アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「民族の融和・統一」は「政治利用」か

2018年02月27日 | 朝鮮と日本

     

 25日閉幕した平昌五輪に対し、NHK、民放、新聞各紙は、「競技が人々を魅了した一方で、北朝鮮が大会直前に参加表明し、南北融和が演出されるなど政治利用が色濃い大会となった」(26日付毎日新聞社説)、「今大会は開幕前から政治色が強かった。直前の北朝鮮参加、女子アイスホッケーの南北合同チーム結成…」(26日付東京新聞社説)など、韓国と朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の接近・融和を「演出」「政治色」「政治利用」とする論調があふれています。この評価は妥当でしょうか。

 「南北融和」とは言うまでもなく、分断された1つの民族である朝鮮民族同士が融和、和解、平和的統一を目指そうとしていることです。それははたして「五輪の政治利用」でしょうか。

 「オリンピック憲章」は「オリンピズムの根本原則」をこう明記しています。
 「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである

 分断された民族が融和し平和的統一を目指すことは、「政治利用」どころか、まさにこの「オリンピズムの目的」に合致したものではないでしょうか。

  一方、そうした韓国、朝鮮の動きに「危機感」を持ち、開会式のどさくさに韓国・文大統領と会談して朝鮮への「圧力強化」を強調し、「日本軍性奴隷(「慰安婦」)」問題でもクギを刺し、晩さん会には着席もせず(ペンス米副大統領)、閉会式には出席しない(日本政府)。そんなアメリカ(トランプ政権)、日本(安倍政権)両政府こそ「五輪の政治利用」の極致ではないでしょうか。

 私たち「日本人」が忘れてならないのは、朝鮮民族分断の根源は明治(さかのぼれば豊臣秀吉の朝鮮出兵)以来の日本の朝鮮侵略・植民地支配にあるということです。さらに、今日の「南北分断」をもたらした朝鮮戦争はアメリカの覇権主義が元凶であり、日本はそのアメリカに従属して直接間接に朝鮮戦争に深くかかわったし、今もかかわっている、という冷厳な事実です。

 日本・日本人は朝鮮民族分断の加害者です。被害者(朝鮮、韓国)が懸命に「被害」の修復を図ろうとしているのに対し、加害者がそれを中傷・攻撃し妨害する。こんな理不尽なことが許されるでしょうか。

 韓国の世論調査では、「統一旗による合同入場」への「賛成」が53(反対は39%。韓国ギャラップ調査)。「平昌五輪が南北関係改善に寄与するか」との問いには、65・1%が「寄与する」と答えています(「寄与しない」は33・0%。韓国社会世論研究所調べ=27日付共同配信)。これが韓国市民の受け止めです。

 過去の侵略・植民地支配の罪を自覚するなら、朝鮮民族の融和・平和的統一を応援する、そのためにそれを妨害する安倍政権の「朝鮮敵視」政策を止めさせ、元凶である日米軍事同盟(安保条約)の廃棄へ向かう。それが私たち「日本人」の責任ではないでしょうか。


平昌五輪と朝鮮総連銃撃事件

2018年02月26日 | 朝鮮と日本

     

 数々の感動を残して平昌五輪は25日閉幕しました。閉会式にイバンカ米大統領補佐官、金英哲朝鮮労働党副委員長が出席したことも注目されました(写真左)。
 この閉会式に日本政府の代表はいたのでしょうか?

 少なくともアメリカや朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に匹敵するような高官が出席しなかったのは確かです。飛行機で1時間余の最も近い隣国である日本のこの対応は、安倍政権がいかに平昌五輪を冷めた目で見ていたかを示すものではないでしょうか。

 それはただの冷淡さではありません。平昌五輪の最大の特徴は、「南北は1つ。民族は1つ。この大会は南北統一の礎になった」(イ韓国五輪組織委員長の閉会宣言)ことでした。安倍政権の冷淡さは、この「南北融和」「朝鮮民族の和解・統一」への冷淡さに他なりません。

 朝鮮民族に対するこの冷淡さは、はたして安倍政権だけでしょうか。

 平昌五輪さ中の23日午前4時前、東京・千代田区の朝鮮総連本部(朝鮮会館)に対し拳銃による発砲事件が起こりました(写真中)。逮捕された右翼活動家は、これまで朝鮮総連へのヘイトデモを繰り返してきた者で、当然公安当局のリストにあったでしょう。その者らの誰もいない深夜の凶行を、常時警備している警察が阻止できなかったのはきわめて不可解です。

 この右翼テロ事件を、日本のメディアはどう報じたでしょうか。

 最も大きな扱いでも社会面2段(朝日新聞、読売新聞)。ほかは社会面ベタ(毎日新聞、産経新聞など)です(いずれも西日本版)。朝鮮総連の南昇祐副議長は同日直ちに記者会見し「抗議声明」を発表しましたが、そのことに触れたのは朝日新聞、東京新聞、共同配信だけ。それもひとこと引用しただけでした。1面から社会面まで紙面を席巻した平昌五輪競技の報道とのなんという対照でしょう。

 南副議長が発表した「抗議声明」から引用します。

 「朝鮮民主主義人民共和国の海外公民団体として合法的に活動し、在日同胞の生活と権利を守り、日本国民との友好と親善交流につとめている朝鮮総聯に対して敢行されたこのような狂気に満ちた犯罪行為は、共和国と在日朝鮮人に対する許しがたい暴挙である。

 いま平昌冬季オリンピックを契機に、北南間の交流と和解、統一への志向がにわかに高まり、朝鮮半島の緊張緩和のための対話が求められているなかで起きた今回の拳銃乱射事件は、単なる偶発的な事件ではなく、共和国と朝鮮総聯に対する日本当局の敵視政策を政治的背景とした計画的な犯罪行為である。

 日本当局は、米国の対朝鮮孤立・圧殺政策に便乗しながら、朝鮮に対する圧力一辺倒の政策を強める一方、いわゆる「国難」をもちだして日本国民の中に朝鮮に対する恐怖心を意図的にあおっている。

 また、日本当局の対朝鮮「制裁」措置が実施されてきたこの12年の間朝鮮総聯に対する政治的抑圧と民族差別、ヘイトスピーチなどにより、在日朝鮮人に対する排他的風潮が蔓延するなかで、朝鮮学校に通う子どもたちまでも深刻な脅威にさらされてきたことは周知の事実である。

 今回のようなテロ行為を未然に防ぐことができなかった日本当局は、その責任を免れることはできない。日本当局は、今回の事件の重大さを深刻にとらえ…在日朝鮮人の人権と教育の権利を守り、朝鮮半島の平和と朝・日関係の改善を願う朝鮮総聯の公正な活動を政治的に弾圧し規制する措置を直ちに撤廃することを強く求める」(23日付朝鮮新報より)

 平昌五輪の数々の感動的場面の中でも、小平奈緒選手が韓国の李相花選手を抱きしめた姿はとりわけ胸に迫りました(写真右)。私たちはその友情・相互信頼にただ感動するだけでなく、その姿から私たち自身・日本の朝鮮・在日朝鮮人、朝鮮民族に対する姿勢を振り返り、安倍政権の朝鮮敵視政策を止めさせるべきではないでしょうか。


皇太子徳仁の危険な“勘違い”

2018年02月24日 | 天皇制と憲法

     

 徳仁皇太子は2月23日の誕生日にあたり、宮内庁記者会と会見しました(会見実施は21日)。その発言には重大な問題が含まれています。来年には「新天皇」となる人物の「所信」だけに見過ごせません。

 皇太子は「新しい時代の天皇、皇后の在り方」について聞かれ、こう答えました。

 「象徴天皇、そして、公務の在り方については…過去の天皇が歩んでこられた道と、そしてまた、天皇は日本国、そして日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に思いを致して…象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います」
 「新しい時代の天皇、皇后の在り方ということについては…皇室の長く続いた伝統を継承しながら…象徴としての在り方を求めていく中で、社会の変化に応じた形でそれに対応した務めを考え、行動していくことも、その時代の皇室の役割だと思います」(宮内庁HPより)

 「象徴天皇の在り方」は自分で「考え、行動していく」という”能動的天皇“宣言です。これは「憲法の規定に思い致して」という自らの言葉とは裏腹に、憲法を逸脱した危険な「象徴天皇」観と言わねばなりません。

 こうした皇太子の「象徴天皇」観が、父である明仁天皇から学んだ(教えられた)ものであることは明らかです。明仁天皇がまさにそういう”能動的天皇”を実践してきたからです。
 それは「公的行為(象徴としての行為)」という憲法にない行為を自分で増や続けてきたことに端的に表れています。その典型が、皇太子が「厳粛な思いで拝見」(21日の記者会見)したという明仁天皇の「ビデオメッセージ」(2016年8月8日)です。この中で明仁天皇はこう述べました。

 「即位以来、私は…憲法の下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごしてきました」
 「このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ…象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました

 その具体化が実質的な「退位表明」でした。この「ビデオメッセージ」に対しては、多くの学者・識者が憲法上の問題を指摘しています。

 「『公的行為』祭祀という二つの行為を通じて自ら国民を積極的に統合していく、日本という共同体をまとめていく―そういう姿勢がはっきり現れていることに、強いショックを受けました。もう一点、実質上『皇室典範を変えろ』という要求になっていることにも驚きました。これは明らかに政治的な発言ですね」(吉田裕一橋大教授『平成の天皇制とは何か』岩波書店)

 「そもそも日本国憲法ではそこまでの行為は求められていないにもかかわらず、(明仁天皇―引用者)自らが積極的に国民を統合しようとしてきた。今回のメッセージは、そのことと直線的につながっているのかな、という感じはします」(瀬畑源長野県短期大学助教、同前)

 「はっきり言っておかしいと思います。いまの憲法下、天皇は国政に関与できないはずです。それなのに天皇が退位の気持ちをにじませた発言をすると、急に政府が動き出し、国会でも議論を始めた。『お気持ち』を通して、結果的にせよ、国政を動かしています。…本来は天皇を規定するはずの法が、天皇の意思で作られたり変わったりしたら、法の上に天皇が立つことになってしまう」(原武史放送大教授、2017年3月18日付朝日新聞)

 憲法上、天皇が行う(行うことができる)行為は「国事行為」として厳格に規定されています(第6、7条)。その他の行為は「私的行為」です。百歩譲って「政府見解」のように「公的行為(象徴としての行為)」なるものがあるとしても、それは「内閣の助言と承認」(憲法第3条)に従うものであって、天皇が自ら「考え、行動する」ことは許されず、ましてや「国政に関する権能」(第4条)にかかわるものであってはならないことには憲法学説上の争いはありません。

 ところが、明仁天皇はそれを行い、安倍政権はもちろん、国会のすべての政党・会派も、メディアも、そして「市民」も、それを容認して「特別法」で天皇の意向通り「退位」への道をつくりました。

 徳仁皇太子はこの明仁天皇の憲法蹂躙の”能動的天皇“を継承しようとしているのです。絶対に容認できません。

 明仁天皇、徳仁皇太子はともに「ビデオメッセージ」「会見」で、「天皇は日本国、日本国民統合の象徴」という憲法第1条の文言を引用しましたが、なぜかいずれもそれに続く言葉を省略しています。第1条は続けてこう明記しています。

この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく

 「象徴天皇」の「地位」、「在り方」を考え、決めるは天皇ではありません。「主権者・国民」です。徳仁皇太子にはこの言葉をかみしめてほしいものです。
 その「在り方」の中には、「象徴天皇制」という制度自体の廃止も含まれていることは言うまでもありません。


相次ぐ米軍「事故」、元凶は「北朝鮮」ではなく「日米安保」

2018年02月22日 | 日米同盟と朝鮮・韓国

     

 米軍三沢基地のF16戦闘機が燃料タンクを青森県・小川原湖に投げ捨て、あわや大惨事という「事故」が起こりました(20日)。相次ぐ米軍機「事故」は、米軍基地の存在がいかに住民の生命・安全を脅かすかを改めて示しています。

 しかも今回の「事故」は明らかに「米軍が本来回収する案件」(21日、小野寺防衛相)であるにもかかわらず、米軍に言われるまま自衛隊が代わって回収するというのですから、自衛隊の対米従属ぶりは隠しようがありません。

 見過ごせないのは、相次ぐ米軍機・自衛隊機の「事故」の原因が、あたかも「北朝鮮(情勢)」にあるかのような論調・記事が流布していることです。

 「米軍機が絡む事故が続く。背景に何があるのか。…永岩氏(永岩俊道元航空自衛隊空将―引用者)は、『対北朝鮮、中国をはじめ米軍は世界中で作戦を展開し、自衛隊も日本周辺で厳しい警戒を続けている。疲労が蓄積し…「組織的ストレス」も背景にあるのかもしれない』と話す」(21日付朝日新聞)

 「北朝鮮情勢などで任務が増えていないか…検証と分析が不可欠だ」(22日付朝日新聞社説)

 「20日のトラブルは、北朝鮮情勢を背景に活動を活発化させる米軍の事故が、どこでも起こり得るという現実を浮き彫りにした。…沖縄国際大の前泊博盛教授(日米安保論)は『…北朝鮮情勢を背景に現場での人繰りが回っていないのではないか』と分析する」(21日付共同配信)

 メディアや「専門家」だけではありません。

 「背景には…中国・北朝鮮への対応など任務激化と整備能力の低下といった構造的な要因が指摘されており…」(21日付「しんぶん赤旗」の「解説」)

 こうした記事・論調は、「北朝鮮対応で現場負担増」(21日付琉球新報)「北朝鮮情勢 負担か」(同、沖縄タイムス)などの見出しとともに、米軍機「事故」の原因・根源が「北朝鮮(情勢)」にあるかのような印象を与えています。

 これは事実に反するだけでなく、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)への憎悪を煽り、米軍機・自衛隊機「事故」の本質を見誤らせるきわめて危険なものと言わねばなりません。

  在日米軍とそれに従属する自衛隊が朝鮮に対して軍事的圧力を強めているのは事実であり、その「負担」が米軍機や自衛隊機の相次ぐ「事故」を誘発していることは十分考えられます。問題はそうした米軍・自衛隊の軍事圧力の根源は何かということです。それを考えるカギは「米韓合同軍事演習」にあります。

 「米韓合同軍事演習」は朝鮮戦争休戦協定(1953年7月27日)に反してアメリカが強行している軍事挑発です。朝鮮は一貫してその中止を要求していますが、アメリカはそれを無視し続けています。平昌五輪・パラリンピック後にも強行すると公言しています。(15日のブログ参照http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20180215

  また、「北朝鮮の核・ミサイル開発」についても、休戦協定に違反していち早く韓国に核兵器を配備したのはアメリカです。そして今、世界の反核世論に逆らって「核兵器禁止条約」に反対し、新たな「使える核」戦略を発表したのもアメリカであることは世界周知の事実です。

 この危険極まりない米軍が日本に基地をもち、わがもの顔で傍若無人な振る舞いを続けている(続けられる)のは、日米安保条約がそれを許しているからです。
 安倍政権が「百パーセント」アメリカに追随し、戦争法(安保法制)で米軍と一体になって集団的自衛権を行使しようとしているのも日米安保条約があるからです。

  米軍機・自衛隊機の相次ぐ「事故」の原因は「北朝鮮(情勢)」ではありません。元凶はアメリカの覇権主義・核戦略であり、そのアメリカに追随する日米安保条約です。

  いかにも「北朝鮮」に問題があるかのように言う記事・「識者」が、「しんぶん赤旗」を含め、例外なく日米安保条約の見直し・廃棄には触れていない(「地位協定の見直し」は言っても)ことが、事態の深刻さを示しています。

 


サンゴ採捕許可の背信・翁長氏に「知事選出馬」の資格なし

2018年02月20日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

 「辺野古に新基地を造らせないとの思いにみじんも揺らぎはない」(19日の記者会見、20日付琉球新報)といいながら、実際は辺野古埋立・新基地建設の促進に手を貸す。そんな翁長雄志知事の手法がまた1つ露わになりました。

 「県は16日、沖縄防衛局が昨年10月26日に申請した絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ1群体の特別採捕を許可した」(17日付琉球新報)のです。

 サンゴ採捕の許認可は、「知事権限」の中でも「最も強力な『Aクラス』に分類していた」(20日付琉球新報)ものです。それを防衛局申請通り「許可」したことは、「承認取り消し」の取り消し、工事用土砂搬出港の使用許可などに続く背信行為であり、「あらゆる知事権限を行使して基地は造らせない」という翁長氏の言葉がいかに県民を欺くものであるかを改めて示すものです。

 この背信行為を翁長氏はどう釈明するのか。19日の記者会見が注目されましたが、その内容にはあらためて驚きました。翁長氏はこう述べたのです。

 「どういった形で新辺野古基地を阻止するかは厳正、公正、中立の中でしっかり一つ一つの案件を審議し議論し結論を出している。法令等にのっとった判断として議論しながら一つ一つやってきた」(20日付琉球新報)

 辺野古新基地は、安倍政権の強行を許すのか、それを阻止するのかの2つに1つしかありません。「中立」とは何ですか?いつから翁長氏は「中立」になったのですか?
 この「中立」発言は、翁長氏の本音が「絶対阻止」ではないことを図らずも吐露したものにほかなりません。

 翁長氏の「サンゴ採捕許可」に対し、市民・環境保護団体から、「環境への配慮が欠如する許可申請を追及するどころか容認してしまった県の責任は極めて大きい」(安部真理子日本環境保護協会主任、17日付琉球新報)など、翁長氏への批判がいっそう強まっているのは当然です。

 ところがこうした市民の批判に対し、翁長氏を支える「オール沖縄」の与党県議から、「政府と県が対等な力を持つならば知事への批判も理解できるが、もともとゾウとアリくらいの力の差がある。知事を『工事を止められない』と批判するのは、逆にフェアじゃない」(20日琉球新報)という声が出ています。冗談ではありません。

 憲法、地方自治法上、政府と地方自治体は「対等」です。その立場に立ってたたかうことが市民が国家権力に対抗する基本的立場であることは言うまでもありません。市民が翁長氏に求めているのは、「ゾウ」と同じ力などではありません。「あらゆる知事権限を行使する」「承認撤回する」という自らが言明した選挙公約を実行するという最低限の責任です。なかでも最大のカギを握る「埋立承認の撤回」を直ちに実行することです。

 その公約違反は棚に上げて翁長氏をかばい続け、逆に批判する市民に矛先を向ける。これが「オール沖縄」の本音ですか?

 翁長氏は19日の記者会見で、「新基地建設反対の県民の民意は『現時点でも生きているのは当然だ』と強調」(20日付沖縄タイムス)しました。そう言いながら、自らは「中立」だとし、「知事権限行使」の公約は実行しない。これはいったい何を意味しているでしょうか。自分には「県民の民意」を体現し実行する意思も力もないという自己証明、「敗北宣言」ではないでしょうか。

 そんな翁長氏には、「知事選再出馬」の資格はないと言わざるをえません。


「天皇退位・即位儀式」の国事行為化・公費支出は許されない

2018年02月19日 | 天皇制と憲法

     

 安倍政権は来年予定されている明仁天皇の「退位」と徳仁皇太子の「即位」に伴う一連の儀式を「国事行為」「皇室行事」として公費(税金)支出しようとしています。「政教分離」「国民主権」の憲法原則に反することは明白で、絶対に容認できません。

 そもそも今回の「退位」は明仁天皇自らがその意向を示し(2016年8月8日のビデオメッセージ)、それにそった「特別法」によって行われるもので、天皇の政治関与を禁じた憲法(第4条)上重大な疑義があります。天皇の「国事行為」を定めた憲法第6条、第7条には当然「退位」に伴う行為・儀式はありません。「特別法」で憲法を超えようとはとんでもない話です。

 新天皇の「即位」に伴う儀式はどうでしょうか。安倍政権は今回も前回、明仁天皇が「即位」した際の一連の儀式(1989~90年)にならうとしています。

 前回の「即位」では、①「剣璽(けんじ)等承継の儀」②「即位後朝見の儀」③「即位礼正殿の儀」④「祝賀御列の儀」⑤「饗宴の儀」の5つが「国事行為」とされ公費で賄われました。その額は123億円にのぼりました。①②③はとくに完全に皇室神道に基づく宗教儀式です。

 たとえば「剣璽等承継の儀」は、「皇位のしるし」とされる「三種の神器」(ヤタの鏡、クサナギの剣、ヤサカニの勾玉)のうち剣と勾玉(璽)そして国・天皇の印(国璽・御璽)を新天皇に渡す儀式です(鏡は宮中・賢所に安置されている)。

 「即位儀式」の中で皇室神道が最も重視するのは「大嘗祭(だいじょうさい)」(新天皇即位後初の新嘗祭)です。文字通りの神道儀式で、政府もさすがに「国事行為」にはできませんでした。しかし、「皇室行事」として宮廷費という公費を支出したことに変わりありませんでした。

 こうした宗教儀式への公費支出が、憲法の政教分離原則(第20条)に反することは明白です。さらに、首相や衆参議長より天皇が高い位置で「宣言」し、首相が低い所から「天皇陛下万歳」を唱える「正殿の儀」が「国民主権」原則に反することも明らかです。

 ところがメディアでは、「大嘗祭に知事らが参列したことが、政教分離原則に反するかが争われた訴訟では、合憲判決が確定している」(16日付朝日新聞社説)などとして、憲法上問題がないかのような論調が流布しています。まったく事実を歪曲するものと言わねばなりません。

 前回の「即位儀式」に関しては全国各地で訴訟が起こり、確かにことごとく退けられました。しかし、それは原告(市民)の「資格」などを問題にしたもので、すべての判決が公費支出を「合憲」と認めたわけではありません。
 むしろ事実は逆で、「即位儀式」への公費支出は憲法上問題があるとして市民側が一部勝訴した判決がありました。1995年3月9日の大阪高裁判決(山中紀行裁判長)です。

 同判決は大嘗祭が「神道儀式としての性格を有することは明白」としたうえで、こう指摘しています。

 「皇室行事として宮廷費で執行したことは、国家神道に対する助長、促進になるような行為として、政教分離規定に違反するのではないかとの疑義は一概に否定できない

 さらに、「即位の礼」についても、「宗教的な要素を払しょくしていない」とし、天皇が首相らを見下ろす「正殿の儀」についても、「国民を主権者とする憲法の趣旨にふさわしくないと思われる点が存在することも否定できない」と断じたのです。

 にもかかわらず原告の訴えを退けたのは、公費支出が「原告らに何らの具体的な義務や負担を課したものではなく」、「支出差し止め」請求もすでに支出が終了していて「訴えの利益がない」としたものです。公費支出の憲法上の疑義を否定したものではけっしてありません。

 この判決は双方が上告しなかったため、確定判決となっているのです。

 こうした確定判決があるにもかかわらず、これから行われる一連の皇室神道儀式に対し、「国事行為」「皇室行事」の名目で公費支出することは絶対に許されません。


朝鮮人強制連行・「群馬の森追悼碑」訴訟が示すもの

2018年02月17日 | 朝鮮と日本

     

 県立・群馬の森(高崎市)に建てられている朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑(「記憶・反省そして友好」の追悼碑)を、群馬県(大沢正明知事)が撤去(10年目の設置更新を不許可)しようとしていることに対し、市民が取り消しを求めている裁判で、前橋地裁(塩田直也裁判長)は14日、県の不許可処分は「裁量権の逸脱」だとする原告一部勝訴の判決を言い渡しました(写真左は「人権と生活」誌から、写真中、右は朝鮮新報から)。

 群馬県以外では大きく取り上げられていませんが、全国的意味をもつ重要な訴訟であり判決です。

 追悼碑は、1998年に発足した「朝鮮人・韓国人強制連行犠牲者追悼碑を建てる会」(当時)が運動し、全国から500個人・60団体の賛同と1000万円の募金を集めて建てたもの。建設は県議会で全会一致で決まり、2004年4月24日の除幕式には県幹部も出席。「県有地にこのような追悼碑を建てるのは日本で初めて」(角田義一弁護団長=写真右)で、毎年碑の前で追悼式が行われてきました。「群馬の森」は戦前、朝鮮人が強制連行・強制労働させられた日本軍火薬製造所の跡地です。

 ところが、2012年5月ころから県の態度が一変します。在特会など右翼団体による追悼碑敵対行動が活発化してきたからです。彼らは街宣でヘイトスピーチを繰り広げる一方、2013年には県議会に「追悼碑撤去」の請願を提出。結果、県は設置更新を不許可にしました。在特会への屈服です。裁判の中で塩田裁判長も、「排外主義団体の抗議前と抗議後で県の態度が一変していると県側に鋭く指摘」(2015年12月14日付朝鮮新報)しました。

 今回の判決の注目点は主に3点あります。

 ①   ヘイトクライムとのたたかいにおける一定の前進

 県の不許可処分を「裁量権の逸脱」と断じた判決は、在特会に屈服した群馬県の姿勢を指弾したものであり、ヘイトクライムとのたたかいにおける一定の前進です。各地で起こっている在特会など右翼の妨害と自治体の「萎縮」に対する警告といえます。

 ②   「言論・表現の自由」「政治活動の自由」擁護の必要性 

 県が不許可処分にした口実は、碑の前で行われる追悼式での「強制連行の事実を訴え、正しい歴史認識を持てるようにしたい」などの発言が「政治的」であり「設置条件」に反するというものです。言論・表現の自由、政治活動の自由に対するあからさまな侵害です。
 しかし、判決はこの県の主張を事実上認めてしまいました。公共施設の使用に関して「政治的」との理由で使用を不許可にする自治体が増えており、全国的教訓とする必要があります。

 ③   「強制連行」の隠ぺい図る歴史修正主義とのたたかい

 群馬県が追悼式典を「政治的」とした主な理由は、「強制連行」という言葉が使われたことです。日本政府は戦前の朝鮮人強制連行を「労務動員」だと強弁し、その犯罪性、植民性を隠ぺいしようとしています。群馬県は一貫してそれに従っており、碑文決定段階から「建てる会」の原案にあった「強制連行」を「労務動員」に変えるよう要求。「建てる会」もそれで妥協しました。

 しかし、「朝鮮人強制連行」は紛れもない歴史的事実です。
 群馬県の不許可処分に対し、東京歴史科学研究会は「反対声明」(2014・7・22)を出しましたが、その中でこう指摘しています。

 「朝鮮人強制連行については、これまでに多数の調査・研究が蓄積されてきた。朝鮮人に対する日本の加害は、揺るがせにできない事実である。…追悼碑を撤去することは、歴史の事実を否定し、朝鮮人犠牲者の尊厳を冒涜する行為に他ならない」

 今回の判決に対し、原告側の下山順弁護士は、「『強制連行』という用語が歴史学的に確立しているにもかかわらず、県の主張する許可条件を不明確ではないとした裁判所の判断は不当だ」と指摘。報告会参加者の中からは「今後、強制連行という言葉が死語にならないか心配だ」との声も出ています。(15日付朝鮮新報)

 強制連行=朝鮮人に対する日本人の加害の史実の隠ぺいを許さないことは、日本軍性奴隷(「慰安婦」)問題とともに、歴史修正主義とのたたかいの重要な焦点です。


朝鮮戦争と日本―安倍首相の米韓合同演習発言が示すもの

2018年02月15日 | 朝鮮と日本

     

 安倍首相が9日の韓国・文在寅大統領との会談で、米韓合同軍事演習について、「予定通り進めることが重要だ」と発言し、文大統領が「『我々の主権の問題で内政問題だ。首相がこの問題を直接取り上げるのは困る』と不快感を示した」(11日付朝日新聞)問題は、朝鮮半島の融和・和解にあくまでも反対する安倍首相(日本政府)の意図を露わにしました。

 この安倍発言は、訪韓前のペンス米副大統領との会談(7日、写真左)による打ち合わせに基づくものです。

 「首相は会談で、ペンス氏と米韓合同軍事演習の重要性を確認。韓国での文大統領との会談で、延期している演習の五輪後の早期実施を日米ともに働きかけるとみられる」(8日付朝日新聞)

 さらに安倍氏は、14日夜10時すぎから約1時間にわたってトランプ米大統領と電話会談し、「米韓合同軍事演習をパラリンピック終了後に実施することが重要だという認識で一致」(15日NHK)しました。(写真中)

 安倍氏の米韓合同軍事演習への執着は尋常ではありません。

 この背景には、米韓合同軍事演習と日本のただならぬ関係があります。文大統領の憤慨はもっともですが、米韓合同軍事演習はたんに「韓国の内政問題」とは言い切れないのです。それを吐露したのが、13日の自民党外交部会でした。

 「消息筋によると…『韓米軍事演習(引用記事のママ)がなぜ韓国だけの内政問題なのか』という批判も続いた。『韓半島(朝鮮半島)の安定のための日本の役割を考えてみよ』『特に国連軍(朝鮮戦争のアメリカ傀儡軍―引用者)の後方司令部が今(東京郊外周辺の)横田基地にあり、また、米軍基地7カ所に国連軍が配備されている。米韓軍事演習は韓国の内政問題にとどまらない』という主張も続いた」(14日付韓国・中央日報日本語版)

 この限りで自民党国防族議員が言うことは間違っていません。この発言が意味しているのは、米韓合同軍事演習は朝鮮戦争(休戦中)と不可分であり、日本はそれに直接関係しているということです。

 「米軍は世界最大の作戦演習を韓国軍と合同で毎年二回繰り広げています。この軍事演習の過程で、じつに多くのことが予行演習されています。北朝鮮指導部の『斬首作戦』、領土の侵攻と占領、さらにはダミー弾薬を使って核の先制攻撃を加える訓練もしています」(クリスティン・ホン・カリフォルニア大准教授、「世界」2017年6月号)

 「北朝鮮に対する米国の核による威嚇の歴史は、朝鮮戦争の昔まで遡ります。朝鮮戦争後の一九五八年に、米国は数百の核兵器を韓国に配備しました。朝鮮半島に最初に核を持ち込んだのはこの国です。北朝鮮は一九五〇年代後半からずっと、米国がこれらの兵器を使用するのを阻止する手段を見つけなければならなかったのです。…北朝鮮が抑止力を求めるようになったのは当然のことでした」(ブルース・カミングス・シカゴ大教授、「世界」同)

 確認しなければならないのは、米韓合同軍事演習も米国による韓国への核兵器配備も、朝鮮戦争の休戦協定(1953・7・27)に対する明確な違反だということです。

 「ブッシュ政権の対北朝鮮政策を検討したジョン・フェッファーは、米国が韓国軍を巻き込んで実施する米韓合同軍事演習が、軍事演習の範疇で捉えきれないものであって、事実上”演習“という名の戦争である、とした。1953年7月27日に調印された朝鮮軍事休戦協定は、その意味で事実上全く機能していないことになる」(纐纈厚山口大名誉教授、2017年9月16日の文京区内での講演)

 アメリカは朝鮮戦争の休戦協定に違反して米韓合同軍事演習という名の「事実上の戦争」を続けているのです。
 そして日本は、朝鮮戦争当時に直接・間接にアメリカに従属して参戦したのにつづき、今も横田の司令部や在日米軍基地によって朝鮮戦争の当事国であり続けています。
 米韓合同軍事演習の実施に固執する安倍首相の言動は、休戦協定に反して、朝鮮半島を事実上の戦争状態に置き続けようとするものに他なりません。

  それに対し、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)は、「米韓合同軍事演習の中止」を「米朝会談」の条件にあげ、休戦協定を「平和協定」にして朝鮮戦争を文字通り終結させることを一貫して主張しています。

 どちらに理があり、どちらが朝鮮半島の平和・統一につながる道なのか。私たちはメディアがつくりだしている先入観を排して、冷静に判断する必要があります。


名護市長選後に広がる危険な論調

2018年02月13日 | 沖縄・安倍政権・翁長知事

     

 名護市長選(4日)で「辺野古新基地阻止」を掲げた稲嶺進氏が敗れて1週間。「民意」を歪曲するような危険な論調が広がろうとしています。

 当選した渡具知武豊氏(自民、公明、維新)は「辺野古のへの字」も口にしなかったにもかかわらず、安倍首相は「名護市民に感謝したい」(5日)、菅官房長官は「選挙は結果が全てだ」(8日)と公言し、辺野古新基地建設を加速しようとしています。まさに詐欺的手法です。

 市長選時の「民意」はどうだったのか。出口調査の結果で改めて確認しておきましょう。

 <出口調査結果

 〇共同通信、琉球新報、沖縄タイムス3社共同調査…辺野古移設に反対=49・4%、どちらかといえば反対=15・2%、合計64・6
 
〇NHK調査…反対=52%、どちらかといえば反対=23%、合計75

 新基地建設反対が大多数の「民意」であることは、名護市長選の前後でなんら変わっていません。安倍政権はこの事実を完全に無視し隠ぺいしようとしています。

 問題なのは、この安倍政権に同調するような「論調」が広がろうとしていることです。

 「『世論が変わった。もう民意だけでは通用しない』。知事を支える側近の一人は強い危機感を口にした」(9日付沖縄タイムス)

 「『ただただ「反対、反対」というスローガンだけでは県民はついてこない。新基地ができてしまうなら…県益を引き出せるような交渉も検討すべきではないか』。知事周辺の一人はこう漏らした」(9日付琉球新報)

 「知事周辺の一人は『早期撤回(埋立承認の撤回―引用者)は国の思うつぼ早期撤回でと知事を追い詰めすぎると「2期目は出ない」という選択肢が出てくる』と警戒する」(同琉球新報)

 翁長氏が回避し続けている「承認撤回」をさらに遠ざけ、新基地建設を前提にした妥協交渉に入るべきだというのです。翁長氏は表向き「民意は生きている」(5日の記者会見)と言っていますが、こうした「側近」や「知事周辺」の声は翁長氏の本音を代弁していると言えるでしょう。

 翁長氏の「側近」や「周辺」だけではありません。

 沖縄タイムスは2日続けた社説でこう述べています。
 「翁長知事による埋め立て承認撤回に不透明さが増し…翁長知事は今後、公約である新基地阻止をどのように実現していくのか。…新たな方針を打ち出す必要がある」(5日付)
 「翁長雄志知事にとって、地元民意の後ろ盾を失った痛手は大きい。戦略の練り直しは急務だ」(6日付)

 一部の「識者」からも次のような声が出ています。

 「県民は新基地建設反対の民意を正確に反映させるための新たな方策(県民投票を含む)を模索しなければならなくなった」(6日付沖縄タイムス・新垣勉弁護士)

 「翁長県政も埋め立て撤回訴訟や県民投票のみに打開策を見いだそうとするのではなく…別のアプローチが必要だ」(10日付沖縄タイムス・屋良朝博沖縄国際大非常勤講師)

 こうした論調に共通点しているのは、辺野古新基地に反対し続けている「民意」への懐疑であり軽視です。
 普天間基地は無条件に直ちに閉鎖すべきというのが「建白書」の趣旨であり、新基地は造るか造らせないかで、その中間も「代替案」もありえません。

 繰り返しますが、大多数が新基地に反対している「民意」は、県民投票などするまでもなく変わらずに明白です。
 ではなぜそれが選挙結果に結びつかなかったのか。

 「『反対しても工事は止められない』とのあきらめムードが広がっている」(4日付沖縄タイムス社説)からであり、「市民の間には『知事は(基地建設工事のための)本部港の使用も認めた。工事阻止どころか進めている』との不満も根強い」(9日付琉球新報)からです。

 「『工事が進んでいる』ことが投票判断の決定的要因」であり、「稲嶺氏陣営は、工事の進行が翁長知事の承認取り消しの取り消しに発するとの根本的な矛盾の認識を欠落」(仲宗根勇・うるま市島ぐるみ会議共同代表、8日付琉球新報)させていたのです。

 名護市長選の結果が示していることは、「知事周辺」や沖縄タイムスの社説、一部「識者」の主張とは真逆に、翁長氏に「承認撤回」の公約の即時実行を迫り、今すぐ工事を止めて、「あきらめムード」を一掃することではないでしょうか。


「建国記念の日」と東京オリンピックと朝鮮支配

2018年02月12日 | 天皇制と日本社会

     

 2月11日は「建国記念の日」という名前の祝日でした。各地で「護憲派」と「改憲派」の集会が行われました。広島市内では護国神社(天皇の名で戦没者を祀る神社)へ向けて女性や子どもによる「なでしこ行進」が行われたといいます。

 「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という「趣旨」で1966年に制定が強行されました。「2月11日」は紀元前660年のこの日、神武天皇が即位したとする日で、旧「紀元節」をそのまま引き継いだものです。

 しかし、「神武帝は六~七世紀の朝廷貴族が天皇の日本支配を権威づけるためにつくりだした架空の人物であり、また主権在民の憲法をもつ現代の日本国民が、二月一一日つまり古代天皇制の成立を祝日とすることはおそろしい時代錯誤」(藤原彰氏ら『天皇の昭和史』新日本新書)です。 

 その「建国記念の日」(旧「紀元節」)が、「東京オリンピック」とただならぬ関係があったことはあまり知られていないのではないでしょうか。

 満州事変前年の1930年、当時の東京市長(現知事)永田秀次郎は10年後の1940年に開催される第12回オリンピックを東京で開催するよう招致運動することを決めました。40年に政府が全国で大々的に行う記念行事の目玉にするねらいです。
 その記念とは、「紀元二千六百年」。1940年は神武天皇が即位したとする紀元前660年から2600年になるとして、政府は10年前の1930年から全国的キャンペーンを展開しました。

 衆議院でも鳩山一郎(のちの首相)らによって、東京オリンピック開催を求める「建議案」が提出されました(1935年2月19日)。そこでこう述べています。「開催の年は二千六百年に該当し神武天皇の御偉業を景仰記念すると共に、日本建国三千年の文化を宣揚紹介し…画期的事業の達成を望む」(橋本一夫著『幻の東京オリンピック』講談社文庫より)

 ムッソリーニ(イタリア)の協力もあって、1936年7月のIOC総会で第12回オリンピックを東京で開催することが決まりました。ポスターまでつくられました(写真中。神武天皇を描いていると思われます。『幻の東京オリンピック』より)
 しかしその後、皇国日本の侵略戦争激化のため、オリンピックどころではなくなりました。

 「1940年東京オリンピック」はこうして幻に終わりましたが、「紀元二千六百年」という皇国史観と「東京オリンピック招致」という国家主義の結合の歴史がここにありました。

 「紀元二千六百年」をめぐって見過ごせない歴史がもう1つあります。

 1940年の「紀元二千六百年祝典」に向け、天皇の政府は「皇国臣民」「内鮮一体」の名のもとに、植民地・朝鮮人による「朝鮮人建国奉仕隊」なるものを作り、神武天皇を祀っている橿原神宮(奈良、写真右)の拡張工事などに従事させたのです。

 「朝鮮人建国奉仕隊」にはそれまでの朝鮮人強制連行とは違う意味合いがあったと言われています。
 「1938年の国家総動員法体制の一環から、何よりも総動員の動機づけ=イデオロギー支配として、『皇国臣民』『内鮮一体』強化が意図されたなかでの朝鮮人建国奉仕隊の存在は、国家が直接介入した朝鮮人動員が始まったことを意味する」(川瀬俊治氏「「紀元二千六百年祝典」と朝鮮人建国奉仕隊」=「季刊戦争責任研究・第51号」)

 架空の「神武天皇即位」からの「紀元二千六百年」という皇国史観は、こうして朝鮮人を「皇国臣民」に取り込み、植民支配を強化するテコになったのです。

 敗戦後、1964年に「東京オリンピック」は現実となりました。その「名誉総裁」は天皇裕仁でした。

 そして2020年。「朝鮮脅威」論がふりまかれ日米軍事同盟が強化される中で2回目の「東京オリンピック」が行われます。前年の19年に即位する新天皇徳仁の国際的お披露目舞台となり、安倍政権が「日本再興」(東京オリンピックの基本方針=2015年11月27日閣議決定)として「国威発揚」を図るのは必至です。

 天皇制とオリンピック、そして民族差別。皇国史観と大国主義の結合は、けっして過去の話ではありません。
 「2020年は紀元二千六百八十年」という安倍首相の声が聞こえてきそうです。