アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

時間の浪費は致命的。翁長知事は即刻「許可取り消し」を

2015年02月28日 | 沖縄・辺野古

         

 「時間の経過」が今ほどの重い意味を持つときはないのではないでしょうか。

 安倍政権の辺野古埋め立て工事強行に対し、翁長雄志知事は24日、県が行った「岩礁破砕許可」について、「取り消しにつながっていく可能性は大」と述べました。そして26日、県の海底調査で、サンゴの損傷が確認されました。

 サンゴの損傷は市民らの撮影ですでに明白で、県の調査は遅きに失したと言わねばなりません。ところがこの遅い調査結果に対してすら、翁長知事は、「何しろ海の中の話なのでちょっと聞いただけでは正確に分からない。報告を受けたい」(27日付沖縄タイムス)と、腰を上げようとしません。
 翁長氏はいったいいつ「許可取り消し」を判断するつもりでしょうか。

  県が現在行っている調査は、岩礁破砕の許可区域外です。それが終わると許可区域内の調査も行う意向です。実際、許可区域外だけの調査ではも何の意味もありません。それでは「許可区域内でのボーリング調査に影響はなく、防衛局は作業をしている」(28日付沖縄タイムス)からです。

 ではその調査はいつ終わるのでしょうか。岩礁破砕許可区域は、日本側が立ち入りできない「臨時制限区域」内にあります。したがってそこで県が調査するには、米軍の立ち入り許可が必要です。すんなり「許可」が下りるとしても、「制限区域内の調査を含めると1カ月近くかかる見通し」(25日付沖縄タイムス)です。
 米軍や日本政府がすんなり「立ち入り許可」を与えるとは思えません。すったもんだの末、「1カ月」がさらに延び、調査が終わるのは4月以降になる可能性が大です。翁長氏はそれからその「報告書」を受けて、「許可取り消し」の可否を検討するというのです。

 一方、工事の方はどんどん進んでいきます。
 防衛局は27日にボーリング調査再開へ向けた資材を搬入し、組み立てました。「来週にも掘削を開始する見通し」(27日付沖縄タイムス)です。
 明日にもボーリング調査・掘削が再開する恐れがあるときに、「1カ月」あるいはそれ以上先に「許可を取り消す」と言ってみても、まさに後の祭りです。

 
 「時間の経過」が持つ意味はそれだけではありません。裁判にも大きな影響を及ぼします。
 仮に「取り消し」「原状回復」と言っても安倍政権がすんなり応じるはずがありません。やがて司法判断を仰ぐことになるでしょう。ところが、工事の既成事実化が進めば進むほど、裁判所はその既成事実を是認する公算が強くなります。
 例えば、「岩国基地訴訟の一審判決では埋め立て工事の完成を理由に『訴えの利益なし』と、建設に反対する住民の訴えを退けた」(27日付沖縄タイムス)のです。

 こうした緊迫した情勢の中で行われた県議会でも、翁長氏は、「政府が移設に向けた作業を急ぐ中『(県の対応が)手遅れになるのでは』と質問されたのに対し、『あらゆる方向に目を向け対処し、不退転の決意で頑張る』と述べ」(28日付琉球新報)ただけです。これが「拱手傍観」でなくてなんでしょう。

 埋め立て工事が着々と強行されているのを横目に、「検討する」「可能性が大」「視野に入っている」などと言って、「調査」や「委員会」で時間を浪費することは致命的です。それは政府の工事既成事実化に、事実上手を貸すものと言わねばなりません。
 この期に及んで知事の権限を行使しないことは、県民に対する裏切りではないでしょうか。

 「もはや許可取り消しの可能性を論じる段階ではない。『辺野古移設ノー』の民意を踏みにじり、『環境の時代』にも逆行する移設作業をこれ以上続けさせてはならない。翁長雄志知事は即刻、許可を取り消すべきだ」(26日付琉球新報社説)

 ようやく公然化しはじめたこの声を、さらに大きくしていく必要があります。
 安倍強権政権の暴挙を止める手段は、それしかないのですから。


監視カメラの日常化に無頓着でいいのか

2015年02月26日 | 民主主義・人権

         

 22日の東京マラソンで、警視庁の「ランニングポリス」なるものが初めて登場しました。
 64人の警察官が監視カメラを帽子に装着し(写真左)、リレーしながら周囲の映像・音声をリアルタイムで警視庁本部へ送るのです。警視庁は「テロ警戒のために効果的だった」として、運用を広げる考えです。

 多くのメディアはこれを「テロ対策の新兵器」として、疑問もなく好意的に報道しました。果たしてそれでいいのでしょうか。
 市民マラソンで警察官がランナーに交じり、参加者や周囲の映像と音声を逐一警視庁に送るというのは、異常な光景ではないでしょうか。
 「テロ対策」という「錦の御旗」があれば、何でも許されるのでしょうか。

 最近のテレビニュース番組では、「防犯カメラ」が頻繁に登場します。
 殺人事件などで「容疑者逮捕の決め手」として、「防犯カメラ」の映像が、警察が流すままに放送されます。
 中には「防犯カメラ」の映像を見ながら、番組で「犯人探し」をすることさえあります。
 写真右は25日の報道ステーションですが、同番組ですら、「防犯カメラの映像を独自に入手した」と誇らしげに報じました。

 いまや「防犯カメラ」は町中にあふれ、日常生活に浸透しているかのようです。市民はそれを批判するどころかむしろ歓迎する状況がつくられています。それでいいのでしょうか。

 「防犯カメラ」というのも言葉のマジックで、要は「監視カメラ」です。

 カメラが「容疑者逮捕」に一定の効果をもっていることは確かだとしても、逆に不鮮明な映像が「誤認逮捕」の原因になることもありますが、そんな負の面はほとんど表には出ません。
 カメラは当然のことながら、けっして「テロ」や犯罪だけを「監視」しているわけではありません。カメラが24時間監視しているのは、一般市民です。市民の日常生活です。

 ジャーナリストの斎藤貴男氏によれば、安倍首相は第1次安倍政権の時に「イノベーション25戦略会議」を設置し、その報告書に、全国の町に「防犯カメラ」や集音マイク、しぐさ・顔認識を設置することを盛り込みました。斎藤氏はこう指摘します。
 「顔データベースとか、あるいは声紋登録とか、しぐさ、要するに行動パターンの登録をデータ化しておけば、いつ、誰が、どこで、誰と、何を、どういう表情で、どういう会話をしていたかという情報が、すべて警察のほしいままになるわけです」(『グローバル・ファシズム』)

 「監視カメラ」だけではありません。
 重大なのは、安倍政権がこの通常国会で、「盗聴法」の大改悪を図ろうとしていることです。

 現在の盗聴法は、警察による盗聴の対象を組織的殺人・麻薬・銃器関係に限定しています。安倍政権はそれを詐欺、窃盗など市民の日常生活にかかわる犯罪にまで拡大を図ります。
 また、盗聴は通信事業者の施設で、その立会の下で行われなければならないという制限を撤廃し、警察が警察内部で自由に盗聴できるようにしようとしています。

 監視カメラを町の隅々まで設置し、盗聴法を改悪することによって、警察(国家権力)が市民の生活を24時間、監視下に置くことになるのです。

 これは、「秘密保護法」の強行成立・施行、さらに今秋の共通番号制による市民番号(国民総背番号)制の強行とも無関係ではありません。

 日米軍事同盟に基づく集団的自衛権行使、自衛隊の無制限海外派兵という「戦争をする国」づくりと、市民に対する「監視社会」の強化はまさに表裏一体です。

 「9・11」以降アメリカで市民社会の監視・管理が強化されたように、「テロ対策」の口実で私たちの日常生活の自由と人権が奪われようとしていることに、無頓着・無警戒であってはならないと思います。 


皇太子の「日本国憲法」発言を無視したメディア

2015年02月24日 | 天皇・天皇制

         

 皇太子徳仁は23日、誕生日にあたっての「見解」を記者会見(20日に実施)で明らかにしました。その内容は同日の新聞各紙やテレビで報道されました。

 しかし、宮内庁のHPによって記者会見での発言の全容を見ると、皇太子の重要な発言を伝えていないメディアが少なくないことが分かります。

 それは「戦後70年」にあたって、皇太子が「日本国憲法」について発言した部分です。

 「今年は戦後70年の節目の年です。戦争と平和への殿下のお考えをお聞かせください」という宮内庁クラブ記者の質問に対し、皇太子は多くを語ったうえで、最後をこう結んでいます。

 「我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています」

 敗戦70年の今年の「皇太子誕生日会見」で、この質疑応答が目玉であることは明らかです。しかし、全国紙でこの「日本国憲法」発言を報道したのは、毎日新聞と共同通信だけです(時事通信はチェックしていません。地方紙は、琉球新報、沖縄タイムス、中国新聞などは共同配信を使っています。東京新聞は独自記事として載せています)。見出しに「日本国憲法」をとった新聞は皆無です。

 ほとんどの新聞は、「謙虚に過去を振り返る」(朝日新聞)など、「歴史の継承」発言を載せています。
 ひときわ特異なのがNHKです。NHKは、先の皇太子発言の「戦後70年を迎える本年が・・・」以降を引用しながら(写真左)、その直前の「日本国憲法」部分には触れませんでした。あえて触れなかったと思わざるを得ません。

 皇太子の発言には、もちろん多くの看過しえない問題点があります。「歴史の正しい伝承」というなら、「15年戦争」において昭和天皇が果たした役割、その戦争責任をどう認識するのかが問われなければなりません。
 また、「先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ」たという一般論ではなく、「大日本帝国」が侵略したアジア諸国の犠牲に対し、加害国としての認識と謝罪を明らかにする必要があります。

 しかし同時に、皇太子が戦後の日本が「日本国憲法を基礎として築き上げられ」てきたと認識し、それを記者会見で表明したことは、無視できない事実として記録・報道される必要があります。

 皇太子の発言は、安倍首相が「いよいよ(改憲の)条件が整ってきた。どういう条項で国民投票にかけるか、発議するかに至る最後の過程にある」(20日の衆院予算委員会)と、明文改憲が“秒読み”段階だと公言している今だからこそ、いっそう無視しえないものです。

 日本国憲法の抜本的作り変えを図る安倍・自民党の改憲草案(写真右)は、天皇を「日本国の元首」としています。その天皇になる皇太子は日本国憲法が「日本の平和と繁栄」の「基礎」だと言っているのです。これは改憲派にとって大きな矛盾です。
 メディアはそれを隠すことなく、報道する責任があります。


<これぞ風刺画>



 先日の中国新聞に、広島市まんが図書館が募集した「2014年おもしろその年まんが大賞」(全国から311人応募)の最優秀大賞作品(東京都日野市・中村順平さん)が紹介されていました。

 上の写真がそれ。タイトルは「壁ドン」。安倍首相が壁に手をつき、女性に向かって「憲法改正」「アベノミクス」「秘密保護法」「集団的自衛権」とつぶやいて迫っています。おびえる女性のスカートには「国民」と書かれています。

 権力者の横暴に対する庶民の立場からの告発。これぞ風刺画でしょう。


注目の「与那国住民投票」。翁長知事はなぜ沈黙?

2015年02月21日 | 沖縄

         

 自衛隊配備の是非を問う注目の与那国町住民投票が、あす22日行われます。

 争われているのは、陸上自衛隊沿岸監視部隊(約150人)の駐屯、監視用レーダーや隊舎などの建設の是非です。
 一昨年8月の町長選挙で政府・防衛省の支援を受けた誘致推進派の外間守吉町長が当選したため、工事はすでに昨年5月に着工していますが、今回の住民投票で「反対」が上回った場合、外間町長は、「配備は止められないが、町として国に非協力的な立場を取らざるを得ない」(15日付琉球新報)と明言しています。
 「反対」の意思表示によって、陸自配備に事実上のストップをかけられるかどうか、たいへん注目されます。

 与那国島への陸自配備には、少なくとも5つの重大な問題があります。

 ①「自衛隊票」が有権者の20%!与那国は軍隊(自衛隊)の意のままに

 与那国の人口は約1500人。有権者(成人)は1187人です。自衛隊誘致などに対する島民の意見はほぼ2分されており、一昨年の町長選での外間氏と反対派の崎原正吉氏との票差はわずか47票にすぎませんでした。
 そこに150人の自衛官が家族とともに「移住」してきたらどうなるか。「2人家族」だとしても約300票が「自衛隊票」となります。これは実に有権者の約20%です。キャスチングボートどころか、自衛隊(国家権力)の意向が与那国町の重要事項を決めてしまうことになりかねません。

 沖縄防衛局の井上一徳局長は、今回の配備は「艦船や航空機を監視することが主な役割」(18日付沖縄タイムス)だとして「安心感」を振りまいていますが、いったん配備してしまえば、その後何をしようが自衛隊のやりたい放題になる危険性がきわめて大きいのです。

 ②レーダー・電磁波のへの不安消えず

 今回の監視レーダーの設置自体も島民にとって重大です。それは電磁波による健康破壊の不安が消えないからです。レーダーはもっとも近い所では人家からわずか180㍍の場所に造られます。
 住民の不安に対し、外間町長は今年1月、防衛省主催の「説明会」を開催して「安全」を強調しました。しかしその講師が防衛省から資金援助を受けているセンターの代表というお手盛りぶりで、不安はいっそう強まっています。

 ③軍事基地依存の経済・財政へ転落

 誘致推進派の最大の理由は、「人口増加」とともに、「何十、何百億という国のお金が入ってくる」(「自衛隊に賛成する会」金城信浩会長、20日付沖縄タイムス)という「交付金」頼みです。
 しかしこうした基地依存の経済・財政は、「バブル的な金で施設を造っても将来的に財政を圧迫する先例はいくつもある。活性化より財政規律を破壊する原因になる可能性の方が高い」(島袋純琉大教授、18日付沖縄タイムス)のです。

 ④破壊される自然

 与那国はかつて人気ドラマ「Dr.コトーの診療所」(吉岡秀隆主演)の舞台になった島です。あの広大で青々とした牧場に、自衛隊のレーダーなどが建てられようとしているのです。
 軍事施設が沖縄の貴重な自然を破壊する。海と陸の違いはあっても、その点では辺野古とまったく同じです。観光にも大きな障害となります。

 ⑤沖縄を前線基地化する安倍戦略の一環

 もっとも重大なのは、与那国への陸自配備が「島しょ防衛」を口実にして対中国、北朝鮮との緊張を強め、沖縄全体を前線基地にしようとする安倍戦略の一環だということです。
 辺野古をはじめ、宮古島の下地空港の自衛隊使用、第2那覇空港の自衛隊増強など、与那国と同時並行的に、安倍・防衛省が狙う重大事態が進行しています。

 2007年6月24日、アメリカの掃海艇が突然与那国に入港・上陸しようとしたことがあります。これに対し、島のおじい、おばあら100人以上が座り込みで抗議し、しばらく上陸を阻止し、米軍を驚かせました。その年です、与那国に突然「防衛協会」がつくられたのは。これが陸自誘致運動の発端です。

 いまも誘致反対の先頭にたっている「イソバの会」(イソバとは、昔与那国島を守ったという伝説の女酋長の名前)の女性が、ある集会でこう訴えたのを思い出します。
 「『武器のない所に鉄砲玉は来ない』。これが島のおじい、おばあの教えです」

 見過ごせないのは、こうした重大な与那国情勢に対し、翁長知事が沈黙を決め込んでいることです。
 翁長氏は13日の記者会見で、与那国への陸自配備についての見解を問われ、こう答えました。
 「近く住民投票が実施されるので私としてのコメントは差し控えたい。県としては今後に注視して議論するなかで、県としての対応を考えたい」(14日付沖縄タイムス)

 町財政(金)のために自衛隊を誘致しようとしている「賛成派」に対し、翁長氏はなぜ持論(のはず)の「基地は沖縄経済の最大の阻害要因だ」と言えないのでしょうか。
 辺野古新基地に本気で反対しているのなら、それと一体の与那国陸自配備にも「反対」だとなぜ言えないのでしょうか。

 沖縄が直面している重大事態は辺野古だけではありません。
 「辺野古新基地反対」と「与那国陸自配備反対」の一体化が求められています。

 そのことは逆に「賛成派」の方がよく知っています。「賛成する会」の金城会長はこう言っています。「本島で辺野古の新基地建設への反対が盛り上がっているので、その影響だけが唯一の気掛かりだ」(20日付沖縄タイムス)

 住民投票が行われるあす22日には、偶然にも辺野古で新基地に反対する県民大会が行われます。大会で、「辺野古新基地反対」とともに、「与那国陸自配備反対」のコールが起こることを切望します。
 

 


「思いは届く」-広島から東北被災地へ

2015年02月19日 | 東北被災地

         

 広島県福山市の小学校養護教諭・桑野千春さんは、仕事の合間を縫って、東北の被災地へ通い続けています。もちろん自費で。
 桑野さんの講演会(「東日本大震災被災地を巡って」~子どもたちの思いを大切にしながら~)が、15日、福山市人権平和資料館でありました。約50人が集いました。(写真はいずれも桑野さん撮影のスライドから)

 「被災地へ行かなかったら、きっとずっと後悔する」
 桑野さんのその思いは、20年前の「阪神淡路大震災」にさかのぼります。「何かしたい」と思いながら当時小学生でなにもできなくて、「とても悔しかった」。
 そして迎えた「3・11」。当時呉市にいてなかなか動けなかった桑野さんが、やっと宿願を果たしたのが、2013年12月31日。それから昨年末までの1年間で、岩手に4回、宮城を3回訪れました。

 桑野さんや、桑野さんが誘って一緒に行くようになった同僚の先生を、子どもたちは待ちわびています。桑野さんたちが通う前から行われている「保健室の姉さん『ちょこっと遊ぼう』」(毎月1回)は、子供たちとおとなが一緒になって食べたり遊んだりする人気企画。桑野さんたちもさっそく仲間入りです。

 「広島にいてできることはないだろうか」。
 桑野さんが考えたのは、「ちょこっと遊ぼう」で使う竹の水鉄砲を送ること。同僚教師の協力を得て作られた竹の水鉄砲が、広島と宮城を結びました。

 子どもたちや仮設住宅の人たちとのふれあいだけでなく、桑野さんには「必ず行く所」があります。多くの犠牲者を出した石巻市の大川小学校と門脇小学校です。
 「大川小学校の先生たちはなぜ子どもたちを山へ逃がさなかったのだろうか。自分だったらどうしただろうか
 小学校教諭の桑野さんにとって、被災現場の小学校は特別な所なのです。
 「被災地へ行ってみて、聴いてみなければ、分からないことがたくさんある

 出会った人たちの言葉を、桑野さんは大切にしています。
 「生きていれば、だれかが助けてくれる」(ハンドマッサージをしながら話した女性)
 「風化したら人が来なくなる。建物があるからそれを見に人が来る。風化させないために残してほしい」(女川町の「震災遺構」存続をめぐって)
 「(桑野さんに)気を付けて旅行を続けてくださいね」(陸前高田の地域の人たちがつくったカフェで、向かいの席の女性から)

 桑野さんが「ぜひ行きたかった」というのが、「風の電話」(岩手県大槌町)です。
 ガーデンデザイナーの佐々木格(いたる)さんが、海の見える小高い丘の所有地に建てた電話ボックス。そこには電話線がつながっていない「黒い電話」が置かれています。

 電話の横には、佐々木さんのメッセージがあります。
 「風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想いを伝えて下さい 想いはきっとその人に届くでしょう

 脇にはノートが置かれ、電話で“話した”人たちの想いが綴られています。
 「あの日から2カ月たったけど、お母さんどこにいるの。親孝行できずにごめんね。会いたいよ。絶対、見つけてお家に連れて来るからね」(大槌町広報誌より)

 以前友人を亡くした桑野さんも、「風の電話」を手にして、涙が止まりませんでした。

 なぜ被災地へ?
 「支援のため、という思いではありません。、行きたいから。人のためでなく、自分も癒されるから」
 「当たり前のような毎日だけど、当たり前ではない。人は生かされている」
 「保健室にくる子どもたちは小さな体で訴えています。子どもたちは日々、大切にされているだろうか」

 桑野さんにとって、被災地と日常生活の場は、つながっています。
 「これからも時間がとれる限り行きます。宮城、岩手のほかに、福島にも行きたい」

 「風の電話」は、童話作家・いもとようこさんによって絵本になっています。その最後の場面。鳴らないはずの電話が鳴り続けます。電話ボックスをつくった、くまのおじさんが驚いて行ってみます。確かに「黒い電話」は鳴っています。
 「届いたんだ。みんなの願いが届いたんだ」


翁長知事「本気」には程遠い辺野古「停止指示」

2015年02月17日 | 沖縄

         

 沖縄県の翁長雄志知事が16日、防衛局に対し辺野古沿岸部海底へのコンクリートブロック設置作業を停止するよう指示しました。「初の知事権限行使」(琉球新報17日付。以下、新報=琉球新報17日付、タイムス=沖縄タイムス17日付)です。

 辺野古の現場でたたかっている市民からは、「ありがたい」「やっと動いてくれた」(タイムス)など「歓迎」の声が上がりました。これまでの翁長知事の“静観”にいかに市民が焦り、怒っていたか分かります。

 しかし、今回の「停止指示」は、およそ「知事の本気度が示された」「大きな一歩だ」(新報)などと評価できるものではありません。

 ①「停止指示」の“効果”はあまりにも限定的

 今回翁長知事が防衛局に指示したのは、次の3点です。
 ①新たなブロックの設置停止とすでに設置したブロックの移動停止
 ②海底面の現状変更停止
 ③設置したブロックの位置に関する図面や設置前後の海底の写真など必要資料の提出
                                              (以上、タイムス)

 つまり写真右の地図の黄色い〇の部分へのブロック投入を、これ以上やめよというものです。その範囲はきわめて限定的で、内側の「岩礁破砕許可区域」は不問に付されています。
 しかも、黄色い〇部分への違法投入に対しても、「新たな設置」は停止せよというだけで、すでに投入されているものの撤去は求めていません。

 撤去(原状回復)について翁長氏はいまだに、「調査で現状を把握して違反があれば、あり得る」(タイムス)と言うだけです。違反はすでに明白です。ジュゴンネットワーク沖縄の細川太郎事務局次長が、「許可区域外のコンクリートは即刻撤去を指示できるのではないか」(新報)と指摘している通りです。

 ②あまりにも遅い・・・コンクリート投入はほぼ終了

 翁長氏の「停止指示」に対し、防衛局は、「ブロックの設置をほぼ終え、23日以降にボーリング調査や仮設岸壁の建設に入る」(タイムス)といいます。これに対し県も「許可区域内の海上作業は可能」(同)と認めています。結果、「防衛局は翁長知事の指示では、当面の作業への影響は出ないとみている」(同)。
 作業がほぼ終わったころに、「新たな設置停止」を指示しても何の効果があるのでしょうか。事ここに至るまでに手を打たなかった(動かなかった)翁長氏の責任は不問にできません。

 ③あまりにも遅い・・・県の「調査」結果が出るのは3月10日ごろ

 これまでの対処の遅さ(黙認)だけではありません。翁長氏が「違反」があるかどうか判断するという「県の調査」は、その結果が出るのがなんと来月10日ごろになるというのです。

 「県は24日に業者と契約、27日から現場調査に乗り出す。・・・調査結果は1週間から10日程度で報告があるとして、その後に知事が許可(岩盤破砕許可―引用者)取り消しなどを判断する」(タイムス)

 調査のスタートがなぜこんなに遅く、調査になぜこんなに時間がかかるのか。そもそも、サンゴや海底の損傷、違法性は複数の市民団体やメディアの独自調査ですでに明白です。その資料を活用すれば良いので、新たな調査など必要ありません。時間を浪費するだけです。その間にも、工事の既成事実化はどんどん進んでしまうのです。

 ④「本丸」は「埋め立て承認」。「本気」なら「即時撤回」を

 カヌーで抗議を続けている市民の訴えです。
 「(今回の指示は)許可区域外の話で、埋め立て中止などについては言っていない。もっと踏み込んでほしい」「作業は一日一日進む。知事がはっきりと中止や撤回を言ってくれないと作業は止まらない。県民は止めるために知事を選んだ」(タイムス)

 その通りです。「知事の本丸は承認の効力をなくすこと」(仲地博・沖縄大学長、タイムス)です。「承認の効力をなくす」手段は、埋め立て承認の「取り消し」か「撤回」です。安倍政権が強権的に工事を強行している今にいたっては、「即時撤回」以外にありません。これが「本丸」です。
 今回の翁長氏の「停止指示」は、「本丸」どころか、「外堀」のさらに外をどうするかという話なのです。

 与党県議の一人は、「知事がようやく最初のジャブを打ってくれた。第2、第3の行動で『新基地を造らせない』材料を積み上げてほしい」(タイムス)と話しています。
 事態が静止しているならそうした段階論も可能かもしれません。しかし、事態は刻々と動いています。というより、時間との勝負なのです。

 「防衛局は18日にも大型スパット台船を使った海底ボーリング調査を再開・・・6月ごろまでに埋め立て工事に着手したい考え」(新報)
 「知事の判断は当然だが、動きが鈍い。現場では次々とサンゴが破壊され、見るに堪えない」(細川太郎氏、新報)
 辺野古新基地建設阻止に悠長な段階論は有害無益です。即時撤回しかありません。

 
 県政野党の自民党幹部が言っています。「本気で辺野古に反対するのならば、埋め立て承認をすぐに撤回すればいい」(タイムス)
 これは正論です。正論は誰が言っても正論です。言うことが自民党と同じだから言うのがはばかれると自粛したり、発言者を攻撃することは根本的に誤りです。それは、安倍政権を批判したら「テロ集団」と同じになるから批判するな、というようなものです。

 翁長知事が「本気」で辺野古新基地建設を止めるつもりなら、埋め立て承認を即時撤回すべきです。
 

 
 


「空爆」は「テロ」ではないのか

2015年02月14日 | 戦争と平和

         

 安倍首相は12日の施政方針演説の冒頭、何度も「テロ」という言葉を口にし、「テロと戦う国際社会で日本の責任を毅然と果たす」と述べました(写真左)。
 「テロと戦う」という“錦の御旗”を掲げれば、政府(権力)批判を抑え込み(「9・11」以後のアメリカのように)、自衛隊参戦、憲法9条改定まで突き進めると思っているかのようです。

 ところで、いったい「テロ」とは何でしょうか。

 2月5日の中国新聞で、佐田尾信作論説主幹が「テロと領域支配」と題する論稿を寄せ、かつて取材した土井敏邦さん(広島大出身、写真右)の言葉を紹介しています。土井さんはパレスチナを永年取材しているフリージャーナリストであり、映像作製者です。

 「戦争のない状態が平和、という平和の概念から脱却すべきだ。核だけに目を向けるのではなく、人権、経済格差などを含め幅広く考えていかなければ、第三世界の人々の信頼は得られない」(1991年)
 これこそ安倍首相のニセモノとは違う、ほんとうの「積極的平和主義」です。

 土井さんは、私が那覇にいた一昨年1月、沖縄大学で講演したことがあります。
 「エルサレムで『標的の村』(映画になる前のテレビ版)を見た」という土井さんは、「イスラエルの占領地と同じ状況を足元の日本の沖縄(高江)で目の当たりにした」と述べ、「パレスチナを日本に引き寄せ、沖縄も福島もけっして孤立してはいないことを示したい。同じ人間の問題として、読者や視聴者の想像力を呼び起こしたい」と力説していました。

 その土井さんが、先のパリ諷刺画・編集局「テロ」事件の直後、自身のブログに、「『テロ』とは何か」(1月17日)と題する一文を載せています。

 この中で土井さんは、国際法や米ブッシュ前大統領の「定義」などにふれ、「テロ」が「『直接の攻撃対象以外である大衆』つまり『民間人』を『無差別に』攻撃する手段である」という側面に注目。「51日間の空爆や砲撃、銃撃で2150人のパレスチナ人(民間人犠牲者は1460人)が殺害され、1万人以上が負傷した」昨夏のイスラエル軍によるガザ攻撃」を「“国家テロ”である」と断じています。 そしてこう指摘します。

 「国家の欺瞞はイスラエルに限らない。2003年に『イラク戦争』を始めたアメリカもそうだ。『大量破壊兵器の保有』という事実無根の口実と『イラク・中東に民主主義をもたらすため』という大義名分を掲げて攻撃を仕掛け、何万というイラク人大衆を殺傷した

 「シリア情勢でも、欧米諸国など国際社会(安倍首相が多用する―引用者)はアサド独裁政権が民主化を求める国民の声を武力で圧殺した状況に沈黙し、看過した。その結果・・・『イスラム国』が生まれ、シリアやイラクを脅かすまでに勢力を拡大すると、『テロ勢力の拡大を防ぐ』という名目で空爆を始めた。それによってまた多くの民間人が巻き添えになっている
 「これ(空爆―引用者)が“国家テロ”かどうか、読者自身が判断してほしい

 土井さんはこうしめくくっています。
 「欧米は、世界の政治、経済、文化、そして価値観を支配する国際社会の“強者”である。・・・“強者”たちが声高に『民主主義』『表現の自由』『反テロ』を叫ぶとき、その背後にある彼らの真の狙いがいったい何なのか見破る洞察力が私たちに求められているのかも知れない

 後藤健二さんたちが殺害されたのは、言うまでもなく絶対に許されざる「テロ」です。同時に、シリアの病院で人道支援を行っていたアメリカ人女性ケーラ・ミュラーさんが、イスラム国に拘束されたうえ、有志連合(ヨルダン軍)の空爆によって殺害(6日)されたことも、「国家テロ」による犠牲ではないでしょうか。
 しかしオバマ大統領は何事もなかったかのように空爆を強化、安倍首相ら「有志連合」もそれを支持し追随しています。
 いいえ、彼らだけではありません。日本のメディアも、そして私たち「国民」も、どれだけミュラーさんの空爆殺害に目を向け、糾弾してきたでしょうか。
 いやそもそも、2300回以上に及ぶというアメリカ(有志連合)によるシリア・イラクへの空爆で、どれだけの人々(民間人を含め)が犠牲になっているかに、私たちは必要な関心を払ってきたでしょうか。

 ナイフや自爆による「テロ」は「非難」するけれど、空爆による「国家テロ」は「容認」する、いや「拍手」さえ送る。そんな“強者のくびき”から抜け出さねばなりません。


「翁長知事突き上げ」がやっと公然化し始めたけれど・・・

2015年02月12日 | 沖縄

         

 辺野古埋め立て工事のために政府・沖縄防衛局が大浦湾に投げ込んだ巨大なコンクリートブロック(アンカー。1基10㌧~45㌧を75基の予定)が、サンゴや岩礁を破壊していることが、10日の琉球新報、沖縄タイムスで報道され、大問題になっています。

 本土の新聞の多くは無視していますが、11日の報道ステーションは報じました。ブロック投げ込み区域は、県の「許可」範囲外であることが明らかになっており、この点だけでも翁長雄志知事は直ちにブロック投げ込みを止めさせることができます(写真左のグリーンが「許可」区域、黄色の〇がブロック投げ込み区域。写真中央がアンカー。写真はいずれも報道ステーションから)

 これに対し、元名護市議の宮城康博さん(写真右)が中心になり、「沖縄県民とすべての憂慮する市民有志一同」の名前で、10日、翁長知事に対し、「沖縄県は沖縄防衛局に対して、大浦湾内での『アンカー設置』作業を直ちに中断し岩礁破壊の許可申請をするよう勧告を」と題する「緊急要請」を行いました。
 わずか2日で県内外2662人の賛同署名が集まった画期的な要請です。

 要請文は事態の深刻さを指摘したうえで、県が「内容を精査し判断する」としていることに対し、「(その)間も大浦湾では『粛々』と巨大なアンカーが投下され環境が破壊され続けています」とし、「辺野古には新基地はつくらせない、を公約として当選された翁長県知事におかれましては、一刻も早く、沖縄防衛局に対して大浦湾内での『アンカー設置』作業を中断し、岩礁破砕の手続きに基づいた許可申請をするよう勧告してください」と要求しています。

 
 一方、沖縄県内で憲法9条を守る活動を続けている6つの「9条の会」も10日、合同で、翁長知事に対し、第三者委員会の検証作業を急ぎ、「辺野古断念を求める政治的意思」を表明するよう要請しました。
 「うるま市具志川九条の会の仲宗根勇共同代表は『第三者委は日程が間延びしている。県民の危機意識を共有すべきだ』と訴えた」(11日付沖縄タイムス)と報じられています。

 辺野古の重大事態を事実上黙認し続けている翁長知事に対し、ようやく、要請、突き上げ、批判の声が公然化してきました。まさに不安や苛立ちが怒りに転化しようとしています。
 さまざまな風当たりの中で、勇気ある声を上げはじめた人たちに心から敬意を表します。

 同時に、あえて言いますが、まだ焦点が合っていないように思えます。
 第1に、アンカー作業を止めることはまさに緊急に必要なことですが、それはあくまでも応急措置としての“止血”です。いま必要なのは“緊急手術”、すなわち「埋め立て承認の撤回」です。翁長知事にはそれができるのです、その気さえあれば。
 「アンカー作業の中止要請」は、「翁長知事は直ちに承認を撤回せよ」という要求と同時に行われるべきです。

 「9条の会」の申し入れも同様です。知事に「辺野古断念を求める政治的意思」の表明を求めていますが、いま必要なのは「意思の表明」ではなく、具体的な実効行為、すなわち即時撤回です。カラ文句の「意思表明」は聞き飽きました。

 第2に、宮城さんたちが要請文を渡したのは「県海岸防災課」、「9条の会」は「基地防災統括監」。相手が違います。翁長知事に直接手渡し、直接申し入れるべきです
 おそらく県当局がそうさせたのでしょうが、断固として翁長氏本人への面会を求めるべきです。宮城さんたちも「9条の会」の人たちも、みんな選挙で翁長氏を応援した人たちです。翁長氏に直接会って申し入れる資格も権利もあります。翁長氏がそれに応じないとすれば、それは首相や官房長官が翁長氏に会おうとしないこと以上に問題ではないでしょうか。

 宮城さんたちの申し入れに対し、翁長氏は何と言ったか。「事実だとしたら大変なことだ。事実関係について確認して県の対応を決める」(11日付琉球新報)
 なんということでしょうか。事実に決まっているではないですか。これが県民の支持で当選した知事の言う言葉でしょうか。

 宮城さんたちの「緊急要請」の最後の言葉を、翁長氏はかみしめるべきです。
 「現地では、カヌーに乗って抗議する市民・県民に対する海上保安庁職員による暴力的排除行為が連日行われており、ことは市民・県民の生命を守るためにも大至急を要する事態です


桑田佳祐と紫綬褒章と天皇制と琉球

2015年02月10日 | 天皇・天皇制

         

 中東の事態で書くタイミングを逸しましたが、はやり書いておくべきだと思うので書きます。

 サザンオールスター・桑田佳祐の年末ライブとNHK紅白歌合戦でのパフォーマンスに対し、ネット上などで「批判・抗議」が殺到しました。問題とされたのは、次のような点です。
 ①ライブで紫綬褒章の授与式での天皇の言葉をまねた。
 ②紫綬褒章をポケットから出して見せ、オークションにかけるまねをした。
 ③紅白歌合戦で「ちょびヒゲ」をつけて登場したことがヒトラーを連想させた。
 ④紅白歌合戦で歌った「ピースとハイライト」が政権批判ととられる内容だった。

 「批判・抗議」に対し、桑田氏は「天皇陛下を心から尊敬申し上げております」と「釈明」するとともに、所属会社アミューズと連名で、「紫綬褒章の取り扱いに不備があった」などとし、「深く反省し謹んでお詫び申し上げます」とするコメントを発表しました(1月15日)。

 これは、文化・芸術活動の自由、表現の自由にかかわる重大な問題です。桑田氏はネトウヨなどの不当な圧力に屈して、「謝罪」すべきではありませんでした。
 多くの問題がある中で、ここでは紫綬褒章について考えます。

 紫綬褒章(写真右。全国官報販売協同組合発行『勲章と褒章』より。写真左も)は、6つある褒章(綬の色により他に紅綬、緑綬、黄綬、藍綬、紺綬)の1つで、「学術、芸術に関して事績の著しい者」に与えられるとされています。

 褒章は勲章制度の一環です。勲章と褒章の違いは、「勲章はその人の生涯を通じての功績を総合的に判断して授与されるのに対し、褒章は特定の表彰されるべき事績があれば、その都度表彰される」(前掲書)ということです。

 近代勲章制度の始まりは、1875(明治8)年の明治天皇の詔勅と、それを受けた同年の太政官布告(第54号)です。「勲章はその創設期から、国家にとって功績のあった人間を国家が選び、天皇が与えるもの、いいかえれば『大日本帝国』の統治者、天皇を守る人々をつくるためのものであった」(栗原俊雄『勲章―知られざる素顔』)のです。

 問題は、天皇主権の「大日本帝国憲法」下の勲章制度が、敗戦後、主権在民の「日本国憲法」の下でも引き継がれたことです。
 今日の勲章制度は、憲法7条「天皇の国事行為」10項目の1つ、「栄典を授与すること」に基づいて行われているのです。
 これは第1条からの「象徴天皇制」の大きな問題の1つです。

 戦前の勲章制度と戦後のそれがまったく同じだとは言いません。しかし、戦後(今日)の勲章制度が、「象徴天皇制」を支える役割を果たしていることは確かです。それは政府が勲章制度を、「天皇と国民を結ぶ役割を果たしている」(2001年「栄典制度の在り方に関する懇談会報告書」)と誇示していることからも明らかです。

 したがって、これまでに叙勲を辞退した文化人は少なくありません。
 例えば、大江健三郎氏は1994年、文化勲章(1937年創設)を辞退しました。その理由を大江氏は米「ニューヨークタイムズ」紙で、「私が文化勲章の受賞を辞退したのは、民主主義に勝る権威と価値観を認めないからだ。これはきわめて単純だが、非常に重要なことだ」と語っています(前掲『勲章』)。

 また作家の城山三郎(故人)は大江氏の文化勲章辞退について、当時、「スジを通して立派なことだと思う」とし、次のようなコメントを寄せています。
 「言論、表現の仕事に携わるものは、いつも権力に対して距離を置くべきだ。権力からアメをもらっていては、権力にモノを言えるわけがないから」(朝日新聞1994年10月15日付夕刊)
 そして城山自身、紫綬褒章を辞退し、夫人に「自分が死んでも決して受け取らないように」と念を押したといいます。

 桑田佳祐氏に、大江氏や城山三郎のように、「紫綬褒章を辞退すべきだった」と言うのはないものねだりでしょう。しかし、少なくとも自分のパフォーマンスに自信と矜持を持ち、不当な攻撃には毅然とした態度で臨んでほしかったと思います。

 ところで、調べているうちに、日本の勲章の発祥は、明治維新の前年、1867年の「パリ万博」に、薩摩藩が持参した「薩摩琉球国勲章」(写真左)であることが分かりました。「薩摩藩は日本が幕府の統治の下にまとまっているのではなく、分割統治された藩の集合体であるという印象を与えるために」(前掲『勲章と褒章』)この勲章をナポレオン3世らに贈ったのです。これがその後、明治政府作製の勲章のモデルになり、今日に継承されているのです。

 薩摩藩は1609年、武力で琉球国を侵略・併合しました。「琉球国」の名を冠した勲章を作製することによって、幕府に並ぶ「権力」を誇示したのです。
 勲章は制度発足の前から権力誇示の道具であり、しかも琉球(沖縄)の侵略(植民地化)とかかわりがあったわけです。なんという歴史の偶然、いや、必然でしょうか。

 安倍政権が「天皇元首化」の「憲法改定」を計画し、「象徴天皇制」の下で新たな「天皇の政治利用」が進行し、そして「表現の自由」が脅かされている今日、「勲章制度」が持つ意味を軽視することはできません。


辺野古「第三者委」の致命的限界と唯一の活路

2015年02月07日 | 沖縄・辺野古

         

 辺野古埋め立て承認の「法的瑕疵」を検討する第三者委員会(委員長・大城浩弁護士)の初会合が6日、沖縄県庁で行われました。
 予想されたこととはいえ、その致命的限界・欠陥の数々が、1回目にして早くも露呈しました。
 同時にそれによって、今何をなすべきかが、いっそう鮮明に浮かび上がってきました。

 第1欠陥:検証報告は7月、「取り消し」なら8月。この”遅さ”はまさに致命的!

 大城委員長は検証結果について、「6月中には意見を取りまとめ、遅くとも7月には県に報告する」(琉球新報、7日付。以下、琉球新報、沖縄タイムスはいずれも7日付)と会見で述べました。「7月」でも絶望的ですが、実際はまだ延びるといいます。
 「知事への報告が7月初旬になると、知事の『取り消し』は8月以降になる。判断前に事業者の沖縄防衛局に聴聞の手続きを取らなければならないからだ」(沖縄タイムス)

 これは致命的な遅さです。辺野古の現場では毎日体を張った攻防が続けられており、死者が出てもおかしくない状況です。しかも、「移設計画で政府は6月ごろまでの埋め立て本体工事着手を目指している」(沖縄タイムス)のです。手遅れになるのは目に見えています。
 「毎日数十㌧とも言われるアンカーブロックが投げ込まれ、海が悲鳴を上げている。止められても8月というのは、卒倒しそうな話。県民の思いから懸け離れた委員会になりかねない」(沖縄平和運動センター・山城博治議長、沖縄タイムス)という声を、委員会、翁長知事はどう聞くのでしょうか。

 第2欠陥:委員の大半は“初心者”。「中立」という根本的誤り

 なぜこんなに遅くなるのでしょうか。それは桜井国俊委員(沖縄大名誉教授)を除いて、「ほとんどの委員が公有水面埋立法の作業に取り組むのは初めて」(琉球新報)だからです。委員らはこれから「1万㌻を超える膨大な資料に目を通す」(同)のです。大城委員長が、「資料が膨大でやるべきことが多い。拙速にはできない」(沖縄タイムス)と釈明するわけです。

 ではなぜそんな人選になったのでしょうか。根本は、「公正中立な検討をお願いしたい」という翁長知事の要請です。大城委員長は「私たちの作業は事業者を縛ることでも、工事を止めることでもない」(沖縄タイムス)と公言してはばかりません。
  しかしそれでいいのでしょうか。そもそもこの「委員会」は何のための委員会なのでしょう。「辺野古新基地は取り消しか撤回」を公約に掲げた翁長氏が、「取り消し」のために「法的瑕疵」を明らかにするためではなかったのでしょうか。公正はともかく、「中立」であっていいわけがありません。
 辺野古埋め立て承認取り消し訴訟団の池宮城紀夫弁護団長が、「中立の立場で瑕疵を検討するのではなく、取り消しや撤回という政策を実現するために事実関係を確認して法的根拠の理論構成をすることが求められている」(琉球新報)と指摘する通りです。

 第3欠陥:非公開の密室協議

 審議を県民に公開し、随時県民の意見を聞きながら検討を進めるべきだ、というのは、県民多数の要望でした。しかし、委員会は、非公開を決定。「月2回」の会合後、大城委員長が会見することになりました。
 非公開にした理由について大城委員長は、「微妙な問題が絡むので大勢の前では成り立たない」(沖縄タイムス)と述べました。訳の分からない説明です。県民の前で議論できない「微妙な問題」とはいったい何なのか?誰に遠慮・配慮するつもりなのか?
 非公開になったのも、委員会が新基地建設は許さないという立場に立っていないからです。県民の立場(それが翁長氏の「公約」だったはず)に立てば、審議は当然公開されなければなりません。

 
 第4欠陥:「撤回」に関しては「権限外」

 大城委員長は、「記者から埋め立て承認の撤回を協議するかどうか問われると、腕を組んで天井を仰ぎ『それは委員会の立場でなし得る権限はないと思う。行政に権限があります』と答えた」(琉球新報)。委員会は、承認の「撤回」について審議しない、「権限外」だというのです。

 おかしな話です。なぜあえて「取り消し」と「撤回」を区別しなければならないのか。「撤回」してもいずれ裁判になる可能性が大です。その時の対策としても、「撤回」を「視野に入れて」(翁長氏)検討するのは当然ではないでしょうか。
 
 しかし、この大城委員長の発言(第三者委員会の基本性格)によって、逆に、いまやるべきことが鮮明に浮き上がってきました。
 それは埋め立て承認を直ちに「撤回」する以外にない、それが唯一の活路だということです。
 大城氏が言う通り、「撤回」は「行政権限」、つまり翁長知事の判断一つでできるのです。委員会審議など必要ないのです。大城委員長の発言は、善意に解釈すれば、「私たちは『取り消し』の法的根拠を時間をかけて議論するけれど、『撤回』は翁長知事の判断でやれるのだからやってほしい」ということです。
 「政府が移設に向けた作業を止めない中、行政法の専門家などからも『まずは承認の撤回をし、その間に検証作業を進めれば良い』(本田博利元愛媛大学教授)との指摘も出ている」(琉球新報)
 道理が徐々に声になって表れはじめました。

 いまこそさらに声を大にして言うときです。「翁長知事は自らの権限を行使して、直ちに埋め立て承認を撤回せよ!」


※2月5日の当「日記」で、「昨年11月の身代金2億円」と書いたのは、「20億円」の誤りでした。おわびして訂正します。