アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

那覇軍港移設は辺野古新基地建設と同根

2020年08月20日 | 日米安保・沖縄

   
 19日付の琉球新報、沖縄タイムス両紙は、1面トップで「軍港移設 北側案合意」と大きく報じました。「本土」メディアはほとんど報じず、沖縄ローカルのように見えますが、けっして軽視できない全国的なニュースです。

 「北側案合意」とは、那覇軍港の移設先として、これまで浦添ビーチの南側(写真右の下)を主張していた松本哲治浦添市長が自説を撤回し、沖縄県(玉城デニー知事)、那覇市(城間幹子市長)が主張してきた北側案(写真右の上)に同調したというものです。

 これ自体は、松本氏の3度の公約撤回(変節)を示す(目的は来年2月の市長選における地元経済界の支援)ものにすぎませんが、これによって移設が加速されること、また、南側を強く要求していた米軍に県、那覇市、浦添市が揃ってなびいたという意味があります。

 しかし、南か北かに重要な意味があるわけではありません。この問題の本質は次の3点です。

 第1に、那覇軍港移設問題は辺野古新基地(名護市)建設問題と本質的にまったく同じだということです。

 どちらも現在の米軍基地の代替基地を同じ沖縄県内に造るものです(辺野古は普天間基地の代替)。その出発点が、1974年の日米安保協議委員会の合意であることも同じ。新たな基地建設は沖縄の貴重な海を埋め立てて行われることも同じです。

 すなわち那覇軍港移設とは、辺野古新基地建設と同様に、「返還」の名の下に貴重な自然を破壊して沖縄に新たな米軍基地を造る(拡大強化する)ことであり、日米安保条約=軍事同盟の害悪・危険性を端的に示すものにほかなりません。

 第2、にもかかわらず玉城知事は、18日の記者会見で、那覇軍港と辺野古新基地は「まったく意を異にする」(19日付沖縄タイムス)とし、その理由として「民港の活用は、沖縄経済の進展性を含めた計画」(同)だと述べました。那覇軍港の移設は民間港湾の整備も伴い、それは沖縄経済のためになるというわけです。

 しかし、「米軍が民港を優先して、軍港を小さくするとは思えない」(江上能義琉球大名誉教授、19日付琉球新報)のは常識で、玉城氏の言い分はまったく釈明になっていません。

 そればかりか、実はここには重大な落とし穴があります。それは軍民一体化の進行です。沖縄では、米軍と自衛隊の基地共同使用のほか、基地と民間施設の一体化が進んでいます。

 その典型はすでにきわめて危険な空のエリアとなっている那覇空港の軍民共用であり、その拡大です。さらに日米両政府は、かつて屋良朝苗知事が絶対に軍事には使わせないとした(1971年「屋良覚書」)宮古島の下地島空港を軍事使用することを目論んでいます。那覇軍港移設に伴う「民港整備」もこうした軍民一体化の危険な動向の中でとらえる必要があります。

 第3、上記のように那覇軍港移設と辺野古新基地建設は本質的にまったく同じであるにもかかわらず、玉城知事が後者には「反対」姿勢をとりながら、前者には「賛成」しむしろ「推進」していること、そして、玉城氏の支援母体である「オール沖縄」陣営もその玉城氏の姿勢を容認・支持していることです。これは、玉城氏、そして「オール沖縄」の明白な矛盾、ダブルスタンダードと言わねばなりません。

 それは、ただ玉城氏と「オール沖縄」の無節操を示すだけでなく、辺野古新基地建設に体を張って反対し続けている県民に対する重大な裏切り行為です。玉城氏と「オール沖縄」の責任はきわめて重大です。

 「オール沖縄」陣営はこのまま那覇軍港移設を容認するのでしょうか。とりわけ、これまで同軍港の移設に「反対」してきた日本共産党の立場がきびしく問われます。

 那覇軍港移設容認は翁長雄志前知事が強く主張したことだったことを改めて想起する必要があります。玉城氏の姿勢は「故翁長雄志前知事の容認の立場を引き継ぐ」(19日付沖縄タイムス)ものにほかならないのです。

 これまで繰り返し主張してきたように、「オール沖縄」とは革新勢力を懐柔するために保守勢力がつくりあげた虚構にほかなりません。沖縄県、そして「本土」の革新・民主勢力は、「オール沖縄」のくびきを解き放ち、辺野古新基地と同様、那覇軍港移設にも明確に反対すべきです。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(改訂版)基地<自衛隊・米軍>が広げる感染の恐怖

2020年04月21日 | 日米安保・沖縄

    

 本日午前5時すぎから午前11時まで掲載したブログは、石垣島へ陸上自衛隊がすでに配備されていると事実誤認したものでした。深くお詫びいたします。以下、改訂版を掲載します。

 陸上自衛隊宮古島駐屯地に派遣されていた隊員が新型コロナウイルスに感染し、複数の隊員が濃密な接触をしていた問題(20日のブログ参照)は、事実経過の徹底した公表が急務ですが、沖縄における自衛隊、米軍の基地の存在は、感染拡大の恐怖を広げています。

 自衛隊員に感染者が出れば基地がクラスター化(集団感染)するのは必至です。なぜなら、自衛隊という軍隊組織は、まさに「3密」を絵に描いたような場所であり、また、感染者が各地に頻繁に移動する(今回感染隊員が熊本から宮古島へ派遣されていたように)組織だからです。

 しかも自衛隊は、たとえ発熱や体調不良が起きても上官に申告しづらい上意下達の文字通り軍隊組織です。そして、基地内に感染者が出ても「軍事秘密」を口実に公表しようとしない隠蔽体質も軍隊(自衛隊)の特徴です。

 沖縄の離島には現在、宮古島に約700人、与那国島に約160人配備されているほか、石垣島に約500~600人配備されることが計画(19年3月駐屯地着工)されています。感染症の恐怖から住民を守るためにも、自衛隊の配備・計画は阻止しなければなりません。(写真左は宮古島)

 軍隊・戦争が感染症を拡大することは、歴史が証明している事実です。

 「第一次世界大戦末期の一九一八年から一九年にかけて流行したスペイン風邪は、世界全体で五〇〇〇万人とも一億人ともいわれる被害をもたらした。…流行をもたらした要因として…第一次世界大戦下で戦時体制に組み込まれた軍隊と労働者の移動があった」(山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授『感染症と文明』岩波新書2011年)

 沖縄タイムス(20日付、平安名純代特約記者)によれば、米国防総省は17日時点で、米軍関係者のコロナ感染者が5927人(うち死亡19人)にのぼることを発表。しかし国防総省は、「米軍内における基地別や部隊別の感染者数や詳細を全て非公開」(同)としています。 「(沖縄)県内では、3月下旬に嘉手納基地で2人の兵士と、家族1人の計3人の感染が確認された。県によると、その後、米側から新たな感染者についての情報提供はないという」(同)

 在日米軍基地所属や、艦船などで日本に寄港する米兵に感染者がいる可能性は否定できない、否、きわめて高いと言わざるをえません。(写真中は、600人以上の感染者が判明した米原子力空母ルーズベルト)

 沖縄は構造的差別によって米軍基地、さらに自衛隊基地が集中することにより、戦争の前線基地にされる危険とともに、感染症の大きな恐怖にさらされているのです。

 安倍政権は沖縄はじめ全国の自衛隊基地・隊員・関係者の新型コロナウイルス感染状況を包み隠さず公表しなければなりません。

 私たちは、感染症(新型コロナだけでなく)の拡大を食い止めるためにも、世界から軍隊・戦争を一掃することが急務であることを銘記する必要があります。

  


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄基地「引き取り」論・高橋哲哉氏と目取真俊氏

2020年02月25日 | 日米安保・沖縄

    

 辺野古新基地建設の県民投票1年にあたり、沖縄タイムスが「本土よ」と題するインタビュー連載を行っています。その中で、いずれも辺野古新基地に反対し活発な活動を行っている高橋哲哉氏(東大大学院教授)と目取真俊氏(作家)が、沖縄の米軍基地を「本土」に引き取るべきだとする「基地引き取り」論をめぐって対照的な主張を行っています(17日付と18日付)。

 「引き取り」論の先駆者といえる高橋氏は、「構造的差別がある以上、差別する側がそれをやめなければいけない」と主張。沖縄の米軍基地の存在は、「本土」による「構造的差別」の表れだから「差別する側」=「本土」が基地を引き取るべきだ、という同論の神髄です。

 「本土」の各地で行われている「引き取る」運動について高橋氏は、「大阪の会が15年に立ち上がってから、全国10カ所程度に広がったことは当初の想定を超えていた。…個人の自発的な意思に基づいて市民が集まっていることに希望を感じている」とし、これは「引き取るまでは決意できない、という人たちにもオープンな運動だ」と述べています。この点は、従来の同氏の主張にくらべて柔軟性を感じます。

 これに対し目取真氏は、「基地を引き取るという人は、どの基地をどこにいつまでに引き取るのか。具体的に示すべきだ」とし、「(差別している本土に持っていけ、というのは―引用者)心情としては分かるが、辺野古の現実とはかけ離れている」「もちろんヤマトゥには基地を沖縄に押し付けている責任がある。だから、自腹を切って現場に足を運び、ゲート前に座り込み、船やカヌーで海に出てほしい」なすべきことはまず現場に集まって工事を止めることだ。千人集まれば止まる」と主張します。実際に連日辺野古の現場でカヌーに乗ってたたかっている同氏らしい現場重視です。

 「引き取り」論について、私はその思想には反対ではありませんが、それを運動化することには賛成できません。しかし、目取真氏が「引き取り」論を「自分のやましさを解消するための虚構だ」「引き取り論はむしろ(新基地反対運動の―引用者)足を引っ張っている」と批判していることには同意できません。私が知る限り、「引き取り」論を主張し運動している人たちは極めて真摯です。「引き取り」論・運動が現場のたたかいと矛盾するとも思えません。

 目取真氏のインタビューで最も疑問なのは、同氏が日米安保条約について一言も触れていないことです。高橋氏は「私は安保反対、基地反対という戦後護憲派の中で育ってきた」と婉曲ながらいちおう「安保反対」と言っています(もっと明確に主張すべきですが)。しかし、目取真氏の話に「日米安保」の言葉はまったくありません。

 今回だけではありません。目取真氏は琉球新報に連載コラム(「季刊 目取真俊」)を持っていますが、その1月23日付で、「敗戦から75年の今年、基地問題を原点から考えたい。…米国の顔色をうかがい、代わりの施設を差し出さなければ物事は進まない、という思考自体が、日米両政府の掌の上で踊らされているものだ」と重要な指摘をしています。
 ところが、ここまで主張しながら、その日米関係(軍事同盟)の根拠(元凶)である日米安保条約についてはまったく触れていないのです。

 目取真氏は沖縄タイムスのインタビューで、「植民地主義を言うなら、日本が一番被害を与えているのは朝鮮半島だ。基地を日本のどこに移そうが、殺される側から見れば脅威は変わらない。ヤマトゥと沖縄の二極構造で考えるのはおかしい」と言います。同感です。そうであれば、朝鮮半島に脅威を与えている在日米軍基地の根拠である日米安保条約にはっきり反対し廃棄を主張すべきではないでしょうか。

 「引き取り」論・運動と現場重視の運動は矛盾するものではないでしょう。ただし、いずれもその根底に「日米安保条約反対・廃棄」をはっきり据えるべきです。なぜなら、日米安保条約こそが基地問題(米軍・自衛隊)の元凶だからです。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自衛隊基地強化の宮古島でスラップ訴訟

2019年09月02日 | 日米安保・沖縄

     

 「宮古島市、市民を提訴」―沖縄タイムスの1面(8月29日付)の見出しが目を引きました。市が市民を訴えるとは!?
 記事の内容はこうです。宮古島市が行った不法投棄ゴミ撤去事業(2014年度)に不正があるとして、市民6人が提訴した(16年1月)。しかし、那覇地裁で敗訴(18年3月)し、最高裁も上告を棄却(今年4月)。この6人の市民に対し宮古島市が「虚偽の主張で市の名誉を毀損した」として1100万円の損害賠償を請求する訴えを起こす方針であることが分かった―。

 6人の市民の1人は、「高裁では行政のずさんさが指摘された。行政をただす意義のある裁判だった」「(市の)提訴は市民の萎縮につながりかねず、理解できない」と驚き怒り、訴訟で住民側代理人を務めた喜多自然弁護士は、「名誉毀損などあり得ない。市民の意見を封じるための訴訟としか思えず、通常では考えられない」と批判。横田達弁護士も「東村高江のヘリパッド建設を巡り国が住民を訴えた訴訟と同じ構図で、市政に反する市民を弾圧したい意図が見え隠れする」と批判しています(29日付沖縄タイムスより)。

  まったくその通りです。政治権力をもつ側が市民に高額の損害賠償を要求して提訴し、市民を恫喝し住民運動を抑止する典型的なスラップ訴訟です。

 重要なのは、これが一般的な住民運動の抑止ではなく、明確な意図をもったものだということです。それは宮古島で住民の反対を押し切って強行されている自衛隊増強・ミサイル基地化に対する住民の反対運動を抑えることです(写真は宮古島に配備された自衛隊<左>、宮古島の自衛隊基地<中>、沖縄防衛局に自衛隊配備反対を申し入れる住民<右=8月27日付琉球新報>)。

  宮古島における自衛隊基地増強は、一貫して住民をだまして強行されています。たとえば、沖縄防衛局は住民説明会では「弾薬庫は造らない、ミサイルは置かない」と言い続けてきましたが、東京新聞(4月1日付)が「保管庫、実は弾薬庫 宮古島民だまし討ち」と1面トップで暴露しました。弾薬庫には迫撃砲や中距離多目的誘導ミサイルの弾薬が保管されます。

  さらに、宮古島と与那国島に配備された陸上自衛隊に、スパイ組織である情報保全隊が配置されていたことが、小西誠氏(軍事評論家・元自衛官)の情報公開請求で明らかになりました。情報保全隊は2003~05年の自衛隊イラク派遣に際し、反対運動を行っていた団体・個人を監視していたことが問題になった前歴をもつ組織です。
 小西氏は、宮古、与那国に配置された情報保全隊も「住民を調査・監視し、島嶼戦争の対スパイ戦の任務に当たることが想定されている」(7月6日付琉球新報)と指摘しています。
 この情報保全隊の設置も、住民には秘密にされていました。それが小西氏によって暴露され、「防衛機密を盾にした自衛隊の隠蔽体質の一端が表出」(同琉球新報「解説」)しました。

 軍隊(自衛隊)は住民に真実を伝えない、住民に秘密にし住民をだますのが軍隊の本質です。実態を隠しながらミサイル基地化をすすめる。そのために住民監視を強め、反対運動を抑える。それがいま宮古島で進行している事態です。

 今回の宮古島市によるスラップ訴訟の動きは、この自衛隊と一体となり、市がその戦略・謀略に加担するものであり、絶対に容認することはできません。

 これはもちろん宮古島(沖縄)だけの問題ではありません。日米安保体制下での自衛隊と地方自治体の一体化の悪例であり、日本国民全体の重大な問題です。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宮森小事件と日米安保条約、そして「オール沖縄」

2019年07月02日 | 日米安保・沖縄

     

 1959年6月30日午前10時40分ごろ、嘉手納基地から飛び立った米軍ジェット戦闘機が間もなく住宅地に墜落し、機体が小学校を襲いました。児童12人、周辺住民6人が死亡、重軽傷者は210人。
 戦後最悪の米軍基地被害である宮森小事件(当時石川市、現うるま市)から60年がたちました(写真左は同小学校内の慰霊碑)。

 30日には同小学校で慰霊祭が行われ、「沖縄の基地問題の象徴的な事件」(久高政治「石川・宮森630会」会長)への怒りが新たにされました。

 一方、その前日の6月29日、トランプ米大統領は大阪での記者会見で、日米安保条約について「不公平な合意だ」と述べ、日本に一層の軍事分担を求めました(写真中)。

  トランプ氏が宮森小事件を知っているはずもありませんが、日米安保のさらなる強化を求める発言が事件60年目に飛び出したことはきわめて象徴的です。
 宮森小事件は2つの意味で日米安保条約と深くかかわっています。

 1つは、当時の沖縄が米軍占領下におかれ上空を戦闘機が飛びかっていた状況は、事件の7年前に発効した日米安保条約がもたらしたものに他ならないからです。宮森小事件は日米安保条約が引き起こしたといっても過言ではありません。

 もう1つは、事件直後から米軍は「原因は故障による不可抗力」とウソをつき(実際は整備ミス)、事件の真相を隠ぺいするとともに、十分な補償もしないで幕引きを図りましたが、その背景に翌1960年の日米安保改定があったことです。

 NHKニュース(6月27日)は、宮森小事件についての米軍機密文書が発見され、米軍は事件が「本土の安保・反米闘争に連動しないよう、早期に一括補償で決着を図った」と記録されていると報じました。
 「60年にアイゼンハワー米大統領の来沖や日米安保条約の改定を控えていたことから、米軍は反米感情が高まるのをおそれ、政治的な決着を優先させた」(30日付沖縄タイムス社説)のです。

 宮森小事件がけっして過去のことでないのは言うまでもありません。事件を風化させず、今日に生かしていく道は、元凶である日米安保条約を問い直し、廃棄へ向かうことです。

 ところが、事件から60年目の沖縄では、逆に日米安保条約を容認、あるいは賛美さえする声が広がっています。

 玉城デニー知事は30日の慰霊祭にも出席し、「二度とこのような事件が起きない平和な沖縄の実現を」と述べました。ところが玉城氏は、先に在沖米軍のクラーディ四軍調整官が県庁を訪れた際、こう述べたのです。
 「玉城知事は日米同盟を理解する立場として、『同盟により日本が平和を享受してきたことを評価する』とあいさつした」(6月19日付沖縄タイムス)
 在沖米軍トップに日米安保への最大限の賛辞を送ったのです。

 玉城氏だけではありません。参院沖縄選挙区に「オール沖縄」から立候補する高良鉄美氏は、6月29日に政策発表を行いましたが、記者会見で安保条約について聞かれ、「安保条約は破棄すべきだ」と、憲法学者なら当然のことを言ったすぐあとで、「(破棄は)すぐにはできない。議論をしていかないといけない」と述べ、安保条約廃棄を棚上げしたのです。
 その背景は、「『ガラス細工』のような支援体制(「オール沖縄」陣営―引用者)のため、辺野古以外は慎重にならざるを得ない事情もある」(6月30日付沖縄タイムス)と報じられています。

 「オール沖縄」陣営の日米安保容認・礼賛は、翁長雄志前知事時代から強まっています。それが辺野古新基地問題の真の解決にも逆行することは明らかです。
 宮森小事件60年に際し、沖縄・日本の「平和・民主勢力」は、日米安保条約の本質を改めて凝視し、その廃棄に正面から取り組み直す必要があるのではないでしょうか。

※『象徴天皇制を考えるⅡ』が刷りあがりました。ご予約いただいた方には早急にお送りします。なお、若干余部がありますので、ご希望の方はメール(件名を「本注文」とし、ご住所、お名前、部数を)もしくは電話でお申し込みください。1部1000円(送料込み)です。Eメール:satoru-kihara@alto.ocn.ne.jp  ☎090-2900-9967


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

南西諸島へ自衛隊配備強行、「オール沖縄」はなぜ反対運動をしないのか

2019年03月28日 | 日米安保・沖縄

     

 安倍政権は26日、住民の反対を押し切って、宮古島に新設された駐屯地に自衛隊警備部隊(約380人)を配備しました。
 「1972年の沖縄の日本復帰後、自衛隊施設新設は2016年3月の陸自与那国駐屯地(沿岸監視160人)に続いて2度目。…防衛省は、石垣島でも部隊配備に向け駐屯地建設に着手しており、同省が『防衛の空白地帯』とする南西諸島の防衛強化の動きが進んでいる」(27日付琉球新報。写真右は26日付同紙より)

  岩屋防衛相は同日の記者会見で、「日本の守りの最前線は南西地域だ」(27日付産経新聞)とあらためて強調しました。

 「南西諸島の自衛隊の配備は地域的な制海・制空権を握るためのものだが、逆に言えば相手の標的になってしまうのは確実だ。政府は住民運動を押しつぶして自衛隊の配備を進めるが…沖縄戦のように、自衛隊が配備されることで沖縄が攻撃に巻き込まれることになる」(小西誠氏=軍事ジャーナリスト・元航空自衛官、27日付沖縄タイムス)

 南西諸島への自衛隊配備は、日米安保条約の下、自衛隊と米軍の一体化の深化を象徴的に示すものでもあります。

 「従来の日米安保条約は米軍が基地の提供を受けて日本を守るという『盾と矛』のような役割分担(という建前―引用者)だったが、今や『矛と矛』という形になりつつある。防衛省が『自衛隊の空白地帯を埋める』ということは、日米の軍事一体化と裏腹の関係にある」(前田哲男氏=軍事評論家、26日付琉球新報)

 まさに今沖縄は、自衛隊(日本軍)の駐屯によってアメリカが行う戦争の前線基地にされ、沖縄戦再来の危機にさらされているのです。

 ところがこの重大事態に際し、「辺野古新基地反対」を公約して当選した玉城デニー知事は沈黙を続けています。
 「宮古島市への陸上自衛隊配備について、県は是非を明確にすることを避けてきた」(27日付琉球新報)

 「是非を明確に」しないとは、現在の事態の黙認、すなわち安倍政権による強権的な自衛隊配備を容認していることにほかなりません。

 これは玉城県政になってからではありません。翁長雄志前知事時代からであることを改めて想起する必要があります。
 そして、翁長氏や玉城氏を推す「オール沖縄」陣営もまた、両氏と歩調を合わせるように、自衛隊配備問題に沈黙を続けています。

 「(「是非を明確に示すことを避けてきた」ことは―引用者)翁長県政時から県議会で野党などから追及される論点の一つとなってきた。…知事選に臨むに当たり、保守政治家として自衛隊に理解を示す翁長雄志前知事を革新勢力が支援するために、配備問題は棚上げされてきた側面がある」(27日付琉球新報)

 これは重大なことです。米軍と一体化した自衛隊が「矛」となって積極的に参戦し、沖縄が前線基地にされようとしているとき、「平和・民主主義・自治」を標榜する「オール沖縄」陣営が沈黙し、事実上容認していることは、きわめて不可解であり、歴史的な汚点と言わねばなりません。

 「オール沖縄」は「辺野古新基地阻止」と同様、「南西諸島への自衛隊配備反対」の運動を直ちに始める必要があります。
 それとも、「オール沖縄」陣営の「オール沖縄」の中には宮古、石垣、与那国、伊江島などの離島は入っていないのでしょうか。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

辺野古声明「七人委員会」に問う-知識人の責務とは?

2018年12月22日 | 日米安保・沖縄

     

 安倍政権による辺野古新基地建設の土砂投入強行に対し、「世界平和アピール七人委員会」が17日、抗議の「声明」を発表しました。安倍政権に対する抗議・批判はもちろん評価されますが、その内容には疑問を禁じ得ません。

  「声明」の全文を転記します(「七人委員会」HPより)

       沖縄県民の意思を無視し、対話を拒否する政府を許容してはいけない

  世界平和アピール七人委員会 武者小路公秀 大石芳野 小沼通二 池内了 池辺晋一郎 高村薫 島薗進

  政府は、沖縄県民の意思を無視して、玉城デニー知事の度重なる対話要請に真摯に向き合わず、対話を拒否し、辺野古の恒久基地化をめざし、埋め立て計画区域への土砂投入強行を始めました。
 安倍政権の度重なる暴力的行動は、日本国憲法に書かれている「国政は、国民の厳粛な信託による」とする人類普遍の原理に違反し、平和のうちに生存する権利を否定するものです。政治には倫理とヒューマニティが必要です。
 世界平和アピール七人委員会は、19世紀に琉球王国を滅亡させ、20世紀に沖縄戦において県民に多大な犠牲を強いたことに続く、21世紀の琉球処分を認めるわけにいきません。私たちは、沖縄県民の側に立ちます。
 国民一人一人が他人事と思うことなく、現状を直視し、発言されることを求めます。

 疑問は、最後の「私たちは、沖縄県民の側に立ちます。国民一人一人が他人事と思うことなく」です(「21世紀の琉球処分」という規定にも違和感がありますが、それは見解の相違としてここでは触れません)。

 「沖縄県民の側に立ち」「国民一人一人が他人事と思うことなく」とは、具体的にはどうすることですか? 表題にあるように政府に「対話」を求めるということですか?
 しかし、「対話」は手段であって、それ自体が自己目的ではないはずです。安倍政権に「新基地建設はやめろ」というだけでは何も前進しないことは周知の事実です。

 先のブログで私は、「沖縄だけの問題ではない」で止まっているメディアの論調は偽善だと書きましたが(16日のブログ)、「七人委員会」の声明は、そうしたメディアの論調とどれほどの違いがあるのでしょうか。

 繰り返しますが、いま問われているのは「沖縄県民の側に立つ」具体的な行動・選択です。

 A=「はやり日米安保条約には賛成なので、沖縄の基地は本土に引き取る」
 B=「米軍基地の存在自体を否定し、日米安保条約の廃棄をめざす」

 「七人委員会」はどちらを主張するのですか?それともこれ以外に選択の道があると考えるなら、それを示してください。

 A・Bどちらを主張するのかと言いましたが、「七人委員会」にはぜひBを主張していただきたい。なぜなら、政党のみならず、いまや「学者・識者」の間からも「日米安保条約反対・廃棄」の声が聞かれなくなっているからです。

 かつての識者は日米安保条約を正面から批判し、その廃棄を主張しました。

 たとえば、都留重人元一橋大学長は、大田昌秀元沖縄県知事の「基地撤去の主張は…県民大衆が、過去二十数年、いな近代沖縄百年の生活実感をとおして打ち出した心からの叫びであり、それはまた未来にわたって人間的な生き方を希求してやまない切実な願望でもある」(『沖縄のこころ』岩波新書1972年)という言葉を引き、「沖縄の主張は、米軍基地の撤去であり、従って日米安保の解消を目指しての再検討である」と明言しました(『日米安保解消への道』岩波新書1996年)。

 さらに都留氏は、「代理署名」を拒否した大田知事が敗訴した最高裁判決(1996年8月28日)が、「日米安保条約6条の履行が公益」だとしたことを批判し、「日米安保の見直しにまでゆくのでなければ、『公益』の概念そのものの掘り下げはできない」と断言しました(同)。

 日米安保条約による米軍と自衛隊の一体化は都留氏が主張した当時より格段にすすみ、日米安保の危険性・違憲性はますます顕著です。にもかかわらず、それに反比例するかのように、「日米安保条約反対・廃棄」の声が「学者・識者」からも聞こえなくなっているのは、いったいどうしてでしょうか。

 「七人委員会」は日本を代表する良心的識者と言っても過言ではないでしょう。そうであれば、抽象的スローガンにとどまらず、いまこそ踏み込んで、日米安保条約の廃棄を主張していただきたい。それが「世界平和をアピール」する「学者・識者」の責務ではないでしょうか。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「防衛大綱・中期防」のターゲットは沖縄

2018年12月20日 | 日米安保・沖縄

     

 安倍政権が18日閣議決定した「新防衛大綱・中期防衛力整備計画」。護衛艦「いずも」(写真中)の空母化、宇宙軍拡、アメリカの言い値で巨額の兵器を購入する「FMS」(「対外有償軍事援助」)、ツケ回しの「後年度負担」方式、5年間で27兆4700億円という巨費など、重要問題が山積です。

 その中でも、最大の問題は、沖縄(本島・離島)がターゲットにされ、前線基地化の危険がますます高まることです。

 ①    「日本版海兵隊」(水陸機動団)の増設・配備…「中期防」は「1個水陸機動連隊の新編等により強化された水陸機動団が…抑止力・対処力の強化を図る」と明記しています。その水陸機動団(写真右)の配備先に沖縄が検討されています。

 「水陸機動団をなぜ拡充しなければならないのか。海兵隊のグアム移転に伴って沖縄に残る第31海兵遠征隊は約2千人となり、沖縄常駐ではなく東南アジアを巡回するため、水陸機動団がその穴を埋める。残る米軍の司令部要員が水陸機動団も含めて指揮することになるのだろう
 水陸機動団の配備先にはいろいろな考え方はあると思うが、仮に沖縄に置くなら辺野古新基地ができた後に、自衛隊と共同使用することも考えられる」(井筒高雄ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン代表、19日付沖縄タイムス)

 「(水陸機動団の)配備先は明記していないが、これまでも沖縄の米軍キャンプ・ハンセンに新部隊を配置する案が取りざたされている」(19日付琉球新報)

 ②    「海上輸送部隊」の創設…「中期防」は「平時から有事までのあらゆる段階において、(陸自・海自の-引用者)統合運用の下、自衛隊の部隊等の迅速な機動・展開を行い得るよう、共同の部隊として海上輸送部隊1個群を新編する」としています。

 「海上輸送部隊は防衛相の直轄部隊となり、防衛省が新たに導入する中・小型の輸送機で離島間の輸送を担う。大型輸送艦が入港できる港湾施設がない島しょ部でも物資を円滑に運べるようにする」(19日付琉球新報)

 ③    新型ミサイル「島しょ防衛用高速滑空弾」配備…「中期防」は「引き続き…南西地域の島嶼部隊の態勢を強化する。さらに、島嶼部等に対する侵攻に対処し得るよう、島嶼防衛用高速滑空弾部隊の新編に向け、必要な措置を講ずる」と明記しています。

 「長距離で新型の地対地ミサイルとなる『高速滑空弾』は防衛省が本年度から研究開発を進めており、2026年度に実用化される見通し。…運用部隊が沖縄に配備されることが予想される」(同琉球新報)

 「島嶼防衛用滑空弾は、石垣島や宮古島に配備される地対艦、地対空ミサイル部隊と合わせて運用されるだろう。…そうなれば当然、攻撃対象になる可能性も高くなる。滑空弾など、相手の射程圏外から攻撃でき、敵基地攻撃能力とされるスタンドオフミサイル能力の向上に関しては、憲法上の制約も含め国会で議論がほとんど深まっていない」(前出井筒高雄氏)

  今回の「大綱・中期防」の特徴は、5年前倒しで作成されたことをはじめ、安倍政権が米トランプ政権のいいなりになって、巨額の兵器を購入するとともに、自衛隊と米軍との一体化・肩代わりをさらに格段に強めようとすることです。それが最も集中的に表れているのが、沖縄・南西諸島にほかなりません。

 「防衛力の”南西シフト“は顕著になっている。岩屋毅防衛相は『日本の守りの最前線は南西地域だ。抑止力を減退させるわけにはいかない』と強調している」(同琉球新報)

  基地の共同使用をはじめ、いまや自衛隊と米軍は一体です。宮古、石垣など離島への自衛隊配備・強化を阻止することは、辺野古新基地阻止と一体不可分の、喫緊の課題です。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「沖縄だけの問題ではない」で止まる偽善

2018年12月16日 | 日米安保・沖縄

     

 ※今日は「日曜日記」はやめて、通常のブログにします。

 安倍政権による辺野古の海への土砂投入強行に対し、NHKや日テレでさえ批判的コメントをしています。新聞では、朝日、毎日、東京が批判の社説を掲載しました。それほど安倍政権が行ったことは理不尽だということです。
 しかし、こうした「本土」の批判的論評・コメントに、違和感を禁じ得ません。

 「東京都小金井市議会は今月、普天間飛行場の代替施設の必要性などについて、国民全体で議論するよう求める意見書を可決した。沖縄で起きていることを「わがこと」として考えてほしいという、沖縄出身の人たちの呼びかけが実った。…苦難の歴史を背負う沖縄から、いま日本に住む一人ひとりに突きつけられている問いである」(15日付朝日新聞社説)

 「沖縄を敵に回しても政権は安泰だと高をくくっているのだとすれば、それを許している本土側の無関心も問われなければならない。… 埋め立て工事は強行できても、民意までは埋め立てられない。」(15日付毎日新聞社説)

 「あらゆる民主的な主張や手続きが力ずくで封じられる沖縄。そこで起きていることは、この国の民主主義の否定でもある。…これ以上の政権の暴走は、断じて許されない。」(15日付東京新聞社説)

 「これは沖縄だけの問題ではありません」「まさに全国民の問題です」。多くのキャスターがそうコメントしました。

 いずれも妥当な論評・コメントです。しかし、すべてがそこで止まっているのです。

 「沖縄だけの問題ではない」とはどういうことですか?「自分たちのこととして考え、議論」して、どこへ向かうのですか?

 辺野古新基地・沖縄の過重な基地負担について、沖縄から「本土」に突きつけられていることはすでに明白です。「日米安保条約に賛成で基地が必要というなら、沖縄ばかりに押し付けないで、本土で基地を負担すべきだ」ということです。

 この投げかけに応える道は2つです。

 A=「はやり日米安保条約には賛成なので、沖縄の基地は本土に引き取る」

 B=「米軍基地の存在自体を否定し、日米安保条約の廃棄をめざす」

 (日米安保には反対だけど基地は「本土」に「引き取る」という考え・運動があります。それについては別途考察します)

 「沖縄だけの問題ではない」「政府の強硬策には反対だ」というなら、AなのかBなのかをはっきりさせねばなりません。しかし、そこまで言及している論評・コメントは、皆無です。

 そこまで踏み込まなければ、“第3の道”に通じます。

 C=「日米安保条約には賛成。基地は必要。だけど自分の居住地に基地ができるのは反対。沖縄の人には(申し訳ないが)日本のためにがまんしてほしい」

 このCこそ、沖縄に対する構造的差別の元凶です。AかBかに踏み込まない論評・コメントはこのCの繰り返しにほかなりません。

  いかにも沖縄に寄り添っているように「沖縄だけの問題ではない」とコメントすることによって贖罪を果たしたかのように自己満足し、実際は現状を固定化する(国家権力に加担する)。これは最悪の偽善ではないでしょうか。

  メディアだけではありません。安倍政権を“批判”するすべての野党(「安保廃棄」の政策は変えていないといいながら実際は運動化していない日本共産党も含め)も同類です。

  偽善でないというなら、態度を明確にしなければなりません。Aなのですか、Bなのですか? あなたは「主権者」としてどちらの道を選択するのですか?
 私は、Bです。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

辺野古「新しい提案」(小金井陳情)への疑問

2018年12月04日 | 日米安保・沖縄

     

 先に東京・小金井市に「辺野古新基地」問題で陳情書を提出した「新しい提案」実行委員会が、2日沖縄国際大学(宜野湾市)でシンポジウムを開催しました。

  小金井市への陳情はいったん合意されながら土壇場で日本共産党が「反対」に回ったため採択が見送られました(10月16日のブログ参照)。その後、共産党も賛成する内容に変更され、採択の見通しと報じられています。

  しかし、その「変更」やシンポの報道を見る限り、なお疑問が残ります。「新しい提案」は重要な主張・運動であり、疑問も「国民的議論」の一環だと思うのでそれを提示します(本来実行委員会の著書『沖縄発 新しい提案』を読んで書くべきですが、3996円は私には高価なうえ、多くの人も報道で経過を知ることになっていると思うので、以下は報道に基づくものであることをご了解ください)。

 共産党も賛同したという「変更点」については、以下のように報じられています。

 「陳情に賛成した各会派が合意した変更点は、タイトルから『全国の自治体を等しく候補地とし』を削除し、本文末に『この意見書は米軍基地の国内移設を容認するものではない』と追加したこと。また全自治体を代替施設の候補地にする内容から、国民的議論で必要という結論になれば全自治体を候補地にするという手順に変えた」(11月27日付沖縄タイムス)

 なお残る疑問は以下の点です。

 ①    報道では、当初の「陳情理由」は変更されることになっていません。「陳情理由」には「普天間基地の代替地について、沖縄県外・国外移転を、当事者意識を持った国民的な議論によって決定するべきである」(9月27日付琉球新報「陳情要旨」より)とあります。これでは普天間基地は「沖縄県外・国外」の「代替地」に「移転」すべきである、それを「国民的な議論」で決めるべきである、という趣旨になります。

 ②    実行委員会の責任者である安里長従氏は、シンポの告知を兼ねた「論壇」で、「普天間 全国民で議論を 県外・国外移設を考える」と題してこう記しています。
 「普天間基地の代替施設の県外・国外移転を国民的議論で決めるという公正で民主的な解決を目指すための提案(新しい提案)を行っている」(11月30日付沖縄タイムス)

 また、同じく実行委員会のメンバー(と思われる)大城章乃氏も「論壇」で、小金井市への陳情について、「『普天間基地の代替施設県外・国外移転を国民的議論で決める』という公正で民主的な解決を目指すための『新しい提案』」(12月1日付琉球新報)だと強調しています。

  安里、大城両氏のこうした論述からは、「新しい提案」(小金井市への陳情)は、「県外移設」は前提としないものの、それは「国外移転」の可能性も含むということであり、「県外(国内)」か「国外」かはともかく「代替地」へ「移転」させることは不変の目標(目的)だととれます。

  共産党の反対はともかく(安里氏の「『沖縄に要らないものは本土にも要らない』と本気で主張するのであれば、少なくとも国政選挙において日米安保廃棄等を明確に争点にして掲げ、多数の信任を得て、民主主義の正当な手続きを経ることでそれを推し進めるべきである」(同「論壇」)という指摘に同感です)、重要なのは、「国民的議論」に「代替地」「移転」という前提をつけないことです(沖縄タイムスはシンポの記事=3日付に<代替施設「国民的議論を」>との見出しをつけています)。

  「国外」でも移転は移転です。軍事基地は一掃すべきであるとの考えからは、「国外移転」にも賛成できません(たとえば「韓国へ移転」となったらどうでしょう)。
 「基地はいらない」というのは、「沖縄」はもちろん、「県外(国内)」にも「国外」にもいらない、すなわち閉鎖・廃止すべきだということです。

  安里氏はシンポで行った報告の中で、「県外移設のみならず、安保廃棄や海兵隊国外移設も含めた柔軟な代替案を国民全体で議論する」(3日付琉球新報)と述べ、「国外移設」と区別して「安保廃棄」も「代替案」の中に含めています。そうあるべきです。そうであるなら「代替地」「移転」を前提にすべきではありません。
 「安保廃棄」すなわち「代替地」も「移転」もない「基地廃止」を排除しないのであれば、先に挙げたような“誤解”を招くような記述・主張は行うべきではないのではないでしょうか。




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする