実なら、遠くまで運ばれて、思いがけない場所で芽を出すこともある。でも、アジサイはそのどちらでもない。
誰かが植えたとしても、とても手の届く高さではないし、そもそも個人の庭ではなく街路樹だし、わざわざ梯子をかけてまでそんなことをする人がいるとは思えない。
この木がうんと小さかったときに植えたのだ、ということを考えた。アジサイをのせたまま少しずつ伸びていったんじゃないかと。ところが、ここにアジサイが咲くようになったのは、そんなに古いことではなく、5年ほど前からなのだそうだ。
アジサイを種子から育てると、花が咲くまでに3~4年かかるという。それを計算にいれても、その当時からこの木はじゅうぶん大きかったはずだ。
アジサイはいったいどこから、どうやって来たのでしょう。

見たときはアジサイだけしか見ていなかったが、撮った画像を拡大してみたら、他にもいくつかの植物が生えていた。アジサイの左の濃い緑の葉はツタのようだし、右は何だろう、イヌビワかな?
どこかでイヌビワの実を食べた鳥が飛んできて、ここにとまって休む。その鳥の羽に、たまたまアジサイの種子がくっついていた…という偶然。その種子が、路上に落ちず、うまくここにとどまって発芽して、しっかり根を張り、花が咲くまでに育つ確率はどれくらいだろう。
植物だけでなく、どんな生き物も、もちろん人も、数々の偶然の重なりをくぐりぬけ、ほとんど奇跡に近いわずかな確率で、いまここにいるのかもしれない。

(追記:ヤシとシュロとソテツの区別がどうもよくわからん閑猫ですが、この木は「カナリーヤシ」というのだそうです)

 

ある朝。山の杉の木のてっぺんに、光るお皿のようなものが浮いている。

 

画像を拡大したところ。
くもの網、ですね。水玉がびっしりついて、日があたって白く光っている。
ほんとは網だけ浮いているわけではなく、支えの糸があるはずだけど、ここからでは見えない。というより、いったい「どこから・どこへ」張ってあるのか、まったく見当がつかない。まるでマジック。
このとんでもない高さに、ほぼ水平に網を張って、何をつかまえようとしているのだろう。ほとんど現代アート。

本日のコマ吉。(あまり意味のない連続写真)


 

 

 

 

シッポ長いね。リスザル?

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