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アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

京都府「人権条例案」このままでは他県の足引っ張る

2025年02月01日 | 差別・人権
 

 京都府が2月府議会に提出を予定している「人権条例」(「府人権尊重の共生社会づくり条例(仮称)」)案の抜本的作り直しを求める市民集会(主催「住民自治で差別を許さない人権条例を求める市民有志の会」など)が1月30日夜、京都市内で行われました。緊急開催にもかかわらず約120人(オンライン含む)が参加しました(写真左)。

 主催団体などが指摘する条例案の問題点は次の点です。

 1、<経過>市民とりわけヘイトスピーチ・クライムの被害を受けている当事者の声を聞かずに作成され、その要望がまったく反映されていない。パブリックコメントも年末年始に24日間しか行われなかった(通常1カ月)。

 2、<内容>「教育・啓蒙」に関することだけで、肝心の差別禁止条項、罰則の規定がない。

 報告に立ったジャーナリストの中村一成氏(写真中央)は、京都が「朝鮮学校襲撃事件」(2009~10年、在特会による攻撃)に対して法廷闘争を行い、有罪判決(2014年12月9日確定)を勝ち取ってきた先進的役割や、「ウトロ放火事件」(2021年8月30日)、甲子園に出場した京都国際学園に対するヘイト(2021、24年)などに触れ、こう述べました。

「人権条例は教育・啓蒙と差別禁止条項・罰則による処罰が車の両輪でなければならない。にもかかわらず府の条例案には差別禁止条項・罰則規定が欠落している。こんな条例は京都の恥だ。たんに不十分なだけでなく、人権条例の制定を進めている全国の自治体に対し、〝京都でもあの程度の内容か“と足を引っ張ることになる。いちから作り直すべきだ」

 オンラインで参加した川崎市ふれあい館の崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんは、「京都の朝鮮学校襲撃事件との闘いに感謝」を示したうえで、差別禁止条項・罰則規定を盛り込んだ画期的な川崎市の条例(「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」、2019年12月成立)をかちとった経験から、こう発言しました。

「ふれあい館のハルモニ(おばあさん)たちは、川崎市の条例によって「わたしたちはまもられた」と語りました。京都がこのような案の条例をつくるならない方がマシです。奈良をはじめ全国で取り組まれている条例制定の邪魔になります。私たちが評価できる条例でなければ、未来の子どもたちを守ることはできません」(写真右は崔さんが共有した「ふれあい館」のハルモニたち。後列中央が崔さん)

 京都の条例案は2月17日の府議会本会議に提出されると見られています。自民党議員を含め府会議員への要請・圧力、世論の強化が急務です。

 集会で確認された通り、京都でどのような反差別・反ヘイトの人権条例がつくられるかは京都だけの問題ではありません。差別のない日本の夜明けを京都から―。

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惜しまれる「沖縄」「在日」2つの雑誌の休・終刊

2024年12月31日 | 差別・人権
  

 今年、「沖縄」と「在日」をフィールドとする2つの雑誌が、相次いで休刊、終刊しました(写真はいずれも休刊・終刊号)。

 1つは、新沖縄フォーラム発行の季刊誌「けーし風」(返し風)。1993年12月の創刊以来、119号にのぼりました。

「「けーし風」は…「沖縄の草の根の運動や社会を記録する媒体が必要」として、沖縄大元学長の故新崎盛暉さんや琉球大元教授の故岡本恵徳さんらが創刊。編集委員の入れ替えを経て30年にわたり刊行してきた」(12月17日付沖縄タイムス)

 新崎氏が指摘した、沖縄に対する「構造的差別」という概念とその実態を、私はこの雑誌から学びました。翁長雄志県政においても、批判的視点を失わなかった編集が印象的でした。「本土」の各地で「読書会」を定期的に開催し、「本土」との交流を図ってきたことも特筆されます。

 もう1つは、抗路舎発行の在日総合誌「抗路」(ハングルでは「ハンノ=航路」)。2015年5月に創刊し、12号を数えました。尹健次・神奈川大名誉教授を中心とする編集委員会体制で発行を続けてきました。

「今日、日本の差別的状況は深刻化し、ヘイトスピーチの増殖にみられるように、息苦しくなるばかりである。…民主主義とか、人権、平和といった言葉も重要であるが、「在日」にとってはなお抽象的なものに聞こえる。…「ともに生きる」とは「ともに闘う」ことが前提であり、そのためには…何よりも、透徹した歴史認識を確保することが欠かせない。雑誌『抗路』はこうした状況のなかで…「ともに生きる」未来を模索しようとするものである。『抗路』は抗いつつ、明るい未来を信じて生きる路である」(「創刊のことば」より)

 毎号20人を超える優れた筆者による多面的な論稿はたいへん質が高く、多くの学びを得ました。「在日」を主な対象として発行されてきましたが、日本人こそ熟読すべきと思ってきました。

 両誌の相次ぐ休刊、終刊は、たんに出版不況のなかでの定期誌の休・終刊ということに留まらない意味があるように思えます。

 両誌はおそらく相互交流はなかったと思われますが、「抗路」終刊号の巻頭で、尹健次氏はこう書いています。

「旧宗主国に暮らして、領土と国民主権を持たない「在日」のアイデンティティ…その行く末、目ざすべき目標は曖昧模糊というか、設定困難なものでしかないと言うべきであろう。戦争の惨禍で犠牲となり、ついで米軍統治下で辛酸をなめつくした「沖縄人」も、「祖国復帰」を果たしたものの、そのアイデンティティのありようは、今もなお、日米軍事同盟のもとであえぎ苦しむものとなっている」

 ここに「在日」と「沖縄人」の共通点があります。ともに日本の植民地支配の犠牲者であり、その差別、人権・生活侵害の歴史は今も継続・深化しています。

 それに抗い、「草の根の運動」の発展、「明るい未来」を目指して創刊し発行を続けてきた両誌が、道半ばで休・終刊せざるをえなくなったことの意味を、旧宗主国の「国民」でる私たち日本人は「ひとごと」ととらえることはできません。

 「けーし風」の復刊、「抗路」に代わる韓国・朝鮮と日本の関係に焦点を当てた雑誌の創刊が望まれます。日本人の歴史認識、差別・人権意識の覚醒のために。

 今年も「アリの一言」をお読みいただき、ほんとうにありがとうございました。

 ガザの事態はじめ、世界の戦争・紛争を終結させることができないまま年を越すことになってしまいました。展望が持ちにくい世の中ですが、今年の最後に、先日の新聞(12月11日付京都新聞夕刊)に掲載された連載「映画から世界が見える」でチャップリンの「モダン・タイムス」を解説した記事の結びの言葉を転載します。

「ラスト。絶望する少女を労働者(チャップリン)は励まし、2人は手をつなぎ、笑顔で、真っすぐに延びた道を歩いていく。冷静に考えれば明るい展望は全くないのだが、チャップリンは予定していた暗い結末を、あえてこう変えた。
 手をつなげる誰かがいれば、いつかすてきなことが起きるかもしれない。人はそう信じて今日を生きていくのだ」

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「指紋押捺拒否・反外登法」の闘いから何を学ぶか

2024年12月02日 | 差別・人権
   

 1952年4月28日、サンフランシスコ「講和」条約・日米安保条約の発効とともに、外国人登録法(外登法)が施行されました。
 在日朝鮮人や台湾人など旧植民地出身者は日本国籍を剥奪されて「外国人」とされ、14歳以上(1982年から16歳)に「指紋押捺」と「登録証の常時携帯」が義務づけられました。違反した場合は逮捕され罰金が科せられました。

 このあからさまな差別・人権侵害に対し、在日の人々や一部日本人によって「指紋押捺拒否・反外登法」の闘いが繰り広げられました。闘いは1980年から本格的に始まり、84年9月29日の「指紋押捺拒否予定者会議」の発足(写真左)で大きく広がり、85年には拒否者は全国で1万人を超えました(指紋制度は2000年4月に全廃、外登法自体が12年7月に廃止)。

 それから40年。

「大量拒否から約40年が経過した現在、抵抗の記憶は忘却の一途をたどっている。はたしてかれらの闘いは、指紋制度の撤廃とともに「終わった」のだろうか? 外登法がなくなり入管法に一元化されたからといって、戦後日本国家が「外国人」に対して向けてきたまなざしは本質的に変わっていない。だとすれば、当時、社会を変えたいと本気で考えたかれらが何を目指し、どのように闘ったのか、その軌跡を振り返ることは、豊かな運動史を再構築し、今を生きるわたしたちがその遺産を継承し発展していくための重要な機会となるだろう」(シンポのチラシ)

 こうした趣旨の公開シンポジウム「指紋押捺拒否・反外登法の闘いとはなんだったのか―四〇年後のいま、運動を振り返る」が11月30日、同志社大学でありました。

 とりわけ感銘を受けた2人の「登録拒否者」の発言を紹介します。

 1人は中国人拒否者の徐翠珍さん(写真中)。

 徐さんは1985年5月に押捺を拒否。その際、こう主張しました。
「中国人にとって指紋押捺の原点は、ニセ「満州」において管理・抑圧・分断を目的に、銃剣によって指紋押捺を強要されてきたこと。その同胞たちの無念の思い、いまだに解き放たれていないこの鎖を断ち切るため、声を上げます」

 中国東北部を侵略し「満州国」をでっちあげた日本は、中国人を管理・支配するため「満州指紋」を強行しました(1932年)、徐さんによれば、それは①労働者指紋②集団部落指紋③警察指紋の3種類ありました。

 外登法の指紋押捺の原点が「満州指紋」であったことを初めて知りました。ここでも「戦前と戦後は結びついている」(徐さん)のです。

「在日中国人は朝鮮人にくらべ拒否者(の割合)が少ない。なぜだか分かりますか?中国は戦時中「敵国」だった。私たちは「敵国人」として殺される怖さを知っているのです。実感として怖い。今(の政治・社会)はあの時(外登法時代)よりずっと悪くなっています」

「日本人にとってこの(指紋押捺拒否・反外登法)運動は何だったのか、自分の運動として総括してほしい」

 もう1人は朝鮮人拒否者の朴容福さん(写真中)。

「外された者が、憲法を素晴らしいと言えるか!」

 朴さんの話はこの言葉から始まりました。
 外登法の前身は外登令(外国人登録令、1947年5月2日)。天皇裕仁の最後の勅令です。これによって在日朝鮮人は「当面、外国人」とされ日本国籍から排除されました。そしてその翌日、日本国憲法が施行されました。これが朴さんの言葉の意味です。憲法の主語が「国民」でありその言葉が繰り返されていることの意味を改めて思います。

「日本人は「共生社会」だとして「在日外国人にも同等の権利を」というが、「同等の権力を」とは言わない。そこには暗黙の偏見があるのではないか。在日にも自分たちで社会を変えていける一定の権力を与えるべきだ。権利はいらない、権力をちょうだい。共生社会と言うなら」

「日本人は国家が自分たちに何をしてきたのか、何をしているのか、どれだけ自分たちの権利が奪われてきたかを見るべきだ。日本人が自分たちの権利を回復する闘いをしなければ、在日は永遠に救われない」

「日本人は(国家に)抗議はするが抵抗はしない。抵抗しなければ敗北もない。異議申し立てで終わる市民運動には何も期待しない。日本人が闘う手法を見つけること。それは実に難しいと思うが、最も大事なことだ」

 二人の怒り、指弾、励ましをかみしめ、日本人として闘う責任、手法を問い直したいと思います。

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朝ドラ「虎に翼」と夫婦別姓―その虚実

2024年09月03日 | 差別・人権
   

 NHK朝ドラ「虎に翼」は、女性として日本で最初に弁護士になり裁判所長まで務めた三淵嘉子さん(1914~84)(写真左)がモデル。主人公・寅子(伊藤沙莉)と友人の女性たちがさまざまな困難に直面しながら強く生きる姿を描いた秀作です。

 最近のテーマの1つは、真の男女平等に反する婚姻後の改姓問題でした。この点でドラマは、実話と創作の興味深い組み合わせがありました。

 寅子は恩師である穂高重親(小林薫)を尊敬しながらも、その封建的な女性観に激しく反発しました。
 穂高のモデルは穂積重遠(1883~1951)。小島毅・東京大教授は穂積についてこう書いています。

<穂積の母は渋沢栄一の長女で、彼は渋沢の初孫だった。(東京)王子にあった祖父(渋沢)の家で読まされた『論語』が穂積の心を捉えた。

 婚姻後はどちらかの姓に揃えなければならない決まりは戦前の家制度の残滓として多くの女性を苦しめているが、穂積はこれになんの疑問も持っていない。こう指摘しているのだ。

「内縁という関係は困った問題、ことに婦人に取って不利益な結果を生じます。夫婦の姓が別々で、山田一郎伊藤花子などというのも変な話です」(『われらの法―穂積重遠法教育著作集』第2集、信山社2011年)

 穂積は敗戦直前に東宮大夫に就任し、今の上皇陛下(ママ)に『論語』を教え込んだ。>(「王子で『論語』を学んだ民法学者」東京大学出版会発行の月刊誌「UP」8月号所収から抜粋)

 寅子が穂高に激しく反発したことに改めて合点がいきます。

 ドラマでは寅子は星航一(岡田将生)との再婚にあたり、「夫婦のようなもの」として法的婚姻関係は結ばず、姓を変えませんでした。実際の三淵さんはどうだったでしょうか。

 三淵さんが大伯母にあたる本橋由紀氏(毎日新聞記者)が、「世界」(9月号)に「三淵嘉子が駆け抜けた生涯」と題して寄稿しています。

 それによると、嘉子さんは1914年、武藤貞雄の子として誕生。41年に武藤家で書生をしていた和田芳夫と結婚して和田嘉子に。芳夫は戦死。敗戦後の56年、最高裁調査官で3女1男がいる三淵乾太郎と再婚。乾太郎の父は最高裁判所初代長官の三淵忠彦でした。

 固有名詞を除けばドラマはほぼ史実に基づいているといえます。しかし、決定的に違うのは、三淵さんは再婚によって2度目の改姓をおこなったことです。

 そのことに三淵さんにどのような葛藤・判断があったのか、本橋氏の論稿では触れられていません。
 結果から言えば、三淵さんは結婚後に男性の姓に変えるという「戦前の家族制度の残滓」に従ったことなります。
 
 しかしドラマでは寅子は結婚の実を取りながら別姓を選んだ。皇太子・明仁の教育係となった家父長主義者・穂積をもモデルにした穂高への厳しい批判とともに、作者・吉田恵里香氏の強い意思がうかがえます。

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「ホームレス」不可視化と「排除アート」

2024年08月03日 | 差別・人権
   

 五輪が開催されているパリを含む地域では、昨年3月~今年5月までに約1万2500人の「路上生活者」らが退去を命じられたといいます(2日付京都新聞夕刊=共同)。
 五輪開催時の「ホームレス」追放は3年前の東京五輪でも行われました。明らかな人権侵害であり、政治・行政の欠陥を隠ぺいするものです。

 重要なのは、こうしたあからさまな追放だけではなく、気づかれにくい形で「ホームレス」を排除する社会がつくられてきていることです。

 厚労省の調査(1月時点)では、「ホームレス状態の人」は全国で2820人、過去最少とされています。
 しかし、労働や貧困問題に取り組んでいるNPO法人「POSEE」が7月19日発表した調査結果では、国の調査が把握していない「若者の見えないホームレス化」が進んでいます(7月19日付朝日新聞デジタル)。

 「POSEE」では路上生活者だけでなく、ネットカフェ生活の人、家族からの暴力などで安心して暮らせない人ら、安心できる住居がない人も支援が必要な「ホームレス状態」と定義しています。「POSEE」が昨年度受けた10~30代からの相談は304件で、その半数近い139件が「ホームレス状態」の人からだったといいます。

 非正規など不安定な雇用も「ホームレス状態」に結びついています。生活保護を申請しても、「若いから働けると言われた」など生活保護をめぐる問題も浮き彫りになっています。

 問題はこうした政治・行政の無為・差別性だけではありません。

 公園やバス停留所などに仕切りのついたベンチが置かれています。あの仕切りは何のためでしょうか。効率よく座るためと思いがちですが、主な目的は「ホームレス」が横になれなくするためです。

 NHKニュース(6月18日)によれば、「仕切りベンチ」は約30年前に特許申請されました。その申請書には、「目的 公園等に固定設置しても、浮浪者などがベッド代わりに使用できず…」と書いてあります(写真中)。

 「ホームレス」の人々などを支援しているNPO法人「抱樸」の奥田知志理事長は、「ベンチはホームレスの人と支援者の出会いの場だった。(仕切りベンチによって)ホームレスが見えなくなり、対話もなくなる。知らず知らずに(ホームレスを)排除している」と指摘しています(6月18日のNHKニュース)。

 知らず知らずにホームレスを排除しているのは「仕切りベンチ」だけではありません。街には「ホームレス」が横になれないようにデザインされている公共物が随所にあります(写真右)。デザインで「ホームレス」などを寄せ付けない。これが「排除アート」です(2022年10月21日のブログ参照)。

 五十嵐太郎・東北大大学院教授(建築史・理論)はこう指摘します。

「おそらく、通常の生活をしている人は、仕切りがついたことを深く考えなければ、その意図は意識されないだろう。言葉で「~禁止」と、はっきり書いていないからだ。しかし、排除される側にとって、そのメッセージは明快である。つまり、排除ベンチは、言語を介在しない、かたちのデザインによるコミュニケーションを行う。禁止だと命令はしないが、なんとなく無意識のうちに行動を制限する。これは環境型の権力なのだ」(五十嵐太郎著『誰のための排除アート? 不寛容と自己責任論』岩波ブックレット2022年)

 「排除アート」で「ホームレス」を不可視化する社会。「環境型の権力」。それは軍拡と表裏一体の福祉の貧困を隠ぺいするとともに、市民を「無意識の排除者・差別者」にする戦争国家化の表れと言えるでしょう。

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水俣病支援者が語る「マイク切り」の真相

2024年07月10日 | 差別・人権
   

 水俣病被害者団体と環境省の懇談で起こった「マイク切り」(5月1日、写真左)。伊藤信太郎環境相は8日、懇談をやり直しましたが、団体が求める認定制度の見直しや大規模調査などは「ゼロ回答」。「(具体的な議論のない)パフォーマンス」(関礼子・立教大教授、9日付京都新聞=共同)にすぎませんでした。

 「マイク切り」はたんなる運営上のトラブルではありません。その意味を私たちは改めて考える必要があるのではないでしょうか。

 発言中にマイクを切られた当事者の松崎重光さん(写真中)を支援し続け、当日松崎さんの横にいた永野三智さん(水俣病センター相思社職員、写真右)が、「水俣 断ち切られた声」と題した論稿(「世界」8月号所収)でその真相を語っています。(以下、抜粋)

<(重光さんの妻)悦子さんは昨年四月、痛みの中でのたうち回って亡くなりました。悦子さんを語るのは、重光さんにとってとてもつらいことで、本当ならば、ゆっくり時間をかけて聞くことです。一団体三分と定められた枠を前に、練習を重ねました。

「チッソが嘘をつき、それに国と熊本県、多くの科学者が協力し、メチル水銀という毒を流しつづけました。我々はそれを知らずに一生懸命海に出て、魚を目いっぱい獲って市場に卸し、その魚は熊本県中に売られていった。毒入りと知らず、水銀漬けの魚を食べるだけ食べて、水銀で全身焼けきってしまった。妻が痛いよ、痛いよとのたうち回っても、私は何もしてやれなかった。海に生まれ、海に生き、その海で苦しみながら、浄土へ行った」

 そう言っている途中で、環境省の木内特殊疾病対策室長は「話をおまとめください」と言い、直後にマイクの音声が切れました。

 重光さんは絶句しました。私は横に座った重光さんのその顔が、今も頭から離れません。私は重光さんに「マイクはないけど最後までしゃべっていいですよ」と声をかけました。そして重光さんは、

「あなたがたにとっては、たいしたことではないのでしょうね。でもね、患者はみんなこうやって死んでいきます。腹が立つのを通り越して、情けないです。自民党の皆さんは私らを棄てることばかり考えず、我々を見て、償う道を考えてください」

と言いました。大臣はすごく遠くに座っていたから、声は届かず、重光さんの言葉は宙に浮きました。>

 これが「マイク切り」の経過でした。「隣にいて、一緒に傷ついた」という永野さんは、この問題が報道された意味をこう話します。

「日本中、たくさんの人のもとにこの出来事が届きました。患者と同じように苦しんできた全国のあらゆる被害当事者が同じ痛みを思い出したと思います。そして、当事者ではないと思っている人たちの心も揺さぶりました。全国の人の心の揺れと傷つきは、被害者を一人にしないことにつながりました(注・例えば重光さんのもとに大阪の小学生からエールの似顔絵が届きました―私)。

 被害者が声を上げるということは、今も昔も勇気と覚悟のいることです。報道の向こうにいる人たちが、なぜ怒っているのか、なぜ泣いているのかに関心を寄せてほしい。水俣病だけでなく、他の多くの踏みにじられている人びとに向けても。水俣病だけが救われればよいのではないのです」

 「報道の向こうにいる人たちが、なぜ怒っているのか、なぜ泣いているのか」関心を寄せ、想像力を働かせる。そして自分とのかかわりを考える。水俣病だけでなく、沖縄にも、ガザにも、世界のマイノリティ・踏みにじられている人びとにも。
 問われているのは、「当事者ではないと思っている」私たちです。

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ハンセン病入所者への人体実験「紅波」の徹底追及を

2024年06月27日 | 差別・人権
  

 戦時中、国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県合志市=写真右)の入所者に対し、陸軍の機密研究によって、「紅波」という薬剤(写真左)を使った人体実験が行われていました。

 同園の自治会や熊本日日新聞、京都新聞の情報公開でその一端は分かっていましたが(2023年6月24日のブログ参照)、より詳しい実態が24日に同園が公表した中間報告書で明らかになりました。25日付の熊本日日新聞と京都新聞の同時掲載記事が報じました。その概要は以下の通りです。

<「紅波」投与の臨床試験は1942年12月~47年6月まで少なくとも4回行われた。初回だけでも当時の入所者1157人の3分の1に投与。全体で被験者は472人、投与された可能性も含めると842人に上る。被験者の年齢は6歳~67歳

「紅波」は発熱やおう吐などの副作用があり、試験中に少なくとも9人が死亡した。

 塗り薬や筋肉注射のほか、尿道、肛門、膣など「体内に入りさえすれば、どこからでも薬剤を入れていたように感じられた」(入所者の証言)。

 被験者は錠剤を宮崎松記園長の前で服用しなければならず、拒絶することができなかった

 43年11月には副作用を恐れ、投与を拒否する入所者が続出したが、中止しなかった

 報告書は、こうした行為は64年に世界医師会採択したヘルシンキ宣言の「医薬品の臨床試験の実施基準」に抵触すると言及した。

 「紅波」は、感光剤を合成した薬剤。旧陸軍第7陸軍技術研究所の機密研究で、「極寒地作戦での人体の耐寒機能向上」などが開発目的。研究を嘱託された宮崎松記園長や熊本医科大教授らは京都帝大(現京大)医学部出身。>(25日付熊本日日新聞・京都新聞)

 朝日新聞によれば、「報告書は、入所者に十分な説明がなされなかった▽医師への遠慮で試験参加の拒否を訴えることができなかった▽薬剤の効果について正直な感想を入所者が述べることができなかった▽副作用について何らの補償もなされなかった▽実施にあたり病理学・薬理学的な根拠が不足していた―など9項目を問題点として指摘する」(25日付朝日新聞デジタル=写真も)。

 驚くべき実態です。藤野豊・敬和学園大教授は、「虹波の治験という非人道的な行為が、隔離された療養所という環境の中で行われた。新たな人権侵害として国の責任が問われるべきだ」(22年12月5日付京都新聞)と指摘していました。

 この問題は、ハンセン病入所者に対するあからさまな差別・人権蹂躙であるとともに、旧日本軍の残虐性、さらに京都帝大(現京大)の責任も絡んだ根深い問題です。また、ハンセン病療養所と天皇制(皇室・皇族)の関係も見逃すことはできません(23年6月24日のブログ参照)。
 重大な歴史の闇です。真相を究明し、国はじめ関係者の責任を徹底追及しなければなりません。


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永住資格取消制度創設は公的な外国人差別

2024年06月11日 | 差別・人権
 

 「裏金問題」に端を発した政治資金規正法「改正」騒動は、与野党一体の、そしてメディアも加わった茶番劇と言うしかありません。重大なのは、関心をそちらに集中させておいて、重大な悪法がいつのまにか成立しているという状況がつくられていることです。

 参議院で審議中の入管難民法「改正」案もその1つです。大きな問題は、外国人の永住資格取り消しを容易にする新たな条項が盛り込まれていることです。

 その条項とは、①在留カードの不携帯など些細な違反を犯した場合②税や社会保険料などを「故意」に滞納した場合③短期の刑期や執行猶予がついても拘禁刑が宣告された場合に、永住者の在留資格を剥奪することができる、とするものです。

 これに反対する緊急集会が6日、国会前で開かれました。呼びかけた在日本大韓民国民団によると在日韓国人ら約500人が参加。「永住資格取り消し条項は、約89万人の永住者の地位を不当に不安定にする。法案が通過すれば永住者と家族は永住資格取り消しにおびえる日々を過ごすことになる」との声明文を読み上げました(6日付朝日新聞デジタル、写真右も)。

 神奈川県弁護士会(岩田武司会長)は4日、「永住資格取消制度の創設に反対する会長談話」を発表しました。その中でこう指摘しています。

「人であることにより当然享有することができる人権は、外国人であっても当然に享受することができます。もし、外国籍・無国籍市民に対してだけ従来のルールを超えて、入管の広範な裁量で永住資格を剥奪し、生活の基盤を軒並み奪ってしまうことができるような仕組みを作るのであれば、外国人市民に対する苛烈な差別以外の何ものでもありません

 鈴木江理子・国士舘大教授(移民政策)によれば、同改悪条項は、23年12月の自民党外国人労働者等特別委員会の「提言」を端緒に、「育成就労制度創設を口実として、どさくさ紛れに」加えられたものです(鈴木江理子氏「「育成就労制度」でも継承される問題構造」、「世界」7月号所収)。

 鈴木氏はこう指摘します。

「入管法上の義務違反には罰則規定があるので、永住者にのみ在留資格取消しというペナルティを新たに加える合理的理由はない。…外国人である永住者にのみ在留資格取消しという過大なペナルティを科すとしたら、これは明らかに公的な外国人差別である。…その結果実現される社会は、外国人を従属的で不安定な地位におく「国民」中心の「まやかしの共生社会」でしかないだろう」(同前)

 入管難民法は昨年も改悪され、難民認定申請を2回以上すれば、申請中でも迫害のおそれのある母国に強制送還できるようにする改悪法が10日施行されたばかりです。

 日本は周知の通り難民認定率がずば抜けて低い国です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、22年の難民認定率は、英国68・6%(認定数1万8551人)、米国45・7%(4万6629人)、ドイツ20・9%(4万6787人)に対し、日本は2・0%(202人)です(9日付朝日新聞デジタル)。

 そのうえ、入管難民法の相次ぐ改悪によって、「公的な外国人差別」を強めているのです。世界に恥ずべき国と言わねばなりません。

 問題の根源は、多くの日本「国民」がこの現実を知らない、あるいは知ろうとせず、日本政府(国家)の外国人差別に加担していることです。

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上川外相の差別発言は「撤回」ではすまない

2024年05月21日 | 差別・人権
   

 上川陽子外相のジェンダー差別発言問題は、同氏が発言を「撤回」したことで野党やメディアは追及をやめてしまいましたが、問題は何も解決していません。

 上川氏は18日、静岡市内で行った県知事選候補の応援演説で、「この方を私たち女性が生まずして何が女性でしょうか」と発言しました。女性は子供を産むもの、子どもを産んでこそ女性、という明確な差別発言です。

 メディアがこれを報じ、野党も批判したため、上川氏は翌19日、「私の真意と違う形で受け取られる可能性があるとの指摘を真摯に受け止め、撤回する」と回りくどく言い方で「撤回」しました。

 岸田首相も同日、「誤解を招く表現は避けるべきだと私も思う」と述べました。

 立憲民主党の泉健太代表は、「冷静に言葉を伝えなければ、外交上の問題も発生する」(20日付京都新聞=共同)とし、「言葉」の選択の問題だとしました。これも「誤解を招く表現」と同じ認識です。

 「真意と違う」「誤解を招く」は「政治家」が失言・暴言を「撤回」する時の常とう句ですが、問題の本質をまったく理解していないか意図的にはぐらかしているものと言わねばなりません。

 上川氏は「私の真意」は「女性パワーで未来を変える」ということだったと述べています(19日記者団に読み上げた文書=19日付朝日新聞デジタル)。「女性が生まずして…」は比喩であって「真意」ではないと言いたいようです。

 問題は、どちらが「真意」かとうことでも「言葉」の選択でもありません。上川氏が「女性パワー」を強調するために出産を比喩として用いたこと自体が問題なのです。

 上川氏の頭では女性がパワーを発揮して存在価値を示すことと、子どもを産むことが直結しているのです。そしてその例を出せば聴衆の共感も得られるだろうと考えたのです。

 これは上川氏が「子どもを産んでこそ女性」というジェンダー差別にとらわれていることの明確な証明です。そのことへの認識と反省・謝罪がなければ何の解決にもなりません。

 上川氏は以前(1月28日)、麻生太郎自民党副総裁から「そんな美しい方とは言わんけれども…」という露骨な差別発言を受けましたが、「ありがたく受け止めている」(1月30日)と言ってまったく抗議もしませんでした(2月3日のブログ参照)。これも今回の問題と同根です。

 上川氏だけではありません。「誤解を招く表現」「言葉」の問題とした岸田氏や泉氏も同類です。また、当日、「(上川氏の)発言に対し、100人を超える聴衆からは拍手が起こった」(19日付京都新聞=共同)といいますから、自民党支持の多くの女性も同類です。

 上川氏はおそらく深く考えることなく発言したのでしょう。しかし、自分では差別するつもりはないと主観的に思いながら発した言葉が刃となって人を傷つけることは少なくありません。これは「マイクロアグレッション(小さな攻撃性)」と言われます。

 正面から差別発言を行うのはもちろん大問題ですが、「マイクロアグレッション」も今日の日本社会の重大問題です。その意味でも上川氏の差別発言をk言葉だけの「撤回」ですませることはできません。


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ドラマ「デフ・ヴォイス」が描いたろう者差別と手話言語

2023年12月25日 | 差別・人権
   

 今月17日と24日の前後編で放送されたNHKドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」(原作・丸山正樹、主演・草彅剛、橋本愛)は優れたドラマでした(写真)。

 テーマは、ろう者の両親を持つ子ども「コーダ」(CODA=children of deaf adult〈s〉)の苦悩と家族愛です。
 同時に、知られることが少ない(私が知らなかっただけかもしれませんが)ろう者に対する差別の実態が告発されていました。例えば次のことです。

▶ ろう者が容疑者となった場合、警察の取り調べに手話通訳はつかず、ろう者の知らない調書が作成される恐れがある。また、裁判でも能力のある通訳士がつくことはまれで、ろう者は司法的に圧倒的な差別状態に置かれている(これがドラマの直接のテーマ)。

▶ 病院受診の際に手話通訳がつくこともまれで、そのためろう者ががんなどの検診を受けることが遅れ、病気が進行することがある(「コーダ」の主人公の父親がそうだった)。

▶ ろうの女の子の両親が、ろうの子が生まれる不安から、盲腸手術と偽って女の子に不妊手術をおこなった(ハンセン病患者への差別を想起させる)。

 ドラマで描かれたこれらのことが現実にどういう実態になっているかは分かりません。しかし、けっしてフィクションではないと思います。

 ドラマで教えられたもう1つの重要なことは、手話はそれ自体が1つの言語だということです。日本で行われている手話は「日本手話」という言語です。

「ろう者などが使う手話は「日本手話」と呼ばれ、日本語と言語体系が異なり、手だけでなくあごや眉の動きなども文法的な意味を持つ。例えば、うなずく動きが句読点や接続詞になることがある。敬語は肩を少しすぼめる」(9月9日付朝日新聞デジタル=同ドラマに関する記事)

 ドラマには20人近いろう者、難聴者が登場しましたが、そのほとんどは当事者が演じたといいます。手話を監修した木村晴美さんにインタビューした朝日新聞の記事はこう報じています(太字は私)。

< 近年、ろう者を描く作品は少なくない。しかし今作で手話を監修する、ろう者の木村晴美は「『聞こえなくてかわいそうだ』とか『聞こえるようになってほしい』とか、聴者視点で『私たちでないもの』を描くケースも散見される」と訴える。

 荒井(草彅剛が演じた主人公―私)が「手話は、はやりのおもちゃじゃありません」と話すのは、制作陣や当事者の叫びのようにも聞こえる。>(15日付朝日新聞デジタル)

 木村さんの言葉で想起されるのは、メディアがさかんに取り上げる皇族の「手話」です。本人たちの意図はともかく、皇室報道を司る政府・宮内庁が皇族の「手話」を頻繁に報道させるのは、皇族(天皇制)のイメージアップのために「手話」を消費していると言わざるをえないのではないでしょうか。

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