アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「4・28」と「4・29」―「屈辱」は沖縄だけではない

2021年04月29日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任

    
 昨4月28日の新聞の社説で、この日がサンフランシスコ講和条約の発効日(1952・4・28。写真中は調印=1951・9・8)であることを取り上げたのは(私が見た限り)、琉球新報と沖縄タイムスだけでした。このこと自体、日本のメディアの重大な欠陥を示しています。

 沖縄の両県紙は、「4・28「屈辱の日」自己決定権を誓う日に」(琉球新報)、「きょう「4・28」基地押し付けを改めよ」(沖縄タイムス)と、同条約によって沖縄(琉球)が日本の「独立」から切り離され、アメリカの施政権下に置かれたことからこの日を「屈辱の日」とし、今にいたる米軍基地負担差別の根源がここにあることを告発しています。

 これは当然、「本土」の日本人こそ凝視・自省しなければならない問題で、沖縄県紙以外のメディアがこの問題をスルーしていることは、軍事植民地としての沖縄の現状と、日本(人)の加害性をあらためて表していると言わねばなりません。

 同時に重要なことは、この日が「屈辱の日」なのは、沖縄(琉球人)だけではないことです。

 サ条約で切り捨てられたのは沖縄だけではありません。同条約(第2条a・b項)の発効に合わせ、同日「外国人登録法」(外登法)が施行されました。これによって在日朝鮮人(当時約50万人)、台湾人は「日本国籍」をはく奪されて「在日外国人」とされ、指紋押捺などの管理制度が法制化されました。

 植民地支配で強制的に「日本人(国籍)」とし、敗戦後は一方的に「国籍」を奪って「外国人」として放り出す。それによって、在日朝鮮人、台湾人は戦後補償はもちろん、日本国憲法が保障する諸権利をはく奪され、同時に人権蹂躙の管理が強行されるようになったのです。
 在日コリアンに対するこの差別・人権蹂躙が、今日の「高校・幼児教育無償化制度」・コロナ禍の「学生支援」からの朝鮮学校の排除など、在日コリアンに対する制度的差別につながっていることは周知の通りです。

 重要なのは、「外登法」は、その5年前の1947年5月2日に発令された「外国人登録令」(外登令)を法律にしたものであり、「外登令」こそ在日朝鮮人・台湾人差別の根源だということです。「外登令」(勅令207号)は、日本国憲法の施行日前日に天皇裕仁が行った“最後の勅令”です。同11条で、「在日朝鮮人、台湾人は当分の間外国人とみなす」としたのです。

 「4・28」施行のサ条約によって沖縄がアメリカの施政権下に置かれた根源は、天皇裕仁がそれを望みアメリカに進言した「沖縄メッセージ」(1947・9・19)です。そして在日コリアン、台湾人を切り捨てた根源も天皇裕仁の勅令。ここに、沖縄(琉球)・朝鮮・台湾に対する日本の植民地支配と裕仁・天皇制の関係性が象徴的に表れています(写真左は2013年4月28日の政府集会で天皇明仁=当時にバイイザイする安倍晋三首相=当時)。

 その裕仁の誕生日である4月29日を、日本政府は「昭和の日」(2007年までは「みどりの日」)という「祝日」にしているのです。「4・28」の翌日を裕仁の誕生日として祝う。なんと醜悪なことでしょうか。政府による露骨な裕仁・天皇制美化であり、日本の植民地支配の歴史・加害責任の隠ぺいにほかなりません。
 政府やメディアはもちろん、無意識・無関心に「祝日」を喜ぶ「日本国民」も歴史的責任が厳しく問われていることを銘記する必要があります。


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共産党は参院広島でなぜ野党候補を「推薦」しなかったのか

2021年04月27日 | 野党共闘

    
 25日投開票の3つの国政選挙(参院広島再選、参院長野補選、衆院北海道2区補選)で、菅・自民党は全敗しました(北海道は候補者も立てられず)。立憲民主党は「候補者1本化の成果」(枝野幸男代表)を強調しています。しかし、3つの選挙の「野党共闘」の実態は単純ではなく、そこには重大な問題が潜んでいました。

 長野では立憲民主の公認候補を共産党、国民民主党、社民党が推薦。北海道は同じく立憲民主の公認候補を国民民主と社民、共産党道委員会(中央委員会ではない)が推薦。そして立憲民主が最も重視した広島では、無所属(諸派)の宮口治子氏を立憲民主、国民民主、社民が推薦し、共産党は「自主支援」(中国新聞)にとどまりました。共産党は宮口氏の選挙母体である統一組織「結集ひろしま」にも加わりませんでした。

 広島再選の告示日に、共産党は「市民と野党の統一候補の勝利に全力を尽くす」(村上昭二党広島県委員長)との党談話を発表し宮口支持を強調しました。事実、選挙戦では「チラシ47万枚の配布、電話や訪問による支持拡大など、できることを全てやった」(村上氏、25日付中国新聞)と、宮口氏当選に大きな役割を果たしました。

 その共産党が、なぜ宮口氏を「推薦」せず、「自主支援」にとどめたのでしょうか。
 その背景には長野補選の経過がありました。

「長野補選では告示直前、立憲の候補者が地元の立憲や共産などと結んだ政策協定が波紋を広げた。共産色の強い内容に国民民主と支持団体の連合が反発立憲の枝野氏が連合に陳謝して収束したものの、国民民主は推薦を一時白紙にした」(26日付朝日新聞)

「立民候補が共産などの県組織と交わした政策協定に原発ゼロや日米同盟見直しが明記され、保守的な議員の多い国民民主党や支援組織の連合が反発。立民の枝野幸男代表らは釈明に追われた」(26日付琉球新報=共同配信)

「立憲はこの騒動以降、共産との距離の取り方に神経をとがらせた」(同朝日)、「立民は連合などへの配慮から、北海道、広島で共産を推薦政党の輪から除外。支援にとどめた共産は不快感を隠さない」(同共同配信)

 共産党は広島で宮口氏を「推薦」しなかったのではなく、できなかったのです。「推薦政党の輪から除外」されたのです。それは反共組織・連合の意向であり、連合に頭が上がらない立憲民主がそれに従った結果です。

 その根底には、「原発ゼロや日米同盟見直し」という、まさに「政権交代し、新しい政権をつくる」(志位和夫委員長、4月23日広島市での講演。24日付「しんぶん赤旗」)うえでの核心的政策において、共産党と連合、国民民主、立憲民主の間には大きな溝があるということ、そしてそれを政策協定に盛り込もうとすれば、連合、国民民主は必ず反発し、共産党の主張は葬られるということです。

 にもかかわらず共産党は、「来るべき総選挙で共闘の勝利を目指す」(26日、小池晃書記局長)と、「野党共闘」に固執しています。一方、連合の幹部は、「長野と同じようなことが衆院選で起きたら、組織の結束にヒビが入る」(26日付朝日新聞)と公言し、総選挙では長野のような「共産色の強い」政策協定は絶対に認めないことを強調しています。

 以上のことは何を意味しているでしょうか。

 立憲民主党がきたる総選挙で目指そうとしている「野党共闘」とは、自民党との「1対1」の選挙で立憲民主が勝つための、連合主導の右派共闘であり、政策的には原発ゼロや日米同盟見直しなどを容認しない、自民党亜流政策に他ならないということです。共産党は、そんな「野党共闘」に固執し続けようとしているのです。

 それがもたらすものは、共産党自身のますますの右傾化にほかなりません。事実、広島の宮口氏は「原発再稼働」について、「反対」ではなく「どちらとも言えない」(20日付中国新聞)と公約しました。共産党(党員・支持者)はこの宮口氏の政策ビラを「全力で」大量に配布することになったのです。

 大事なのは「野党の1本化」なのか、それとも核心的な重要政策の実現・前進なのか。共産党(中央委員会・党員・支持者)は、総選挙を前に、あらためて熟考すべきではないでしょうか。

 


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「元慰安婦裁判」と原発汚染水放出の接点

2021年04月26日 | 日本の政治と民主主義

    

 日本軍元「慰安婦」(戦時性奴隷)の被害者が日本政府に損害賠償を求めている裁判で、ソウル中央地裁は21日、原告の訴えを棄却しました(写真左)。「裁判を行えば日本との「衝突が予想される」と懸念した」(22日付共同配信)きわめて政治的な判決です。同種の裁判で同じソウル中央地裁が今年1月8日下した画期的な判決とまったく対照的です。

 共同通信は解説で、「確執が続く日韓関係に光明がさした」と日本政府寄りの評価をしながら、「懸案解決の道は依然険しい」とし、「東京電力福島第1原発処理水の海洋放出決定に対し、ソウルの日本大使館前では連日デモが相次ぐ」(22日付)と、「元慰安婦裁判」と東電原発汚染水放出問題を日韓間の「懸案」としました。

 確かにいずれも両国間の懸案です。重要なのは、共同通信の解説は言及していませんが、いずれも原因は日本側にあることです。この2つの問題には重要な共通点があります。

 「元慰安婦裁判」で日本政府は「主権免除」を口実に、法廷に立とうともしていません。「主権免除」とは「ある国家やその財産は、他国の裁判権に服さないとする国際法上の原則」(共同通信)とされています。この解釈をめぐってソウル地裁の2つの判決は判断が分かれました。原発汚染水放出には「主権免除」と通底する問題があります。

 菅政権の汚染水海洋放出決定(4月13日)に対し、北京大学の李ティンティン教授は、日本政府が決定の前にも後にも関係諸国になんの通知もせず、必要な情報も提示していないこと、また日本が主張する「安全基準」には多くの疑問があることなどをあげ、こう批判しています。

「日本は「放射能汚染水の海洋放出」という世界共通の環境安全問題を、経済的コストと汚染水処理技術の問題として再規定した。さらに、少数国家と専門家集団が発言権を掌握している専門性と技術性をめぐる論争にすり替え、大多数の直接利害当事者たちを排除し、少数の支持(アメリカ政府―引用者)のもとに自分の計画を推し進めている」(19日付ハンギョレ新聞)

 日本政府は「世界共通の環境安全問題」を、「直接利害当事者」を排除して、アメリカの支持(庇護)の下、自分の都合のいいように決めて強行しようとしているという指摘です。そして、続けてこう述べています。

 「このようなやり方は日本外交ではおなじみの風景だ。最も典型的な事例は、第二次世界大戦後の戦後処理問題で見られる。日本は第一次世界大戦処理の事例を参考にし、植民地に関する問題を平等な交戦当事国間の領土分割方式で処理することを米国に提案した。これを通じて、植民支配と侵略に対する清算問題を戦後処理という統一した枠組みの中に組み入れる国際法の根拠を作った。
 このようなやり方はその後、米国の地域戦略と合致してサンフランシスコ講和条約の骨組みとなり、さらに日本と周辺国の個別的正常化交渉の原則と方向を規定するようになった。慰安婦と強制徴用など、植民支配の清算問題もこのようなフレームのもとで注目されにくくなり、今でも北東アジアの和解と協力の大きな障害になっている」(同前)

 「植民支配と侵略に対する清算問題」を、「国家間の戦後処理」問題として処理する。それを「国際法」の枠組みとし、それを根拠に「直接利害当事者」を排除する。排除されるのは、植民支配・侵略の直接の被害者、元「慰安婦」であり元「徴用工」です。これが「主権免除」の根底にあるものです。

 それは、国際的に重大な環境問題である放射能汚染水の海洋放出を、直接利害当事者(近隣諸国の市民)を無視・排除して勝手に決定・強行しようとしていることと同じ“論理”です。

 しかしこの「主権免除」に対しては、戦時性暴力など人権にかかわる重大問題はその対象ではないとする考えが広がってきています(1月25日のブログ参照)。1月8日の判決はそれを示すものでした。

 日本政府が元「慰安婦」裁判で「主権免除」にしがみついているのは、放射能汚染水の海洋放出の一方的決定と同様、国際的人権思想に対する無理解・敵対と言わねばなりません。


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日曜日記145・PCR検査を受けた・死を隠す危険

2021年04月25日 | 日記・エッセイ・コラム

☆PCR検査を受けた

 21日、PCR検査を受けた。広島県は近所の薬局を通じて無料で受けられる。唾液を2ml試験管に入れて薬局に持っていき、陽性なら翌日の午後6時以降に電話があり、陰性の場合は連絡はない。

 翌日の夕方6時近くになると、さすがに平静ではいられなかった。陽性ならどうしようと考える。バイト先の同僚たちは「濃厚接触者」になるのだろうか。自分のことより周りへの影響が気に掛かる。結果は、陰性だった。ひとまずホッとした。

 周りの人たちに検査を受けたことを吹聴した。あえてそうした。「自分も受けよう」という声を期待したからだ。が、みんな興味は示すが、「自分も」とい人はいなかった。

 検査を受けて得をすることはない。自覚症状はない。検査は無症状者に限って受けられる。「自分は大丈夫だろう」との思いがたぶん多くの人にある。それ以上に、「もし陽性だったら」という懸念があるだろう。それが検査を遠ざけていると思う。その気持ちはよくわかる。

 だが、無症状だからこそ怖い。知らぬ間に人にうつす、すでにうつしている可能性があるからだ。感染していても自分はなんともない。人にうつしていても分からない。自分の責任が問われることはない。だから、検査を受けるにはある種の決意が必要だ。「無料検査」を前に、何かが試されている気がする。

☆死を隠す危険

 「自粛疲れ」という言葉がある。世の中全般に気の緩みがあることは否定できないだろう。自分自身にも、昨年の第1波と比較してその自覚がある。この“緩み”はどこからくるのだろうか。

 感染は広がっているが、死亡率がそう高くない、という思いがあるのではないだろうかか。死が身近に感じられると、人は他人から言われなくても自粛する。不要な人流は避けて身を守る。

 だが、新型コロナの死亡率が高くないというのは幻想だ。死者は連日2ケタ出ている。日本の累計死者は24日現在9938人にのぼる。死亡に至らないまでも重症化で苦しみ、いったん回復しても後遺症の重さは相当らしい。

 その恐ろしさが、伝えられていない。政府はコロナによる死、重症化、後遺症の惨状・苦しみを隠している。事態の恐ろしさをベールで覆い、緊急事態宣言がどうのマンボウがどうのという机上論に終始している。メディアがそれに追随している。

 これは「3・11」直後と同じではないか。東電原発の放射能について政府(民主党政権)は「直ちに人体に影響はない」と言い続けた。メディアは津波犠牲者の遺体を報じることを避けた。

 被害の実態を隠ぺいし過小評価を振りまく。それが政権(国家権力)の常套手段だ。深刻な事態を招いた(今回の場合は永年の医療切り捨て)責任を回避し、市民を「3猿」状態に置く愚民政策だ。

 医療現場の壮絶な実態、「自宅療養者」と家族の死と隣り合わせの恐怖、家族に看取られない臨終の現場、後遺症の塗炭の苦しみ…。死の恐怖を包み隠さず告知・報道すること。それがコロナ対策の原点ではないだろうか。

 

 


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「4・24阪神教育闘争」と天皇制

2021年04月24日 | 天皇制と政治・社会

    

 菅政権は23日、コロナ禍で3度目の緊急事態宣言を決めましたが、73年前のきょう4月24日、敗戦後の日本に初めて「非常事態宣言」が発せられました。発令したのはGHQ(連合軍総司令部)。目的は在日朝鮮人・朝鮮学校弾圧です。2日後の4月26日には、警官によって当時16歳の金太一少年が射殺されました。「4・24阪神教育闘争」です。

 発端は、1948年1月24日、GHQの指示によって文部省(当時)学校教育局長が都道府県に出した「朝鮮人設立学校の取り扱いについて」という通達です。その内容は、「朝鮮人の子弟であっても…日本人同様市町村立又は私立の小学校、中学校に就学させなければならない」とするもの。これによって3月末から警察による「朝鮮人学校閉鎖」が強行されました。

 敗戦直後、在日朝鮮人は禁止されて来た朝鮮語の習得を中心とする民族教育を行うため、全国で自主的に「国語講習所」を立ち上げ、46年には各地でそれを統合して朝鮮人学校を設立しました。「1・24通達」はこれを弾圧し、在日朝鮮人の子どもたちを日本の学校に強制的に入れ、同化を図ろうとしたのです。

 これに対し各地で抗議行動が起こり、4月24日に兵庫では県知事に閉鎖令を撤回させました。それに象徴的な意味を込め「4・24阪神教育闘争」と呼ばれています。

 「4・24教育闘争」はきわめて重要な歴史の一部です。

「神戸に敷かれた『非常事態』宣言は、占領軍が朝鮮人問題を治安問題とみなして『直接介入』に踏みきったことを物語っている。…5月10日の単独選挙(アメリカが支配する南朝鮮の-引用者)を控え、占領軍は在日朝鮮人の抗議行動が単独選挙に対する南朝鮮での反対運動と結びつくことを極度に恐れていた。おりしも、4月3日、大阪の在日朝鮮人にゆかりの深い済州島で単独選挙に反対する武装蜂起があり…在日朝鮮人の民族運動は東アジアの国際冷戦のただ中におかれ、占領軍と日本政府の一体となった攻撃にさらされる」(水野直樹・文京沫『在日朝鮮人-歴史と現在』岩波新書2015年)

 「4・3済州島人民蜂起」―「4・24阪神教育闘争」―「5・10南単独選挙」―「8・15大韓民国発足」―「9・9朝鮮民主主義人民共和国発足」。これら1948年の出来事はすべて連結し、朝鮮戦争(50・6・25~)へとつながっていくのです。

 この歴史の連関の中で、もう1つ見落とすことができないものがあります。それは、「1・24通達」の前年、1947年5月2日に発令・施行された「外国人登録令」です。これによって「台湾人…及び朝鮮人は…当分の間、これを外国人とみなす」とされました。それまで植民地支配によって朝鮮人、台湾人を「日本人」として支配し戦争に巻き込みながら、敗戦すればそれを「外国人」として憲法上のさまざまな権利保障から排除したのです。

 この「外国人登録令」は「最後の勅令」、すなわち天皇裕仁が「象徴」となる日本国憲法施行(47・5・3)の前日に駆け込み的に発した「勅令」でした。

 重要なのは、「この頃(「外国人登録令」―引用者)から朝鮮学校に対する敵対が始まった」(佐野通夫・こども教育宝仙大教員、『植民地教育とはなにか―現代日本を問う』三一書房2020年)ことです。1947年秋から各地でGHQやアメリカ軍政庁による「朝鮮学校視察」が行われ、それが「1.24通達」へとつながりました。

 日本は天皇裕仁の「勅令」によって在日朝鮮人を「外国人」とみなして憲法上の諸権利をはく奪すると同時に、「1・24通達」で在日の子どもたちを日本の学校に強制的に入学させ「日本人」としての同化教育を行おうとしたのです。排除と同化の両面政策です。

 佐野通夫氏は、敗戦後、日本は三度、朝鮮学校を弾圧してきたと指摘します。「一度目は1948、49年の警察力による朝鮮学校封鎖と資産没収、二度目は1960年代後半の「外国人学校法案」で、三度目は2010年からの「高校無償化」からの朝鮮学校排除」。そして、「そこには日本の果たされていない植民地責任、朝鮮への差別、蔑視が現れています」(前掲書)。

 この「植民地責任、朝鮮への差別、蔑視の現れ」の根源に、天皇裕仁の「最後の勅令」があり、それが今日の朝鮮学校差別につながっていることを、私たちは「4・24教育闘争」の歴史から学ぶ必要があります。


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戦時性暴力の告発を妨害し続ける日本政府

2021年04月22日 | 日本軍「慰安婦」・性奴隷・性暴力問題

    
 ユネスコ(国連教育科学文化機関)が16日(日本時間)、「世界の記憶」(世界記憶遺産)の登録方法を変更しました。「他国の申請案件に異議があれば申し立てできる仕組みを導入。関係国間の協議を無期限で行い、解決まで審査を保留する」(17日付共同配信)としたのです。これにより「関係国」が異議を申し立てれば事実上登録は不可能になります。また、これまでは個人やNGOなども登録申請できましたが、それを申請は国だけが行えることにしました。

 この変更(改悪)は、ユネスコに対する日本政府の脅迫的な圧力によるものです。

 「日本は…2016年韓国や中国など8カ国14団体が「日本軍慰安婦記録物」の登録を申請したことに強く反発してきた。審査過程で関連国が意見を述べられるよう、制度が改善されなければならないと主張し、分担金の支払いを見送る方法でユネスコに圧力をかけた」(17日付ハンギョレ新聞日本語電子版)

 「日本軍慰安婦」(戦時性奴隷)に関連する「記録物」が世界遺産登録されるのを阻止しようとする日本政府が、「分担金」で圧力をかけ、登録制度を変えさせたのです。いかにも姑息で醜悪なやり方です。圧力に屈したユネスコの責任も重大です。

 一方、同じ16日(日本時間)、ドイツ・ザクセン州のドレスデン民俗博物館で、「言語喪失・大きな声の沈黙」と題する企画展が始まりました(8月1日まで)。ここに、昨年10月、日本政府の妨害を跳ね返してベルリン市内に設置された「少女像」(20年10月10日、同15日のブログ参照)と同じものが展示されることになりました(写真左。ハンギョレ新聞より)。

 当初設置の予定はなかったのですが、「ベルリンと同じ少女像を展示場の外にも設置しようというドイツと韓国の団体の提案を(博物館側が)喜んで受け入れた」(16日付ハンギョレ新聞)ものです。

 ところが日本政府は、加藤勝信官房長官が16日の定例記者会見で、「慰安婦銅像の展示は我が国政府の立場や、これまでの取り組みと相いれない、極めて残念なこと」だとし、「速やかな撤退に向けて、様々な関係者にアプローチし、説明を行っている」(17日付ハンギョレ新聞)と、またしても圧力をかけ、像を撤去させようとしているのです。

 「少女像」は旧日本軍「慰安婦」(性奴隷)の被害を象徴しているだけではありません。
 「日本の戦争犯罪をなぜドレスデンに展示するのか」との質問に、民俗博物館のメンシュ館長(48)はこう答えています。
慰安婦問題は、韓国だけの問題ではなく、性暴力の被害者や被害者家族が来て展示を見て沈黙を破り、自分の経験を話すことができるよう願うからだ」(16日付ハンギョレ新聞)

 ザクセン州博物館総括代表のアッカーマン館長(56)もこう述べています。
「ホロコーストの歴史を徹底的に教育され育った世代として、私もまた、私たちの社会が戦争被害者を忘れないよう常に想起させ、彼女らの話を聞かせる必要があると思った」「もはや博物館は、人里離れた島ではなく、活動家、一般市民、被害者、加害者たちを結び対話を触発させる連結点であり結び目だ」(同)

 「少女像」はその「連結点」の1つなのです。「日本軍慰安婦記録物」をユネスコの「記憶遺産」に登録申請した韓国の人々も同じ思いでしょう。「少女像」には、そして日本の「慰安婦」加害責任には、そうした普遍的な意味があるのです。

 それを「我が国の立場と相いれない」として妨害を繰り返す日本政府の言動は、加害責任と国際的恥辱の上塗りと言わねばなりません。
 問題はこうした事実・経過を、日本の市民がどれだけ自分ごととして捉えることができるか、ではないでしょうか。


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なぜ「当事者性」が持てないのか

2021年04月20日 | 日本人の社会認識・歴史認識

    

 東電福島原発「事故」の汚染水を海に放出することについて、福島の人々は「これは福島だけの問題ではない」と言っています。県外の私たちに対し、この問題を「当事者」として、自分ごととして考えよ、という訴えです。

 作家の高村薫氏は、「10年後の被災地を歩く」と題した「特別寄稿」で、「10年後の1F(福島第1原発)には死と隣合わせだった事故当時の阿鼻叫喚は、もう影もかたちもない。…1Fに関わっている東電社員も下請けの作業員も、余計な思考を停止して目の前の仕事を淡々とこなすことで、終わりのない不毛な時間に耐えることができているのかもしれない」としたうえで、こう述べています。

「この当事者性の消失は、東電や1Fを抱える自治体のみならず、ほかの原発立地自治体、電力業界、経産省、政府、そして電力の利用者である私たち国民も同様である」(3月13日付中国新聞=共同)

 高校教師の経験をもつ札埜(ふだの)和男岡山理科大准教授は「平和教育」についてこう述べています。
「高校の現場にいる頃、文学教材による平和教育を実践してきた。最も工夫したのは「当事者性」である。「平和は大切」「戦争を繰り返してはいけない」といった飽き飽きするような感想ではなく、いかに「自分ごと」として考えさせることができるか」(3月16日付中国新聞)

 「当事者性」が求められているのは、もちろん「原発」や「平和教育」だけではありません。沖縄の人々は「基地は沖縄だけの問題ではない」と訴え続けています。しかし多くの日本人は自分が「当事者」だとは思っていない、思えない。それはなぜでしょうか。

 札埜氏が行きついたのは、宮田拓さんという高校地歴科教員の次の言葉です。「今の平和教育は…人間が見えなくなっている」「戦争が駄目なのは当たり前。祈るだけで平和は来ない。なぜ戦争が起きたのかを考えることが大事」

 福島県の「いわきの初期被曝を追及するママの会」代表の千葉由美さんは、被曝の実態が情報公開されていない問題を指摘し、こう述べています。

「これは国が加害側にある公害問題だからです。国は実態を明らかにしないことで自らを守ろうとする。つまり十分な補償、賠償をしない。こういう中で…全国の消費者はそれを食べて自分も被ばくする可能性をどのくらい意識できるのかなと思います。当事者意識が持てないのは、加害側である国が、なるべく人々に伝えたくないという事情がある。それに流されないでほしい、飲み込まれないでほしいと思います」(季刊誌「アジェンダ」2021年春号所収のインタビュー)

 千葉さんの言葉ですぐに想起されるのは、戦時性奴隷(「慰安婦」)や強制労働(「徴用工」)、そして高校無償化制度からの排除など在日コリアンに対する制度的差別の問題です。これらの問題を多くの日本人が「当事者性」をもって「自分ごと」として考えられないのは、やはり「加害側である国」が、「なるべく人々に伝えたくない」として歴史の事実を隠ぺいしてきたからではないでしょうか。沖縄の基地問題(軍事植民地政策)を「本土」の人間が「当事者」として考えられないのも、日米安保体制の実態、琉球併合(1879年)や沖縄戦の実相・歴史が国家権力によって隠されてきたからではないでしょうか。

 日本の社会変革は、どれだけ多くの市民がさまざまな社会事象に対して「当事者性」を持つことができるか、そして「思考停止」から脱却することができるかにかかっていると思います。そのカギは、正確な情報と歴史の事実を国家権力から市民の側に取り戻すことではないでしょうか。

(写真は左から、福島原発汚染水の放出に抗議する韓国の市民、ミャンマーの市民弾圧に抗議する日本でのデモ、入管の人権侵害に抗議する人々。いずれも「当事者」としてたたかっている人たちです)

 


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軍事同盟強化と監視社会・専制国家化の同時進行

2021年04月19日 | 日米安保・軍事同盟と政治・社会

    

 17日(日本時間)発表された菅義偉首相とバイデン大統領の「日米首脳共同声明」は日米軍事同盟体制の重大な画期となるものです(以下、「声明」の内容は18日付共同配信より)。

 「声明」は冒頭、「インド太平洋地域、世界全体の平和と安全の礎となった日米同盟を新たにする」と宣言。そして「日米は…サイバーおよび宇宙を含む全ての領域を横断する防衛協力を深化させる」とし、軍事同盟を文字通り宇宙にまで拡大することを強調しています。

 そして、「日本は…自らの防衛力を強化することを決意」とさらなる軍拡を宣言。「米国は、核を含むあらゆる米国の能力を用い」て日本の「防衛」を支持すると、日米一体化した軍事行動で核兵器を使用する可能性も否定していません。

 こうした基本戦略の中に、「台湾海峡の平和と安定」「北朝鮮の完全な非核化」という中国・朝鮮敵視政策、辺野古の新基地建設強行が位置づけられています。

 注目されるのは、「経済協力」の項目で、「両国の強化されたグローバル・デジタル連結性パートナーシップ」がうたわれていることです。「デジタル」の名の下に経済戦略での対米従属が強化されようとしています。

 これと関連し、同じく「デジタル」の名できわめて危険な動きが強まっています。菅首相が執着し来月早々にも国会で成立させようとしている「デジタル法案」です。

 この法案は、「行政が保有する個人のデジタル情報を政府が独占する恐れがある「デジタル監視法案」と呼ばざるを得ない」(三宅弘弁護士、4月3日付琉球新報=共同)もので、プライバシー・個人情報保護の記載もなく、「権力が欲する個人情報は、首相と内閣情報調査室に集められる」(同)ことになります。

 すなわち「政府が個人情報を思うがままに収集・保有・活用できるということ」で、それは「個人情報の国家集中管理の強化そのものであり、監視社会化につながる」(山田健太専修大教授、4月10日付琉球新報=共同)ものです。

 菅政権がコロナ禍の生活支援金の遅滞やワクチン接種の遅れという自らの失政を逆手にとり、「行政のデジタル化」「マイナンバー制度の普及」を口実に強行しようとしている「デジタル法案」は、市民の個人情報の国家管理、監視社会・専制国家体制の強化を図るものにほかなりません。

 それはまた、同じく今国会で成立を目論んでいる「新たな治安維持法」(3月27日付琉球新報社説)ともいうべき「土地等調査・規制法」の危険性とも重なります(3月29日のブログ参照)。

 軍事同盟強化と監視社会・専制国家体制強化はまさに車の両輪として同時進行しています。それは国家が戦争へ突き進むときの常道です。明治以降の日本の侵略戦争・植民地支配の歴史がそれを証明しています。

 その両輪は、国家独占資本の行き詰まりを背景に、中国や朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の「脅威」を口実にし、「東京五輪」などで天皇制国家主義を鼓舞しつつ、野党が実質的不在の国会の大政翼賛化の中、体制順応に劣化したメディアの後押しを受けるという、まさに「いつか来た道」を、加速度的に突き進んでいるのです。


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日米共同会見・「東京五輪支持は無責任」と外国人記者

2021年04月18日 | 日米安保・軍事同盟と政治・社会

    

 日米首脳会談後の17日午前6時5分(日本時間)から行われた菅義偉首相とバイデン大統領の共同記者会見は、東京五輪(オリ・パラ)に対する日本の政府とメディアの異常さを露呈しました。

 最初に発言したバイデン氏は、「東京五輪」については何も触れませんでした。これに対し菅氏は、「この夏の東京五輪」を「世界の団結の象徴」だとし、「バイデン大統領から支持を改めて表明してもらった」と強調しました。

 バイデン氏の冷めた姿勢に対し、「復興の証」から「コロナに打ち勝った証」、そして今度は「世界の団結の象徴」と次々にスローガンを変えるご都合主義で五輪開催にしがみつく菅氏の姿勢は際立っていました。

 菅氏だけではありません。記者からの質問は外国メディアが2社、日本は産経新聞と共同通信の2社でした。産経の記者は「台湾」「ウィグル」に関連して菅氏から反中国の言質を引き出そうとするものでした。そして共同の記者は、バイデン氏が「東京五輪を支持する」と表明したとする菅氏に対し、「選手団派遣はどうか」と「支持」の内容を確認するものでした。

 これに対し菅氏は、「世界の団結の象徴」「支持をえた」と繰り返すだけで、選手団の派遣を含めバイデン氏が具体的にどのような「支持」を表明したのかは答えませんでした。

 一方、外国メディアはどうか。ロイター通信の記者は、バイデン氏に対し、「(コロナ対策の)公衆衛生の状況からして、東京五輪への支持は無責任ではないか」とただしたのです。これが世界の常識的な見方ではないでしょうか。政権の発表を鵜呑みにするのでなく、批判的視点から質問・追及する姿勢は日本のメディアと対照的でした。
 バイデン氏はこの質問にはまったく答えませんでした。

 日本ではNHKが17日未明から生中継で首脳会談・共同会見のもようを流し、「バイデン大統領が東京五輪を支持」と述べた菅氏の発言を繰り返し報じました。

 コロナ禍の中、日米軍事同盟の強化とリンクさせて東京五輪をあくまでも強行しようとしている菅政権とそれに追随する日本のメディア。それがいかに国際的常識からかけ離れた異常なことであるかを改めて露呈した共同会見でした。

「日曜日記」は来週書きます。


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日米首脳会談・軍事同盟強化とリンクする東京五輪

2021年04月17日 | 日米安保・軍事同盟と政治・社会

    
 菅義偉首相とバイデン米大統領の会談が、間もなくホワイトハウスで始まろうとしています。会談後共同声明が発表され、共同記者会見も予定されています。軍事・外交、経済の各方面にわたり、日米同盟(安保条約)体制のかつてない強化が打ち出されるのは必至です。

 とりわけ、軍事面において、対中国の覇権主義を最大の課題とするバイデン政権は、その戦略に日本を取り込み、台湾周辺の軍事行動に自衛隊を巻き込んで日米合同軍事行動を強化しようとしています。

 バイデン政権の高官は、共同声明に「台湾問題」を盛り込む意向を明らかにしています。日米首脳会談の「共同声明」に「台湾問題」が明記されるのは、日中国交樹立(1972年9月29日)の3年前に行われた佐藤・ニクソン会談(1969年11月17日)以来で、日中関係はもちろん、東アジア情勢に重大な変更をもたらし緊張が一気に高まることになります。

 さらに今回の日米首脳会談で見過ごせないのは、上記のような日米軍事同盟の強化と菅政権があくまでも強行しようとしている東京五輪(オリ・パラ)がリンクしている(させようとしている)ことです。

 菅政権は今回の会談で、東京五輪へのバイデン政権の「支持・協力」をとりつけ、開催のカギを握るアメリカ選手団の派遣を促す意向とみられています。バイデン大統領はこれまで、コロナ対策が最優先として東京五輪への「支持・協力」は公言してきませんでした。

 対中国戦略・「台湾問題」で日本を思い通りに動かしたいバイデン政権が、政治的思惑から何としても東京五輪をやりたがっている菅政権に、五輪への「支持・協力」で貸しをつくろうとすることは十分考えられます。
 アメリカの覇権主義・東アジア戦略にもとづく日米軍事同盟の強化と、コロナ禍の中での東京五輪強行が、日米両政権の政治戦略によって一体化されようとしているのです。

 アスリートたちの熱意とはまったく無関係に、オリンピックが商業主義とともに、大国の政治戦略にまみれたものであることは周知の事実ですが、今回の東京五輪も、天皇制国家主義の強化と同時に、日米軍事同盟強化という最悪の政治戦略と不可分であることが白日の下になっているといえるでしょう。(2021・4・17・AM3)


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