津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

忙しい神無月--霜月

2010-09-30 19:36:40 | 徒然
■9月3日~12月26日 秋を駆ける馬-近世の美術工芸に描かれた馬の意匠-  島田美術館
■10月3日   シンポジウム「加藤清正最新考」    熊本県立図書館3階講義室
■10月6日~12月19日 細川幽齋展 熊本県立美術館-永青文庫展示室
■10月6日~10月12日 古書籍特売会 鶴屋百貨店・東館
■10月8日~10月17日 秋のくまもとお城まつり 熊本城
■10月9日~11月14日 八代城主松井家の名宝展 八代市立博物館・未来の森ミュージアム
  *特別講演会のご案内 ※聴講は無料
     10月9日(土) 14:00~15:30 博物館講義室
      「松井家と松井文庫」 講師 松井葵之 (松井家14代目当主)

     10月16日(土) 14:00~15:30 博物館講義室
      「松井家460年の歴史」 講師 林 千寿 (当館学芸員)

     10月23日(土) 14:00~15:30 博物館講義室
      「能と松井家・能と八代~稀代の能楽コレクション~」
                 講師 山 摂 (八代市文化課文化財係長)

     10月30日(土) 14:00~15:30 博物館講義室
      「肥後の武士と茶~その守り伝えたもの~」
                 講師 福原 透 (当館学芸係長)

■10月 9日  講座 細川コレクション「戦国武将・細川幽斎と信長・秀吉・家康」
                           熊本県立美術館本館講義室
■10月 9日  某家史料調査(大牟田)
■10月16日  熊本史談会例会
■10月17日        細川幽齋公没後400年記念シンポジウム 鶴屋東館7階ホール
■10月30日~11月1日 細川幽齋没後400年記念・第27回熊本大学付属図書館貴重資料展
                「若き日の細川幽齋 -永青文庫蔵・織田信長文書を中心に-」
                           熊本大学付属図書館
■10月30日  公開講演会・第5回永青文庫セミナー「永青文庫蔵の信長文書の魅力」
                           熊本大学付属図書館横-放送大学熊本学習センター講義室
■11月6日~11月7日  古今伝授の間修復記念・細川幽齋公没後400年記念--水前寺祭
                           水前寺成趣園その他
■11月20日  細川家墓所妙解寺(北岡自然公園)清掃
■11月21日  加藤清正公生誕450年・没後400年記念事業 シンポジウム「加藤清正公の偉業を今に」
                           菊陽町図書館ホール
■11月27日  講座 細川コレクション「細川幽斎の古典研究」
                           熊本県立美術館本館講義室
 
コメント

妙解寺の建物

2010-09-29 12:36:07 | 熊本
 現在北岡自然公園と呼ばれる細川家菩提寺妙解寺跡は、明治維新後旧藩主の邸宅として使われている。神風連の挙の折には沢山の旧藩士が警護のために駆けつけたりしている。ここにあった御蔵に現在「永青文庫」と呼ばれる膨大で貴重な史料が収蔵されていた。戦火を免れ残されてきたことが不思議に思われるし、有難いことである。いわゆる北岡家政所が置かれて史料の整理や研究が行われてきた。上妻博之先生の膨大な写本などもその最たるものであろう。

 現在では建物も残されておらず、往時をしのぶ術もない。只広い公園は訪れる人も少なく淋しい限りである。熊本大学の北野隆名誉教授(建築学)が、昭和52年日本建築学会九州支部研究報告として、「近世初期釈家住宅における数奇屋書院について-肥後藩妙解寺塔頭について-」なる論考を発表しておられる。これによると「妙解寺総絵図」というものがあるらしい。またこの論考には6軒の建物の平面図が掲載されている。これらの建物がどのような位置関係で建てられていたのか、「総絵図」が掲載されていないのが残念である。

 現況この公園はいかにも淋しい。お茶室くらい建てられないものかと考えたりする。
せめて「総絵図」などを紹介して、かっての妙解寺の有様を知らせて欲しいと思ったりしている。せめてせめて案内板やパンフレットなどでもよい・・・切なる思いである。

 
コメント

筑前藩のS氏

2010-09-28 18:36:11 | 歴史
 ある方からご恵贈いただいた、幕末筑前藩の悲惨な「乙丑の獄」に係る本を読んでいる。
家老・加藤図書ら勤皇派が大粛清を受け、切腹などの処分を受けた事件である。この中に私と同姓のS氏が含まれている。遠島の処分を受けた。我が家の遠祖は磯部氏だが、二代目が母方の姓をとりS氏を名乗った。いろいろ調べているがどうやら筑前の人であったようだ。しかし幕末勤皇派であったというS氏との関係は不明だが、その悲惨な処分には同情を禁じえない。有名な勤皇派・野村望東尼も姫島に流罪の身と成っているが、慶應二年救助されるがのち亡くなっている。S氏はこの望東尼と交流があったらしく、某図書館にはS氏文書として望東尼に関する史料が残されているらしい。

 筑前藩の悲惨はその後も続き、今度は勤皇派を粛清した守旧派が大政奉還を受けて、「乙丑の獄」同様の処分を受ける。執政の大部分がいなくなった中、勤皇派が復権した後、今度は「偽札事件」が勃発、この処分も厳しいものであった。筑前藩はわずかの期間に多くの人を失い、なすすべもなく時代の変革の大渦に巻き込まれていくのである。

 筑前と比較すると、熊本の実学党vs学校党の対立など物の数ではない。
もっとも神風連諸士の挙や、西南の役などで多くの人命が失われた。
わが高祖父も非業の死を遂げた。いずれの死も忘却のかなたにあるが、このような資料に遭遇すると、貴重な命のやり取りの上に我々が存在していることを思い知らされるのである。

 

 
コメント

糸井重里氏の・・・

2010-09-27 18:50:04 | 徒然
 あの糸井重里氏が細川護煕氏と対談をされています。糸井氏のサイトを御覧ください。

                  ほぼ日刊イトイ新聞 - 細川家の平熱。

                 www.1101.com/hosokawafamily/index.html
コメント

謹告・・「青龍寺以来」「田邊城籠城衆」のご子孫様

2010-09-27 12:44:11 | 歴史
 当方では緊急に、「青龍寺以来」「田邊城籠城衆」のご子孫をお探ししています。
以下に記します皆様のご子孫様、もしくはその方をご存知の方、大変恐れ入りますが、ご連絡方お願いいたします。(順不動、敬称略しますことをお許しください)

■青龍寺以来御家来 (●印は田邊城籠城衆)
   ・沼田勘解由
   ・志水新之允
   ・牧 尉太夫
   ●山本三郎右衛門
   ・石寺加兵衛
   ・一宮源四郎
   ・一宮善太夫
   ・米田求政
   ・河喜多石見
   ・的場甚右衛門
   ・魚住市正
   ・中村新助
   ●生源寺大炊
   ・神足掃部
   ・磯田吉六
   ・友岡山三郎
   ・八木田新三郎
   ・杉 新六
   ・沢村甚左衛門
   ●樹下壽斉
   ・内藤左衛門
   ・岡本源三郎
   ●宮部市左衛門
   ・西川與助
   ・坂根少九郎
   ・粟津彦左衛門
   ・可児清左衛門
   ●神戸喜左衛門

■田邊城籠城御家来
   ・荒木善兵衛
   ・蓑田甚之允
   ・上羽新兵衛
   ・上羽小右衛門
   ・寺井道運
   ・寺井吉右衛門
   ・上林助兵衛
   ・加納曲斉
   ・松山権兵衛
   ・中村甚左衛門(改姓・沢村氏)
   ・平田因幡
   ・守田彦三
   ・桂林寺
   ・佐方與左衛門
   ・吉山福萬
   ・石寺甚助
   ・小林勘右衛門
   ・長岡孫九郎(改姓・三淵氏)
   ・荒木太郎助
   ・魚住加助
   ・坂根長右衛門
   ・竹原少左衛門
   ・内藤庄右衛門
   ・吉住庵清
   ・久野與右衛門
   ・中西太兵衛
   ・中西善助
   ・遠坂助右衛門
   ・金山下坊(改姓・加藤氏)
   ・永井四郎左衛門
   ・安場九左衛門
   ・麻生吉右衛門
   ・佐方庄左衛門
   ・築山保春
   ・北村石見
   ・北村甚太郎(宮村出雲)
   ・北村勘三郎
   ・丸山助左衛門
   ・前田太郎右衛門
   ・大塚源次
   ・佐野三之允
   ・加藤新助
   ・上原甚七
   ・矢野七助
   ・大野弥十郎
   ・村野少助
   ・板井半助
   ・篠山五右衛門
   ・久代右近右衛門
   ・日置善兵衛
   ・醫 宗宿
   ・岡本新兵衛
   ・三刀谷四兵衛
   ・佐方吉衛門
   ・沢田出羽
   ・佐方次郎助
   ・千家七蔵
   ・藤本伊右衛門
   ・石川助之進
   ・久代太郎助
   ・岡本源内
   ・雲龍寺
   ・大野宗順
   ・松田生右衛門
   ・杉 勘四郎
   ・上野勝助
   ・武藤又兵衛
   ・温井蔵助
   ・温井五兵衛
   ・進士作左衛門
   ・西村忠馬
   ・沢村次右衛門
   ・永井和泉
   ・村越久左衛門
   ・東福寺既西堂
   ・森四郎次郎
   ・宮前久四郎
                以上は北岡邸御役間資料による。
   
   
コメント (4)

千世と与一郎の関ヶ原

2010-09-26 23:41:12 | 書籍・読書
                  こんな本が出ているとは知りませんでした。

                        千世と与一郎の関ヶ原
                           著者:佐藤雅美
                           発行:講談社
                         定価(税込):1,890円


内容紹介
--------------------------------------------------------------------------------
関ヶ原の戦いの真相に迫る渾身の書き下ろし
前田利家の娘と細川忠興の嫡男。運命に翻弄された「夫婦の絆」
講談社創業100周年記念出版

三成は“忠興憎し”に凝り固まっている。「内府と決着をつける前に、忠興の国、丹後を踏み潰してくれん」

前田利家の娘・千世と細川忠興の嫡男・与一郎は、豊臣秀吉の仲立ちにより結婚し、仲睦まじく暮らしていた。しかし、秀吉の死後、実権を握った徳川家康は、細川家に「前田家との縁者振りを絶つよう」に命じる。忠興から千世を実家に戻すように言われた与一郎は、千世を深く愛していたため、ためらっていた。そんななか、石田三成が反家康同盟を作り、蜂起。忠興の妻・ガラシアは、三成の人質になることを拒み、自害する。天下分け目の戦いが始まった――。


コメント

お医者様 (二)

2010-09-26 19:02:24 | 歴史
軽輩医師
一、熊本(府内)在住医師
   ・御目見医師 君侯に拝謁を許される格の医師。
            緊急の場合君侯の診療をなすこともある。
   ・独禮医師  単独で御禮、御儀に出ることを許される資格を持つ。
            ほとんど御目見医師と同格
      (右二者は軽輩医師の筆頭格、准士席の待遇を受けることもある)
   
   ・諸役人医師 諸役人と同格待遇

二、町医師
   町奉行所所管の各町(八代、高瀬、高橋、川尻の四町)の医師
   ・御目見医師 君侯に拝謁を許される格の医師。
            緊急の場合君侯の診療をなすこともある。
   ・町独禮医師 府中(熊本)に住む独禮格と同一資格
   ・その他   有録、無禄、苗字ある者、無苗の者など

三、在医師
   五ヶ町以外の郡部の医師(郡代直触、惣庄屋直触などあり)
   ・御郡医師
   ・御郡医師並
   ・その他の在医師 有録、無禄、苗字ある者、無苗の者など

四、浪人医師
   浪人にて医を業とするもの。寺社奉行支配で士席浪人・軽輩浪人がある。

五、御家中医師
   宗家の育てで医業をなすもの、直属主人の支配。軽輩待遇。
コメント

お医者様 (一)

2010-09-25 20:27:37 | 歴史
 もう7~8年前の話だが、某有名大学にお勤めのドクターがご先祖探しをしておられた。
ご先祖様も医師であったらしく、○○寺支配医師とあってお名前もはっきりしている。処がいまだにこの方の史料に遭遇できず悔しい思いをしている。○○寺支配を手がかりにしたのだが、○○寺が熊本に三軒程あり特定も出来ない有様である。

 「細川家家臣略歴」によると、医家は63家に及んでいる。松本寿三郎氏(崇城大教授)が、「年報・熊本近代史」で発表された「熊本藩における医師}(一~三)においては、例えば宝暦期の医師として、「御医師」12名、「外様御医師」50名、「御郡医師」11名、「その他」とされている。この「その他」は「御国中寺社御家人名附」に収録されていたものだそうだが、数え上げると139名に及んでいる。
いわゆる士席にあたるのが「御医師」「外様御医師」「御郡医師」であり、合計73名であるが、文政期では79名(文政三年正月改・士席以上名録)とされるから、数の上では余り動きがないことが判る。これらの医師が藩主・一門・家士の診療に当たった。
 
士席医師 
士席の医師は「御匙御医師」を最高位とする。君侯の診療にあたるいわゆる侍医である。御用人支配。
「御次御医師」は次の間に控え時には君侯の診療にもあたった。又君侯夫人や奥の婦女子の診察も御次医師が行った。御用人支配下に入る。
「外様御医師」は前記二者が奥向きであるのに対し、外向きの任務であるためこう呼ばれる。外様御医師觸役支配に入り、その職務は以下のごとくである。
  ・御花畑泊御番並に馳付受持
  ・野方御供
  ・御連枝様御供
  ・御手当受持
  ・調練出役
  ・武藝並に大砲打方御覧の節詰方
  ・御花畑御礼の節晝詰
  ・両御祭禮御桟敷詰
  ・両御寺神護寺往生院詰方
  ・公儀御役人衆止宿の節詰方
  ・御刑方出役
  ・(再春館勤務)
                 以上が知行取、以下次回
コメント

熊本近世史年報・目録--(4)

2010-09-25 09:20:07 | 歴史
■昭和62年度(昭和63年10月)
 ・「魚山叢書」所収の乙護法構式に関連して     佐藤征子
 ・唐津藩寺沢浪人の再仕官     鶴田倉造
 ・文政八年以前の地推について     林田巌
 ・商品流通と球磨川     右田幸介

■昭和63年度(平成元年12月)
 ・肥後八代の名産「搗剥」について     蓑田勝彦
 ・「外来王」小考 -草部諺記」にみる     佐藤征子
 ・天草島原の乱当初 肥後筑後の様相断片     鶴田倉造
 ・「地推」史料紹介(その二)     林田巌

■平成元・二年度合併号(平成三年七月)
 ・岩永三五郎と雄亀滝(おけたき)橋について     蓑田勝彦
 ・月田蒙斎について     蓑田勝彦
 ・細川家家臣の南蛮字印について     松本寿三郎

■平成3年度(平成4年12月)
 ・「史料紹介」久住手永耕作気候目安書     花岡興輝
 ・「史料紹介」細川氏の参勤交代と豊後国関宮の神馬牧     蓑田勝彦
 ・熊本藩におけるいろいろな宛行状     松本寿三郎
 ・「資料」六角形の南蛮字印ほか        同上

■平成4・5年度合併号(平成6年6月)
 ・荻昌国「御免方大意」補     水野公寿
 ・八代御城附名簿     松本寿三郎
 ・細川興孝と刑部家の成立の事情     花岡興輝
 ・「資料紹介」幻の目鑑橋 -馬見原三河橋(蘇陽町)について-     
                     蓑田勝彦
 ・宇土郡松山手永大見村年禰宮の釣鐘紛失事件     右山幸介
コメント

加藤清正妻子の研究--講演会

2010-09-24 17:26:17 | 熊本
 今日の行動のメインは福田正秀氏の講演会である。「加藤清正妻子の研究」の著者(共同)であるが、あの素晴らしい著作の刊行以後も新しい発見を含め、研究は止まるところを知らず、大変興味ふかい講演となった。(財)熊本城顕彰会が発行する会誌「熊本城」で「加藤清正の妻子」を連載されているが、最新79号での「清正の息女本浄院あま姫(こや)」は第九回に及んでいる。

 13:30~15:30熊本市立図書館での講演会は清正公没後400年にあたる年でもあり、いろいろな催しが行われている中時を得た企画である。一般市民の興味もただならぬ感じがする。パワーポイントを活用しての、多くの貴重な史料を視覚的に拝見できて、一段と理解を確かにすることが出来た。福田さんお疲れ様。

 行き返りは久しぶりに自転車、暑さは涼しい風に帳消しになるさわやかさ、しかしながら帰りの長い坂道は何ともしがたく、二度ほど押して帰ることと相成った。爺様もくたびれているが、自転車のほうも所有者同様くたびれている。ダイエットの為にと些か頑張りすぎたきらいがある。
コメント (1)

黄門様と犬公方

2010-09-24 09:22:11 | 歴史
細川綱利の正室は高松藩・松平頼重の養女・久姫(本源院)だが、その実は家康十一男・水戸中納言頼房(水戸徳川家祖)の息女である。即ち松平頼重や水戸光圀の妹である。水戸家は二男の光圀が継いでいるのだが、光圀は強く希望して兄頼重の息・綱條を養子として三代目としている。どういう経緯があったのか判り難いところだが、東京大学史料編纂所教授・山本博文氏はその著の中で、説明のために山村恭子氏の下記著書を引用している。ならば読まずば成るまいと思っている。

黄門さまと犬公方 (文春新書)
山室 恭子
文藝春秋

このアイテムの詳細を見る
コメント

熊本近世史年報・目録--(3)

2010-09-24 08:34:25 | 歴史
■昭和55年度(昭和56年3月)
 ・ローマ字印についての疑問     森下功
 ・徳富家の水俣書堂関係史料     蓑田勝彦
 ・肥後藩の地方知行(一)     松本寿三郎

■昭和59年度(昭和60年6月)
 ・米良山毒薬事件     右山幸介
 ・玉名郡■村考     松本寿三郎
 ・寺沢広高の天草拝領の時期とその経緯     鶴田倉造
 ・明治一〇年・熊本県下の農民一揆
    -六大区七小区の一史料-     水野公寿
 ・隈部氏関係文書(史料)     松本寿三郎

■昭和60年度(昭和61年6月)
 ・天草における鉄炮の普及     鶴田倉造
 ・元和一国一城令の前駆形態について     白峰旬
    -肥後熊本藩における慶長十七年の支城破却を中心として
 ・相良清兵衛事件に関する一考察     右山幸介
 ・「地推」史料紹介     林田巌
 ・近世肥後製糸業の一考察     本田秀人
 ・幕末の肥後藩窯     蓑田勝彦
    -八代焼の生産構造-
 ・庶民教育の普及     水野公寿
 ・玉名郡上拾町村人畜改帳・平野文書目録     森下功
 ・高等学校教科書「日本史」にみる朝鮮通信使の記述     松本寿三郎

■昭和61年度(昭和62年11月)
 ・森田先生の思い出     蓑田勝彦
 ・島原の乱における天草農民の討死・逃散と乱後の移民について
                         鶴田倉造
 ・古城松井家について     蓑田勝彦
 ・「妙好人伝」記載の法順について     佐藤征子
 ・再地引合地推について     松本寿三郎
 ・荻昌国 覚書     水野公寿
 ・「菊池川水運」関係資料(史料)     城後尚年・他
コメント

熊本近世史年報・目録--(2)

2010-09-23 09:52:39 | 歴史
■昭和49年度(昭和50年5月)
 ・延享四年の芦北郡の百姓一揆について     蓑田勝彦
 ・御府中小路町々産物附     松本寿三郎
 ・諸作日記(史料)     森下功
 ・阿蘇一揆の裁判結果について     水野公寿

■昭和50年度(昭和51年6月)
 ・肥後国検地帳の基礎的研究Ⅰ(特集号)
     慶長九年九月 山本郡検地帳

■昭和51年度  未発行

■昭和52年度(昭和53年7月)
 ・肥後国検地帳の基礎的研究Ⅱ
     慶長十三年 山本郡検地帳

■昭和53年度(昭和54年5月)
 ・肥後藩の百姓一揆・補遺     蓑田勝彦
 ・近世武士の経済生活     松本寿三郎
 ・神社経営と氏子村々     岩本税
    -小一領社と矢部手永の場合-     
 ・明治三年肥後玉名郡小野尻村農民の存在形態

■昭和54年度(昭和55年7月)
 ・農民の階級構造の変遷について     林田巌
    -竹迫手永灰塚村の場合-
 ・肥後宝暦改革と孝子表彰     岩本税
 ・加藤清正書状三通(史料)     安部堅二・蓑田勝彦
 ・阿蘇一族における屠牛所焼打ち事件の史料     水野公寿
コメント

熊本近世史年報・目録--(1)

2010-09-22 17:54:37 | 徒然
「熊本近世史の会」が発行している年報には、優れた論考を見ることが出来るが、一般の方々にはどのような論考が掲載されているのかを知る術がない。
昭和42年度から逐次これをご紹介して、これが皆様のお役に立てば何よりである。

■昭和42年度
 ・肥後藩の請免制について     蓑田勝彦
 ・白灰の生産と販路 荒尾手永宮内出目村を中心に     堀守雄
 ・宝永三年小国・久住郡代日記について     徳丸達也
 ・大根種子の売却     南吏一
 ・都筑(郡筑)小作争議資料の発見と研究の課題     岩本税
 ・庄屋堅〆誓詞を通してみた肥後藩政     松本寿三郎
 ・幕末肥後藩における農家相続     城後尚年

■昭和43年度
 ・揚酒商売願之資料     南吏一
 ・松井氏の干拓新田資料「海辺新地御布達之趣ニ付達」     蓑田勝彦
 ・村政における地方知行の資料 肥後藩給地制の一側面     松本寿三郎

■昭和45年度(昭和46年3月)
 ・ローマ字印の下限     森下功
 ・会所役人の辞令     花岡興輝
 ・近世の宛行状について     松本寿三郎
 ・川尻御蔵納の実際     南吏一
 ・肥後近世史研究家-内村政光     水野公寿
 ・郡筑争議史的分析の試み     岩本税

■昭和46年度(昭和47年4月)
 ・庄屋引継文書について     松本寿三郎
 ・肥後における豪農経営究明への手がかり
     -弥富家文書をめぐって-     岩本税
 ・肥後藩農民の家族構成     城後尚年
 ・肥後藩内の蝋販売所と蝋価格     蓑田勝彦
 ・阿蘇一揆の一資料     水野公寿
 ・京都守護の肥後藩士の服装     南吏一

■昭和47・48年度合併号(昭和48年6月)
 ・松井氏の飛脚について     蓑田勝彦
 ・天領農民の他藩領掛畑作について     岩本税
 ・番太日記     松本寿三郎
コメント

近世都市熊本の社会

2010-09-21 12:13:35 | 書籍・読書
西唐人町に残る見図帳によって、町家の様子、家内人数、家族、屋号、家族の年齢構成、商売、町役負担、町人生活を具体的に描く。掛屋敷を抱え影踏御免の特権を持ち、別当や丁頭となる富裕な町人と、裏屋住まいの借家人、手加勢で渡世する者、出商いで影踏みに間に合わぬ者、窮民救済を受ける者、さまざまな町人の姿がある。藩当局はどのように町方法令を整備し、衣服規制、諸役賦課を実施したか、いかなる形で民意を取り上げたか。町中から差し出された諸願書を史料として紹介、松雲院町・慈徳庵町の成立、本・新坪井町の再開発にふれる。

近世都市熊本の社会
本田 秀人
熊本出版文化会館

このアイテムの詳細を見る
コメント