アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「ウクライナ戦争」に乗じて武器輸出拡大図る岸田政権

2022年05月31日 | 国家と戦争
  

 「防衛装備品、輸出を緩和 政府検討 戦闘機も対象に」―28日付日経新聞1面トップにこんな見出しが躍りました。
「政府は今年度内にも防衛装備品の輸出に関する規制を緩和する。戦闘機ミサイルなど大型の装備品でも、個別に協定を結んだ国なら提供できる案を検討する」

 政府・自民党はかつての「武器輸出禁止三原則」を安倍晋三政権で撤廃し、「防衛装備移転三原則」(2014年)に変えて武器輸出に道を開きました。ただ、輸出できるものに制限があるため、「その規定を変えて攻撃型の装備も輸出できるようにする」(同「日経」)ものです。

 武器とりわけ「攻撃型」兵器の輸出は日本が世界の紛争・戦争を煽る“死の商人”になることであり、絶対に許すことはできません。

 見落とせないのは、その「狙い」が「国内防衛産業の維持」(28日付琉球新報=共同通信)にあることです。
「自衛隊しか顧客がなく利益率が低いため事業から撤退する企業が相次ぎ、防衛産業を維持できなくなるとの懸念が政府、与党内で広がったことが背景にある」(同琉球新報)

 岸田政権は3月、「ウクライナ支援」として武器の範疇に入る「防弾チョッキ」「ヘルメット」を供与(輸出)しました。これに関し、「自民党では、侵略を受けた国には欧米のように殺傷力のある装備も提供すべきだとの声が上がり、自民党が4月にまとめた提言に三原則の見直しが盛り込まれた」(同)のです。

 「ウクライナ戦争」は「NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大」と密接に結びついていますが、そもそもNATOと軍事・兵器産業は切っても切れない関係にあります。

NATOの舞台裏は、各国軍事産業にとって重要な意思疎通の空間なのだ。
 軍事産業あるいは土木・建設・水道などインフラ産業界の眼から見るポスト冷戦は、われわれ市民の視点とはまったく違う。軍事産業や欧米のインフラ整備部門、エネルギー資源やそのパイプライン建設など大規模な産業には、地域紛争は新しいタイプの商機であり、有望なマーケットなのだ。
 主要国が“マッチポンプ”で意図的に紛争を荒げることはなくても、結果的に“マッチポンプ”になってしまった例はある」(谷口長世著『NATO―変貌する地域安全保障―』岩波新書2000年)

 自分で紛争に火をつけ、その鎮火を口実に軍事関与して兵器を売る“マッチポンプ”。ウクライナの「マイダンクーデター」(2014年)に対するアメリカ政府の関与は、意図的な“マッチポンプ”と言わざるをえません(3月28日のブログ参照)。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所が3月公表した「世界の兵器貿易に関する報告書(2017~21年)」によると、2014年以降、欧州各国の兵器輸入が増加し、前回報告書(12~16年)比19%増となっています。欧州各国に兵器を売却した最大の国はアメリカで50%以上を占めました。世界の兵器貿易の輸出全体をみると、米国が断トツで世界シェアの39%を占めています(3月14日の日経新聞デジタル)。

 そして今回の「ウクライナ戦争」。
 ゼレンスキー大統領は「徹底抗戦」を主張して米欧諸国に兵器の供与を要求し続け、アメリカはじめNATO加盟国・欧州諸国はこれに呼応して兵器を供給し、「兵器のNATO化」が進んでいます(5月17日のブログ参照)。

 戦争の裏には軍事産業の商業戦略、国家権力との癒着があります。「ウクライナ戦争」ももちろん例外ではありません。それによって巨額の利益を得ているのはアメリカの軍事産業です。

 岸田政権・自民党は軍事同盟(安保条約)でアメリカに従属して戦争国家化を急速に進めるとともに、軍事産業の育成・癒着においてもアメリカに倣おうとしているのです。


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NHK討論で浮き彫りになった各党「安保」論議の根本欠陥

2022年05月30日 | 憲法と日米安保・自衛隊
   

 29日のNHK日曜討論で、各党が先の日米首脳会談(23日)をうけて「日本の安全保障」について討論しました。この中で、岸田文雄首相が言明した「防衛費の相当な増額」をめぐる議論で、与野党に共通する根本的欠陥が浮き彫りになりました。

 ポイントは「必要な防衛力」とは何かということです。

 自民・公明の政府与党は、「必要なもの(防衛力)を積み上げていく」と軍事費の大幅拡大を言明したのに対し、立憲民主、維新、国民民主の各党は「必要なものは認める」と軍拡を容認しました。
 では「必要なもの」とは何なのか?

 これらの党が挙げたのは、「研究開発費」「サイバー攻撃対策」「宇宙防衛」など抽象的な言葉だけ。司会者が「必要なもの」の内容を再三聞きましたが、具体的な答えはどの党からもありませんでした。

 それは当然でしょう。何が、どれくらい「必要な防衛力」なのか、示せるわけがありません。「研究開発」も「サイバー対策」も何をすれば「必要」を満たせるかなど答えられるはずがありません。兵器開発は日進月歩で、「仮想敵」が新兵器を開発すればそれに対抗する兵器をもつことが「必要」になります。際限がありません。双方がそうやって「必要」な軍事力を持とうとすることが大軍拡を招きます。

 これが「抑止力」論の根本的欠陥です。「抑止力」論の破綻は核兵器で証明済みです。にもかかわらずこれらの党は、「ウクライナ戦争」に便乗し、旧態依然とした「抑止力」論を繰り返し、「必要な防衛力は整備する」という合言葉で軍事費大幅拡大の与野党相乗り体制をつくろうとしているのです。

 日本共産党とれいわ新選組は「必要な防衛力」論にはくみしませんでした。れいわの山本太郎氏が追及したアメリカの言い値で兵器を購入しているFMS(有償軍事援助=米政府が仲介する兵器売り込み)問題は重要です。
 しかし、軍事費の大幅拡大には反対した両党も、「大幅削減」を主張することはありませんでした。

 自民、公明、維新、国民、立憲はもちろん、共産、れいわも含めすべての党に共通しているのは、憲法9条第2項が完全に切り捨てられていることです。

 9条2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と明記しています。自衛隊が「戦力」であることは明白です。だから自衛隊は憲法違反なのです。
 憲法99条は「公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負う」と定めています。これに従うなら、憲法違反の自衛隊の存在を認めることはできません。その解散を主張するのが公務員である国会議員の「義務」です。

 この憲法の「義務」を果たしている政党は1つもありません。自衛隊の増強に積極的な党は言うにおよばず、建前では「憲法違反」といいながら、「急迫不正の侵略の際は自衛隊を利用する」(志位和夫委員長)という共産党も、憲法違反の自衛隊の存在を容認していることでは他党と変わりありません。

 こうして憲法9条を厳格に「尊重し擁護する」政党が1つもないところに、今日の日本の政治の根本的欠陥があります。


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日曜日記199・射殺されたアルジャジーラ記者の“遺言”

2022年05月29日 | 日記・エッセイ・コラム
  

 中東カタールの衛星放送局アルジャジーラの記者シリン・アブアクレさん(51)が5月11日、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区で、イスラエル軍の「対テロ」作戦を取材中に銃撃を受け、死亡した。

 シリンさんは1971年にエルサレムで生まれ、97年にアルジャジーラに入社。「パレスチナの声」を伝え続けたシリンさんを多くの市民が涙で送った。

 紛争地・戦場で取材中に命を落とす記者は希ではないが、市民からこれほど惜しまれるジャーナリストはそう多くないだろう。それはもちろんシリンさんの仕事・人柄によるだろうが、メディアとしてのアルジャジーラへの信頼も無関係ではないだろう。

 私は直接アルジャジーラの報道を見ることはないが、ウクライナ情勢についてのアルジャジーラの報道ぶりを、師岡カリーマ・エルサムニーさんがこう書いている。

「BBCなどの一部記者に見られるような、詩的な言葉遣いでやや自己陶酔の気がある勿体ぶった戦争報道に辟易していた私から見ると、アルジャジーラのほうが客観的だ。…「首都キエフ近郊の町でロシアの砲撃」とウクライナ政府が発表すれば、その直後にはアルジャジーラの記者がそこから生中継で真偽を検証する。背景にはまだ遺体が転がっていて、記者は今その場で目撃したことを、震える声で言葉に変えていく」(「世界」臨時増刊所収)

 こうした取材がパレスチナでも日常的に行われ、シリンさんはその最前線に立ち続けていたのだろう。政府が決めた「渡航自粛」に唯々諾々と従って現地にも行かず、もっぱらウクライナ政府や米政府の発表を垂れ流す日本のメディアとなんと違うことか。

 どんな困難にも勇敢に立ち向かうシリンさんの姿が想像されたが、彼女を慕っていためいのリノさん(27)が語る日常のシリンさんには違う姿があった。リノさんを取材した朝日新聞がこう伝えている。

「リノさんも、シリンさんにあこがれた一人だった。「現地へ足しげく通い、夜には電話で人々の声に耳を傾けていた」。近くで見守るうち、自分もジャーナリストになりたいと考えるようになった。
 何度もその気持ちを打ち明けたが、おばであるシリンさんは一度も賛成してくれなかった。「この仕事は危険を避けられない」と繰り返していたという。
「彼女の仕事の話を私がしようとすると嫌がる理由がずっとわからなかった。でも今わかった。できることなら知りたくなかった」
 涙を浮かべて話した」(15日の朝日新聞デジタル)

 愛するめいがジャーナリストになることにけっして賛成しなかったシリンさん。仕事に命を懸けていた。死の恐怖は常にあったはずだ。それを乗り越えられたのは、恐怖を上回る使命感があったからだろう。

 日本のメディアの記者は死を覚悟しながら仕事をする必要はない。今のところない。だが、「死ぬ」ことはある。生きながら、記者としてジャーナリストとしての命脈を断たれることはある。国家権力への有形無形の従属は、ジャーナリストとしての「自死」に等しい。

 それはメディアの記者だけではない。フリーのジャーナリストにも「市民」にも、同じ「自死」はある。
 シリンさんが死を覚悟しながらジャーナリストとしての生を貫いたように、日本のジャーナリスト、日本人、私にも、それ相応の覚悟が求められているはずだ。

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出国認めない「徹底抗戦」が「故郷を守る」ことか

2022年05月28日 | 国家と戦争
   

 NHKに頻繁に登場する防衛省防衛研究所の兵頭慎治政策研究部長は24日、ロシアとウクライナを比較した表を示し、「士気」はロシアが「大幅に低下」しているのに対しウクライナは「祖国防衛に強い気概」だと称賛しました(写真右)。その「解説」は正当でしょうか。

 ウクライナ政府はロシアが軍事侵攻した2月24日から「戦時体制」を敷き、18歳~60歳の男性の出国を原則として禁止しています。
 これに対し、出国を可能にすることを求める請願書にネット上で2万5千人が署名しているといいます。
 記者会見でこの請願書に対する意見を求められたゼレンスキー大統領はこう述べました。

「ゼレンスキー氏は「この請願書は誰に向けたものなのか。地元を守るために命を落とした息子を持つ親たちに、この請願書を示せるのか。署名者の多くは、生まれ故郷を守ろうとしていない」と不快感を示したという」(23日の朝日新聞デジタル)

 移動の自由は基本的人権の重要な要素です。世界人権宣言も「すべて人は、自国その他いずれの国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する」(第13条)と明記しています。その自由・人権の保障を求める請願はきわめて正当です。

 しかしゼレンスキー氏は、それを「故郷を守ろうとしていない」として門前払いしたのです。これは「戦時体制」を理由にした人権侵害と言わねばなりません。

 ゼレンスキー氏は請願を否定したばかりか、出国を禁じる「戦時体制」を90日延長し、当面8月23日までとすることを決め、22日、ウクライナ議会がこれを承認しました。

 ゼレンスキー氏はカンヌ映画祭でのオンライン演説で、プーチン大統領を「独裁者」と断じましたが(写真左)、市民の移動の自由・出国の自由を強権的に奪うことは「独裁」ではないのでしょうか。

 18歳~60歳の男性の出国を禁じることは、重大な人権侵害であるだけではありません。それは戦場に市民を強制的にとどめることであり、市民の戦争被害が拡大するのは必至です。
 また、この年代の男性すなわち家族の夫・父親の出国=国外避難が禁じられていることは、家族も国内にとどまらざるをえないか、避難する場合は家族がバラバラになることを意味し、そこでも悲劇が生じます。

 出国を禁止する一方、ウクライナ政府は国内の「戦意高揚」に腐心しています。たとえば、キエフ(キーウ)の中心街にロシア軍の戦車が設置されています(写真中)。「戦闘をリアルに感じてもらうため」だとし、子どもとともに訪れた男性の「ウクライナ軍を誇りに思う」というコメント映像を流しています。

 ウクライナの「高い士気」とは、こうして出国を強制的に禁じ、戦車の展示で「戦闘のリアル」を再現し、子どもに兵士へのメッセージを書かせる(23日のブログ参照)などしてつくられているものです。

 ゼレンスキー氏が「徹底抗戦」を続ける限り、こうした市民の人権抑圧、「戦意高揚」の「戦時体制」の継続は不可避です。

 ロシアが軍事侵攻をやめるべきは当然ですが、だからといって「徹底抗戦」すること、それを支持することが果たして「故郷を守る」ことでしょうか。
 戦闘を拒否し、即時停戦を求めることこそ結局「故郷を守る」ことになるのではないでしょうか。「停戦は降伏と明確に異なる」(伊勢崎賢治氏、20日付琉球新報)のです。

 アメリカはじめNATO諸国がウクライナに兵器を供与(「兵器のNATO化」)して「徹底抗戦」の背中を押し、NHKなどメディアが防衛研究所幹部の発言などで「祖国防衛の気概」を煽ることは、戦争を長引かせ犠牲を拡大するきわめて有害な戦争煽動だと言わねばなりません。

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「8・6式典」に「ロシア招待しない」愚行

2022年05月27日 | 日本の政治と民主主義
   

 広島市(松井一実市長)は20日、8月6日の「平和祈念式典」にロシアのプーチン大統領、駐日ロシア大使を招待しないと発表しました。これに対しロシアのガルージン駐日大使が25日、SNSで「恥ずべき措置」と批判。松井市長は26日釈明会見を行いました。

 広島市は1998年から核兵器保有国の首脳を式典に招待していますが、特定の国を招待しないのはこれが初めてです。ロシアの招待を止めたのは、「ロシアがウクライナ侵攻を続けていることを踏まえた」(21日付中国新聞)ものです。ロシアを支持しているベラルーシの駐日大使も招待しません。

 ガルージン駐日大使の批判にかかわらず、今回の広島市の決定は数々の問題を含むまったくの愚行と言わねばなりません。

 第1に、核兵器廃絶を願う被爆者・市民の声、要望に反することです。

 広島市の決定に対し、「被爆者たちからは、世界で核兵器使用のリスクが高まっている今こそ被爆地訪問を求めるべきだとの声が上がった」「被爆者の田中稔子さん(83)は…「対立構造が深まる世界の潮流に流されないでほしい」と願った」(21日付中国新聞)のは当然でしょう。

 第2に、ロシア人に対する差別を助長します。

 ウクライナ侵攻以降、国際的スポーツ大会や文化・芸術活動からロシアのアスリート、アーティストを排除する差別や、市民レベルでのロシア人に対する中傷が横行しています。今回の広島市の決定はそうした不当な差別を助長することになります。

 第3に、政府の圧力に屈したことです。

 松井市長は26日の記者会見で、「外務省との協議で外交問題になりかねないということでやめる判断をした」と述べました(写真左)。しかし、担当する市民活動推進課はもっとはっきり言っています。
「同課によると、今年もプーチン氏らを招待しようと準備をしていたが、日本政府から招待しないよう促され、取りやめたという」(20日の中国新聞デジタル)
 今回の決定は岸田文雄政権の圧力に広島市が屈したものです。自治体に圧力をかける政府とそれに従う自治体という不当な関係性においても容認できるものではありません。

 第4に、ウクライナ情勢の客観的・理性的判断を阻害します。

 岸田政権は来年のG7 サミットを広島市で行うと決め、松井市長も「大変うれしい」(23日の記者会見)と歓迎したばかりです。G7 (西側諸国)とロシアに対する日本政府・広島市の対照的な姿勢は、ロシアに対する嫌悪・憎悪を駆り立て、ウクライナ情勢の客観的・理性的な判断を阻害し、西側軍事同盟の一員としての道に拍車をかけるものです。

 第5に、「平和式典」の劣化をさらにすすめることになります。

 広島市は2014年から、「静粛の確保」(松井市長)を理由に、「平和式典」中に会場(「平和公園」)周辺で行われるデモ・集会を規制する条例の制定を図っています。「静粛」を口実にした反政府の言論・集会規制で、市民団体から強い抗議・批判が出ています(2019年8月5日、21年3月8日のブログ参照)。
 今回も松井市長は、「式典を円滑に執行するのが一番」(26日の会見)と釈明していますが、これは「平和式典」をますます政府に従順なものにするものと言わざるをえません。

 広島市は「平和式典」からロシア・ベラルーシを排除する今回の決定を直ちに撤回すべきです。


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“アジア版NATO”に期待するゼレンスキー大統領

2022年05月26日 | 国家と戦争
   

 NHKは24日夜から25日にかけてウクライナ・ゼレンスキー大統領の単独インタビューを何回か流しました。インタビューは数日前にキエフ(キーウ)で行われたといいます。
 流された内容は同一ではありませんが(編集されている)、24日夜BS「国際報道2022」(25日未明総合TVで再放送)で報じられたゼレンスキー氏の発言は次の通りです(NHKの字幕)。

「ロシアはウクライナ全土を占領できたと思っていたが後退を始めている」
「すべてのウクライナ人にとって勝利とは領土を取り戻すことだ」
「我々の領土はドンバスとクリミアの両方だ。ウクライナは全領土を奪還する」
「私たちは少なくとも侵攻前まで持っていた領土を取り返すために戦っているのです」
「私たちは通常の方法で話し合い交渉する用意があります」
「ただ犠牲があるなかでは停戦交渉なんてできるはずがない」
ウクライナは今世界を一つにすることに関心を持っている
中国がロシアと一体化しないことは我々にとって非常に重要だ
日本はそのことをよく理解している。(クアッドでは)重要な問題が提起されたと思う
米国、日本、オーストラリアが一体となって同盟の強さを示す

 上記太字部分は、25日総合TVのニュース(3回)ではいずれもカットされていました。
 この部分はゼレンスキー氏が主導する「徹底抗戦」が何を意味しているかを示すきわめて重要な発言です。

 24日に行われたクアッド(日米豪印)首脳会合(写真右)は、「共同声明」ではインドに配慮してロシア、中国を名指しで批判しなかったものの、「中国に対抗」(25日付共同配信)するものであることは明らかです。

 クアッドに対し、「中国は「インド太平洋版の新たな北大西洋条約機構(NATO)の構築」と反発」(24日の朝日新聞デジタル)しています。
 中国の反発に対し、「元米国防総省高官は「クアッドを『NATOタイプ』と捉えてもらった方が対中抑止力は高まる」と話」(同)しています。

 クアッドは、NATO(北大西洋条約機構)のインド太平洋版すなわち“アジア版NATO”の性格をもっている、というのが中国、米国双方の捉え方です。
 ゼレンスキー氏はその“アジア版NATO”に期待し、「米日豪」の同盟関係の強化を切望したのです。ゼレンスキー氏が「世界を一つにすることに関心を持っている」と言うのは、NATOと同様の軍事同盟ブロックをアジアにもつくり、「世界」をアメリカ中心の軍事同盟で「一つにすること」だといえるでしょう。

 この発言・思想が、ゼレンスキー氏が口にしている「国を守る」という「自衛」の範囲を大きく逸脱していることは明白です。たんに逸脱しているだけではありません。

 アメリカはウクライナ政府に大量の兵器を供給することで「徹底抗戦」の背中を押しロシアに対抗させる一方、「ウクライナ戦争」で危機感を煽ってアジアで中国封じ込めの軍事ブロックを形成しようとしています。それがクアッドです。
 先のゼレンスキー氏の発言は、そのアメリカの世界戦略に同調・加担するものです。

 いま必要なのは早期停戦であり、戦争を引き起こす軍事力・軍事同盟の危険性を世界の共通認識にしていくことです。ゼレンスキー氏が“アジア版NATO”に期待を寄せることは、それに逆行するものと言わねばなりません。




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アメリカの原爆投下は国連憲章違反ではないのか

2022年05月25日 | 核兵器廃絶と日米安保
   

 岸田文雄首相は23日のバイデン米大統領との会談後、来年のG7サミット(「先進」7カ国首脳会議)を広島市で開催すると発表し、「核兵器の惨禍を二度と起こさないとの誓いを世界に示す」「広島ほど平和へのコミットメントを示すにふさわしい場所はない」などと述べました。
 湯崎英彦広島県知事、松井一実広島市長もさっそく記者会見で、「意義は極めて大きい」と歓迎しました。

 しかし、岸田政権は被爆者らが切望する核兵器禁止条約の批准に一貫して背を向けているばかりか、来月開かれる第1回締約国会議へのオブザーバー参加すら拒否しています。
 それどころか自民党内では、ウクライナ情勢に乗じて安倍晋三元首相が言い出した「核共有」=米国の核兵器の共同運用さえ検討されています。

 そして23日の日米首脳会談では、米国の「核戦力」を含む「拡大抑止」の「決定的な重要性を確認」(共同声明)しました。

 その会談の直後に発表された「G7サミット広島開催」は、岸田政権が核兵器禁止とは真逆のアメリカの「核抑止」政策に深く「コミットメント」していることへの批判をかわし、被爆地・広島を「核抑止」政策の隠れ蓑にしようとするものにほかなりません。

 岸田氏やバイデン氏はロシアのウクライナ侵攻を「国際法・国連憲章違反」と繰り返し批判していますが、そもそもアメリカによる広島・長崎への原爆投下は国際法・国連憲章違反ではないのでしょうか。

 戦争における市民(非戦闘員)の殺戮禁止はすでにハーグ陸戦法規(1899年)で定められていますが、それが守られなかった2つの世界大戦の教訓から、国連憲章は制定されました。

 憲章は、「共同の利益の場合を除く外は武力を用いない」(前文)、「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危くしないように解決しなければならない」(第2条第3項)など、武力の不行使、紛争の平和的解決を原則としています。

 その国連憲章が制定されたのはいつか。
 原案は米英ソ首脳によるヤルタ会談(1945年2月)で作られ、最終的に50カ国がサンフランシスコで調印したのは1945年6月26日、すなわちアメリカが広島に原爆を投下する42日前です。アメリカは「武力不行使・平和的解決」の国連憲章に調印しながら、その直後に原爆を落としたのです(各国が憲章を批准して発効したのは45年10月24日ですが、だから原爆投下は憲章違反ではないという言い逃れは通用しません)。

 アメリカはその後もベトナム戦争(1960年~)、湾岸戦争(1990年)、イラク戦争(2003年)などで数多くの市民(非戦闘員)を殺戮しました。「国際法・国連憲章違反」というなら、これまでのアメリカの蛮行を糾弾しなければダブルスタンダードになることは明らかです。

 広島・長崎への原爆投下は、国連憲章調印後の最初のアメリカによるジェノサイドです。しかしアメリカは今日に至るもその罪を認めることなく、ひとことの謝罪もしていません。現職大統領として初めて広島を訪れたオバマ大統領(当時)(2016年5月27日、写真右)もそうでした。

 G7 サミットを広島でやるのなら、まずバイデン大統領は原爆投下の犯罪性(国際法違反)を認め、被爆者に謝罪すべきでしょう。核兵器禁止条約が発効し、ウクライナ戦争で核兵器禁止・廃絶の必要性・緊急性がますます強まっている時だからこそ、それは原爆加害国・アメリカの最低限の責任であり、それを求めることが被爆国・日本の政府のとるべき態度ではないでしょうか。

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日米・韓米軍事同盟「拡大抑止」のごまかしと危険

2022年05月24日 | 日米安保と東アジア
   

 岸田文雄首相とバイデン米大統領は23日の会談で、中国を念頭に、日米軍事同盟の「抑止力・対処力」をいっそう強化するとしました。
 岸田氏は自衛隊の軍事力の「抜本的強化」、軍事費の「相当増額」を表明。バイデン氏は「核戦力」「通常戦力」による「抑止力」を日本にも広げる「拡大抑止」を強調しました。
 バイデン氏は21日の韓国ユン・ソクヨル(尹錫悦)大統領との会談でも朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を念頭に、「拡大抑止」を主張しました。
 そして両会談で、日韓米の軍事的連携強化が確認されました。

 こうしてウクライナ情勢に乗じて、日米・韓米両軍事同盟が侵略(戦争)を「抑止」する効果があるかのように喧伝して軍事力強化が図られようとしています。
 これは軍事同盟の本質を真逆に描くまったくのごまかしです。軍事同盟は紛争・戦争を「抑止」するどころか、逆にそれを誘発するものです。

 バイデン氏がユン氏との会談で合意した韓米軍事同盟強化の中心の1つは、合同軍事演習の強化です。ムン・ジェイン(文在寅)前政権は合同演習を縮小してきましたが、ユン政権は大きく方向転換しようとしています。

 韓米合同演習の強化は朝鮮に対するアメリカの明白な背信行為です。なぜなら、トランプ前大統領はキム・ジョンウン(金正恩)氏とのシンガポール会談(2018年6月12日)後の記者会見で、「米韓演習は挑発的。中止により多額の費用を節約できる」(同6月13日付共同通信)と言明していたからです。

 合同軍事演習の強化は朝鮮に対する挑発にほかなりません。韓米軍事同盟が「抑止」どころか紛争・戦争を誘発する危険なものであることが端的に示されています。

 バイデン氏は岸田氏との会談後の記者会見で、「台湾防衛のため軍事的関与の用意があるか」と聞かれ、「ある」と明言しました(写真右)。これは中国・台湾の問題にアメリカが軍事的に介入する意向を公言したもので、きわめて重大です。

 アメリカが台湾問題に軍事的に関与すれば、日本も自衛隊を出動させる、というのが日米軍事同盟です。「抑止」どころかアメリカの軍事戦略・覇権主義に日本を巻き込む。それが日米軍事同盟の本質でありアメリカの本音です。

 核兵器禁止条約第1回締約国会議が来月、オーストリアで開催されます。同国のシャレンベルク外相は共同通信との会見で、「「ロシアの核戦力が(米欧をけん制し)ウクライナ侵攻を容易にした」と述べ、核兵器による抑止力が侵攻の道を開いたと指摘した。核抑止が安全保障に資さないことの証明だとして「軍縮の重要性がかつてなく高まっている」と強調した」(16日付中国新聞=共同電)と報じられています。

 「核抑止力」が逆に軍事侵攻に道を開いたという同外相の発言は、バイデン氏や岸田氏が強調する「拡大抑止」の虚構性を指摘したものと言えるでしょう。

 「核抑止」が虚構であるように、「軍事同盟抑止」も虚構です。
 「核抑止」論の虚構性・まやかしが非核勢力・非核運動の中で明確になってきているように、「軍事同盟抑止」論のごまかし・誤りを国際世論にしていく必要があります。ウクライナ情勢に乗じて各地でアメリカを中心とする軍事同盟の拡大・強化が図られようとしている今、それは焦眉の課題です。

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戦争プロパガンダに「妻」「子ども」を使う不当

2022年05月23日 | 国家と戦争
  

 ウクライナ東部マリウポリのアゾフスターリ製鉄所で抗戦を続けていたアゾフ大隊が投降(17日)する数日前、「アゾフ大隊兵士の妻たち」が「夫」の無事脱出を訴える映像がNHKなどで流されました(写真左)。

 アゾフ大隊が投降すると、「妻たち」はバチカンへ行き、法王に「夫の解放(捕虜交換)」を訴え、その場面が映し出されました(写真中)。

 またウクライナ公共放送は、「子どもが兵士に手紙を書く専用サイト」が設けられているとし、「10日間で800通以上」の手紙が兵士たちに送られたと報じました(写真右)。

 こうして「妻」や「子ども」が戦争のプロパガンダに利用されていることは、多くの問題を含んでいます。

 第1に、「妻たち」が兵士である「夫」の助命を嘆願する姿は、「戦う男」の無事を「銃後の女」が祈るという典型的なジェンダー(社会的性差)の構図にほかなりません。

 第2に、「子ども」に兵士たちを「激励」させることは、「子ども」を戦争に巻き込むもので、かつて帝国日本がつくりだした「軍国少年」をほうふつとさせます。

 第3に、「妻たち」「子どもたち」を巻き込むことは戦争の「国家総動員体制」化を図るものです。それは戦争の長期化・激化につながり、停戦の早期実現に逆行します。

 第4に、「夫の無事を祈る妻たち」「国を守る兵士を励ます子どもたち」という「美談」を世界にアピールすることは、ロシアへの感情的憎悪を駆り立て、事態の理性的な判断・解決を妨げます。

 新聞などで文筆活動を行っている師岡カリーマ・エルサムニー氏は、「抵抗するウクライナ人の姿は感動的」だとしながら、こう指摘しています。
「しかし、そうして戦場から伝えられる美談の数々に酔っている世界に、ある種の危うさを感じるのも事実である。誰が加害者で、誰が被害者か、白黒のつけやすさゆえに、世界の人々は自ら考えるという労を要さない安易な勧善懲悪の悦に浸りすぎてはいないか。(中略)
 これほど簡単に正しい側につける紛争はめずらしい。それをいいことに、メディアも政治も私たち市民も、考えることを放棄していないか。これが癖になって、次の戦争まで引きずりはしないかという不安も、強まるばかりだ」(「それでも向き合うために―単純化を避けながら」4月発行「世界」臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」所収)

 市民が「考えることを放棄」しているのは、個人の問題ではありません。国家権力が意図的にそうさせているのです。それはもちろんウクライナ政府だけではありません。日本を含む西側諸国は、「自由と民主主義」という一見反論の余地のない旗を掲げ、「安易な勧善懲悪」で市民から「考えること」を奪っています。

 「兵士の妻たち」(ジェンダー)や「子どもたち」を使ったプロパガンダは、市民に「考えることを放棄」させる典型的で最悪の手法と言えるでしょう。

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日曜日記198・ウルトラマン・金城哲夫の夢と涙

2022年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム


 映画「シン・ウルトラマン」が公開されている。「ウルトラマン」を今日の視点でどう描いているかに興味があって、観に行った。期待外れだった。

 「ウルトラマン」の生みの親は、沖縄出身の金城哲夫(1938~76)だ。

 金城哲夫は高校時代(東京)に「沖縄研究会」をつくり、仲間とともに「見てき沖縄」と題したガリ版刷りの小冊子を毎月発行し、全国の高校の生徒会に送り続けた。「沖縄と本土の架け橋」になる。それが夢だった。

 玉川大学を卒業して特撮映画の円谷プロに入社。20代で「ウルトラマン」を誕生させた。最高視聴率42・8%の大ヒット。円谷プロの企画室長にまでなった。だが、「復帰」(1972年)を前にした1969年、絶頂期の31歳で突然円谷プロを辞め、沖縄へ帰った。

 沖縄で放送局のキャスターなどを勤めた哲夫は、1975年、36歳で沖縄海洋博のプロデュースを担当した。「架け橋」になりたい一念だった。

 しかし、海洋博は本土企業による開発、海洋汚染を招いた。批判は哲夫にも向けられた。漁民から「本土の回し者か」とさえ言われた。失意の中、泥酔による事故(「自殺」説も)でこの世を去った。37歳だった。

 高校時代に哲夫と一緒にガリ版刷りの通信を発行した親友のジャーナリスト・森口豁氏によれば、哲夫が「ウルトラマン」で創作した怪獣・異星人には「チブル星人」「ジラース」などがあるが、「チブル」「ジラー(ス)」はウチナーグチで、「頭」「次郎」の意味だ。

 森口氏は、「金城哲夫のねらいは単に語呂のおもしろさではなく、そうした名を持つ怪物たちに“沖縄のこころ”を仮託、地球人が抱え込んだ<正>と<負>を人びとにさり気なく提示することにあった」と言う(森口豁著『沖縄―近い昔の旅』凱風社1999年)。

 「ウルトラマン」は、こうした金城哲夫の、「本土との架け橋」になりたいという夢、そして失意と無関係ではない。

 「シン・ウルトラマン」の製作者たちは、金城哲夫のことを少しでも知って映画を作ったのだろうか。

 目を引いたのは、エンドロールで流れた「製作協力」の中に、防衛省はじめ多くの自衛隊駐屯地の名前があったことだ。自衛隊が映画の製作に「協力」すること(これも自衛隊の“市民化”作戦の一環)は珍しくないが、この映画はとくに多いと感じた。

 金城哲夫の「架け橋」の夢を砕いたのは、「本土」大企業の開発・環境破壊だったが、今の沖縄は、日米軍事同盟の下でミサイル基地化を進める自衛隊が、「架け橋」をますます遠ざけている。
 「復帰50年」に公開された「シン・ウルトラマン」は、製作者の意図はともかく、沖縄と自衛隊の関係を暗示しているように私には思えた。


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