アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

NHKが報じない英王室批判・離脱の広がり

2022年09月21日 | 天皇制とメディア
   

 英エリザベス女王の国葬が行われた19日、NHKは午後7時のニュースを1時間15分に拡大したのに続き、8時15分から55分まで生中継、さらにニュースウオッチ9で詳しく報じるなど、異常な力の入れようでした(記者らが喪に服していたことは言うまでもありません=写真右)。

 その内容は女王の賛美一色。NHKがこれほど力を入れて女王・英王室を美化する底流には、日本の皇室・天皇制擁護があります。
 しかし、NHKの報道とは違い、英国内でも国葬に対する抗議活動があり、英連邦諸国やかつて植民地支配された国々からは女王・君主制に対する批判、離脱の動きが強まっています。

 英連邦の中で、カリブ海の島国やカナダで君主制から離脱して共和国に移行する動きが強まっていることは先に見ましたが(10日のブログ)、それ以外にも次のような動向があります。

◎ロンドンで国葬・王制に反対する市民の抗議活動

 NHKの中継は「涙で女王に別れを惜しむ市民」ばかりが映されましたが、市民はけっして一色ではありません。16日のニュースでは、ロンドン警視庁が「国葬を前に王政反対の抗議活動も強制的な排除は行わない方針」を決めたと報じました(写真左)。

 当然のことですが、それをわざわざ確認しなければならないのは、ロンドン市内でも国葬・王制反対の抗議活動が起こっていることを示しています。国葬当日どのような抗議活動があったのか知りたいところですが、NHKがそれを報じることはありませんでした。

◎オーストラリアで国王廃止の議論と世論が増加

「女王の死去を受け、英国王を国家元首とする立憲君主制を取るオーストラリアで、国王を廃止する議論に注目が集まっている。

 1990年代に「英国の影響から完全に抜け出るべきだ」などとして共和制への移行が議論されたが、この時は国民投票(99年)で立憲君主制の維持が決まった(共和制賛成45%、反対55%)。

 5月の総選挙で政権を握った労働党は、共和制への移行を党是として掲げている。アルバニージー首相も共和制支持派として知られ、自身の就任宣誓式でも女王への忠誠は誓わなかった。

 公共放送ABCが5月に発表した世論調査では、共和制移行に賛成が43%で、16年の36%、19年の39%からじわじわと上昇している」(10日付朝日新聞デジタルから抜粋)

◎「支配の象徴」英王室の冠のダイヤ返還求める声が再燃

「女王の死去を受けて、英国の植民地だったインドで英王室の冠に飾られているダイヤモンド「コイヌール」(写真中)の返還を求める声がネット上を中心に再燃している。ツイッターでは「インドから奪取された」「早く返還を」と求める声が強まった。

 英国の慈善団体によると、コイヌールは「おそらく南インド中央部の鉱山で産出された」という。イランやアフガニスタンの王族が所有していたこともあり、「支配の象徴」とされてきた。

 このダイヤをめぐっては、1947年に独立したインドのほか、パキスタンなど近隣国がたびたび返還を求めてきたが、英政府は後ろ向きな姿勢を見せてきた。キャメロン元首相は2010年に返還について問われた際、「一つのものに応じれば、大英博物館は空っぽになるだろう」と答えた」(18日付朝日新聞デジタルから抜粋)

◎「私は追悼できない」アフリカで消えぬ被支配の記憶

「英国が数多くの地域を植民地として支配してきたアフリカ大陸からは、過去の植民地支配や弾圧への憤りが数多く発信されている。

 弁護士を名乗るケニア人女性はツイッターで9日、52~60年の独立闘争に対する英国の弾圧に触れた上で、「私たちの祖父母はほとんどが弾圧された」「私は追悼することができない」と投稿した。

 同じく英国に支配された歴史を持つ南アフリカでは、第2野党が9日、「我々はエリザベス女王の死を悼まない」とする声明を発表。「女王として在位していた70年間、彼女は英国が世界中で侵略した現地の人々に対して、彼女の一族が行った残虐行為を一度も認めることはなかった」などと批判した」(19日付朝日新聞デジタルから抜粋)

 植民地支配した地の文化財略奪といい、侵略・植民地支配の責任棚上げといい、英国と日本の共通点は少なくありません。天皇・君主制を美化・擁護するメディア・「識者」らの報道・言説とは逆に、植民地支配の責任追及、君主制からの離脱の動きは広がっています。日本でも「象徴天皇制」の再検討・廃止へ向けて議論を広げていく必要があります。

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NHKが触れなかった茨木のり子の天皇(制)批判

2022年01月22日 | 天皇制とメディア

     
 19日のNHKクローズアップ現代+は、「詩人・茨木のり子“個”として美しく・発見された肉声」でした(写真)。
 「発見された肉声」とは茨木のり子(1926~2006)が79歳で亡くなる2年前に収録された100分におよぶテープでした。放送された限りでは目新しい内容はなかったようです。しかし、「自分の感性くらい」「倚りかからず」などに表された茨木のり子の、戦争体験から導かれた「個」の尊重、時流に流されない自律精神は、あらためて示唆的でした。

 茨木のり子は50歳でハングルを学び始めました。その動機を、友人の韓国詩人・ホン・ユンスクさん(写真中の右)に送った手紙にこう書いています。
「(植民地支配で)言葉(韓国語)を奪ったことは日本の罪と考え、私は汗を流しながら韓国語を勉強しています

 茨木のり子の素晴らしさを再認識させる番組でした。しかし、肝心なことが欠落していました。それは、彼女が侵略戦争・植民地支配の最高責任者だった天皇裕仁、そして天皇制に対し、タブーを恐れず鋭い批判を行ったことです。

 それが端的に示されたのが、「四海波静」(1975年11月)という詩です。

 1975年10月31日、天皇裕仁は記者会見で「戦争責任について」聞かれ、こう答えました。「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」
 この裕仁の発言に対して書かれたのが「四海波静」です。

  < 戦争責任を問われて その人は言った(中略)
   思わず笑いが込みあげて どす黒い笑い吐血のように 噴きあげては 止り また噴きあげる
   三歳の童子だって笑い出すだろう 文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
   四つの島 笑(えら)ぎに笑ぎて どよもすか
   三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア(後略)>

 鋭い皮肉に、心底からの怒りが溢れています。

 1990年、親族とともにボストン交響楽団の演奏会をNHKホールに聴きにいった時のこと。交響楽団は本番の前に「君が代」を演奏し、ほとんどの聴衆が起立しました。しかし、彼女はじっと座っていた。そして親族に小声で言いました。「今日、私は音楽を聴きに来たのでね…。私は立たないけれど、あなたたちは好きにしなさい」(後藤正治著『清冽 詩人茨木のり子の肖像』中公文庫2014年より)

 それから4年後の1994年、茨木はボストン交響楽団演奏の日を想起して、「鄙(ひな)ぶりの唄」という詩を書きました。

 <  それぞれの土から 陽炎のように ふっと匂い立った旋律がある 愛されてひとびとに 永くうたいつがれてきた民謡がある
   なぜ国歌など ものものしくうたう必要がありましょう
   おおかたは侵略の血でよごれ 腹黒の過去を隠しもちながら 口を拭って起立して 直立不動でうたわなければならないか 聞かなければならないか
   私は立たない 坐っています
   演奏なくてはさみしい時は 民謡こそがふさわしい(後略)> 

 天皇裕仁の発言、「君が代」へ向けられた茨木のり子の鋭い感性・批判は、戦争体験から得た「個」の尊重・自律、そして植民地支配した朝鮮半島に対する謝罪、ハングル習得への思いと無関係ではありません。深く結びついています。

 天皇(制)批判を抜きに茨木のり子の詩・文学・思想を語ることはできません。それは彼女の詩が持っている歴史的意味の大きな要素であり、それこそ私たちが学ぶべきものではないでしょうか。


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「国会召集」表記に見るメディアの天皇制拝跪

2021年10月04日 | 天皇制とメディア

    

 4日、臨時国会が開かれます。これをメディアは「国会召集」と表記し、誰もが疑いません。しかし、ここにはきわめて重大な問題が潜んでいます。

 「国会招集」ではなく「国会召集」なのです。一般のメディアだけでなく、たとえば「しんぶん赤旗」でも、「国会招集」は誤りで「国会召集」が正しいとされています。
 「招集」と「召集」、どこが違うのでしょうか。

 「招集」は一般的に「呼び集める」意味ですが、「召集」は一般的な意味ではありません。それは「天皇が呼び集める」という意味です。「赤紙」は「召集令状」であって「招集令状」ではないのと同じです。

 「国会召集」とは天皇が国会議員たちを議事堂に集める、という意味です。これは「天皇ハ帝国議会ヲ召集」(第7条)するとした天皇主権の大日本帝国憲法の継承にほかなりません。
 それが今日の日本国憲法に引き継がれ、天皇の「国事行為」の1つとして「国会を召集すること」(第7条)と同じ表記で明記されています。これはきわめて重大です。(写真左、中は「国会創設130年」で国会に出向いた天皇・皇后)

 現憲法のこの重大な欠陥もあって、メディアは「召集」と表記します。これは天皇に対する絶対敬語です。メディアが使う絶対敬語はこれだけではありません。皇族に対する「〇〇さま」はじめ、天皇・皇族の動作や所有物に対する敬語もその一環です。

 こうしたメディアの絶対敬語は、客観報道を旨とするメディアにおける異常な例外であり、その根底には天皇制への拝跪があります。それはメディアが身分差別を是認・助長することにほかならず、そうしたメディア報道が天皇制賛美を煽っていることは明らかです。

 秋篠宮家長女・眞子氏の結婚に伴う「一時金」辞退に関連し、君塚直隆関東学院大教授は、イギリスでは王室の経済活動に対して市民の厳しい視線が向けられてきたが、日本ではそういう動きは生まれていないとし、こう述べています。

日本ではメディアが皇室への『不敬』になることを恐れたせいか、それを問う機運は希薄です。一時金の問題にしても。もし欧州のメディアなら『過去に支払われてきた一時金が適切に使用されてきたのか、税金の使途を検証しよう』という声を上げているでしょう」(2日、朝日新聞デジタル)

 日本のメディアは時の政権(国家権力)に対してきわめて従属的な体制順応を基本性格としていますが、絶対敬語の使用に象徴される天皇制への拝跪は、それと表裏一体です。
 メディアは「国会召集」をはじめとする天皇・皇室に対する絶対敬語を直ちにやめるべきです。

 市民はメディアの天皇制拝跪報道を無意識に受け入れていますが、それによって思考停止され、メディアが醸成する天皇制賛美に取り込まれていることを銘記する必要があります。


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柳美里さんが語る『JR上野公園口』と天皇制

2021年02月22日 | 天皇制とメディア

    
 柳美里さんが昨年11月全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞した『JR上野駅公園口』は、天皇制が主要なテーマですが、日本の報道やインタビューではそのことがほとんど触れられていませんでした(昨年12月3日、同12日のブログ参照)。
 それはなぜなのかも含め、柳さん自身が『JR上野駅公園口』と天皇制の関係について詳しく述べているインタビューに接しました。

 月刊「イオ」(朝鮮新報社発行)の最新(3月)号で、「明日へつなげる3・11の記憶 東日本大震災から10年」の特集の中で、「3・11」以後南相馬に移住し書店を経営している柳さんのインタビューが4ページにわたって掲載されています(写真左、中)。
 その中から、『JR上野駅公園口』について述べている部分を紹介(要約抜粋)します。

< ―どのような経緯でこの物語を構想したのでしょうか?
 そもそもの始まりは上野公園の「山狩り」の取材です。公園の周辺にある博物館や美術館を皇室の人々が訪れる時に、ホームレスを目に触れさせないようにかれらのコヤ(住居)を撤去することを「特別清掃」(山狩り)と言うのですが、その一日のことに限っても一つの小説になるのではないかと考えました。

 ―出版時(2014年―引用者)と今回の受賞で、作品の受け止められ方に違いはありましたか?
 現在のコロナ禍でも国が人を捨てるという実態が見えてきています。そういう状況と自分を重ね合わせながら読まれているのではないでしょうか。何となく「国は民を守ってくれる」と信じている人が多いですが、両者の利益が相反する時、人は容赦なく切り捨てられます

 ―作品では主人公と家族の生年や名前が天皇の「影」のような形で設定されているのが印象的です。
 天皇にかかわることは作品の核になる重要なポイントです。日本のメディアはホームレスや震災の問題については聞きますが、天皇については触れない。海外メディアは必ず触れる。そこが大きな違いでした
 本作は山手線シリーズの5作目です。山手線は東京の環状線で、その中心に皇居がありますが、そこはブラックボックスになっていて一般の人は覗けない。その円から周辺に広がるように人びとの暮らしがあります。でもそこから弾き飛ばされて中心に向かう絶望という構造を考えつきました。本シリーズの大きなテーマは天皇制と福島の原発事故。両方とも中心があれば必ず周辺があり、そこに追いやられる人びとがいます

 ―受賞会見では「これまでも一貫して居場所のない人たちのために書いてきた」と言っていましたが、それはご自身の在日朝鮮人としての経験からでしょうか。
 それはあります。今回の受賞を「日本人女性作家の海外での躍進」と報じるメディアがありました。日本記者クラブでの会見でも「日本人女性作家の…」と言われたので、「いや、日本人ではありません」と説明しました。「そんなにいやなら帰れ」とSNSでバッシングされました。帰れと言われても帰る場所がないという状況が在日韓国・朝鮮人にはあります。日本と朝鮮半島をつなぐ橋だと言われれば聞こえはいいですが、両者の関係が悪くなると真っ先に落とされるのが橋です。自分はそんな橋の上に立っている。会見で話した「居場所のなさ」「寄る辺なさ」というのはずっと思っていることです。>

 国家の「中心」としての天皇。「周辺」としてのホームレス、東北、原発被災地、在日韓国・朝鮮人。
 そして、自分は「周辺」ではないと思って(思いたくて)、「中心」の側に身を寄せ、「中心」を支えているけれど、国家の利益に反するとみなされれば容赦なく切り捨てられる。それがいわゆる「一般市民」ではないでしょうか。
 この「絶望的な構造」を打ち破らねばなりません。


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「福島原発事故で天皇避難打診」記事の政治的思惑

2020年12月31日 | 天皇制とメディア

       
 今年最後のブログ、1年の回顧を書こうと思っていたのですが、とんでもない記事が出たので、これについて書きます。30日付地方紙各紙は、共同通信配信の次のような記事を掲載しました。
 <福島原発事故で天皇避難打診 当時の民主・菅政権 宮内庁断る「あり得ない」 悠仁さま京都行きも検討>(30日付東京新聞2面トップの見出し)
 以下、記事から抜粋します(表記=絶対敬語は、不本意ながら、記事のままとします。改行・太字は引用者)。

<東京電力福島第1原発事故の直後、当時の民主党の菅直人政権が、天皇在位中の上皇さまらに京都か京都以西に避難するよう非公式に打診していたと、元政権幹部が29日までに証言した。
 宮内庁側は上皇さまのご意向として「国民が避難していないのに、あり得ない」と伝え、政権側は断念したという。
 複数の元官邸幹部は皇位継承資格者である秋篠宮さまの長男悠仁さまの京都避難も検討したと明かした。
 原発事故から来年で10年。上皇さまの被災者へ寄り添う姿勢が改めて浮かんだ
 菅元首相は共同通信の取材に「頭の中で考えていたことは事実だ。だが、私の方から陛下(当時)に打診したり、誰かに言ったりしたことはない」と述べた。
 元政権幹部の証言によると、菅氏から依頼を受け、人を介して宮内庁の羽毛田信吾長官(当時)に上皇さまのご意向を内々に尋ねた。当時の宮内庁関係者は「お断りした覚えはある」と証言。上皇さまへ伝えたかどうかは「事後的にお伝えしたことはあったかもしれない」とした。>

 記事が事実だとすれば、菅直人政権は住民に対しては「20~30㌔なら直ちに人体に影響はない」(枝野幸男官房長官=当時、現立憲民主党代表)と言って避難指示を怠りながら、天皇と「皇位継承資格者」は京都へ避難させようとしていた(少なくとも菅直人首相はそう考えていた)わけです。開いた口がふさがりません。

 「国民」の安全・健康・生命はおざなりにして責任を持たないが、天皇(天皇制)を守るためには細心の注意を払う。それが日本の政権、国家権力の実態であることを改めて浮き彫りにしています。
 それが自民党政権だけでなく、「野党」であった民主党政権(当時)も同様であったところに、日本の病巣の深刻さが表れています。民主党政権の失態は数々ありますが、これはその中でも特筆すべき愚行といえるでしょう。

 同時に見逃すことができないのは、この記事(共同通信、それを掲載した各紙も同列)がいま唐突に現れた意味、その政治的狙いです。

 客観的きっかけがあったわけではないこの記事は、何者かによるリークと思われます。冒頭「元政権幹部が証言した」とありますが、必ずしもそこがリーク元とは限りません。
 この記事の主眼は、「上皇さまの被災者へ寄り添う姿勢が改めて浮かんだ」、すなわち天皇の美化です。
 それは10年を迎える東日本大震災をあらためて天皇制賛美と結び付ける意図もありますが、それだけではなく、今日のコロナ禍とも無関係ではないでしょう。宮内庁は29日、天皇徳仁のビデオメッセージを1日に公開すると発表しましたが、この記事はそれと連動しているように思えます。

 リークは宮内庁によるものと私は考えますが、その当否はともかく、この記事が宮内庁とメディアが一体となって、コロナ禍でますます影が薄くなっている天皇(制)の存在をアピールしようとしていることは確かです。

 コロナ禍であっても、いいえ、あらゆる人権侵害・差別の根絶が求められているコロナ禍だからこそ、日本の差別構造の根幹である天皇制の見直し・廃止は急務です。それは2021年でも引き続き重要な課題であることをこの記事は逆に示していると言えるでしょう。(1日の「天皇のビデオメッセージ」の問題点については2日に書きます)

今年も拙ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。
 今年も「明日」へ明るい確かな展望がもてないまま年を越すことになりますが、引き続き、自分にできることを自分なりにやるしかない、という思いで2021年に臨もうと思っています。
 今後ともよろしくお願いいたします。皆さま、お体大切に。

 


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NHKの天皇制隠しと柳美里氏

2020年12月12日 | 天皇制とメディア

    

 10日夕方、NHK「ニュース・シブ5時」は約15分間、作家の柳美里氏を特集しました(写真左)。先日受賞した全米図書賞(翻訳文学部門)『JR上野駅公園口』(写真中)を中心に、柳氏の作家像を伝えるものでした。

 NHKがこの作品の主要テーマである「天皇制」についてどう触れるか注目しました。予想通り、一言も触れませんでした。

 番組では、上野のホームレスや「3・11」以後の南相馬の人びとなど、人にとっての「居場所」の意味を強調しました。それはそれで重要なテーマですが、『JR上野駅公園口』はそれらを貫く1本の太い軸として「天皇制」を据えています。皇族の上野公園巡行に伴う「山狩り」という名のホームレス排除、天皇が開会宣言した「東京五輪」、天皇裕仁の福島巡行、天皇家と主人公家族の対比などを通して、「天皇制」を鋭く告発しています(12月3日のブログ参照)。
 それに一言も触れないのは、この作品と柳氏を紹介する企画としては完全に失格です。

 しかしこの失格は、NHKの無能によるものではなく、意図的でしょう。

 全米図書賞受賞以後、同作品はたいへん注目され売れ行きが急上昇しているそうです。実際に読めば、多くの人が作品を通して改めて天皇制の持つ理不尽さを感じたはずです。
 NHKはそのことに“危機感”を持ったのではないでしょうか。それであえて作品の焦点を逸らそうとしたのではないでしょうか。

 NHKならやりそうなことですが、疑問なのは、柳美里さん自身が「天皇制」について触れなかったことです。なぜインタビュー(事前収録)で自ら3回も取材した「山狩り」を含め、モチーフにした「天皇制」について一言も言及しなかったのでしょうか。

 言及したけれどその部分はカットされたのなら、NHKに厳重抗議すべきです。取材にあたって事前に「天皇制については触れないように」との申し入れがNHK側からあったのなら、NHKはまさに確信犯であり、不当な申し入れは撤回させるか、取材を拒否すべきでした。

 柳さんは受賞時のニュースで流れたコメントでも「天皇制」については触れていませんでした。カットされた可能性もありますが、感想だけを求められるニュースコメントでは制約があったのかもしれません。しかし今回の番組では言及しようと思えばできないことはなかったはずです。

 柳さんはかつて、日本人による朝鮮人差別を告発して、こう述べていました。

 「靖国神社に祀られているA級戦犯を英霊として崇敬している日本人の大半は、BC級戦犯(日本軍人)として絞首刑に処された朝鮮人の存在を知らないのです。/知りたくないから知ろうとせず、知らせたくないから知らせなかった結果なのでしょうが、あまりにも知らな過ぎる―。/日本人が知らないこと、知りたくないことを、どうしたら知らせることが出来るのかを、わたしは考えています。/どうしたら、目や耳を覆っている手を下すことが出来るのかを―。」(『国家への道順』河出書房新社2017年、写真右)

 天皇制こそ過去も現在も朝鮮人差別の根源です。その歴史・本質は、日本人が知らないこと、知ろうとしないことの筆頭ではないでしょうか。それを「どうしたら知らせることが出来るのか」として書かれたのが『JR上野駅公園口』ではなかったのでしょうか。

 柳さんがあらためて、天皇制の本質、そして在日朝鮮人韓国人差別に対し「目や耳を覆っている」日本人の「手を下す」作品を著し、告発することを期待します。


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「コロナ禍」に天皇制強化求める望月記者の倒錯

2020年06月02日 | 天皇制とメディア

    

 東京新聞の望月衣塑子記者が新潮社のPR誌「波」5月号で、作家の島田雅彦氏と対談しています。タイトルは「皇后陛下が立ち上がる時」。天皇・皇后へ賛美と期待が繰り返されています。望月氏は官邸記者会見での追及などで注目されている記者で、しかも「コロナ禍」の中での発言だけに、見過ごすことはできません。

 対談は島田氏の新著『スノードロップ』刊行を記念して行われたもの。私はこの本を読んでいないので、ここでは同書が批判の対象ではありません。あくまでも対談の中で、両氏が天皇制について語っていることについて述べます。

 望月氏は冒頭で同書をこう紹介しています。「皇室が時の権力の要請に左右されず、人類がどんな価値を求めるべきか、旗印を築くために立ち上がる物語です」。そしてこう続けます。「格差が広がり、感染症が蔓延し、不安や憎悪が広がる今こそ、皇室が世界に本来進むべき道を指し示すというのは、理想的なウィジョンだと痛感しました

 さらに望月氏は、「小説の中では、皇室を意のままに動かそうと試みる腐敗した政権に対して、不二子という名の皇后とその娘の舞子さまが立ち上がる設定になっています」と紹介し、「母と娘が作中のように現実政治から距離をとりつつ、しなやかな自由を確保して活動する存在ならば世の中変わるのでは、と思いながら一気に読了しました」と述べています。

 問題個所は多々ありますが、もう1カ所だけ挙げます。島田氏が、「天皇は誰にも従属せず、より強力に国際協調のスタンスで世界と連帯する『象徴』となるほかないんですよ」と述べたのを受け、望月氏はこう応じます。「私たち庶民は、当然に時の政治に翻弄されるわけです。でも、皇室が『もっと自由であれ』といった風を吹かせてくれたら励まされますね

 望月氏と島田氏が共感し合いながら主張していることは結局、天皇・皇后は、時の政府から「自由」になって、自らの主義主張を広く公にして、庶民を導く存在であってほしい、ということです。

 安倍晋三首相との対比で明仁天皇(現上皇)を「護憲の人」とみる傾向が、いわゆる「民主勢力」の中に少なくありませんでしたが、望月氏らの主張は、それをさらに進め、徳仁天皇・雅子皇后に積極的な自律的言動を求めるものです。極めて危険な誤りと言わねばなりません。

 望月氏らの主張には2つの大きな倒錯があります。

 1つは、現行憲法との関係です。
 憲法は第4条で「天皇は…国政に関する権能を有しない」、第3条で天皇の国事行為はすべて「内閣の助言と承認を必要」とすると定めています。時の政権がいかに愚劣であろうと、天皇は憲法に定められた国事行為を「内閣の助言と承認」の下に行うことしかできません。まして政治的問題について自らの主義主張を述べ、行動することは厳禁です。それが現行憲法の規定です。

 望月氏らが天皇・皇后に政治的問題を含め自律的言動を積極的に行うことを求めているのは、天皇・皇后に憲法違反を犯すことを要求していることに他なりません。望月氏らにその自覚はあるのでしょうか。

 もう1つは、望月氏らが天皇制の本質を完全に捨象していることです。
 天皇制の根源は神道という特殊な宗教であり(宮中祭祀)、その本質は身分差別(世襲制)・女性差別(皇室典範)です。天皇制は民主主義・基本的人権尊重とは真逆の存在です。望月氏らが主張していることはその天皇制の拡大・強化にほかなりません。

 望月氏は雅子皇后が「皇室に入った瞬間からバッシングを受け」たことが「ショックでした」とし、メディア内の「ジェンダー差別」にも言及しています。しかし、「ジェンダー差別」というなら、皇位継承を「男系男子」に限定し、様々な局面で女性を排除する天皇制そのものが「ジェンダー差別」の権化です。

 望月氏は「コロナ禍」で「不安や憎悪が広がる今こそ、皇室が世界に本来進むべき道を指し示す」ことが「理想的」だと述べています。しかし、「不安や憎悪」がはびこる今だからこそ、すべての人の人権が平等に保障される差別のない社会、すなわち天皇制のない社会を目指すべきです。それが私たちが「本来進むべき道」ではないでしょうか。


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「即位の礼」・渡辺治談話の改ざんにみるメディアの悪弊

2019年10月24日 | 天皇制とメディア

     

 23日付の各紙は前日の「即位の礼」で持ち切りでしたが、その中に目を疑う記事がありました。地方紙が掲載した共同通信配信の渡辺治一橋大名誉教授の談話です。全文転記します。

 「天皇陛下が一段高いところから即位を宣言する儀式の在り方は、憲法で規定する国民主権という理念から、大きく反している。儀式を行うなら、首相が陛下の位への就任を宣言して、それを受けて陛下が国民の象徴となることを誓う形にするべきだ。平成の代替わりから30年以上たっているのに、見直しが行われなかった。今回は準備期間があったのだから、国会で憲法に沿った即位の在り方を考える超党派の委員会をつくるなどして、国民的な議論をするべきだった」

 全体の趣旨は、「即位の礼」が憲法の理念に反していることを鋭く指摘したもので、権力におもねる「談話」が多い中できわめて貴重な渡辺さんらしい談話です。が、驚いたのは、「天皇陛下」「陛下」です。渡辺さんがこんな言葉を使うはずがありません。
 畏友でもある渡辺さんに直接確かめました。渡辺さんは談話をまだ見ていなかったそうですが、「当然、『陛下』などと言うはずがない」と憤慨し、こう話しました。

 「そもそも談話の趣旨が、即位の儀式全体が国民を主権者とした憲法に反している、というものなのだから、そう言う自分が、天皇の臣としてへりくだる『陛下』などという言葉を使うこと自体があり得ない矛盾だ」

 渡辺さんは共同通信に抗議したそうです。渡辺さんは、「これは、担当記者の“常識”に基づく、“自然な”判断によるものと見られる」としてうえで、こう述べています。

 「以前も(メディアの取材で)天皇という記述を『陛下』に変えてよいかと問われたことがあるから、どの新聞社でもそれ(「天皇」を「陛下」に変える)が“常識”化しているのだろう。その時の記事では、自分以外はみな『陛下』と呼んでいてびっくりした覚えがある。
 こうしたことが、記者たちの当然の“常識”となっていること自体が、おそらく、この30年の変化であって、かえって恐ろしい」

 メディアは天皇・皇室に敬語(絶対敬語)を使うべきではない、と22日のブログに書いたばかりですが、その弊害が予想もしない形で現実化してしまいました。この問題は、渡辺さんが言う通り、一記者の問題ではありません。新聞・メディア全体の問題です。

 いやメディアだけではありません。市民の中にも「天皇陛下」「陛下」という言葉を使っている人は少なくありません。それが自らを天皇の臣下とし、支配・被支配の関係を是認し、戦前の天皇主権に通じる上下関係を表す言葉であることを、どれだけの人が自覚して使っているでしょうか。

 なにげなく使っている言葉、とくに天皇(制)にかかわる言葉にはきわめて重大な政治的・社会的意味が含まれているものが少なくありません。支配・被支配、差別を是認する天皇・皇室に対する敬語は、メディアも市民も使うべきではありません。


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メディアは「天皇・皇室報道」の敬語使用をやめよ

2019年10月22日 | 天皇制とメディア

     

 「新聞週間」にあたって新聞大会が16日行われ、「新聞は、地域や世代を超えて互いに尊重し合える社会を支えていく」と決議しました。新聞倫理綱領には、「報道は正確かつ公正でなければなら(ない)」「自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する」とも明記されていいます。

  しかし、新聞をはじめとするメディアの現状は、この決議や倫理綱領とは程遠いと言わねばなりません。それを端的に示しているのが、「天皇・皇室報道」です。 

 9月19日、マスコミ倫理懇談会第63回全国大会が行われ、分科会で、「天皇代替わり報道」が検証されました。記者として皇室取材を経験したこともある森暢平成城大教授はこう述べました。
 「国民みんなが関心を持っているわけではないのに、全員がお祝いしている、両陛下ありがとうと言っているように見えたのが怖かった」(9月22日付沖縄タイムス) 

 さらに分科会では、「皇族の被災地訪問などで、美談ばかりが報道される理由も議論になり、通信社記者は『ネガティブな話を聞くこともあるが、直接本人に確認取材できない。そうすると美談ばかりが残ってしまう』と難しさを語った。
 福島民報社の円谷真路報道部長は、上皇ご夫妻(ママ)から『困ったことはありませんか』と尋ねられ、『ありません』と答えた東日本大震災の被災者が、実際は夜の寒さなど避難所生活に不満があったと紹介。『本音として報道する方が良いのかどうか』と問題提起した」(同沖縄タイムス)

 これ以上の報道がないので議論がさらに深まったのかどうか分かりませんが、この限りで言えば、「確認取材できない」とはなんたること。「ネガティブな話」を自ら取材して記事にするのが記者の仕事ではありませんか。「本音を報道するのが良いのかどうか」?「良い」に決まっている、いや、「本音を報道する」ことこそメディアの務めです。
 自ら検証することはもちろん必要ですが、こういうことで躊躇しているところに、メディアの「菊タブー」の根の深さが表れています。

 かつて評論家の松浦総三(1914~2011)は、メディアの「天皇報道」は「戦前となんら変わるところがない」と指摘し、次の3点をあげました。「第一に敬語報道であり、第二に誇大報道であり、第三に大本営ばりの宮内庁による報道統制であろう」(『松浦総三の仕事①マスコミの中の天皇』大月書店1984年)

 松浦は「敬語」について、『世界大百科事典』(平凡社)の次の記述を引用しています(太字は松浦が傍点で強調した個所)。
 「本来の地盤は敬意である。敬意は、優越者・支配者の優越を是認しその支配を積極的に受け入れる態度にもとづいており、被支配の感情である。その優越関係が一つの地位また階級について固定した用語で表される場合には絶対敬語といわれる。皇室敬語や<陛下><殿下><閣下><殿>の使分けなどはその例で、これは制度によって敬意が強制されたのである

 続けて松浦はこう述べています。「傍点(太字)のところを、もう一回よく読んでいただきたい。天皇報道につかわれる敬語というのは、一言でいえば絶対敬語で、被支配者が支配者にたいして、支配をみとめて使用する言葉である」(前掲書)

 日本の「天皇・皇室報道」は抜本的に見直し改革されなければなりません。その手始めに、メディアは天皇・皇室に対する敬語の使用を直ちにやめるべきです。


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NHKクロ現「オウム死刑の舞台裏」の功罪

2019年07月18日 | 天皇制とメディア

     

 「オウム真理教事件」の大量死刑執行(7月6日7人、26日6人)から1年。16日夜のNHKクローズアップ現代+のテーマは「オウム死刑の舞台裏」でした。意欲的な企画ですが、功罪相半ばしました(写真はすべて同番組から)。

 「功」は、麻原元死刑囚はじめ死刑に処せられた元死刑囚の「最期の言葉」が完全に隠ぺいされている事実とその重大性を告発したことです。

 NHK記者の情報公開請求に対して返ってきた「資料」は全面黒塗りでした。事件の当事者らが死刑の直前に、すなわち自己の生命と引き換えに、何を語ったのか。それは本人にとって重要な遺言であると同時に、事件の真相解明、その教訓化にとってもきわめて貴重な歴史的資料であることはいうまでもありません。
 それを政府(国家)が隠匿することは、元死刑囚らの人権を踏みにじるものであると同時に、事件の真相解明に対する重大な妨害です。

 それは被害者遺族の思いにも逆行するものです。
 番組で、地下鉄サリン事件で夫を失った加藤シズエさんは、元死刑囚が語る言葉が1つひとつ胸のつかえを解いていく、という趣旨のことを言っておられましたが、その通りだろうと思います。

 政府は直ちに元死刑囚らの「最期の言葉」を公開すべきです。

 「罪」は、なぜ1年前のこの時期に大量死刑執行が強行されたのかがあいまいのまま終わったことです。

 番組では「大量執行はジェノサイド(虐殺)ととられかねない」という危惧が政府部内にあったことを示しました。にもかかわらず強行されたのはなぜか。番組のタイトルが「舞台裏」となっていることからも、この解明が主題であったはずです。

 しかし、この点は明らかにされたとは言えません。というより、腰砕けの感がありました。「『平成の事件は平成のうちに』という意識は確かに幹部にはあった」という「取材メモ」が紹介され、同時に菅官房長官が「令和」のパネルをかざした映像が何度も映し出されました。それは暗に、大量死刑執行の背景に、年明け5月の改元・皇位継承があったことを示しています。しかし番組はそのことをはっきり言いませんでした。NHK上層部から現場に圧力がかかったのではないでしょうか。根拠のない想像ですが、それほど不自然な流れでした。

 オウムの大量死刑執行が、改元・皇位継承に乗じたものであったことは、当時の各社の報道ですでに明白です(昨年7月12日のブログ参照)。
 たとえば、「最も重要な要素は『改元』だった。…ある政府関係者は『皇室会議』以降、時計の針は動き始めた。平成に起きた最大の事件は平成のうちに区切りを付けるというのが命題となった」(2018年7月7日付毎日新聞)。

 クロ現を見ながら改めて考えたのは、この「平成の事件は平成のうちに」の意味です。それはたんに歴史的出来事を元号で区切るという皇国史観の問題だけでなく、改元・皇位継承によってジェノサイドへの批判を緩和・打ち消そうという思惑があった、ということでしょう。まさに最悪の天皇制政治利用と言わねばなりません。

 その政府(国家)の思惑は的中してしまいました。改元・皇位継承のお祭り騒ぎの中で、「オウム大量死刑執行」の異常さは「市民」の記憶から遠ざかっているようにみえます。
 それに手を貸したのが、改元・皇位継承報道に狂奔したメディアであり、全会一致で新天皇に「祝意」を表した国会(全政党)であったことは、歴史的汚点として銘記される必要があります。


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