山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

KYジジイ二人旅(信州美ヶ原高原行)

2023-08-09 04:05:46 | くるま旅くらしの話

<第1日>

連日の猛暑に手も足も出ず、ただ只管に家の中に籠り人工の冷気に熱中症を避けて惰眠を貪るような毎日が続いています。

 これを何とか脱却できないかとあれこれ思いを巡らした末に、老友を誘って信州の美ヶ原高原に3~4日の避暑の旅にチャレンジすることにしました。高原の夏も暑いのですが、標高が2千メートル近くあれば車の中でもドアを開ければ風が通って下界とは違った涼感を得られるに違いないと考えた次第です。信州にある道の駅:美ヶ原高原は、わが国にある数多い道の駅の中で標高がもっとも高く、1,900mを超えた地点に位置しています。ここを目的地にしました。

 二人共傘寿を超えている老人なので、歩き回ることなどしないで、ただ冷気を味わいながらボーっとしてすごす時間を持とうと考えたのです。

 茨城県県南の守谷市に住む私は、都心を通過しなければならず、八王子市に住む老友の家まで約100km。渋滞を避けるために早朝の5時に出発しました。これは予定通りに走ることが出来て、老友の家には90分ほどで到着しました。それから身の回りの荷物を積んで、出発したのは7時丁度。

 ここからは運転上手の老友がハンドルを握って、」高速道は使わずに一般道を行くことにして、国道20号〈甲州街道〉に入り、ゆっくりと走ることにしました。途中幾つかある道の駅で休憩をとりながら諏訪市まで行き、そこから高原への急坂を上って霧ヶ峰高原を経由して目的地の美ヶ原を目指すという行程です。

 二人共これら信州の高原へ行ったことはあるのですが、何しろもう50年以上も昔のことなので、今頃はどうなっているのか見当もつかず、浦島太郎の様な心境なのでした。

 車の両脇に続いている甲州街道の移りゆく景色を見ながら、二人それぞれの昔の思い出話は尽きることなく続きました。最初の休憩は笹子トンネルを潜った近くにある道の駅:甲斐大和でした。ここには山梨県特産の果物の桃やブドウなどが沢山並んで販売されており、それがかなり安い価格なので、老友は早速好物の桃をゲットしていました。私も食べたい気持ちは変わらないのですが、糖尿病には果糖は禁物なので我慢を通すことにしました。

 そのあとは、甲府市郊外の町などを幾つか通過して、10時半過ぎに道の駅:はくしゅうに立ち寄りました。白州町は名水の町で、甲斐駒ケ岳を源流とする尾白川の傍には、サントリーの白州蒸留所がありますし、道の駅の構内にも名水の汲み場が用意されています。なかなか人気のある道の駅で、夏休みとあって、親子連れが目立つ駐車場風景でした。ここで自分達も持参して来たポリタンに6Lほど水を汲んで山へ持って行くことにしました。

 暫く休憩の後出発して、次は昼食休憩することにして、道の駅:こぶちさわを目指すことにしました。国道20号を少し走って山の方に右折してしばらく行くと、道の駅に到着しました。この辺りの標高はせいぜい300~400mくらいなのでしょう、猛烈な直射日光が照りつけていて、建物の中にある食堂までの僅かな距離を歩くのもしんどい暑さでした。中に入って、蕎麦をオーダーして食べました。信州は蕎麦の名所ですが、この辺りは本場には遠くて、味などは今一の感じでした。

 昼食を済ませて、12時過ぎに道の駅を出発。来た道を甲州街道まで戻って、諏訪市方面へしばらく走って、上諏訪の辺りで給油。山に入ってからの給油は難しくなるので、念のため満タンにしました。このところガソリンの価格が急上昇しており、問題を感じていますが、この地の価格は185円/Lでした。店の人と、高いのは問題だ、などと話していたら、2円オマケしてくれました。取り敢えずラッキー?。

 その後は上諏訪市内に入り、「元町」という交差点を右折して霧ヶ峰に向かいました。ここは、50年以上前に汽車で来て、霧ヶ峰に行くバスを待っていた場所で、近くに造り酒屋などがあり、古い記憶でも消えることはないのです。往時は退屈な待ち時間を持て余していたのですが、50年以上を経た今は、自家製キャンピングカーで坂を上るなんて、隔世の感があるなあと思いながら、老友とあれこれ思い出を語りながら霧ヶ峰に向かいました。

 坂を登り終え、霧ヶ峰のキャンプ場やスキー場脇を通ってビーナスラインと呼ばれる道路に入り、美ヶ原高原に向かいました。この道の両側には白樺やカラマツなどの樹木の林が続いていました。上り下りも多くカーブ又カーブの続く道を40分以上走ることになりました。所々道脇に白い花を咲かせている木があり、見ればそれはサビタの花なのでした。サビタはアイヌ語で、和名はノリウツギというのです。アジサイと同じ仲間の灌木です。北海道に多い木ですが、この辺りにも多く見られるのだなと思いました。

美ヶ原への最後の坂道を上る頃になって、空が暗くなり出し、雨と一緒に雹(ひよう)が落ちて来ました。粒も大きくて天井に当るとかなりの衝撃音がしました。直ぐに止んだので助かりました。余りにも暑かったので、山の天気が急変したようです。そのような中を少し走ると、樹木の無い草原地帯となり、間もなく目的地の道の駅:美ヶ原高原に到着しました。

この頃から雨降りが本格化し出し、到着後は、慌てて道の駅の建物の中に飛び込みました。その後は豪雨となり雷鳴も轟いて、今までの暑さは一気にどこかへ消し飛んで、とんでもない歓迎の時間となったのです。とにかくここに泊らなければならないので、小止みになった時を見計らって野菜鍋をつくって夕食を済ませ、早めに寝床に入って雨が止むのを待つことになりました。

 一眠りして22時頃にトイレに行こうとすると、雨はすっかり上がって、空には満月と思しき月が煌煌と輝いていて、懐中電灯などは全く不要の夜となっていました。晴れたら星が見えるかと老友は大いに期待していたのですが、月が余りに明るいため、星の光が薄れてしまってハッキリ見ることができずガッカリなのでした。外に出るとさすがに高原の夜は寒くて、気温は15℃を下回っているようです。寝床に潜り込んで暖を求めることになりました。老人は昼夜を問わずトイレの要請が多く、夜間でも容赦なく3回ほどは寒さを味わわされたのでした。(以下続く)

※KYとは、ジジイ二人のイニシャルです。危険予知などではありません。

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