津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■脳みその暑気あたり

2018-07-20 17:46:32 | 徒然

 悪友が電話をしてきた。開口一番「お前の脳みそは暑気あたりしちゃおらんかい」という。
「何・・・」と言いかけたところ、「今あんたが書きよる井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四は、前に書いとるぞ・・・」という。
又「何・・・」といって、悪友の言っていることがようやく理解できた。
今日UP分で5回に及ぶ。腹立たしさ紛れに「早うお知えんかい」と八つ当たり、悪友曰く「あぎゃん難しいとば毎日見らるるかい」という。
最後は感謝の意を伝えたところだが、本当に私の脳みそは暑気あたりしていた。5回分貴重な作業時間約10時間ほどを無駄使いしてしまった。
この分はそのうちにこっそり気づかれないように削除をしたいと思っている。・・・まいった・・・

次回から「井田衍義・書抜しらへ 郡府舊記・十八」をご紹介する。nnnnnnnnnnn

 

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■食べるものがない・・・

2018-07-20 16:07:10 | 徒然

 昨日病院へ行き、一月皆勤の散歩の成果は如何にと血液検査をお願いした。結果はHbA1cが8.9(4.6~6.2)、血糖200(70~109)である。
Dr曰く「あまり下っていませんな~」「御飯とパンを止めましょう」「来月成果が見えなければ、インスリン治療になりかねませんよ」とのご託宣である。つまりは「糖尿病」を正式に宣言されたことになる。昨日・今日といささか「欝」状態である。
これは覚悟を決めて、運動と食事療法に頑張らなければならない。
投薬も血圧の薬・目まい止めの薬・血糖を下げる薬と沢山で、「竹熊先生の御説」を頭に浮かべながらも、遺憾ともしがたい状況にある。

御飯もパン類も麺類もOUTだそうだから、食べる主食が見当たらない。野菜と豆腐とこんにゃくで過ごそうと奥方に宣言した。

 

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■色・いろいろ「利休鼠」

2018-07-20 12:00:17 | 色・いろいろ

 先日「日本の伝統色」を取り上げたが、此の見本帳を眺めているといろいろ思うことが有る。
ネタ切れの昨今、「色・いろいろ」のカテゴリーを作りネタ切れを補っていこうと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 テノール歌手がよく歌う歌曲に、北原白秋作詞・梁田貞作曲の「城ヶ島の雨」がある。

        雨はふるふる城ヶ島の磯に  利休鼠の雨がふる                           
                                                                      63 N.jpg
                              

 この歌い出しの部分にある「利休鼠」というのを理解できるようになったのは、20歳過ぎて茶道のお稽古を始めたころである。
 師匠のN先生に教えていただいたし、茶会での御召し物が「利休鼠色」で、なんと日本の色の文化の素晴らしい事かと思い知ったことであった。
                      雨は真珠か夜明の霧か それとも私の忍び泣き

                      舟は行く行く通り矢のはなを 濡れて帆あげた主の舟
                      ええ 舟は櫓でやる櫓は唄でやる 唄は船頭さんの心意気

                      雨は降る降るひは薄曇る 舟は行く行く帆がかすむ

 28歳北原白秋の才能を思い知らされる歌でもある。

 

 

 

     

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■井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四(5)

2018-07-20 07:24:03 | 史料

 二二一
一大庄屋は御知行被遣候間、武具之拵も分限ニ限さる様ニ
 可被仕候、幷衣類之事、絹・紬ハ不苦、女も同前、帯も
 ねいはくの類、堅無用たるへき事
一小庄屋分刀脇差拵之事、銀作り之上は指へからす、平百
 姓は銀作りも指へからす、衣類・帯・下帯迄も布・木綿・
 はな染物たるへし、女も衣類同前たるへき事
  但、人ニより此書付の外の類のもの可有之候、御郡奉
  行としてなみをうらい可申聞候事
一神事・祭禮・祝言・葬禮之事、其庄屋共として分ニ過さ
 る様に可申付候事
 右之外、分に過たる儀有之は、御郡奉行・御代官衆より
 可被申付候間、左様無之様ニ能々可被申聞候、此旨相背
 者有之ハ科之輕重にしたかひ曲事に可行旨被仰出者也
   寛永十七年七月廿一日         監 物         米田興季 家老次座
                      頼 母         有吉英貴 家老三座
                      佐渡守         松井興長 家老首座
        郡々
          御郡奉行中

 二二二
   覺
 町人極候者ハ絹・紬・布木綿科然事
一在郷町人衣類
 此方構無之事
一出家衣類之事
 人柄二より又ハ其官之位ニより絹・紬・布木綿科然事
一神主衣類之事
 其人柄ニより位なミにも可有之哉、又ハ其分ニも可有之事
一くすし衣類之事
 歩小姓より並木綿、上帯・ゑり、袖・ふくりん紬くるしから
  す事
一地侍衣類之事
  已上

 二二三
   御惣庄屋十ヶ條
一段々被仰出候趣
一百姓共耕作
一用水
一御百姓痛申候得は、御惣庄屋何レも御免を下ヶ被下候様
 二と計心得
一御國端之御惣庄屋、他領之儀
一他所より走來候者
一諸方勤二隙を費、御用疎略
一為私人夫召仕
一御侍衆日用夫
一時分迄ニて仕候獵は各別、御百姓共かり加へ諸獵仕間敷
 候、但御侍衆、鹿狩・川狩獵共慰日申候ハヽ其外之儀ニ
 も御百姓召仕申間敷候
 右條々堅相守へく候、御惣庄屋ハ御百姓之好之事ニ候得
 は、萬事相嗜科申候、彌勤之善悪可遂吟味候條可被得其
 意候、右之外御郡奉行衆幷御代官・御内檢又ハ御山奉
 行・御百姓之十ヶ條四通御座候
 右は今度御郡中へ被仰渡候儀一紙之帳ニ調申候、御役人
 幷村庄屋銘々寫置、向後此旨末々迄相守候様可被仰渡
 候、以上
   貞享元年六月廿一日     郡方

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■暑中お見舞い申し上げます

2018-07-19 17:18:55 | ご挨拶

      クリックすると新しいウィンドウで開きます                                               毎日新聞2017年8月26日記事から「菊池渓谷」

                                                             暑中お見舞い申し上げます

                           猛暑が続いておりますが、ご無理をなさらぬようお過ごしください。
                  76爺は朝の散歩以降は、ただひたすら家に籠りクーラーの下で過ごしております。
                     読書三昧、古文書三昧で乗り切り、涼しい秋を迎えようと思います。

                            2018年 盛夏    津々堂 敬白

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■井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四(4)

2018-07-19 06:45:53 | ご挨拶

 二一七
   覺
一御蔵納ニ掛り候物ハ何ニても、御代官衆村々え割賦ニて
 可被相調候、同代米、當時/\ニ渡し、重て代米之本切
 手御代官衆より可被調候事
一人馬其外何ニても御郡中より出候物は、惣庄屋手永切之
 割賦は御郡奉行衆より割賦被仕、可被申觸候、惣庄屋出
 合、郡中之出物之割賦仕儀、可為停止事
一御郡中より出可申銀米、幷惣庄屋手永之墨紙筆代米、其
 外何ニても割賦仕、村々より可出米銀、惣庄屋手永限ニ
 何宛之出米何程と書立、御郡奉行衆御吟味之上判形ニて
 御惣庄屋へ可被渡候、其判形之書立之奥ニ、村々之割
 賦惣庄屋より仕申觸、可相調候、然時は御郡奉行判形不
 見届米銀一切出申間敷候、度々村々小庄屋・百姓書付可
 有御取置事
一惣庄屋・小庄屋役高引様之儀、前廉御郡奉行中相談ニ
 て被相定候由ニ候、然とも其定のことく無之所有之由ニ
 候、向後ハ小百姓迄も合點仕候様、庄屋高何程引候との
 帳を、庄屋手永限ニ調、庄屋・百姓之判形を加有御取置
 候事


一竹木之山之儀は、御山奉行・山口捌、惣庄屋は不存候様
 可仕候事
 右前廉より如此旨候得共、在々ヶ様無之所有之由申候間
 申觸候、末々迄承届候様可被仰付候、恐々謹言
   寛永十二年四月廿日        乃 美 主 水
                 河喜多五郎右衛門
                    沖津作大夫
                    瀬戸五兵衛
          御郡奉行中

 二一八
 為御意申觸候、各支配之御郡廻在之時、泊々ニて薪幷乗
 馬之糠・草・藁、其所より出可申候、代銀無ニ取可被申
 候、尤荷物付馬一疋宛賃銀無村継馬被渡下候、則皆共
 り差紙相渡申候、挟箱・笠箱等ハ、日雇夫ニ為持日申筈
 二候、御定之賃銀を遣し雇可被申候、且又其所有合之野
 菜等にても取被申間敷候、相應之直段にて買調可被申
 候、詰御郡の面々自然病中等ニて、宿駕を借日罷通候時
 も可有之哉、御定之賃銀夫を雇可被申候、其砌無支様、
 兼て宿筋致沙汰置可被申候、恐々謹言
   寛永十二年六月十日        乃 美 主 水
                 河喜多五郎右衛門
                    沖津作大夫
                    瀬戸五兵衛
          御郡奉行中

 二一九
 一筆申入候
一御免定候事、土免或は毛上ニて相定、御免請状差上候は、
 御蔵納ハ御郡奉行より相定御物成を書付、判形候て、一
 村切ニ可被相渡候、御給知は定物成を書付、其給人或は
 下代判を仕、庄屋被相渡候得と可被申候、此儀小百姓迄
 承届度可存儀候間、如此ニ候、勿論水損・風損・旱損・
 蟲喰・鹽入・穂枯出來候ハヽ、御蔵納は御郡奉行可相理
 候、熊本へ被申上候ハヽ、則御内檢奉行を被出、毛上相
 應ニ定可被遣候、御給知は其給人有躰ニ定可被申候、前
 廉も被仰付儀ニ候得共、彌下々迄可被申渡候事
一御國中借物、米は三割・銀ハ貮割、此内歩合輕分は相對
 次第之事
一往還の旅人・人馬幷渡舟、風雨・夜中たり共無滞様ニ可
 被申付候
  附、道橋修理不可有油断候事
一御惣庄屋・小庄屋墨紙筆等之代米、所ニより多少有之由
 ニ候、然間疑敷可存候様、員數を定、別紙ニ書出候様可
 仕候事
一御郡役の事、人馬多少、又ハ所ニより指引吟味ニ可被申
 付候事
一御惣庄屋・小庄屋、非分の儀を御百姓ニ申懸候ハヽ、則
 御郡奉行え可申達候、其理を被聞届、正敷可被申付候、
 誰人不寄、理不儘成儀を御百姓ニ申懸仁有之候ハヽ、小
 庄屋・惣庄屋を以、随分理を申、無承引候ハヽ御郡奉行
 所え可申達候、其上於無裁許は、其趣書付を以御奉行所
 え可申上候、勿論御郡奉行・御代官・御内檢奉行被申付
 儀ニ候、御百姓迷惑仕儀有之候ハヽ、是又奉行所え可申
 上候、其理を糺可遣事
 右之條々前廉も被仰出候儀に候間、下々迄堅可申渡候事
   寛永十三年正月十一日    河喜多五郎右衛門
                 椋 梨  半 兵 衛
                 堀 口  勘 兵 衛
                 沖 津  作 大 夫
        御郡奉行中

 二二〇
 一筆申觸候、五月朔日御觸候大庄屋・小庄屋刀脇指差可
 申候、其砌此方よりも相觸候、百姓は脇差迄を差候筈、
 不持者は急度求候て指可申候、若差不申者ハ、小庄屋は
 拾五匁宛の過料、百姓ハ五匁宛か申付旨、急度容易被仕
 尤二候、先日御川狩二被成御出、脇指差不申庄屋被成御
 覧、殊之外御立腹にて候間、十五日より内、悉用意可被
 仕候、為後日候間各名印形・判形候て留所より此方へ差
 返可給候、以上
   寛永十年七月一日         沖津作大夫
                    林 次兵衛

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■あわてて購入の二冊

2018-07-18 15:11:32 | 書籍・読書

             

  土佐史談 207号に「土佐切支丹外史 マグラナダ・キオタ考」という論考が掲載されていることを知り、日本の古本屋から購入した。
 これは以前触れたことが有る、清田鎮乗の娘で寛永四年殉教した「マグレナダ清田」に触れている。
 なぜ土佐史談会がこれを取り上げているかは、豊後の大友宗麟の娘が土佐の一條兼定に嫁いでいるからである。
 著者「あべこうきち氏」は外山幹夫著「大友宗麟」(吉川弘文館編)に書かれている内容について疑義を呈しておられる。
 外山氏は一條兼定に嫁いだをこの「マグレナダ清田」に比定されているようだ。
 この一條兼定に嫁いだ大友宗麟・娘ジェスタは一條家から逃げ帰り、後大友家一族の清田鎮忠に再嫁している。

 外山氏はレオン・パジェスの「日本切支丹宗門史」を引用しているとされるが、ならばこれを読まずしていろいろ物を言っても仕方なかろ
 うと、急きょこちらも日本の古本屋さんに手配をした。一両日待たねばならない。
 

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■井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四(3)

2018-07-18 07:18:21 | 史料

 二一三
   御印之寫
一開之田地は、理り極て年季を定可申候、定候理りを熊本
 之郡奉行え不申尋候て天気を定候事、仕間敷事
一或土免二定候上、百姓之書物之定之ことく免を下候事、
 郡奉行加為見計次第、但横目を可申候時分、かけ互ニ熊
 本より横目を申付候は不苦候間、為郡奉行加申付候事
一郡中之儀、可然と見切候儀は、熊本へ不及尋、如此申付
 候との儀迄申届候事
一假令、熊本奉行所より申付候儀も、わろき定候ハヽ申付
 間敷候、扨其段熊本え可申候、其上ハ熊本次第ニ我等申
 付候事も、事ニより郡迷惑仕候儀候ハヽ理可申候、兎角
 郡中悪敷儀を、郡奉行ニ定候上ハ無理ニ悪敷事を其儘置
 候事、曲事ニ候、横目廻り悪事申來候は、不遂穿鑿を申
 付候事有間敷候事ニ候、其段氣遣仕間敷候事
一口々ニ地侍抱可申候、有付候儀は、百姓は不及申、侍・
 商人・鍛冶・番匠之類も有付候様可仕候、幷右之知行遣
 候者は、役者其身召仕候様、迷惑不仕候様似合儀迄可申
 付候、知行之分ハ役申付間敷候、年頭ニ一度又郡え出候
 時目見え可申付候、其上役を又申付候、一領一疋と名付
 可申事
   寛永十一年十月二日御印
          郡奉行中

 二一四
 急度申觸候
一御年貢御請合仕、在所如何程迷惑仕候共、如定取切可申
 旨御意候間、可被得其意候
一御蔵納牛馬死候在所、又牛馬無之在所、利無御銀子御借
 可被成由御諚候間、可被得其意候事
一免を上ヶ可然在所、下ヶ候て可然所、高下之吟味可被仕
 候事
一在々ニ死候石之皮、其主ニ被遣候間、其主取申儀、かわ
 たニはかせ可申も、其主勝手次第可仕由御意候間、被得
 其意、御百姓か被申渡候、幷ヶ様ニ申付御得共、御用之
 皮支申候節ハ託麻之次左衛門・飽田源右衛門ニ直段を買
 せ可申候間、其段御百姓中え可被仰渡候、恐々謹言
   寛永十一年十二月十三日     牧 丞大夫                        御鉄炮頭衆 四百石 (真源院様御代御侍名附)
                 河喜多五郎右衛門
          御郡奉行中

 二一五
   申渡覺
一地侍・札筒・玉薬員數日相積加被指上候、玉之儀は札銀
 を以夫々之筒ニ逢候積ニ誘可被置候事
一船差之儀は、走者有之時は近所之庄屋、或牢人各見はめ
 次第ニ心當仕被置、馳付候様可申付置候事
一御郡/\之儀、豊前ニて被仰付置候揃道眼(服ヵ)、前廉牧・宗
 像より渡置候外ニ不足有之候は、被調各預可置候事
   附、其郡/\之紋書付可給事
一質物幷賣置候男女共、先代ニ走り申者之儀、各被申上通
 得御意候得は、先代之儀御構無御座候、御代ニ走り候者
 急度可申付旨被仰出候事
 右之條々、内々可被得其意候、委口上ニ申渡候、以上
   寛永十二年正月十九日    河喜多五郎右衛門
                   乃 美  主 水
          御郡奉行中
 
 二一六
   御書出之寫
一留守之時つかへ候儀、横目申付候間、其段諸奉行へ届置
 可申候
一國中ニ迷惑ニ詰候者自果シ事、郡奉行え目安を上候得と
 可申付候、又理不盡ニ迷惑ニ詰候由申候ハヽ、其一門ニ
 懸り可申候事
一國中ニて不濟公事、町奉行可相濟候、公事之日限相定、
 横目を呼可濟候、六ヶ敷公事奉行え相談可申候事
一郡奉行も公事之ひはん申付候得共、横目を呼候て可申
 付候
   寛永十二年二月十三日       西 郡 刑 部                 刑部少 御馬廻衆・添頭 八百石 (肥後御入国宿割帳)
                    乃 美 主 水                 三斎様御付中津ニ相詰候衆 千五百石 米田助右衛門是政婿 (於豊前小倉御侍帳)
                 河喜多五郎右衛門                  御馬廻衆 五百石 (肥後御入国宿割帳)
                    堀江勘兵衛                  御小姓組衆 二百石 (肥後御入国宿割帳) 
                    沖津作大夫                  御馬廻衆 宇佐郡奉行   百五十石 (肥後御入国宿割帳)
          御郡奉行中

       

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■御恵贈御礼「舒文堂・古書目録 49号」

2018-07-17 19:16:26 | 書籍・読書

 古書籍の老舗・舒文堂(河島書店)様から、第49号となる古書目録をお送りいただいた。深く感謝申し上げる。
全9,492点の書籍の一覧と、125点の書画幅類のカラー見本である。

本編に於いても32頁にわたり、153点の貴重な文書その他が紹介されている。
熊本藩関係についても多数の古文書が掲載されており、喉から手が出そうなものばかりで、何とも悩ましい限りではある。
一二点手に入れたいものもあるが、年金生活者としては一挙にとは参らぬ。
ゆっくり拝見して腹をくくらなければならない。

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■日本の伝統色

2018-07-17 11:02:48 | 徒然

 大日本インキ化学工業の「日本の伝統色」というカラー見本(写真左)は、現在「第8版」(9,614円)となっている。
私は第2版を持っているが、商売柄世の中が景気が良かった時代に、塗料店から無料でもらったように記憶する。
40年くらいは経ってっているように思うが、以来大事にしていて、地震の後も幸いにも見つけ出して今日に至っている。
右の「日本伝統色色名辞典」とともに、私の愛蔵品となっている。

           DIC 日本の伝統色 第8版          [ ゆうパケット可 ] 日本伝統色 色名辞典 日本色彩研究所監修 B5判 【 書籍 本 】

 
それにしても色に関する日本人のなんと感性の豊かな事か、僅かな色相の違いにつけられた素晴らしいネーミングに魅入られてしまう。


                         

 

 

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■井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四(2 )

2018-07-17 07:12:59 | ご挨拶

 二〇八
 急度申觸候
一御浦而ニて田畑之役儀は、其御郡之井手・堤・道普請可
 被申付候、餘之御郡へ参候筈ニてハ無之候事
一夫米・薪米何ニても、出る物は上村同前可被仰付候事
一船にて通し候ハて不成所は、舟加子共召仕可被申候事
 右之外ハ諸役被仰付間敷候、恐々謹言
   寛永十年八月十六日        田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中 

 二〇九
   被仰渡候御印之寫
一兵粮を遣し國中を召仕候人足之事、兵粮を遣し候儀、郡
 御奉行加判形、其者/\之手前え慥ニ届候様、加申付候
 事
一我等取候て以來一國豊前ニてのことく、墨・筆・紙・油
 惣庄屋手前其郡より割賦仕候様、又山札ニ至迄申付候日
 限、目録ニ仕候て可申上候、印を可遣候、扨郡役仕様之
 上中下可為存候、毎年如此可申付候、以上
   寛永十年八月十六日        田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

 二一〇
一百姓六ヶ敷無之様ニ可仕候、隙をふさき候様仕間敷事
一百姓走申候事、隣ニ参候て居可申候、此御意少も疑申間
 敷事
一御所務之時無油断様、奉行を堅可申候事
一御百姓彌一人も不召仕候様、可申付候事
一來年より物成口米を納可申由、被仰出候事
一鐵炮札銀ニて、はをりを彌誘置可申候事
一御國中、夫米・薪米迄可被召上候、來年之所務より被召
 上間敷事
一諸御郡河札銀被成御赦免候、其段可申渡候、但託麻郡江
 津之池・玉名郡丸池・川尻御茶屋之前川、此三ヶ所は御
 慰被成所ニて候間、堅留可申事
一御小物成、當年も如去年半分被成御赦免候、彌此以後も
 半分被成御赦免候間、此旨御百姓中へ可被申渡候事
   寛永十年八月十六日        田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

 二一一
   浦而被仰出御肩書寫
一肥後御國中御浦々御加子被召仕候時、水夫ハ河尻え寄夫
 より壹人一日ニ貮人扶持被下、其跡妻子共一日ニ三人扶
 持宛時々ニ可被下候由被仰出候、ヶ様ニ御座候得は、御
 浦痛申儀無御座候、御米渡様は、荒瀬・小林・福田切手  
 ニて浦奉行判を加、水夫勝手之御代官より右之兵粮被下
 候ハヽ、算用は御船頭より仕、切手引合に私手前より御
 算用仕候得は、支申儀無御座候事
一上方より戻船御荷物は、無逗留候ハヽ、何程も可被仰付
 候、御用ニ付て逗留仕候ハヽ、壹人ニ貮人扶持か被仰付
 候、其船ニ有所之外、脇より之分は、日限次第麥之兵粮
 可被仰付候事
一御下向之砌、大阪ニ御國船御用程居不申時は、他國船
 被成御借、登御米御積被成候分は各別之儀ニ御座候間、
 御國之船持共申分無御座候事
一御國之御米登り候時は、今迄届百石ニ拾三石之運賃被下
 候、此後は拾貮石被下、他國船ニ御米無御積様ニ御座候
 得ハ、浦々舟持共辱奉存候通申上候所ニ、申上候ことく
 被仰付、忝奉存候、御國中之船不殘登候へハ、一立ニ四
 萬貮千石餘登申候間、他國船不参候迚も御事闕申儀無御
 座候事
   寛永十一年九月五日        片岡新兵衛
 右之通御印私手前ニ頂戴仕置候間、寫進之候、以上
   九月五日             片岡新兵衛
       右之通候間可被得其意候、以上
          牧 丞大夫殿
          浦手御郡奉行中

 二一二
 急度申觸候、御國中又上方え被参衆、所々ニ留り、薪銭
 不遣候て通り候衆有之由ニ候、何も御組之御侍衆・御鐵
 炮者・各被召仕候下々ニ至迄、此通堅可被申觸候、宿主
 之切手ニて取候て罷通候様可被申付候、恐々謹言
   寛永十一年正月十八日      沢村宇右衛門
                   長 岡  監 物
                   有 吉  頼 母
          御組頭衆中 
                   

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■末摘花という色

2018-07-16 12:12:51 | 徒然

「肥後豆本」という小さな刊本(65×92㎜)を私は四冊持っている。シリーズ2だけが二冊あるのだが、内容は全く一緒で、装丁が違うことに気づいた。
それはそれで希少性があって良いと納得している。
このシリーズは「現代末摘花」と書名がある。これは源氏物語の「末摘花」に由来するものではない。賢明なる諸兄はすでにお気づきの事と思うが、少々あやしげな破礼句を集めた川柳集『誹風末摘花』からきている。
熊本には熊本弁を駆使してつくられた「肥後狂句」というものがある。その傑作を肥後豆本刊行会が五百句選出して作ったというものである。
内容についてはここでは触れないことにしておこう。

実は「日本伝統色色名事典」を何気なく見ていたら、そのトップに「紅(べに)=韓紅色(からくれない)」が紹介してあり、この色を「末摘花」とも呼ぶとあった。いわゆる「紅花」を6・7月の末に摘むことからこう呼ばれたとされる。
そして先の「現代末摘花」に目が行ったわけだが、左側の本の装丁に使われている色がまさにその「末摘花」である。
編集者はそこまで気をつかって編集していることに気づいた次第である。

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■井田衍義・寛永年以後 郡中法令 十四(1)

2018-07-16 09:23:58 | 史料

 妙解院様御代御郡中え御沙汰書之事             妙解院=細川忠利
 二〇三
   申渡條々
一公儀御法度之貴理師旦宗門改之儀、格別被仰出候條、
 其旨慥ニ相守候様、堅被仰付候事
一公儀之御用、又は御父子様御上洛之時、御國廻ニ人馬可
 罷出候、此外は御定之手間を遣し加被召仕候事
一御給人知は、其知行所ニて無據儀は何程も可被召仕候、
 此外用有之共三月・四月・五月・六月・七月・八月・九
 月・十月迄は他所之者相對ニて日雇ニて可召仕候、此月
 數之者は、御定之兵粮を遣し、當座之儀を可召仕之由、
 被仰出候事
一百姓走り込之事、御蔵納者は其代官之外々他え可参候、
 御給知方は、八代・隈本之御蔵納へは参間敷候、其外ハ
 別之給人知えはいり候ハヽ少も被構間數(敷ヵ)候、出入之捌は
 御郡奉行幷庄屋取捌可相濟候、百姓無同心を無理ニ濟間
 敷候、無左候ハヽ替之百姓を村中として仕立可返事
一御用事は、田中兵庫・宗像清兵衛・御郡奉行・御代官よ
 り申付外、別人申付儀は、早々御郡奉行へ可相届候事
先代之仕置其外非道之儀は、不依何事御郡奉行又は兵      先代=加藤家統治のこと
 庫・宗像迄可申付候、幷ニ時ならす目安箱・横目を可被
 為廻之由、被仰出候事
   以上
   寛永十年二月五日         田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

 二〇四
 急度申觸候、在々田畑賣買之儀、従前々御法度之事ニ候、
 然處其村々御百姓内高主を立、譲地ニ取候輩有之由相聞
 不届之至候、左様之地方遂吟味急度取上ヶ、其村々無高
 百姓等ニ相渡可申旨被仰出候事
  右之趣候可被相觸候、恐々謹言
   寛永十年三月六日         田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫

 ニ〇五
   被仰出候條々
一御國中先代より數々之運上役儀被成御免候、幷不被召仕
 候儀は、先度被仰出候事
一海手・川手・綿・漆・茶・紙此外之運上、昔より御國ニ
 附候儀ニ候條、其儘被為置候、先代之上納半分上ヶ可申
 候事
一竹木買候者は、山々遠近ニよりて見合可申付候、馬は可
 為被と一倍候、山奥之竹木賣候事不成所は、竹木薪共無
 運上百姓ニ被下候事
一御郡奉行・御代官・庄屋私成儀、御百姓何にても迷惑仕
 候儀候候ハヽ、御郡頭迄目安を上ヶ可申候、猶又時分を見
 計目安箱を加被成御廻殿御意候事
一庄屋殊之外骨折候間、百石ニ付壹斗五升宛、給地より米
 を出し、又百姓中より骨折分役高を引候様、紙筆之代相
 談仕定可申候、此外は取物も出候物も輕計を計、過怠可
 申付由被仰出候、幷惣庄屋被仰出候者は、似合ニ知行・
 御扶持方、其者之依御奉公可被仰付候事
 右之通庄屋中え書付を寫、不殘存候様可被仕候、左候へ
 ハ、海手以下至迄随分人多成候様、肝煎候得と可被申
 候、右之内未當國御不案内候條、來年ニ成候得は右之内
 も可然候、御吟味可被仰付由被仰出候也
   寛永十年四月七日         田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

 二〇六
一當國より他國え参候百姓、立歸り田作候得は尤二候、左
 無之候ハヽ荒地を被遣、家のため竹木・種子籾、又は人
 二より作食借被遣、開米納所之儀も所ニより相對ニて定
 有付候様可被仰付候間、何ほとも肝煎呼戻可被申候事
一山藪萬事至迄、請候所如在なく悪敷成候ハヽ、請候年
 越て此方へ受取可申候、以上
   寛永十年四月七日         田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

 二〇七
 急度申觸候、馬草かしき之儀は、牛馬養ひ・田畑之肥ニ
 相成候ニ付、御先代之通、諸相互催合候て剪候様可申渡
 候、恐々謹言
   寛永十年四月七日         田中 兵庫
                    宗像清兵衛
                    牧 丞大夫
          御郡奉行中

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■近藤樵仙 西南役熊本城籠城図

2018-07-16 09:08:21 | オークション

 

                    【真作】維新資料【明治維新と石川県誕生展出陳・図録所載】近藤樵仙 西南役熊本城籠城図 大幅 絹本着色 杉谷雪樵門下 肥後 掛軸 絵画

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■光尚・綱利書状

2018-07-15 13:32:59 | オークション
【真作】第二代肥後熊本藩主 細川光尚 七月廿八日付金森出雲守宛消息 紙本 江戸前期 大名 豊前 掛軸 書
【真作】 喜聞◆ 『肥後 熊本藩二代藩主 細川光尚 書状(1)』 1枚 古筆 古文書 古書 墨蹟 書簡 消息 大名 細川忠利の長男 歴史資料 江戸初期
       

 

【真作】 喜聞◆『肥後 熊本藩二代藩主 細川光尚 書状(2)』1枚 古筆 古文書 古書 墨蹟 書簡 消息 大名 細川忠利の長男 歴史資料 江戸初期
       

 

【真作】 喜聞◆『肥後 熊本藩三代藩主 細川綱利 書状(3)』1枚 古筆 古文書 古書 墨蹟 書簡 消息 大名 細川光尚の長男 歴史資料 江戸前期
【真作】 喜聞◆『肥後 熊本藩二代藩主 細川光尚 書状(5)』1枚 古筆 古文書 古書 墨蹟 書簡 消息 大名 細川忠利の長男 歴史資料 江戸初期
【真作】 喜聞◆『肥後 熊本藩二代藩主 細川光尚 書状(4)』1枚 古筆 古文書 古書 墨蹟 書簡 消息 大名 細川忠利の長男 歴史資料 江戸初期
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