アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「拉致問題の解決」とは何か

2018年05月31日 | 朝鮮と日本

     

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)とアメリカの会談を前にして、安倍政権は相変わらず「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」(15日閣議報告「2018年版外交青書」)という姿勢を取り続けています。メディアをそれに同調し、多くの「日本国民」もそれを「支持」しているようです。

 では、「拉致問題の解決」とは何でしょうか?

 安倍政権の主張は「全ての拉致被害者の安全の確保と即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡し」(同「外交青書」)です。「全ての拉致被害者…」とは、「拉致被害者」(それが何人なのかは不明)が全員生存していることを前提にし、その「即時帰国」を求めるものです。

 これは無理な主張です。
 2002年9月17日の「日朝首脳会談」(小泉純一郎首相と金正日委員長、写真右)において、「金正日は拉致問題について次のように述べました、『自分としてはこの場で遺憾なことであったとお詫びしたい。このようなことが二度と起こらないよう適切な措置をとることとする』」(和田春樹著『北朝鮮現代史』岩波新書)。さらに、「首脳会談とはべつのところで、北朝鮮側は拉致したのは13であるとリストを示し、うち5名のみが生存していると明らかにした」(同前)からです。

 この朝鮮側の言明に対し、日本が「拉致被害者」は全員生存しているという立場に固執して譲らないのでは交渉は成り立ちません。

 こうした日本政府(安倍政権)の姿勢は、国際的にみても異常です。
 たとえば、国連人権理事会の「朝鮮民主主義人民共和国における人権状況に関する調査委員会」の報告書(COI報告、2017年3月)と比較すると、「拉致問題の解決に関する日本政府の立場は『被害者全員の帰国』である。しかし、COI報告では、この犯罪は『安否が完全に明らかになるとき』まで続いている、という認識である。ここには明白なズレがある。日本政府が『全員の生存』に固執しているのに対して、COIはこうした前提ではなく、安否不明の拉致被害者は『行方不明』の状態である」(江口昌樹・敬和学園大非常勤講師『拉致問題を超えて-平和的解決への提言』社会評論社2017年)。

 では、安倍政権の主張とは違う「拉致問題の解決」とはどういうことでしょうか。

 安倍政権の発足(2006年9月)によって日朝交渉が暗礁に乗り上げていることに対し、12人の学者・識者が「対北政策の転換を」と題する安倍政権への「共同提言」を発表したことがあります(「世界」2008年7月号。12氏は、石坂浩一、川崎哲、姜尚中、木宮正史、小森陽一、清水澄子、田中宏、高崎宗司、水野直樹、山口二郎、山室英男、和田春樹の各氏)。

 その中で「拉致問題解決の考え方」として、こう述べています(改行は引用者)。

 「拉致問題に対する考え方を真剣に見直さなければならない。日本政府に対して拉致問題の解決とは何か、という質問が国際的に提起されている。国民もメディアも一致した答えをもっていない。
 拉致問題の解決とは、北朝鮮が、①拉致したことを認め、謝罪し、二度とくりかえさないことを表明する、②拉致した人数、その状況、その人々の安否を明らかにする、拉致された被害者(生存者)の原状回復を行う、生存者を帰国させ、その家族を渡日させる、④死亡した人の遺骨、遺品を返還する、家族による墓参を受け入れる、⑤拉致実行者を処罰する、⑥すべての拉致被害者への補償を行う、ということである

 「共同提言」はこの6点を個別に検討したうえで、「以上の検討から、拉致問題の解決のために北朝鮮側はすでに基本的な認識、謝罪、将来への誓約を行っていることを認めなければならない(注・上記2002年9月17日の金正日発言など―引用者)」としたうえで、こう結論づけていいます。

 「拉致問題の解決も核問題と同様に国交正常化の過程でねばりづよく交渉していき、段階的に目標を達成するというふうにするのが現実的であろう」

 この「共同提言」から10年。安倍政権によって、事態はまったく進展していないどころか、逆に悪化しており、「共同提言」の主張は今日でも妥当です。

 「拉致問題を進展させるためには、独自制裁はむしろ逆効果・有害であり、その逆に独自制裁を直ちに緩和・撤廃し、日朝国交正常化交渉を早期に再開させ、朝鮮政府に拉致問題進展のインセンティブを与え、その中で拉致問題を日本として最優先に議論することこそが、もっとも有効で確実な戦略である。したがって、真実は、『日朝国交正常化交渉なくして、拉致問題の進展なし』である」(江口昌樹氏、前掲書)

 「拉致問題の解決なくして国交正常化はない」という安倍政権の主張・姿勢は、「拉致問題」を政治利用して故意に日朝国交正常化を妨害するものであり、それは同時に「拉致問題の進展・解決」にも逆行することは明白です。

 「拉致問題」の視点からも、日朝平壌宣言(2002年9月17日―5月19日のブログ参照)に立ち返り、朝鮮との国交正常化交渉を直ちに再開すべきです。


ハンセン病強制隔離と朝鮮差別

2018年05月29日 | 朝鮮と日本

     

 先にハンセン病強制隔離と天皇制の関係についてみましたが(5月22日のブログ参照)、強制隔離が戦後も、「らい予防法」が廃止される(1996年)まで続いた異常な歴史の背景には、もう1つ見落とすことのできない問題がありました。それは、朝鮮に対する蔑視・差別がハンセン病強制隔離政策のてこになったことです。

 ハンセン病強制隔離の歴史をみるうえで欠かせない人物がいます。光田健輔(1876~1964、医師・国立ハンセン病療養所長島愛生園<岡山・写真中>初代園長)(写真左は長島愛生園に建てられた光田の胸像-藤野豊著『戦争とハンセン病』吉川弘文館より)

 「ハンセン病国家賠償裁判で原告の元ハンセン病患者側が勝訴し(熊本地裁―引用者)、国は謝罪し、賠償金を支払うということが決定した2001年6月の時点で、では誰がその主犯なのかと問われると、ひとつの答えとして光田健輔という個人名があがる」(徳永進氏・医師『ハンセン病-排除・差別・隔離の歴史』岩波書店)

 「権力と一体になって、ハンセン病患者を隔離し、その隔離のための療養所作りに奔走したのが…光田健輔であった」(山岸秀氏『差別された病』かもがわ出版)

 戦後、特効薬プロミンの開発もあって、厚生省(当時)内には絶対隔離政策を見直そうとする機運がありました。これに対し、「これまで絶対隔離政策の推進の中心となってきた長島愛生園園長光田健輔は、これに猛反対した」(藤野豊氏『戦争とハンセン病』吉川弘文館)のです。

 光田はたんに反対しただけではありません。国会の参考人質疑(1951年11月8日、参院厚生委員会)で、「どうしても収容しなければならんというふうの強制の、もう少し強い法律にして頂かんと駄目だ」(藤野氏前掲書より)と、「癩予防法」を改悪して強制隔離を強化することを要求したのです。光田がその口実にしたのが、「朝鮮」でした。

 「なぜ、光田はこのように絶対隔離政策の強化を求めねばならなかったのであろうか。その背景には朝鮮戦争(1950年~53年休戦―引用者)があった。
 当時は朝鮮戦争の渦中であった。日本が朝鮮を植民地統治していた時代、朝鮮総督府は全羅南道の小鹿島に小鹿島更生園を設置し、朝鮮のハンセン病患者を隔離した。戦後、この更生園は韓国政府の管理下に入るが、朝鮮戦争により、韓国政府はここを維持できなくなってきた。
 光田は『今日一番私どもが困ることは、朝鮮の癩患者が昔の日本の浮浪者の代わりをしておって、これが盛んに内地に伝播せしめておる』と慨嘆した。すなわち、管理が不可能となった小鹿島からハンセン病患者が脱走し、日本に流入しているというのである。
 光田はこうした患者も日本各地に未収用なまま『沈殿』しているという。そして、『私は沈殿している全国の患者を極力療養所に入れるためには法の改正をする必要があるという意見であります』と明言した(『第十二回国会参議院更生委員会会議録』)」(藤野氏、前掲書。改行は引用者)

 「光田は、韓国・朝鮮人への強い民族的差別感情を背景に、朝鮮半島から多数のハンセン病患者が日本に密入国するという風評を煽り、それをひとつの理由として隔離の強化を主張していた」(藤野豊氏「無らい運動と宗教」『ハンセン病絶対隔離政策と日本社会』六花出版所収)

 光田の隔離強化の主張の根底にあるのは、民族差別思想でした。

 「光田は医師として感染症の隔離を進めようとするだけではなく、隔離を『隔離の思想』にまで高める。そして隔離の思想は、医師としては超えてはいけない一線を超えるようになる。それが彼の言う『祖国浄化』という民族浄化思想である。…天皇の国、『神の国』に不浄の存在は許さない、という思想となる」(山岸秀氏、前掲書)

 光田の「祖国浄化」思想が戦前の天皇制帝国日本で尊重されたのは合点がいきますが、その光田が新憲法下の戦後でも「ハンセン病の権威」としてもてはやされ、政府の政策に大きな影響を及ぼしたのはなぜでしょうか。

 私はそのカギは、文化勲章だったと思います。

 光田は先の国会での意見陳述の5日前、1951年11月3日に「ハンセン病対策の功績」によって皇居で文化勲章を授与されています。

 文化勲章は、1937年2月11日の「紀元節」(神武天皇が即位した日とする日)に制定されたもので、「昭和天皇は、自分の代に創設された唯一の勲章である文化勲章には強い思い入れがあった」(栗原俊雄氏『勲章』岩波新書)といいます。現在の文化勲章の意匠(橘の五弁の花の中央に三つ巴の勾玉。写真右)は天皇裕仁によって変更されたものです。1971年ごろ(もちろん新憲法下)には、受賞者の選定にまで口を挟んだといいます(栗原氏、前掲書)。

 天皇から文化勲章を授与されたばかりの光田が国会で隔離強化を力説したのです。それが政府の政策に大きな影響を及ぼしたことは想像に難くありません。

 ハンセン病強制隔離と朝鮮差別、「神の国」の「民族浄化思想」と天皇による文化勲章授与―“悪魔のスパイラル(らせん状の絡み合い)”を見る思いです。


東京都が「外国籍」は「取り締まり」対象と公言

2018年05月28日 | 差別・人権・沖縄・在日

     

 23日に発覚したこの重大問題を報道したのは、私が見た限り、琉球新報と沖縄タイムスだけでした(写真左)。他のメディアは(しんぶん「赤旗」も含め)すべてスルーしました。

  「【東京】米軍北部訓練場(沖縄・高江-引用者)のヘリパッド新設を巡り、警視庁の機動隊を沖縄に派遣した公金の支出は違法だとして東京都を訴えた住民訴訟の第7回口頭弁論が23日、東京地裁であった。被告の都は準備書面で、『抗議参加者の実態』として『県民のみならず、いわゆる極左暴力集団や反差別勢力の活動家または外国籍の者も確認されているのが実態』と指摘し、派遣根拠の『合理性』の一つに挙げた」(24日付琉球新報)

  高江のヘリパッド建設に反対・抗議する市民に対し、沖縄県警と、沖縄県公安委員会の要請を受けた警視庁など県外の機動隊が暴力的に取り締まった問題に関連し、都民が「公金支出」の違法性から訴訟を起こしたものです。

  訴えられた東京都(小池百合子知事)が、「公金支出」すなわち機動隊の派遣は不当ではないと反論したのが、この日の「準備書面」です。都はこの中で、機動隊の派遣には「合理性」があったとする理由に、「抗議参加者」の中に「外国籍の者」が「確認されている」ことを挙げたのです。これは、「外国籍の者」を取り締まることには「合理性」があると公言したもので、露骨な外国人差別以外のなにものでもありません。

  しかも、都が「外国籍の者」という場合、それは「欧米人」ではなく、朝鮮籍、韓国籍、中国籍の人を指していることは明らかです。都は裁判の「準備書面」という公文書で、朝鮮・韓国・中国人に対するあからさまな民族差別を行ったのです。

  これは東京都による公然としたヘイトスピーチ・クライムであり、絶対に見過ごすことはできません。

  高江の機動隊といえば、派遣された大阪府警の機動隊員が沖縄市民に対し「土人」「シナ人」と暴言を吐いて大問題になりましたが(2016年10月18日)、都の「準備書面」はそれと通底するものです。

  「外国籍の者」は取り締まって当然という思想・行政は、関東大震災(1923年)に乗じた朝鮮人大虐殺を想起させます。100年近くたっても日本の朝鮮・アジア蔑視、差別が変わっていないことに改めて慄然とします。

  小池知事が「準備書面」にどこまで関与していたかは分かりませんが、朝鮮・韓国人蔑視・差別は小池氏自身の持論でもあります。

 小池氏は知事就任後初の定例記者会見で、「都有地を韓国人学校の用地として有償貸与する計画について『白紙に戻す』と明言」(2016年8月6日付毎日新聞)しました。

 また、毎年9月1日に墨田区内で行われる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式に、1970年代から歴代都知事が送っていた追悼文を、小池氏は送ることを拒否。「(主催)団体側は、『震災時に朝鮮人が虐殺された史実の否定にもつながりかねない判断』と強く抗議」(2017年8月24日付東京新聞)しました。

  都知事の朝鮮人差別といえば、石原慎太郎氏が陸上自衛隊の記念式典(2000年4月9日)で、「第三国人」という差別用語を公然と使い、「大災害のおりには騒擾(そうじょう)すら想定される」と犯罪者予備軍扱いし強い批判を浴びました。

  朝鮮人差別に限らず、いかなる差別発言、差別行政も許されないことは言うまでもありません。しかも朝鮮人差別は、日本の植民地支配の歴史、今日の在日に対する差別、朝鮮半島情勢からも、とりわけ見過ごすことはできません。また、それが日本の首都・東京の公文書であればいっそう重大です。

  東京都は差別的「準備書面」を直ちに取り下げ、謝罪すべきです。

 メディアは、高江や辺野古での抗議市民に対する不当な取り締まりの実態とあわせ、都の「準備書面」問題を後追いすべきです。


日曜日記4・「9条と1条」「高齢者就労」「母の写真」

2018年05月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 ☆「9条と1条」…劇作家の野田秀樹さんが、公演で滞在中のロンドンで「演劇と社会について」記者のインタビューに答えて、こう言ったそうだ。

 「いま憲法改正で9条を語るなら、1条も一緒に語らないといけないんじゃないか」(21日付朝日新聞デジタル)

  記者は「野田さんは1992年の英国に留学し、ロンドンに自宅を持つ。英国から日本を相対化してみるとき、避けて通れないのが象徴天皇制を定めた1条だとみる」(朝日新聞ヨーロッパ総局長・石合力氏)と書いている。

  日本国憲法の制定過程からも、9条と1条はセットであり、野田氏の言はしごくまっとうだ。天皇制に限らず、人権問題や政治家の言動も、国際基準から「日本を相対化してみる」ことが日本人に最も必要なことかもしれない。

 ☆高齢者就労…“働かせ方法案”が強行的に採決された。過労死遺族の方がたの悲痛な訴えが胸に迫る。

  過労死とともに、労働現場で危険が増しているのが、高齢者就労だ。先日NHKは、「人手不足」からシルバー人材センターが「派遣会社」化しており、ドライバーはじめ高齢者が不慣れな仕事に就いている(就かされている)実態を報道していた。

  ひとごとではない。「人手不足」の一方で高齢者、とくに「60歳以上の男性」にとって、就職(アルバイト)を探すのは容易でない現実がある。

 3月はじめ、ハローワークに通ってもどうしても職がないので、体力的にきついことは分かっていたが、やむを得ずビジネスホテルの清掃(ベッドメイク含む)に就いた。

 「ノルマはない」ことを確認して始めたが、やってみると「1人で1時間に3部屋」というノルマが実際にはあった。どうしてもそれをこなせないので、やめる決意をした。が、遅かった。案の定、頚椎(首)をやられた。わずか2カ月で。前かがみの姿勢の連続で肉体労働を続けたせいだ。

 おまけに、「ノルマ」がこなせない分、給料が減額されていた。「不当だ」と抗議し、給料の減額は撤回させた。しかし、頚椎は、整形外科に通ったが、いまだに治っていない。

 企業の都合で労働者を使い捨てする政治・経済を改めないと、労働現場の悲劇は拡大するばかりだ。

 ☆母の写真…グループホームに入所した時から、母の部屋に、若かりし時(半世紀以上前)に亡き父と撮ったツーショットの写真を整理ダンスの上に飾った。寂しくないようにと。でも、母はすでに写真を見たり認識することはできないのだから、私の自己満足かもしれない。

  毎日GHへ行ってひととき母と過ごすと、どうしても「写真」が目に入る。その母と、いま目の前で車いすに乗っている母は、外見上はまったく別人だ。面影もない。

 人の一生のうつりかわりを思う。若く輝いていた時の母も、今の母も、母であることに変わりはない。それが人の生涯、生命の推移であると、あらためて教えられる。


朝米会談「中止」の責任はどちらにあるのか

2018年05月26日 | 日米同盟と朝鮮・韓国

     

 トランプ大統領が朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との会談の「中止」を突然発表(24日。写真左。右はペンス副大統領)したことに対し、日本のメディアは(「産経」や「読売」でなくても)、「北朝鮮の柔軟性のなさは相変わらず」(25日付朝日新聞社説)、「北朝鮮は今月十六日、突然態度を硬化させた」「突然の姿勢の変化は、北朝鮮への信頼を失わせ、マイナスにしかならない」(25日付東京新聞社説)など、朝鮮を一方的に非難しています。

 これは、「直近のあなた方の声明で示された敵対心や怒りに鑑みると、私は今、計画通りに会談することが適切だとは思わない」と「会談中止」を朝鮮のせいにしたトランプ大統領の「書簡」(25日付共同)に同調するものです。

 こうした朝鮮非難は果たして妥当でしょうか。「会談中止」になったのは朝鮮のせいでしょうか。
 トランプ氏が挙げた朝鮮の2つの「直近の声明」の内容と経過を検証してみましょう。

 ★5月16日の「金桂冠第1外務次官談話」

  朝鮮の金桂冠第1外務次官が5月16日、「会談取りやめを警告」する「談話」を発表したのは事実です。問題は(東京新聞の社説などがまったく触れていない)その趣旨と経過です。

 「談話」は「非核化の用意があるが、米国の敵視政策と核による威嚇を終わらせるのが先決条件」(17日付共同)と述べています。これは、「核放棄を先行させ見返りを与えたリビアの成功例を北朝鮮にも適用すべきだと主張するボルトン氏を糾弾」(同)したものです。

 ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、「16日、ラジオ番組で『完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(「リビア方式」の言い換え-引用者)という目標は後退させない』と述べ」(18日付共同)、朝鮮をけん制しました。同氏は13日にもテレビ番組で、「ウラン濃縮も再処理能力も取り除く」(17日付共同)ことを要求しました。これは朝鮮に「核の平和利用」をも断念することを迫るものです。

 「リビア方式」はボルトン氏の持論ですが、朝鮮ははじめから絶対に容認できないと表明しています。

 「核放棄完了後に見返りを与えるリビア方式に関わったボルトン大統領補佐官が北朝鮮への適用に意欲を示していたが、北朝鮮は体制崩壊への懸念から反発していた」(19日付共同)

 だからトランプ氏は17日、「『リビア方式』について、『北朝鮮について検討する際の方式ではない』と言明」(19日付共同)し、表面上ボルトン氏をおさえて見せたのです(写真中。右がボルトン氏)。

 金次官の「談話」は、ボルトン補佐官の相次ぐ挑発発言を受けたものであり、その趣旨は「リビア方式」の放棄を求めるものだったのです。

 朝鮮が「完全非核化」した後でないと(制裁緩和など)「見返り」は何も与えない、という「リビア方式」はアメリカの一方的な言い分です。しかもそれでリビアのカダフィ政権が倒された歴史から、朝鮮が受け入れられないのは当然でしょう。アメリカが「リビア方式」に固執する限り、会談(交渉)は成り立ちません。

 ★5月24日の「崔善姫外務次官談話」

 2つ目の朝鮮の「談話」は、対米関係を担当している崔善姫外務次官によるものです。

 「朝鮮中央通信によると、朝鮮の崔善姫外務次官は24日、米国のペンス副大統領がFOXニュースとのインタビュー(21日)で朝鮮の核問題で軍事的対応の排除を否定し、『リビアのように終わるだろう』などと発言し、『完全かつ検証可能で不可逆的な非核化』を主張したことを非難する談話を発表した」(24日付朝鮮新報)

 事実、ペンス副大統領は21日、「FOXニュースのインタビューで、北朝鮮が完全な非核化に応じなければトランプ大統領が米朝首脳会談が始まってからでも取りやめることがあり得ると警告し、『米国の一方的な核放棄の強要』に反発する北朝鮮をけん制した」(23日付共同)のです。

 「崔次官は、ボルトン国家安全保障担当補佐官に続き、ペンス副大統領までもが朝鮮に対し、リビアの轍を踏むだろうと力説したことについて、『われわれは、リビアの轍を踏まないために高い代価を払って自分自身を守り、朝鮮半島と地域の平和と安全を守ることのできる強力で頼もしい力を育てた』と指摘。『この現実をいまだに分からず、われわれを悲劇的な末路を歩んだリビアと比べるのは、米国の高位政治家が朝鮮をあまりにも知らない』と非難した」(24日付朝鮮新報)

 以上の2つの「談話」を含め、この間の主な経過をまとめてみましょう。

3月8 トランプ大統領、「米朝首脳会談」の意向表明
4月27 「南北会談」=板門店宣言
5月9 朝鮮が「3人のアメリカ人」を解放
同13 ボルトン大統領補佐官のテレビ発言
同16 ボルトン大統領補佐官のラジオ発言
同日  金桂冠次官談話
同21 ペンス副大統領のFOXニュース発言
同24 崔善姫次官談話
同日  朝鮮が豊渓里の核施設爆破(写真右)
同日 (その数時間後)トランプ大統領が「会談中止」発表

 以上の経過をみれば、「板門店宣言」以降、朝鮮はアメリカとの会談実現のためにできることを段階的にやってきたが、アメリカは、ボルトン補佐官、ペンス副大統領の2人の側近が相次いで、朝鮮が絶対に受け入れられない「リビア方式」を執拗に持ち出し、トランプ大統領は会談をアメリカペースにするために2人を使って朝鮮をけん制してきた、というのが事実ではないでしょうか。

 「会談中止」の責任がアメリカ側にあることは明白です。


安倍首相はなぜ平然とウソがつけるのか

2018年05月24日 | 安倍政権とメディア

     

 2015年2月25日に安倍首相は加計孝太郎氏と会って「獣医大学の考えはいいね」と言った、という加計学園の説明を記録した愛媛県の文書を、安倍氏は全面的に否定しました。
 安倍首相か、加計学園か、愛媛県か、3者のうち誰かがウソをついているわけですが、事態の推移、動機から考えて、ウソをついているのが安倍首相であることは明白でしょう。

 また、「ない」と言い続けていた財務省の森友学園との交渉記録がなぜ突然「あった」ということになったのか。

 防衛省の「イラク派遣日誌」の隠ぺいがなぜ「組織的ではない」(小野寺防衛相)のか。

 この一両日で浮き彫りになっているのは、平然とウソをついて国民・国会を愚弄し続ける安倍首相・安倍政権の底なしの厚顔無恥です。

  「主権在民」(憲法前文)、「国会は国権の最高機関」(憲法第41条)である社会で、こんな人物が首相に居座り続けていることが許されるはずがありません。

  にもかかわらず、その許されないことが横行しているのはなぜでしょうか?安倍首相はなぜ平然と国民・国会に対してウソがつけるのでしょうか?

 ★野党の不在。それはたんに数が少ないということではありません。基本政策で自民党との違いがなくなり、自民党政治に代わる政治・社会像を示すことができなくなっている野党。
 それは、「日米軍事同盟=安保条約体制」と「(象徴)天皇制」という2つの根本的問題で、日本共産党も含め、国会が翼賛化している実態が端的に示しています(憲法違反の「天皇退位法案」を全会一致で可決・成立させた<2017年6月>のはその典型)。

 ★たたかわない「労働組合」。「連合」の発足(1989年11月)以来、「労資協調」が定着し、労働組合が資本とたたかわなくなりました。組織率も低下の一途。たたかわない「労働組合」に存在意義はありません。自民党のスポンサーである財界・大企業の横暴は野放しです。

  この2つが大きな要因・背景ですが、安倍首相が国民・国会をなめているのは、もっと単純な理由だと思われます。それは「内閣支持率」です。

  この1週間以内に各メディアが発表した「最新の内閣支持率」は、例外なく、「支持」が前回より5㌽前後上がり、「不支持」が同じくらい下がっています。この「支持率の回復」が安倍氏の慢心を助長しているのは間違いないでしょう。

  前回の調査以降の内外の動きを振り返って、安倍内閣の支持率が「回復」する要素がどこにあるのでしょう。現にどの調査でも、「森友」「加計」に関する項目では安倍政権への批判は引き続き強いものがあります。しかし、すべてのメディアの調査が同様の結果を示している以上、「回復」はウソではないでしょう。

 ではなぜ安倍内閣の支持率は「回復」したのでしょうか。

  考えられることはただ1つ。「朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)バッシング」です。なかでも「拉致問題」です。

 もともと安倍氏は「拉致問題」で首相になった人物です。「いままで拉致問題は、これでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は、実は安倍首相」(蓮池透・元「家族会」事務局長、『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』講談社)なのです。
 その安倍氏が、政権最大のピンチといわれる今、延命のためにすがりついているのもやはり「拉致問題」なのです。

 しかし、いくら安倍氏が「拉致問題」にすがっても、それだけでは「支持率回復」にはつながらないでしょう。その安倍氏を助けている援軍があります。メディアです。NHKや「読売」「産経」だけではありません。「モリ・カケ」では安倍政権をたたく他のメディアも、「拉致問題」「北朝鮮制裁」では手のひらを返すように安倍首相に同調します。

  「拉致問題」とは何なのか、朝鮮半島に対して日本は何をしてきたのか、これからどう向き合うべきなのか。そうした根本問題は捨象し、「拉致問題」「北朝鮮制裁」というだけで安倍政権に同調する日本のメディア。その大政翼賛化こそが、不可解な「支持率回復」の理由であり、安倍氏のウソ・厚顔無恥を許している元凶ではないでしょうか。

 「拉致問題」の進展は朝鮮との対話、国交正常化へ向けた協議のなかでこそ可能です。「圧力・制裁」一辺倒の安倍政権が「拉致問題」にすら逆行していることは明らかです。
 日本のメディアは、いまこそ朝鮮報道のあり方を根本的に見直さねばなりません。

 

 


ハンセン病と沖縄と天皇制

2018年05月22日 | 天皇制と人権・民主主義

     

 19、20の両日、「ハンセン病市民学会総会・交流会」が沖縄で行われました。今回、「人権問題として共通する沖縄の基地問題」が初めてテーマに盛り込まれました(写真左は20日付沖縄タイムス)。

  ハンセン病の家族らは2016年2月に「ハンセン病家族訴訟」を熊本地裁に提訴し、元患者だけでなく家族をも差別・偏見で苦しめた国に謝罪と損害賠償を求めています。原告は508人で、そのうち約半数が沖縄県出身者です(21日付琉球新報。写真中は沖縄・宮古島の療養所「南静園」)。

  交流会では、「基地問題もハンセン病問題も国家や権力による構造的差別だ」「国は私たちを社会から排除し、人間扱いしなかった。基地問題では、県民が日本国民として扱われていないと感じる」(「沖縄ハンセン病回復者の会」平良仁雄共同代表)などの声が相次ぎました(20日付琉球新聞)。

  琉球新報、沖縄タイムスを読むだけでも、この問題の重要性が改めて伝わってきます。
 ただ、両紙の報道をみる限り、ハンセン病患者・家族に対する差別の根源ともいえる重要な問題が交流会では取り上げられなかったようです。それは、ハンセン病と天皇制(皇室)の関係です。

  6月25日から1週間は「ハンセン病週間」とされています。なぜか。この日が裕仁天皇(昭和天皇)の母、貞明皇后(節子=さだこ)の誕生日だからです。
 「ハンセン病の予防と救済」は貞明皇后の「三大事業」の1つといわれていました(他の2つは「養蚕(絹織物)業の奨励」と「灯台職員への激励」。高橋紘著『平成の天皇と皇室』文春新書)

  皇室とハンセン病(癩病)の関係は、奈良時代の「光明皇后施湯伝説」に遡りますが、それが1930年代に復活したのはなぜか。

 「皇室を慈善の府となし皇恩の広大さを目に見えるかたちで国民に知らしめるもっとも有効な事業はなにか。的は『救癩』事業にしぼられた。問題は国家の体面にかかっている。『癩』の問題を放置する国家を、西洋社会は文明国家と認めないからである」(片野真佐子著『皇后の近代』講談社。藤野豊氏『ハンセン病・反省なき国家』かもがわ出版より)

  国は患者を強制隔離する「癩予防法」を1931年(「満州事変」の年)に成立させ、それを推進するために「癩予防協会」を設立しました。その基金は貞明皇后が「下賜」したものとしました。また貞明皇后が御所の歌会(1932年11月10日)で歌った「つれづれの友となりても慰めよ  行くことかたきわれにかはりて」が、「癩患者を慰める」「御仁慈」の象徴とされました。

  「絶対隔離政策は、戦前は警察官を、戦後は保健所職員、都道府県の専門職員を動員して患者を強制的に隔離することによって達成された。しかし、それだけではなく、皇室を動員して患者に『御仁慈』を垂れ、人権意識を摩滅させることによっても絶対隔離政策は推進されたのである。強制隔離と皇室の『御仁慈』とは表裏一体のものとして、ハンセン病患者とその家族の人権を奪い続けたのである」(藤野豊氏、前掲書)

  「予防法」「予防協会」によって強制隔離と断種・堕胎が大々的に遂行されました。

  「その目的はハンセン病者のいない皇国建設のための『民族浄化』であった。らい予防法の制定も、患者ではなく、むしろ国民を『癩禍』から護るためのものであったのだ。戦争は隔離政策に拍車をかけ…ハンセン病者は皇軍の将兵になれない非国民であり、改めて、植民地をもつ一等国大日本帝国にとっての国辱とみなされた。…国辱の血の拡散を防ぐ終生隔離によって病根を絶つための断種と堕胎を法制化した国家があり、その法律が許すがまま、彼らの人権を故意に、あるいは無知により蹂躙したわたしたち日本国民がいたのである」(浜口稔氏「ハンセン病回復者の語る戦世」、明治大学公開文化講座『沖縄と「戦世」の記憶』2011年風間書房所収)

 「天皇の軍隊」である日本軍によって、直接的に強制隔離が行われたのは、戦場となった沖縄でした。

 「1944年3月、沖縄に第32軍が創設され地上戦闘部隊が続々と沖縄入りすると、軍は在宅患者を警戒しはじめる。…軍の駐屯により、住民と将兵が生活空間を共有するようになったことで、将兵がハンセン病に罹り兵力が低下するのを怖れ、警戒したのだ」(吉川由紀氏「ハンセン病患者の沖縄戦」。『友軍とガマ-沖縄戦の記憶』社会評論社所収)

  明仁天皇・美智子皇后は「ハンセン病療養所訪問」を続け、宮城県の療養所訪問(2014年7月22日)で国内すべての療養所(沖縄「愛楽園」「南静園」含め)を回ったことになりました。美化されるその「療養所訪問」は、貞明皇后の「御仁慈」以来の歴史を引き継ぐものであることを銘記する必要があります(ちなみに、美智子皇后が雅子さんに引き継ぐ「養蚕」も、貞明皇后の「三大事業」を継承するものです)。

  全国の療養所を回った明仁天皇・美智子皇后ですが、祖母(貞明皇后)以来皇室(天皇制)が政府の強制隔離政策と一体となって、「ハンセン病患者とその家族の人権を奪い続けた」ことに対する謝罪の言葉を口にすることは、ただの一度もありませんでした。


「日本の諜報」(DFS)の驚くべき対米従属

2018年05月21日 | 日米同盟と安倍政権

     

 19日夜のNHKスペシャルは、「日本の諜報-スクープ・最高機密ファイル」と題して、アメリカや日本の機密文書から、知られざる日本のスパイ活動の実態を報じました。

 それは、日本が情報の収集・提供の面でも、資金提供の面でも、完全にアメリカ(NSA=国家安全保障局)に従属し、憲法を無視したスパイ活動が続けられている実態でした。要点を紹介します(要約)。

 ●日本にはDFSという秘密の諜報機関がある。正式名称(部署)は、防衛省情報本部電波部。内閣情報調査室(内調)が統括する。

 ●DFSはアメリカが日本を「反共の防波堤」にするため、「政府の統制下にある諜報機関の設置が鍵」として設置させた。米機密文書は「DFSはNSAの日本における重要なパートナーで、その関係は50年以上にわたる」と明記。

 ●DFSの元担当官は、「アメリカは多くの情報の中から選んだものだけを日本に渡すが、日本は持っているものは全部アメリカに渡している。けっして対等ではない」と証言する。

 ●例えば1983年の大韓航空機撃墜事件で、日本(DFS)は傍受したソ連の通信テープをアメリカに渡し、アメリカ(レーガン政権)はそれを国連に提出して公にした。実はアメリカは独自に通信傍受した情報を持っていたがそれは表に出さず、日本を矢面に立たせた。

 ●アメリカを頂点とする情報システムのピラミッドができている。アメリカの下に「勝戦国」の4カ国(イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)が「セカンドパーティー」を形成し、アメリカとともに「ファイブアイズ」として情報を共有する。日本などはその下の「サードパーティ」で、「ファイブアイズ」に情報を提供(写真中。写真はすべて同番組から)。

 ●米機密文書は、「約3000平方㍍の最新鋭の(通信傍受)施設の建設費660万㌦のほとんどは日本政府が払った」「年間37万5000㌦の人件費も全て日本政府が支払った」と明記(「思いやり予算」)。

 ●イラク戦争(2003年~2011年)で、日本(DFS)はアメリカ(NSA)に情報を提供する役割を担った。

 ●内調・DFSが現在取り組んでいるのは、「通信傍受のサイバー化」。NSAが支援している。民間の通信衛星を使った「ネット諜報」で、それによって「日米諜報の一体化」はさらにすすむ。日米政府は「一般市民」の私的情報(プライバシー)まで詳細に把握できる。もちろん憲法に抵触するので、公式には否定している。

 ●NSA元分析官のエドワード・スノーデン氏は「NSAは日本に対し新たな方法でより多くの情報を集めるよう求めてきた」と証言し(写真右)、日本の機密文書を発掘した作家の吉原公一郎氏は「日本はアメリカに代わって情報を収集する属国のようなもの」と断言。内調の発足に携わった元主幹・志垣民郎氏も「米CIAが内調の見本だった」と振り返った。

  以上をひとことで言えば、「日本の諜報」は生まれも育ちもアメリカ仕込みで一体化し、アメリカは口を出し(支配)、日本は金を出す(従属)。すでにイラク戦争ではアメリカへの情報提供で日本は実質参戦国となった。「ネット諜報」で市民の情報はすべて米日諜報機関に把握されている、ということです。

  恐るべき事態です。NHKは「問われているのは国であり、私たちだ」という意味不明のコメントで終わりました。「私たち」に何が問われているのか、それを言わないのがNHK。

  「日本の諜報」の対米従属、憲法蹂躙がなぜ進行しているのか。その根源は言うまでもなく、日米軍事同盟(安保条約体制)です。「私たち」に「問われている」のは、ほんとうに独立した国として平和・民主の社会を目指すために、日米軍事同盟に対する思考停止を打ち破ってそれを廃棄することではないでしょうか。


日曜日記3・「イスラエル」「他者の痛み」「福祉の現場」

2018年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム

 ☆イスラエル…トランプのイスラエル大使館をエルサレムに移す暴挙(5月14日)によって、抗議のデモ隊にイスラエル軍が発砲し、少なくとも60人が死亡した。この事態を対岸視することはできない。
 トランプが大使館を移す2週間前の今月2日、安倍(首相)は中東へ行き(昭恵を連れて)、最後にイスラエルでエタニヤフ(首相)と会談している。
 安倍はなぜこの時期、中東へ行ったのか?エタニヤフと何を話した(約束した)のか?トランプに「拉致問題」を頼む「ディール」としてイスラエルについて何か頼まれたのではないか?大使館移転と安倍のイスラエル訪問はつながっているのではないのか?
 日本政府はさすがに表面上は大使館移転に賛意は示していないが、安倍は中東情勢でもトランプと一心同体で、世界の孤児になろうとしているのではないか。

 ☆「他者の痛み」…天童荒太の新作は『ペインレス』。まだ読んでいないが、これまれの作品とは趣を異にしているらしい。新作の意図を天童はこう語っている。
 「人の痛みが見えない、分からない、今のこの社会がそんなふうになったのはなぜだろうと。その疑問が頭を去らなくなった。
 現代では自分の痛みにすごく敏感になった反面、彼も痛い、彼女も痛いという他者の痛み、これを知的に、理性的に捉えて、思いやりの声をかけようというふうに行動するんじゃなくて、むしろ痛みを訴えて立ち上がった人たちに対して差別的になったり責めたりする。例えば沖縄の基地に反対している人に対して、すごく反感を持ってしまう。
 こうした状況にセンシティヴにならないと、もっと怖い時代が訪れるだろうという意識はありますね」(新潮社「波」5月号)
 「沖縄」とともに「セクハラ」がすぐ思い浮かぶ。
 「他者の痛み」。それは現代社会を、そして自分自身を凝視するキーワードかもしれない。

 ☆福祉の現場…母のグループホームは2階建てで合わせて12人の入居者がいる。スタッフは昼間は各フロア3~4人、夜間は各1人。このうち正社員は何人いるのだろうか。
 面会にいくと、母はいつも昼間でもパジャマを着ている。着替えさせてもらっていないようだ。母の部屋のごみ箱にはゴミがたまっていることが多い。掃除は3~4日に1回だろうか。部屋には花を絶やさないように買って持って行っているが、花瓶の水が替えられているためしはない…等々、目につく不満はいくらもある。
 でも、それらを口に出すことはない。スタッフの大変さが分かっているから。母には優しい(いつもそうだと思いたい)し、私にも丁寧に応対してくれるから、それだけでいい。こんな「3K」仕事を驚くほどの薄給でやってもらっているだけで感謝だ。
 認知症の主治医の先生(4週に1度母の薬をもらいに行く)といつも、「国にもっと予算をつけてもらわないとどうしようもない」という嘆きと怒りで意気投合する。
 矛盾を集中的に受けるのはいつも現場だ。それは福祉・教育において顕著に表れる。このまま高齢化社会(認知症社会)が進行すれば、至る所で悲劇は絶えないだろう。


日朝平壌宣言に背く安倍政権

2018年05月19日 | 朝鮮と日本

     

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)とアメリカの会談を前にして、安倍首相は相変わらず「拉致問題」を口実に朝鮮に「最大限の圧力を」と言い続け、朝鮮から「1億年たってもわれわれの神聖な地を踏むことはできない」(労働新聞)と猛反発されています。

 安倍首相によって日朝関係は最悪の状態に陥っていますが、安倍政権以前はそれほど険悪だったわけではありません。それどころか、国交正常化へ向けた重要な合意がなされたことがあります。小泉純一郎首相(当時)と金正日朝鮮国防委員会委員長(同)による「日朝平壌宣言」(2002年9月17日)です(写真右)。

  朝米会談を前にして、日本は何をすべきかを考えるとき、日朝平壌宣言を再評価することが重要ではないでしょうか。

 平壌宣言は前文、後文と4項目からなっています。その要点を抜粋します(太字は私)。

           日朝平壌宣言(2002年9月17日)(抜粋)

  両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。

 1、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとした。
 双方は、相互の信頼関係に基づき、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した。

 2、日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道的支援等の経済協力を実施することが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。

 3、双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。

 4、双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。
  双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を順守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。

  以上の平壌宣言の特徴は、次の3点だといえるでしょう。
 ①    日本側は過去の植民地支配を反省・謝罪し、国交正常化交渉での経済協力協議を約束(第2項)。
 ②    朝鮮側は「拉致」の事実を認め遺憾の意と再発防止を約束(第3項)。
 ③    すべての基本に「相互信頼」を置き、「対話」と「協議」によって日朝国交正常化と朝鮮半島の非核化、北東アジア地域の平和と安定をすすめることで合意。

 朝鮮側は平壌宣言を「近代100年の朝日間の歴史で初めての重大な出来事」(2002年10月30日の第12回日朝交渉で。高崎宗司著『検証 日朝交渉』平凡社新書)と高く評価し、「宣言で述べられている順序にしたがって、国交正常化と経済協力問題を優先的に討議・合意することを提案」(同)しました。

 ところが、「これに対して日本は、拉致問題と核問題は日本にとって最優先事項だと反論」しました。そして、「最後に、北朝鮮側は次回の日程について提案したが、日本は即答しなかった」(同)のです。

 平壌宣言に対してどちらが誠実な態度をとったかは明白でしょう。日本側の態度の急変ともいえるこうした背信の裏には何があったのでしょうか。

  「小泉首相が帰国すると、国民の最初の反応はよくやったというものであったが、八人が死んだという証拠があるのか検証せよ(注・朝鮮は拉致した13人にうち8人は死亡したと発表-引用者)という主張が運動団体(佐藤勝巳会長の「救う会」-引用者)から出されると、変化が起こった拉致問題を無視して日朝正常化を主張したと、国交正常化運動関係者を攻撃中傷する動きも起こった。田中均局長(平壌宣言を事前折衝した外務省アジア大洋州局長―引用者)は国賊とまで言われるにいたった」(和田春樹著『北朝鮮現代史』岩波新書)

 画期的な平壌宣言を反故にするような日本政府の言動。その背景には、反共・反朝鮮団体の扇動と、それへのメディア、世論の同調があったのです。

 以後、日朝交渉は難航し、安倍氏が小泉政権の官房長官となり(2005年10月)、さらに第1次安倍政権が誕生(06年9月)するに至って、国交正常化交渉も拉致問題も完全にデッドロックに乗り上げました。

 そして今、歴史的な好機が訪れようとしているにもかかわらず、「拉致問題が進展しない限り圧力をかけ続ける必要がある」と言い続ける安倍首相。それが日朝平壌宣言に反し、国交正常化に逆行していることは明白です。

  安倍首相を1日も早く退陣させ、日朝平壌宣言に立ち戻って、相互信頼に基づく国交正常化交渉を始める必要があります。