アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「関東大震災大虐殺」100年目の最大課題は真相究明

2023年08月31日 | 日本人の歴史認識
   

 関東大震災(1923年9月1日)をきっかけに発生した日本人(政府と市民)による朝鮮人、中国人、台湾人、社会主義者などの日本人に対する大虐殺から明日で100年です。
 遠い昔の出来事のようですが、その根は断たれていません。それは、今日の在日コリアンはじめ外国人に対するヘイトスピーチ・ヘイトクライムに形を変えて生き続けています。

 なぜなのか? 最大の問題は、いまだに大虐殺の真相が明らかになっていないこと、日本政府がこの100年、一貫して実態調査を放棄・妨害し、事実を隠蔽してきたことです。

 関東大震災時に朝鮮人はどれほど虐殺されたのか。

 大韓民国臨時政府(当時)の機関紙「独立新聞」社長・金承学氏の調査では6661人、吉野作造報告書では2711人(うち東京724人)、諸新聞の集計では1464人。朝鮮総督府の発表は832人です(在日本朝鮮人人権協会発行「人権と生活」誌2023年6月号)。
 中央防災会議(内閣府)の報告書(2006年7月)では、「震災犠牲者10万5000人の1~数%」(1050人~)となっています。ばらばらで調査の主体によって大きな差があります。

 日本弁護士連合会(日弁連)は、虐殺を目撃した文戊仙(ムン・ムソン)氏の人権救済申し立てを受け、2003年8月25日、日本政府に「真相調査・原因究明・被害者や遺族への謝罪」を要求する「勧告書」を提出しました。
 しかし、政府はそれを今日まで20年間無視し続けています。

 「勧告書」をまとめる中心となった梓沢和幸弁護士は、日本政府が真相を隠ぺいしているからくり、そして今度の課題についてこう指摘しています。

「当時、起こった虐殺事件のいくつかは裁判になっている。…ところが当時の裁判資料は裁判所にはなく、検察庁が保持しているのですが、この検察庁が全く出さないのです。…これからのポイントは、この検察庁にある判決資料を捨てさせない、そして公開させる、これが真相究明における一番のポイントではないでしょうか」(前掲「人権と生活」所収のインタビュー)

 検察庁に資料があるが、出さない。この事実はほとんど知られていないのではないでしょうか(私は初めて知りました)。政府の狡猾さとともに、日本人がこの問題にいかに無関心かを示しています。

 しかし、韓国は違います。

 韓国では2022年7月、40余の市民団体が結集して「関東虐殺100周忌追悼事業推進委員会」が発足しました。「発足宣言」はこう述べています。

日本帝国主義の朝鮮人に対する植民地支配を象徴的に示す関東大虐殺の真実を隠しておくことは、これ以上容認できない。…どれほど多くの人々が虐殺されたのか、犠牲者の遺体はどこにあるのか、(日本政府に対し)虐殺の被害者に関するあらゆる調査資料を公開することを求める。…散り散りになった被害者の遺体を故郷にお迎えするとともに、無念の濡れ衣で亡くなった被害者たちの名誉回復のために努力しなければならない」(2022年7月14日付ハンギョレ新聞日本語電子版、写真右)

 ここで述べられていることは、本来私たち日本人こそが行わねばならないことです。

「日本が一刻も早くとるべき行動は、真相発表を要求する運動を封殺し被害者側に立証責任を負わせてきた態度を改め、加害者側から真相を調査・発表することであり…虐殺の罪を認め責任を果たすことである。それが100年間の「無責任」を終わらせる唯一の方法であろう」(鄭永寿・人権協会会員、前掲「人権と生活」)

 加害国・日本の政府と市民の責任があらためて厳しく問われています。

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辛淑玉さんを苦しめ続ける日本社会

2023年08月30日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム
 

 DHCが制作した番組「ニュース女子」(2017年1月2日)で、沖縄基地反対闘争の「黒幕」「テロリスト」などとヘイトスピーチを浴びせられた辛淑玉(シンスゴ)さん(在日コリアン3世、人権団体「のりこえねっと」共同代表)は、6年間の過酷な闘いの末、今年4月26日の最高裁で完全勝利を勝ち取りました。

 しかし、辛さんへの差別・ヘイトは収まっていません。辛さんは沖縄県民間教育研究所の機関誌「共育者」(最新号)に「何が終わったのだろうか」と題して寄稿しています。(以下抜粋)

「この闘いは、日本のレイシズムを記録に残すために、経済的な打撃を覚悟して始めたものだ。しかしそれは、嘘を信じ込んだ大衆との命がけの闘いでもあることを、ここに改めて記しておこうと思う。

 移動のたびに、帽子をかぶってマスクをした二人組の男たちがレンタカーでついてきていた。

 自宅に人糞を投げ込まれたり、性処理した汚物を郵便受けに入れられたりと、生活空間に見知らぬ他者がずけずけと土足で入り込んで思う存分嫌がらせをしてくる。

 そういうことをしていいという「お墨付き」を「ニュース女子」は与えたのだ。

 確かなことは、今なお、辛淑玉はいたぶっていいと思い込んでいる人たちがいるということだ。彼らは裁判の結果などまったく気にしない。

 人間は、強度のストレス下に置かれるとあらゆる機能がマヒしてしまう。冷え性だった私は、体温調整ができなくなった。味覚もなくなってしまった。

 一度思い込んだら修正できない、修正したくない人たちによって、私の日常生活は今も侵食され続けている」

 辛さんはこうした自身へのヘイトクライムの根源は、「この国では、戦後日本の成り立ちそのものに、最初から差別が組み込まれていた」ことであるとして、具体的に例示しています。たとえば―。

▶1946年 日本国憲法制定にあたって、「外国人は法の平等な保護を受ける」という条文を削除した。
▶1947年 天皇裕仁の最後の勅令(外国人登録令)で朝鮮人、台湾人を「国民」の枠から排除した。
▶1952年 サンフランシスコ講和条約で在日は「正式に」日本国籍を剥奪された。
▶1986年 中曽根康弘首相の「単一民族国家」発言。
▶2000年 石原慎太郎都知事の「三国人」発言。
▶1952、62、70、2009年 各地の朝鮮学校に対する暴力的攻撃。

 辛さんは寄稿をこう結んでいます。

日本における「朝鮮人」とは、日本人が見下して優越感を保つために必要不可欠な存在であり、国民統合のための「仮想敵」であり、大衆感情のゴミ箱であり、不満のはけ口としてのサンドバッグなのだ。彼らは決してこの「お宝」を手放そうとはしない。
 生きるための闘いは、これからも続く

 「彼ら」とはすべての日本人のことです。政治的思惑から朝鮮人を政策的に差別し続けている政府・政治家、在特会などの差別団体、SNSでヘイトスピーチを繰り返す者たちはもちろん、差別の実態を知りながら何も言わない・しない「市民」、差別やヘイトスピーチに関心すら持たない「市民」―そのすべての日本人が辛さんたち在日コリアンを苦しめ続けているのです。

 差別の加害者とならないため、闘い続けなければならないのは、私たち日本人の方です。

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「幻の和平案」と「アメリカの新しい戦争」

2023年08月29日 | 国家と戦争
   

 2022年3月のトルコ・イスタンブール協議でいったん合意していた「幻の和平案」をつぶしたのは誰か―和田春樹・東京大名誉教授の近著『ウクライナ戦争即時停戦論』(平凡社新書2023年8月)はこう記しています(以下、抜粋。改行・太字は私)。

< (2022年)3月29日、イスタンブールでトルコが仲介して、5回目の協議が行われると、ウクライナ側が明確な停戦条件案を出したのである。

 それは、ウクライナの中立化と非核化を約束し、自国の安全の保障のための国際的な枠組みを提案するものであった。つまり、NATOには加盟しないということである。クリミア半島については、15年間の交渉を行うということが提案された。

 ロシアはウクライナによるこの提案を歓迎した。

 「ニューヨーク・タイムズ」(3月30日)はバイデン大統領の反応を伝えていた。「彼らの行動がどうなるかを見るまではロシアの意図について結論は出せない」というのがバイデンの語ったことであった。バイデンは明らかにイスタンブールの展開を歓迎していなかったようにみえた。

 4月3日、衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。ロシア軍の撤退したブチャで410人の市民の遺体が発見されたというウクライナ検事総長による発表であった。
 その日、欧米諸国の首脳たちはロシアを一斉に非難した。4日になると、バイデン大統領が「プーチンは「戦争犯罪人」だ」と語り、国際法廷の用意を呼びかけた。

 ウクライナ側提案によって進むかと見えた停戦協議はブチャ虐殺によって吹き飛ばされてしまったかのごとくであった。果たしてほんとうにそうなのだろうか。

 ウクライナの停戦条件案が出される前の2022年3月26日、バイデン大統領はワルシャワで演説を行った。私は演説の全文を読んで、ショックを受けた。この演説は「アメリカの新しい戦争」の宣戦布告に等しいものであったからだ。

 バイデン大統領はこう言った。「われわれはあらためて自由のための大戦闘に突入した。…この戦闘においてわれわれははっきりと目を見開かなければならない。この戦闘は数日、数カ月で勝てるものではない。われわれはこれからの長期戦にむけて心構えをかためなければならないのだ」

 バイデンがそのように述べている以上、ゼレンスキー政府が2日後にイスタンブールで妥協的な停戦条件を提示したことがバイデンを当惑させ、不快にさせたことは明らかであろう。
 
 アメリカとウクライナの間で交渉がなされたこと、合意がつくられたことは間違いない。ここではじまるのはロシアに対する「アメリカの新しい戦争」、ウクライナがアメリカの支援を受けて戦う戦争である。>

 和田氏自身が「どのような協議がウクライナとアメリカとの間でなされたのかはわからない。その内容は将来の歴史家が知ることになるであろう」と記しているように、詳細な解明は今後の課題です。

 しかし、ウクライナが停戦・和平案を提案し、ロシアがそれを歓迎して停戦合意が事実上成立していた時、バイデン大統領が「長期戦に向けた心構え」を強調していたことは事実です。

 「幻の和平案」をつぶしたのは誰か。水島朝穂・早稲田大教授は英ジョンソン首相(当時)の暗躍を指摘します(昨日のブログ参照)。そして和田氏が強調するのは米バイデン大統領の思惑・戦略です。

 こうした指摘に基づけば、「ウクライナ戦争」はロシアの侵攻からわずか1カ月後には「ロシアとウクライナの戦争」から、ウクライナを前面に立てた「ロシアと欧米諸国の戦争」「ロシアに対するアメリカの新しい戦争」に変質していたことになります。

 真相はさらに究明される必要がありますが、確かなことは、「幻の和平案」がつぶされた後は停戦・和平に向けた双方の動きはなく、バイデン氏が主張した通り、戦闘は長期化し、そのために多くの市民(ウクライナ・ロシア双方の兵士を含め)が犠牲になっていることです。
 幻ではない停戦・和平案の検討が早急に求められています。

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幻のウクライナ「和平案」つぶしたのは誰か

2023年08月28日 | 国家と戦争
   

 19日付京都新聞に次のような記事が載りました(共同配信)。

「「今まで黙っていたが、ウクライナとは条約に仮調印していた」。6月17日にロシア・サンクトペテルブルクで、早期停戦を促す南アフリカのラマポーザ大統領らと会談したプーチン大統領は唐突に文書を取り出した」

 ロシアの軍事侵攻(22年2月24日)から1カ月後の昨年3月、トルコ・イスタンブールでの停戦交渉で、「ウクライナが永世中立を維持する代わりに米英ロやフランス、中国などが安全を保証するとの和平案がまとまっていた」(同記事)といいます。

 記事はこう続きます。

「「これを放棄したのはウクライナと欧米だ」 
 ウクライナに武器を供与し、戦闘を長引かせてロシアの弱体化を狙う欧米の介入がなければとっくに停戦していた―。幻の条約案暴露の意図は明らかだ」

 共同配信記事は、プーチン氏が「幻の条約案」の文書を暴露したのはウクライナと欧米に責任転嫁するためだ、という含みです。いかにも日本のメディアの記事ですが、重要なのは、①仮調印していた幻の和平案の存在は事実か②それを放棄した(つぶした)のがウクライナと欧米だったというのは事実か―ということです。

 ①侵攻直後の「和平案」については、これまでもさまざま指摘されてきました。例えば、平和学研究者の足立力也氏は講演会(22年5月28日)でこう述べていました。

「開戦の4日後に停戦協議が開始された。ロシアが示した主な停戦条件は、①ウクライナの中立化②ウクライナの非武装化③ウクライナ領だが2014年にロシアが併合したクリミア地方のロシア主権承認④ドンバス地方の独立承認」(日本ジャーナリスト会議JCJの機関紙「ジャーナリスト」22年6月25日号)(22年7月6日のブログ参照)

 「仮調印」までされていたというのは初耳(私は)ですが、ありうる話です。なぜなら、このころゼレンスキー氏もプーチン氏との対話を求め(写真)、NATOには加わらない「中立化」を主張していたからです。

 では、②幻の和平案をつぶしたのが「ウクライナと欧米」だという点はどうでしょうか。

 水島朝穂・早稲田大教授(憲法・法政策論)がこう書いています。

「開戦1カ月が過ぎた2022年3月、トルコの仲介によって、ウクライナとロシアが交渉による解決に接近したイスタンブール協議を破綻に導いたのが、米英のこの勢力(「軍産複合体」)だった。特に主要な役割をしたのが英国のポリス・ジョンソン首相(当時)だったとされている。この協議が打ち切られたことが、戦争のエスカレーションと長期化に直結した」(「憲法研究」第12号2023年5月)

 事実、ジョンソン氏は2022年4月9日、突然ウクライナを訪問し、ゼレンスキー氏と会談しています(写真右)。
 当時ジョンソン氏は、コロナ禍でのパーティー開催・参加が明らかになり、窮地に立たされていました。英国内では、「ウクライナ(危機)はジョンソン氏にとってこれ以上ないタイミングで起きた」(2月20日付サンデー・タイムズ)と言われていました(2022年4月16日のブログ参照)。

 ウクライナ戦争による株価高騰、武器製造・販売で巨額の利益をえている米欧の「軍産複合体」、それぞれ政権維持・浮揚の思惑をもつジョンソン氏やバイデン氏が、「幻の和平案」をつぶしたことは十分考えられます。

 だとすれば、その責任・罪は、軍事侵攻したロシア・プーチン氏と同様に厳しく問われなければなりません。昨年3月に停戦・和平が成立していれば、それ以降の膨大な死者・負傷者は生まれなかったのですから。
 22年3月の「幻の和平案」をめぐる経過は徹底的に究明される必要があります。

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日曜日記264・児童虐待被害者は身近に

2023年08月27日 | 日記・エッセイ・コラム
  ドキュメント映画「REAL VOICE」の上映会が19日、京都市内であった。上映後、監督の山本昌子さん(30)のトークもあった。

 山本さんは生後間もなく育児放棄に遭い、4カ月で乳児院に預けられ、児童養護施設で育った。「施設で育った若者たちが社会に対して感じている疑問を共有し、一緒に考えたい」との思いで、この映画を撮った。

 1年かけて全国32都道府県を訪ね、70人を撮影した。60人がカメラの前で自らの思いを語った。焦点を当てた2人の女性を除き、発言場面は数秒だが、「撮影の直前まで涙が止まらなかったり、4~5時間かけて生い立ちを整理しようとしたり、多くの若者にとってこれまでの人生と向き合う時間になった」(山本さん)という。

 顔を出して苦しかった過去を語るのは勇気がいっただろう。なぜ若者たちは山本さんの取材に応じたのだろうか。

 上映後のトークで山本さんとともに壇上に上がった2人の映画主演者が、同じことを言った。
「知ってほしいから。虐待を知ってほしい」「誰かに私を見つけてほしかった」

 映画のラストで、焦点を当てた1人の女性が訴えた。
「この映画を見ている人、虐待を他人ごとと思わないでください。身近にいます」

 児童虐待といえば児童の問題だと思い込んでいた。まったく認識不足だった。児童虐待の心の傷は、大人になっても残る。むしろ傷は広がる。

 今の日本の制度では、18歳で養護施設から社会に放り出される。そして被害当事者が見えなくなる。だから彼女たちは訴えるのだ。
「知ってほしい」「私を見つけてほしい」「身近にいます」

 映画とトークに心打たれ、考えた。「自分に何ができるだろうか?」

 明快な答えはまだ見つかっていない。ただ、「児童虐待の被害者だった人は身近にもいるかもしれない。けっして他人ごととは思わない」。それだけは胸に刻もう。

<今週のことば>

 DJ 沖野修也さん(55)

 「音楽業界には声を上げる人が少なく…」

「僕はDJという仕事をしています。左右のレコードを交互にかけて人を踊らせる音楽家です。音楽業界には社会や政治に声を上げる人が少なく、危機感を抱き投書しました。
(中略)
 僕は、戦争を外交で回避できない無能な政治家と、武器を売ってもうける商人を軽蔑します。国家間の緊張を高める軍備費増強や敵基地の攻撃に反対です。もちろん、戦争そのものにも。安心して音楽を楽しめたり、踊ったり出来るのは平和があってこそ。DJとして、一人の人間として、心から平和を希望します」

(21日付朝日新聞デジタルが紹介した、2月5日付朝日新聞「声」欄に掲載された投書)

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日本のメディアはなぜ「処理水」と言い続けるのか

2023年08月26日 | メディアと日本の政治・社会
  
 

 核汚染水の海洋放出に対する市民団体の反対行動についての報道で、市民(団体)が「汚染水」と述べている(横断幕などに書いている)にもかかわらず、メディアが勝手に「処理水」と言い換えるのは、放出の是非とは別に、報道の基本原則を逸脱した重大な誤りである、と先に書きました(8月1日のブログ参照)。

 その誤りは一向に是正されていません(例えば、24日付の琉球新報=写真中、沖縄タイムス、朝日新聞デジタルなど)。

 その問題と同時に、そもそも問わなければならないのは、なぜメディアは例外なく「処理水」という用語(名称)を使い続けているのか、ということです。

 「処理水」か「汚染水」か。それは海洋放出問題の核心にかかわる重要な問題です。

 メディアは中国が「汚染水」と言っていることを異端のように報じていますが、「汚染水」と言っているのは中国だけではありません。海洋放出に反対している市民は、日本でも韓国でもみんな「汚染水」と言っています(写真左)。

 確かに原子炉の汚染水はALPS(多核種除去設備)で処理されます。しかし、それでも「基準値以下」になるだけで、トリチウムはじめ多くの放射性物質がゼロにならないことは周知の事実です。ALPSで処理しても汚染水であることに変わりはありません。
 それを「処理水」といえば、まるで汚染が除去されたかのような誤ったイメージを与えます。それが政府の狙いです。

 中国が22日、「汚染水放出反対」を改めて主張したのに対し、垂秀夫中国大使は、「汚染水ではなくALPS処理水という名称を使うべきだ」と反論しました(写真右)。中国の主権に対する甚だしい干渉ですが、名称問題での日本政府の思惑・焦燥が表れています。

 「処理水」か「汚染水」かが重要な政治的意味をもっている中、メディアはなぜ、どういう理由で「処理水」という名称を使い続けているのでしょうか。

 「処理水」は法律用語でもなんでもありません。政府がプロパガンダで使っているだけです。たとえば、「安保法制」の本質は「戦争法」ですが、百歩譲って、「安保法制」は法律用語だから使うという弁明は成り立ちます。しかし、「処理水」はそうではありません。

 メディアが「処理水」という用語を使っているのは、政府が使っているから以外に理由は考えられません。水面下で政府から、「処理水」という用語を使うように(「汚染水」は使わないように)という要請(圧力)があったことも十分予想されます。

 そうでないというなら、少し考えればいくらでも言い方はあるはずです。たとえば、ALPSを通す前の汚染水と区別したいのなら、「汚染・処理水」「処理(汚染)水」「汚染(処理)水」あるいは「」付きで「処理水」などとすればいいのです。こうした自主的な用語選択を全く行わず、すべてのメディアが横並びに「」なしで処理水という用語を使っているのは、政府追随以外の何ものでもありません。

 メディア各社は世論調査でもすべて「処理水」という用語を使っています。それでも、共同通信の調査(19、20日)では放出に「賛成29・6%」「反対25・7%」「どちらとも言えない43・8%」。朝日新聞の調査(19,20日)でも、「賛成53%」「反対41%」と賛否は拮抗しています。
 メディアが政府に追随して「処理水」という用語を使い続けていることは、世論調査に表れた半数に近い「反対」世論に背を向けることにもなります。

 汚染水放出問題に限らず、メディアの政府追従=国家権力への屈服は、日本を重大な方向へ向かわせています。メディアは目を覚まさねばなりません。

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「北朝鮮がミサイル」と偽情報を流した日本政府

2023年08月25日 | 日本の政治・社会・経済と民主主義
   

 24日午前3時54分、Jアラートが鳴りました。その内容は「北朝鮮がミサイル発射」。しかし、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)が発射したのはミサイルではなく、事前通告(22日)の通り人工衛星でした。政府がJアラートで流した情報は虚偽だったのです。

 重大なのは、これが過失ではなく、政府による意図的な偽情報流布だったことです。また、NHKや民放も政府と一体となって、「北朝鮮がミサイル」という虚偽報道を続けました。

 24日朝の事実経過を振りかえります。

3:54 Jアラート「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難してください」(写真左)

3:57 NHKニュース速報「北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます」

4:07 エムネット「ミサイル通過。ミサイル通過。先程のミサイルは4時00分頃、太平洋へ通過したものとみられます。避難の呼びかけを解除します」

4:45 松野官房長官会見(1回目)「北朝鮮が弾道ミサイル技術を使用した発射を行った」

5:00すぎ 岸田首相「ミサイルか衛星か、いま分析中」(写真中)

6:30 松野官房長官会見(2回目)「衛星の可能性がある」

 経過から明らかなように、政府は午前5時段階でも「ミサイルか衛星か分析中」(岸田首相)であったにもかかわらず、発射と同時に「ミサイル」と断定し、Jアラートやエムネットで繰り返し流したのです。意図的な情報操作であることは明白です。

 ミサイルと人工衛星が別物であることは言うまでもありません。ミサイルは「軍事殺戮兵器」です。人工衛星はロケットで地球周回軌道に乗せるもので、目的によって「通信」「気象」「偵察」など多様です。その区別は厳密でなければなりません。だから松野氏や岸田氏に対し記者からその点の質問が相次いだのです。

 政府は「弾道ミサイル技術を使用」する点でミサイルも人工衛星も同じだと言いますが、基礎技術が共通だから同じだというなら、核兵器と原発もまさに同じです。ミサイルと人工衛星が同じだというなら、原発も核兵器と同じく絶対に製造・使用してはならないはずです。

 政府が意図的に「北朝鮮がミサイル発射」の偽情報を流した狙いは、第1に、「朝鮮脅威」論を煽り、朝鮮に対する嫌悪感を拡大すること。第2に、PAC3配備はじめ沖縄の軍備増強いっそう進めること。第3に、「中国・朝鮮脅威」論をテコに大軍拡予算を強行すること。第4に、キャンプデービッドで合意した日米韓3カ国軍事一体化をすすめること―です。

 メディアの責任も問われなければなりません。
 NHKは直ちに「北朝鮮がミサイル」の速報を流したうえ、ミサイルではないと判明したにもかかわらず、午前7時台のニュース終了まで「北朝鮮ミサイル情報」の告知を出し続けました(写真右)。TBSにいたっては昼前のニュースでも「弾道ミサイル発射」と報じました。これらは政府に追随した明らかな虚偽報道です。

 折しも、政府の偽情報も加担した「流言飛語」で多数の朝鮮人が虐殺された「関東大震災」(1923年9月1日)からもうすぐ100年目。政府やメディアの偽情報がいかに重大な事態を招くか、歴史の教訓をいまこそ想起しなければなりません。

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汚染水放出・国際研究は「放射線に安全基準なし」

2023年08月24日 | 原発・放射能と政治・社会
   

 「関係者の理解なしに、いかなる処分もしない」という公約を公然と踏みにじって、岸田・自民党政権は24日、核汚染水を海洋放出しようとしています。「自国の漁業者や周辺国の反対を押し切り、汚染水放出という「レッドライン」をついに越える」(22日付ハンギョレ新聞日本語電子版)のです。

 岸田政権は、汚染水は「国際的な安全基準に合致する」とするIAEA(国際原子力機関)の「包括報告書」(7月4日)を“錦の御旗”にしていますが、IAEA自体が「原発拡大」を優先しており、その公平性に国際的疑念が向けられています(7月6日のブログ参照)。

 加えて、岸田政権やIAEAが唱える「国際的安全基準」なるものが絶対的なものでなく、「放射線に安全基準はない」とする国際共同研究の結果があることが分かりました。
 以下、21日付ハンギョレ新聞日本語電子版から抜粋します(太字は私)。

< 放射線作業従事者に認められている年間放射線被ばく量の半分にも満たなくても、被ばくによってがん発症による死亡リスクは高まりうる。このような国際共同研究の結果が発表された。

 国際がん研究機関(IARC)、米国立労働安全衛生研究所(NIOSH)、フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)などの研究者で構成された国際共同研究チームは先日、米国・フランス・英国の原子力産業従事者に対する調査の結果を発表した。これまでに行われた放射能の健康への影響を見る疫学調査の中で最大規模。

 この研究で特に注目されるのは、ごくわずかな累積線量であってもがん発生リスクを高めるということだ。

 問題は、原発産業界が固く信じている線量限度は、主に第2次世界大戦中に日本に落とされた原子爆弾の生存者を対象とした研究にもとづいて設定されているということだ。これらの生存者の放射線被ばくはほとんどが原爆の爆発から1秒以内のものであり、低線量で長期間にわたって被ばくする原発労働者や一般人の状況とは異なる。

 研究チームはこの論文で「私たちの研究は、低い線量の放射線にさらされる労働者たちの中からは、単位被ばく量当たりの固形がん発症リスクが低下する証拠を発見できなかった」と述べた。低線量が累積しても発がんリスクはあるということだ。

 ソウル大学医学部のペク・トミョン名誉教授(元ソウル大学保健大学院長)は、「福島第一原発の汚染水の放出による環境放射線の問題について、『低線量は大丈夫だ』と言ってはならないというもう一つの根拠になりうる研究」だと語った。>

 
 核汚染水は、いくらALPS(多核種除去設備)を通してもトリチウムをはじめ多くの放射性物質は残ります。政府はそれが「安全基準以下」だから安全・安心だと喧伝しますが、その「安全基準」自体がきわめて不確かで、事実上「安全基準」はあり得ないという注目すべき研究結果です。

 政府は海洋放出以外に手段がないと言いますが、それはウソです。放出に反対する多くの市民は「地下埋蔵」を主張しています。政府はなぜその声に耳を貸さないのか。

 政府は2016年に①海洋放出②地下埋蔵③大気放出の3手段を検討したことがあります。その結果、「海に放出すれば34億円程度で済むが、大気放出には349億円、埋設には2431億円かかる」と計算しました(6月1日付ハンギョレ新聞)。海洋放出にこだわるのはそれが安上がりだからです。

 上記の研究結果からも、核汚染水を海に流すことは絶対に許せません。これは漁業関係者だけでなく、放射能被害の拡散に反対するすべての市民の声です。

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日米韓「共同訓練定例化」は何を意味するか

2023年08月23日 | 日米軍事同盟と朝鮮・韓国
   

 19日にキャンプデービッドで行われた日米韓首脳会談で合意した「共同声明」は、「日米韓の安全保障協力を新たな高みへ引き上げる」と宣言しました。それはどういう意味でしょうか。

 「共同声明」でとりわけ重大なのは、「3カ国は共同訓練を定期的に実施する」と決めたことです。

 韓国の文在寅前政権時代は、米韓共同訓練に自衛隊を加えることを避けてきました。それが特別な意味を持っているからです。

 7月27日に「休戦協定締結」70年を迎えた朝鮮戦争を想起する必要があります。朝鮮戦争はまだ終わっていないのです。

 米韓共同軍事訓練は、朝鮮戦争の当事国であるアメリカと韓国が、対戦国の朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の鼻先で軍事デモンストレーションを繰り返していることで、朝鮮に対する露骨な挑発であり脅威です。朝鮮が行う「ミサイル実験」は米韓共同訓練に対応するものです。日本のメディアは「北朝鮮の挑発」と決まり文句を繰り返していますが、事実は逆です。

 朝鮮は一貫して米韓共同訓練の中止を要求してきました。それが朝鮮戦争の終結に不可欠だからです。

 2018年4月27日、韓国・文在寅大統領と朝鮮・金正恩委員長の会談で合意した「板門店宣言」は、「(朝鮮戦争)停戦協定締結65年になる今年、終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で堅固な平和体制構築」に向かうと明記しました。

 これを受けて行われた朝鮮とアメリカの首脳会談(18年6月12日、シンガポール)でも米韓共同訓練が主要な議題の1つとなりました。
 その結果、トランプ大統領は会談後の記者会見で、「米韓演習は挑発的。中止により多額の費用を節約できる」「朝鮮戦争は間もなく終結するとの期待を持っている」(2018年6月13日付共同配信)と述べたのです。

 トランプ大統領はその後自らの言明を反故にして米韓共同訓練を再開しました。
 今回バイデン政権は、この米韓共同訓練に日本(自衛隊)を加え、3カ国で定例化させることを決めました。これは朝鮮戦争終結(平和協定締結)に真正面から反するものです。

 そしてそれは日本にとって、アメリカ、韓国とともに朝鮮戦争に公然と参戦することを意味します。

 日本は朝鮮戦争勃発(1950年6月25日)以来、アメリカの兵站基地になるなど事実上朝鮮戦争に関わってきました。しかし、日本政府は朝鮮戦争への参戦を公式には認めてきませんでした。たとえば、吉田茂首相は、「国会でも曖昧な、否定的な答弁で(朝鮮戦争への)協力の実態を秘密にしていました」(大沼久夫・共愛学園前橋国際大名誉教授、月刊「イオ」7月号)。朝鮮戦争への協力・参戦は日本国憲法の蹂躙に他ならないからです。

 その憲法の壁を、岸田文雄首相は「3カ国共同訓練の定例化」によって飛び越え、公然と朝鮮戦争の参戦国になったのです。
 朝鮮に対する最大級の「挑発」であり、朝鮮戦争の終結、朝鮮半島の平和に逆行するこの暴挙を絶対に許すことはできません。


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「真夏の甲子園はいらない」を考える  

2023年08月22日 | スポーツと政治・メディア
   

 作家・スポーツライターの小林信也氏(元高校球児)とスポーツ文化評論家の玉木正之氏による『真夏の甲子園はいらない―問題だらけの高校野球』(岩波ブックレット2023年4月発行)は示唆に富む本でした。
 両氏が主張する「夏の甲子園」(全国高等学校野球選手権大会)抜本改革必要性の論拠は次の諸点です(文言は同著のまま)。

・高校野球には球児ひとりひとりの個性や発想を尊重する環境が欠落している。野球部では生徒の自由な選択は最後の最後、「部をやめる」という決断以外には許されない。

・野球を好きになってしまうと、真夏の猛暑を耐え抜くことは前提条件となる。野球は好きだが暑さは苦手だ、という高校生が野球部で生きるのは厳しい。すべての球児が「甲子園に出たいから野球をやっている」わけではない。そこに、世間(大人たち)と現実(高校生)の大きなずれがある。

・高校野球がトーナメント制を採用している問題点が一般にあまり理解されていない。一発勝負ゆえにひとつのミスが命取りになる。多くの場合、監督がミスの番人になる。監督支配を助長する温床となるトーナメントばかりの試合形式を改め、リーグ戦の採用を検討するのは、教育的にごく当然のことだ。

・甲子園大会を主催する新聞社(毎日新聞社、朝日新聞社)と、全試合を中継するNHKの姿勢も大変な課題だ。メディアが「甲子園」を虚像のままで囲い込み、内情に踏み込んで報道しない茶番は、変わるべき高校野球が変われない根本原因のひとつだ。

・一体、誰のための「部活動」なのか。自由な議論も提言も許さず、変革のない高校野球が「教育の一環」と言えるだろうか?これは、日本社会による高校球児に対するパワハラではないか。(以上、小林氏)

・選手の坊主頭は戦時中の若い兵士の姿そのもの。開会式の入場行進も、朝日新聞社が帝国陸軍の閲兵式を真似たもので、戦争を象徴している。拳を振って腕を前後に振る自衛隊式の行進が多くなっている。日本のスポーツ界が「スポーツを行うこと以外の目的」を掲げてきたのは、明治初期の富国強兵に遡り、その後の軍国主義化が進んだ明治から昭和初期の社会で定着した。

・高校野球で最も見苦しい行為は、大人の監督がサインを出して、高校生の選手を命令通りに、将棋の駒のように操っていることだ。作戦を考えるという野球で最も面白く楽しい行為を大人が奪っている。高校野球なら作戦も高校生に考えさせてやらせるべきだ。

・野球部員の高校生は全員試合に出られるようにするのが大人の指導者の責務のはず。試合に出られず練習だけで3年間を終える生徒がいることを誰もおかしと思わない風潮こそ異常(写真中はスタンドで応援する野球部員)。

・改革案を出すのは本来ジャーナリズムの仕事だが、朝日・毎日は主催者として、NHKは全国放送で、地方紙も地方大会を利用して部数拡張を狙い、批判精神(ジャーナリズム)を放棄している。プロ野球や箱根駅伝は読売が中心。日本の野球界が健全な発展を遂げるためには、まずはマスメディアが日本の野球の未来を考える「批判的ジャーナリズム精神」を取り戻すことだ。(以上、玉木氏)

 要約すれば、①高校野球は野球部員のものだが、監督の絶対権限の下、高校生の個性や自主性が奪われている②主催している朝日新聞、毎日新聞、全試合放送のNHK、部数拡張図る地方紙など、改革すべきメディアがジャーナリズムの批判精神を失っている③高校野球に限らず、日本ではスポーツが大人の消費の対象となり、背景には軍国主義・国家主義がある―ということです。
 
 高野連も「改善」を図ってはいます。入場行進のプラカードはこれまで「女子高校生」が持つものとされていましたが、今年から「男子高校生」も持つようになりました(写真右)。5回終了時に10分間の「クーリングタイム」が設けられました。

 それらの「改善」は評価されますが、上記の根本問題の改革には程遠いと言わねばなりません。

 とりわけ、朝日新聞、毎日新聞、NHKはじめ、「メディアが批判精神を失っている」問題は、高校野球に限らない根本問題です。

 そして私たち。私は小さいころから高校野球のファンで、数々の感動を得てきました。今も興味を持って見ています。しかし、その熱戦・感動の裏に、小林氏や玉木氏が指摘する諸問題があることをどれだけ真剣に考えてきたでしょうか。テレビの前で高校野球を消費する社会の大人の責任が、私も含め、問われなければなりません。

 高校野球の問題点を議論し、改革していくことは、日本社会・日本人を変えていくことにつながると考えます。

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