アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「福島原発事故で天皇避難打診」記事の政治的思惑

2020年12月31日 | 天皇制とメディア

       
 今年最後のブログ、1年の回顧を書こうと思っていたのですが、とんでもない記事が出たので、これについて書きます。30日付地方紙各紙は、共同通信配信の次のような記事を掲載しました。
 <福島原発事故で天皇避難打診 当時の民主・菅政権 宮内庁断る「あり得ない」 悠仁さま京都行きも検討>(30日付東京新聞2面トップの見出し)
 以下、記事から抜粋します(表記=絶対敬語は、不本意ながら、記事のままとします。改行・太字は引用者)。

<東京電力福島第1原発事故の直後、当時の民主党の菅直人政権が、天皇在位中の上皇さまらに京都か京都以西に避難するよう非公式に打診していたと、元政権幹部が29日までに証言した。
 宮内庁側は上皇さまのご意向として「国民が避難していないのに、あり得ない」と伝え、政権側は断念したという。
 複数の元官邸幹部は皇位継承資格者である秋篠宮さまの長男悠仁さまの京都避難も検討したと明かした。
 原発事故から来年で10年。上皇さまの被災者へ寄り添う姿勢が改めて浮かんだ
 菅元首相は共同通信の取材に「頭の中で考えていたことは事実だ。だが、私の方から陛下(当時)に打診したり、誰かに言ったりしたことはない」と述べた。
 元政権幹部の証言によると、菅氏から依頼を受け、人を介して宮内庁の羽毛田信吾長官(当時)に上皇さまのご意向を内々に尋ねた。当時の宮内庁関係者は「お断りした覚えはある」と証言。上皇さまへ伝えたかどうかは「事後的にお伝えしたことはあったかもしれない」とした。>

 記事が事実だとすれば、菅直人政権は住民に対しては「20~30㌔なら直ちに人体に影響はない」(枝野幸男官房長官=当時、現立憲民主党代表)と言って避難指示を怠りながら、天皇と「皇位継承資格者」は京都へ避難させようとしていた(少なくとも菅直人首相はそう考えていた)わけです。開いた口がふさがりません。

 「国民」の安全・健康・生命はおざなりにして責任を持たないが、天皇(天皇制)を守るためには細心の注意を払う。それが日本の政権、国家権力の実態であることを改めて浮き彫りにしています。
 それが自民党政権だけでなく、「野党」であった民主党政権(当時)も同様であったところに、日本の病巣の深刻さが表れています。民主党政権の失態は数々ありますが、これはその中でも特筆すべき愚行といえるでしょう。

 同時に見逃すことができないのは、この記事(共同通信、それを掲載した各紙も同列)がいま唐突に現れた意味、その政治的狙いです。

 客観的きっかけがあったわけではないこの記事は、何者かによるリークと思われます。冒頭「元政権幹部が証言した」とありますが、必ずしもそこがリーク元とは限りません。
 この記事の主眼は、「上皇さまの被災者へ寄り添う姿勢が改めて浮かんだ」、すなわち天皇の美化です。
 それは10年を迎える東日本大震災をあらためて天皇制賛美と結び付ける意図もありますが、それだけではなく、今日のコロナ禍とも無関係ではないでしょう。宮内庁は29日、天皇徳仁のビデオメッセージを1日に公開すると発表しましたが、この記事はそれと連動しているように思えます。

 リークは宮内庁によるものと私は考えますが、その当否はともかく、この記事が宮内庁とメディアが一体となって、コロナ禍でますます影が薄くなっている天皇(制)の存在をアピールしようとしていることは確かです。

 コロナ禍であっても、いいえ、あらゆる人権侵害・差別の根絶が求められているコロナ禍だからこそ、日本の差別構造の根幹である天皇制の見直し・廃止は急務です。それは2021年でも引き続き重要な課題であることをこの記事は逆に示していると言えるでしょう。(1日の「天皇のビデオメッセージ」の問題点については2日に書きます)

今年も拙ブログをお読みいただき、誠にありがとうございました。
 今年も「明日」へ明るい確かな展望がもてないまま年を越すことになりますが、引き続き、自分にできることを自分なりにやるしかない、という思いで2021年に臨もうと思っています。
 今後ともよろしくお願いいたします。皆さま、お体大切に。

 


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在日コリアンが本名を自由に名乗れる日本に

2020年12月29日 | 朝鮮半島・在日コリアン差別と日本

    

 コロナ禍の今年特筆すべきは、さまざまな差別が強まり、可視化されたことではないでしょうか。中でも強く問いかけられたのは、在日コリアンに対する差別です。NHK広島局制作の「タイムライン」による朝鮮人差別とともに、忘れることができないのが、私が居住する広島県福山市で起こった在日朝鮮人女性に対する差別でした(8月11日、9月3日、9月22日のブログ参照。写真右は福山市役所)。

 多くの問題を含んでいるこの件で、とくに焼き付いているのは、被害女性Yさんの本名(朝鮮名)を見た瞬間に、医師の態度が急変したことです。Yさんは小学生の時にも病院で本名をめぐってきわめて不快な思いをした、差別を受けたと、後に語っていました。

 NHK「タイムライン」の差別をめぐるシンポジウム(10月4日、広島市内、写真中。10月6日のブログ参照)での李周鎬(リ・チュホ)さん(NPO法人・共生フォーラムひろしま理事長)の発言に衝撃を受けました。

「日本で、朝鮮名で生きている朝鮮人がどれほどいるだろうか。ほとんどは通名(日本語名)だ。朝鮮人であることを隠さなければ日本では生きていけない。私自身が30代半ばまで日本人のふりをしてきた。これが「同化」だ

 李さんをしてこう言わしめるほど、日本における在日コリアン差別は深刻です。本名(民族名)を名乗れないことがその象徴です(写真左は、在日コリアンが本名を名乗る意味を描いたナイキのサイト)。

 「名前」は、帝国日本の朝鮮植民地支配の重要なツールでした。その端的な表れが「創氏改名」(1940年)であることはいうまでもありません。

創氏改名は、日中戦争後、植民地朝鮮で強化された「内鮮一体」「皇国臣民化(皇民化)」政策の典型であり、朝鮮人に徴兵制を適用するための準備でもあった。さらには、日本が植民地支配の基本方針としていた朝鮮人「同化」(=日本人化)政策を象徴するものである」(水野直樹氏『創氏改名―日本の朝鮮支配の中で』岩波新書2008年)

 同時に水野氏はこう指摘します。
「創氏改名には、もう一つ見落としてはならない側面がある。創氏改名は植民地支配の…同化の側面と差異化の側面が同時にあらわれたものであった」(同)

 「差異化」とは、植民地支配に抗って朝鮮名を名乗り続ける朝鮮人を差別・弾圧することです。強制的に日本名を使わせることによって「同化」し、それに従わず朝鮮名を使う者を「差異化」して差別・弾圧する。「創氏改名」はその両面をもつ支配政策だったのです。

 それから80年。在日コリアンが自由に本名(民族名)を名乗れない。名乗れば陰に陽に差別される。それを覚悟で本名を名乗るには途方もない勇気が求められる。この現実は、80年後のこの日本社会に、「創氏改名」がいまだに生き続けていることを示しているのではないでしょうか。

 在日3世の作家・鷺沢萌(さぎさわ・めぐむ)は、小説「眼鏡越しの空」(『ビューティフル・ネーム』新潮文庫2004年所収)で、自分の本名(韓国名)がともだちに知られてときのことを、主人公・崔奈蘭にこう語らせています。

「自分としては当然の事実としか意識していない「自分の名前」が、なぜ、いったいなにゆえに他人から「ヘン」と呼ばれなければならぬかを理解できず、理解できないゆえに傷ついた。深く深く、傷ついた」

 文庫本の「解説」で重松清は、かつて鷺沢萌にインタビューしたとき(2002年)、彼女がこう語ったと紹介しています。

「他者なしの自分というものはあり得ないと思っています。…私という自分は他人によってつくられていると思っているんですよ。…私が切ないほど誰かの役に立ちたいと思うのは、自分を生かすための方法だったりするんですね」「自分が外人(ママ)であるという経験をしたか、しないかによって、ひとの成長って違ってくるんだなと思うんです」

 そう語っていた彼女は、インタビューから2年後、『ビューティフル・ネーム』が出版された年に、36歳で自ら命を絶ちました。その事実が重く心に残ります。


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<試論>「鬼滅の刃」とジェンダー

2020年12月28日 | ジェンダー・性暴力と日本社会

      
 今年世間を席巻したものといえば、「コロナ」と「鬼滅の刃」でしょう。過去最高の興行成績をあげ、社会現象にもなりました。といっても私は、原作はもちろん、アニメも映画も見ていません。見る予定もありません。でも、どうにも気になることがあります。それは、「鬼滅」の時代設定が「大正」(1912~1926年)であることです。「江戸」でも「現代」でもなく、なぜ15年しかなかった「大正」なのか。以下は私の勝手な推論です。

 「鬼滅」の時代設定が「大正」になっている背景には、日本のジェンダー(性差・女性差別)に対する作者(吾峠呼世晴)の思いがあるのではないでしょうか。そう推測する“根拠”はいくつかあります。

 第1に、「大正」とはどういう時代だったか。社会学者の千田有紀氏によれば、「日本古来からの儒教的伝統であると考えられてきた「良妻賢母」は、じつは大正期につくられたもの」(『女性学/男性学』(岩波書店2009年)です。そうした時代に抗うように、平塚らいてうが主宰した“女性解放誌”「青踏」が創刊されたのが「大正」元年の前年・1911年です。

 第2に、「鬼滅」は主人公・竈門炭治郎の妹が「鬼」のとりこになり、炭治郎がそれを救う、というのが全体を貫くテーマ(らしい)です。「鬼」にとらわれた妹は、男尊女卑・女性差別の犠牲になっている女性の象徴ではないでしょうか。

 第3に、「竈門(かまど)」という姓の由来は何でしょうか。原作では説明されているのかもしれませんが、推測するに、かまどは台所の象徴であり、”女性の居場所“を連想させるものではないでしょうか。

 第4に、原作者の吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)さんは「31歳前後の独身女性」で、「出身は福岡でご実家の方から“そろそろ身を固めては”と心配され、郷里に帰ることになったと言われている」と「週刊新潮」(11月5日号)に書いてあるといいます(篠田博之氏、東京新聞11月1日付)。
 作者は、「結婚」(「良妻賢母」)の圧力を日常的に感じていたのではないでしょうか。

 以上が「鬼滅」とジェンダーの関係についての推測ですが、もしも作者に「女性解放」の願望があるのだとすれば、この作品はその願望とは逆の方向へ向かっているのではないでしょうか。「鬼」にとらわれた弱い妹(女)を、強い兄(男)が救う、というストーリーは、「女性解放」とは正反対の「男尊女卑」、ジェンダーにほかならないからです。

 これは、推論の当否にかかわらず、見過ごせない問題です。これほど日本社会で「人気」を博した出版物・テレビアニメ・映画が、兄(男性)が妹(女性)を救う物語であったことが及ぼす否定的影響は軽視できません。「鬼滅」にハマった多くの子ども・大人たちは、この兄妹、家族、男女をどういう視点で見て、どう受け止めたのでしょうか。

 「鬼滅」に抜かれるまで日本の映画興行収益の最高は、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」(2001年)でした。宮崎監督の作品は、「千尋」や「風の谷のナウシカ」など、女性(少女)が主人公の作品が少なくありません。そこには厳しい現実に勇敢に立ち向かい、旧習を打ち破って道を開く少女・女性の強さと優しさが描かれています。

 日本のアニメ・映画・文学にこうした視点の作品がもっともっと増えることを、「鬼滅」が大ヒットした年の終わりに、切望してやみません。


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日曜日記129・「命を終える」判断に必要なもの

2020年12月27日 | 日記・エッセイ・コラム

            

 26日夜のNHKスペシャル「患者が“命を終えたい”と言ったとき」は多くのことを考えさせられた。京都のALS患者・林優里さんの「嘱託殺人」を入り口に、「終末期医療」のあり方に苦悩し模索する医師、新城拓也さん(神戸市、写真左)と荻野美恵子さん(市川市、同右)の姿を追ったものだ。考えさせられたことを番組の流れにそって挙げてみる。

〇「鎮静」…「鎮静」という“治療法”があることを初めて知った。モルヒネなどの鎮静剤でも痛みが治まらないとき、特別の薬(たぶん)によって痛みを抑えるが、そのまま眠るように死に至ることがある(その場合が多い印象を受けた)という。
 日本緩和医療学会は「鎮静」の実行に次のような要件を設けている。①耐え難い苦痛がある②他に苦痛をとる手段がない③死期が迫っている④本人の同意―など。「鎮静」を希望する患者の申し出に対し、この要件を満たしているかの判断に、医師は苦悩する。

 これは事実上の「安楽死」に通じるのではないか。少なくともきわめて接近している。その存在を知らなかったのは私の不明だが、おそらく知っている人はそう多くはないのではないか。周知が避けられているような気がする。周知されれば希望する患者が増えるからではないだろうか。しかし、たいへん重要な医療方法だと思う。

〇「苦しまない姿を見せるのも教育」…末期がんの長谷川さん(55)は、まだ7歳の娘に、自分のどういう姿を見せて逝くべきかを考えた。そしてこう言う。「苦しまない最期の姿を見せるのも教育だと思う」。それで「鎮静」を希望した。長谷川さんは「鎮静」に至る前に、眠るように、娘に看取られて亡くなった。

 苦しみながらも最期まで生をあきらめない、その姿を見せることが家族に対してできる、しなければならない“最期の教育”ではないか。だから自分は辛くても自ら死を選ぶことは適切ではない。その思いが私の中にあった。長谷川さんの「苦しまない姿を見せるのが教育」という考えはたいへん新鮮で、心打たれた。

〇土壇場で変わった選択…53歳でALSを発症した井関さん(58)は、動けなくなってもユーモアを忘れない明るい性格の父親だ。しかし、常日頃「人工吸器の装着は希望しない」という意思を主治医の荻野さんに告げていた。荻野さんは、説得することなく、ただ井関さんと対話し、その意思に変化がないかを確かめ続けた。井関さんの意思は重篤化しても変わることはなかった。「明るい家庭を壊したくない」。それが井関さんの望みだった。そんな家庭を築いてきたがゆえに、人工呼吸器の装着で家族への負担をかけたくない、家庭のあり様を変えたくない、という意思だった。
 いよいよ人工呼吸器を着けるか、それとも呼吸停止(死)かの選択が迫られる瞬間がきた。荻野さんは井関さんの意思を確認し続けた。土壇場の病室で、患者と主治医の2人だけの対話が続いた。何度もやりとりして、最後に荻野さんは井関さんの妻の言葉を伝えた。「あなたが人工呼吸器を着けると決めたら、その意思に従います」。もう一度意思を確認した荻野さんに、井関さんは人工呼吸器の装着を同意した。まさに土壇場の選択だった。
 荻野さんは説得することなく、ただ、聴き続け、対話し続けて、井関さんの“本当の意思”を引きだした。井関さんは文字盤で、荻野さんへの深い感謝を表した。「患者さんのほんとうの意思は何なのか。(終末期医療に携わる)医師はみんなそれを知ることに苦悩している」と荻野さんは言う。

 井関さんと家族の苦労は想像に余りある。そして、荻野さんの姿に、ほんとうの医療・医師とは何かを教えられた思いがする。
 しかし、番組ではまったく触れなかったが、ALSにはこのあと「閉じ込め症候群」が待っている場合がある(12月13日のブログ参照)。“生き埋め”の苦しさだ。井関さんと家族にはそのことは念頭にあったのだろうか、それも覚悟の選択だったのだろうか。

〇亡くなった患者の家族に寄り添い続ける…新城医師は亡くなった長谷川さんの家族を定期的に訪問し続けている。自分の対処が正しかったのかどうか、患者本人から確かめることができなくなった中で、できることは家族のその後を自分の目で確かめることだと言う。

 患者が亡くなったあとも、自分の医療を検証する。そのために家族に寄り添い続ける(この言葉は好きではないがほかに言葉が浮かばない)。こんな、素晴らしい医師がいるんだ。

 患者は家族の負担をおもい、家族は患者の生を望み、医師は患者の“ほんとうの意思”を最後まで確認し尊重しようとする―三者がそれぞれ他者を思いやりながら、苦悩し苦悶する。でもおそらく、「正解」はないのではないだろうか。

 ただ、今、確信をもって言えることはある。新城さんや荻野さんのような医師がもっともっと増えてほしいということ。そして、そんな医師が増えるような医療政策、政治にしなければならない、ということだ。


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危険なコロナ特措法「改正」の動き

2020年12月26日 | コロナ禍と政治・社会

    

 菅義偉首相は25日の記者会見で、コロナ対策特別措置法「改正」にあらためて意欲を見せました(写真左)。来年1月開会の通常国会に「改正」案を提出する意向です。東京都の小池百合子知事は会見で再三、強制力(罰則)のある「改正」を要望しています。

 特措法「改正」の中心は、店舗の休業や時短営業に罰則規定を設けるものです。これは明確な私権制限であり、憲法が保障する基本的人権に抵触するものです。それが「コロナ感染拡大」を口実に強行されようとしていることはきわめて危険です。

 「改正」の動きの中で最も重大なのは、それが「コロナウイルス感染症分科会」(尾身茂会長、写真右)を隠れミノにし、法律の専門家はじめ幅広い学者・識者、市民の意見をまったく聞くことなく、レールが敷かれようとしていることです。

 菅首相は25日の記者会見でも、「分科会」の意見を求めて決定すると述べました。尾身会長も会見に同席し、特措法「改正」にも言及しました(写真中)。しかし、「分科会」は言うまでもなく感染症の「専門家」によって構成されています。尾身氏自身、医師・医学者であり、法律が専門外であることは言うまでもありません。「分科会」や尾身氏が憲法原則の制限を含む法律「改正」について提言するのは、専門外の越権行為と言わねばなりません。菅政権はそれを承知で(それが狙いで)「分科会」を前面に立てていると言えるでしょう。

 特措法「改正」の動きは、「唐突だった」(24日付中国新聞=共同)と報じられています。西村康稔経済再生担当相は21日の記者会見で、「強制力を有する措置を講ずることができるよう検討したい」とし、翌22日の「分科会」で議論すると表明しました。その際、批判が起こることも念頭に、「法律の専門家の意見も聞く」と述べました。

 ところが、23日の「分科会」後の記者会見で西村氏は、「(特措法)改正の必要性はおおむね理解が得られた」と述べました。「法律の専門家の意見も聞く」という言葉とは裏腹に、「分科会」の2日の“議論”で特措法「改正」のレールを早々と敷いてしまったのです。今後仮に「法律の専門家の意見」を聞く場面をつくったとしても、それは世論対策のプレーにすぎません。

 こうした菅政権の動きに対し、「分科会メンバーは「本来は国民に幅広く意見を聞いて方針を練っていくべき課題だ」と述べ、性急な議論の進め方に懸念を示した」(24日付中国新聞=共同)と報じられています。「分科会」メンバーの中にも良識を持った人はいるということです。

 安倍政権が「非常事態宣言」(4月7日)を発する際は、憲法原則との関係で様々な意見が出されました。そうした議論を受け、特措法では私権の制限は「必要最小限のものでなければならない」と定めました。罰則導入という今回の「改正」はその規定を見直すものであり、事実上「非常事態宣言」の再発動と言っても過言ではないでしょう。にもかかわらずその性急さ、議論軽視はまさに異常です。

 「コロナ感染」という不安・恐怖の中で、憲法原則の基本的人権を制限しようとする政権(国家権力)の策動に対し、感覚マヒが起こることはきわめて危険です。特措法「改正」の動きにはその兆候があることを警戒する必要があります。


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コロナと自衛隊―スペイン風邪の教訓が示すもの

2020年12月24日 | コロナ禍と政治・社会

    

 海上自衛隊の山村幕僚長はじめトップ5人が新型コロナウイルスに感染したと22日発表されました(写真左)。自衛隊内の感染が続いています。10日には陸上自衛隊員7人の感染が確認されました。7日から18日まで新潟県・群馬県で行われた自衛隊と米海兵隊の合同演習で感染したものです。北海道・奥尻町の航空自衛隊奥尻島分屯基地でも2日、クラスターが発生し、自衛官17人が感染しました。

 公表(報道)されているだけでもこうした状況ですから、実態はどのくらいあるか分かりません。確かなことは、自衛隊はコロナ感染の重大な温床になっているということです。米軍との合同演習がそれに拍車をかけています。米軍は日米地位協定によって日本の検査を経ずに自由に出入国できるため、在日米軍にどれだけ感染者がいるか全く闇の中です。

 こうした実態は、新型コロナという感染症のまん延を抑えていくうえで、自衛隊、在日米軍という軍隊の存在がいかに大きな障害になっているかを示しています。

 それは歴史的に証明済みのことです。
 春の「第1波」の時には、100年前のスペイン風邪の教訓が広く論じられましたが、しだいに忘れられているように思えます。その教訓をあらためて想起する必要があります。

 スペイン風邪(写真右)は、1918年から1920年までに3度流行を繰り返し、世界中で少なくとも4800万人、多く見積もって1億人の命を奪い、日本でも約40万人前後が亡くなったと言われています。

 藤原辰史京都大准教授は「スペイン風邪の教訓」をこう列挙しています。

<第1に、感染症の流行は1回では終わらないこと。
 第2に、体調が悪いと感じたとき、無理をしたりさせたりすることが蔓延を広げたこと。何より、軍隊組織に属する兵士たちの衛生状態や、異議申し立てができない状況を考えてみるとわかる。
 第3に、医療従事者に対するケアがおろそかになってはならない。
 第4に、政府が戦争遂行のために世界へ情報提供を制限し、マスコミもそれにしたがっていたこと。これは、スパニッシュ・インフルエンザの爆発的流行を促進した大きな原因である。
 第5に、歴史的叙述、人びとの記憶から消え、歴史的な検証が十分になされなかったこと。
 第6に、政府も民衆も、しばしば感情によって理性が曇らされること。現在も、疑心暗鬼が人びとの心底に沈む差別意識を目覚めさせている。
 第7に、アメリカでは清掃業者がインフルエンザにかかり、町中にゴミがたまったこと。
 第8に、為政者や官僚にも感染者が増え、行政手続きが滞る可能性があること。>
(藤原辰史「パンデミックを生きる指針」、村上陽一郎編『コロナ後の世界を生きる』岩波新書2020年7月所収)

 藤原氏が挙げた「8つの教訓」は、直接指摘されている2点(第2、第4)をはじめ、多かれ少なかれ戦争体制・軍隊組織に関係しています。

 体調が悪くても異議申し立てできず、情報統制・秘匿を使命とし、医療・福祉・民生より兵器・軍備が優先され、敵がい心を駆り立てる、「3密」の典型である軍隊組織・軍事体制は感染症蔓延の大きな元凶となる。「アフターコロナ」「ウイズコロナ」の世界で人類が生きていく上で、軍隊・軍事体制こそ決定的な障害であり、その解体・一掃へ舵を切ることは急務である。
 これがスペイン風邪の重要な教訓ではないでしょうか。


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軽視できない憲法違反「皇女制度」創設の動き

2020年12月22日 | 天皇制と憲法

    
 「コロナ禍」のドサクサに紛れて、政権(国家権力)がたくらんでいることは少なくありませんが、「皇女制度」創設もその1つです。菅政権は年明けから検討を本格化させようとしています。「皇女制度」とは、結婚によって皇籍を離れることになっている女性皇族を、結婚後も「皇女」と称する特別公務員にし「皇室活動」を継続させようとするものです(写真左・中は「立皇嗣の礼」=11月8日、「即位の礼」=2019年10月22日に出席した女性皇族たち)。

 「皇女制度」は仮に現行憲法の「象徴天皇制」を是としたとしても、何重にも憲法原則に反するもので、絶対に容認することはできません。

①「職業選択の自由」(憲法第22条)違反
 憲法は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由」を有する(第22条)と定めています。「皇室出身の女性」を「皇女と称する特別公務員」と定めることは「職業選択の自由」違反です。

②公務員に対する「国民固有の権利」(憲法第15条)侵害  
 憲法は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」(第15条)と規定しています。しかし「皇女と称する特別公務員」に「国民」の「選定」「罷免」の権利は及びません。

③「信教の自由」(憲法第20条)違反 
 「皇女」となった女性は国家神道に基づく行事への参加(執行)が任務となります。「信教の自由」に反することは明白です。

④「表現・集会・結社の自由」(憲法第21条)違反 
 「皇女」となった女性は当然、政治問題での言論活動や集会・結社に参加することはできません。

⑤「法の下の平等」(憲法第14条)違反 
 そもそも憲法は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」(第14条)としています。上記①~④はこの憲法の大原則を侵害し、新たな身分制度を創りだそうとするものです。

⑥配偶者に対しても「表現・集会・結社の自由」(憲法第21条)違反
 憲法違反が及ぶのは「皇女」となる女性だけではありません。その夫となる人にも「表現・集会・結社の自由」が保障されないことは明らかです。

⑦「女性差別」に固執する「保守派」への迎合が出発点
 
そもそも菅政権が「皇女制度」を創設しようとしているのは、「男系による皇位継承の維持、旧宮家(旧皇族)の男系男子の皇籍復帰」を求め「女系天皇に道を開く可能性のある女性宮家創設に強く反対する」いわゆる「保守派」に迎合するためです。「女性宮家創設につながらない皇女制度はその点で、保守派の賛同が得られる」(11月24日付中国新聞=共同)との思惑からです。
 「皇女制度」創設の発想は、女性・女系天皇排除という女性差別が立脚点です。

⑧「皇室活動」自体が天皇制維持のための脱法行為 
 「皇女制度」は「皇族数減少に伴う皇室活動の担い手確保策」(同上、共同)ですが、そもそも憲法に「皇室活動」に関する規定はありません。それは天皇の「公的行為」に準ずるものとして行われています。しかしその天皇の「公的行為」自体、憲法にはなんの規定もありません。
 それは憲法違反だと私は考えますが、学説上の定説はありません。しかし少なくとも、「広汎にわたる公的な行為は、国事行為と同様に、いやある場合にはそれ以上に、国民に天皇を意識させる場として機能しており、結果として天皇の権威や統合機能を強めている」(横田耕一著『憲法と天皇』岩波新書1990年)ことは確かです。「皇室活動」は天皇制維持・強化のための脱法行為にほかなりません。

 この重大な「皇女制度」に、菅政権・自民党だけでなく、立憲民主党も賛成する可能性が大きいことは見過ごせません。
 「結婚後も皇室活動を続けてもらう案(皇女制度―引用者)は民主党政権でも議論され、2012年10月公表の論点整理で「検討に値する」と評価。菅義偉首相周辺は「党派を超えて理解を得やすい案だ」と話す」(11月25日付共同)と報じられています。

 何重にも憲法原則に反する「皇女制度」が、天皇制維持・強化のために与野党一体(大政翼賛)で強行される可能性はけっして小さくありません。

 


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「路上生活女性殺害事件」を3つの視点で再考する

2020年12月21日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム

    

 「路上生活」をしていた大林三佐子さん(当時64歳)が見ず知らずの男に殺害された事件(11月16日、東京・渋谷区)。現在のコロナ禍社会との関係性についてはすでに書きましたが(11月28日のブログ)、この事件について改めて3つの視点から再考したいと思います。

 第1に、大林さんと私の、少なくない共通点です。

 1つは、大林さんも広島県の出身でした。ニュースで知って驚きました。
 2つ目は、60代だということ。
 3つ目は、60代でも働かなければ食べていけないこと。64歳だった大林さんは来年からは年金が支給されるはずだったのでしょうか。そうだとすれば無念さが募ります。私はすでに年金受給者ですが、それだけでは生活できません。 

 そして4つ目。大林さんはバスの最終便が行ったあとにバス停に来て、朝、始発便が来る前に立ち去っていたといいます(写真左)。近所の人は「人に迷惑をかけまいとしていたようだ」と語っていました。
 「人に迷惑をかけないように」。これはわれわれの世代に共通の“人生訓”ではないでしょうか(広島の地域性も相乗しているかどうかは分かりません)。いいえ、われわれの世代だけではなく、日本人に共通、と言った方がいいかもしれません。小さいころから親に「人に迷惑をかけるようなことだけはするな」と言われてきました。それが染みついています。

 しかし、「人に迷惑をかけない」ことはほんとうに“美徳”なのでしょうか。「迷惑」という言葉は「依存」に通じ、「依存」は「支え合い」に通じます。「迷惑をかけない」生き方とは、知らず知らずのうちに、自らを「自己責任」人生に追い込み、無自覚のうちに正当な権利の主張を自己抑制し、政治・行政の怠慢・責任放棄を黙認・容認することになってはいないでしょうか。
 それは、やがて自分にも訪れる「介護」や「終末期医療」にも通じる問題です。

 第2の視点は、大林さんと私の決定的な違いです。

 それは大林さんが女性で、私が男だということです。男の「ホームレス」が見知らぬ者に襲われることもありますが、男と女では圧倒的に女性の方が危険であることはいうまでもありません。もし大林さんが男だったら、加害者は1人で襲ったでしょうか。
 女性は路上生活においても、男より不利な状況におかれています。ここに見逃してはいけないジェンダーがあります。

 ホームレスにおける女性の比率は小さい(2014年厚労省調査では3・5%)といいます。しかし、それは女性の貧困率が低いことを意味しません。比率が小さい理由の1つは、「女性世帯(女性が世帯主の世帯)が形成されにくいこと」(丸山里美立命館大准教授、『ジェンダーで学ぶ社会学』世界思想社2015年所収)、すなわち背景に「男社会」があるということです。

 「ホームレスという概念も男性を前提につくられたものであり、ジェンダーの視点をもちこむことによって、それ自体を問いなおす必要が出てくるのである。このことは…不可視化された女性の貧困を問題化していくことにもつながるだろう」(丸山氏、同)という指摘に学びたいと思います。

 そして第3の視点は、日本社会の盲点・タブーです。

 大林さんの事件が、柳美里さんの『JR上野駅公園口』の全米図書賞受賞と時期を同じくして起こったことは、単なる偶然とは思えません。柳さんのこの作品の主要テーマは天皇制であり、執筆のきっかけは天皇はじめ皇族の巡行時に上野公園一帯で行われる「山狩り」と称するホームレス排除でした(12月3日のブログ参照)。

 大林さんが殺害されたのもホームレス排除、いわば渋谷の市街地における「山狩り」です。それが「市民」の手で行われた。大林さんを殺害した加害者と、天皇巡行時に「山狩り」を行う政府・行政との間に、どれだけの“距離”があるでしょうか。

 ホームレス排除は殺人事件になればニュースになりますが、そうでなければ誰も見向きもしません。天皇制を頂点とする日本の政治・社会の差別性。それが無意識のうちに沈殿し、「市民」を染めていきます。この事件はその恐ろしさを告発しているのではないでしょうか。


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日曜日記128・「コロナ忘年会」とスポーツ・芸能人ら・「黒人リーグ」と日本球界

2020年12月20日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「忘年会」に興じたスポーツ・芸能・言論人らの“見識”

 「GOTOトラベルの全国中止」を発表した当日(14日)、菅義偉首相がはしごで行った「忘年会」には開いた口がふさがらない。当初、「問題ない」(加藤官房長官)と居直っていたが、批判を浴びて「真摯に反省している」(菅首相、16日)とのたまった。醜悪極まりない。

 だが、醜悪なのは菅だけだろうか。菅と一緒に「ステーキ忘年会」に興じたスポーツ・芸能・言論人らはどうなんだ。同席したのは、「プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長、俳優の杉良太郎氏、政治評論家の森田実氏、タレントのみのもんた氏ら」(15日付中国新聞「首相の動静」)だ。

 この「忘年会」は私的なものではない。社会的な立場にある連中の社会的な行動だ。多人数の会食が主要な感染源であると強調されている最中、「8人以上」の飲み食いがどういう影響を社会に与えるか、まったく思い及ばなかったとしたら、これまたあきれた話だ。

 だが、問題はもっと根深いだろう。おそらく彼らは、「首相の招待」に嬉々として銀座へ出かけたはずだ。まるでそれがステータスであるかのように。スポーツ・芸能・言論界と国家権力の深刻な親密性がここにある。癒着と言ってもいい。何度も映像が流れる安倍の「桜を見る会」、さらに天皇主催の「園遊会」も同じだ。呼ばれればそそくさと出向く。それが国家権力による周到な権力維持・支配政策の一環であることを知ってか知らずか。

 「ステーキ忘年会」も「桜」も「園遊会」も、費用は「国民」の税金から出される。市民の血税でタダ飯を食うだけでも、恥ずかしいとは思わないか。

 ☆「黒人リーグ」の再評価と日本球界

 アメリカにプロ野球の「黒人リーグ」があったことを知らなかった。

 18日の共同電によると、「今年は組織的な黒人リーグ創設から100年」だそうだ。そして、「米大リーグ機構(MLB)は16日、黒人リーグが大リーグと同等であると認め、個人記録を組み込むと発表した。1920年~48年に行われた七つのリーグが対象で、約3400人を新たに大リーグ選手に認定する」という。

 この結果、通算打率上位10人の中に新たに黒人リーグの選手が数人入ることになり、MLBのレジェンド、ベーブ・ルースらが外れる。それでもMLBは黒人リーグを同等に扱うことを決めた。

 黒人リーグの存在自体が黒人差別の過酷さを物語っている。その再評価・同等扱いが、創設100年の今年になってやっととは、いかにも遅い。だが、今回の決定に「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動が影響していることは確かだろう。そこに権力から距離を置くMLB、アメリカプロスポーツ界の良識を垣間見る。

 日本のプロ野球界はどうか。日本球界に在日コリアンが少なくないのは周知の事実だ。しかしかれらは本名を名乗らず、いや名乗れず、ほとんど通名を使っている。日本社会に在日差別が蔓延しているからだ。日本に「在日リーグ」はないが、それはけっして日本の在日差別がアメリカの黒人差別より弱いことを意味しない。

 黒人リーグが同等に扱われることと性格は異なるが、日本のプロ野球界で、いやスポーツ・芸能界全体で、在日コリアンが本名で活躍できる日は、いつくるのだろうか。


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沖縄「コザ蜂起」は何を訴えているか

2020年12月19日 | 沖縄と日米安保

    
 50年前の1970年12月20日未明、米軍統治下にあった沖縄県のコザ市(現・沖縄市)で、いわゆる「コザ騒動」が起こりました。現在、沖縄では地元紙の琉球新報、沖縄タイムスが連載を続け、シンポジウムも行われるなど、50周年にあったてその意味があらためて問い直されています。

 私たち「本土」の日本人はどうでしょうか。そもそもこの事件を知っている人がどのくらいいるでしょうか。言うまでもなく、これは沖縄だけの問題ではなく、「本土」の日本人にとっても重大なかかわりのある事件です。

 「コザ騒動」の概要はこうです。「きっかけは、コザ市中の町で米兵が起こした交通事故に対して、適切な事故処理を求めて群衆が周りを取り囲んだのに対し、米軍憲兵(MP)が威嚇発砲をしたことからだった。住民は不満を爆発させ、MPの車や外国人車両に次々と放火するなど、騒動となる」(櫻澤誠著『沖縄現代史』中公新書2015年。写真はいずれもETV特集より)

 これをアメリカ(米軍)は「コザ暴動(RIOT)」と称しました。「本土」でもそれに倣って「暴動」と言う向きが多いようです。しかし、沖縄ではこの呼称自体から問い直されています。琉球新報、沖縄タイムスは社内議論の末、事件直後からいずれも「コザ騒動」という用語を使用しています。

 これに対し、石原昌家沖縄国際大名誉教授は、「単なる群衆の騒動ではなく主体的で政治的メッセージを込めた行動だ。「コザ反米軍市民蜂起」が最も適切な表現だと思う」(13日のシンポジウム。17日付琉球新報)と述べています。

 金城実氏(彫刻家)も、「あの事件は「蜂起」であり、民衆の抵抗だった」として、こう述べています。「事件は植民地支配下にあったウチナー人(琉球・沖縄人―引用者)にとって、数々の不当な仕打ち、不正義に対する怒りの表現の一つなのだ。目的もなく、みさかいもなく暴れたわけではなかった。戦前、戦中、戦後へと続いてきたウチナー人への弾圧に対する、抵抗の遺伝子の現れだった」(16日付沖縄タイムス「論壇」)

 用語の問題はきわめて重要です(この問題に限らず)。私も石原氏や金城氏に賛同して「コザ蜂起」と呼ぶことにします。

 「コザ蜂起」の直接のきっかけは前述の通り、米兵が沖縄の男性をはねた交通事故でしたが、これには背景がありました。同年9月に糸満町(現・糸満市)で同じく米兵が女性をひき殺した事件が発生。しかし、米兵は「無罪」となったのです。交通事故の加害米兵が「無罪」になる例は枚挙にいとまがありませんでした。

 さらに、前年の69年7月、知花弾薬庫内で毒ガス漏れが発覚。毒ガス撤去運動が巻き起こり、アメリカは毒ガス撤去を発表せざるをえませんでした。ところが1年以上たっても撤去しないため、70年12月19日、美里村(現・沖縄市)で「毒ガス即時完全撤去を要求する県民大会」が開催されました。その参加者たちが市街に集まっていた時に男性をはねる事故が起こったのです。

 これらは金城氏がいう「数々の不当な仕打ち、不正義」「戦前、戦中、戦後へと続いてきたウチナー人への弾圧」の氷山の一角です。

 こうした個々の事件、不正義には元凶がありました。「コザ蜂起」の1年前、1969年11月21日、佐藤栄作首相(当時)は訪米し、ニクソン大統領(同)との間で「日米共同声明」を発表。沖縄施政権返還(「本土復帰」、72年5月15日)が正式に合意されたのです。

 「沖縄の日本復帰が決定され、「コザ暴動」が起こったのである。「ニクソン・ドクトリン」の下、在韓・在日米軍が縮小される一方、俄然、クローズアップされたのが沖縄における米軍基地や海兵隊のプレゼンスであった」(恩河尚・沖縄国際大非常勤講師、18日付琉球新報)

 ではその「本土復帰」の本質は何だったでしょうか。
 「60年安保改定が沖縄の分離と米軍による支配を前提とする日米安保体制の強化だったのに対して、72年沖縄返還は、沖縄の日本への統合を前提とする日米安保体制の強化であった」(新崎盛暉著『沖縄現代史・新版』岩波新書2005年)
 佐藤とニクソンの間で、「核持ち込み」の密約があったことは周知の通りです(写真右)。

 「コザ蜂起」で爆発した「民衆の抵抗」は、辺野古新基地建設阻止、離島の自衛隊基地増強反対はじめ、今日の沖縄市民のたたかいにつながっています。まさに「抵抗の遺伝子」の継承です。
 こうした一連の琉球・沖縄への弾圧と抵抗の歴史が、日米安保体制(軍事同盟)強化の経過と不可分であることを、日本人は肝に銘じる必要があります。


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