アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記70・消費税と軍事費・相次ぐ老人ホーム倒産

2019年10月13日 | 日記・エッセイ・コラム

☆消費税と軍事費

 10月1日から消費税が10%に引き上げられて半月がたった。その「経済効果」つまり国民の新たな負担増は5兆7000億円だという。
 一方、来年度予算の概算要求で防衛省が要求した額、すなわち軍事費(人件費を含む)は5兆3223億円だった。
 「5兆7000億円」と「5兆3223億円」。この近似性は、たんなる偶然だろうか。

 安倍政権は消費税増税分を「幼児教育・保育無償化」や「社会保障」へ回すという。カネに色はついていない。高齢化社会で社会保障の予算が増えるのは当然だ。それを税金で賄うために政府というものがある。それをしないで「社会保障予算が足りない」といって増税する。

 では税金はどこへ回されているのか。毎年別扱いで(日米安保体制のため)増え続け、ついに5兆円を突破した軍事費、つまり戦争準備のための予算へ回している。

 消費税増税は膨張し続ける軍事費を賄うために他ならない。
 「5兆7000億円」と「5兆3223億円」はそのことを端的に、象徴的に示している。偶然ではない。

 ☆相次ぐ老人ホーム倒産が示すもの

 10月3日のNHK「クローズアップ現代+」によると、住宅型有料老人ホームの倒産が相次いでいる。約9000の事業所のうち昨年度だけで355カ所の廃業届があったそうだ。1日1カ所つぶれていることになる。

 「住宅型ホーム」の総数は7年で3倍に急増している。厳しい基準がなく届け出だけで開設できるため、運営のノウハウも分からないまま、他業種から参入するケースが多いという。参入しやすく、倒産もしやすいというわけだ。

 その犠牲を被るのは、言うまでもなく入居している老人(多くは要介護)とその家族だ。多額の金を出して入居し、終の棲家にと思っていたのに、突然その場所が奪われる。

 高齢化社会、要介護者が増加する社会で起きているこの現実・悲劇は、いったいだれの責任なのか。言うまでもなく政府・政治の責任だ。

 政府は特養老人ホームの数を制限する一方、「在宅介護」の名の下に高齢者・要介護者を施設から締め出し、「家族愛」なるものを強調して介護・看護を家族におしつける。

 しかし、「家族介護」はやれたとしても限界がある。4年間やってみて、痛感した。それでやむなく民間施設を探す。しかし入れるところは限られる。やっと入居できたと思った施設が突然倒産・閉鎖となったら…。けっして他人事ではない。

 民間施設に入居させられるだけまだいい(母のグループホームも月々20万近くかかる)。入居できない人は老々介護にならざるをえない。その結果の悲劇は後を絶たない。これからもっと増えるだろう。

 この責任は政府にある。政治を変えねばならない。日米軍事同盟を廃棄し、軍事費を高齢者介護・看護に回さなければならない。介護施設職員の待遇を改善し、数を増やさねばならない。これはすべての人々、家族の問題だ。


日曜日記69・香港と「阪神教育闘争」・安倍首相の元号政治利用

2019年10月06日 | 日記・エッセイ・コラム

☆香港市民の闘いと「阪神教育闘争」

  香港のデモで1日、高校生が警察官に至近距離から撃たれ重傷を負ったのに続き、5日には警察官の発砲によって14歳の少年が負傷した。これを聞いて、16歳の少年が警察官に撃たれて死亡した日本の「阪神教育闘争」(1948年)が頭に浮かんだ。

  1947年10月、アメリカ占領軍は在日朝鮮人の民族教育を否定し、日本の教育に従わせるよう日本政府に指令した。これを受けて文部省(当時)は48年1月、朝鮮人学校を事実上禁止する通達を出した。

 「占領軍を後ろ盾とした文部省のこの措置は、在日朝鮮人にとっては戦前の『皇民化教育』の再現と受けとめられ、猛烈な抗議運動がくりひろげられた。(1948年)3月、地方軍政部と都道府県は朝鮮人学校の封鎖措置に乗り出した。これに反対する朝鮮人と当局との衝突が各地で発生した。
 反対運動が最も激烈に闘われたのが神戸と大阪であった。4月24日、神戸では非常事態宣言が出され…大阪では26日、大手前公園での学校封鎖に抗議する3万人参加の集会とデモに対して警察が発砲し、当時16歳の金太一が死亡、27人が負傷した」(水野直樹・文京沫著『在日朝鮮人』岩波新書)

 在日朝鮮人の民族教育を守る闘いと、香港の自治・自由を守る闘い。アメリカ占領軍を後ろ盾とした日本政府の弾圧と、中国を後ろ盾とした香港当局の弾圧。神戸の「非常事態宣言」と、香港の「緊急状況規制条例」。共通点が少なくない。
 日本政府の在日朝鮮人に対する差別・弾圧は今も続き、安倍政権によって強化されている。香港市民の闘いをけっして対岸視することはできない。

☆安倍首相の元号政治利用

  4日の安倍首相の所信表明演説は、日米同盟の賛美、改憲意欲の強調など内容上問題が山積していることは言うまでもないが、ALSの舩後靖彦議員をあえて取り上げたり、金子みすゞの言葉を流用するなど、見え透いた手法にも虫唾が走った。

 中でも見過ごすことができないのは、新元号「令和」を9回も連呼したことだ。「令和の時代の新しい国創り」「令和の時代にふさわしい社会保障」…といった具合だ。

 元号は天皇が時間をも支配するという皇国史観によるものだ。その元号を法律(元号法)で公認し、元号で時代を区分しようとすることは、主権在民の現行憲法に反した今日的皇民化政策に他ならない。

 さらに、国家権力にとっての元号の利用価値はそれだけではない。元号と天皇・皇室タブーを結び付けてキャンペーンし、それが「神聖不可侵」のものであるかのような社会的雰囲気をつくりあげ、国家権力(時の政権)の施策に結びつけて合理化を図る。元号の政治利用だ。
 「新元号」によって「新しい時代」を印象付け、それを改憲や社会保障改悪につなげようとした安倍の4日の演説は、その政治利用を絵に描いたように見せつけた。

 「市民」はなにげなく無意識に元号を使っても、国家権力は狡猾にそれを政治利用する。だからこそ元号は廃止しなければならない。安倍の所信表明は逆にそのことを証明した。


日曜日記68・W杯と国歌・「赤旗」はなぜ激減しているのか

2019年09月29日 | 日記・エッセイ・コラム

☆W杯と国歌 

 ラグビーW杯にそれほど興味はないが、28日の「日本×アイルランド」戦は観た。勝敗はともかく、興味深かったのは、アイルランドチームだ。
 ラグビーに限らず、サッカー、野球など団体競技の国際試合(W杯)では試合前に「国歌斉唱」が行われる。しかしアイルランドチームが歌ったのは「国歌」ではない。チームのための特別の歌だ。このチームはアイルランド共和国と北アイルランド(イギリス領)の混成チームだからだ。「国境」を超えた混成チームによる、チームの歌。なんとも心地いい。

  一方、日本の「君が代」。日本チームにはラグビーのために日本に帰化した選手が少なくない。その選手たちも「君が代」が流れている間、口を動かしていた。NHKのアナウンサーによれば、彼らには「君が代の意味」が教えられたそうだ。「さざれ石の…」が「チームの団結力」の大切さに通じると教えられたそうだ。選手の中には韓国出身の選手もいる。 

 「君が代」の本質は言うまでもなく天皇賛美であり、「日の丸・旭日旗」とともに侵略戦争・植民地支配・皇民化政策のテコになった。今も天皇制・国家主義を鼓舞する道具になっている。そんな本質・歴史は教えられるはずもないだろ。誤った意味を教えられ、口パクしているのが日本チームだ。アイルランドチームとなんと対照的なことか。試合は日本の「歴史的勝利」だったが、試合前の「国歌」をめぐる光景では、迷うことなくアイルランドに軍配をあげる。

 ラグビーに限らず国際試合(W杯)における「国歌斉唱」は廃止すべきだ。どうしても歌が必要なら、アイルランドチームにならって「チームの歌」にしてはどうか。そうすれば応援にもっと力が入る。少なくとも私は。

 ☆「赤旗」はなぜ激減しているのか

 24日付地方各紙(共同配信)によれば、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」が激減している。8月1日現在、日刊紙と日曜版を合わせた部数が100万部を割ったと共産党が公表した。最盛期(1980年)の約355万部の3分の1以下だ。志位和夫委員長も「率直に言って危機的だ」(9月17日の7中総)と認めているという。

  なぜ「赤旗」(党勢)が激減しているのか。共産党がどう自己分析しているかは分からない(記事にはない)が、私には当然の現象に思える。昔から独自の味で売ってきた老舗が、味を変え、まずくなったのではなじみの客も離れていくのは自然の成り行きだろう。

 「革新三目標」を掲げて民主連合政府の樹立を目指していた70年代の共産党は生きいきしていた。「三目標」の中には「日米安保条約廃棄」が明確に掲げられていた。「違憲の自衛隊は改組」「軍事費削って福祉・教育へ」の政策も強調されていた。天皇制にははっきり反対していた。「右転落」した野党の「共産党を除く」密室協議を批判し、主張・政策を堅持した。

 今はどうだろう。日米安保廃棄は公式には降ろしていないが、強調されることはなくなった。演説で「自衛隊違憲」を強調した幹部は降格された。天皇が臨席する国会開会式には出席し天皇に頭を下げた。天皇の「生前退位」の特例法に賛成し、天皇即位の国会賀詞にも賛成した。朝鮮民主主義人民共和国のロケット発射実験を「挑発」と批判し経済制裁に賛成している。「野党共闘」を最優先して党の独自政策は封印し、すでに活動を始めていた予定候補さえ降ろす…挙げればきりがない。

 老舗の味が大きく変わり、まずくなっていることは歴然だ。これでは客は離れ、廃業の危機も杞憂ではないだろう。これでいいのか。このままでいいのか。共産党員は真剣に考えるべきではないだろうか。


日曜日記67・「東電裁判」と「東京裁判」・NHKと自衛隊・危険なボランティア頼み

2019年09月22日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「東電裁判」と「東京裁判」

  福島原発事故の東京電力・勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長のトップ責任を問うた裁判で、東京地裁は19日、全員に「無罪」判決を下した。双葉町から今も避難生活を余儀なくされている斎藤宗一さんは、「悔しい。これは人災だ。それなのに誰も責任がないなんて考えられない」(NHK中継)と怒りをあらわにしたが、まったくその通りだ。

  東電トップに責任があることは言うまでもない。だが、もっとも重大な責任を問わねばならない者たちがいる。東電の無責任体制を放置し、安全神話を振りまいて原発を推し進めてきた歴代自民党政府=国だ。しかしその責任・罪は見逃されている。

 そう考えていると、「東京裁判」が脳裏に浮かんだ。侵略戦争・植民地支配の最大の責任者である天皇・裕仁は起訴されることさえなく免罪された。マッカーサーと裕仁の共謀だ。裁きの対象になったのは政府・軍部だけだった。

 最大の責任者の責任を問うこともなく免罪する。そんな日本の無責任体質は74年たっても何も変わっていない。「東電裁判」と「東京裁判」は通底している。「東京裁判」では東条英機らに有罪判決が下ったが、「東電裁判」では勝俣氏らは「無罪」だ。無責任体質は74年前より進行しているということか。

 ☆自衛隊を頻出させるNHKニュース

  台風15号の被害は今も現在進行形だ。そのテレビニュースの報道を見ていて気になることがある。

 1つは、NHKのニュースに自衛隊の映像が頻繁に流れることだ。復旧・支援活動を行っているのはもちろん自衛隊だけではない。とりたてて自衛隊を映さねばならない内容でもないのに、自衛隊が“活躍”している映像がよく出る。民放と比較すると歴然だ。

 災害出動で自衛隊の好感度を上げ、9条に自衛隊を明記する改憲につなげる。それが安倍改憲の基本戦略だ。NHKの災害報道はまさにそれと符合している。

 ☆ボランティア頼みの危険

 もう1つは、「ボランティア活動」が賛美されすぎていることだ。

 ボランティアは確かに貴重だ。被災者にとってはまさに救世主だろう。だが、ボランティアがやっていることは本来、政治・行政がやるべきことだ。政治・行政がやらないからボランティアに頼らざるをえない。

 「国家と国民」の視点でみると、ボランティアは国民の「自助努力」ということになる。本来、国家(政治・行政)がやるべきことをやらず、災害復旧も国民の「自己責任」だといわんばかりに「自助努力」にまかせる。それは国家の怠慢だ。いや、それ自体が国家による国民支配の一環だ。

 善意の発露としてのボランティアは尊い。しかしそれは、災害対策を怠ってきた、そして被災後も被災者の復旧・支援に責任をもとうとしない国(政治・行政)への怒り・責任追及を伴ってこそ、真に価値あるものになるのではないか。

 


日曜日記66・旭日旗と「皇民化政策」・消費税の欺瞞・ゴーン夫人の怒り

2019年09月15日 | 日記・エッセイ・コラム

☆旭日旗と「皇民化政策」

  昨日(14日)の「一言」で「東京五輪と旭日旗」について書いたが、偶然にも同じ日のブログ「シンナラカンコク」(http://sinnara9.com/flagofinvaders/)に「日章旗と旭日旗」がアップされていた。

  旭日旗が朝鮮半島の植民地支配でいかに重大は役割を果たしたか、数々の鮮明な写真とコメントであらためて教えられた。例えば、1911年 に京都の「日出新聞」が新年の特別付録として配布した「朝鮮雙六(すごろく)。「上り」は、朝鮮総督府初代総督の寺内正毅が天皇の「併合詔勅」を読み上げている絵だが、その背景は旭日旗だ。植民地支配のテコとなった「皇民化教育」の現場や教科書にも「日章旗・旭日旗」が頻繁に登場する。

 「日章旗・旭日旗」は侵略戦争・植民地支配のシンボルであり、だからこそそれは同時に「皇民化政策」の象徴でもあった。ここにも東京五輪につながる天皇と「日章旗・旭日旗」の関係がある。

 ☆消費税・年金生活者支援金「158円」の欺瞞

  先日、厚労省・日本年金機構から「年金生活者支援給付金請求手続きのご案内」なるものが届いた。「消費税率引き上げ分を活用し…年金受給者の生活を支援するために、年金に上乗せして」支援給付金を支給するから葉書で申し込めという。

  いくら給付されるのか、と見るとなんと「158円」。158円(葉書の切手代を指し引けば96円)で「生活支援」だって?!バカにするのもほどがある!消費税の増税分は年金受給者にも還元しているというポーズにすぎないことは明らかだ。生活に窮するわれわれ年金受給者がますます痛手を受ける消費税増税。その年金受給者を「158円」で増税のダシにつかおうとは!

  もちろん給付金が多ければいいというものではない。今回の消費税増税は結局、アメリカのいいなりに巨額の兵器を購入する軍事費膨張のつけ回しだ。1%たりとも増税は認められない。いや、逆累進性の消費税は減税・廃止すべきだ。

  その本質論をまったく棚上げし、メディアは「8%と10%をどう区別?」などとまったく本質を外れた議論に終始している。安倍政権の思惑通りだ。
 今からでも声を大にして言わねばならない。軍拡のための消費税増税は絶対に許せない。

 ☆ゴーン夫人の怒り

  日産自動車の西川広人社長が不当報酬を受けていたことを認め、9日の取締役会で辞任が決まった。もともとカルロス・ゴーン被告を追い落とすために、検察が西川と司法取引して見逃していた疑いがある。徹底究明される必要がある。

  そのゴーン被告の夫人・キャロル・ゴーンさんが11日のニュースでこう言っていた。「日本は不公平だ。西川氏はいまも自宅にいて家族とも話ができる。私は4カ月も(夫と)話をしていない。西川氏は軽くたたかれるだけでなく、取り調べを受け、罰を受けるべきだ」

  キャロル夫人の発言は、日本の悪名高い「見せしめ司法」の問題とともに、日本人と外国人で対処が異なる警察・検察のダブルスタンダードを指摘している。当然の怒りだ。日本人として夫人の言葉を聞き流すことはできない。「日本(人)は不公平だ」。それはこの問題だけではない。


韓国報告<下>植民地歴史博物館、日本にこそ

2019年09月10日 | 日記・エッセイ・コラム

     

 今回の訪韓の最大の目的は、植民地歴史博物館(写真左)を訪れることでした(地下鉄4号線でソウル駅の次の「淑大入口」下車、10番出口から徒歩12分)。

 開館は昨年(2018年)8月29日。そうです、109年前(1910年)のこの日、帝国日本が武力で韓国「併合」を強行した韓国にとっての「屈辱の日」です。
 その意味について、また同館設立には日本の市民団体もかかわったことについては、開館翌日のブログに書きました(https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/m/201808)。そこでもぜひ訪れたいと書きましたが、約1年後にやっと叶えることができました。

 展示内容は広く深く、とても紹介しきれません。同館のHP、あるいはブログ「シンナラ韓国」(http://sinnara9.com/)をぜひご参照ください。そしてぜひ実際に訪れてください。
 ここでは、同館設立の原点・ルーツについて書きます。

 訪れた日、幸運にも同館を設立した韓国の市民団体・民族問題研究所の金英丸(キム・ヨンファン)さん(同研究所対外協力チーム長=写真中)にお話を伺うことができました(金さんは北海道や高知で仕事をされたことがあり、日本語がとても達者です)。
 金さんが強調したのは、植民地歴史博物館の設立は、「『親日派』を賛美する歴史修正主義・『ニュー・ライト』とのたたかいの成果」だということです。

 「親日派」とは、帝国日本の植民地支配に手を貸した韓国内の政治家、官僚、「知識人」などを指します。「韓国併合条約」(1910年)に調印した李完用(イ・ワニョン)首相、のちの李承晩(イ・スンマン)、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領らがその代表です。
 「その『親日派』が、戦後の冷戦体制と南北分断に便乗し、まともに清算されないまま、軍事独裁と守旧勢力の既得権を維持した結果、李明博(イ・ミョンバク)・朴槿恵(パク・クネ)政権を誕生させた」(金さん)のです。

 「日韓基本条約」(1965年)へ向け、「親日派」勢力によって日韓会談が続けられていた1960年代初め、「韓国社会の民主化を進めるためには親日問題を内から省察しなければならない」と考えたひとりの詩人がいました。林鐘国(イム・ジョングク)です。彼はただ独りで膨大な資料を徹底的に調査し、「親日派」1人ひとりの経歴・言動をまとめた「人名カード」を作成しました。その数なんと1万3000枚。

 その林氏の遺志を受け継いで、1991年に結成されたのが民族問題研究所です。研究所は林氏の事業を継承・発展させ、2009年、ついに林氏の「人名カード」の集大成ともいえる画期的な『親日人名事典』(全3巻=写真右)を刊行しました。

 同時に研究所は、強制動員問題や靖国問題などにも取り組んできました。その中で痛感されたのが、「過去清算運動の拠点」の必要性でした。
 2007年から建設運動を本格化させ、足掛け11年、ついにその「拠点」が実現しました。それが植民地歴史博物館です。

 金さんの話を聞きながら、私は血が騒ぐような興奮を覚えるとともに、恥じ入りたい思いにも襲われました。侵略・植民地支配の犠牲者・被害者である韓国で、それに協力した勢力の問題を内側から調査・検証し教訓化しようとする努力が綿々と続けられている。では本来、それをしなければならない、する責任がある加害国・日本はどうなのか。日本国民はいったい何をしてきたのか。

 歴史修正主義というなら、安倍晋三、麻生太郎こそ典型的な歴史修正主義者ではないか。朴槿恵が朴正熙の娘なら、安倍晋三は戦犯(容疑)・岸信介の孫であり、麻生太郎は売国政治家・吉田茂の孫だ。その安倍、麻生に対して、彼らがわがもの顔に振る舞っている安倍政権に対して、日本は、日本の国民・市民は何をしてきたか、何をしているか。常に過半数近い「支持」(世論調査)を与えているだけではないか。

 昨年のブログの最後に、「日本の侵略・植民地支配の歴史を学ぶこうした博物館を日本でこそ造っていきたい」と書きました。その思いは実際に植民地歴史博物館を訪ねていっそう強くなりました。
 しかしその意味は、けっして「歴史を学ぶ」ためだけではない、と認識を改めました。韓国の人たち、民族問題研究所の人たちにならって、跳梁跋扈している日本の歴史修正主義(者)とたたかう。その「拠点」をつくる。その意味を含めて、日本にも、日本にこそ、「植民地歴史博物館」を造らねばなりません。

 


韓国報告<中>韓国は歴史を忘れない

2019年09月09日 | 日記・エッセイ・コラム

      

 3回目の訪韓であらためて胸に刻まれたのは、韓国という国そして国民は、けっして歴史を忘れない、とりわけ帝国日本による侵略・植民地支配の歴史は忘れない。忘れないどころか、新たな史実の発掘も含め、歴史の教訓を今と今後に生かそうとしていることです。

  国立日帝強制動員歴史館(プサン駅からバスで約30分、徒歩約10分)…「日本によって行われた強制動員の惨状を国民に広く知らしめ、正しい歴史意識を鼓舞し、人権と世界平和に対する国民教育の場を提供する目的」で、2015年12月10日、国が約52億円を投じて設立しました(写真左から1)。 

 強制動員とは、「日本帝国主義がアジア・太平洋地域で行った人的・物的動員と資金統制のこと」と定義されています。その内訳は、労務動員(徴用工)約755万人(重複動員を含む)、軍属動員、軍人動員・約20万人以上、女性動員(性奴隷・「40万人以上と言われている」)。

  展示品でとりわけ目を引いたのは、徴用工らを使役した三菱重工など日本企業の各種の書類です(写真2)。徴用工問題はこうして徴用工を酷使した日本企業と犠牲になった朝鮮の人々(被害者)の問題、被害工員に対する加害企業の補償の問題です。国家間の条約・協定(1965年)で解決したという安倍政権の言い分がまったく誤りであることがあらためて実感されました。

 〇 漢陽(ハニャン)都城博物館(ソウル駅から地下鉄で5番目東大門駅すぐ)…「朝鮮時代(14C-引用者)から現代にいたるまでの漢陽都城(首都の城郭)の歴史と文化」を伝えるものです(写真3)。

 注目されたのは、近年の発掘調査で、「日帝強占(植民地支配)期」に潰された水路跡が発見されたことです(写真4)。日本は韓国の首都を占領し、水路まで破壊して都市を造り替えたのです。それが遺跡として残り、最近になって発見され展示されている。そのことを私たち日本人は知る必要があります。

 〇 孫基禎(ソン・ギジョン)像・記念館(ソウル駅から徒歩約10分)…ベルリンオリンピック(1936年)のマラソンで優勝しながら、帝国日本の侵略・植民支配の象徴である「日の丸」を胸に付けざるをえなかったことに涙した孫選手。当時東亜日報は、孫選手の胸の「日の丸」を消す修正を行って紙面に出しました(「日章旗抹消事件」。7月30日のブログ参照)。

 その孫基禎の像(写真5)が首都の中心・ソウル駅から歩いてすぐの所にあり、母校の財団によって記念館(写真6)が設立・運営されている(無料で観られます)。このことも、韓国の人々の日帝支配に対する怒りを端的に示しているのではないでしょうか。

 〇 東大門・平和市場の全泰壱(チョン・テイル)像(東大門駅そば)…東大門に600㍍にわたって軒を連ねる平和市場は、衣料市場として有名です。そこを流れる清渓川(チョンゲチョン)の橋の上に1人の青年の像がありました(写真7=夜撮影)。労働運動家・全泰壱です。韓国の人ならみんな知っているそうです。

 「全泰壹は1965年からソウルの東大門平和ピョンファ市場で働き、劣悪な労働条件と人権侵害を体験して、労働運動家となり、活動していました。そして1970年11月、「勤労基準法を遵守しろ」「私たちは機械ではない」「日曜日は休ませろ」など叫びながら、抗議の焼身自殺をしました。その時彼は22歳でした」(ブログ「シンナラ韓国」http://sinnara9.com/pyeonghwamarket/より)

 韓国は日帝支配の歴史だけでなく、市井の労働運動家のたたかいの歴史も忘れず、讃え、教訓にし続けているのです。

 〇 深夜に公共放送で連日ドキュメンタリー…ハングルが分からないまま、ホテルでテレビをみていたら、午後11時から1時間、KBS放送(韓国の公共放送)でドキュメンタリー番組をしていました。テーマは「慰安婦」「朝鮮軍夫」など。沖縄の具志堅隆松さん(ガマファー)も出ていました。翌日も同じ時間、局でドキュメンタリーはありました。やはり日帝支配に関連するもののようです。これが韓国の公共放送、市民が見るテレビです。
  ほかにも新たに気づいたことがありますが、別の機会にします。

 博物館・史跡に共通していることがあります。それは日本語の説明板がほとんどないことです(博物館には日本語のリーフはあります)。「3・1独立運動」の記念地・タプコル公園(鐘路3街駅徒歩5分)にある「独立宣言文」(写真8)も、ハングル訳、英訳はありますが日本語訳はありません。

  「日本人観光客に親切」な韓国と矛盾するようなこの現状をどうみればいいでしょうか。
 私はこう考えます。「日本語の説明がない」とぼやく前に、グルメやエステを目的に韓国を訪れる日本人観光客のいったい何人が国立日帝強制動員歴史館やタプコル公園を訪れるのかを問うべきだろう。もし多くの日本人観光客がこうした博物館・史跡を訪れていれば、韓国はおそらく日本語説明板を設置するだろう。日本語の説明が少ないのは、日本人の歴史に対する無関心の反映ではないか。


韓国報告<上>韓国は優しかった

2019年09月08日 | 日記・エッセイ・コラム

     

 今月3日から6日まで(3泊4日)韓国へ行きました(ソウル・プサン)。3回目の訪韓です。今回感じたこと考えたことを3回にわたって報告します。

 ☆日本人に優しかった

  出発前、何人かの人に「韓国へ行ってくる」と言うと、例外なく「大丈夫か?危ない所へは行くなよ」と言われました。昨今の「日韓関係」報道の影響であることは明らかです。
 実際の韓国はもちろん、思っていた通り、これまでと同じように日本人(である私)に優しかったです。

  ハングルが分からない私は、道行く何人もの人に、ただ地図を見せて目的地を指すという大変失礼な形で道を聞きました。10人以上に聞きましたが、例外なくみなさん丁寧に教えてくれました(多くがスマホで検索して)。おかげでホテルなど目的地に無事たどりつくことができました。

  プサンの国立日帝強制動員歴史館を訪れた時、エントランスの喫茶店でアイスコーヒーを頼んだら、店員さんが手描きのカップホルダーをくれました(写真左)。「ようこそ」という意味らしいです。

  ソウルに住む友人にそんな話をしたら、友人は「韓国が批判しているのは安倍であって、日本人ではない。韓国の人はいつも日本人に優しいよ。最近は優しさ25%増かな」と笑っていました。

 ☆優しいのは日本人に対してだけではない

  韓国(人)が優しいのは日本人に対してだけではありませんでした。

 〇 仁川空港からソウル市街へは空港鉄道で行くのですが、何度もこんな社内アナウンスが(日本語でも)流れました。「優先席は、まだおなかの目立たない初期の妊婦さんを含めたすべての妊婦さんの席です。着席をご遠慮ください」
 「まだおなかの目立たない妊婦さん」へも配慮。日本も見習うべきです。

〇 ソウルではコンビニが日本と同じくらい多く、よく利用しましたが、例外なく、レジ袋はありません。プサン駅裏のスーパーにも行きましたが、ここでもレジ袋はありません。使うかどうか聞くこともしません。レジ袋は使わないのが普通、恒常化しているようです。
 環境にも優しいのです。日本は遅れています。

〇 ソウル・プサンの往復はKTX(高速鉄道)を利用しました(片道約2時間半、約5000円)。驚いたことに、ソウルの駅にもプサンの駅にも改札がありません(写真中)。素通りです。車内で切符を点検することもありません。友人に聞いたら、KTXだけでなく、他の鉄道もそうだそうです(地下鉄は自動改札があります)。
 人件費の問題もあるのでしょうが、乗客にも優しいと感じました。優しさというより、乗客(人)に対する信頼でしょうか。

〇 ソウル市内の移動には地下鉄とともにバスが便利です。多くのバスが走っています。バス停の掲示がまた親切です。何番のバスがあと何分で着くかはもちろん、車内の込み具合まで表示されます(写真右)。バス会社(公社)は、複数が競合している日本とは違い1社に統合されているそうで、迷うこともなく、情報も正確です。
 友人は、「ほかの外国と比べてもバスの運行がこんなに整然と管理されている国はない。韓国のバス運行は世界一だ」と言っていました。「以前は韓国は日本より遅れた国のように思われていたが、今では日本より進んだ優れた点がいくつもある」

 日本人の「対韓イメージ」は、日本の政府とメディアによってつくられた誤った”イメージ“です。韓国に対してこうなのですから、「対朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)イメージ」のいい加減さは推して知るべしです。 

 日本の政府やメディアに惑わされないで、自分の韓国観、朝鮮観を持つこと。そのためには日本メディアの情報だけでなくできるだけ多くの情報を得る努力をすること。そして一番いいのはその国に行って、自分の目と耳と感性で実際にその国に触れること。この当たり前のこと、しかし最も重要なことを再認識しました。

 <訂正>昨日のブログで、2段目はじめの方「徳仁天皇退位」は「徳仁天皇即位」の誤りでした。訂正してお詫びします。


日曜日記65・被災地に旭日旗・沖縄でも「天皇作品」規制・「不登校」は幸せ

2019年09月01日 | 日記・エッセイ・コラム

☆大雨被災地に旭日旗

  大雨で佐賀県に大きな被害が出た8月29日、NHKが映し出した被災地・大町町の映像に唖然とした。自衛隊の救命ボートになんと旭日旗が翻っているではないか(写真)。

 災害救助の専門組織をあえてつくらないまま災害のたびに自衛隊を出動させるのは、自衛隊(軍隊)への拒否感情を払しょくする狙いだが、旭日旗は度を越している。

  旭日旗は文字通り、帝国日本(天皇制国家)の侵略戦争・植民地支配の旗印だ。それを海上自衛隊が今も正式な隊旗としていること自体、憲法に反している。最近も自衛隊の韓国観艦式への参加(2018年)や東京パラリンピックのメダルデザインをめぐって韓国から旭日旗に対する抗議があったばかりだ。

 その旭日旗を「災害支援」で掲げるとは…。自衛隊の「災害出動」の本質を見た気がする。

 ☆沖縄でも「天皇作品」を自己規制

  8月29日付の沖縄タイムスに「あいちトリエンナーレ」の芸術監督・津田大介氏のインタビューが掲載された。その中で津田氏が、中止にした「表現の不自由展・その後」にあった天皇裕仁をモチーフにした大浦信行氏の作品に関して、こう話している。「大浦さんの昭和天皇を扱った作品は沖縄(の県立博物館・美術館)でも展示するはずだったが、結局できなかった」

  聞き捨てならない話だ。沖縄でも「天皇作品」が展示できなかった。調べてみると、それは2009年(仲井真弘多県政)のことらしい。大浦氏の「遠近を抱えて」という作品に裕仁の写真が含まれていて、はじめに富山で展示が妨害され(1986年)、それが沖縄にも飛び火した。作品は決して裕仁や天皇制を批判したものではない。にもかかわらず沖縄県(美術・博物館)が自己規制した。

  沖縄戦で市民を犠牲にした張本人である天皇裕仁に対する県民の批判・嫌悪は強いものがある。半面、天皇制に対する複雑な感情・思想も沖縄にはある。沖縄戦の研究・伝承に天皇制批判が結びついていない(弱い)とも感じる。沖縄と天皇(制)。もっともっと追究しなければならないテーマだ。

 ☆「不登校」は幸せだ

  夏休みが終わると生徒・児童の「不登校」がクローズアップされる。27日朝のNHK(視点・論点)で、小幡和輝氏(作家・起業家)が、自らの体験から「不登校は不幸じゃない」「子どもを苦しめているのは周りからの圧力だ」と強調していた。まったくその通りだ。

  もう一歩すすめて、「不登校は幸せだ」と言いたい。なぜなら、不登校者は「学校」という制度から逃れられているからだ。制度としての「学校」は、国家が「国民」を支配するための「教育」の場だ。戦後は「民主教育」というが、引き続き国家(文科省)の支配下にあり、国定教科書を使い、日々文科省の指導・管理下に置かれている点で、戦前と本質的に変わっていない。

  この「学校」にどっぷりつかり、「試験」でいい成績を取ることが評価されることは、子どもの人間的発達にとってたいへん不幸なことだ。したがってその「学校」につかっていない不登校者は幸福だ。

  いわゆる「不登校問題」で重要なのは、学校へ行かせることではもちろんなく、不登校の子を慰め励ますことでもなく、大人(親・祖父母・市民)が「学校観」を転換することだ。学校制度を根本的に変革するか、「学校」以外の学び・成長の場をつくる(権利として保障する)こと。「不登校」で問われているのは、大人・「国民」の方だ。親としての体験からそう断言できる。


日曜日記64・安倍首相代弁した新藤義孝の暴言・河村たかしを慰めた玉城デニー

2019年08月25日 | 日記・エッセイ・コラム

☆安倍首相代弁した新藤義孝の暴言

 かつて安倍政権で総務相を務め、現在自民党の政調会長代理という要職にある新藤義孝が、今月16日のBSフジ「プライムニュース」に生出演し、「元徴用工問題」についてこう言った。
 「内地にいる日本人の方が厳しい状況にあった。『無理やり連れて行かれた』という言い方はやめた方がいい」(22日付中国新聞=共同配信)
 さらに、「(新藤は)韓国は歴史をねじ曲げて賠償を求めているとして上で、有効な対抗手段は『戦略的無視』だと訴えた」(同)

 日本の朝鮮植民地支配を真っ向から否定するこうした荒唐無稽の暴言が公然とテレビ番組で放たれる。安倍・自民党の異常さは際立っている。新藤は日本会議議連はじめ神道議連、靖国議連など主な右翼的議連にいずれも名を連ねている、いわば安倍晋三の子飼いだ。新藤の発言は安倍の心中を代弁したものと言っても過言ではない。

 しかも16日とはどういう日だったか。前日の15日、「光復節」の式典で韓国の文在寅大統領が、「日本が対話と協力の道へ向かうなら、われわれは喜んで手を結ぶ」と対話を呼びかけたばかりだ。新藤の暴言は文大統領の「呼びかけ」に後ろ足で砂を掛けたに等しい。

 新藤の暴言はたんなるバカな自民党議員の妄言ではすまされない。日本の政権党幹部、安倍側近の1人の公の発言だ。日本人として絶対に見過ごし許すことはできない。

☆河村たかしを慰めた玉城デニー

 見過ごせない発言といえば、玉城デニー沖縄県知事の次の発言もそうだ。
 玉城知事は今月20日、名古屋市を訪れ市役所内で河村たかし市長と面会した。そこでのやりとりだ。

 「河村市長が『最近はとんでもないことばかり起こるもんで、やけくそでよ。酒を飲まなやっとれんでよ』とぼやく場面も。愛知県で開催中の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ』の企画展『表現の不自由展・その後』を巡る問題が念頭にあったようで、玉城知事が『沖縄で泡盛を傾けながら癒していただければいい』となだめた」(21日付琉球新報)

 たとえ外交辞令だとしても言っていいことと悪いことがある。「表現の不自由展・その後」が3日で中止されるという「とんでもないこと」の火付け役が河村自身であることは周知の事実だ。河村は「従軍慰安婦」(戦時性奴隷)をモチーフにした「少女像」に対し「日本人の心を踏みにじるものだ」と言って攻撃した。それが展示妨害を煽った。河村のこの暴言の背景には、「南京虐殺はなかった」などの持論・歴史修正主義がある。

 こうした河村に対し、日本の侵略戦争・植民地支配の責任を問う立場からはもちろん、「表現の自由」を守ろうとする広汎な人々から批判が巻き起こっている。その最中での名古屋市役所訪問であり対談だった。少なくとも「展示の中止は遺憾」の一言があってしかるべきだ。それを「泡盛で癒して」と慰めるとは…。泡盛も泣いているだろう。

 朝鮮半島と同じく日本の植民地とされた琉球。元「慰安婦」や元「徴用工」、その支援者らと手をつながねばならない沖縄。その知事のあまりにもお粗末すぎる姿だ。