アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「靖国神社抗議見せしめ弾圧」第1回公判・「被告」証言で分かったこと

2019年03月09日 | 安倍政権と民主主義



 カルロス・ゴーン被告が保釈された翌日(7日)、同じく「人質司法」によって3カ月も不当に勾留されている事件の第1回公判が東京地裁で行われました。「ゴーン事件」以上に日本人が注目しなければならない事件ですが、「ゴーン報道」とは対照的に、公判のニュースを報じた新聞・テレビは1社もありませんでした。

 この事件は、日本帝国陸軍による南京大虐殺・陥落のメモリアルデー(1937年12月13日)前日の昨年12月12日、靖国神社外苑で、「南京大虐殺を忘れるな 日本の虐殺の責任を追及する」と書かれた横断幕を掲げて抗議活動を行った香港人男性(写真)と、それを取材していた香港人女性記者が不当逮捕された事件です(1月22日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20190122)。

 事件の本質は、「今回2人に対して加えられている逮捕、起訴、長期勾留という事態は、まさにアジアの人びとが、靖国神社において公然と抗議行動をおこなったことに対する『見せしめ弾圧』であったと言わざるを得ない。この強硬な姿勢が、安倍政権においてより顕著になっている歴史修正主義、国家主義の強権的姿勢と無関係であるはずがない」(「12・12靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会」声明=1月21日)というところにあります。

 7日の第1回公判では「被告」2人が証言しました。それによって今回の事件の背景・意味がいっそう明確になりました。裁判を傍聴した「許さない会」桜井大子さんのメール報告から抜粋します。

 < 男性は、日本の中国侵略・戦争責任と、それを支えた靖国神社の意味などを理路整然と述べ、香港の日本総領事館が、日中戦争や南京大虐殺の記念日に香港市民が何十年も行ってきた申し入れを、2次安倍政権になってから、文書の受取りすら拒否するようになったこと、自分は非暴力の抗議行動として、靖国神社でこの行為を行ったものであり、無実であると主張しました。

 女性は、自分は今回、男性の行動を市民メディアの記者として記録するために来た。自身がボランティアで参加しているこの市民メディアは、中国(香港)政府による自由な言論を封殺するさまざまな動きに抗して作られた自律的メディアであり、言論と報道の自由は、国際的にも大切にされるべき価値であると述べました。>

 男性の抗議活動の背景には、安倍政権の「歴史修正主義、国家主義の強権的姿勢」が香港市民の抗議活動に対しても向けられている現実があるのです。

 日本のメディアがこの重要な事件・裁判を無視しているのとは対照的に、右翼は裁判に大量動員をかけてきました。

 < 法廷は、記者席を除くと30席ほどの小さな法廷(警備法廷)です。当然、傍聴抽選となります。そこに、ただ、2人に対して罵声を浴びせるためだけに、右翼が大量に動員をかけて10人ほど入りこんでいたと思います。その彼らは、法廷の終了が宣告されるや否や、被告に対して差別的な暴言を繰り返しました。その中には、私たちの集会などにも日常的に「カウンター」をかけてくるレイシストも含まれていました。>(桜井さんのメール報告)

 2人を不当逮捕・勾留しているのは安倍政権と日本の司法の国際的な罪です。それを報道しないのは日本のメディアの恥です。そして、この問題に注目し、安倍政権に抗議して2人を救援しないのは、私たち「日本市民」の責任放棄ではないでしょうか。
 次回公判は3月19日午前10時開廷です。


靖国神社での南京大虐殺抗議に対する「見せしめ弾圧」を許してはならない

2019年01月22日 | 安倍政権と民主主義

 昨年12月12日に靖国神社で帝国日本の南京大虐殺を抗議した外国人(香港人)が逮捕された、というニュースは記憶にありましたが、まさか今に至るも勾留され続けているとは、うかつにも知りませんでした。(写真は抗議行動のもよう。18日付東京新聞より)

  「12・12靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会」の声明(1月21日)で事態の深刻さ、その意味、そして私たち「日本人」の責任を再認識しました。

  この問題は、いわゆる「ゴーン事件」でも指摘されている「人質司法」の問題でもありますが、それだけではありません。「声明」はこう指摘しています。

  「今回2人に対して加えられている逮捕、起訴、長期勾留という事態は、まさにアジアの人びとが、靖国神社において公然と抗議行動をおこなったことに対する「見せしめ弾圧」であったと言わざるを得ない。この強硬な姿勢が、安倍政権においてより顕著になっている歴史修正主義、国家主義の強権的姿勢と無関係であるはずがない
 「私たちは、この日本社会に暮らすものとして、彼らの行為が提起したことの意味を受け止めながら、剥奪され続けている2人の人権を回復し、彼らを被告人として3月から開始される裁判闘争を、香港の友人たちとともに支えていきたいと考える」

  不当逮捕・勾留されている厳敏華さん(郭紹傑さんの抗議行動を市民記者として撮影していて郭さんとともに逮捕)は勾留理由開示手続きで、「今回の勾留に対して『日本は文明、民主、自由の国。東アジアの中で一番、自由が認められている国だと信じて来たのに』と落胆を口にした」(18日付東京新聞)といいます。

  この問題は、
①    南京大虐殺、侵略戦争、植民地支配の歴史認識に対する攻撃
②    表現の自由、抗議行動の自由、報道の自由に対する侵害
③    「人質司法」による人権侵害
という3重の問題を私たちに突きつけています。

 これを対岸視して傍観することは絶対に許されません。これはまさに「見せしめ」であり、国家権力に抗う「日本市民」に対する安倍政権の攻撃です。問われているのは、主権者として「この日本社会に暮らす」私たちです。

 ☆ 「12・12靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会」の声明、および支援先は次の通りです。

靖国神社での抗議行動は正当だ!
東京地裁は直ちに2名の勾留を解け!
公判闘争を支援しよう!

 2018年12月12日、靖国神社外苑で、2人の香港人の男女が「建造物侵入」の容疑で逮捕された。

 男性は、「南京大虐殺を忘れるな 日本の虐殺の責任を追及する」と書かれた横断幕を広げ、日本軍国主義、南京大虐殺、靖国神社A級戦犯合祀に対する批判のアピールを行った。女性は、男性の抗議行動をビデオで撮影していた。抗議を開始してまもなく、靖国神社の神門付近にいた守衛がやめるように言ってきたので、男性が立ち去ろうとしたところ、複数の守衛が2人を取り押さえ、警視庁に引き渡した。

 2人はそのまま逮捕・勾留され、さらには12月26日に起訴されてしまった。その身柄は今なお警察署の「代用監獄」に留め置かれている。1月15日の弁護団による保釈申請に対しても裁判所はこれを却下。2人はすでに1ヶ月以上も勾留され続けているのだ。

 「人質司法」といわれる日本の刑事司法のありかたは、内外から多くの批判を浴びている。今回2人は、「正当な理由なく靖国神社の敷地内に侵入した」建造物侵入という罪状で起訴された。だが、外苑は誰でも自由に出入りできる場所だ。仮に有罪となったとしても微罪であるのに、今回2人に対して加えられている逮捕、起訴、長期勾留という事態は、まさにアジアの人びとが、靖国神社において公然と抗議行動をおこなったことに対する「見せしめ弾圧」であったと言わざるを得ない。この強硬な姿勢が、安倍政権においてより顕著になっている歴史修正主義、国家主義の強権的姿勢と無関係であるはずがない。

 抗議のアピールが行われた12月12日という日付は、1937年12月13日の日本軍による「南京陥落」の前日である。この日を前後しておこった、日本軍による膨大な中国市民の虐殺=「南京大虐殺」の歴史的事実を、日本の右派および右翼政治家は一貫して矮小化し、実質的に否定しようとしてきた。また香港は、アジア・太平洋戦争のさなか、3年8ヶ月にわたって、日本の軍政下に置かれた地である。日本政府は、戦後一貫して侵略戦争被害者への謝罪も補償もしないばかりか、歴史的事実を転倒させ、東アジアの平和を求める動きに逆行し続けてきた。このような日本政府のあり方を、中国やアジアの民衆が強く糾弾するのはまったく当然のことである。男性は、歴史問題に関する自らの意思の表現として、この象徴的な場所で抗議行動を行ったのだ。それが靖国神社に立ち入った「正当な理由」でなくて何であろうか。

 また、逮捕された女性は、市民記者として、男性の抗議行動を記録していた。それが、男性と共謀の上「侵入」したとして罪に問われたのである。これは明らかに、報道の自由に対する不当な介入でもあると言わなければならない。

 私たちは、この日本社会に暮らすものとして、彼らの行為が提起したことの意味を受け止めながら、剥奪され続けている2人の人権を回復し、彼らを被告人として3月から開始される裁判闘争を、香港の友人たちとともに支えていきたいと考える。

 本事件に関する注目と司法権力への監視を。3月公判への傍聴支援を。そして2人の裁判闘争を支えていくためのあらゆる支援とカンパを訴えます。 (2019年1月21日)

 12.12靖国抗議見せしめ弾圧を許さない会

 〒105-0004 東京都港区新橋2-8-16 石田ビル5階 救援連絡センター気付
 mail: miseshime@protonmail.com替口座:現在口座開設準備中
 暫定措置として、「12・12靖国抗議弾圧救援」と指定のうえ、救援連絡センターに送金してくださって大丈夫です。郵便振替 00100-3-105440 救援連絡センター

 ★ 法廷期日:3月7日(木)10:00〜、3月19日(火)10:00〜 ともに、東京地裁429号法廷

 

 


移民拒否の根底に「単一民族国家」思想

2018年12月10日 | 安倍政権と民主主義

     

 安倍政権の入管法改悪強行は、ファッショ政権としての本性をむきだしにした暴挙です。
 「スカスカの法案」を出しておいて、国会ではウソ答弁を繰り返し、肝心なことは国会審議の及ばない政省令で、というのはまさに「授権法」的発想であり、ファシズム以外の何物でもありません。

 「外国人技能実習制度」問題はじめ議論しなければならないことは山積していますが、その中でも国会ではほとんど議論されず、野党も追及していない問題があります。それは、そもそもなぜ日本は「移民」(難民も含め)を受け入れないのか、なぜ拒否・排斥するのか、ということです。

 今回の法案審議は、安倍首相の「移民政策をとる考えはない」(11月13日の衆院本会議など)という言明から始まりました。「移民政策ではないのか」とただす野党も「移民」には反対のようで、メディア、「市民」も含め、日本中で「移民反対」が暗黙の前提になっているように思えます。きわめて憂慮すべき状況です。

 そんななかで注目されたのは、5日の参院法務委員会の参考人陳述における高谷幸「移住者と連帯する全国ネットワーク」理事・大阪大准教授の陳述です(写真右)。

 高谷氏は「特定技能1号」が家族帯同を認めていないことなどを示し、今回の法案は「(外国人の)定住・永住を可能な限り阻止するという日本政府の考えが端的に表れている」と指摘。「技能実習制度は人間である技能実習生を労働力としてしか存在しないようにするものであり、その制度を維持するには労働者が人間として暮らす局面を最大限制限するほかない。定住・永住の阻止もこの延長線上にある
 高谷氏は、それは「教育や出産、子育てをコストとしてみる発想に根差しており、これは外国人だけでなく日本社会全体の問題と地続きだ」と述べました。
 人間を「労働力」としてではなく「人間」として、生活まるごと、「権利と尊厳を保障しなければならない」(高谷氏)。きわめて重要な指摘です。

 同時に、高谷氏は触れませんでしたが、日本が(政府だけでなく)外国人の「定住・永住」すなわち「移民」を拒否・排斥する根底には根深い思想問題があると言わざるをえません。それは「日本は単一民族国家」という重大な誤謬です。自民党、歴代自民党政権はこの「思想」を根底にもっています。
 中曽根康弘元首相は、「黒人は知的水準が低い」「日本は単一民族国家」(1986年9月)と公言しました。

 日本にはアイヌ民族、在日朝鮮人、沖縄人(琉球民族)がおり、「単一民族国家」が明白な誤りであることは言うまでもありません。
 重要なのは、アイヌ民族も琉球民族も日本民族が侵略して併合した先住民であり、在日朝鮮人は日本帝国の侵略・植民地支配がもたらしたものだということです。すなわち「単一民族国家」論は、単なる誤謬ではなく、日本(民族)の侵略・植民地支配を隠ぺい・美化する意図的・政治的な「思想」だということです。

 さらに重要なのは、日本の「単一民族国家」論(思想)は、「万世一系」(大日本帝国憲法)の天皇制と表裏一体です。
 安倍首相が師と仰ぐ森喜朗元首相はそれを、「日本はまさに天皇を中心とした神の国である」(2000年5月15日)と言い表しました。安倍氏がこうした「思想」の面でも森氏を継承していることは明らかです(写真中)。

 外国人技能実習制度の問題点を明らかにし、外国人の「権利と尊厳」を守ることは重要な課題ですが、それは、アイヌ、在日朝鮮人、沖縄人に対して現在進行形で進行している重大な「権利と尊厳」の侵害に目を向け、根絶することと一体で行われる必要があります。
 そのためには、「単一民族国家」思想、それと一体の天皇制の問題点を歴史に照らし抉り出すことが不可欠です。

 なお、5日の参院法務委員会の参考人陳述では、高谷氏のほかにも斉藤善久神戸大准教授の重要な陳述がありました。参議院のHPからビデオを見ることができるので、ぜひ。

 


「森友文書」(アーカイブ)改ざんは歴史への”犯罪“

2018年03月12日 | 安倍政権と民主主義

     

 財務省は「森友決裁文書」の改ざんを正式に認めました(12日)。麻生太郎財務相の責任だけでは済まされません。安倍内閣総辞職に値する重大問題です。

 一連の「森友文書」「加計文書」の隠ぺい、改ざんがなぜ重大なのか。安倍氏が地位・権力を利用して「お友だち」に便宜を図り、国有(国民)財産を私物化したことは、もちろん言語道断です。しかし、問題はそれだけにとどまりません。

 「森友・加計」文書は、さらに「南スーダン自衛隊派遣」報告書は、言うまでもなく政府(財務省、文科省、防衛省など)が作成した公文書(アーカイブ)です。それを時の政権(それに唯々諾々と従う官僚組織)が勝手に隠ぺい・改ざんすることがどういう意味をもつか。

 国立公文書館特別参与の大濱徹也筑波大名誉教授は、安倍政権による昨年来の公文書隠ぺいについてこう指摘しています。

 「彼ら(安倍政権の閣僚・官僚―引用者)には…民主主義が記録に基づく対論によって成立すること、検証する政治文化こそが開かれた社会を可能にすることへの認識が欠落しているのである。…そもそも民主主義は多数派の専制ではなく、記録に基づく対論によって合意を形成していくシステムだ。いわば検証する政治文化こそが開かれた社会を可能にする。

 日本のアーカイブズ(公文書館)は…統治を検証し、権力の非義を問いただす道を目指さなければならない。アーカイブズは、強固な基盤を確立したとき、立法・行政・司法の三権の営みを検証する第四権ともいうべき存在となり、権力の恣意的な運用を糺す器となりうるのである。

 アーカイブズは、統治を検証する作法の学び舎であり、民主主義を地に根付かせる『主権者教育』の器にほかならない。危機の時代においてこそ、アーカイブズの存在を輝かせたい」(2017年12月15日付中国新聞)

 さらに、公文書が歴史的記録であり、後世の教訓になる(しなければならない)ものである以上、その改ざんは歴史的に重大な誤りを招く“犯罪”と言っても過言ではありません。

 その実例が、江華島事件(1875年)です。加藤陽子東大教授の報告から紹介します。

 教科書などでは、江華島事件は日本の軍艦・雲揚が飲料水を求めてボートで江華島砲台に上陸しようとしたところ、朝鮮(国号は大朝鮮国)側が砲撃した、それで雲揚が砲台を砲撃した、と説明されてきた。日本(明治)政府はその翌年、この「事件」を口実に朝鮮を(武力を背景に―引用者)開国させた。

 ところがその後、これは海軍大臣に提出する報告文書を、雲揚艦長の上官の伊東祐麿が修正(改ざん―引用者)したものだったことが判明。雲揚は飲料水を求めたのではなく、「測量及諸事検捜」が目的で、砲撃も雲揚の方が先だった。

 修正された報告書が「公文録」に入り、1940年に『日本外交文書』に収録されて公刊された。朝鮮は不当だ、という感情が日本側に長く抱かれたであろう。(加藤陽子氏、『アーカイブズへのアクセス』日外選書に収録された報告より)

 この「江華島事件」報告書の改ざんが、朝鮮への蔑視・差別を助長し、日清戦争(1894年)、日露戦争(1904年)、韓国併合(1910年)と続く朝鮮侵略・植民地支配の布石の1つになったことは間違いないでしょう。

 「権力を握る者が、権力の維持にマイナスになるために、自らに都合の悪い事実を隠蔽しようとするのは、いつの時代でもどの国でもなされていること」(加藤氏、前出)。だからこそ、私たちは公文書の隠ぺい・改ざんを許してはならないのです。取り返しのつかない歴史の誤りを繰り返さないためにも。

 


「豪雨災害対応」より「加計追及回避」か

2017年07月10日 | 安倍政権と民主主義

     

 安倍首相は9日午後(日本時間)、ストックホルムでの記者懇談で、「欧州歴訪を途中で切り上げ帰国を早める」(10日付中国新聞=共同)と述べ、最後のエストニア訪問を中止して11日に帰国する意向を明らかにしました。

 いかにも豪雨災害対応を重視しているかのように言いますが、とんでもない話です。「G20サミット」は8日には終了しています。安倍氏はなぜ「G20」終了後ただちに帰国しなかったのでしょうか。

 「首相動静」によれば、安倍氏は「G20」閉会後、昭恵夫人とともにスウェーデンに飛び(写真中)、8日宿泊先のホテルでローベン首相と夕食会。翌9日(日本時間同午後)、同首相と会談、同行記者と懇談後、次の訪問国フィンランドへ向かいました。10日にデンマークを訪れ、帰国する日程です。

 報道によれば、ローベン首相との会談では、「テロ対策の重要性」や「防衛装備品協力」などが話題になったといいます。どうみても緊急性のあるテーマではありません。スウェーデンもフィンランドもデンマークも、どうしてもやらねばならない訪問とは考えられません。仮に何か議題があったとしても、豪雨災害の対応に優る優先課題はないはずです。

 安倍首相が緊急性のない「外遊」で時間稼ぎを行い、帰国日を延ばしたことは疑いようがありません。
 稲田防衛相らが40分防衛省を留守にした(6日)ことが問題になりましたが、安倍首相の数日の不在はその比ではありません。

 安倍氏はなぜ時間稼ぎをして帰国を延ばしたのでしょうか。
 10日、国会では閉会中審査が行われ、加計学園疑惑のカギを握る前川喜平前文部次官が参考人として証言しました。野党側は安倍首相の出席を強く要求していましたが、首相は「外遊日程」を口実に出席を拒んできました。安倍氏が帰国するのは閉会中審査の翌日の11日です。

 10日より早く帰国すると、閉会中審査に出て加計問題で追及を受けねばならない。だから帰国はその翌日にする。これが、首相が「外遊」で帰国引き延ばした真相ではありませんか。

 安倍氏は豪雨災害への対応・被災者救援・復旧よりも、国会での加計学園追及回避を優先したのです。首相として、政治家として、人間として、まったく言語道断です。

 そうでないというなら、「G20」閉会後の「外遊」にどういう緊急性があったのか、「豪雨災害」より優先するどんな理由があったのか、安倍政権は明確に説明する責任があります。


安倍内閣の支持率が暴落しないのはなぜか

2017年06月19日 | 安倍政権と民主主義

     

 共謀罪法強行後に各メディアが行った世論調査で、安倍内閣の支持率が軒並み急落しています。
            支持      不支持

   毎日新聞   36%(-10)   44%(+9)
   ANN(テレ朝系) 37.9%(-8.5) 41.6%(+9.2)
   NNN(日テレ系) 39.8%(-6   41.8
   朝日新聞   41%(-6)    37%(+6)
   共同通信   44.9%(-10.5) 43.1(+8.8)
   NHK    48%(-3)    36%(+6)
   読売新聞   49%(-12)   41%(+13)
   日経新聞   49%(-7)    42%(+6)

 菅官房長官は19日の記者会見で「一喜一憂すべきでない」と虚勢を張りましたが、大きな打撃であることは確かです。この背景に森友・加計問題、共謀罪強行があることは、それぞれの項目の世論調査結果が示している通りです。

 しかし、私はこの世論調査結果に逆の感想を持ちました。安倍内閣の支持率はまだこんなにあるのか。支持率は暴落しないのか。

 上記の各社の結果を細かく見ると、①不支持が支持を上回っているのは3社だけで、あとの5社はまだ支持の方が多い②支持の下落率(㌽)は3~12、不支持の上昇率(㌽)は6~13の範囲にとどまっている、ことが分かります。「急落」といってもこの程度です。

 共同通信の調査では、安倍内閣の支持率は2015年7月、戦争法(安保法制)を強行した直後に37%(-9)で最低を記録し、不支持が支持を上回りました。しかし、数カ月後には支持率は回復し不支持を上回りました。今回の支持率の下落もいつまで続くか、けっして楽観的にはなれません。

 世論調査の支持率で見る限り、日本の「国民」はあまりにも政権に甘いと言わねばなりません。それは、同じく「親友」への便宜で政治を私物化したため、「コンクリート」と言われた支持率が暴落し、朴前大統領が退陣に追い込まれたお隣の韓国と比べても、歴然としています。

 なぜ日本はそうなのでしょうか。
 共謀罪法が強行された直後、作家の高村薫さんが共同通信のインタビューに答えてこう述べています。

 <国会は死んだのかもしれない。「共謀罪」法を成立させた国会を見てつくづく感じました。安倍内閣に支持率50%を与えている私たちの責任でもあります。代わる人のいないことが高支持率の要因の一つですが、そうだとしても常識的な判断力が働いていれば、「ノー」と言うべき状況です。いまの政治状況は、明らかに越えてはいけない一線を越えているのですから。有権者の多くが、まだこの政治にげたを預けているのは、戦後72年の繁栄と安定に寄り掛かっている慢心でしょう。>(17日付各紙)

 「繁栄と安定に寄り掛かっている慢心」なのか、それとも生活苦・将来不安からの現実逃避なのか。いずれにしても、「政治にげたを預けている」ことは確かでしょう。
 安倍内閣の「高支持率」「支持率が暴落しない」背景・元凶な何なのか。簡単に答えが出る問題ではありませんが、それを追究することは、この国の社会変革にとって急務であり、死活的に重要であることは確かでしょう。  


官僚(国家公務員)は政権の下僕ではない

2017年06月17日 | 安倍政権と民主主義

     

 「文科省から出向してきた方が、不適切だが、陰で隠れて本省(文科省)にご注進したものだ」
 山本幸三地方創生相の発言(16日の参院予算委員会、写真中)には唖然としました。萩生田光一官房副長官が加計学園に便宜を図る修正を指示した文書が明るみに出て、その存在を否定できなくなったら、今度は文書を書いた職員をおとしめ、責任を転嫁しようというわけです。大臣はおろか、政治家はおろか、一般社会人としても下の下です。

 山本氏といえば、「一番のがんは学芸員」(4月16日)という暴言を吐いて厳しい批判を浴びたばかり。人を愚弄する下劣さは筋金入りのようです。

 山本氏だけではありません。文科省の内部告発者に対して義家弘介文科副大臣が「国家公務員法違反になる可能性がある」(6月13日衆院農水委員会)と言って恫喝したのもつい先日のことでした。

 山本氏や義家氏のこうした一般職員に対する愚弄・恫喝は、もちろん彼らが勝手に行っていることではありません。言うまでもなく、安倍晋三首相と菅義偉官房長官という、それこそ「官邸の最高レベル」による各省庁・官僚支配の反映にほかなりません。官邸が各省庁の人事権を掌握してその支配は格段に強まりました。

 ここで明確にしておかねばならないのは、霞が関の官僚はけっして政権の下僕ではない、ということです。

 官僚(国家公務員)とは何か。その根本を規定しているのは、日本国憲法です。憲法第15条にはこう明記されています。

 「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」(第1項)
 「すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(第2項)

 さらに、この憲法の下に制定された国家公務員法は、第1条(法律の目的)でこう規定しています。
 「この法律は、国家公務員である職員について適用すべき各般の根本基準を確立し…以て国民に対し、公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする」

 こうした憲法や国家公務員法の規定で明らかなように、公務員が「奉仕」すべき相手は、「一部の」政治家や政権ではなく、国民「全体」です。霞が関の官僚ももちろん例外ではありません。

 例えば、今回の文科省の内部告発は、安倍首相が「腹心の友」である加計孝太郎氏に便宜を図って行政を私物化したという国民(主権者)にとっての重大疑惑について、当然国民に開示されるべき文書(行政文書は国民のもの)を、安倍政権が「怪文書」(菅官房長官)呼ばわりして闇に葬ろうとしたのに対し、「確かに存在する」と事実を明らかにしただけです。この行為が国民の利益に叶っていることは明白です。義家氏が言う「守秘義務(国家公務員法第100条)違反」はまったくのお門違いで、内部告発が怖いだけのこじつけにすぎません。

 むしろ、政権が党利党略・私利私略で国民の知る権利を蹂躙し、事実(文書)を隠ぺいしようとするのに対し、各省庁の職員は積極的に内部告発すべきです。それこそが「国民に奉仕」する公務員の使命ではないでしょうか。


共謀罪法成立強行!安倍ファシズムを支えるものは・・・

2017年06月15日 | 安倍政権と民主主義

     

 安倍政権は15日、共謀罪法案の成立を強行しました。加計学園をめぐる安倍首相の疑惑隠しと表裏一体です。
 法案自体の問題もさることながら、このかん安倍政権は「国権の最高機関」(憲法第41条)である国会に対して何をしてきたか、それが大問題です。森友学園問題以降の主なものを振り返ってみましょう。

●森友学園に対する国有地払下げの不正を示す資料は「破棄した」と隠ぺい
●安倍昭恵氏らの証人喚問をあくまでも拒否
●加計学園問題で「総理のご意向」とした内閣府審議官の言葉を記した文科省内の文書を「怪文書」(菅官房長官)と揶揄して否定
●松野文科相がおざなりな「調査」で「問題の文書は確認できなかった」と隠ぺい
●「あるものをないものにはできない」と告発した前川前文科省次官に対し、菅官房長官が読売新聞の記事を使って個人攻撃
●前川前次官らの証人喚問をあくまでも拒否
●衆院法務委員会で金田法相に代わる答弁者として野党が同意しない刑事局長の出席を強行
●金田法相の答弁は二転三転四転…。政府部内で答弁の食い違いが露呈
●共謀罪法案の危険性を指摘した国連人権理事会の特別報告者に対し安倍首相は「不適切」(参院本会議答弁)と攻撃
●加計学園「文書」の存在を証言する文科省の内部告発に対し、義家文科省副大臣が「国家公務員法違反の可能性がある」と恫喝
●「中間報告」なる禁じ手で参院法務委員会の審議をふっ飛ばして共謀罪法案の本会議採決を強行

 以上のことは、すべて安倍政権の1つの共通戦略から生まれています。それは国民に事実・真実を知らせない、国民の目と耳をおおう、結果、口もおおって、政権がやりたいようにやる、ということです。
 メディアは相変わらず「与野党の対決」という図式で国会の状況を報じていますが、事実はそうではありません。安倍政権が攻撃しているのは主権者・国民であり、この対決は「安倍政権対国民」です。

 「世界平和アピール七人委員会」(武者小路公秀、土山秀夫、大石芳野、小沼通二、池内了、池辺晋一郎、高村薫の各氏)は6月10日、「国会が死にかけている」と題する緊急アピールを発表しました。その中でこう指摘しています。

 「政府と政権与党のこの現状は、もはや一般国民が許容できる範囲を超えている。安倍政権によって私物化されたこの国の政治状況はファシズムそのものであり、こんな政権が現行憲法の改変をもくろむのは、国民にとって悪夢以外の何ものでもない」

 まさに日本の政治状況はファシズムそのもの、安倍ファシズムといえるでしょう。
 しかし、ファシズムも「民主主義」の体裁をとらずには存続できません。ヒトラーも選挙で選ばれて独裁者になったのです。安倍政権も同じです。安倍ファシズムを支えているもの、それは安倍政権に対する「世論調査」の「高支持率」です。

 これほど自由と権利を攻撃され、踏みにじられても、まだ「国民」の多数は安倍政権を「支持」し続けるのか。ほんとうに問われているのは「国民」です。


今村復興相発言と「土人」発言

2017年04月27日 | 安倍政権と民主主義

    

 「まだ東北で良かった」。今村雅弘前復興相の暴言は、「失言」でも「ゆるみ」でもありません。本音です。しかも、今村氏だけではなく、安倍首相をはじめとする政府・自民党の本音です。それはたんに「被災者を傷つけた」だけでなく、国家権力の本質にかかわる問題です。

 今村氏の発言はこうでした。
 「(東日本大震災による)社会資本などの毀損もいろんな勘定の仕方があるが、25兆円という数字もある。これが東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると莫大な、甚大な被害があったと思っている」(25日、自民党・二階派のパーティーで。26日付中国新聞=共同配信)

 発言のポイントは、「東北」と「首都圏」を対比させ、「東北」が「あっちの方」、つまり「首都圏」から遠かったから、「社会資本」が「甚大な被害」に遭わずにすんだ、というところにあります。

 すなわち、「首都圏」(皇居が存在する地域)を「国」の中心と考え、「東北」を「あっちの方」=「辺境」とみなし、被害が「国」の中心でなく「辺境」で「良かった」ということであり、「東北」だけでなく「首都圏」以外の「地方」に対する露骨な差別発言にほかなりません。

 これは「首都圏」が使う電力のための危険な原子力発電所を、「首都圏」から「あっち」の「東北」「地方」に建設する、「首都圏」本位の「原発立地論理」とまったく同じです。

 かつて第2次安倍内閣で環境相だった石原伸晃現経済財政担当相が、核廃棄物の中間貯蔵に関連して「最後は金目でしょ」(2014年6月16日)と本音を漏らし不信任案を突きつけられたことがありましたが、これも同根です。

 今村氏や石原氏のように露骨に本音を漏らすのではなくより巧妙にこの差別政策を実行しているのが安倍首相自身です。
 「東京五輪招致」のために汚染水は「アンダー・コントロール」だと国際的な大ウソをつき、今また「五輪」のために被災者を半ば強制的に被災地に「帰還」させようとしています。被災者・避難者のことなど眼中になく、「五輪」へ向けた公共事業という「社会資本(経済効果)」のために、東北・被災地を犠牲にする安倍首相。今村氏とどこが違うのでしょうか。

 ここで思い起こされるのが沖縄・高江での「土人」発言です。

 2016年10月18日、高江で安倍政権のヘリパッド建設強行に抗議していた作家の目取真俊氏に対し、大阪府警の機動隊員が言い放ちました。「どこつかんどるんじゃ、こら、土人が
 目取真氏は振り返ってこう述べています。
 「ネットでは前からああいう言葉が飛び交っていたが、機動隊は公務員でしかも職務中。これまでとは違う次元で沖縄差別が口にされるようになった怖さがある」(16日付共同配信の辺見庸氏との対談)

 重要なのは、「土人」発言を鶴保庸介沖縄北方担当相が「差別と断定できない」と言い放ち、安倍政権が閣議決定の「答弁書」でそれを追認したことです。「土人」発言はいち機動隊員のものではなく、安倍政権自体のものです(ちなみに鶴保氏は今村氏と同じ自民党・二階派)。

 目取真氏との対談で辺見庸氏は、「『土人』にはこだわらなければならない。(19世紀末の)琉球併合後、日本の権力の基層部でひそかに語り継がれ、伝承されてきた差別意識、基本的な感情ではないか」と指摘しています。
 「土人」発言で露呈した「沖縄」に対する差別意識の上に立って、「日本の権力」と「本土」の「国民」は、「沖縄」に米軍基地を集中させ日米安保条約の犠牲を集中的に押し付けています。

 「東北・地方」に対する差別の上に立った「原発・災害」。「沖縄」に対する差別の上に立った「軍事基地」。その相似形が、「今村発言」と「土人」発言であらためて浮き彫りになっています。

 安倍政権が県民の意思を無視して辺野古の埋め立てを強行し、トランプ政権の対北朝鮮軍事圧力強化によって、沖縄がまたしても戦争の前線基地にされる危険性が高まっているまさにその時に、「今村発言」が飛び出したのは、けっして偶然とは思えません。


「森友・昭恵問題」の本質を吐露した籠池氏の言葉

2017年04月10日 | 安倍政権と民主主義

     

 「森友・安倍昭恵問題」の本質は何か。それを籠池泰典理事長(当時)自身が吐露した言葉が、先日明らかになりました。
 籠池氏が昭恵氏付きの政府職員(谷査恵子氏)に宛てた「手紙」(2015年10月26日の消印、3日の参院予算委員会理事懇談会で政府が公表)で述べた言葉です。「手紙」は谷氏を経由して昭恵氏に行った陳情に他なりません。

 「安倍総理が掲げている政策を促進するために、学校の用地が半値で借りられたらありがたい

 どういう意味でしょうか。「学校の用地」が安倍首相の「政策促進」とどう関係するのでしょうか。答えは籠池氏が開校する予定だった小学校(瑞穂の國記念小学院)の「教育理念」「教育の要」にあります。そこにはこう記されていました。
 「天皇国日本を再認識。皇室を尊ぶ。伊勢神宮・天照大御神外八百万神を通して日本人の原心(神ながらの心)、日本の国柄(神ながらの道)を感じる」「教育勅語素読・解釈による日本人精神の育成(全教科の要)。道徳心を育て、教養人を育成」(森友学園HPより)

 籠池氏はこういう小学校をつくることが安倍首相の「政策を促進する」ことになると確信していたのです。なぜか。
 この「手紙」の51日前の2015年9月5日、昭恵氏は同学園の塚本幼稚園で講演しました。そして、「こちらの教育方針はたいへん、主人(安倍首相)も素晴らしいというふうに思っていて…」と森友学園の「教育方針」を絶賛したのです。これを聴いた籠池氏が、森友学園の「教育方針」を実践する小学校を造ることが安倍首相の「政策を促進する」と確信したのも無理はありません。
 
 森友学園・籠池氏と昭恵氏・安倍首相を結び付けたものは、「教育勅語」を基本にした「皇国思想教育」「道徳教育」でした。だから籠池氏はその実践のために昭恵氏(実質は安倍首相)に「用地が半値で借りられたらありがたい」と要請したのです。結果、その通りになりました。これが「森友・昭恵問題」の本質です。

 その後「教育勅語」をめぐって相次いだ安倍政権の言動(稲田朋美防衛相の賛美発言、教材化を否定しない閣議決定など)は、それを証明しています。

 日本のメディアはなかなかこの本質に目を向けようとしませんが、外国のメディア・記者はいち早くその核心を見抜いています。
 例えば、イギリスのフィナンシャルタイムズは「森友学園スキャンダル」は「安倍首相と右派のつながりを国民に気付かせた」「右派と安倍政権の親密さが問題」と報じました(写真)。
 「外国人記者は見たプラス」(BSTBS、2日放送)では、外国人記者たちは異口同音に「森友学園問題の本質は思想教育」だとし、「イギリスでもし思想教育があったら首相は辞めている」(ロイター記者)、「フィナンシャルタイムズの記事に賛成。日本が右へ傾いている気がする」(韓国記者)、「(塚本幼稚園の教育は)文化大革命時の中国よりひどい」(中国記者)など相次いで日本の異常さを指摘しました。
 「外」から見ると「森友・昭恵問題」の本質が鮮明にわかるようです。