アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

共産党・藤野政策委員長(当時)は間違っていない

2016年06月30日 | 日本共産党

    

 日本共産党の藤野保史政策委員長が28日、NHK討論番組(26日)での発言を理由に更迭されました。これはその内容、経過ともに、きわめて重大な問題を残したと言わざるをえません。

 経過をたどってみましょう。

 「問題」の発端は、藤野氏が「26日のNHK番組で、2016年度予算で初めて5兆円を超えた防衛費に触れ『人を殺すための予算ではなく、人を支えて育てる予算を優先する』と言及した」(29日付中国新聞=共同配信)ことです。

 この発言に対し、安倍首相が「自衛隊に対する侮辱だ」と攻撃したほか、民進党の枝野幹事長も「関係者に不快感を与える発言」と反発しました。

 26日、藤野氏は番組放送のあと「コメント」を発表しました。
 「本日のNHK討論で、軍事費について、『人を殺すための予算』と発言しました。この発言は、安保法制=戦争法と一体に海外派兵用の武器・装備が拡大していることを念頭においたものでしたが、テレビでの発言そのものはそうした限定をつけずに述べており、不適切であり、取り消します」(27日付「しんぶん赤旗」)

 27日、共産党の志位和夫委員長は、「不適切だ。武器購入が念頭にあったようだが、限定していない。私からも注意した」と述べました(28日付中国新聞=共同配信)。

 そして28日、藤野氏は小池晃書記局長とともに会見し、政策委員長を辞任(事実上の更迭)したことを明らかにするとともに「おわびコメント」を発表しました。
 「この発言はわが党の方針と異なる誤った発言であり、結果として自衛隊のみなさんを傷つけるものとなってしまいました。深く反省し、国民のみなさんに心からおわび申し上げます。あわせて選挙をともにたたかっている野党共闘の関係者のみなさん、支持者と党員のみなさんに、多大なご迷惑をおかけしたことをおわびいたします」(29日付「しんぶん赤旗」)

 問題1 自衛隊は憲法違反の軍隊であり、軍隊の本質は「人殺し」。軍事費が「人殺しのための予算」だという発言はまったく正当

 藤野氏の発言のどこが「党の方針と異なる」のか明確にされていませんが、藤野氏のコメントや志位氏の発言から、「武器購入」に「限定」しなかったこと、すなわち自衛隊員の予算を含めて「人を殺すための予算」と言ったことのようです。
 しかし、果たしてそれは共産党の方針と異なっているでしょうか。

 たとえば、先の衆院北海道5区補選(4月24日投票)で、自民党陣営から「(共産党は)自衛隊反対だなんていっている。いま自衛隊がどれだけ九州(災害救助)で活躍しているか」という攻撃がなされました。
 これに対し、共産党はこう反論しました。
 「自衛隊は、憲法9条が保持を禁じた『戦力』にあたるので、日本共産党は、将来的には9条の完全実施(自衛隊の解消)をめざしています。それは戦争のない、軍隊も必要のない世界という平和の理想につながるものです」(4月23日付「しんぶん赤旗」)

 この反論と、藤野氏の発言と、どこがどれだけ違うのでしょうか。
 自衛隊は、共産党も認めているように、憲法違反の戦力=軍隊です。軍隊の本質的使命は「人殺し」です。自衛隊員予算を含む軍事費を「人を殺すための予算」と言うことがどうして間違っているのでしょう。

 自民党や民進党などは自衛隊の災害出動を前面に出しますが、自衛隊が災害時に出動するのは、災害救助のための専門組織がほかにないからです。自衛隊を解散して災害救助のための組織を別につくるべきだというのは共産党の一貫した主張のはずです。同様の世論はけっして少なくないでしょう。

 ところが歴代自民党政権はそうした声を無視し、あえて災害救助専門の組織・機構をつくらず、自衛隊を出動させています。それによって、軍隊である自衛隊の性格を隠蔽し、自衛隊への「国民」の親近感・支持を広げるためです。こうした姑息な政治的作為は、災害救助のためには自衛隊という軍隊に入隊せざるをえなかった隊員の善意にも反するものです。

 問題の核心は「自衛隊員を傷つけた」かどうかではなく、自民党政権が災害救助を「人殺し」の軍隊である自衛隊にやらせているところにあるのです。

 問題2 「野党共闘」最優先のスピード更迭は民主主義に反する

 藤野氏の番組発言から辞任(更迭)までわずか3日。しかも「持ち回りの常任幹部会」(29日付中国新聞=共同)というきわめて異例のやり方で、最高幹部の1人である政策委員長の首がすげ替えられたことは、きわめて異常・非民主的と言わざるをえません。

 問題の性格(党の政策の根幹にかかわる問題)、発言者のポストを考えれば、仮に「処分」するとしても、常幹や幹部会で十分議論するのが当然でしょう。

 志位氏らが「藤野更迭」を急いだのは、「参院選への影響を最小限にとどめるため、事実上の更迭によって早期の幕引きを図った」(29日付毎日新聞)という見方が一般的です。「参院選への影響」とは「野党共闘」への影響にほかなりません。自民党と同じレベルで藤野発言を批判している民進党への配慮です。藤野氏の「おわびコメント」にもそれが表れています。
 
 「野党共闘」(民進党)への配慮から、問題点を十分議論することもなく、政策委員長という重要幹部の首を、異例のスピードですげ替える。これが「民主主義」を標榜している党のすることでしょうか。

 問題3 「軍事費・自衛隊批判タブー」を助長する危険

 事が藤野氏の更迭だけで済むなら共産党内部の問題としてそれほど騒ぐ必要はないでしょう。
 しかしそうはいかないところに大きな問題があります。

 今回の経過によって、「国民」の中には、やっぱり「自衛隊」や「防衛予算」は悪いものではないんだ、批判すべきではないんだ、という印象が残ったのではないでしょうか。藤野氏が「おわびコメント」で「自衛隊を傷つけた」として「国民のみなさんに」謝り、「自衛隊」と「国民」を一体化させているのも問題です。

 これは「自衛隊・軍事費批判タブー」を助長するものです。これこそが最も問題であり、安倍・自民党の狙いもそこにあることは明白です。

  臆することなく、「タブー」を打ち破って、声を大にして言わねばなりません。
 「5兆円を超える軍事費=人殺しのための予算を削って、人を支え育てる福祉・教育予算へ」
 「憲法違反の自衛隊は解散し、災害救助のための専門組織を」


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「先島への自衛隊配備」がなぜ参院選の争点にならないのか

2016年06月28日 | 沖縄・平和・基地

    

 石垣島、宮古島、与那国島の先島諸島への自衛隊配備問題が、参院選の争点になっていません。全国ではもちろん、沖縄においてもです。

 「中国脅威」論を利用して自衛隊配備を強行しようとしている安倍政権与党の自民、公明が争点化を避けているのは分かりますが、反対してしかるべき国政野党にも、この問題を前面に押し出そうとする姿勢がみられないのはどうしたことでしょうか。

 翁長県政与党の「オール沖縄」から立候補している伊波洋一氏は公示直前の20日に6項目の「基本政策」を発表しましたが、その中に自衛隊配備問題は一言もありませんでした。

 公示にあたっての沖縄県内政党コメントでも、自衛隊配備に触れている政党は皆無です。たとえば日本共産党沖縄県委員会のコメント(22日付琉球新報)も、辺野古新基地、安保法制、憲法、消費税、TPP、社会保障、子育て・くらしを争点として列挙しながら、自衛隊配備は取り上げていません。

 候補者や政党だけではありません。琉球新報、沖縄タイムスはともに22日付で参院選公示にあたっての社説を掲載しましたが、いずれの社説にも「自衛隊配備」問題は出てきません。

 これはいったいどういうことでしょうか。

 「沖縄選挙区では米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に伴う新基地建設について、県民がどう判断するかを注目したい」(22日付琉球新報社説)というのはわかります。しかし、「沖縄の将来を見据えた最善の選択を示してほしい」「基地、改憲が争点だ」(同)といいながら、自衛隊配備問題に触れないのは、それが「沖縄の将来」や「基地」とは関係ないという認識なのでしょうか。

 参院選に先立つ県議選でも、自衛隊配備問題は争点になりませんでした(6月4日の当ブログ)。県政与党(いわゆる革新)や沖縄本島の市民運動、そして県紙が、「辺野古」問題ほどには自衛隊問題に力を入れていないことは否定できません。

 そのことと、「オール沖縄会議」が日米安保体制を信奉し自衛隊配備にも反対していない翁長雄志知事を押し立てていることは、けっして無関係ではないでしょう。

 先島諸島への自衛隊配備は、沖縄を新たな前線基地にするとともに、米軍と自衛隊の一体化に拍車をかけるものです。
 「辺野古」問題のカゲで、自衛隊配備・強化が粛々と進むという事態は絶対に阻止しなければなりません。


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沖縄事件「第二の加害者」と参院選

2016年06月27日 | 日米安保・沖縄

     

 「安倍晋三さん、日本本土にお住いのみなさん、今回の事件の『第二の加害者』は、あなたたちです。しっかり、沖縄に向き合っていただけませんか

 「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」(19日)で、玉城愛さん(シールズ琉球=写真左)がこう訴えて1週間になります。
 
 大会後、「私たち国民全体が沖縄の声に耳を傾けるべきだ」(20日付東京新聞社説)という声が以前より広がっている気がします。たとえば、「戦後71年たってなお、国土面積の0・6%しかない沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中し、若い女性が基地の存在ゆえの凶悪な事件で命を落とす。そんな沖縄に終止符を打つことが日本全体の務めだ」(20日付毎日新聞社説)。

 ではその「日本全体の務め」をどうやって果たすのか。「沖縄の声に耳を傾ける」とは何をすることなのか。具体論になると途端にあいまいになるのが日本のメディアです。そして、あいまいなのはメディアだけではないでしょう。

 事件後広がっている「沖縄の声」は、「全米軍基地撤去」です。県民大会決議も「米軍基地があるが故の事件」といい、「もはや『基地をなくすべきだ』との県民の声はおさまらない」と強調しています。
 いま「沖縄に向き合う」「沖縄の声に耳を傾ける」とは、「全基地撤去」のために具体的な方策を講じることにほかなりません。

 その方策は何でしょうか。沖縄から米軍基地をなくするには、沖縄に米軍基地がある法的根拠を取り除くこと、すなわち日米安保条約を廃棄すること以外にありません。

 日米安保条約第10条は、「いずれの締約国も(日本とアメリカー引用者)他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行われた後一年で終了する」と明記しています。
 日米安保条約の廃棄は、不可能なことでも荒唐無稽なことでもありません。主権者の意思で実現可能です。「イギリスのEU離脱」がそうだったように。

 県民大会から3日後の22日、参院選挙が公示されました。
 安倍首相は第1声から「安保法制の廃止は日米同盟を壊す」と日米同盟=軍事同盟の強化を前面に打ち出しました。「第二の加害者」の自覚などもとより微塵もありません。

 一方、本来、沖縄・基地問題を最大の争点として打ち出すべき野党にも、その姿勢は見られません。逆に安倍首相の発言に対し、「安保条約を廃棄すると言っているわけではない」(岡田克也民進党代表)と弁明する始末です。

 野党が及び腰なら、私たちから声を大にして参院選の争点にするしかありません。「今こそ沖縄から全ての米軍基地の撤去を」「日米安保条約=軍事同盟の廃棄を」。
 それが、「第二の加害者」としての責任ではないでしょうか。


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「EU離脱」を株・為替の損得で見ていいのか

2016年06月25日 | コロナ禍と政治・社会

     

 イギリスの国民投票でEUからの「離脱」が「残留」を上回ったことで、日本では株価が下落(日経平均株価は前日比7・9%下落、約16年ぶりの下げ幅)、円相場が急騰(一時1㌦=99円台)したと投資家らが大騒ぎし、安倍政権も緊急に関係閣僚会議を開き、「金融市場の安定に万全を期す」としました。日立などイギリスを拠点としている大企業も混迷を深めています。「英のEU離脱」は「日本経済」を直撃している、というわけです。

 しかし、この問題を株や為替の変動、企業活動への影響という「経済」の視点だけでとらえていいのでしょうか。

 「英のEU離脱」と日本(日本人)はどうかかわっているか。少なくとも次の3つの視点が必要だと思います。

 ① 「難民・移民問題」と日本

 「離脱」が多数を占めた大きな理由の1つは、難民・移民の流入だと言われています。難民・移民問題は世界資本主義経済が生む格差や、イラク戦争はじめアメリカ主導の戦争が大きな原因です。日本はそのいずれにも深くかかわっています。難民・移民問題は決して日本と無関係ではありません。
 にもかかわらず、日本は難民受け入れの最後進国であり、多くの日本人の意識に「難民」はないでしょう。「英のEU離脱」を契機に、難民・移民問題に日本・日本人はどう取り組むべきか、改めて考えるべきではないでしょうか。

 ② 偏狭ナショナリズムと日本

 イギリスに限らず欧米には他民族を排斥する偏狭ナショナリズム・極右政党の台頭があり(アメリカのトランプ現象もその1つ)、それが「離脱」の背景になっているといわれます。
 そのことと日本は無関係でしょうか。けっしてそうではありません。中国や北朝鮮への偏見・敵視政策、在日朝鮮人へのヘイトスピーチなど、官民合同で強まっている他民族(中国、朝鮮)への差別と偏狭ナショナリズムは、まさに現下の日本の大問題でもあるのです。
 
 ③ 地域共同体と日本

 「英のEU離脱」は国境を超えた地域共同体を維持・発展させることの難しさを改めて示しています。それはけっして欧州だけの問題ではありません。日本も(南北)朝鮮、中国など東アジアの国々と、経済・文化・社会面で平和共同体を目指すべきです。EUは良くも悪くもその先例です。東アジア共同体の形成へ向けて、今回のことからさまざまな教訓を学ぶべきでしょう。

 「参院選の争点」の世論調査では、1位が「経済」で2位は「社会保障」。つまりは現在の暮らしと将来の年金が、有権者の最大関心事だということです。これと、「EU離脱」による株や為替の変動で右往左往している姿は、共通しているのではないでしょうか。

 私も年金生活ですから、現在や将来の生活は不安でいっぱいです。しかし、いくら日々の生活に追われていても、狭い「生活保守主義」に陥ることなく、「経済(金)」を超える広い視点から政治や社会を見る力を人間(庶民)は持っているはずです。それが、今の日本に最も必要なものではないでしょうか。

 


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「平和宣言」で海兵隊の「撤退」を削除した翁長知事

2016年06月24日 | 沖縄・翁長知事

         

 「慰霊の日」の「沖縄全戦没者追悼式典」(県主催)で翁長雄志知事が行った「平和宣言」に対し、「人権と平和守る要求だ」(24日付琉球新報社説)などと、全面的に賛美する論調が蔓延しています。しかし、「平和宣言」の内容をリアルに検証するなら、それはとうてい評価できるものではありません。むしろ、重大な後退を指摘せざるをえません。

 「平和宣言」の中で翁長氏はこう言いました。
 「日米両政府に対し、日米地位協定の抜本的な見直しとともに、海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小など…直ちに実現するよう強く求める」

 これに対し琉球新報は社説(24日付)で「海兵隊削減を『平和宣言』に盛り込むのは初めてだ」「19日の県民大会も海兵隊撤退を掲げた。『平和宣言』に盛り込むのは自然の流れだ」と手放しで評価しています。
 きわめて奇妙な論説です。県民大会決議が掲げたのは「海兵隊の撤退」。翁長氏が「平和宣言」で言ったのは「海兵隊の削減」。「撤退」と「削減」はまるで違います。その違いを承知の上で、翁長氏が「撤退」から「削減」に変えたことをなぜ見過ごすのでしょう。なぜ批判しないのでしょうか。

 翁長氏は「平和宣言」で、県民大会決議の「海兵隊の撤退」を、あえて「海兵隊の削減」に後退(変質)させたのです。

 21日の当ブログ(「『海兵隊の撤退』に背を向ける翁長知事」)でも書いたように、翁長氏は16日の記者会見で「『海兵隊の撤退』は『全面撤退』ではないと思う」と、県民大会決議の意味を後退させました。そして、大会当日の「あいさつ」ではさすがに「撤退」の言葉を省くわけにいかず、「海兵隊の撤退・削減」と述べ、2つを並列させました。そして「平和宣言」ではついに「撤退」の方を削除し、「削減」だけにしてしまったのです。

 「知事は内容を吟味した上で発する平和宣言で『撤退』ではなく『削減』という言葉を選んだ」(24日付琉球新報)と報じられています。「撤退」削除が翁長氏の深謀遠慮の結果だったことは明らかです。

 「海兵隊の撤退」要求は、「全面撤退」ではじめて一定の意味を持つものです。「削減」ではなんの力にもなりません。米政府ですらすでに在沖米軍海兵隊2万人のうち約9千人を「削減」してグアムなどへ移す計画を持っているのです。
 参院選に立候補している島尻安伊子氏(自民)と伊波洋一氏の「政策比較表」(22日付琉球新報)によると、「在沖海兵隊」の項目では島尻氏でさえ「削減すべき」と答えているのです。伊波氏の主張は「全て撤退すべき」です。翁長氏の主張がどちらの側に立つものであるか明らかでしょう。

 そもそも、県民の怒りの要求は、「基地の全面撤去」です。それが「オール沖縄」主催の県民大会決議で「海兵隊の撤退」に後退し、さらに翁長氏の「平和宣言」で「海兵隊の削減」になったのです。
 この変遷(後退)はきわめて重大であり、けっして容認できるものではありません。
 


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沖縄「慰霊の日」ー未明にうごめく自衛隊

2016年06月23日 | 沖縄・平和・基地

    

 今日6月23日は沖縄「慰霊の日」。平和祈念公園で式典が行われるほか、同じ摩文仁の丘にある「平和の礎」(写真左)や「魂魄之塔」(写真中)に、朝早くから県民が手を合わせ、平和への誓いを新たにします。

 その「慰霊の日」、まだ夜が明けきらない中、摩文仁の丘のひときわ高いところにそびえる「黎明之塔」(写真右)に、軍服に身を包んだ一群が訪れ、花束を置き、手を合わせる異様な光景が展開されることを知っている人は、そう多くはないでしょう。軍服の主たちは、陸上自衛隊第15旅団の幹部たちです。

 「黎明之塔」に祀られているのは、沖縄守備軍(第32軍)の司令官・牛島満中将と参謀長・長勇中将。
 牛島司令官と長参謀長は、アメリカ軍の総攻撃に対し、首里を逃れて南部へ撤退し、「最後まで敢闘し悠久の大義に生くべし」と自分らが死んだあとも戦い続けることを命じて自決するなど、沖縄戦で住民を苦しめ犠牲者を増やした張本人です。

 そもそも「慰霊の日」は牛島、長が自決して「旧日本軍の組織的な戦闘が終わった」とされる日です(実際は牛島、長の自決は6月22日というのが定説)。こんな日を「慰霊の日」とすることがそもそも適切なのかという問題もあります。

 その「慰霊の日」に自衛隊が「黎明之塔」の前で「慰霊祭」を行うようになったのは、2004年からで、今年で13回目です。

 沖縄戦の住民犠牲の責任が問われるべき日本帝国陸軍の司令官、参謀長の「慰霊祭」を、沖縄駐屯の自衛隊が組織ぐるみで行う。きわめて異常・重大で、けっして容認できるものではありません。

 沖縄県平和委員会と沖縄県統一連は今月8日、陸上自衛隊第15旅団に対し、「自衛隊による慰霊祭の中止を求める」申し入れを行いました。
 その中で、陸自による牛島司令官、長参謀長の「慰霊祭」の問題点をこう指摘しています。
 ① 沖縄戦は県民を守るための戦闘であったと史実を改ざんする
 ② アジア・太平洋侵略戦争と覇権主義を正当化する
 ③ ポツダム宣言と日本国憲法を侮辱する
 ④ 「日本国憲法及び法令を遵守」するという自衛隊法施行規則第39条に違反する

 さらに「中止申し入れ」はこう強調しています。
 「戦前・戦中の軍部のように、自衛隊が国政に存在感を示してきたこの間の状況に私たちは強い警戒感を抱かざるを得ない。沖縄では与那国町に続き、宮古島市、石垣市への展開も目論まれており、地方自治への影響力も懸念される。かつての軍部の手法と酷似している

 平和委員会らの申し入れに対し、陸自は「個人の意思で行っている」(12日付沖縄タイムス)と強弁し、今年も「慰霊祭」を強行しました。

 陸自の「慰霊祭」が始まった2004年とはどういう年だったでしょうか。
 前年の2003年3月にイラク戦争が始まり、それを受けて同年6月、有事法制3法が成立しました。そして翌04年2月、陸上自衛隊が初の海外派兵としてイラクへ派遣されたのです。
 こうして自衛隊が、従来の枠を超え、アメリカの従属部隊として海外で活動する重大な画期となったまさにその年に、牛島司令官、長参謀長の「慰霊祭」が始まったのです。

 平和委員会らの「申し入れ」が指摘する通り、日米新ガイドラインの「島しょ防衛」戦略に基づいて与那国、宮古島、石垣島への陸自配備が強行されようとしている今年、陸自による「慰霊祭」は特別に重大な政治的意味を持つと言わねばなりません。

 沖縄の中でもけっして十分な注意が払われているとは思えない自衛隊配備問題。「慰霊の日」を契機に、沖縄でも「本土」でも、「自衛隊配備強化反対」の声を広げていきたいものです。

 


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「海兵隊の撤退」に背を向ける翁長知事

2016年06月21日 | 沖縄・翁長知事

      

 19日の「県民大会」の大きな特徴は、タイトルと大会決議に「在沖米海兵隊の撤退」が入ったことです。

 在沖米軍の中で、海兵隊は兵力で6割、面積で7割を占めますが、これをすべて撤退させたとしても、嘉手納空軍基地はじめ重要な米軍基地は沖縄に残ります。「海兵隊の撤退」が「全基地撤去」の代わりにならないことは明らかです。

 同時にしかし、「海兵隊撤退」を「全基地撤去」の中の正しく位置付ければ、当面の措置として大きな意味を持つことも確かです。

 ところが、「県民大会」が決議した「海兵隊撤退」は、その意味が不明確であり、今後のたたかいの具体的な目標にはなりえていません。その状況をつくりだした張本人が、翁長雄志知事です。

 大会名や大会決議の「海兵隊撤退」と聞けば、おそらくほとんどの人が「海兵隊を沖縄から撤退させる」、すなわち「海兵隊の全面撤退」だと思うでしょう。それでこそ「海兵隊撤退」が意味を持ちます。本土のメディアもすべて「全面撤退」のつもりで書いているようです。
 ところが、翁長氏はそうではありません。県民大会への参加を表明した16日の記者会見で、翁長氏はこう述べました。

 「『海兵隊の撤退』という言葉もよく保守の方も使ったりする。『海兵隊の撤退』は『全面撤退』ではないと思う。整理縮小、みんな入っていると思う」(17日付琉球新報)

 そして大会当日の「あいさつ」で、翁長氏はこう述べました。

 「海兵隊の撤退・削減を含む基地の整理縮小…に取り組んでいく不退転の決意をここに表明し、あいさつとする」

 「海兵隊の撤退」と言い切らず、あえて「撤退・削減」としたのです。

 さらに大会後の記者会見で、「知事として(海兵隊)全面撤退を求めるのではないのか」との質問に、翁長氏は、「私の立場は…普天間基地の県外移設、新辺野古基地は造らせない、オスプレイの配備撤回、以上だ」(20日付琉球新報)と答え、「海兵隊撤退」は「私の立場」ではないとしたのです。

 一連の発言で明らかなように、翁長氏は「海兵隊の撤退」、ましてや「全面撤退」には賛成ではないのです。翁長氏にとって「撤退」は「整理縮小」を含み、これまで「保守」も言っていた「削減」を意味するにすぎないのです。

 米国防総省筋は大会決議の「在沖海兵隊の撤退及び米軍基地の大幅な整理・縮小」について、「具体的に何を指すのか。(日米両政府の)現行計画のようにも受け取れる」(21日付沖縄タイムス)と述べていますが、まさに翁長氏の立場を見透かした発言と言えるでしょう。

 「今回『海兵隊の撤退』という踏み込んだ要求を大会決議に加えたのは、県民の怒りが限界を超え『妥協できない』という声が高まったから」(20日付沖縄タイムス社説)です。その「海兵隊の撤退」に背を向け、従来の枠内(「日米両政府の現行計画」内)の「削減」にとどまる翁長氏は、「限界を超えた県民の怒り」を代表するどころか、大会決議の意味を薄め、県民の怒りに冷水をかけるものと言わねばなりません。

 また、翁長氏は普天間基地の「県外移設」を「大会あいさつ」でも記者会見でも繰り返していますが、これは何度も言うように、「オール沖縄」の「建白書」(2013年1月28日)の「県内移設断念」とは違う勝手な主張です。共産党などが主張する「普天間基地の無条件撤去」にも反します。この違いはわめて重要で、けっして見過ごすことはできません。


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沖縄「県民大会」は遺族・県民の思いに応えたか

2016年06月20日 | 沖縄・平和・基地

      

 「元海兵隊員による残虐な蛮行糾弾!被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」(「オール沖縄会議」主催)が、19日、那覇市内で行われました。
 あらためて被害者のご冥福をお祈りし、ご遺族にお見舞い申し上げるとともに、大会に参加されたみなさんに敬意を表します。

 同時に、二度とこんな事件を起こしてはならない、という共通の思いを現実にするため、今回の県民大会がどんな内容でどういう意味を持ったのかをリアルに検証する必要があります。
 大会は、遺族や広範な県民の切実な思いに応えるものだったでしょうか。
 
 登壇した「シールズ琉球」の青年たちの発言は胸を打ちましたが、大会の中でも最も強く参加者の心をとらえたのは、1分間の黙とうのあと高里鈴代共同代表が代読した、被害者の父親のメッセージではなかったでしょうか(写真中)。

 「なぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか。今まで被害に遭った遺族の思いも同じだと思います。被害者の無念は、計り知れない悲しみ、苦しみ、怒りとなっていくのです

  そして父親はこう結びました。

 「次の被害者を出さないためにも、『全基地撤去』『辺野古新基地建設に反対』。県民が一つになれば、可能だと思っています。県民、名護市民として強く願っています

 沖縄から全ての基地をなくする「全基地撤去」。これこそが事件の再発を防ぐ唯一の手段であり、遺族の最も強い要求であることが、父親のメッセージではっきり示されました。
 大会の会場には、「全米軍基地撤去!」の大きなプラカードも掲げられました(写真右=20日付中国新聞より)

 大会はこうした遺族・県民の切実な声に応えるものだったでしょうか。否、です。それは、大会の意思を示す「大会決議」に示されています。

 大会決議に盛り込まれた日米両政府に対する要求は、次の3項目です。

  日米両政府は、遺族及び県民に対して改めて謝罪し完全な補償を行うこと。
  在沖米海兵隊の撤退及び米軍基地の大幅な整理・縮小、県内移設によらない普天間飛行場の閉鎖・撤去を行うこと。
  日米地位協定の抜本的改定を行うこと。

 「県内移設によらない普天間飛行場の閉鎖・撤去」は「辺野古新基地建設反対」と同義で、①③とともに当然の要求です。
 問題は「米軍基地の大幅な整理・縮小」です(「在沖米海兵隊の撤退」については別途述べます)。いうまでもなく「整理・縮小」は「全基地撤去」ではありません(いくら「大幅な」をつけようと)。それは仲井真前知事時代に作られた「21世紀ビジョン」にも盛り込まれており、自民、公明も異論のないものです。この旧態依然とした宥和的なスローガンで、どうして事件の再発が防げるでしょう。どうして遺族・県民の痛切な願いに応えることができるでしょう。どうして「限度を超えた怒り」が収まるでしょうか。

 今こそ、今度こそ、「全基地撤去」の要求を掲げ続け、その声を沖縄と「本土」の隅々に広げなければなりません。

 それなのに大会決議は、「全基地撤去」を抑え、「整理・縮小」でお茶を濁したのです。これが、今回の「オール沖縄会議」主催の「県民大会」が、遺族や県民の思いに応えるものにはならなかった理由です。

 琉球新報の社説(20日付)は、父親の「全基地撤去」のメッセージを紹介し、「事件の紛れもない当事者である日米両政府は遺族の悲痛な要望にどう応えるのか。『基地の島・オキナワ』の民の悲憤と血がにじむような訴えを無視することは許されない」と書きました。その言葉は、「日米両政府」はもちろん、「オール沖縄会議」にも、また琉球新報や沖縄タイムス自身にも(両紙の20日付の社説には「全基地撤去」の主張はありません)、そして「本土」の私たちにも突きつけられているのではないでしょうか。

 そしてもう1つ。県民大会で見過ごすことができないのは、翁長雄志知事の「あいさつ」とその後の記者会見です。これについては明日書きます。


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辺野古「和解」破棄の好機!今こそ埋立承認の「撤回」を

2016年06月18日 | 沖縄・翁長・辺野古

        

 辺野古埋め立てをめぐって「国」と「沖縄県」の「争い」を審査していた国地方係争処理委員会(小早川光郎委員長=写真左)が17日、どちらの主張に正当性があるか(翁長知事が行った「埋立承認取り消し」に対する石井国交相の「是正指示」は適法か違法か)の判断を放棄したことは、「地方自治法のどの条文に基づけば、このような審査結果を出すことができるのか」(人見剛早稲田大教授、18日付沖縄タイムス)と専門家も驚き、小早川委員長自身「例外的な措置」(記者会見、18日付琉球新報)と言わざるをえないほど、前代未聞。係争委としての役割を放棄したまったく無責任な結末と言わねばなりません。

 しかし逆に、係争委が判断を放棄したこと自体が重要な意味を持っています。
 それは、これによって「国」と「県」との間で交わされた「和解」(3月4日)が意味をなさなくなったということです。

 係争委の審査は、「国と県との裁判の和解条項に基づいて進められていた」(18日付琉球新報)ものです。その係争委が判断を放棄するなどということは、「和解条項が想定していない事態」(18日付沖縄タイムス社説)です。

 「和解条項」は全部で10項目。県は第3項に基づいて「係争委への審査申出」を行いました。そして、「同委員会が是正の指示を違法でないと判断した場合」(第5項)、「同委員会が是正の指示が違法であると判断した場合」(第6項)、それぞれ「取消訴訟を提起する」とし、その判決(主文および理由)に両者が従う(第9項)、というのが「和解」内容です。

 「違法でない」にせよ「違法である」にせよ、係争委の判断が、「和解」の出発点なのです。ところがその係争委が「判断」しなかったのですから、第5項以降は意味をなしません。これが「和解条項が想定していない事態」という意味です。

 すなわち、係争委が判断を放棄したことによって、「和解」は成立せず、瓦解したのです。

 これは辺野古新基地阻止にとって、けっしてマイナスではありません。というより、好機と言えるでしょう。
 なぜなら、この「和解」は、「辺野古」を政治的争点からはずし(少なくとも参院選までは)、「是正指示取消訴訟」の判決によって、「埋立承認の撤回」はじめ「あらゆる知事権限」を奪い(「和解条項」第9項)、辺野古新基地を強行しようとする安倍戦略に基づくものだからです。

 もともと、仲井真前知事が行った「辺野古埋立承認」は、「取り消し」ではなく「撤回」すべきなのです。「撤回」をめぐる裁判なら、「知事の広範な裁量が認められて(国がー引用者)敗訴するリスクは高い」(「和解勧告文」1月29日)と、「和解」を調停した福岡高裁那覇支部の多見谷寿郎裁判長も認めざるをえませんでした。「撤回」こそ、辺野古新基地阻止の切り札なのです。

 係争委の判断放棄は、「和解」破棄の好機です。翁長知事は、ほんとうに辺野古新基地を阻止するつもりがあるなら、直ちに「和解」破棄を宣言し、「埋立承認の撤回」に踏み切るべきです。

 


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「舛添問題」の最大の教訓は何か

2016年06月16日 | 安倍政権と民主主義

    

 舛添要一都知事の辞職(15日)は、低劣な男のお粗末な結末、と冷笑するだけではすまないでしょう。

 なによりも、2年半前に舛添氏を知事選に担ぎ出した(写真中)、安倍首相の責任が問われなければなりません。安倍氏は第1次安倍内閣で舛添氏を厚生大臣に任命(2007年)した当人でもあります。安倍氏がこの間、舛添問題について口を閉ざして語ろうとしなかったのは、舛添氏に負けず劣らぬ厚顔無恥と言うべきです。

 舛添氏の類まれな公私混同、セコい公金の私物化を許した構造的問題が、政治資金規正法の大ザルぶりにあることは周知の事実です。その抜本改正も避けて通れません。

 同時にしかし、「舛添問題」から私たち有権者がくむべき教訓は、もっとほかにあるのではないでしょうか。

 そもそも、舛添氏はなぜ都知事になったのでしょう。立候補した時の彼の政策は何だったでしょうか。おそらくほとんどの人は記憶にないのではないでしょうか。もともと彼に政策と呼べるものはなかったからです。

 それは、対立候補の宇都宮元日弁連会長や細川元首相が「脱原発」を掲げたのに対し、それを阻止するために安倍・自民党が「知名度」で勝てる候補として擁立したのが舛添氏だったからです。彼は政策ではなくテレビ番組などで名を売った「知名度」で都知事になったのです。ここに「舛添問題」の最大の問題があるのではないでしょうか。

 舛添氏に始まったことではありません。前知事の猪瀬直樹氏(2012年12月~2013年12月)も、前々知事の石原慎太郎氏(1999年4月~2012年10月)も、自民・公明は政策は二の次三の次で、「知名度」で「著名人」を担ぎ出して都知事にすえました。結果、首都・東京は政策もビジョンもないまま、妄言・パフォーマンス・スキャンダルに明けくれているのです。

 自民党は、「ポスト舛添」の知事選でも、懲りもせず「知名度」で候補者を立てようとしています。人気グループ「嵐」の桜井翔さんの父親の総務事務次官や、橋下徹前大阪市長、東国原前宮崎県知事らの名が上がっているのにはあきれます。

 「舛添問題」から有権者がくむべき最大の教訓は、選挙を「知名度」による「人気投票」にするのではなく、具体的政策とビジョンを競う合う政策本位の選挙にすることではないでしょうか。そのための有権者自身の意識改革ではないでしょうか。

 それは「選挙共闘」にも言えることです。自民・公明の候補に「勝てる候補」として「はじめに共闘ありき」というのは本末転倒でしょう。「共闘」は政策の一致があってはじめて可能です。「野党共闘」を追求するなら、候補者の人選の前に政策の一致点、共通政策の確認から始めるべきです。

 その際、首都・東京の知事選であれば、少なくとも、
 ①戦争法(安保法制)廃止、集団的自衛権反対、横田基地はじめ米軍基地の大幅縮小・撤去、日米地位協定の抜本改定
 ②原発再稼働を認めず、すべての原発の廃止をめざす
 この2つが「政策協定」の柱になるべきです。

 


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