アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「土人」「シナ人」発言と天皇制

2016年10月31日 | 沖縄と天皇制

  

 高江のヘリパッド建設に反対する住民を取り締まるために派遣された大阪府警機動隊員の「土人」「シナ人」発言について、仲地博沖縄大学長がこう指摘しています。

 「『土人』発言は天皇制と表裏一体だ。天皇の赤子ではない『土人』の土地が琉球だった」(29日付沖縄タイムス)

 沖縄(琉球)は、明治政府によって琉球王国が廃止されて琉球藩とされ(1872年)、軍隊と警官によって暴力的に「廃琉置県」(いわゆる「琉球処分」1879年)された時から、一貫して日本(ヤマト)の差別・植民地政策の犠牲になってきました。仲地氏の指摘の通り、その根源は明治以降の天皇制であることを見逃すことはできません。主なものを拾ってみます。

 琉球藩設置の翌年(1873年)、明治政府は琉球藩王の尚泰に対し、明治天皇・皇后の写真(御真影)を下賜。同時に、「日の丸」を琉球に持ち込みました。琉球が「日本領」であることを諸外国に誇示するとともに、天皇制の支配下に入ったことを印象付けるためです。中央政府が地方に「日の丸」を下付して掲揚を指示したのは、沖縄がもっとも早いとみられています。

 「廃琉置県」の2年後(1881年)には、小学校唱歌の「蛍の光」に次の4番が加えられました。

 「千島のおくも沖縄も やしまのうちのまもりなり いたらん国にいさをしく つとめよわがせ つつがなく」

 これは「かぎりなく対外膨張を指向していた時代思潮・教育政策を反映したものと考えられます。沖縄は置県当初から、国権拡張のために『皇土防衛の前縁』と認識されていたのです」(安仁屋政昭沖縄国際大名誉教授『沖縄戦のはなし』)。

 日清戦争後の1898年に沖縄でも徴兵令が施行されました。沖縄人への差別がもっとも厳しい形で表れたのは、天皇制軍隊だったといえるでしょう。

 「兵士として入隊した青年たちのなかには、標準語が話せず読書算術もできないものが多かったので、軍隊内には未開人をイメージした『琉球人』とさげすむ差別が待っていた。日本国民として、一定の皇民化教育を受けていた沖縄出身の兵士にとって、その差別をはらいのけて、忠誠心の強い国民=臣民であることを証明するには、戦場で身を挺して戦うこと以外に方法はなかった」(新城俊昭氏『沖縄から見える歴史風景』)

 ウチナーグチを禁止してヤマトグチを強制することは皇民化教育の重要な柱でした。日中戦争の開始にともなって、沖縄では「標準語奨励大運動」が展開され、学校でウチナーグチを使った生徒は罰として「方言札」(写真右)をかけられました。これは、「方言蔑視による沖縄文化の否定につながり、子どもたちに劣等意識をうえつけることになった」(新城氏、同)のです。

 そして沖縄戦で、沖縄は「国体」=天皇制護持のための「捨て石」にされ、「天皇の軍隊」は沖縄住民を「自決」の名で集団虐殺しました。
 さらに天皇裕仁は敗戦後、憲法を蹂躙して、「米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう希望」するとGHQに伝え(「沖縄メッセージ」1947年)ました。それがサンフランシスコ「講和」条約・日米安保条約に、そして今日の「沖縄米軍基地」つながっていることは周知の事実です。

 今回の「土人」発言の根源は、こうした天皇(制)による沖縄への一貫した差別・植民地政策です。そして、その根源において、大日本帝国が侵略した中国への蔑称である「シナ人」発言と繋がっていることを見落とすことはできません。


「核兵器禁止決議」に反対ーこれが日米安保条約の実態

2016年10月29日 | 核兵器と日米安保

    

 国連総会第1委員会で28日(日本時間)採択された「核兵器禁止条約・2017年制定交渉開始」決議に、日本政府(安倍政権)は反対しました。
 これに対し、非核兵器国やNGO、そして広島、長崎はじめ国内の被爆者・団体、市民から、「裏切り行為だ」(長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会・川野浩一議長)など厳しい批判が相次いでいます。当然です。

 しかし、日本政府がなぜ核兵器廃絶の願いに逆行する態度をとったのか、その根源は何なのか。それが明確になっているとは言えません。

 岸田文雄外相は「核兵器国と非核兵器国の亀裂を深めるから」だと苦しい言い訳をしていますが、そのウソは見抜かれています。

 29日付中国新聞の社説は「被爆国の役割を果たせ」と題して、こう主張しています。

 「米国の顔色をうかがい、その圧力に屈したのは間違いない。危機感を強める米国が同盟国に反対と交渉の不参加を強く求める書簡を配っていたからだ。…力には力という発想で核で脅し合うのは冷戦時代の遺物でしかない。…日本は禁止条約への動きを米国の『核の傘』を脱する契機となすべきである
 
 共同通信の太田昌克編集委員は、アメリカがNATO加盟国に送った決議案反対要請書簡には「核の同盟」という言葉が使われていることを示したうえで、こう述べています。

 「日本政府当局者は、この書簡と同様の内容の文書が日本にも届いていたと明かす。…日米同盟も、米核戦力に依拠した『核の同盟』なのだ」(29日付共同配信各紙)

 日本の新聞の社説や解説の中ではいずれも注目されたものです。しかしそれでもなお、問題の核心に触れられているとは言えません。
 それは、「核の同盟」である日米同盟とは、日米軍事同盟であり、その法的根拠は日米安保条約だということです。「冷戦時代の遺物」という「抑止力」論も、「集団的自衛権の固有の権利を有していることを確認」(前文)するとして日米安保条約の基本になっています。日本政府が「米国の顔色をうかがい、その圧力に屈した」理由は、日本がアメリカと安保条約(軍事同盟)を結んでいるからに他ならないのです。
 しかし、上記の社説や解説に、「日米安保条約」の言葉はもとより、日米軍事同盟解消の主張はありません。ほかの社説や解説はおして知るべしです。

 日米安保条約の害毒は「沖縄の基地問題」だけではありません。核兵器廃絶に逆行する今回の日本政府の「反対」もまさに日米安保条約の帰結であり、その実像です。メディアはそのことをはっきり示す必要があります。こうした個々の具体的な問題で日米安保条約の本質を伝えていくことはメディアの責務です。そうでない限り、「8割が安保条約支持」というつくられた虚構を打ち破ることはできません。

 今回の決議案に関してもう1つ見落とすことができないのは、北朝鮮は決議案に賛成し、アメリカ、日本、韓国は反対したという事実です。北朝鮮に対する評価は、こうした具体的な事実によって公正になされるべきです。つくられた「中国・北朝鮮脅威」論に陥らないために。


「衆院補選共闘」の失態ー民進、共産は責任を明確に

2016年10月27日 | 野党共闘

      

 23日投開票された東京10区、福岡6区の衆院補選における「野党共闘」(民進、共産、自由、社民)は、ただ敗北しただけではなく、本来の政党間共闘、あるいは市民(団体)との協力・共同において、きわめて大きな汚点を残しました。

 「野党共闘」の失態を白日の下にさらしたのは、20日に東京・池袋駅前で行われた鈴木庸介(民進党公認)陣営の街頭演説会でした。共産、自由、社民が党首級、民進も代表代行が顔をそろえた投票日直前の一大イベントに、なんと鈴木候補本人の姿がなかったのです。民進党が出席させなかったからです。

 鈴木候補の支援組織で当日の演説会を企画した市民団体(「TeNネットワーク2016」)は翌21日、この問題で民進党の蓮舫代表に抗議文を送りました。

 「くりかえしの要請にも関わらず、鈴木ようすけ候補は参加されませんでした。…私たち市民の『候補者に来てほしい』という当たり前の要望に応えていただけなかった事に対し、貴党のお考えをぜひお聞かせ頂きたいと考えます」「このような状況では、野党統一も、市民と野党の共同も、今後どのようになっていくのか、大きな危惧を持たざる(を得ない)」(26日付しんぶん「赤旗」より)

 「赤旗」によれば、この抗議文に対し25日夜現在、民進党からの「回答」はありません。

 民進党のこの驚くべき行動の背後には、支持母体である「連合」の存在があります。

 「演説会を企画した市民団体は、候補者不在について「民進の責任者が『連合の顔を立てるため候補者を行かせることができない』と言った」と明かした。連合の神津里季生会長は同日(20日ー引用者)の記者会見で、福岡6区の演説会に民進候補が出席したことを問題視。連合はこの日、東京10区の候補者事務所からスタッフ十数人を引き揚げさせた。野党共闘に慎重な立場のためだ」(24日付朝日新聞)

 さらに驚くべきは、この連合の横暴の背景に、「民進党と連合幹部の間では『密約』が交わされていた」(24日付中国新聞=共同)という事実があることです。

 「2補選告示を控えた10月4日、蓮舫代表と野田佳彦幹事長、連合の神津里季生会長、逢見直人事務局長との4者会談で野党共闘の原則を確認した。①共産の候補取り下げ②政策協定は結ばない③推薦は受けない④表立った場所で共産と選挙活動はしないーといずれも『共産隠し』に徹する内容」(同)

 徹底した連合の反共主義です。民進党は連合とのこの「密約」通りに、鈴木氏を共産党と同席する「表立った場所」に立たせなかったのです。

 民進党は、連合との「密約」の存在も含め、市民団体の抗議文に対し直ちに回答し、今回の「共闘」をめぐる事実経過と自党の責任を明確にしなければなりません。

 一方、共産党の小池晃書記局長は24日の記者会見で、「5日の4野党書記局長・幹事長会談では、民進党から同党公認候補者への一本化と『勝利のためにできる限り協力してほしい』という申し出があり、日本共産党は自らの公認候補を降ろすという対応をとった」(25日付しんぶん「赤旗」)という事実を明らかにするとともに、20日の演説会の件や民進党候補が「安保法制の廃止」を語らなかったことなどをあげ、民進党に対し「速やかに4党書記局長・幹事長会談を開き、この間の経過について率直で真剣な検討を行うよう」(同)求めました。

 民進党に重大な責任があることは述べてきた通りですが、共産党はどうでしょうか。「率直で真剣な検討」を行う必要があるのは民進党だけでしょうか。

 政策協定も結ばず、一方的に公認候補を降ろさせるという民進党と連合の「密約」は市民・有権者を愚弄する言語道断の横暴ですが、その「密約」に基づいた民進党の要求に異論をはさまず唯々諾々と応じたのは共産党ではなかったのでしょうか。

 共産党の志位和夫委員長は、補選投票日前日(22日)の全国革新懇で、こう述べました。

 「本来のあり方を言えば、選挙協力というものは相互的なものだと思います。お互いの候補者を推薦、応援しあうーそうした相互的なものが選挙協力の本来のあり方だと思います。私たちは、総選挙においては、相互協力、相互支援の共闘がどうしても必要だと考えています。そうでなくては本当の力は出ません。相手に勝てません。総選挙では、日本共産党の候補者を一方的に降ろすということは、まったく考えていないということを、ここではっきりと申し上げておきたいと思います」(24日付しんぶん「赤旗」)

 まったく正論です。であれば、この言明に照らしても、衆院補選で民進党に言われるまま、「候補者を一方的に降ろ」したことは誤りだったのではないでしょうか。誤りだったと認めて支持者・有権者に謝罪すべきではありませんか。誤りは誤りと認めてこそ、誤りを糧とする弁証法的前進が可能なのではないでしょうか。
 今回の「野党共闘」で責任が問われているのは民進党だけではありません。


「翁長知事が自衛隊に感謝状」の持つ意味

2016年10月25日 | 沖縄・米軍・自衛隊

    

 沖縄の翁長雄志知事が自衛隊に「感謝状」を贈る、という驚くべき記事(写真左)がありました。

 「陸上自衛隊第15旅団の原田智総旅団長が21日、県庁に翁長雄志知事を訪ね、15旅団が実施する緊急患者空輸が今月初めに9千回に達したと報告した。…翁長知事は近く急患輸送9千回に対する感謝状を贈る予定。翁長知事は「離島の医療問題は沖縄にとって一番重要。その中で自衛隊の貢献には改めて感謝申し上げる。…日ごろからのご努力に改めて感謝申し上げる」と謝意を表した」(22日付琉球新報)

 離島の「急患輸送」が重要問題であることは言うまでもありません。しかしそれは本来、国や県が医療政策として行うべきで、憲法違反の軍隊である自衛隊の任務ではありません。本来行う(予算をつける)べき医療政策や災害救助を行わず、それを自衛隊にやらせることによって自衛隊が戦争のための軍隊であるというの本質を隠ぺいし、自衛隊への親近感をつくりだすのが歴代日本政府の一貫した政策です。翁長氏が陸自の総旅団長に何度も「感謝申し上げ」、「感謝状」を贈るというのは、その政府の狙いに完全に同調するものです。

 しかも重大なのは、自衛隊がいま米軍との一体化をさらに強め、沖縄・日本・東アジアの安全・平和にとってかつてなく危険な存在になろうとしていることです。

 1つは、緊迫の度を強めている高江(米軍北部訓練場)です。
 安倍政権はヘリパッド建設を強行するため、自衛隊機で機材を搬入する暴挙を行いました(9月13日、写真右)。現場で反対住民を抑圧している機動隊の中には自衛隊関係者もいたと報じられています。

 さらに重要なのは、北部訓練場で米軍と自衛隊の「共同使用」が計画されていることです(4日の県議会で共産党の渡久地修議員が暴露した防衛省の内部資料)。
 この狙いについて在沖米軍幹部は、「県民の(北部訓練基地に対するー引用者)反発は理解している。具体的な計画ではないが、自衛隊との基地の共同使用は県民の支持につながるのではないかという考えはある」(6日付琉球新報)と本音を漏らしています。自衛隊を隠れ蓑にして県民の反対をかわそうというわけです。

 もう1つは、宮古、石垣、与那国など八重山諸島への自衛隊配備計画です。
 宮古島で自衛隊配備反対の行動を続けている上里清美さんの言葉をかみしめる必要があります。「軍隊は住民を守らないよということを広めていく必要を感じています」(「沖縄平和ネットワーク会報」9月11日号)

 23日閉会した日本環境会議沖縄大会が採択した「提言」は、「琉球弧への自衛隊配備」について、こう述べています。
 「琉球弧の自衛隊配備は、安保体制下、専守防衛の枠を超えた本格的な軍事基地化であり、地域の環境や自治、コミュニティを破壊するものである。生活を基軸とする民間交流の促進によって、平和を創っていくのが琉球弧における住民の歴史的な教訓であり、政府は琉球弧への自衛隊配備計画を直ちに撤回すべきである」(24日付琉球新報の「提言全文」より)

 自衛隊の本質を見抜き、日米安保、戦争法(安保法)下での米軍との一体化、琉球弧への自衛隊配備を許さないたたかいの重要性はかつてなく大きくなっています。翁長知事の自衛隊への「感謝状」贈呈がこのたたかいに逆行することは明白です。


美智子皇后VS「文芸春秋」・日テレ

2016年10月22日 | 天皇制と憲法

     

 美智子皇后は20日の82歳の誕生日にあたり、宮内記者会の質問に答える形で、明仁天皇が意向を表明した「生前退位」に関してコメントしました。その中でこう述べました。

 「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」(宮内庁HPより)

 今後波紋を広げかねない発言ですが、実はその前段もたいへん注目される発言でした。

 「私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御声明も、謹んでこれを承りました」(同)

 皇后は今回の天皇の「生前退位」の意向表明の経過にはかかわっていない、「謹んで承った」だけだというのです。唐突にも思える〝釈明”をなぜしなければならなかったのでしょうか。
 この発言は約1カ月半前に発売された「文芸春秋」十月号(以下「文春」)への事実上の反論だと考えられます。

 「文春」は、「皇后は退位に反対した」の大見出しで「真相スクープ」なるものを掲載。その中で、天皇が初めて公に「退位」の意向を示したのは2010年7月22日の「参与会議」だとし、天皇が「私は譲位すべきだと思っている」と切り出し、参与会議のメンバー(羽毛田信吾宮内庁長官、川島裕侍従長、三谷太一郎東大名誉教授、栗山尚一元外務事務次官、湯浅利夫元宮内庁長官の5人)が「衝撃」を受け、そろって「摂政案」を提案した中で、皇后の態度はこうだったと書いています。

 「皇后は、天皇の隣の席に座り、天皇とともに参与たちと向かい合っていた。その皇后も議論に加わって摂政案を支持し、退位に反対された。つまり天皇以外の出席者全員が、摂政案を支持したのである」(「文芸春秋」10月号)

 その後「参与会議」で何度か「退位」について議論されたが、天皇の意向は変わらなかった。それで、「当初は摂政の設置で解決するべきだとしていた皇后も、天皇の固い意思を確認されて、やがて退位を支持するようになる。出席者の一人が、皇后の意外な一面を明かす。『皇后さまは議論にお強い方です。公の席での雰囲気とは全然違います。非常にシャープで、議論を厭わないのです』」(同)

 「文春」は皇后が「退位」をめぐる議論に積極的に関わったというのです。皇后の「誕生日コメント」がこれに対する「反論」であることは明らかでしょう。

 皇后のコメントより前、今月17日の第1回「有識者会議」を前後して、NHKや全国紙は「天皇の『生前退位』表明は6年前から」として2010年の「参与会議」について報じました(写真中)。「文春」の後追いです。しかし、「文春」が見出しで強調した「皇后の反対」についてはまったく触れませんでした。「参与会議」に出席していた三谷太一郎氏も、NHKのインタビューで皇后の言動については何も述べませんでした。

 皇后の「コメント」によって、「文春」の記事は打ち消されたかにみえました。
 ところが皇后誕生日の翌21日未明、日本テレビは「日テレNEWS24」で「宮内庁関係者」の話として、「参与会議」で皇后が「今は『譲位』の意向を明らかにすることはちょっと時期尚早ではないでしょうか」と述べ、「墓の見直しなどを先に検討すべきとの考えを示した」と報じました。
 日テレは「文春」にはない「墓」の話まで持ち出して「文春」に同調し、皇后のコメントを再度打ち消したのです。

 真相は分かりませんが、皇后の「参与会議」への出席(メンバー)は事実です。その場で「文春」や日テレが報じたような発言(関与)があったとしても不思議ではありません。そして、そうだとしても、それ自体別に問題ではないのではないでしょうか。なぜ皇后があえて「皇位継承権」を持ち出して自らの関与を否定しようとしたのか、その方が不可解です。それは逆に、女性・女系天皇や女性宮家に反対している安倍政権への「遠慮」ではないかとさえ思えます。

 皇后が「参与会議」で天皇の「退位」(「譲位」)について意見を述べるのは当然でしょう。皇后に限らず、皇室・皇族が自分に関わる天皇・皇室制度の問題で自らの見解を持つことは、「皇位継承権」の有無にかかわらず、認められるべきでしょう。ただし、法改正を含む制度の改変は、あくまでも憲法に基づいて、国権の最高機関である国会の審議によって決定されるべきであることも言うまでもありません。

 問題は、天皇(皇族)の意向を金科玉条のごとく扱い、超法規的措置(例えば「生前退位」の特別立法)をとろうとする政治権力(安倍政権)とそれを容認する「日本社会」にあるのではないでしょうか。

 ※次回は25日(火)に書きます。


「史上最低の米大統領選」は私たちに何を問いかけているか

2016年10月20日 | 日米同盟と安倍政権

       

 「嫌われ者対決」「史上最低のTV討論」などと酷評される米大統領選。20日(日本時間)の最後のTV討論が終わっても、最低級の評価は変わりません。
 実際、政策論争はそっちのけで、「女性問題」と「メール私用問題」で個人攻撃を繰り返している「大統領選」にはうんざりです。

 しかし、この「史上最低の米大統領選」を、私たちは面白半分で傍観していていいでしょうか。今回の大統領選を契機に、私たち日本人が自らの問題として考えねばならないことあるのではないでしょうか。

 ★ 制度疲労の「二大政党制」に追随するのか

 どうみても大統領候補の器ではないトランプ氏が共和党の候補者となり、一定の「支持」を集めている「トランプ現象」。その根底には「米白人男性の鬱憤」があると言われます。

 「知識集約型の産業構造に適応できず、じり貧状態の工場労働者や中小企業の営業マン、店舗従業員らが、大企業や貧困層ばかり優遇するリーマン・ショック後の政治に怒りを募らせている」(『トランプ現象とアメリカ保守思想』の著者・会田弘継青山学院大教授、7日付中国新聞)

 その「トランプ現象」はクリントン氏が指名獲得を争ったサンダーズ氏が大健闘した「サンダース現象」に通じる、と渡辺将人北海道大准教授は指摘します。

 「サンダース旋風は奇妙なまでにトランプ旋風とコインの裏表のようにシンクロナイズしていた。ワシントンの利権にまみれた職業政治家には幻滅しながらも、勝算なき第三党候補を支持すれば相手政党に漁夫の利を与える二大政党制のジレンマにフラストレーションを感じていた有権者にとって、サンダースやトランプのような第三党的候補があえて党内で立候補するという展開は、適度な現実感(二大政党内で出馬)とアウトサイダー感(実は第三軸候補)の双方を満たした」(渡辺氏『アメリカ政治の壁ー利益と理念の狭間で』岩波新書)

 要するに、アメリカの「二大政党制」はもはや、米国民の不満・要望に応えうる制度ではないということです。民主党、共和党ともにこの程度の人物しか候補者にできないのも、「二大政党制」の制度疲労の表れといえるでしょう。

 重要なのは、この制度疲労を起こしているアメリカ型「二大政党制」を時代錯誤的に後追いしているのが日本だということです。その仕組みは言うまでもなく小選挙区制の選挙制度です。
 「二大政党制」が、多様化している「民意」に叶う政治制度なのか。小選挙区制の見直しとともに再検討する必要があるのではないでしょうか。

 ★ 「日米(軍事)同盟」を抜本的に見直す好機

 クリントン氏とトランプ氏のどちらが大統領になっても、アメリカが内政・外交ともにいっそう多難な状況を向かえることは明らかです。それが私たちにとって他人事でないのは、そんなアメリカと日本が軍事同盟(日米安保条約)を結んでいることです。

 安倍首相は9月20日(日本時間)、ニューヨークでクリントン氏と会談し、「日米同盟」についてこう述べました。
 「アジア太平洋地域の安全保障環境が厳しさを増す中、重要性は高まっている。希望の同盟であり、強化していきたい」(9月21日付共同)

 これに対しクリントン氏はこう応じました。
 「アジアだけでなく、世界の平和と繁栄を実現していく上で重要だ」(同)

 ヒラリー・クリントン政権が実現した際には、日米軍事同盟は世界的規模に広がり、日本の軍事分担が地球的規模で拡大するのは明白です。集団的自衛権を行使する戦争法(安保法)がそのための「法整備」であったことは言うまでもありません。万一トランプ氏が当選した場合の混乱は計り知れません。

 クリントン氏とトランプ氏のどちらが大統領になっても、このまま「日米(軍事)同盟」を維持・強化し、アメリカ従属の軍事路線を突き進んでいけば、日本・アジア・世界の平和に逆行することは明らかです。
 私たちは今こそ「日米(軍事)同盟」を根本的に見直し、その解消へ向かう必要があります。「史上最低の大統領選」はその〝好機”ではないでしょうか。


「生前退位・有識者会議」がはじめから排除した「論点」

2016年10月18日 | 天皇制と憲法

    

 明仁天皇が希望する「生前退位」について検討する有識者会議(座長・今井敬経団連名誉会長)は17日の初会合で、「8つの論点」(①憲法における天皇の役割②公務のあり方③高齢の場合の負担軽減策④〝摂政”の設置⑤国事行為の委任⑥天皇の退位⑦退位の適用範囲⑧退位後の身分・活動)を示しました。
 この論点設定は、安倍首相の意向に基づくきわめて政略的なものです。
 
 問題は、論点をこの「8つ」に限定することにより、重要・肝心な論点がはじめから排除されていることです。
 
 1つは、「女性・女系天皇」「女性宮家」創設問題です。

 今井座長は会議後、「女性・女系天皇の実現や『女性宮家』創設は議題に含まれないとの認識を記者団に示し」(18日付共同)ました。
 これが、日本会議や安倍首相の年来の主張に沿うものであることは言うまでもありません。しかも安倍首相には、「女系天皇や女性宮家創設などの課題にも拡大していけば、目指す憲法改正論議が遠のく懸念もある」(同、共同)といわれています。

 安倍首相は17日の初会合に出席し、「予断を持つことなく十分審議していただきたい」と述べましたが、最初から「女性・女系天皇」「女性宮家」創設を排除するは「予断」の最たるものです。

 もう1つ「論点」から排除された肝心な問題は、憲法の「象徴天皇制」そのものの是非です。

 「8つ」の中の①②を論議することは否定しません。それが政府の誘導でなく公正に議論されれば、明仁天皇が自らの判断で拡大してきた「公的行為」なるものの憲法上の問題点も明らかになるはずです。
 しかし、①②も含め、「8つの論点は」すべて現在の「象徴天皇制」の枠内です。議論をこの枠内に押しとどめようというのが政府(国家権力)の狙いですが、それを容認することはできません。なぜなら、問われているのは「象徴天皇制」そのものだからです。

 たとえば、「生前退位」を認めるべきだという意見の中に、「天皇と皇族は生身の人間だ。人間は人権を有している」(田中優子法政大総長、8月9日付中国新聞)、「一人の人間としては、天皇にも言論の自由があろう」(小熊英二慶応大教授、8月25日付朝日新聞)などの論調があります。世論調査で「生前退位」に賛成する「世論」の中にもこうした天皇の「人権」「自由」を理由とする意見は少なくないでしょう。

 しかし、憲法の象徴天皇制は、天皇や皇族に基本的人権を認めていません。職業選択の自由も、結婚の自由も、居住・移転の自由も、苦役からの自由も、政治的発言の自由も認めてはいないのです。

 天皇制は一人の人間に非人間的な生を要求するもので、『個人の尊厳』を核とする立憲主義とは原理的に矛盾します。生前退位の可否が論じられるということは、天皇制が抱えるこうした問題が国民に突きつけられる、ということを意味します」(西村裕一北海道大准教授、8月9日付朝日新聞)

 「天皇や皇室を規律する皇室典範について、天皇自ら改正を働きかけるということは、天皇が法の上に立つ専制的な権力を持った存在になるという解釈も成り立つ。象徴天皇制下で許されるのかという疑問はぬぐえない。…皇室典範の改正にとどまらず、憲法と天皇制の関係についても再検討する必要があるだろう」(原武史放送大教授、8月23日付琉球新報)

 「生前退位」の問題は必然的に、「天皇制と立憲主義の矛盾」「憲法と天皇制の関係」に行きつかざるをえません。憲法の「象徴天皇制」自体の是非を問い直すこと。それこそが私たち主権者・国民が議論しなければならない「論点」です。

 


新潟県知事選における「野党共闘」の教訓は何か

2016年10月17日 | 野党共闘

     

 16日の新潟県知事選で東電・柏崎刈羽原発の再稼働に「慎重」な米山隆一氏(無所属、共産党・社民党・自由党推薦)が当選したことは、先の鹿児島県知事選に続き、原発再稼働反対、脱(反)原発の「民意」がいかに強いかをあらためて証明しました。
 それが新潟知事選の最大のポイントですが、ここでは「野党共闘」のありかたという点で、今回の知事選がどのような教訓を残したかを考えます。

 今回の結果を「4野党共闘」の「歴史的な勝利」(日本共産党・志位和夫委員長)とし、衆院選でも踏襲すべきだという論調がありますが、それはきわめて一面的な評価です。

 第1に、今回の新潟知事選の「野党共闘」は、現在行われている東京10区や福岡6区の衆院補欠選挙、あるいは先の参院選の多くの1人区で行われた「4野党共闘」とはまったく性格が異なるということです。

 今回民進党は米山氏を推薦する「野党共闘」には加わっていません(自主投票)。米山氏は当初、共産、社民、自由(生活)などの政党や市民団体から出馬要請を受けながら、「民進党県連が自主投票を決めたため、いったん出馬を見送りました」(9月24日付しんぶん赤旗)。しかし、「市民らの強い要請を受け翻意し、同党(民進党ー引用者)に離党届を提出し、無所属での立候補」(同)に踏み切ったものです。

 民進党が米山氏を推薦しなかったのは、「原発再稼働反対」の立場に立てないからです。その背景には、電力労連を傘下にもつ連合の「原発推進」があります。現に連合新潟は今回の選挙では森民夫氏(自民・公明推薦)を支持しました。
 蓮舫代表は選挙の最終盤、米山氏に勝機があるという情勢になって急きょ「応援演説」に加わったに過ぎません。こうした蓮舫氏の行動には民進党内部からも「ちぐはぐな対応」(17日付共同)との声が出ています。

 東京、福岡の衆院補選や参院選の多くの1人区では、民進党があくまでも自党の候補者(政策)にこだわり、共産党や社民党などがそれに歩調を合わせ、民進党公認候補を支援したり、自らの候補者を降ろしました。
 それに対し新潟知事選の「野党共闘」は、民進党の党利党略を排し、「原発再稼働阻止」という政策の一致点で、政党と市民団体が対等の関係で手を結んだものです。この点が異なり、ここに勝利の大きな教訓があると言えるでしょう。

 第2に、しかしながら今回の「共闘」もけっして手放しで評価できるものではありません。最大の問題は、共産・社民・自由各党と米山氏の間で、また支持母体である「新潟に新しいリーダーを誕生させる会」(共産、社民、自由、新社会、緑の5党と市民団体などで構成)と米山氏の間で、「政策協定」が結ばれていなかったことです。

 その結果、米山氏の「政策・公約」はきわめて不十分なものになっています。
 例えば、最大の焦点である柏崎刈羽原発の再稼働についても、米山氏は「命と暮らしを守れない今の現状では」という条件付きの慎重論です。「福島の事故原因、健康への影響、実効性ある避難計画」の3点を検証すべきだとしていますが、もともと同氏は原発賛成論者で、いつ態度が変わらないとも限りません。

 また、県知事に問われるのは決して原発問題だけではありません。米山氏の「政策綱領・公約」(「現在と未来への6つの責任」)では、TPPについて、「新潟県の農業に及ぼす影響の徹底検証と国への要請」と言うだけで、TPP自体には反対ではありません。むしろ条件付き賛成といえるでしょう。

 さらに米山氏の「政策・公約」は、「戦争法(安保法)」や沖縄の基地問題については一言も触れていません。「駆けつけ警護」がいよいよ現実化しようとしているとき、そして「辺野古・高江」が重大な局面を迎えているとき、安倍政権に打撃を与えるべき県知事選における「政策・公約」としてはきわめて不十分だと言わざるをえません。

 選挙における「野党共闘」には、政党間の、あるいは候補者と支持母体(政党・市民団体)間の「政策協定」が不可欠です。
 「政策協定」で「戦争法」廃止・沖縄新基地反対を含む焦眉の一致する課題を明記し、すべての政党、市民団体が対等な関係で、無所属候補を擁立する。それが本来の「野党共闘選挙」ではないでしょうか。


「辺野古・高江」を問わない「野党共闘」は沖縄切り捨ての共犯

2016年10月15日 | 沖縄・選挙

     

 衆議院東京10区と福岡6区の補欠選挙は投票日(23日)まで1週間となりました。今回のダブル補選は、「安倍晋三首相の政権運営や、衆院解散を巡る戦略を左右しそうだ」(12日付中国新聞=共同)といわれるほど重要な政治戦になる、はずでした。

 ところが11日の告示以降も、「小池都知事と蓮舫民進党代表の代理戦争」などと面白半分で見られているだけで、一向に盛り上がっていません。その大きな理由は、政策論争がないことです。

 もともと自民党と民進党の間に政策上の基本的な違いはありませんが、見過ごすことができないのは、この国政選挙で沖縄の基地問題、とりわけ焦眉の「辺野古新基地」「高江ヘリパッド」が一切語られていないことです。

 東京10区の民進党・鈴木庸介候補、福岡6区の同・新井富美子候補の「政策」「政見」に沖縄の基地問題は一言もありません。
 それはある意味で当然です。なぜなら、蓮舫代表自身が、「辺野古」や「高江」を容認する考えを明確に打ち出しているからです。

 「蓮舫氏は(代表選ー引用者)立候補に当たって出した政見で『沖縄と対話を重ねながら、米軍再編に関する日米合意を着実に実施』と明記した。(9月ー引用者)2日の公開討論会では『(普天間基地の辺野古へのー引用者)移設は私たちの政権(旧民主党政権)で決めていることなので、この方向性を変えることはない』などと述べた」(9月13日付琉球新報)

 問われるのは、こうした民進党と「共闘」している日本共産党、社民党、自由党(旧生活の党)の各党、とりわけ自らの候補者を降ろして民進党候補に一本化した共産党の責任です。
 これらの党は辺野古新基地にも高江ヘリパッドにも「反対」のはずですが、賛成する民進党と「共闘」することによって、しかも「政策協定」すら結ばないで事実上選挙戦から撤退することによって、安倍政権に審判をくだすべき重要な選挙で、沖縄の基地問題、辺野古・高江がまったく争点にならないことを容認した、いや加担したのです。
 
 「今、本土に問われているのは、自民党のみならず野党も沖縄の基地問題を国政選挙の争点に据えようとしないことである。
 蓮舫民進党代表は、辺野古移設という民主党政権当時の大枠を堅持すると公言した。それに伴い、沖縄問題は野党共闘の共通公約から外されようとしている。共闘を求める市民団体や支持者からもこれを正す動きはない。これでは本土の野党、市民も沖縄切り捨ての共犯者である」(醍醐總東大名誉教授、10月3日付琉球新報「論壇」)

 醍醐氏の指摘は、総選挙の前哨戦であるダブル補選でまさに現実のものとなっています。

 辺野古、高江はじめ沖縄の基地問題を争点にしない、できない「野党共闘」など百害あって一利なしです。
 共産党、社民党、そして「野党共闘」に期待を寄せる市民(団体)は、自民党と政策に差のない民進党にひきずられる「野党共闘」なるものがどういう結果を招くか、改めて厳しく問い直す必要があります。来る総選挙で取返しのつかない過ちを犯さないために。


「平和の礎」に朝鮮人犠牲者の刻銘を

2016年10月13日 | 沖縄と戦争

       

 「『平和の礎』への朝鮮人犠牲者刻銘についての陳情書」が、さる6日の沖縄県議会文教厚生委員会で審議されました。
 陳情書は9月23日に翁長雄志知事と新里米吉県議会議長宛てに提出されました。提出者は、沖縄戦における朝鮮人犠牲の問題に一貫して取り組んでいるNPO法人「沖縄恨之碑の会」(安里英子代表)です。陳情書の要旨はこうです。

 ことし「平和の礎」には84名の犠牲者が新たに刻銘されたが、その中に朝鮮半島出身者の名前はなかった。この8年間に朝鮮人の名前は1人追加されただけで、合計447名のままとなっている。「国籍を問わずすべての戦没者の氏名を刻んで永久に残す」とされた「平和の礎」の作業は、朝鮮半島から動員されて沖縄戦で犠牲になった人々については立ち止まったまま、大きな課題として残されている

 日本政府は、「皇国の臣民」として120万人に及ぶ朝鮮の人々をアジア太平洋戦争に動員しながら、戦後はその生死すら確認せず、未帰還者の調査もしていない。日本軍の兵士、軍属であったにもかかわらず外国籍であるからとして補償・救済の道から排除している。当時の俸給すら供託して払い戻し請求に応じていない。沖縄では朝鮮出身者の何人が死亡し、何人が未帰還か不明のままである。

 「恨之碑の会」は今回具体的に2名(クォンさんとパクさん)の刻銘を要求しています。いずれも沖縄32軍直轄の朝鮮人部隊(特設水上勤務第104中隊)に所属し、クォンさんは爆死、パクさんは「芋を盗んだ」として同郷の仲間4人とともに日本軍に首を斬られました。
 外国人の刻銘には「沖縄戦で亡くなったことを証明する資料の添付」(「刻銘対象者認定要綱」第3条4)が必要とする「公的死亡認定書類」の「壁」があり、それによって申請が却下されてきました。

 「恨之碑の会」は「この壁を沖縄県が独自に取り払わない限り、『平和の礎』への朝鮮人刻銘作業は前に進むことはできない」とし、県と県議会に対し次の4点を要求しています。

 「平和の礎」にクォンさん、パクさんを刻銘する。
 朝鮮人の刻銘基準は弾力的に運用する。
 沖縄戦に動員された朝鮮人とその犠牲者について沖縄県が独自に調査を進める。
 沖縄の戦場から帰還できなかったすべての朝鮮人犠牲者の名前が刻銘されるよう積極的な施策を講じる。

 6日の県文教厚生委員会では、担当課長が「沖縄戦での死亡を証明する書類がなくても、それを補完する資料があれば申請は可能」(7日付沖縄タイムス)との前向き答弁がありました。11月には陳情者(「恨之碑の会」)の参考人陳述も行われる予定です。

 糸満市・摩文仁の「平和の礎」は1995年(大田昌秀県政)に設立され、24万1414人が刻銘されています(2016年6月現在)。国別の内訳は、沖縄県14万9425人、県外の都道府県7万7417人、米国1万4009人、英国82人、台湾34人、朝鮮民主主義人民共和国82人、大韓民国365人(朝鮮人は合計447人)。

 沖縄県援護課によると、沖縄戦の戦死者は、沖縄一般住民約9万4000人、沖縄県出身軍人・軍属2万8228人、県外出身日本兵6万5908人、米軍1万2520人とされていますが、「平和の礎」の刻銘数はそれぞれこの数字を上回っています(沖縄県出身者については、1945年9月以降も沖縄戦が原因で死亡した人なども刻銘の対象になっています)。

 これに対し、沖縄戦に軍夫などで強制連行された朝鮮人は1万人前後にのぼるとみられます。そのうち死亡者がどのくらいか分かっていませんが、447という刻銘数が比較にもならないほど微少であることは歴然です。

 天皇制日本帝国の植民地となった朝鮮の人々は、沖縄戦においても、その刻銘においてさえ、今なお差別され続けているのです。

 「恨之碑の会」の「陳情」を、私たち「本土」の人間は、決して沖縄の問題として傍観することは許されません。朝鮮人犠牲者の刻銘の推進を要求するとともに、翁長知事が4項目の要求(とりわけ「県独自の調査の実行」)にどう応えるか、注視していく必要があります。
 
 (写真右は「恨之碑の会」が2006年に読谷村に建立した朝鮮人軍夫を追悼するモニュメント「恨之碑」=金城実作)