津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

御礼

2010-12-31 15:05:08 | 徒然

       森羅万象雪の中なる晦日かな

 今朝の熊本は四方の山々が雪で覆われ、こんな駄句が思わず付いて出ました。
天気はよいので、さすが南国地上の雪は消えてしまいましたが、阿蘇の山々は銀色に輝いています。熊本では余りお目にかかれないような景色となりました。寒い新年になりそうです。

 さて今年一年は、多忙な年となりました。なかなか文書を読む時間がとれず、いささかイライラが募っていますが、来年は又再チャレンジしていこうと思っています。
いろいろな方々にお目にかかり、親しい友人と楽しい時間を過ごし充実した一年でもありました。このサイトを立ち上げたおかげで、いろいろな皆様とお知り合いになれたことは、私の最大の財産となりました。今後ともよろしくお願い申し上げます。

 本年一年本当に有難う御座いました。厚く御礼申し上げます。

     各位様
                            肥後細川藩拾遺・管理人 津々堂 敬白

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年賀状は・・・・?

2010-12-30 15:56:42 | 徒然
 どうやらお正月は最悪の天気になりそうな気配ですね。熊本は降ったりやんだりですが、時折雪もちらつき強い風が吹き、せっかく掃除された道や庭がすっかりまい寄せられたごみで、元の木阿弥状態になっています。(ご愁傷様・・・)
私はといえば、右手の具合が悪くていまだ年賀状も書けないでいます。
お正月早々何とかしなくてはと焦り気味ですが、宛名くらいは手書きにしたいという思いがあだに成ってしまいました。先のPCのトラブルで住所録が消滅してしまい、古い手紙を見つけ出しては住所の確認をしたりしています。・・・お許し下さい・・・
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有吉家文書「年中行事抜粋」(十五)御発駕ニ付被仰渡之式書抜・一

2010-12-29 21:44:02 | 有吉家文書

 御発駕ニ付二月十五日
 被仰渡之式書抜
    御定日ニてハ無之候得共毎十五日ニ
    此御式有之候
一御日限者前以御用人より御用番江
  書付相達候間、罷出候面々江夫々及
  達候事
    但組支配有之同席ハ書附
    請取候事
一御一門衆之内当年
  御留守中御城代何某殿受持と思
  前之段、前以申上候事
    但名前引切書機密間ニて致
    出来候事
一被仰渡之前日右御一門衆江
  御用之儀有之候間、明日御禮後被
  居候様被仰出候段御用番より
  紙面を以申達候事
一御禮後御用人より案内有之御一門衆
   同席中三家嫡子 見習ニて無之人共 一同ニ
   歌仙之御間江罷出、例之通坐着
   いたし候事
    但九曜之御間御入側ニ者御備頭
    御留守居、大頭、御小姓頭、御中小姓頭
    座着ニ相成、組外以下ハ仲中柱
    御間より繰付ニ相成候得共、何
    江も無会釈罷通候事
    御一門衆  一切
    同席中   一切
  見習ニて無之人共
    三家嫡子 一切
       但同席之内より致同道候
    御備頭、御留守居、大頭  同
    大御奉行  同 
  右之通於陽春御間被召出候御一門衆
  不老門より被罷出、御用人より御杉戸を
  明候、退去之節一人ハ居残被申候得者
  当年御留守居中御城代被
  仰付旨、御直ニ被仰渡候上此辞令不上  
  引取被申候、其上ニ而引続案内有之
  同席中罷出候、其節茂御杉戸を
  御用人より明、諸事御着座之
  筋之通、尤御熨斗頂戴無之
  御留守中心得方之儀御一通り
  御格式之御意と申而ハ無之候 被御意如元
  退去末座より引取跡せきニ及候事

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言い訳

2010-12-29 11:46:31 | 徒然

 昨日は随分天気が大荒れで、雨は降る、風は吹く、あられは降るといった具合、今日は一転良い天気となりました。すごくさむくて過日痛めた右手が少しはれて痛み、無理をすればタイピングも可能なのですが、用心のため? お休みさせていただきました。

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安国寺供養碑に想う

2010-12-27 15:56:59 | 歴史

 細川家菩提寺の前にある安国寺には、四つの戦難供養の碑がある。 
     ■有馬陣戦死各霊之墳
     ■上総沖溺死者供養塔
     ■小倉陣戦死者供養塔
     ■東国戦死之碑

 細川家と安国寺では、例年七月これらの戦役で亡くなられた方々の慰霊の供養が今も続けられている。ところが慰霊碑の存在や、七月の供養のことをご存じないご子孫が多く、マスコミ関係も取り上げることも少ない。時を経ていたし方がない部分もあることは承知しているが、どうか自らの先祖の供養が例年ここで行われていることをご理解いただき、来年から是非参列をいただきたいと願っている。余計なことかもしれないが、来年はこのことに力を入れたいと思っている。供養は営々と関係者によって執り行われている。

 又神風連の高麗門連の供養の碑もあり、こちらも一部関係者がお掃除など欠かさずされている。感謝申し上げる。

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雨は雪に変わって・・・♪♪

2010-12-26 22:43:49 | 熊本

 熊本はお昼ごろから雨が雪に変わりましたが、べたべたの雪で寒さも一入です。
暖冬気味の冬の入りでしたが、ようやく熊本らしい寒の厳しさに見舞われた感じです。
熊本の気候はよく京都に似ているといわれますが、私は京都の冬を体験したことがありませんから、この表現が確かなのかはよくわかりません。
九州自動車道は七時ころから全面交通止めだとか、熊本市内もいまどちらの屋根も真っ白で、あすは相当交通マヒが予想されますねー。

一月生まれの私ですが、冬は苦手なんです。笑っちゃいますねー。
そして誕生日(17日)を迎えると69歳・・・・再来年は70歳、なんと淋しいこと・・・・
それでもいたって元気ですから、今しばらくは頑張れそうです。

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ハーマン号沈没事故と里氏

2010-12-26 16:16:24 | 歴史

 今日の熊本日日新聞は、里氏のお宅からハーマン号沈没事故の状況を絵師に画かせた絵が見つかったことを報じている。里家からは志馬之助が参加しているが、幸いにも生存期帰還した。新聞の内容については、「くまにちコム」を御覧いただきたい。里家については、我が「侍帳」においては次のようにご紹介している。


     又作    加藤清正ニ仕
            (加藤家侍帳 保々因幡与六百石 内参百石寛永弐年に加増
     四大夫   五百石 (真源院様御代御侍免撫帳)
            御小姓組 五百石   分家・富岡家
            寛永十六年頃 芦北郡奉行
               細川光貞公宛行状(寛永十八年)五百石
     杢之助(養子 実・宮崎伝四郎弟・九市郎) 別禄二百石
       
【細川光尚殉死】慶安二年十二月廿八日 廿四歳 
            
於・泉岳寺 介錯・藤崎作右衛門 
  
        
跡目之事慶安三年七月十一日六丸君より御家老中ニ被成下御印之覚書
            里杢之助跡職之儀岩崎武兵衛せかれ杢之助甥之由候間、武兵衛二男
            せかれ杢之助知行弐百石遣之候、家屋敷も見合可遣候事
                                            
(綿考輯録-巻65)

            二百石 (真源院様御代御侍免撫帳)・・杢之助
     杢之助(養子 甥、実・岩崎武兵衛二男・兵四郎 ) 
            三番丹羽亀丞組 二百石 (真源院様御代御侍名附)・・兵四郎

            
御側組外衆 弐百石 (寛文四年六月・御侍帳)・・兵四郎
            
二百石 貞享二年 八月十九日 知行被召上候 (
            跡目二百石・然処故有之、御暇被下(貞享元年)

   1、政之助 
  八人扶持、後妙解院五十回御忌(十三歳)ニ而二百石拝領    
                   細川綱利公御書出(元禄三年)二百石

   2、文太郎・正隆(養子 実・御郡医師高橋周庵嫡子) 二百石 御番方十番 
                                            屋敷・高麗門
   3、杢之助(養子 実・政之助子)
   4、市九郎
   5、杢之助        二百石
   6、又作(杢之助)
   7、亀次郎(杢之助)  御番方十番・大河原次郎九郎組 二百石
   8、志馬之助      二百石
          
 明治二年正月三日、千葉川津沖にて乗艦ハーマン号沈没、救助生還す。
                                   (肥後藩國事史料 巻九)

 
    

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熊本弁講座--87歳のおばあちゃんとの会話

2010-12-25 22:18:16 | 熊本

 今日ん熊本はえらい強か風ん吹いて、寒うござりましたなー。
今年一番の冷え込みだったごたっですが、いままじが温すぎたっですたい。
こるがほんもんの冬の感じですたい。いまかるますます寒うなりますばい。
阿蘇は又市内とは違うち、気温の四五度は低っかですけんね。
雪も積んでそらあ応えますばい。冬んうちは外にゃあ出ろごてなかばいた。
コタツに足ばつっこんで、みかんどん食うとるが一番たい。
正月あ、酒どん飲んじ大学駅伝どんみて、松の内はゆっくりしますばい。
ああたもよか年ば迎えなっせ。

あたしな、来年誕生日の来っと八十八ばいた。
そうたい縁起のよかかずたいな。来年一年は元気でおらるるばいた。
再来年は判らんな。ああたは何年生まれな。なんてちな昭和17年てな、わこしてよかなー。
風邪ひかんごて過ごしなっせ。すんならさいなら。

熊本の田舎のおばあちゃん達は、このような感じで会話をされます。
お判りになりますか・・・・・・・
説明が必要であれば後日・・・・・・・・

 

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真弓さん

2010-12-24 16:18:47 | 歴史

 ある方にお目にかかった。真弓と名乗られた。県北には多いんですよとおっしゃるが、タイガースの真弓監督も県北の出身である。どうも京都から流れてきて浪人したらしいと言われる。「よく判らんのですよ」とも・・・・・。有禄士族基本帳をひも解くと、二人のお名前を見ることが出来る。むくむくと好奇心がわいてきて、是は調べずにはなるまいと思っている。

京都北区に真弓という町があるが、このあたりがご先祖様の本貫の地か・・?
真弓氏について詳しい方が居られましたら、お教え下さい。

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日章旗がはためく町

2010-12-23 22:28:36 | 熊本

 何度かブログでご紹介した、菊陽町の鉄炮小路を車で通った。今日は「昭和の日」なる祭日だが、4キロほどにわたるこの道筋の各家に、欠かすことなく日章旗が掲げられている。異様にさえ思えるこの風景は、またこの地域のかたくなな精神性を物語っている。
ここの住人は、そのほとんどが細川家の「地筒」の子孫である。15×15間の屋敷と道を挟んでの南面に田んぼを与えられた。その15間の間口が、各家でいささかの様相は違うものの、見事な生垣が施されている。季節ごとに表情を変えるこの道筋に私はほれ込んでいる。

 ある方に声をかけて話を聞くと、申し合わせがあってのことらしい。それにしてもこのような風景は日本で此処だけではなかろうか・・・すごいの一言に尽きる。

 このかたくなさは美である。

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極度の「ど忘れ度」

2010-12-23 22:28:23 | 歴史

 最近は、「何か忘れてるなー」と思いながらも、それが何なのかを思い出せない。
数日前は史料を整理しているうちに、N氏にある史料のコピーをお送りする約束の原本に出くわしてようやくそれを思い出した。しまったと思ったのだが後の始末、一週間ばかり遅れてしまった。お断りの一文を添えて郵送した。
 
 メールのご返事をしていないかとチェックすると・・・あった。
これも慌てて数日遅れのご返事。

 一時が万事こんな具合で、気になって仕方がない。老いるとはこういうことかと愕然とする。
もしご返事など差し上げていないご無礼を申し上げている方がありましたら、こっそりメールフォームからご連絡下さい。

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本日歯痛&背筋痛にて

2010-12-22 23:01:00 | 徒然

 誠にこういう類の痛さは、なんとも不愉快でいけない。
イライラがつのっると、歯をかみ締めるという変なくせがある私だが、これが原因での歯痛であることは間違いない。背筋の痛みは例の見事な受身の後遺症である。
いずれにしろ病院にいくほどのことでもないし、ただただ我慢で完治させようという算段である。あと一週間か十日もすれば完治するだろう。そして年が改まると、気分一新、心身ともに充実して再出発と参ろう。いささか言い訳がましい話で、本日のブログとしてお茶を濁そうという不埒な考えでもある。・・・皆さんお休みなさい。

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月に群雲

2010-12-21 22:21:13 | 徒然

 今日の午前中はしとしと雨かと思うと、突然の土砂降り状態になったり、「こりゃー皆既月食は見れんなー」と思っていたら、だんだんと好転・・・
ところが肝心な時間帯は見ることが出来ず、蝕の完了後の月鑑賞と相成った。
今日は旧暦では11月16日、まん丸の状態のお月様は群雲の中に美しくおわします。
「もちつき兎」も、一段とくっきり鮮やかな模様が見て取れる。

さて来年はあなた方の出番ですよ~~~

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渡辺京二氏大仏次郎賞受賞さる

2010-12-21 16:47:35 | 新聞

                                                                                   

 熊本在住の評論家渡辺京二氏が大仏次郎賞を受賞されることが決まったらしい。
渡辺氏の著作との出会いは相当遅いのだが、その後はすっかりのめりこんで多くの名著を拝読している。一番最初は、「神風連とその時代」である。私のブログを御覧になった方々からご連絡を頂戴仕、数名の神風連のご子孫との交流が出来た。その後の江戸末期から維新直後の急激に変貌する日本の社会を、暖かい目線で捉えたいくつかの著作はそれぞれが受賞してもおかしくない名著だが、今般の対象作品は「黒船前夜」である。私は購入はしたものの、いまだ完読に至っていない。泥縄だがあわてて読まなければ成らない。

【本の内容】
ロシア・アイヌ・日本の三者の関係をとおして、北方におけるセカンド・コンタクトの開始を世界史的視点で捉える。—異文化との接触で生じる食い違いなどエピソードに満ちたこれこそ人間の歴史!渡辺史学の達成点を示す待望の書、遂に刊行。

【目次】
第1章 はんべんごろうの警告
第2章 シベリアの謝肉祭
第3章 日本を尋ねて
第4章 蝦夷大王の虚実
第5章 アイヌの天地
第6章 アイヌ叛き露使来る
第7章 幕府蝦夷地を直轄す
第8章 レザーノフの長崎来航
第9章 レザーノフの報復
第10章 ゴローヴニンの幽囚
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50年後に備えて・・?

2010-12-21 16:00:16 | 徒然

 幽齋公没後400年の諸行事が行われてからはや一月、今日は突然細川分家のG氏からお電話をいただいた。当日は体調が優れなかったらしいが、薬を4時間おきに飲みながらのご出席だったらしい。ようやく完治に至りましたとの、ご丁寧なご挨拶とともに種々ご報告を頂いた。会話の中でいろんな話もあり私も思うところがあって、今後のことについて細川家にご提案を申し上げたいと思っている。来年のお正月には無理かもしれないが、お正月などに芳名帳や名刺受などを置いて、家臣の皆様の現況など書き込んでいただくという些細なことである。50年後に備えての準備開始といった訳ではないが、泰勝寺をお尋ねに成る皆様を暖かくお迎えしようと言うわけである。(あくまで私案なのだが・・・)

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