先に落札した「切支丹就御改仕上起請文前書・肥後家老へ文久4年の裏書」が手元に届いた。
写真では判りづらいその人は、大友宗麟の子孫の一人である松野又右衛門殿であった。
少々勘違いがあったが、又右衛門本人が長岡監物に宛てた「起請文前書」であり、裏書は松野家の菩提寺・宗岳寺である。
松野家はもともとキリシタンであったが棄教した。そのため長きにわたりこの様な起請文の提出が義務付けられた。
本当に良い史料が手に入り爺様はご機嫌である。
+----義乗-----義家(無嗣断絶)==義孝・・・・・・・・・・・・・・・→(旗本大友家・高家)
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大友宗麟---+---義統---+----松野右京---+--主殿------主殿 ・・・・・・・・・・・・・・・→ (細川家臣 二千石・孫三郎家)
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| +---義孝・・・・・・・・・・・・・・・→(旗本大友家・養嗣子となり再家)
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| +---義冬・・・・・・・・・・・・・・・→(旗本松野家創家)
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+---利根川道孝----松野織部---+==亀右衛門==亀右衛門 ・・・・・・・・・・・・・・・→ (細川家臣 千五百石・亀治家)
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| +----善右衛門----又右衛門---善右衛門----四郎大夫---善右衛門---又右衛門---善兵衛--- 一葉
| (細川家臣 五百石・一葉家)
+---半齋--------八郎右衛門 ・・・・・・・・・・・・・・・→ (細川家臣 千七百石・八郎家)