山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

道祖神様へ参る

2011-01-03 05:30:47 | くるま旅くらしの話

  という間に今年も三日目となりました。元日は完全な寝正月で、飲んで、食べて、寝て、の繰り返しでした。驚くことに家の外には一歩も出ないというグータラぶりでした。今年は格好良く言えば、静養から始めようという魂胆です。いつも着けている万歩計も外してしまい、記録をとるのは二日目からとしました。何だか入院生活の練習をしているような気分にもなりました。

 で、二日目は、俄然動くことにして、早朝から歩きに出かけました。小貝川の堤防の道を歩いたあと、守谷市の古い集落の森の中の道を歩き、締めくくりに村の総鎮守だった八坂神社に参詣し、その後、これが新年の一番大切な歩きの目的なのですが、つくばエクスプレス(=TX)守谷駅の南口近くにある、道祖神様にお詣りをしました。今日はこの道祖神様の話を少しばかりします。

 昔から旅には危険が付きものでした。見知らぬ環境、状況の中を目的地まで無事に辿り着くというというのは、そうそう簡単なことではなかったのでした。今の時代でも、旅にはやはりどこかに危険や災難が息を潜めて待ち構えている感じがしますが、昔も現代から遠くなればなるほど危険は層倍していたに違いありません。

 旅の道路には無数の悪霊が取り付いており、道行く人に様々な悪さを仕掛けてくるという考えがあったのだと思います。これを防ぎ人々を守ってくれる神様が居て欲しいと願ったのは、不思議ではなかったと思います。そしてその願いは道祖神という神様を生み出したのだと思います。

 現代では多神教というものをバカにする風潮(否、一神教でさえも軽視し、宗教なんぞというものは葬式用にある、くらいにしか考えない人が多い世の中ですが)がありますが、私は多神教というのはそれがたとえ偶像崇拝であっても、人間という生き物にとっては、大自然を畏敬し尊崇するという意味でも、とても大切な考えではないかと思っています。神様は一つだけ、一人だけだ、などという考えこそ不自然なような気がするのです。絶対神の崇拝は、排他的であり、独りよがりであり、人間の精神の多様性を否定し、平和とか博愛とかを束縛するように思えるからです。

旅に出て、今まで見たこともないような事物に出会うと、人は感動し、そこに神を見るのではないかと思うのです。北海道を旅していて、至る所にアイヌの神様が鎮座しているのを知れば知るほど、それが人間の自然の気持ちなのだと思うようになりました。アイヌの人びとが、巨大な岩や樹木、或いは生き物など、あらゆるものに神を見出し、敬虔な気持ちでそれと接するというのは、大自然の中に生き、生かされているという人間の素直な気持ちの表れだと思うのです。現代という時代の合理主義や科学文明は、大自然を冒涜し続け、その負の遺産が地球環境を破壊せしめて、もはやそれを深刻な問題視せざるを得ないような事態に立ち至っているのも、元はといえば、多神教などをバカにした人間の思い上がりの結果のような気がしてならないのです。(ホイ、又オーバーな脱線をしました)

 道祖神は、古来の日本に住む人々の素朴な願いを叶えてくれるとても大切な存在だったように思います。旅に出かけるようになって、全国の至る所に道祖神を見かけます。くるま旅では、見過ごし、見落としていることが圧倒的に多いのですが、それでも停まった場所の道端に、小さな石の像や刻まれた文字を見ると、ホッとするのは、やはり神様の働きというものでしょう。

 

   

 

曇野の穂高神社の境内にある塩の道の道祖神群。かつての千国街道にあった道祖神と二十三夜尊の石碑類を集めて並べている。その素朴な石柱を眺めていると、往時の旅人の気持ちが伝わってくる。

 

 守谷にも幾つかの道祖神が点在していたのだと思いますが、TX守谷駅南口近くにある道祖神は、TXの工事に伴って、昔の集落の入口にあったものを移動して、新たに祀ったものだということです。この存在に気づいたのは昨年のことであり、それまで見落としていたのは迂闊でした。その新しく祀られた道祖神様は、道陸(ろく)神と刻まれた小さな石柱と道祖神と刻まれたもう一つの石柱の二本が並べ建てられただけの真に素朴な存在です。その近くにある説明板によれば、その昔この地に住む村人は、旅に出る際には草鞋を一足供えたとのことです。又疫病を防ぐ神様でもあったということです。秋祭りにはこの神様を囲んで、村の人びとは笛や太鼓を打ち鳴らして踊った、とも書かれていました。今は、直ぐ傍をTXが走り、そのような情景を思い浮べることは到底不可能ですが、私としては、これからの自分自身のくるま旅の守り神として、この道祖神様を大切に尊崇してゆきたいと思っています。先ずは、今年一年の旅の安全を祈ったのでした。

 

   

TX守谷南口の一角にある、土塔の道祖神。左側が道陸神、右側が道祖神と刻まれている。鳥居が建てられたのは、TX関係者のお詫びの印だったのか?

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2 コメント

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はじめまして (髯莨齋[Zen-Rou-Sai])
2011-02-26 16:14:42
移動前の道祖神を撮影しておりました。

http://ameblo.jp/zen-rou-sai/entry-10813631502.html

鳥居は当時からありました。

拙頁タイトル通り、過去写真で埋め記事を作成したのち、ふと「土塔の道祖神」でググったところ、貴頁を発見したしだいです。
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ありがとうございました (馬骨)
2011-02-27 07:34:43
髯莨齊様
情報ありがとうございました。以前から鳥居はあったのですね。よく考えてみますと、TXが鳥居を寄進するなんて、想像する方が変ですね。勉強になりました。馬骨拝
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