山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

安達巌の絵

2009-05-20 05:54:53 | くるま旅くらしの話

絵画展絡みの話が続きますが、今日は昨日の安達巌画伯の絵について紹介したいと思います。絵というのは、人様々の好みがあり、基本的にその人の思いを叶えてくれるものであれば、それがその人にとって一番の絵なのだと思いますから、これから述べる話はあくまでも私の個人的な安達巌の絵に対する思いなのだとご理解頂ければ嬉しく思います。決して他人様に自分の思いを押し付けようという考えはありません。

絵の価値とは一体何なのでしょうか。1枚の絵が億を超える金額で売買されているのを見聞するにつけ、時々疑問を感ずるのですが、売買の場合は売り手と買い手の双方の妥協点として価格が決まり、それに基づいて取引が行なわれるのでしょうが、人間の欲望価格というのは凄まじいものだなと思ったりします。私の考える絵の価値とは、その絵を見る人の心をどれほど動かすか、動かせるかによって決まるのだと思っています。それは必ずしも値段に反映されるものではなく、全く無名であっても(例えば身内の孫が描いた絵に過ぎないようなものであっても)心を揺さぶるほどの感動があれば、それは価値の高い絵なのだと思うのです。生前無名だったゴッホの絵などは、後世の人びとの魂を揺さぶることによって高い評価を得るようになったのでありましょう。

さて、安達巌の絵は、彼が両手の無い障害者であるということを全く知らなくても、見る人の心を揺さぶるに違いありません。安達巌の絵は、抽象画ではなく、細密な描写で描かれた具象画が殆んどです。例えば、田舎の古民家や農村の風景を描くのが好きだったようですが、その農家の縁側に老婆が腰をかけた風景の中には、庭先で餌を探す鶏や雀たちまでが微細に描かれて、今にもこちらに向って飛んできたり、急ぎ飛び去るという動きが自然体で感ぜられます。庭の端に生える草木の一本まで、決して描くのをおろそかにしなかった人でした。それらの対象が見事に生かされていて、絵を見る人は、農村出身の人はその昔の故郷の持つ暖かさを思い起こし、農家を知らない人でも絵の全体がかもし出す村の温もりを感じ取り、心を癒されるのです。

安達巌の絵は、どの絵にも自然のありのままの姿を通した、人間に対する優しさが溢れて表現されています。それが只の雪景色のようなものであっても、その絵を見ていると寒さよりも温かさが伝わってくるのです。それは絵を描くという技術の前に、彼の持つ人間に対する心の温かさの為せる働きであるように思われるのです。

彼の描く絵の写実性は極めて高いものがあり、これは一つのエピソードですが、ある時、スペインを訪れた時の古城を描いた50号くらいの作品の写真を撮ろうとカメラを構えたのですが、自動焦点のそのカメラは、どんなに構え直しても3m先のその風景をとることができず、遠距離に焦点が合ってしまって処置なしだったのでした。つまりカメラは絵ではなく本物の風景として認識してしまうのでした。

障害のある人として、口に絵筆をくわえて描く画家という見方をしたとき、安達巌は、何故斯くも細密な具象画を描くことを選んだのか、不思議な気がします。抽象画と具象画の差がどのようなものなのかなどを論ずるのは、絵というものの本質を考える時、全くナンセンスなのは解るのですが、それでも私は細密画を書くためのエネルギーというものは、抽象画よりははるかに勝っているように思うのです。絵筆を口にくわえて書く際の、細い線や点の表現は、塗りつぶすなどとは違った神経を使い、大変な作業なのだと思うのです。それを敢えて避けることなく、安達巌は、例えそれが100号のキャンバスに向う時であっても。決しておろそかにはしませんでした。世界の中の障害者の絵を見る機会に恵まれましたが、安達巌ほど写実的な具象画を描いている作者は居なかったのではないかと私は思っています。

実物をご覧頂ければ、それもできる限り大きい作品をご覧頂ければ、彼が並々ならぬ絵描きであることは一目瞭然なのですが、残念ながらブログではそれを伝えることは出来ません。我が家にある2枚の絵は、2号と4号の大きさのもので、写真では解り難いのですが、とりあえずご紹介させていただきます。

  

京都洛北、美山の民家。(F2号) 安達巌は、生前良く美山を訪ねている。美山にはかなりの数の現役の茅葺の民家が残っている。彼はその景観をこよなく愛したのだった。この絵は2号と小さいのだが、精緻を極めた描写で、早春の美山の里の心を表現している。

   

東京江戸たてもの園にある古民家の雪景色。(F4号)これは家内が撮った写真に基づいて、特別に描いて頂いたもの。この年の冬に珍しく大雪が降り、当時たてもの園でボランティア活動をしていた家内が撮った写真を、安達画伯がたいへん気に入られ、キャンバスに描いてくださった。写真をはるかに超えた質感のある景観が描かれている。

 

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