弁理士の日々

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社会保障を問いなおす-年金

2007-08-14 11:11:18 | 歴史・社会
しばらく間が開いてしまいましたが、中垣陽子著「社会保障を問いなおす」のレビューを続けます。
社会保障を問いなおす―年金・医療・少子化対策 (ちくま新書)
中垣 陽子
筑摩書房

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ここでは年金を取り上げます。

《2004年改訂前の姿》
サラリーマンとその専業主婦の妻以外は(一部を除いて)全員、国民年金に入っています。保険料は13580円定額、老後受け取ることのできる国民年金も6.6万円定額です。
サラリーマンは厚生年金に加入し、保険料は収入の13.5%を、本人と勤め先企業が半分ずつ支払います。老後受け取ることのできる年金は、基礎年金6.6万円に、保険料の支払額に応じた所得比例部分が上乗せされます。平均的なサラリーマンで10万円程度です。
サラリーマン家庭の専業主婦は、保険料を支払うことなく、老後は基礎年金6.6万円を受け取れます。
国民年金保険料のうち、不納は4割近くに達していました。

《現在の姿(2004年改訂後)》
少子高齢化が進み、今までの年金制度では破綻することが目に見えています。年金制度は5年ごとに改訂されますが、2004年に改訂が行われました。
(保険料)
保険料は、2004年から毎年少しずつ引き上げられ、2017年以降は一定額固定になりました。厚生年金は年収の13.5%から18.3%まで上がります(本人はこの半分を負担)。国民年金は、13300円から16900円まで上がります。これまでは、高齢者に支払う年金を先に決め、それに見合う保険料を決めていましたが、2017年以降は保険料を決め、それに見合う年金給付額を決めるという方法に変わりました。
(年金給付額)
「マクロ経済スライド」という名前の制度が導入されました。
65歳になったときにはじめてもらう年金額は、日本の賃金水準が上昇するとそれに見合って上昇します。ところがこれからは、賃金の上昇率から「スライド調整率」をマイナスした分しか伸びないこととなりました。スライド調整率は、2025年までの平均で毎年0.9%です。年金を最初にもらう時期が10年遅くなる人(10歳若い人)は、最初の給付額が1割近く(9%)も下がることになります。
また、同一人の年金給付額についても、物価上昇率からスライド調整率をマイナスした分しか増えません。
その結果、制度改革を行わなければ2025年には84兆円になると見られていた規模が64兆円にまで減少し、実に20兆円の改革になりました。
(日本全体の収支バランス)
保険料が年々増大し、年金給付額が年々減少する制度改革が行われましたが、それで収支バランスは取れているのでしょうか。取れるかどうかは、今後少子化が緩和されるかどうかにかかっています。そして今回の制度改革前提では、2002年推計が用いられ、出生率が2025年には1.38まで回復する前提になっています。
ここで、6月17日の私の記事を思い出してください。年金制度検討に用いられる出生率の予想に用いられてきた過去の推計が並んでいます。2002年を含め、いずれの推計も見事に外れています。2002年推計も外れていますから、その推計を前提に用いた収支バランスも、当然破綻しているはずです。
(制度改革後の年金収支)
「年金給付額が、その時点での現役世代所得の何%になるか(厚生年金)」
               2004年  2025年
サラリーマン+専業主婦 59.3% 50.2%
共稼ぎ           46.4% 39.3%
単身男性          42.5% 36.0%
単身女性          52.7% 44.7%

共稼ぎや単身男性の給付水準は、現役世代年収の3割台にまで低下してしまいます。


「各世代別に、生涯で支払った保険料と年金給付額の収支はどうなるか」
発表されているのは、「厚生年金・専業主婦家庭」のみです。国民年金と厚生年金の世界では、最も恵まれた給付を受けるモデル世帯です。

生まれた年 保険料負担 年金給付額 倍率
1935年   670万円  5500万円  8.2倍
1945年   1100万円  5100万円  4.6倍
1955年   1600万円  5100万円  3.2倍
2005年   4100万円  9500万円  2.3倍

2005年生まれでも、保険料として支払った金額の2.3倍を受け取ることができるという計算です。しかし、厚生年金は本人と雇い主が半分ずつ支払っています。従って、企業が支払った分まで合わせると、支払額の1.2倍しか受け取れないことになります。

単身男性の場合はどうでしょうか。卑怯なことに、このような事例の計算結果は発表されていません。そこで推定するしかありません。
上の表で、サラリーマン+専業主婦が50.2%、単身男性が36.0%であるという数字を用いると、雇い主が支払った分までカウントすると、
単身男性は1.2倍×36.0÷50.2=0.8倍
ということで、本人と雇い主が支払った保険料に対し、年金給付額は元本割れの状況になっています。

(税金投入割合の引き上げ)
上記のように保険料をアップし、年金給付額を減額しても、少子高齢化の下で、まだ財源としては不足します。
従来、基礎年金のうちの1/3は税金でまかなわれていました。2004年年金改定では、基礎年金の税負担割合を、2004年から6年かけて1/2に引き上げることが決まりました。必要な財源は約2.7兆円です。
このための税財源として、定率減税に手がつけられました。2005年には、合計規模が3.3兆円に達するこの減税策が半分に減縮されることになり、2006年には残りの半分も廃止され、国庫負担割合の引き上げに使われることになったのです。
「定率減税廃止」は、「増税だ!」として悲鳴が上がっていますが、年金収支をバランスさせるための方策だったとは知りませんでした。
コメント
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