弁理士の日々

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四川大地震での日本の医療支援

2008-05-21 20:39:26 | 歴史・社会
医療チームが成都の病院を視察 四川大地震
5月21日13時21分配信 産経新聞
「中国・四川大地震の被災者に対する医療活動を行うため、成都入りしていた日本の国際緊急援助隊医療チーム(23人)は21日午前、中国側が活動場所として指定した同市内の第一人民病院を視察した。ただ、大都市の総合病院では日本隊が持つ緊急治療のノウハウをいかせないため、日本側は中国側に「被災地に近い現場に入りたい」との強い希望を伝えている。
 田尻昭宏団長(外務省アジア大洋州局中国課地域調整官)によると、中国側は困難な手術を必用とする重傷患者が運び込まれている同病院で、外科手術を行うよう要請しているという。
 一方、「野戦病院」式の治療を想定し、被災地により近い屋外にテントを張って、被災者を診察できるよう、簡易レントゲンや透析の機器、簡単な外科手術設備を持ち込んでいた。
 中国側は、被災地では感染症などの問題も出始めているため、外国の医療チームの安全が確保できないと主張しており、両者の希望が食い違っている形となった。田尻団長は具体的な活動場所について、なおも中国側と調整中としている。
 援助は受け入れ側との綿密な事前調整が必用だが、田尻団長によれば、事前に現地の要求を把握するためのコーディネーター派遣などはしなかったという。
 一方、岡山県を本部とする民間の国際医療ボランティア組織「AMDA」がいち早くコーディネーターを現地に派遣し、地元病院との協力のもと、すでに17日から綿陽市安県などで医療活動を展開しており、民間NGOとのフットワークの差が出た格好だ。」

これはまた解せない報道です。

日本の緊急援助隊は、独立行政法人 国際協力機構(JICA)による派遣チームの筈です。JICAでは以下のように報じています。
中国西部大地震被害に対する国際緊急援助隊・医療チームの派遣-23名が20日(火)夕方成田発-
「JICAは、日本政府の決定を受け、中国西部で発生した甚大な地震災害に対し、国際緊急援助隊・救助チームに引き続き医療チームを派遣する。
医療チームは、田尻和宏(たじりかずひろ)外務省アジア大洋州局中国課地域調整官を団長、加藤俊伸(かとうとしのぶ)JICA東・中央アジア部東アジア課長と医師を副団長に、その他医師3名、看護師7名、薬剤師1名、医療調整員5名、業務調整員4名より構成される総勢23名。
5月20日(火)18時25分成田発チャーター機(JL8879)、22時50分(現地時間)成都着の予定。約2週間の活動を予定している。」


産経新聞の報道では、日本の緊急援助隊は事前にコーディネーターを派遣しなかったことをフットワークが悪いように記載しています。
JICAによる医療チーム派遣は今回に始まったことではありません。自然災害時の緊急派遣を中心に、すでに40回を超える実績を持っています。そして派遣に際しては、先遣隊を送り出して本隊の活動をスムースにする事例が前例としてあるのです。

国際協力機構(JICA)の国際緊急援助隊事務局に勤務していた野村留美子さん(現在はアフガニスタンに赴任中)によるレポート「インドネシアジャワ島中部地震 国際緊急援助隊医療チームに参加して」を読めばよくわかります。

JICAによる医療チーム派遣はすでにパッケージ化しており、インドネシア派遣と今回の中国派遣はほとんど同じスタイルです。派遣チームの携行機材は、今回同様、応急処置対応が主となります。
そしてインドネシア派遣に際し、先遣隊がまず派遣され、地元との調整及び設営場所の選定を事前に行っているのです。

今回、インドネシア大地震のときと相違し、なぜ先遣隊が派遣されなかったのか、なぜ中国は緊急医療チームの携行機材からくる特質を理解しようとしないのか、そこのところは実に不明確です。


以下に、野村さんのレポートから今回の事例と関連する部分を抜粋します。
----抜粋開始-----
翌朝、私は成田空港にいた。
朝9時半、空港内の特別室にて結団式が始まる。
「昨日7名の調査チーム(先遣隊)が出発し、無事現地についたようです。」

JDR医療チーム
今回派遣されたJDR医療チームは、4つある国際緊急援助隊のチームの一つである。他には救助(レスキュー)、専門家、自衛隊チームがあるが、医療チームの歴史が一番長く、派遣実績も44回(今回の派遣を含む)と最も多い。

医療チームは、通常21名から構成され(今回は最終的に25名)、団長を筆頭に副団長、医師、薬剤師、看護師、医療調整員、そして業務調整員から成る。活動期間は2週間だ。

一団を乗せた飛行機は一路ジャカルタへ。そこからすぐに、最大の被災地であり先遣隊が診療サイトを確保したバントゥール市にバスで向かう。
1時間ほどしてバントゥール市内の目抜き通りに到着。そこには1日早く着いた先遣隊が立てた簡易テントが数戸立ち上がっており、既に診療を開始していた。テントの前には既に診療を待つ患者の列が出来ていた。

到着後すぐに、診療サイトのすぐ側にあるムハマディア病院を見学しに行った。
診療サイトを選定する際、州政府からこの病院の近くで活動してほしいという要望があったのだが、この病院とはその後2週間にわたって協力関係を保ち続けた。たとえば、私たちJDR医療チームは携行機材が限られており、応急処置が主となるため、手術を必要とするような重度の患者には対応することができない。そのような患者が診療サイトに来たときは、ムハマディア病院は後方支援病院として機能し、患者を受け入れてくれた。

先遣隊は、「最初3日間の合計睡眠時間が8時間で、死ぬかと思った」というくらいハードなスケジュールだったようだし、診療テントの中も連日32度を超え、脱水症状を起こしかけた隊員もいた。
-----抜粋終わり------


ところで、産経新聞記事にある「岡山県を本部とする民間の国際医療ボランティア組織「AMDA」」とはどのような団体でしょうか。
こちらのサイトに紹介されています。
こちらを拝見すると、1970年代の岡山大学医学部の活動が発端となり、1984年にAMDA(アジア医師連絡協議会)が設立されています。
今回の四川大地震に関しては、5月14日の「AMDA台湾支部は被災地近隣地域の医師と連絡をとり、被災地での緊急医療の提供に向け、必要物品購入などの準備を行っている。」「AMDA上海の関係者を通じ、派遣待機中の基幹病院のチームへの合流について、上海紅十字と鋭意折衝を行っている。」「日本国内の関係者を通じ、地元スタッフによる医療チームを編成し、50万円相当の医薬品を調達した。」からスタートしています。

日本のAMDA本部が主導したというよりも、AMDAで活動している中国人が主体的に動き始めたことを発端としているようです。
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