アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

沖縄のことばと「男尊女卑」

2013年01月31日 | 日記・エッセイ・コラム

Ryuudaikouzakotoba 毎週水曜の夜は比嘉光龍先生の楽しい「うちなーぐち(沖縄語)講座」です。きのう(30日)の授業の中で、敬語に関連して受講仲間の一人から、「沖縄では妻が夫より年上でも夫に敬語を使うのが普通」という話がありました。思わず「え~っ」とつぶやいてしまいました。家庭で妻が夫に敬語、年上でも。「本土」ではまず考えられない光景です。これは現代の沖縄ではどの程度残っているのでしょうか?
 このことから27日の琉球大学公開シンポジウム「沖縄のことばとジェンダー」を思い出しました。沖縄のことばには女性への差別、男尊女卑が色濃く投影しているというのです。田畑千秋教授(大分大)によれば、沖縄語、奄美語、宮古語、八重山語の「ことわざ」には女性の出現率(女はなんとか・・・)が圧倒的に多いといいます。女:男の比率をみると日本語が56:44に対し沖縄語70:30、八重山語86:14、奄美語89:11(嫁:婿になると95:5)とか。「ことわざで出現率が高いことは、その社会での劣勢を意味している」といいます。ことわざで女性を男性から区別し特定させる必要があるからだとか。現に女性の能力や身体を蔑視したり、男に従わせようとする「ことわざ」が充満しています。
 沖縄には風習・慣習面でも男優位のものが相当あるようです。つまり沖縄はきわめて「男尊女卑」が強い社会だったのですね。今もそうなのでしょうか?今はどの程度なのでしょうか?その一方、女性の方が霊力が強く、女の子が男の兄弟を守るという風習もあるといいます。女性は宗教的には優、日常生活では劣、とされたのでしょうか?そうだとすれば真逆に見えるその両者に相関関係はあるのでしょうか?この点をシンポで質問用紙に書いたのですが、残念ながら時間切れで回答は得られませんでした。
 この「日記」でも何度か現在沖縄で女性が各分野でいかに活躍しているか書きました。それは事実なのですが、「沖縄と女性」のテーマは歴史や宗教もからみ、一知半解は許されない奥深いものだと感じます。

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(31日付)から

 「那覇市長が首相批判 『10回来ても考え方不変』」
 「那覇市の翁長雄志市長は30日の定例会見で、来月2日に就任後初めて来県する安倍晋三首相について『見尽くして、すべて知り尽くして今のような態度しか出せないわけだから、いまさら普天間(飛行場)を10回見たって何も考え方は変わらないと思う』と述べ、基地負担軽減に対する姿勢を批判した」
 翁長市長(自民党沖縄県連幹事長)の発言がますます注目されます。

 「『独立運動・爆弾テロ起きる』 国民新・自見氏 沖縄の基地不満爆発で」
 「国民新党の自見庄三郎代表は30日の記者会見で、米軍普天間飛行場の移設問題が沖縄の分離独立運動を招き、ゲリラ闘争や爆弾テロに発展しかねないとの認識を示した。・・・『国内ゲリラは分離独立運動が原因で起きる。国のかじ取りによっては東京でも爆弾テロが発生する』と主張した」
 一見、沖縄の怒りを代弁しているようですが、非暴力の粘り強いたたかいを続けている沖縄の人々に対する侮辱であり、「沖縄人は怖い」という差別が見え隠れしており、さらに「沖縄に攻撃されるから無難な政策をとれ」と言っているに等しい、たいへんな差別発言です!


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「従軍慰安婦」と安倍内閣

2013年01月30日 | 日記・エッセイ・コラム

Ianfukiji オール沖縄の東京行動に誠意のカケラも示さない安倍内閣にワジワジ(いらいら)していた29日の新聞に、注目される記事(琉球新報=共同配信)がありました。「談話見直せば欧米反発」「慰安婦問題 国際世論知れ」の見出しで、従軍慰安婦問題を謝罪・反省した「河野談話」を見直そうとしている安倍首相を批判したインタビュー記事です。
 興味深かったのはその語り手が、元外務省条約局長・欧亜局長・オランダ大使などを務めた東郷和彦氏であったことと、その指摘の明確さです。安倍首相などは従軍慰安婦に「強制性はなかった」として否定しようとしているのですが、この点について東郷氏はこう述べています。「奴隷狩りのような強制性があったかどうかを国際世論は問題にしていない。米国の友人らは『甘言をもって』、つまり仕事の内容を偽って女性を集めたというだけで完全にアウトと考えている。性暴力問題に国際世論は非常に厳しい。自分の娘が同じ境遇に置かれたらと多くの人は考える。・・・歴史問題には靖国、南京虐殺などいろいろあるが、慰安婦問題と他の問題では欧米人の嫌悪感のオクターブが違うと感じる」。安倍首相らの言い分は国際的にはまったく相手にされないと元外務省の高官が明言しているのです。
 ところが安倍内閣には首相以外にも従軍慰安婦否定論者がウヨウヨいるのです。「しんぶん赤旗」(1月6日付)によれば昨年11月米国の新聞に従軍慰安婦を否定する意見広告が掲載されました。これになんと、安倍首相以下、下村文科相、古屋公安委員長、稲田行革担当相、新藤総務相の計5閣僚が賛同者として名を連ねているのです。閣僚のほかにも世耕内閣官房副長官、衛藤首相補佐官、高市自民党政調会長の名もあります。
 参院選挙まではタカのツメを隠している安倍首相がやがて「河野談話」見直しに乗り出すのは必至です。県内に130カ所以上「慰安所」があった沖縄でも、オスプレイ、普天間飛行場移設とともに、この問題が大きな政治的対決点になるのは間違いありません。

<今日の注目記事>「琉球新報」(30日付)から

 「防衛省 与那国配備62億円」
 「防衛省は2013年度予算案で与那国島に陸上自衛隊沿岸監視部隊を配備するための監視装置取得費などとして62億円を計上した。予算案総額は12年度当初比400億円増の4兆7538億円。・・・安倍晋三首相の強い危機意識を反映し、尖閣諸島周辺で領海、領空接近を繰り返す中国に対応する予算が重点的に盛り込まれた」
 尖閣問題を口実にした八重山諸島への自衛隊配備・強化が着々と進められようとしています。米軍基地に目を奪われがちですが、それと同じくらい沖縄における自衛隊強化は危険です。


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新聞よ、お前もか!

2013年01月29日 | 日記・エッセイ・コラム

Sinbunhikaku 72年「復帰」後最大規模の歴史的な「オスプレ配備撤回要求」東京行動。NHKの報道がいかにひどいかきのう書きました。新聞はどうだったでしょう。28日付の「朝日」「毎日」「読売」「日経」を見ました。
 4紙のうち1面で扱ったのは「朝日」ただ1紙。第1社会面も「朝日」と「日経」だけ。「毎日」と「読売」は第2社会面です。「読売」にいたってはわずか2段(写真は「読売」と琉球新報、沖縄タイムスの比較)。各紙をもう少し詳しく見てみましょう。
☆「朝日」・・・1面中央に写真と記事。見出し「沖縄トップ総出 怒りの銀座デモ」記事12行。社会面トップに写真と日本地図(オスプレイ低空飛行ルートなど)。5段見出し「沖縄と本土 この温度差」「抗議集会 首長ら訴え」。記事69行。
☆「毎日」・・・第2社会面中央近くに写真と4段見出し「銀座で『オスプレイ反対』4000人行進」。記事49行。
☆「日経」・・・社会面トップ5段見出し「『沖縄の怒り東京に』オスプレイ配備撤回訴え」。記事はリード+57行。
☆「読売」・・・第2社会面2段見出し「オスプレイ・普天間県内移設反対 沖縄の首長ら東京で訴え」。記事25行。
 これは沖縄に届いた新聞ですから本土版はもっと小さいかもしれません。「朝日」と「日経」はともかく、「読売」「毎日」は明らかに異常です。共同代表の記者会見にも集まったのは地元メディアと全国紙の沖縄支局記者だけで、東京の記者は来なかったといいます。安倍首相が圧力をかけているのはNHKだけではありません。毎日行われていた内閣記者会との合同会見(ぶらさがり)をやめて個別取材にシフトさせるなど、新聞などの恣意的な選別を進めているのです。
 新聞よ、お前もか!。もはや「温度差」という言葉では生ぬるい危険な実態です。
 きのうのNHKについての「日記」を読んでくれた沖縄の友人は、「いつもそうだよ」と怒りよりあきれた様子で言いました。なるほど沖縄にとっては本土メディアのこうした扱いは珍しくないのでしょう。いちいち怒っていては身が持たないという気持ちは分かる気がします。でもやっぱり、これに慣れてはいけないと思うのです。沖縄があきらめたら、だれもメディアの異常をただすものはいなくなってしまいます。

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(29日付)から

「知事、きょう上京 沖縄予算確保で沖縄相に『お礼』 配備撤回と入れ違い 『誤ったメッセージ』懸念も」
 「急性胆のう炎の手術を受け静養中の仲井真弘多知事は29日に上京し、山本太一沖縄相らに2013年度の沖縄振興予算の確保についてお礼回りをする。・・・オスプレイ配備撤回を求める『東京行動』と入れ違いの上京に、関係者からは配備撤回のメッセージが弱まることを懸念する声も挙がった」
 27日の東京行動に合わせるように3000億の予算を決めるなど、金で懐柔しようとする政府の旧態依然とした戦略は見え見え。それに呼応するような仲井真知事の行動です。上京するならみんなと一緒に27日に行くべきでしょう。


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NHKは死んだのか?!

2013年01月28日 | 日記・エッセイ・コラム

Dscn0275  沖縄県民の怒りと願いを背に展開された「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」実行委員会の東京行動(27日)。日比谷野音の集会には4000人が集まり銀座を行進。72年「復帰」以降最大の行動です(写真は1面最終面見開きで報じる28日の沖縄タイムス)。これを本土のメディアはどう報じるのか-NHKに注目しました。
 夜7時のNHKニュース。人工衛星、来年度予算・・・まだ出ません。みんなの党、桑田元巨人軍投手が東大野球部指導・・・まだ出ません。高校生の風俗店・・・やっと出ました。7時22分。わずか50秒。話題ものの「桑田」が5分。オール沖縄のかつてない行動が50秒・・・考えられません!報道に携わる者なら、いいえ普通の感覚を持っていればあり得ないニュース選択、報道感覚です。8時45分の全国ニュースではまったく取り上げませんでした。これが本土メディアの実体です。「沖縄構造差別」を助長する「公共放送」の姿です。本土にいれば「こんな扱いでいいの?」と思った程度でしょう。でも沖縄でこれを目の当たりにするとそれではすみません。腹が立って仕方がないのです。
 それにしてもひど過ぎます。怒りとともに、「やっぱりか」と思いました。なぜなら安倍首相、菅官房長官とNHKの関係は尋常ではないからです。安倍氏が自民党官房副長官当時、「従軍慰安婦国際法廷」のEYV特集に圧力をかけたことは以前にも書きましたが、それだけではありません。第1次安倍内閣のとき(07年)憲法改正手続法を成立させましたが、この中には報道規制条項が盛り込まれ放送局の報道が規制されました。同じ時期に有事法制や自衛隊法が改正され取材・報道規制が強化されました。放送法改正でNHK国際放送など放送内容を政府が指示できるようにしたのも安倍内閣です。安倍氏の下で当時の菅総務大臣はNHKの経営方針を具体的に指示したり政府の意向に沿う経営委員長を送り込もうとするなど露骨な介入をすすめました。その安倍内閣の再来なのですから、組閣直後から「NHKは震えあがっているのでは」と言われたものですが、この日の報道をみると、「やっぱりそうなのか」と思わざるをえません。
 NHKは死んでしまった、いや、安倍内閣に殺されてしまったのでしょうか?!

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(28日付)から

 「『沖縄に平和返して』 270人のメッセージ 沖大生掲げる」
 「『早く沖縄に平和を返してください』『いつでも県民だけ。基地もオスプレイももういらない』。沖縄大の学生有志6人は(日比谷)集会で、普天間飛行場のゲート前で座り込みをしている人ら約270人から寄せられたメッセージを掲げた。28日には首相官邸と米大使館にメッセージを届け、オスプレイ配備撤回。基地撤去を訴える。・・・3年の石橋由季子さん(20)は和歌山市出身。沖縄大に進学したばかりのころは基地に抵抗はなかった。だが沖縄の歴史を学び、学内で基地問題を訴えるようになった。『これだけ多くの人が参加したことに勇気づけられた。・・・集会をきっかけに仲間を増やしたい』と決意を新たにした」


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琉球新報、沖縄タイムスの特集に拍手

2013年01月27日 | 日記・エッセイ・コラム

Dscn0269 Dscn0271_3 26日朝、琉球新報を手にして驚きました。別刷り8ページにわたるオスプレイ特集です。27、28両日東京で行われる配備撤回要請行動に合わせたものです。
 1面中央に「守る命 問う差別」の大見出し。バックはオスプレイはじめ米軍基地とたたかう県民の姿。2面は「抑止力 偽りの論理」の見出しで「基地”神話”を問う『海兵隊駐留根拠』」。3面は「脱基地 自立沖縄へ」の見出しで「基地”神話”を問う『依存経済』」。4、5面見開きで「続く”差別構造”」。地図とグラフでオスプレイの飛行実態と基地の現状を詳しく報じています。6面は全面で41市町村長の決意表明。7面は「オール沖縄の態勢を支える」2人として「琉球処分」「構造的沖縄差別」のキーワードを定着させた大城立裕氏(芥川作家)と新崎盛暉氏(沖縄現代史)のインタビュー。そして8面は「戦後68年 不条理の連鎖」として1955以降の米軍による「事件事故 続く苦しみ」の総ざらい。全ページ1段も広告はありません。
 72年「復帰」後の基地をめぐる歴史と現状が簡潔にまとめられている素晴らしい内容です。特に注目されるのは「沖縄経済は基地で成り立っている」論の誤解、ごまかしの徹底暴露です。たとえば県民総所得に占める基地関係収入の割合は72年が15・5%だったのに09年には5・2%に(逆に観光収入は6・5%から9・6%)。普天間飛行場を撤去して跡地を利用した場合の経済効果は、雇用者が163倍、収入が55倍に増加。いまや基地が沖縄経済を阻害している実体は歴然です。県商工連合会の照屋義実会長は、本土の経済界トップクラスの人物に「沖縄経済には基地も必要でしょ」と話し掛けられたことに対し、「本土復帰から40年、沖縄から何度となく声を上げているにもかかわらず、この程度の認識なのかと衝撃を受けると同時に、本土に都合の良いように理解されていると憤りを覚えた。沖縄への無関心ということが根底にあると思うが、これはもはや罪だと思う」と怒りの談話を寄せています。
 松元剛政治部長は「特別評論」で強調しています。「米軍駐留による被害を感じる機会と意識の乏しさが災いし、沖縄の訴えへの国民的共感は広がりに欠ける。危険な迷惑施設を本土から遠く、経済的に弱い地域に押し込め、『地元が望んでいる』という誤った情報をうのみにし、沖縄の苦しみを見て見ぬふりをする-。沖縄の民意を反映し、オスプレイの配備撤回と普天間飛行場の閉鎖・撤去を成し遂げることが、日本に巣くうこの『人ごとの論理』から決別する第一歩となる」。
 ここまで書いたところで、今日(27日)の沖縄タイムスが届きました。すると同紙も4ページの別刷りで「東京行動特別版」です(琉球新報の後追いかもしれませんがこの種の同調は大歓迎です)。タイムスの素晴らしいところは、この特別版を「東京で街頭配布」すること。琉球新報の特集は本土の人間こそ読むべきだと思っていただけに、タイムスのアイデアには拍手です。
 沖縄のたたかいを支える地元2紙の大きな役割、そしてメディアが本来あるべき姿をあらためて見た思いです。


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壺屋焼にみる戦争と職人魂

2013年01月26日 | 日記・エッセイ・コラム

Tuboyahaku 沖縄の名産の一つに壺屋焼という焼き物があり、そのお店が並んでいる壺屋焼(やちむん)通りという名所が那覇にあることはご存じの方も多いでしょう。映画「カラカラ」にも出てきました。でもその一角に那覇市立の壺屋焼物博物館があることを知っている人は多くないかもしれません。さらに毎月第3日曜日午前10時から学芸員の方が説明しながら館内を案内してくれる「ギャラリートーク」(費用は通常の入館料=大人315円のみ)があることを知っている人は地元でも少ないのではないでしょうか。前から行ってみたいと思っていましたが、20日に念願が叶いました。絶対おすすめです。
 あまり知られていない”恩恵”でこの日はなんと私一人(途中からもう一人参加)。学芸員の金城有希乃さん(写真)の興味深い説明を独り占め。次々繰り出す質問にも金城さんは笑顔で丁寧に答えてくれました。博物館は2階建て。壺屋焼の歴史から特徴までわかりやすく展示されているのはもちろん、建物の外では焼き窯の実物もみられるという充実ぶりです。途中約20分の「シアター」があり、壁いっぱいの迫力ある画面で製作過程が紹介されます。そこで現代の名工たちが弟子に、「人間性を磨け」と教え、「壺屋焼はヤマトでも中国でもない。沖縄のチャンプ文化」だと言っていたのが印象的でした。
 先の大戦中、壺屋焼は兵隊の茶碗や軍隊が使う碍子(がいし)などに供されました。先日もその碍子が大量に発見されたと新聞報道されました。でも当時の職人たちは自分が丹精込めて作った焼き物がそうした戦争用具に使われていたことは知らされていなかったそうです。戦後、生き残った職人たちは北部の収容所に入れられましたが、焼き物への強い思いから、「壺屋に戻してくれ」と何度も交渉を重ね、ついに帰郷を勝ち取りました。帰った職人たちは物資が乏しい中、「みんなに壺屋焼を使ってほしい」と食器を無料で住民に配りました。久しぶりに壺屋焼に触れた人たちは励まされ、戦後復興の力になった、と言います。
 壺屋焼にも戦争の歴史が影を落とし、その中にたくましくもやさしい職人魂が脈々と流れているのです。
 この話を聴く前から、せめて湯呑くらいはと壺屋焼を使っていますが、毎日手に取る湯呑がなんだかいとしくなってきました。

<今日の注目記事>「琉球新報」(26日付)から

 「首相、面談せず あすからオスプレイ撤回東京行動」
 「オスプレイ配備に反対する県民大会実行委員会の代表団総勢約150人は27日、東京行動を行うため上京する。同日午後3時から、日比谷野外音楽堂でオスプレイ配備撤回などを求める集会を開き、銀座をパレードする。28日の政府要請は、26日までに防衛相、外相、沖縄担当相との面談が決まったが首相について政府側は官房長官が対応するとの方針を実行委員会に伝えた。実行委は当日まで首相面談が実現するよう政府へ働き掛ける」
 県民の総意を代表して上京・要請する代表団に会おうともしない!口で「沖縄のみなさんのご理解を」といい「低姿勢」のポーズをとりながら、これが安倍首相・自民党内閣の実体です!


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パレスチナ・福島・沖縄をつなぐ

2013年01月25日 | 日記・エッセイ・コラム

Doisan 30数年にわたってパレスチナを取材しているジャーナリストの土井敏邦さんの映像上映と講演が24日夜沖縄大学でありました。中東問題は難しくてパレスチナといってもピンとこないというのが正直な感覚でした。それと沖縄がどうつながるの?
 映像は「ガザ攻撃」。なんの罪もない農民・市民がイスラエルの爆撃で、農地、病院、学校そして命を奪われる。悲しみと怒りに茫然となるパレスチナの人々。対して攻撃は当然だと言い放つイスラエルの一般市民たち。
 土井さんは言います。「戦争をしかける側は自らを『被害者』、相手を『悪魔』に描く。それをマスメディアが助長する。それは世界に共通の普遍的構造だ。太平洋戦争の日本軍、ベトナム戦争のアメリカ軍もそうだった。いま、北朝鮮や中国に対してはどうだろうか」。巨大な国家権力によって弱い住民が土地・故郷を理不尽に奪われる。そこにパレスチナと沖縄の共通点をみていた土井さんは昨年、高江のたたかいを描いた「標的の村」(琉球朝日放送制作)をエルサレムで見て、「イスラエルの占領地と同じ状況を足元の日本の沖縄で目の当たりにした」と衝撃を受けました。「パレスチナが持つ普遍性を日本が抱える問題の普遍性に照らし重ね合わせていく。為政者ではなく庶民に密着しその声を等身大の固有名詞で伝える。それによってパレスチナを日本に引き寄せ、沖縄も福島もけっして孤立してはいないことを示したい。同じ人間の問題として、読者や視聴者の想像力を呼び起こしたい。それがパレスチナを取材してきたジャーナリストとしての使命だとわかった」。
 同じ「本土」の人間として、ジャーナリストの端くれ(でありたい)として、私は体が震えてきました。
 ※土井さんの「映像と講演」は25日午後6時半から沖縄キリスト教学院でも行われます。

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(25日付)から

 「なぜ政府は動かないのですか 宜野座中3年 比嘉太志君」
 「『家の真上を飛んでいるのに、なぜ政府は動かないんですか』-。オスプレイ配備後、飛行訓練の激しさが増す宜野座村で松田区に住む宜野座中3年の比嘉太志君(15)が、オスプレイ配備反対の声を首相官邸に送った」。同村での訓練を報じた新聞記事で問題意識を高めた比嘉君はスマホのラインを使って今月15日に官邸にメッセージを送信。「いまだに返信はないが、『県民だし、訓練を一番身近に感じているから、書かずにはいられなかった』という。・・・『感じたことを声に出して、みんなで動けば何かが変わる』と信じている」


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知らないことだらけの沖縄歴史

2013年01月24日 | 日記・エッセイ・コラム

Heiwakouza 沖縄といえば平和教育が進んでいるというイメージがありますが、現実は厳しいようです。20年にわたって平和ガイドなどを行っている沖縄平和ネットワークは「教員の世代交代が進み、沖縄戦のことを教えられなくなっている」という危機感から、通年で全10回「若い教職員のための平和教育講座」を始めました。「教職員以外の皆さんの参加も大歓迎」というチラシの言葉に誘われ、第1回「近現代史から見る沖縄」(講師=大城将保・新沖縄県史編集委員)に参加しました(18日)。
 目からウロコとはこのこと。もちろん私の勉強不足のためなのですが、2時間弱の講義は新しい発見の連続でした。大城さんの講義で新たに知ったことのいくつかを列挙します(不正確な箇所・記述は大城さんの話ではなく私の理解不足のためです)。
◎首里城の守礼門は中国の冊封使(中国の皇帝が琉球王を認定する使い)が来た時だけに掲げた門標で、「礼」はたんなる礼儀ではなく中国への忠誠のことだった。
◎琉球を支配した薩摩が琉球と中国の貿易(進貢貿易)を許したのは、利益を吸い上げるとともに、中国や西洋の情報を得るのが目的だった。
◎琉球王国時代に日常士族は刀の代わりに扇子を腰に差していたが、それは武力でなく話し合いで解決しようとする琉球・沖縄の伝統で、太平洋戦争時代の徴兵忌避、さらに軍隊嫌いに通じている。
◎「命どぅ宝」という言葉は、琉球処分(1879年)による「首里城明け渡し」を描いた芝居の中で生まれた言葉である。
◎戦前、沖縄連隊区司令官が報告(1934年)で琉球民族を「惰弱」「団結に乏しい」などと差別列挙したことが、皇民化教育や方言札(沖縄語禁止)など沖縄差別につながった。
◎「従軍慰安婦」はノモンハン事件(1939年ソ連との戦争)で強姦・性病がまん延したことが発端で軍がとった政策だった。
◎沖縄が戦場になったのは陸軍と海軍の確執で海軍が優勢になり南進政策をとったためだった。
◎戦時中宮古・八重山で多数がマラリアで亡くなったが、それはただのマラリアではなく戦争が原因の「戦争マラリア」だった。
◎戦後米統治下、本土の要人が来ると沿道で「日の丸」を振って迎えたのは日本への愛国心ではなく、反米の象徴だった。
 まだまだ尽きません。あらためて自分の勉強不足と沖縄の歴史の奥深さを痛感しました。講座参加者は十数人でしたが、もったいない。多くの若い人たちに受講してほしいと思いました。

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(24日付)から

 「県民、肥満解消せず 11年度健康調査 全年代 全国平均上回る」
 「県民の肥満傾向いまだ変化なし-。県内男女20~70歳以上の肥満者割合が全年代で全国平均を上回ったことが23日、5年に1度実施する県民健康・栄養調査の2011年度結果で分かった。県健康増進課が発表した。野菜摂取や運動習慣は改善傾向にあるものの、脂肪摂取が多かった。同課は肉類や揚げ物好きの食習慣の影響を指摘。・・・家族や地域の力で健康志向に導く」。
 「長寿県・沖縄」はいまや風前の灯といわれます。食習慣・文化の変化はアメリカ化であり、広大な基地の存在と無関係ではなく、個人・家族・地域の努力だけでは解決しないと思うのですが・・・。


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「オールオキナワ」というけれど・・・

2013年01月23日 | 日記・エッセイ・コラム

Simintaikai 「オスプレイの配備撤回を求める那覇市民大会」が22日夜行われました。沖縄の41市町村長がそろって上京し政府に申し入れを行ういわば出陣式です。市民会館は2階席の半分までうまり(主催者発表1300人)、掛け声や指笛もまじる盛り上がりでした。
 主催者を代表してあいさつした翁長雄志那覇市長は、最近強調している「米軍基地の跡地利用でこそ沖縄の経済は発展する」という経済面から「基地縮小」を打ち上げました。保守系とみられる他の代表からも「安倍首相は『美しい日本』というがその日本の中に沖縄は入っているのか」と、政府に対する強い不信が表明されました。翁長市長は「沖縄はいまや保守、革新が対立する時代ではない。心を一つにしてがんばろう」と言いました。「本土」の「オールジャパン」に対し「オールオキナワ」で対抗しようというわけです。たしかに翁長市長の発言はこれが自民党市長の言葉かと思うほどですし、この日集まった市民もいわゆる保守から革新まで幅広かったようです。
 でも、私は翁長市長の「オールオキナワ」論には首をかしげざるをえません。オスプレイの危険・恐怖に保守も革新なく、撤回は「オールオキナワ」の願望であることはその通りです。でも実際にどうやってそれを実現するかとなると、必ず政治的思惑が絡んでくると思うのです。翁長市長が主導する「オールオキナワ」は結局自民党の戦略に取り込まれるという危惧が拭えません。かといって旧来の「保守対革新」にとらわれているわけでもありません。沖縄にはこれまでの政治では計れない可能性があるのかもしれないとも思うのです。「オールオキナワ」論は「沖縄独立」論にかかわってくるでしょう。実はこれは沖縄に来る前から一番気にかかっている問題で、それに対するはっきりとした意見はまだ持てていません。焦らずに考えていきたいと思っています。

<今日の注目記事>「沖縄タイムス」(23日付)連載「怒りを共に」から

 「爆音訴訟団 『日本政府こそが壁』」
 「横田基地の騒音被害などに取り組む第9次横田基地公害訴訟原告団の青山秀雄副団長は『全国をわが物顔で訓練しようとしているオスプレイは対米追従の象徴。日本の民主主義が問われている。問題の根本を絶つためには沖縄からの撤退を実現させたい』と訴えている」
 連帯はたたかいによって生まれるのですね。

 

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「土地闘争」の歴史から今学ぶもの

2013年01月22日 | 日記・エッセイ・コラム

Eigaokinawa 「復帰40年・女性たちは今」という映画と写真展が那覇市内で行われました(19日)。県内25の女性団体が加盟する沖縄県女性団体連絡協議会の主催です。
 映画は復帰前に全国で上映運動が行われた「沖縄-一坪たりともわたすまい」です(昨年亡くなった地井武男さん主演)。米軍に土地を強奪されることが農民にとっていかに残酷なことか、沖縄で見る「沖縄」はひときわ胸に迫ってきました。「ウチナーンチュのものを盗めば泥棒だが、アメリカのものを盗むのは戦果だ」という主人公のたくましいせりふには会場から共感(きっと)の笑いが起こりました。
 映画のモデルは、以前にも書きました「沖縄のガンジー」といわれた阿波根昌鴻(あはごんしょうこう)が率いた伊江島の土地闘争です。映画の前の山口剛史琉大准教授の講演で、彼の非武のたたかいを示す11項目の「陳情規定」を知りました。ご紹介します。①反米にならないこと②怒ったり悪口をいわないこと③必要なこと以外はみだりに米軍にしゃべらないこと。正しい行動をとること。ウソ偽りは絶対語らないこと④会談のときは必ず坐ること⑤集合し米軍に応対するときは、モッコ、鎌、棒切れその他を手に持たないこと⑥耳より手を上げないこと(米軍はわれわれが手をあげると暴力をふるったといって写真をとる)⑦大きな声を出さず、静かに話す⑧人道、道徳、宗教の精神と態度で接衝し、布令・布告など誤った法規にとらわれず、道理を通して訴えること⑨軍を恐れてはならない⑩人間性においては、生産者であるわれわれ農民の方が軍人に優っている自覚を堅持し、破壊者である軍人を教え導く心構えが大切であること⑪このお願いを通すための規定を最後まで守ること。
 なんという強さ、なんという信念でしょう。とくに⑩は感動的です。この精神はいま辺野古の新基地建設反対闘争、高江のヘリパッド建設阻止闘争などに受け継がれています。でも、沖縄のこのたたかいの歴史・伝統をほんとうに学ばなければならないのは、ヤマトの人間ではないでしょうか。人間にとって大切なものは何かが、ここにあるような気がします。

<最近の注目記事>「沖縄タイムス」(20日付)から

 「捨て石の歴史 教訓に   前石垣市長・大浜長照さん」
 「波よ鎮まれ~尖閣への視座~」という連載で大浜前石垣市長をとりあげた記事です。
「『中国の脅威』や『尖閣を守れ』という声にせき立てられるように、与那国町は自衛隊誘致に傾き、石垣市は自衛隊との親和を強めている。だが、『国益』と『地域益』が常に重なるとは限らない。『琉球の歴史に学べば、尖閣問題にどう対応すればよいのかが見えてくる』(大浜さん)。琉球処分の翌年、明治政府は先島を清国に割譲しようとした。『立ち消えになったといえどもあまりに深刻な事実。国家主義による先島住民の切り捨ては、絶対に見逃してはいけない歴史的教訓だ』(同)。日本本土の『捨て石』にされた沖縄戦はこの延長にある。『固有の領土』とは何かが問われている、と強調する」


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