アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

新基地阻止に「和解」なし!「新協議会」は公開し議事録残せ

2016年01月30日 | 沖縄・翁長知事

  

 29日の辺野古・代執行訴訟第3回口頭弁論で、福岡高裁那覇支部の多見谷寿郎裁判長は、国、県に対し、「和解」を勧告しました(写真右、30日付沖縄タイムス)。
 その内容は明らかにされていませんが、「根本的な解決案」と「暫定的な解決案」の2案が提示されました。

 これに対し翁長雄志知事は、「これから関係者の意見をうかがいつつ、検討していきたい」(30日付琉球新報)と含みを持たせました。

 しかし、「和解」勧告は、辺野古新基地建設へ向けた危険な誘い水である可能性がきわめて濃厚です。

 専門家が一様に指摘しているように、行政訴訟での「和解」勧告は異例です。それを高裁があえて行ったのは、「裁判所が国側の肩を持ってしまうと、国民から見ても司法が政権寄りに見える。・・・それを避ける狙い」(武田真一郎成蹊大教授、30日付沖縄タイムス)だと考えられます。

 「和解」の内容は明らかにされていませんが、「国に対して、いったん訴訟を取り下げ、代執行以外の手段を取るべきだと迫った可能性がある。逆に、県側に埋め立て承認取り消しを撤回させ、代わりに国に振興策を進めるよう促した可能性もある」(人見剛早稲田大教授、30日付琉球新報)。

 要するに、裁判所が自己保身を図りながら、国の主張に沿うように、国と県にあらためて話し合いをさせる。その際、振興策も含めて妥協点をさぐらせる。それが「和解」案の内容である可能性が大です。

 そもそも、「辺野古移設が唯一の解決策」との姿勢をますます強めている安倍政権と、何を「和解」せよというのでしょうか。
 辺野古新基地建設阻止に「和解」などありえません。世論の力で断念させるしかないのです。

 そこで見過ごせないのが、まさに「和解勧告」の前日(28日)に第1回が行われた、安倍政権と翁長県政との「新協議会」です。

 初会合は、4日前の宜野湾市長選で「激しくたたかった」はずなのに、「非常に和気あいあいとした雰囲気」(菅官房長官、29日付琉球新報)だったといいます。その前日(27日)には県のイベントで、翁長氏と菅氏が笑顔で握手しています(写真左、28日付琉球新報)。翁長氏は28日には島尻沖縄担当相との会い、要請しています(写真中、29日付沖縄タイムス)。

 「新協議会」では肝心の「普天間・辺野古」の話は一切ありませんでした。それどころか、翁長氏はこう述べています。
 「私からは基地負担軽減と振興策・・・日本のフロントランナーとして沖縄が果たす役割をしっかり支えていただきたい、沖縄県もそれに応えて頑張るという話をした」(29日付琉球新報)
 まさに、「基地」と「振興策」がリンクされて話し合われたのです。

 「新協議会」はその結成が安倍政権と翁長県政の間で合意された時(2015年9月9日)から、「基地問題と振興策が同じ協議機関で話し合うことには強い違和感を禁じ得ない」(同9月10日付琉球新報社説)と危惧されていましたが、違和感どころか、重大な危険性が現実のものになろうとしているのです。

 そこで、これだけは声を大にして言わねばなりません。
 「新協議会」は協議内容を公開するとともに、議事録を正確に残し公表すること。それが「新協議会」を続けるための必須条件だということです

 安倍政権と翁長氏による昨年(8月~9月)の「1カ月集中協議」なるものは、その間、埋立承認取り消しを棚上げし、安倍政権が戦争法案を強行するための「休戦期間」でしかありませんでした。
 そして重大な汚点は、それが議事録を一切残さない、文字通りの密室協議だったことです。この轍を二度と踏んではなりません。

 「和解案」および「和解」をめぐる協議を公開すること。
 「新協議会」は公開にすると同時に、議事録を作成して公表すること。
 これは、絶対に譲れない要求です。

 ※次回は2月1日(月)に書きます。


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翁長知事が直ちに行うべき2つのこと

2016年01月28日 | 沖縄・翁長知事

  

 宜野湾市長選の直後、翁長知事は記者団から「辺野古新基地阻止」について聞かれ、「これまでの姿勢を堅持し、県政の重要課題としてやっていく」(25日付琉球新報)と述べました。「翁長知事はあらゆる手法を尽くして辺野古新基地建設を阻止する考えを崩していない」(26日琉球新報)とも言われています。

 それが本当なら、翁長知事が直ちに行うべきことが、少なくとも2つあります。
 今日28日行われる「政府・沖縄県協議会」で、翁長氏は、次のことを主張すべきです。

 ①「岩礁破砕許可」を直ちに取り消すこと。

 安倍政権は宜野湾市長選の結果を受け、さっそく辺野古埋立工事を本格化させる構えで、「海底へのブロック投下も近く着手する」(25日付沖縄タイムス)とみられています。担当部局の増員も発表しました。
 市長選の結果に落胆してこうした動きを指をくわえて見ていることは、絶対に許されません。

 翁長氏はブロック投下を阻止するため、沖縄防衛局に与えた「岩礁破砕許可」を直ちに取り消すべきです。
 そのことを市民団体が要望したのに対し、県は「タイミングを検討している」などと言ってお茶を濁しましたが(12日)、もうそんな逃げ口上は許されません。今がそのタイミングでなくて、いつやるのですか。
(詳しくは14日のブログ参照。http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20160114)。

 「岩礁破砕許可」は「8つ以上」あるといわれている「知事権限」の1つです。それを今実行しないのなら、「あらゆる権限を行使して」という翁長氏の口癖はリップサービスにすぎないことを白日の下にさらすことになるでしょう。

 ②那覇基地、石垣、宮古、与那国への自衛隊増強計画に反対し撤回を求めること。

 宜野湾市長選が終わるのを待ち構えていたように、防衛省は26日、沖縄への自衛隊配備増強計画を明らかにしました。那覇基地(空港)の航空自衛隊F15戦闘機を2倍の40機体制にする(今月31日)ことと、与那国に陸上自衛隊駐屯地を新設する(3月28日)ことです。

 那覇空港は軍民共用で、今でも軍(米軍、自衛隊)優先のため、民間機が空港手前28㌔から高度300㍍の制限を受けています。「高度300㍍制限は那覇空港だけといわれ、全国一危険な空港ではないか」(平良眞知・嘉手納爆音訴訟原告団事務局長、20日付琉球新報「論壇」)と言われるゆえんです。
 「人命より軍事を優先されてはたまらない。高度300㍍の制限撤廃と普天間飛行場撤去、辺野古新基地阻止は、県民や航空機を利用する観光客を守る沖縄発展への道だ」(平良氏、同)

 今でもこうなのです。この上F15戦闘機が2倍になったら、那覇空港の上空はまさに“死のエリア”になってしまうでしょう。
 県民や観光客の生命・安全を守るのは知事としての最低限の責務です。翁長氏は那覇空港への自衛隊配備増強に断固として反対し、計画の撤回を求めなければなりません。

 石垣、宮古、与那国への自衛隊配備に反対することは、翁長氏だけでなく、沖縄本島と本土の市民運動が早急に強化しなければならない課題です。

 「与那国町で顕著なように、離島自治体は自衛隊誘致による経済振興、人口増に期待をかけている。そこまで追い込まれた背景には、首里中心の心理的階層構造が今も残り、沖縄島住民が他の島々の状況に関心を払ってこなかった実情がある。ちょうど辺野古問題に関して沖縄県民が反発を抱く、県外国民の無関心と、同じ構図があるのではないか」(佐藤学・沖縄国際大教授、22日付琉球新報「論壇」)

 先島諸島への自衛隊配備・強化に反対することは、翁長氏の大きな試金石であるとともに、沖縄本島、そして本土の市民・国民にとっても、まさに他人ごとではない重大問題です。


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責任問われるべきは伊波氏ではなく翁長氏

2016年01月26日 | 沖縄・翁長知事

  

 宜野湾市長選から2日たった26日の琉球新報(1面トップ)に、驚くべき記事がありました。
 「“激震” 宜野湾市長選の深層」と題した連載1回目の冒頭です。

 「『伊波洋一さん、もしこの選挙を落とすことがあれば、あなたは参院選を降りる覚悟をここですべきではないか』
 宜野湾市長選の前哨戦真っただ中の昨年12月27日、市普天間にある志村恵一郎陣営の選対事務所で、呉屋守将金秀グループ会長が今夏の参院選への出馬を予定する伊波洋一選対本部長代行を名指しし、こう詰め寄った」

 伊波氏に対する脅しともいえるこの呉屋氏の発言は、二重三重に理不尽であり、けっして見過ごすことはできません(写真右は琉球新報のインタビューに答える伊波氏)。

 第1に、宜野湾市長選の結果がなぜ参院選出馬に直結するのですか。
 そもそも市長選候補に決まりかけていた伊波氏を引きずりおろし志村氏を立てたのは翁長知事です。その代わりに伊波氏が参院選に回る(翁長氏が伊波氏の選対本部長に就くことを検討)というのが「保革バーターで決着」(2015年9月23日付沖縄タイムス)の内容です。その際、市長選の結果が条件だという話(報道)は一切ありません。

 第2に、仮に選対事務所が責任をとるとするなら、本部長代行の伊波氏ではなく本部長の友寄信助氏でしょう。友寄氏を飛び越えてなぜ伊波氏に矛先を向けるのでしょうか。

 第3に、そもそも呉屋氏が伊波氏に「参院選を降りる覚悟」を「詰め寄る」権限がどこにあるのでしょうか。呉屋氏が志村選対事務所にいるのは、「オール沖縄会議共同代表」としてでしょう。同会議が、しかも共同代表の1人にすぎない呉屋氏が、参院選の立候補について勝手に云々する権限がどこにあるのでしょうか。

 琉球新報(26日付)はさらに、「記者座談会」で、「参院選への影響」について、「島尻は再選に向けて勢いづくけど、志村の選対本部長代行を務めた伊波洋一の責任問題を問う声が上がるだろう」などとしています。呉屋氏の発言以外にその根拠はあるのですか?

 志村氏の落選で責任が問われなければならないのは、伊波氏ではなく翁長知事です(昨日のブログ参照)。(写真中=左から呉屋、友寄、翁長、志村の各氏。17日の告示第1声。沖縄タイムスより)
 候補者選定から投票日までの経過をリアルに見れば、それは明らかです。

 「今回の選挙結果は、辺野古に反対するオール沖縄の候補者選考から選挙戦まで、翁長雄志知事が前面に立った以上、翁長知事への審判と取られることは避けられない」(佐藤学沖縄国際大教授、25日付沖縄タイムス)

 「今回の選挙は・・・翁長雄志知事の姿勢を問う信任投票の意味合いもあった」(25日付中国新聞=共同)

 志村氏とともに最も責任をとるべき翁長氏を免罪し、伊波氏に矛先を向けるのは、「オール沖縄」内の「保守」による「革新」への責任転嫁にほかなりません。
 同時にそれは、参院選で伊波氏を支援することから手を引くための布石とも考えられます。

 呉屋氏の伊波氏攻撃で、「オール沖縄会議」(2015年12月14日設立)の「設立趣意書」を読み直しました。「島ぐるみ会議」(2014年7月27日結成)があるにもかかわらず屋上屋を架して「オール沖縄会議」をつくった理由があらためて分かりました。「設立趣意書」には、「島ぐるみ会議」の「アピール」にはない次の文言が明記されているのです。

 「翁長知事を支え・・・翁長知事の闘いを全面的に支えていく」

 「オール沖縄会議」は「翁長後援会」なのですか。
 そうだとすれば、翁長氏の責任を不問にしたまま伊波氏に矛先を向ける呉屋氏の発言もうなずけます。

 しかし、「オール沖縄会議」に名を連ねている諸団体・構成員のみなさんは、それでいいのですか。それがあなたがたの「オール沖縄」なのですか。


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宜野湾市長選・志村候補の足を引っ張ったのは翁長知事

2016年01月25日 | 沖縄・翁長知事

  

 宜野湾市長選挙で佐喜真淳氏が当選したことで、安倍政権が「辺野古新基地建設」に弾みがついたなどと言うことは絶対に許されません。本土メディアも共通して指摘しているように、佐喜真氏は辺野古移設への賛否は隠し続け、選挙では争点にしなかったのです。
 佐喜真氏が唱えた「普天間の危険性の一日も早い除去」が「支持」されたのだとすれば、それは逆に、これまで普天間基地の危険性を放置してきた政府・自民党、安倍政権への批判にほかなりません。

 「辺野古移設」について、沖縄タイムス、朝日新聞、琉球朝日放送合同の「出口調査」では、賛成34%、反対57%。同じく、琉球新報、毎日新聞、共同通信の合同出口調査でも、賛成33%に対し、反対56%でした。
 今度の選挙(出口調査)でも、「辺野古移設反対」が多数であることがあらためて示されたのです。

 志村恵一郎候補にとっては、もともと「2期目の現職の壁」に挑む困難な選挙でした。「敗因」もいちがいには言えません。
 しかし、少なくとも次の点は、今後のためにも銘記しておく必要があります。
 それは、「敗れた志村陣営は終始、『翁長頼み』の選挙だった」(25日付沖縄タイムス社説)などと、まるで翁長氏が“悲劇の主人公”であるかのように描く論調とは真逆に、翁長氏こそ志村候補の足を引っ張った張本人だったということです。その根拠を2点挙げます。

 1つは、翁長氏が宜野湾市長選を“自分の選挙”にしてしまったことです。

 翁長氏は「告示第1声」で、こともあろうに「宜野湾市長選挙を勝つことによって・・・また私に勇気を与えてください」(18日付「赤旗」)と公言しました。“自分の選挙”と考えている証拠です。
 事実、翁長氏は、「年末から積極的に市に入り、告示後は連日、志村氏と遊説」(25日付沖縄タイムス)し、選挙の「取り組みを細かく指示」(19日付同)しました。

 沖縄タイムスは「志村陣営は候補者決定が大幅に遅れ、志村氏に決まった後も司令塔の不在」(25日付社説)だったことを「敗因」にあげています。
 なぜそうなったのか。それは翁長氏が、「宜野湾の候補者は宜野湾で決めるのが原則だ。なぜ知事サイドが介入してくるのか」(昨年9月21日付琉球新報)という地元の声も無視し、決まりかけていた伊波洋一氏を下ろして志村氏を強引に候補にした結果ではなかったのでしょうか。

 地元の声を無視し、志村氏をまるで操り人形のようにして、宜野湾市長選挙を“自分の選挙”とした翁長氏(志村陣営)に、地元宜野湾市民が不快感を持つのは当然ではないでしょうか。

 もう1つは、最大の争点である「普天間返還」について、翁長氏が志村候補とは違う「政策」で足並みを乱したことです
 志村候補は「移設条件なしの無条件即時閉鎖・返還」を主張し、それを政策の目玉にしました。これに対し、翁長氏は「県外移設」を主張し食い違いを露呈したのです。

 志村候補の生命線ともいえる目玉政策での足並みの乱れは致命的です。
 たとえば、琉球新報の社説(24日付)は、「翁長県政が明確に県外移設を訴える中で『無条件の閉鎖撤去』を(志村候補は―引用者)主張しており、移設先に対する立場では県政と違う点もある」と指摘しました。投票日当日のこの社説の影響はきわめて大きいと言わねばなりません。

 翁長氏の「県外移設」論は、そもそも「オール沖縄」の「建白書」(2013年1月28日)に反するものです。「オール沖縄」を掲げながら「県外移設」を主張するのはごまかしです。
 また、今回の選挙の直前に県紙が行った世論調査でも、「県外移設」20・8%に対し、「無条件閉鎖・撤去」35・6%(19日付琉球新報)、「県外」29%、「国外」43%(19日付沖縄タイムス。同調査の選択肢に「無条件閉鎖・撤去」がないのは妥当ではなく、「国外」がその代わりになっています)。「県外移設」はけっして県民(市民)の多数ではないこと、「無条件閉鎖・撤去」こそが多数意見であることが改めて示されています。

 翁長氏は、「建白書」に反し県民の多数意見にも反する「県外移設」論で、陣営の足並みを乱し、志村氏の足を引っ張ったのです。

 今回の選挙で翁長氏が果たしたこうした“役割”を、「オール沖縄」の「革新」会派・市民はどう受け止め、どう教訓化し、今後にどう生かすのか。それが問われているのはないでしょうか。


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天皇のフィリピン訪問は日・米・比軍事一体化の露払い

2016年01月23日 | 戦争・天皇

  

 天皇明仁と美智子皇后は26日から30日まで、フィリピンを訪問します。明仁氏は皇太子時代(1962年)に訪比したことがありますが、天皇としては歴代初です。メディアはあげて、「国交正常化60周年」「日比の戦没者慰霊」(9日付中国新聞)などと賛美しています。
 しかし、今回のフィリピン訪問は、きわめて重大な「天皇の政治利用」だと言わねばなりません。

 なぜならそれは、「対中国」のアメリカ戦略に基づき、日本、アメリカ、フィリピンが軍事一体化・同盟化を強化しようとしている、まさにそのただ中で行われるものだからです。

 オバマ大統領は昨年12月、フィリピンを訪れ、約8000万㌦(94億円)の軍事支援を表明しました(写真右)。
 それに呼応するように、フィリピン最高裁は今月12日、米軍の再駐留を容認する「防衛協力強化協定」を「合憲」とする判断を下しました。これによって、「米軍によるフィリピンでの拠点構築など軍事活動の拡大が進む見通しになった」(13日付中国新聞=共同)といわれます。

 沖縄タイムス(16日付、平安名純代・米国特約記者)によれば、フィリピンが同国内の8つの基地や施設を米軍に提供することで米・比が合意しました。「カーター米国防長官は、アジア太平洋地域でのプレゼンス強化へ向け、『フィリピンは決定的に重要な同盟国』だと歓迎」(同沖縄タイムス)しています。

 一方、中谷元・防衛相は4月にフィリピンを訪れる計画です。「関係者によると、日フィリピン防衛相会談では装備品提供や、部隊の能力開発をめぐる支援策が議題になる。海自と同国海軍間の共同訓練の拡大も議論するとみられる」(6日付琉球新報=共同)。

 さかのぼって、2013年7月27日、安倍首相はフィリピンのアキノ大統領との会談で、小型の航洋巡視船10隻をODA(政府開発援助)で無償供与することを表明しました。これは「米国の意を受けた外務省の勧めに応じたもののようだ」(元朝日新聞記者・軍事ジャーナリストの田岡俊次氏、「マスコミ市民」2015年10月号)といわれています。

 そして昨年6月4日、安倍首相は訪日したアキノ大統領と「共同宣言」を出し、自衛隊とフィリピン軍の間で、「安全保障に関する政策の調整」「共同演習・訓練の拡充を通じ相互運用能力の向上」を図ることなどで合意しました。

 アメリカを中心に、日・米・比の軍事一体化、軍事同盟化が着々と進行しているのです。、
 田岡氏はこれを「国会論議もなく進むフィリピンとの『同盟関係』の危険性」と警告しています(同前)。

 天皇・皇后のフィリピン訪問は、まさにその中で行われるのです。
 「慰霊の旅」どころか、「戦争法制」の下、安倍政権がアメリカ、フィリピンとの軍事一体化を進める地ならし、露払いの役割を果たそうとしているのです。

 「安倍・アキノ共同宣言」の前日(昨年6月3日)、宮中晩さん会で天皇明仁はアキノ大統領を前にこう述べました。
 「先の大戦においては、日米間の熾烈な戦闘が貴国の国内で行われ、この戦いにより、多くの貴国民の命が失われました。このことは私ども日本人が深い痛恨の心と共に、長く忘れてはならないことであり、とりわけ戦後70年を迎える本年、当時の犠牲者へ深く哀悼の意を表します」(宮内庁HPより)

 サイパン、パラオへの「慰霊の旅」もそうだったように、天皇は「痛恨の心」とか「哀悼の意」は口にするものの、「謝罪」の言葉は一切発しません。「日本の戦争責任」を認めようとしないからです。
 天皇制大日本帝国の戦争責任、東南アジア諸国民への加害責任を認めないで、「哀悼」「慰霊」ですませることは、歴史の事実を隠ぺいする宥和にほかなりません。

 天皇をはじめ「日本」が戦争・加害責任を明確にしないことと、安倍政権がいま日米軍事同盟、戦争法制の下で、再び“戦争をする国”になろうとしていることは、決して無関係ではないのです。

 ※次回は25日(月)に書きます。


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ディズニーランドはなぜ沖縄に似合わないのか

2016年01月21日 | 沖縄・平和・基地

  

 「ディズニー、ディズニー、ディズニー。みんなでつくりましょうよ」。宜野湾市長選挙の佐喜真淳候補は、「地元で約400人の女性支援者を前に」、こう訴えたといいます(2015年12月18日付朝日新聞)。
 「ディズニーランド誘致」は、辺野古新基地容認の本音を隠す佐喜真氏の“目玉政策”です。12月8日に首相官邸で菅義偉官房長官に直接要請した(写真中)と言われていますが、真相は逆のようです。
 「政権幹部は『実際に誘致を提案したのは官房長官だった』と明かす」(同朝日新聞)。
 なんとしても佐喜真氏を勝たせようとする安倍政権がおぜん立てした「誘致」だというわけです。

 「ディズニーランド」で「普天間・辺野古」の争点をぼかし、票をかすめ取ろうとは、あまりにも姑息なやり方です。
 そもそも、沖縄にディズニーは似合いません。誘致すべきではありません。

 USJに続いてディズニー。相次ぐアメリカ資本のテーマパーク計画に、「これらのテーマパークができるとわれわれの生活はどうなるであろうか」という不安の投書(読谷村・34歳・教員)が、3日付の沖縄タイムスに掲載されました。

 「ただでさえ激し交通渋滞が日常的に発生している許田と名護市街間の国道58号、宜野湾市と那覇市間の県道330号の渋滞はどうなるか。・・・県民の雇用情勢が厳しくなる可能性がある。・・・テーマパークができると急激な変化により、予想もできない弊害が起こるのではないかと心配してしまう。・・・目先にとらわれることのない沖縄の身の丈にあった経済成長とは何か、と考えさせられる」

 琉球新報(7日付)の「論壇」には、東京ディズニーランドと比較し、「普天間のディズニー」は「荒廃を招く『非日常空間』」になると警告する投稿(東京都在住・68歳女性)が載りました。

 「『戦争追従』の跡(米軍普天間基地跡地―引用者)には『追従のコピー文化』(ディズニーランド―引用者)というのではあまりに悲しい。・・・田舎に過剰な『非日常空間』を呼び込むと、田舎は荒廃する。それを支える、汗水垂らす『日常の時間』の絶対量を欠くからだ」

 交通、雇用、経済、そして、文化、「日常空間」の各側面から、ディズニーランドがいかに沖縄にふさわしくないか。2つの投稿は傾聴に値します。

 しかし、ディズニーランドが沖縄にふさわしくない理由は、それだけではありません。

 ディズニーランドの生みの親、ウォルト・ディズニー(1901~1966)が、国策映画で戦争に協力し、反共主義者(労働組合弾圧など)で、差別主義者(映画「南部の唄」と黒人差別など)でもあり、保守政治家と親密な関係だった(とくにリチャード・ニクソンとは厚い親交)ことは知られています。
 ここでは、現在と将来の日本に深くかかわる問題を取り上げます。それは、ウォルト・ディズニーが、米CIAと結託し、日本に原発を広める急先鋒、プロパガンダだったという事実です。

 CIAが「原子力の平和利用」を看板に、日本で原発を普及させるための一大イベントにしたのが、1955年11月から始まって全国で行われた「原子力平和利用博覧会」です。
 その「博覧会」で洗脳のために上映されたのが、ウォルト・ディズニー製作のアニメを交えた科学映画「わが友原子力」にほかなりません。
 そのいきさつを、「博覧会」の責任者(アボット・ウィッシュバーン米情報局次長)は、アイゼンハワー大統領に宛てた書簡でこう報告しています。

 「私たちはアトムズ・フォー・ピースのアニメーションについてウォルト・ディズニーと友好的な話し合いを持ちました。ちなみにディズニーの海外での観客数は、どの同業者のそれをも凌ぎます(合衆国情報局文書)」(有馬哲夫氏『原発・正力・CIA』)

 「博覧会」を契機に、ウォルト・ディズニーは日本で原発推進の旗を振る、CIAエージェント・正力松太郎(写真右)と親交を深めます。正力は自分が創業した読売新聞や日本テレビを使って「原発推進キャンペーン」を展開します。私たちが子どものころ、日本テレビ系列で金曜の夜に「ディズニーランド」が放送されたのは、ウォルトと正力の特別な関係からです。

 東京ディズニーランドの開園にも、正力との腐れ縁が背景にあります。
 「東京ディズニーランドは一九八三年に開園するまでかなりの紆余曲折を経ているが、そのたびに助けとなったのはディズニー・正力コネクションだった」(有馬氏、同前)

 「原発反対」なら東京ディズニーランドへは行くべきではない、と言うつもりはありません。私も子どもを連れて何度も行きました。しかし、エレクトリック・パレードに興じる一方で、ディズニーランドと原発、CIA、正力との「黒い関係」を知っておくことも必要でしょう。
 そしてだからこそ、ディズニーランドは沖縄には似合わないし、誘致すべきではない、と言わざるをえないのです。

 


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<訂正・確認>「宜野湾市長選告示ー『オール沖縄』陣営」

2016年01月20日 | 沖縄・翁長知事

 17日の「宜野湾市長選告示―『オール沖縄』陣営、3つの疑問」で、次の3点を挙げました。

 ①志村氏の「第一声」から「即時・無条件返還」が消えたのはなぜか。

 ②「出発式」に共産党、社大党、稲嶺名護市長の姿が見えないのはなぜか。

 ③伊波洋一元宜野湾市長はどうなったのか。

 その後分かったことに基づいて、②と③について、以下のように一部を訂正し、また再確認します。

 ②に関して。

 新聞やテレビで報道された、午前8時半すぎから行われた志村恵一郎候補の「出発式」には、日本共産党・赤嶺政賢衆院議員、社大党・糸数慶子参院議員も参加していました。
 ただ、両氏は壇上(選挙カー)には上がらず、したがって「あいさつ」もせず、壇下で整列していました。そのため新聞報道の写真には写っていませんでした。

 稲嶺進名護市長は壇下にも見られず、参加者を示す垂れ幕もないことから、やはり欠席したもようです。

 ③に関して。

 伊波洋一氏も「出発式」には参加し、壇上から「行動提起」などを行いました。
 しかし、伊波氏が当初構想されていた「選対本部長」に就任していないことは確かです。

 事実関係については以上です。

 私がここで問題提起したかったのは、「オール沖縄」といいながら、志村陣営にはいわゆる「革新」と「保守」の足並みの乱れがみられることです。
 そしてこの状況は、翁長雄志知事が細部にわたって志村陣営の選挙戦の指揮を執っていることから生じていると考えられます(19日のブログ参照)。

 翁長氏は宜野湾市長選を自らの政治的影響力を保持するための「自分の選挙」ととらえ、「革新」を後景に退け、陣頭指揮を執る。結果、当選の暁には「志村宜野湾市政」を配下に置く。
 一方「革新」は「参院選とのバーター」ということで、宜野湾市長選では翁長氏の思うままに任せる。
 こういう構図が出来上がっているのではないでしょうか。

 これでいいのでしょうか。 
 これが地方自治のあるべき姿でしょうか。
 宜野湾市長選が安倍政権と翁長氏の「代理戦争」となり、「志村宜野湾市政」が「翁長かいらい市政」になる。それでいいのでしょうか。

 それが私の問題提起です。
 私はけっしていいとは考えません。


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宜野湾市長選は「翁長氏の選挙」なのか

2016年01月19日 | 沖縄・翁長知事

  

 19日付の琉球新報を見て驚きました。
 カラー刷り全面広告が2つ。1つは、自民党・小泉進次郎衆院議員のアップ。もう1つは翁長雄志知事のアップ(写真)。
 前者が、17日告示された宜野湾市長選挙の佐喜真淳陣営のもので、後者が志村恵一郎陣営のものです。今回の選挙を「安倍政権と翁長氏の『代理対決』」(18日付朝日新聞)とする見方を裏付けるような広告です。

 これでいいのでしょうか。

 安倍首相は18日の党役員会で、宜野湾市長選について、「安全保障政策に関わる重要な選挙なので、よろしく応援していただきたい」(19日付琉球新報)と佐喜真候補へのテコ入れを指示しました。
 12日の衆院予算委員会では「安全保障に関わることは国全体で決めることだ。一地域の選挙で決定するものではない」と答弁したばかりです。ご都合主義の二枚舌も極まれりです。

 一方、翁長氏はどうでしょうか。
 18日の志村候補の「出発式」で翁長氏はこう述べました。「宜野湾市長選挙を勝つことによって・・・また私に勇気を与えてください」(18日付「赤旗」。写真右は琉球新報より)。宜野湾市長選を“自分の選挙”と考えている本音が思わず露呈しました。

 事実、志村候補と同陣営をはじめから取り仕切っているのは翁長氏です。

 「陣営の意識が変わったのは12月27日。危機感を強めた知事の号令で県政与党の県議、国政野党国会議員、市議、中部地域の首長が参加した『危機突破集会』が非公開で開かれた。・・・『志村氏の妻も現場に出て2倍の訴えを』―。取り組みを細かく指示する知事」(19日付沖縄タイムス)

 「翁長氏は年末から連日宜野湾入り。告示日は志村氏の街頭演説をした14カ所すべてでマイクを握った。陣営事務所には那覇市議出身の安慶田光男副知事が入り、支持者カード集めなどを細かく指示。陣営関係者は『これは志村氏の選挙ではない。知事の選挙だ』と漏らす」(18日付朝日新聞)

 もともと志村氏は、「宜野湾の候補者は宜野湾で決めるのが原則だ。なぜ知事サイドが介入してくるのか」(2015年9月21日付琉球新報)という「地元の不満」を押し切って翁長氏が決めた候補です。
 候補者決定から投票日まで、一貫して翁長氏の采配でことはすすんでいるのです。
 
 このままでは、「佐喜真宜野湾市政」が安倍政権直轄市政になるように、「志村宜野湾市政」は「翁長かいらい市政」になってしまうのではないでしょうか。

 翁長氏は18日の出発式で「地方自治と民主主義」を口にしました。「地方自治」はけっして中央政府と都道府県の関係だけではありません。都道府県と市町村の間にも当然「自治」がなくてはなりません。宜野湾市政を翁長県政が自由に操ることは決して許されません。

 宜野湾市長選で示されるのはあくまでも宜野湾市有権者の意思です。それを「国の安全保障政策」の是非と関係づけるのが誤りなら、「翁長県政の評価」と結び付けるのも誤りです。


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宜野湾市長選告示ー「オール沖縄」陣営、3つの疑問

2016年01月18日 | 沖縄・平和・基地

  

 宜野湾市長選挙が17日告示されました。「辺野古新基地建設反対」を掲げる「オール沖縄」陣営の志村恵一郎氏と、「辺野古移設賛成」の本音を隠す佐喜真淳氏の一騎打ちです。

 もちろん辺野古新基地建設には絶対反対です。
 しかし、志村候補の「オール沖縄」陣営にも、不可解な点が多々あります。志村氏と翁長知事の「主張の違い」については前回(16日)述べましたが、昨日の告示第一声・出発式でも、琉球新報、沖縄タイムス2紙の報道(いずれも18日付)を読む限り、首をかしげざるをえないことが少なくとも3つあります。

①志村氏の「第一声」から「即時・無条件返還」が消えたのはなぜか。

 志村氏は第一声でこう述べました。
 「普天間飛行場をいかにして閉鎖、返還し危険性除去を行うかが一番の争点だ。・・・政府は5年以内の運用停止を約束した。県と一緒にそのロードマップを作成し、実現に取り組む」(琉球新報)

 「県(翁長氏)と一緒にロードマップ作成」という話が突然出てきました。しかし志村氏は、出馬表明の記者会見(2015年10月23日)で、「即時閉鎖返還を強く求めていきたい」(同10月24日付琉球新報)と述べたはずです。その後も、「政府は速やかに閉鎖返還に向けての工程表を明らかにして、一日も早い返還を実現してほしい」(1月7日の公開討論会。同8日付琉球新報)とし、「移設によらない無条件返還こそ、危険性の除去と固定化に最も現実的で具体的な方策だ」(1月10日付沖縄タイムスの立候補予定者座談会)と強調していました。

 すなわち、普天間基地は「即時無条件返還」こそが公約だったはずです。にもかかわらず第一声から、「即時」も「無条件(移設条件ない」も消え、代わりに「ロードマップ作成・実現」が出てきたのはなぜでしょうか。

 ②「出発式」に共産党、社大党、稲嶺名護市長の姿が見えないのはなぜか。

 志村氏の「出発式」の写真(右。沖縄タイムスより)を見る限り、日本共産党代表(赤嶺政賢衆院議員)、社大党代表(糸数慶子参院議員)の姿が見えません。新報、タイムス両紙が報じた「応援者あいさつ」にも当然両党の代表はいません。
 共産党、社大党が社民党、生活の党とともに、志村陣営の有力な構成メンバーであることは言うまでもありません。選挙の第一声(出陣式・出発式)には、支持する政党代表が顔をそろえるのが通例です。佐喜真陣営に自民党、公明党の国会議員が並んだように。

  「赤旗」(18日付)を細部まで読んで、「ナゾ」が解けました。「統一連出発式で、仲里利信、赤嶺政賢衆院議員が訴え」とあります。共産党などは別の「出発式」(志村氏らとは約1時間半遅れで)をやったのです。
 しかし、知事選ではあるまいし、狭い宜野湾市長選でなぜあえて「革新」を別にしなければならないのでしょうか。

 政党だけではありません。「辺野古」の当事者である名護市の稲嶺進市長は、志村氏の応援に尽力してきていますが、稲嶺氏の姿も見えません。当然あいさつもありません。なぜでしょうか(稲嶺氏の当日の「日程」は午前11時からしか公表されていません)。

 ③伊波洋一元宜野湾市長はどうなったのか。

 姿が見えないといえば、伊波洋一氏もそうです。伊波氏は、宜野湾市が地元であり、佐喜真氏の前の宜野湾市長だった人物です。さらに、伊波氏は志村氏の出馬とは特別のかかわりがあります。

 志村氏が「オール沖縄」の候補者に決定するいきさつは、こうだったと報じられています。

 「人選作業が難航し、期限の7月末が過ぎる中、野党(宜野湾市議会-引用者)市議や選考委員の一部は元市長の伊波洋一氏支持を表明した。だが前回の市長選時に落選した経緯から慎重論も根強く『革新色の強い伊波氏では保守の取り込みは難しい』などと翁長知事側や経済界からも注文が付いた
 『宜野湾の候補者は宜野湾で決めるのが原則だ。なぜ知事サイドが介入してくるのか』
 地元からは不満も漏れ始める中、従来の革新共闘の枠組みを超えられない人選に知事側も関与を強めていった。
 そこで白羽の矢が立ったのが自民党で県議会議長を務めた志村恵氏の長男・恵一郎氏だった。複数の関係者によると、保守層の取り込みも狙う知事側と反自公の枠組みで一致した維新の儀間光男参院議員、下地幹郎衆院議員が9月頭ごろまでに、水面下で志村氏と接触し、出馬の意思を確認した。・・・
 一方、地元からの候補者として挙がっていた伊波氏の処遇も争点となった。・・・
 17日(9月-引用者)、知事側と県政与党の政党関係者らが面会し、・・・伊波氏を参院選、志村氏を市長選という形で決着を見た。伊波氏は志村氏の選対本部長、翁長知事は伊波氏の選対本部長を務める方向で調整しており、双方の連携を強化する考えだ」(2015年9月21日付琉球新報)

 志村氏の擁立は、地元の意向で決まりかけていた伊波氏を、翁長氏サイドが引きずりおろした結果なのです。市長選と参院選の「保革バーター」(9月23日付沖縄タイムス)だったのです。

 しかし、伊波氏は志村候補の選対本部長にはなっておらず(選対本部長は友寄信助氏)、出発式にも姿が見えません。いったい、どうなっているのでしょうか。


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普天間返還ー「移設条件なし」と「県外移設」の落差

2016年01月16日 | 沖縄・辺野古

  

 沖縄・宜野湾市長選挙があす17日告示されます。最大の争点は米軍普天間基地(写真左)の閉鎖・返還です。

 自民党・安倍政権が総力を挙げている現職の佐喜真淳氏は、「一日も早い閉鎖返還」(15日付沖縄タイムス)と繰り返すだけで、安倍政権が「返還」の条件にしている「辺野古への移設」については、頑として態度を明らかにしようとしていません。選挙に不利とみた本音隠しであり、言語道断です。佐喜真氏が「辺野古移設賛成」を公言していない以上、たとえ佐喜真氏が当選したとしても、それで「辺野古移設が民意」だなどと強弁できないことは言うまでもありません。

 一方、翁長雄志知事をはじめとする「オール沖縄」の志村恵一郎氏は、「普天間飛行場の移設条件なしの一日も早い閉鎖・返還」(同)を掲げ、「辺野古新基地ノー」と明快です。

 しかし、志村陣営にも、明確にしなければならない重要な問題があります。それは志村氏と翁長氏の主張の違いです。

 「市長選の両陣営はどこが違うのか。安倍政権と現市長は、『県内移設』という『移設条件付きの返還』です。翁長知事とシムラさんは、『移設条件なしの返還』。ここが違う。これが今度の選挙の対決点です」。志村陣営の日本共産党・山下芳生書記局長は11日の「緊急決起集会」でこう強調しました(12日付「赤旗」)。
 志村氏に関してはその通りです。しかし、翁長氏はどうでしょうか。

 翁長氏は知事就任後初の「県政運営方針」(2015年2月19日)で、「辺野古の新基地建設に反対し、県外移設を求めてまいります」と公言して以来、いたる所で「県外移設」を主張しています。
 今月14日の「県市長・町村長会の年始会」でも、「翁長知事は『県政は普天間飛行場の県外移設、危険性の除去、早期返還ということで頑張っていく』と決意を示した」(15日付沖縄タイムス)ばかりです。

 「移設条件なしの返還」と「県外移設」。この“不協和音”の二重奏を、志村陣営はどう説明するのでしょうか。

 「県外移設」は返還後のことで翁長氏もそれを「移設の条件」にしているわけではない、と言うかもしれません。確かに翁長氏も「県外移設」が「条件」だとは言っていません。しかし、「辺野古が唯一」という安倍政権に対して翁長氏は「県外移設」、つまり本土へ移せと言っているのであり、それが「普天間返還」と一体のものととらえられることは否定できません。

 県紙でも、「志村氏は・・・翁長県政が明確に県外移設を訴える中、『無条件の閉鎖撤去』を主張しており、移設先に対する立場では県政と違う点もある」(14日付琉球新報)と論評されるのは無理もありません。

 志村氏が「『オール沖縄』が支援する候補」(10日付「赤旗」主張)であるなら、「移設条件なしの返還」を政策に掲げるのはきわめて当然です。なぜなら、「『オール沖縄』の総意」(山下氏、同前)は、2013年1月28日の「建白書」であり、「建白書」は「米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること」と明記して、本土へ基地を移す「県外移設」は明確に排しているからです。

 再三指摘してきたように、翁長氏はこの「建白書」に反して、「県外移設」を公言しているのです。
 11日に行われた「日本共産党緊急決起集会」での挨拶では「県外移設」はおくびにも出さず(「赤旗」の全文にはありません)、3日後の「年始会」では「県外移設で頑張っていく」と公言する。きわめて巧妙な使い分けです。

 「建白書」を「総意」とする「オール沖縄」陣営は、いつまで翁長氏の「県外移設」論を“黙認”するつもりでしょうか。「オール沖縄」を掲げるなら、「建白書」に反する言動を繰り返す翁長氏に厳重抗議し、「県外移設」の吹聴をやめさせるべきです。

 それは宜野湾市長選での市民・有権者への責任であり、志村氏の「移設条件なしの返還」の政策をいっそう輝かせることにもなるのではないでしょうか。

 ※次回は18日(月)に書きます。


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