アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

昭和天皇とアメリカを美化するNHK「歴史秘話ヒストリア」

2015年07月30日 | 戦争・天皇

      

 NHKは29日、「歴史秘話ヒストリア」で「もうひとつの終戦~日本を愛した外交官グルーの闘い~」を放送しました(写真はいずれも同番組から)。日米開戦までの10年間駐日大使を務め、その後米国務次官となったジョセフ・C・グルー(1880~1965)が、いかに日本を愛し昭和天皇を敬慕し、ポツダム宣言受諾に尽力したか、という話です。

 番組は冒頭から、グルーの飼い犬が皇居の堀りに落ちたことを天皇裕仁が気遣ったとされるエピソードをあげ、「(天皇は)なんとおやさしい心遣いか」「昭和天皇は気さくな人物だった」「日本には天皇陛下がいるので軍の独裁の危険はない」「天皇は最後まで戦争を望んでいなかった」などなど、グルーの言葉を借りて、これでもかと天皇裕仁の賛美です。

 そしてグルーはポツダム宣言の草案に「天皇制維持」を明記したけれど、バーンズ国務長官がこれに反対。グルーはそれを巻き返し、最終的に「天皇制=国体護持」の趣旨をポツダム宣言に盛り込ませた、というのが番組の「秘話」です。

 結局これは、グルーを通して、天皇裕仁とアメリカが「本土決戦」の犠牲を避けて戦争を終わらせたと美化するものにほかなりません。

 そもそもグルーは、米モーガン財閥の一族で、「日本と中国におけるアメリカの投資利益の行方を憂慮していた」(『軍隊なき占領』)といいます。「その大部分はモーガン系列の企業と銀行が支配していた」(同)からです。
 太平洋戦争末期、米国務省は日本への厳しい処分を主張する勢力と、日本への宥和的な政策を主張する保守派に分裂していました。「アメリカの資本家たちは、この両国(ドイツと日本)に巨大かつ価値ある利権を有しており、領地を占領して、その政府を一時的に支配したのち、両国への投資と市場拡大を促進したいという野望をいだいていた」(同)のです。その米資本の代弁者が国務省保守派であり、中心人物がグルーにほかなりません。
 グルーはその宥和的な対日政策遂行のために「天皇制」を利用したのです。こうした背景は番組では一切無視されています。

 ポツダム宣言受諾の経緯も見過ごせません。ポツダム宣言が発表されたのは1945年7月26日。日本がその受諾を最終決定したのは8月14日。この間、たしかに「天皇制容認」をめぐる文言は大きな焦点でした。しかし、当初アメリカ(トルーマン大統領)が「天皇制容認」を認めなかったのはなぜか。そして8月10日に一転して事実上容認(「バーンズ回答」=写真右)したのはなぜでしょうか。

 「トルーマン大統領はポツダム宣言に天皇制容認の文言がなければ、日本側がほとんど間違いなくポツダム宣言を受け入れないであろうという風に確信していました。結果的に日本政府はポツダム宣言を黙殺するということで、実際にその通りになった」。それはトルーマンの思惑通りでした。「なぜなら、ポツダム宣言でせっかくアメリカが降伏のチャンスを与えたのに日本側がそれを無視したから、あくまでも戦争を継続しようとする狂気の日本を降伏させるためには、最後の手段である原爆を使わざるを得なかったという理屈が通ることになったからです」(木村朗氏、『広島・長崎への原爆投下再考』)

 そして8月6日(広島)と9日(長崎)にアメリカはその野望を果たしました。一方、8日にソ連が参戦を表明。これによってアメリカは一転、早急に日本を降伏させる必要に迫られました。「対日戦に参戦してきたソ連の極東における影響力の拡大を阻止したいという思惑」(吉田裕氏、『昭和天皇の終戦史』)があったからです。

 こうしたアメリカの思惑、戦略を一切捨象して、グルーの「日本・天皇への敬愛」美談にすりかえることは、「終戦」と戦後の歴史を歪曲し、天皇とアメリカを不当に美化するものと言わねばなりません。
 
 「戦後70年」。「終戦と天皇制」をめぐる歴史改ざんの動きと思惑を見過ごすことはできません。

 今年、天皇明仁の提唱(と言われている)で、昭和天皇の「玉音放送」原盤なるものが初めて公開されることも、けっして無関係ではありません(この問題はあらためて検討します)。


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「沖縄の基地は本土に引き取る」をどう考えるか

2015年07月28日 | 沖縄・平和・基地

        

 今月12日に大阪で、「辺野古で良いのか もう一つの解決策」と題するシンポジウムが開催されました(写真左は琉球新報より)。「もう一つの解決策」とは、沖縄米軍基地の「県外(本土)移設」であり、「基地を本土に引き取る」ということです。

 かねてから「県外移設」を主張している高橋哲哉東大教授のほか、「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動」の松本亜季氏(ヤマトンチュ)、「沖縄に基地を押し付けない市民の会」の金城馨氏(ウチナンチュ)らがパネリストを務めました。

 「基地は本土へ引き取れ」は沖縄側からの主張にとどまらず、本土の側からの「市民運動」になろうとしています。この問題を、どう考えれば良いでしょうか。

 琉球新報(16日付)と沖縄タイムス(22日付)に掲載されたシンポの詳報から、主な主張を紹介します(太字は私)。

 ◎高橋氏・・・「私たち本土の人間は沖縄に基地を押し付けてきた加害者。安保の賛否に関係なく、沖縄の米軍基地は本来あるべき本土に引き取らないといけない
 「安保を支持する8割の人たちは負担とリスクを引き受けるべきで、引き受けられないなら安保を支持できないということになる。8割の人たちに、問題に直面してもらう、当事者意識を持ってもらうことが重要だ」
 「(安保条約について)私は最終的に廃棄して米軍基地をなくすべきだと思う。・・・しかし廃棄運動は半世紀以上を経ても実現の見通しを立てられず、沖縄の在日米軍基地負担率は高まり続けた。これまでの自分と運動を問い直し、軍事だけでなく差別の問題として捉える必要がある」「安保条約をただちに廃棄できないなら、その間は沖縄の基地を本土に引き取った上で廃棄を目指すべきだ
 「全国で本土移設運動を進めないといけない。日米安保体制を問うことと両立できるし、同時に取り組む必要がある

 ◎松本氏・・・大阪で10年間続けてきた辺野古新基地建設反対運動を振り返り、「基地はどこにもいらないと訴えてきたことが、結果として、沖縄にある基地の固定化につながったのではないか。政府の沖縄に対する差別的な政策がひどくなる中、立ち止まって考えざるをえなかった」
 「このまま同じことを訴え続けても沖縄から基地が一つでもなくなるイメージができない。8割が日米安保を支持している今、日本の中に基地を引き取ることが沖縄への差別をやめるためのステップだ」

 ◎金城氏・・・「本土と沖縄が対等な関係を築くためには本土移設が必要だと考えるようになった」
 「全ての基地をなくすのが一番大きな正しさで、大きな正さが強い。全ての基地をなくすという声に沖縄の(県外移設の)声はつぶされていく。自分たちの正しさの暴力を見極めて言うべきだ」

 それでも私は、沖縄米軍基地の「県外(本土)移設」「本土へ引き取る」には、賛成できません。シンポでの発言や、高橋氏の新著『沖縄の米軍基地 「県外移設」を考える』には、多くの疑問や意見があります。それはあらためて述べます。

 しかし、今思うのは、高橋氏、松本氏、金城氏らの主張をけっして軽々に聞き流してはいけない、その重みをしっかり受け止めねばならないということです。
 みなさんの主張はこれまでの運動の到達点に立ってなされており、けっして「日米安保を支持する8割の人たち」だけに向けられているものではありません。いやむしろ、「安保反対」の人に対し、さらにこれまで「平和運動」に参加・取り組んできた人たちや組織に対してこそ、主張されているのだと思います。

 基地や日米安保、沖縄に対する自分のこれまでの考え、姿勢を改めて問い直す。そのうえで「県外(本土)移設」「基地を本土に引き取る」について議論する必要があります。
 それは、核・原発、さらに戦争・戦後責任と自分のかかわりを問い直すことにつながるはずです。
 

  


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辺野古工事目前!怒りの矛先はどこへ?

2015年07月25日 | 沖縄・翁長知事

         

 辺野古新基地建設の本体工事着工へ向け、沖縄防衛局は24日、事前協議書(一部)を沖縄県に提出しました。「協議の開始は埋め立て工事着手に向けた手続きの最終段階を迎えたことを意味する」(25日付沖縄タイムス)ものです。
 協議期間については、「具体的な時期は言及していないが同(防衛)省は『3週間をめど』として県に時期を提示している」(24日付琉球新報)といいます。工事強行はまさに目前です。(写真中は同日付の沖縄タイムスから。同紙は「24日に協議が始まった」としています)

 翁長県政与党の各会派は、「政府の焦りと強引さの表れだ」「県民への挑戦だ」(25日付琉球新報)、「県民無視だ」(同沖縄タイムス)などと政府を批判しています。
 しかし、事態はもはや安倍政権を批判するだけですむ段階ではありません。
 安倍政権に「県民無視だ」「県民への挑戦だ」と言ってみても、カラスに「お前は黒い」と言うようなものです。違憲法案を平気で強行採決するような独裁政権を相手に、当たり前の批判をしているだけでは勝てません。怒りの矛先はどこへ向けるべきでしょうか。

 協議書の提出に際し沖縄防衛局は、「前知事の埋め立て承認を強調し、『協議が整わない内容ではない』と強気の姿勢を示し」(同琉球新報)ました。協議書は仲井真前知事が埋め立てを承認した際の「留意事項」にもとづくものだからです。
 県は一応受理を保留しています。「受理すれば前県政の承認を前提にした手続きを進めることになる」(同沖縄タイムス)からです。しかし県幹部は、「県が埋め立て承認の留意事項で『「事前協議すること』と条件を付けているから、不受理とすることは難しい。不受理としてしまえば、防衛局は、『県が事前協議をはねのけた』と言って、大手を振って本体工事に入ってしまう。部分的な協議でも協議に入らざるを得ないのではないか」(同琉球新報)と言っています。

 協議書提出で政府・防衛省が攻勢に出て、県は進退窮まっている、かのような状況です。
 しかし、実は防衛省の「強行姿勢」も、県の苦境も、1本の柱で支えられた舞台の上でのやりとりにすぎません。その柱を倒せば、形勢は一気に逆転します。
 その柱とは、仲井真前知事の「埋め立て承認」であり、柱を倒すとは、それを「取り消し・撤回」することにほかなりません。

 協議書の提出は、「承認取り消しの判断が出る前に、一つでも既成事実を積み重ねるのが狙い」(比嘉瑞己県議、同琉球新報)なのです。そして、「埋め立てに着手するとなると、翁長知事の承認取り消しの判断に影響を与えるのは確実」(県幹部、同沖縄タイムス)です。

 つまり政府・防衛省は、翁長氏がいまだに承認の取り消し・撤回を行わないことをいいことに、「承認」に基づいた「合法的」手段で既成事実を積み重ね、取り消し・撤回を封じようとしているのです。
 もやは一刻の猶予もなりません。翁長氏に直ちに埋め立て承認の取り消し・撤回を表明させねばなりません(取り消しと撤回は異なり、取り消しではなく撤回をこそ行うべきですが、これについては別途考えます)。

 ところが当の翁長氏はどうか。シンガポールに出張中で、協議書提出については、「何も聞いていない。このような大事なことは情報が入らない中では話をできない」(同琉球新報)とノーコメントを決め込んだのです。
 「何も聞いていない」?そんなバカな話はありません。防衛局から協議書を受け取った末吉土木建築部長はその場で直ちに翁長氏に電話したはずです。もしほんとうに何も報告していないとすれば、更迭に値しますが、そんなことはありえません。翁長氏がコメントから逃げたのです。

 もういいかげんで「翁長タブー」から脱却しませんか。翁長氏が取り消し・撤回を棚上げして(公約違反)、安倍政権と秘密裏に協議を進めていることに目をつむるのは止めませんか。県政与党も、翁長氏を支持した県民も、琉球新報も、沖縄タイムスも。
 安倍独裁政権とたたかうために、怒りの矛先は翁長知事にも向けるべきです。


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戦後70年世論調査ーこんな「平和主義」でいいのか

2015年07月23日 | 国家と戦争

         

 世論調査は質問の仕方で数字が変わるなど、その結果が必ずしも「国民世論」を正確に反映しているとは言えません。それを前提にしながらも、22日各紙がいっせいに報じた共同通信の「戦後70年世論調査」結果は見過ごすことができません(この調査項目、選択肢にも多くの疑問がありますが)。

 憲法を「このまま存続すべきだ」(60%)が「変えるべきだ」(32%)を大きく上回り、88%がその「戦争放棄・平和主義」を評価(複数回答)していることから、「平和主義は国民の間でしっかりと定着している」(共同通信解説)と評されています。

 国民の多数が憲法の「平和主義」を評価していることは確かで、それに逆行する安倍政権の戦争法案がこの世論に照らしても絶対に許されないことは明白です。

 しかし同時に、この世論調査に表れた日本国民の「平和主義」は、はたしてほんとうに評価できるものでしょうか。
 それを検証するものが、「日本は戦後、米国と日米安保条約を結び、同盟関係を築いてきました。あなたは日米の同盟関係をどう思いますか」という質問に対する回答です。
  今よりも同盟関係を強化すべきだ・・・20%
  今の同盟関係のままでよい    ・・・66%
  同盟関係を薄めるべきだ     ・・・10%
  同盟関係を解消すべきだ      ・・・2%
  無回答                 ・・・2%
 この結果を戦争法案強行の不当性の根拠とする論調がありますが、私はむしろ、「強化すべきだ」が「薄めるべきだ」の2倍、現状肯定が66%、そして「解消すべきだ」(つまり日米安保条約廃棄)はわずか2%という結果に、驚きと戦慄を覚えます。

 「日米安保条約による同盟」とは、いうまでもなく、軍事同盟です。戦争法案がそれをさらに危険な段階に進めることは確かですが、では「今のまま」ならいいのでしょうか。
 ベトナム戦争では日本から戦闘機が飛び立ち、日本はアメリカの兵站・後方支援基地となりました。イラク戦争でアメリカの無謀な戦争に自衛隊を派遣して加担したのも日米安保条約に基づくものです。騒音、環境破壊、墜落事故、米兵犯罪など日常の米軍基地被害は、「今の同盟関係」の姿にほかなりません。これがどうして肯定できるのでしょうか。

 それは沖縄の基地に対する世論にも表れています。「日本の安全保障上、沖縄に米軍基地は必要だと思いますか」との質問に、「大いに必要だ」(17%)、「ある程度必要だ」(57%)を合わせ、実に74%の日本国民は「沖縄に米軍基地は必要だ」と言っているのです。「あまり必要ない」(18%)「まったく必要ない」(7%)は合せて25%にすぎません。

 さらに、焦点の「普天間飛行場移設」について(写真左)、「工事を中止し、話し合うべきだ」(48%)が多数であることから、安倍政権の不当性を指摘することは妥当です。しかし、「話し合うべきだ」は必ずしも「県内移設反対」とは言えません。明確に「県内移設」に反対しているのは15%にすぎず、それは「政府の方針通り」つまり辺野古新基地建設賛成35%の半分以下です。

 沖縄の米軍基地に対する日本国民のこうした世論は、日米安保・軍事同盟の肯定と無関係ではありません。日米安保体制を肯定することは、在日米軍基地を肯定することであり、そのしわ寄せを基地のある地域に押し付けることにほかなりません。その最たるところが言うまでもなく沖縄です。

 日米軍事同盟を肯定した「平和主義」とは、自分や家族が米軍基地の被害に遭わねばいい、戦争に巻き込まれなければいい、という無責任で利己的な「平和主義」ではないでしょうか。
 戦争法案反対・阻止と、辺野古新基地反対・阻止と、日米軍事同盟(安保体制)反対・廃棄は、けっして切り離せません。
 日米軍事同盟を解消してこそ、日本が攻撃されても「非暴力で抵抗する」(41%)という非戦の意思に沿った、ほんとうの「平和主義」といえるのではないでしょうか。 


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いま岸信介を美化するNHKの政治性

2015年07月21日 | メディアと日本の政治・社会

         

 安倍政権が戦争法案の衆院通過を強行(16日)した翌々日の18日夜、NHKスペシャルは「戦後70年・日本の肖像」シリーズで、「“豊かさ”の吉田茂と“自立”の岸信介・・・」と題した番組を放送しました(右写真2枚は同番組から)。

 吉田茂の問題はさておき、岸信介の「日米安保改定」も「憲法改正」論も日本の「自立」を目指したものだとし、「岸によって日米安保は明らかに良くなった」(コメンテーターの田原総一朗氏)などとしました。これは重要な事実にはまったく触れずに岸を不当に美化するものであり、見過ごすことはできません。
 NHKが触れなかった岸の実像をいくつかあげます。

 アメリカ・CIAのエージェント

 そもそもA級戦犯容疑だった岸がなぜ、不起訴で釈放されたのか。
 「起訴された指導者たちに優るとも劣らない政治的役割を担った岸が、なぜ不起訴、釈放になったのかという問題は、岸自身が戦後日本に重きをなし、首相にまで登りつめた人物であるだけに、なおのこと注目され続けた」(原彬久氏、『岸信介』)

 太平洋戦争を始めた東条英機内閣において岸は商工大臣の要職にありました。起訴・不起訴の分岐点と言われた開戦決定の「御前会議」(1941年12月1日)にも岸は出席しています。なのになぜ、岸は無罪放免になったのでしょうか。

 「占領軍当局は、A級戦犯容疑者の岸を巣鴨で尋問したあと、この戦前の超国家主義者が戦後日本における共産主義の急激な拡大を阻止するために、役立つことに気がついた。岸が児玉誉士夫、笹川良一と同じ拘置所に留置されたのは、おそらくそのためであろう。三人はそれぞれ絞首刑を免れることと引き換えに親米的な特殊任務を担った。岸は政界において、児玉は右翼運動と政界のフィクサーとして、笹川は政府公認の競艇収益を世界中にばらまく『国際的な慈善家』として」(ジョン・G・ロバーツ、グレン・デイビス『軍隊なき占領』)

 岸が政治の表舞台に復活するのは、「公職追放解除」のたまものでしたが、それは昭和天皇の意向にそったもの(もちろん憲法違反)でした。

 「天皇からダレスに渡った伝言の、『陛下がアメリカと日本のためになるもっとも有益な結果を招来し、かつ、友好関係を助成する手段となるのは、パージの緩和だろうと考えておられます』は、ただちに実行された」(工藤美代子氏『絢爛たる悪運 岸信介伝』)

 岸の追放解除が1952年で54年にはすでに鳩山一郎内閣の党幹事長。55年の自民党結成(保守合同)をへて57年には早くも岸内閣誕生。まさに異例のスピードで権力の頂点に上り詰めた岸ですが、その裏には一貫して米・CIAの支援がありました。

 「共産勢力の伸張に抗するアメリカ政府は、鳩山政権下での民主党岸幹事長以来、彼が政権を取ったのちもマッカーサー大使や(ハリー・F)カーンを通じてCIAからの資金援助を維持していたことが・・・明らかになった」(『絢爛たる悪運 岸信介伝』)

 右翼・反共謀略組織を育成

 右翼の黒幕・児玉誉士夫(ロッキード事件で逮捕)と盟友だった岸は、右翼・暴力団とも深い関係にあり、反共謀略組織の育成に力を注いできました。

 「三年間の首相在任中・・・岸の指導の下で、右翼が大きく復活し、道徳再武装運動や文鮮明の統一教会といった疑似宗教団体が栄え、CIA資金が自民党の金庫に流れた」(『軍隊なき占領』)

 岸が右翼・暴力団を育成してきた“成果”が表れたのが、日米安保改定反対闘争(1960年)における国民弾圧です。

 「政府自民党は至急右翼陣営に大動員を号令することになった。ところが右翼陣営を総結集したところで、警官の不足分を補う二万人にはるかにおよばなかった。暴力団の組織力がここで買われることになった。・・・直ちに檄文が関東地方の親分筋に配られた。・・・この時、親分衆の間をまわって根回ししたのが児玉誉士夫だった」(竹森久朝氏『見えざる政府 児玉誉士夫とその黒い人脈』)

 さらに岸は、「日本郷友連盟や祖国防衛同志会など、民主主義の粉砕と天皇の政権復帰を擁護する極右団体の顧問もつとめた」(『軍隊なき占領』)

 このほか岸には、韓国軍事政権(当時)との関係、ODA、中東原油をめぐる暗躍など、その“黒い経歴”は枚挙にいとまがありません。

 岸こそは戦後一貫してアメリカの意を体し、資金的にも人脈的にもアメリカに操られ、アメリカの意向にそった政策(警職法、日米安保改定はその代表)を遂行し、さらに黒い地下組織とつながった対米従属の超右翼政治家です。
 そして、その対米従属性、反共・右翼組織(たとえば統一教会など)との密接な関係を引き継いでいるのが、孫の安倍晋三氏にほかなりません。

 安倍政権が岸にならって戦争法案の衆院通過を強行した直後に、そして同法の廃案をめぐって新たな攻防が始まるまさにそのときに、「公共放送」であるNHKが、岸の実像を隠ぺいし、岸と自民党を美化したことは、言語道断と言わねばなりません。


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安倍窮地の今、翁長知事はなぜ「取消・撤回」しないのか

2015年07月18日 | 沖縄・平和・基地

         

 安倍首相が17日急転直下、「新国立競技場を白紙に」戻した背景には、「首相は支持率を気にしており、安保法案の審議や今後の政権運営にも影響が出ると判断、ゼロベースで見直すという喝采を浴びる決断を演出した」(塩田潮氏、18日付琉球新報)という思惑があることは誰の目にも明らかです。
 同時に、「しかし『見直しは困難』との認識を示していたのに、ころりと態度を変えるとは無責任な話だ。・・・計画を見直しても国民の納得が得られるとは思えない」(新藤宗幸氏、同)のも、多くの国民の声でしょう。

 安倍首相は今、間違いなくたいへんな窮地に立たされていま。戦争法案を強行採決したことへの国民の批判をなんとかしてそらし、支持率の低下に歯止めをかけたい。そのためには見え見えの愚策に頼らねばならないほど追い詰められているのです。
 戦争法案を廃案にするためにも、いまこそ安倍政権に追撃を加えなければなりません。

 まさにその時に、沖縄の「第三者委員会」(大城浩委員長)が16日、翁長知事に仲井真前知事の「辺野古埋立承認」には「法的瑕疵がある」との報告書を提出しました。
 文字通りの好機です。ここで安倍政権に「承認取り消し・撤回」を突き付ければ、安倍政権がさらに窮地に陥ることは明白で、分厚い政権の壁をこじ開ける可能性が広がるでしょう。

 ところがなんと、翁長氏は、「(報告書を)最大限尊重し、判断を下したい」「(菅官房長官との)対話が始まっている。・・・しっかりと検証し、これから一生懸命に頑張る」(16日記者団に。17日付沖縄タイムス)。あろうことか「取り消し・撤回」を棚上げしてしまったのです。

 なんということでしょうか。報告書を「最大限尊重する」など当たり前のこと。自分が設置した委員会ではありませんか。その委員会が半年かけて検証した結果を、さらに「検証する」とはいったいどういうことですか。あきれてものが言えません。言うまでもなく、「報告書自体は翁長雄志知事が精査するものではない」(沖縄平和市民連絡会・北上田毅氏、17日付琉球新報)のです。

 翁長氏はあくまでも「取り消し・撤回」を先延ばししたいのです。翁長氏の先延ばしによってこれまでも辺野古の調査が強行され、工事の既成事実化が進行してきました。それをさらに先延ばしする。それは辺野古の事態をさらに悪化させるだけでなく、窮地の安倍首相に塩をおくり、「助け舟」を出すことにほかなりません。

 「知事が記者団へ『相手がいること』と述べ、取り消し時期を明言しなかったことに(防衛省内から―引用者)歓迎の声もある。『「相手」とは政府のことだろう。知事は概算要求がある8月を避け、9月の自民党総裁選が終わるまで判断を待ってくれるのではないか』。基地建設を進める政府関係者からは、こんな希望的観測も上がる」(17日付沖縄タイムス)

 「知事の取り消し、撤回の判断の時期に政府は注目している。・・・政府側にとっても、県との闘争は『9月以降』(政府関係者)が望ましいとの立場だ。安全保障関連法案の強行採決などで政府への反発が高まる中、県との対立が深まれば、内閣支持率の低下に直結するとの懸念がある」(17日付琉球新報)

 「埋め立て承認の取り消し・撤回」は翁長氏の選挙公約です。5月25日の共同通信のインタビューでも、翁長氏は、「承認取り消しが提言されれば『取り消すことになる』と明言した」(5月26日付琉球新報)ではありませんが。この期に及んで、「検証」とはどういうことですか。
 やらないと言ったことをやるのは明白な公約違反ですが(仲井真前知事のように)、やるとい言ったことをやらないのも“立派な”公約違反です。

 全国で「戦争法案阻止」の世論が高まり、安倍政権がかつてない窮地に陥っている今、翁長氏は直ちに「辺野古埋立承認の取り消し・撤回」を表明すべきです。
 知事選で翁長氏を支持した人たちは、いまこそその声を翁長氏に突き付けるべきです。辺野古のたたかいを戦争法案阻止のたたかいと結び、世論の力を2倍にも3倍にもするために。


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安倍首相を動かす岸信介の「遺言」

2015年07月16日 | 安倍政権

         

 安倍晋三首相が圧倒的世論を無視して衆院特別委で戦争法案を強行採決した7月15日は、彼が尊敬してやまない祖父・岸信介首相(当時)が、50年前、「日米安保条約改定」強行で内閣総辞職(1960年7月15日)に追い込まれたまさにその日でした。

 たんなる偶然とは思えません。なぜなら、安倍首相の世論無視の暴挙は、岸元首相の「遺言」に忠実に従ったものだからです。

 安倍氏は第2次安倍政権発足前に、月刊誌の対談でこう語っていました。

 「ひとつの禍根を残したのは、安保によって岸信介内閣は辞任に追い込まれ、代わった池田勇人内閣以降、羹(あつもの)に懲りるようになってしまったことです。・・・あの時、祖父、岸信介は「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもどおりである。私は『声なき声』が聞こえる」と述べ、「安保改定がきちんと評価されるには五十年はかかる」という言葉を残しました。とにかく祖父は、批判やバッシングにたじろぐことなく信念を貫き通しました。祖父がよく引用する言葉に、「自ら省みて縮(なお)くんば、千万人と雖(いえど)も吾行かん」という言葉があります。つまり、困難な道ではあるけれど逃げてはいけないという意味ですが、この決意を胸に、我々も保守本流の道をたじろがずに進んでいきたいと思います」(「WILL」2012年10月号)

 本音があからさまに出ています。対談の相手は、あの百田尚樹氏です。

 どんなに国民が反対しようと、自分が正しいと思ったことは「たじろがず」突き進む。まさしく独裁者の思考です。これこそが安倍氏が祖父の岸元首相から学び、受け継いでいる「遺言」なのです。
 こういう人物が、立憲主義の議会制民主主義における総理大臣にふさわしくないことは明白です。
 
 しかし同時に考えなければならないのは、岸や安倍氏にこう言わせる弱点が、私たち国民・市民の側にあるのではないか、ということです。

 先の対談で、百田氏はこう言っています。
 「六〇年安保闘争のときも当時の新聞や映像を見ると、まるで日本全体が安保反対を唱えているかのような空気を感じるのですが、それなら自民党は選挙で惨敗して社会党が第一党になっていたはずです。ところが実際は、五カ月後の総選挙で自民党が勝利しています。つまり、日本国民は実際には安保改正の自民党を支持していたんです」

 安倍氏は今回の国会論戦で、こう答えています。
 「日米安保条約改定の時も、国民の支持が十分でなかった。しかし今では国民の理解を得ている」(6月26日の衆院平和安全法制特別委員会)

 戦争法案とりまとめの中心を担った高村自民党副総裁も、「以前は『自衛隊は憲法違反』だといわれたものだが、今そんなことを言う学者はいない」と言いました。

 彼らは、たとえ今は反対が強くても、やがて国民は「安保法制」を支持するようになる、と高をくくっているのです。いかにも傲慢な妄言です。しかし、その妄言に口実を与えている現実はないでしょうか。

 岸が強行した「改定安保」はその後も危険性を増すばかりですが、世論調査では「日米安保条約支持」が多数です。国会の中でも、「日米安保反対」を正式な党の政策として掲げているのは、日本共産党だけです(その共産党すら最近はあやしくなっている面があります)。
 安倍政権と「対決」しているように見える民主党ですが、今国会の第1回党首討論(5月20日)で、開口一番「日米安保体制の重要性はよく分かっている」と切り出したのは、岡田克也民主党代表です。それでどうやって戦争法案と正面からたたかえるのでしょうか。

 安倍政権の戦争法案強行への反対・怒りは、元凶の日米安保条約(体制)反対へつながらねばなりません。そして次の参院選、衆院選で安倍・自民党を惨敗に追い込む。それでこそ「世論の怒り」は本物と言えるのではないでしょうか。

 安倍氏に祖父の「遺言」は誤りだったと気付かせることができるかどうか。国民・市民の世論と運動の持続性・発展性が試されています。


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「戦争法案」と「大分放火事件」

2015年07月14日 | 安倍政権

         

 NHKが13日発表した7月度世論調査で、安倍内閣の「不支持」(43%)が「支持」(41%)を上回りました。第2次安倍内閣発足以来、初めてです
 同時に、安倍内閣の「安保法制」(戦争法案)を「評価しない」(61%)が「評価する」(32%)を大きく上回りました。「戦争法案」に対する国民の意思は明白です。

 にもかかわらず、安倍政権はなんとしても今週中に法案を採決し、参議院に送ろうとしており、法案をめぐる攻防は大きなヤマ場を迎えています。

 そんな中で頭から離れない事件があります。今月5日大分県杵築市で起きた放火事件です。「ささいなこと」から父親が自宅に油をまいて火をつけ、子ども4人が死亡した凄惨な事件です。逮捕された父親は、現職の海上自衛隊幹部(1等海尉=40)でした。

 これを個人的で特殊な犯罪とみることはできません。なぜなら、父親は「職場で悩みがあった」と供述しており、江田島へ異動する前の下関の基地ではカウンセリングも受けていたからです。妻は「夫はうつ病かもしれない」と述べています(12日付中国新聞)

 きわめて悲惨な結果を招いたこの事件を、自衛隊の業務・存在と切り離して考えることはできません。自衛隊員としての勤務が父親の精神に異常をきたし、犯行に至ったと言わざるをえません。
 重要なのは、これがこの父親の特殊な問題ではないということです。

 「戦争法案」をめぐる国会論戦の中で、アフガン戦争とイラク戦争に関連して海外派遣された自衛官のうち54人が帰国後自ら命を絶ち、さらに2013年度1年間では76人の自衛官が自殺(2970人に1人。全国の自殺者は5000人に1人)という実態が明らかにされました(5月27日の衆院特別委)。

  自衛隊は言うまでもなく軍隊です。いくら「災害救助」などの善意で入隊しても、隊員たちは兵士として訓練され、精神も命も「国」に握られてしまいます。そんの中で多くの隊員が心を病み、みずから命を絶っているのです。
 自殺と犯罪の違いはあっても、大分の放火事件も根は1つではないでしょうか。そしてこれは氷山の一角であり、大分の事件は今後も起こりうる事態への警鐘ではないでしょうか。

 今年1月陸上自衛隊を定年退職した末延隆成さん(53)は、11日札幌で行われた集会でこう述べました。
 「自衛隊員の命は首相のおもちゃではない。隊員の流す血や家族の涙に責任が取れるのか。憲法9条は1ミリも変えてはいけない」(12日付北海道新聞)

 末延さんは、陸上自衛隊北部総監部(札幌市)に所属していた当時(2010年)、上官から「『家族への手紙』を書き、個人用ロッカーに入れるように。万が一、何かあった場合に家族に残す言葉を書け」とA4判の白紙1枚と茶封筒を渡されたといいます。「戦車部隊所属の同僚のほとんどが『これは遺書だ』と受け止めた」と証言しています(12日付中国新聞)。
 
 自衛隊は今でも日常的に隊員に「遺書」を書かせているのです。これが、「戦争法案」によって自衛隊がアメリカの戦争に巻き込まれ、海外で戦争をする軍隊になれば、隊員たちと家族はいったいどういう状況に置かれてしまうのでしょうか。

 「戦争法案」は憲法違反です。そのことを頭で理解するとともに、殺し殺される場に立たされる自衛官、そして砲火の先にいる相手の人間、その家族の、生身の「血と涙」を想像するとき、この法案は絶対に阻止しなければならないという思いがふつふつと湧き起こってきます。


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「辺野古」と並走、水面下で進むUSJ沖縄誘致

2015年07月11日 | 沖縄・翁長知事

         

 「辺野古新基地」問題は、来週の「第三者委員会報告」で大きなヤマ場を迎えますが、その陰で、安倍政権(菅官房長官)と翁長知事の間で、水面下で、着々と進行している問題があります。USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の沖縄進出です。その動向は「辺野古」とも関連して目が離せません。

 今月4日に行われた「菅・翁長会談」の内容は闇に包まれていますが、USJ進出・誘致問題が話題の1つになったとも見られています(写真右)。事実、翁長氏はUSJ誘致を一貫して切望し、菅氏はそれに応える形で異常なまでにUSJに肩入れしています。
 「菅氏は4月に同社のグレン・ガンペル最高経営責任者(CEO)と首相官邸で会談し、USJの沖縄進出を全面的に支援すると明言するなど同事業に積極的にかかわってきた」(11日付沖縄タイムス)のです。

 菅氏は今月中に沖縄を訪れ、USJ候補地を視察する予定です。その後、翁長氏との「会談」が行われる可能性もあります。
 一方、17日にはUSJ役員が初めて沖縄を訪れて翁長氏に会い、候補地や事業規模などを説明する予定です。USJが第1候補地としているのは「美ら海水族館」がある国営海洋博公園ですが、その場合は建築基準の規制緩和や国営公園の運営管理の見直しが必要になります。「USJは国に国家戦略特区の活用で規制緩和する方法を求めており、県にも同様の要望をする方針」(9日付沖縄タイムス)です。まさに「辺野古」と同時進行です。

 USJ進出・誘致の動きは一貫して水面下で進行し、状況が一切明らかにされていないことから、県民・関係者に不安が広がっています。
 「国と県、USJによる環境整備が極秘で進められる中、海洋博公園での調査研究事業や県民の公園利用の行方について懸念が生じている」(6月27日付琉球新報)
 県内の観光関係者の中からは、「官邸が一企業の便宜を主導することにも、政治的なにおいが強過ぎる」(同琉球新報)との声が出ています。

 現在海洋博公園を管理運営しているのは、一般財団法人の「美ら島財団」(国と県が共同出資)。その権利がUSJに移ることは同財団にとって死活問題で、USJ誘致のためには同財団の説得・懐柔が不可欠です。
 ところで、県議会などで翁長氏に代わって答弁している町田優知事公室長は、これまで政治分野での活動が乏しかったにもかかわらず、翁長氏が異例の抜擢をした人物ですが、町田氏こそこの「美ら島財団」の常務理事にほかなりません。USJ誘致の布石人事でないと言えるでしょうか。

 USJは現在世界に6カ所あるユニバーサル・スタジオの1つですが、そもそも、「ユニバーサル・スタジオを経営する企業は謎のベールに包まれている」(中島恵氏『ユニバーサル・スタジオの国際展開戦略』)といわれています。
 「ユニバーサル・スタジオを経営する企業は、①米MCA、②松下電器、③加シーグラム、④仏ビベンディ、⑤米GE、⑥米コムキャストと変わってきた」(同)からです。
 その不明瞭さもあってか、これまでUS上海(2004年)、USソウル(2013年)が、進出計画を発表しながら、数年後に「中止」になっています。

 さらに気になるのは、カジノです。USJ、US北京と並ぶアジアのもう1つのUS、USシンガポールはカジノが大き集客・収益力となっています。中島恵氏は、USシンガポールが「社会的批判が強いカジノを作るため、リゾートの床面積の95%以上を非ギャンブル施設にする必要が生じ、設立された」という経緯に触れ、こうしたことは「今後他国でも生じうる」(同著)と予測しています。

 USJ進出・誘致は今後どう展開するのか。それは沖縄の環境や産業にどう影響するのか。菅氏はどう動くのか。「菅・翁長会談」で何が話し合われるのか。カジノはどうなるのか。それらの動きは「辺野古」とどう関連するのか・・・。
 すべて水面下、「極秘で」進められているだけに、多くの疑問・疑念が払拭できません。


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「明治産業遺産」に向ける韓国学生の目

2015年07月09日 | 国家と戦争

         
 
 長崎駅の近くにNPO法人「岡まさはる記念長崎平和資料館」(写真中)があります。日本の侵略戦争の加害責任・補償問題に焦点をしぼった、完全民営(どこからの援助も受けず、運営はボランティア)の資料館です。
 その機関誌「西坂だより」最新号に、同館の高實康稔理事長(長崎大学名誉教授)が4月、韓国の韓南大学(大田市)で講演したもようが掲載されています。

 高實さんは講演会に崔璋燮(チェ・チャンソプさん=85)の同行を求めました(右写真の左が高實さん、右が崔さん。「西坂だより」から)。崔さんは長崎・軍艦島(端島炭鉱=写真左)で強制労働をさせられた被害者の1人です。その過酷な体験を学生たちに直接語ってもらうためです。

 崔さんの話を食い入るように聞いていた韓南大学の学生たち。その中の1人が高實さんに質問しました。
 「日本は軍艦島の世界遺産登録をユネスコに申請していますが、崔さんが話されたように、あの島は韓国人を強制連行して残酷な労働を強いた場所です。世界文化遺産にふさわしい場所と思いますか」

 高實さんは「長崎在日朝鮮人の人権を守る会」が発行した『軍艦島に耳を澄ませば』(2011年)の中で崔さんが語っている言葉を紹介しました。
 「人生を台無しにされた。あの地獄は忘れようとしても忘れられない。世界遺産にすることに全面的に反対するわけではないが、歴史的に証明されていることを隠すなと言いたい
 そして、「私もまったく同感です」と答えました。

 崔さんは韓南大学の学生に、最後にこう言ったそうです。「歴史をしっかり学んで、日本との友好も考えるように」

 「明治産業革命遺産」(8県23施設)が世界遺産に登録(5日)されたことで、該当地域は「観光客の増加」を見込んで歓喜の渦に包まれています。テレビを見ている限り、まるで日本中がお祭り騒ぎのようです。韓国が、「23施設のうちの7施設に朝鮮半島から約6万人が徴用され、100人前後が死亡した」として異議を申し立てたことは、まるで自分とは関係ないかのように。それどころか「韓国が登録の邪魔をした」といわんばかりに。それでいいのでしょうか。

 強制徴用・強制労働はいうまでもなく、日本の植民地政策の一環です。「人生を台無しにされた」崔さんがその「地獄」の苦しみを忘れることは生涯ありません。そしてその怒りは、崔さんの証言を聴いた韓国の学生たちに引き継がれています。世界遺産登録で浮かれている日本と、なんという落差でしょう。強制労働・植民地政策の加害国は日本であり、私たちはその加害国の国民なのです。

 「歴史をしっかり学んで、日本との友好も考えるように」。崔さんの言葉に高實さんは「頭が下がりました」と述べています。崔さんのこの言葉は、「日本」を「韓国・朝鮮」に置き換えて、そっくりそのまま私たち日本人が胸に刻まねばならない言葉ではないでしょうか。


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