山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

芥子を見に行く

2008-05-16 01:34:11 | くるま旅くらしの話

日ニュースを見ていたら、下妻市の小貝川の川原にある公園の花畑の芥子に、栽培してはいけないものが多数混ざっていて、当局の指摘を受けた市側が、それらを伐採・焼却処分にしたとあった。

下妻市は、我が家からは40分ほどの距離にあり、東北方面の旅に出かける際には、R294沿いにある道の駅にいつも立ち寄って、野菜などを仕入れてゆくことが多い。筑波山を眺望する田園地帯が広がっており、米の他にも梨などの果樹栽培も盛んな所である。下妻市には市街地近くに鬼怒川が流れており、小貝川は市街地から離れて、筑波山に近いエリアを流れている。

私のように茨城県北に生まれ育った者には、県南に移り住んで、まだ5年にも満たない現状では、この辺りの地形はだだっ広くてメリハリが少なく、どうもよく判らない。県北は山が多く、海も近いのだが、関東平野を独り占めにしているようなこの辺りの地形は、何処まで行っても同じように見えて、戸惑うのである。

最近「下妻物語」などという映画が作られたりして、下妻という所も少し有名になった様だけど、ヤンキー姉ちゃんが何やらしたとかのような話には興味がないので、本も映画も見たことがなく、私の中では、下妻は昔のままの田舎である。

その下妻で、栽培してはならない芥子が発見されたと聞いて、どういうことなのかと、野次馬根性を発揮して現地を見に出かけたということなのである。新聞の記事によれば、5月の24~25日開催の花フェスティバルに向けて、5ha(約1万6千500坪)の川原の敷地に500万本のポピーが植えられていたのだが、その内の1ha(約3300坪)に植えてはならないアツミゲシという芥子の花が咲いていたというから豪勢だ。知らないということは時にもの凄いことをしてのけるから、面白くも恐ろしい。

数年前まで、東京の多摩エリアの東村山市という所に住んでいたときには、同じ市内にある都立の薬用植物園という所を時々訪ねて、様々な薬用植物を見学・観察したのだったが、その中には芥子もあって、これは二重の金網で囲まれて、厳重に管理されていた。手に取ることは勿論、近くに寄ることもできず、遠くから随分と毒々しい花だなあと眺めていただけだった。今回の事件の花とは種類が違っていたのかも知れないけど、犯罪に結びつくような芥子の花が、1haも野放しで植えられていたとは驚きである。

久しぶりのいい天気だったので、家内と義母を連れて行ってみることにしたのだが、行き先も調べず当てずっぽうで行った為、その場所を探すのに少し手間取ってしまった。小貝川の土手といっても、いろいろ変化があって、花ばかりが咲いているのではないことを思い知らされた。

少し道に迷いながらも、どうにかポピー畑のあるふれあい公園を探し当てた。勿論初めての場所だったが、その規模の大きさと緑の豊かさに驚かされた。ポピー畑も広大で驚いたけど、そのほかに国蝶(というのがあるらしい)のオオムラサキという蝶がこの付近にいるらしく、それをテーマにして作られたネイチャーセンターという変わった造りの建物があった。川原の林にはクヌギやミズナラなどの大木があり、ここにオオムラサキが自生しているのであろう。園内にはパークゴルフ場なども造られており、平日ではあるけど、なかなかの賑わいだった。これは、冷やかし半分に来る所ではないなと反省した。

  

下妻市、小貝川ふれあい公園のメインスタジアムのネイチャーセンターの建物。オオムラサキという蝶をイメージしたユニークな建物である。

問題のポピー畑は、そのような騒動を一切感じさせないままに、一面の華麗な花をそよ風になびかせていた。広すぎて義母には歩くのが厳しすぎると思い、200mほどをゆっくり往復して色とりどりの花を鑑賞したのだったが、遠くの方では何やらトラックが入って、ポピーの始末をしていたようだったから、問題の花はその辺りに咲いていたのかもしれない。花を眺めているうちに、そのようなことはどうでもいいように思えてきた。野次馬なんぞよりも、美しい花を愛でた方がずーっと気持ちが満たされる。

   

ポピー畑と筑波山。ポピー畑は、この写真の右手に300mほど広がっている。まだ満開には少し早い花が多いようだった。 

此処のポピーは、今春訪ねた房総千倉のそれとは違って、枝振りが逞しい。北海道中富良野町のラベンダーの名所、ファーム富田にも広大なポピー畑があるが、そこに植えられている花種と同じように思った。ポピーの花は、同じ種類であっても、微妙に花の色が異なっており、繊細な色彩感覚を楽しむことができる。ざっとカメラに収めてみただけでも、十数種類の花ビラの色を数えることができた。

ポピーの花には、あまり重さというものを感じない。漱石の虞美人草には、重さを感じるけど、見ているこの花は小説の人のイメージとは違って、軽い。ただ愛されるためだけの花のように見える。人の心身を麻痺させるというアヘン毒を持つのは、恐らく暗い重さを感じさせる花なのではなかろうかと思った。

野次馬精神を骨抜きにされ、公園の花の景観にすっかり順化されて、帰途に着いたのだったが、良い時間だった。来る24~25日のフェスティバルが成功裏に終わることを祈念したい。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 永平寺と禅のこと | トップ | 天変地異災害と国家 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

くるま旅くらしの話」カテゴリの最新記事