アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「被爆・敗戦」の8月を天皇制振り返る月に

2022年08月31日 | 天皇制と戦争
   

 8月が今日で終わります。日本人はこの月に「戦争」を振りかえる機会が多いようです。メディアもさまざまな企画を組みます。その大きな契機はやはり、「8・6」「8・9」の原爆被爆と、「8・15」の「終戦」でしょう。

 しかし、その「戦争」回顧は被害の側からであり、侵略戦争・植民地支配の加害の視点はほとんどありません。さらに決定的に欠落しているのは、最大の加害者である天皇裕仁の責任が捨象されていることです。

 1947年12月7日、裕仁は敗戦後初めて広島を訪れ、広島市民奉迎所で行われた式典でこう述べました。

「本日は親しく広島市の復興の跡を見て満足に思う。広島市の受けた災禍に対して同情はたえない」(『天皇陛下と広島』天皇陛下御在位六十年広島県奉祝委員会発行)

 1975年10月31日、裕仁は初の訪米から帰国した際の記者会見で、自身の戦争責任について聞かれ、こう答えました。

そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます

 さらに、広島の被爆について聞かれ、こう答えました。

「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています」(1975年11月1日付朝日新聞)

 裕仁が「国体(天皇制)護持」に執着せずに降伏していれば、広島・長崎の被爆はありませんでした(8月16日のブログ参照)。それだけでなく、「国体護持」と原爆被爆は密接な関係にありました。

「鈴木(貫太郎)内閣と最高戦争指導会議は皇位ともっとも重要な天皇の大権の将来が絶対的に保障されないかぎり、戦争終結を決定することができなかったのであり…民衆が反軍、反戦の感情から国体の変革に向かうことを防ぐために、面子を保って降伏する口実が与えられる状況を外敵がつくり出すのを待っていた。ソ連参戦に引き続く原爆投下(長崎)は、彼らが求めていた口実を与えるものであった。
 8月12日、米内光政(海軍大臣)が高木惣吉少将に次のように語ることができたのは、このような理由があったからである。「言葉は不適当と思うが、原子爆弾やソ連の参戦は或る意味では天祐だ」(高木惣吉著『高木海軍少将覚え書』)」(ハーバート・ビックス著吉田裕監修『昭和天皇・下』講談社学術文庫)

 「国体護持」を「降伏」の絶対条件とする連中にとっては、原爆投下はまさに「天祐」だったのです。敗戦後の裕仁の度重なる無責任(と言うより非人間的)発言もそれと無関係ではありません。

 1945年8月15日の「終戦詔書」(「玉音放送」、写真右)は、たんに「終戦」を知らせたものではなく、天皇制を今後も維持していくと裕仁自身が表明したものです(2020年8月15日のブログ参照)。裕仁と天皇主義者らは「終戦」の日を天皇制の新たな出発の日にしたのです。

 重要なのは、その思惑が、敗戦から77年の今日まで引き継がれていることです。

 8月15日正午、政府主催の「全国戦没者追悼式」が行われます。それに合わせて、全国で「黙とう」が呼びかけられます。甲子園でもこの瞬間、プレーが中断し球児たちも観客も黙とうします(写真左)。

 なぜ「正午」なのでしょうか。裕仁の「玉音放送」が正午に流されたからです。黙とうが終わると、「追悼式」で天皇が「おことば」を述べます。裕仁の声がラジオから流れた時間に。

 8月15日正午のこの光景は、まさに77年前のレプリカです。

 こうして日本国民は意識するしないにかかわらず、「8・15」に天皇制を刷り込まれるのです。

 この国家権力の策略に抗い、逆に、「8・6」「8・9」「8・15」で天皇裕仁の侵略戦争・植民地支配の加害責任を明らかにし、8月を天皇制廃止の世論を広げる月にしたいものです。
 


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「ウクライナ」が示す戦争と衛星と市民の新たな関係

2022年08月30日 | 国家と戦争
   

 NHKスペシャル「デジタル・ウクライナ 衛星が変えた戦争」(8月14日)は、衛星通信による情報が戦争を新たな様相にしていると報じました(写真は同番組から)。

 ウクライナ政府は世界の通信衛星会社にSAR衛星による情報提供を求めました。その要求に応えたのがイーロン・マスク氏です。マスク氏のスペースXは5月下旬、ウクライナ国内に1万台のアンテナを設置し、スターリンクという高速インターネット網を張り巡らせました。

 一方、ウクライナから遠く離れた米国アラバマ州で、20歳の青年が無料で入手できる衛星データを使ってウクライナの戦況を分析し、発信しています。青年は「衛星データはウソをつかない」と言います。

 番組はこう締めくくりました。「衛星を通じて誰もが戦争に参加することができる時代になった」

 吉見俊哉・東京大大学院教授(メディア論)は、朝日新聞のインタビューで衛星の発達と空爆の変遷についてこう述べています。

< 歴史上、空爆が始まったのは第1次世界大戦期。西欧列強は、植民地主義的な意識をもって、支配する「未開」の地を無差別攻撃で抑え込もうとした。

 上空から爆弾を正確に落とすため、地上を精密に可視化する技術が発達しました。航空写真を撮り、地図化するテクニックを発達させました。

 その可視化技術の最大の実験場が日本列島でした。米軍による空爆では数時間で約10万人が焼き殺されました。偵察機で精密な航空写真を撮り、3次元の大型模型まで作製した。

 空爆は単なる破壊行為ではなく、相手をまなざすメディア行為です。20世紀は「戦争の世紀」とも「メディアの世紀」とも言われますが、その双方で米国は帝国となりました。ボーイングなどの航空産業とハリウッドの映画産業の発達は深いところで結びついています。

 第2次世界大戦から朝鮮戦争を経て発達していった空爆技術は、ベトナム戦争で挫折します。ゲリラ戦に無差別爆弾は通用しにくい。このベトナム戦争の失敗から学び、標的を精密に可視化して爆撃する技術を完成させたのが、90年代の湾岸戦争でした。人工衛星によって地球全体が可視化され、電子頭脳や画像分析が高度に組み合わされ、空爆機が無人化されていきます。

 空爆は当初から、殺す側の顔が見えにくい攻撃でした。それがドローンやAI兵器になり、さらに誰によって殺されたか分からなくなる事態が生じています。

 私たちはウクライナで、可視化の技術が一般に拡散している変化を目の当たりにしています。空爆された人々が、被害の様子をスマホで撮影し、SNSで全世界に流して共有している。世界中の人たちが、ウクライナの地表面について衛星画像を見ることもできる。いまや上空からのまなざしが、普通の市民によって獲得され、発信されています。これが45年の日本の空爆経験と現在のウクライナの経験との最大の違いです。

 ウクライナで民間企業スペースXの衛星ネットワーク・スターリンクが活躍しているように、宇宙からの可視化技術は地球を覆い、拡散しています。ドローンも安価となり、誰でも上空から地上を見下ろせるようになった。もちろん、それは世界を不安定化させることにもつながります。>(8月26日の朝日新聞デジタル、抜粋)

 衛星通信の発達と戦争。2つの新たな問題が懸念されます。

 1つは、スペースXやツイッターなど身近な通信企業が戦争に深くかかわることです。武器を製造する兵器産業だけでなく、通信産業が新たな“死の商人”になる。私たちはインターネットやSNSを通じてその新たな“死の商人”とつながることになります。

 もう1つは、米アラバマ州の青年のように、衛星通信を通じて世界中どこでも誰でも(子どもでも)容易に戦争に参加できることです。市民が発信する情報が無人機による空爆に使われ、まったく無意識のうちに人を殺傷する可能性があります。

 世界中の戦争が、衛星通信で市民の生活に入り込み、自覚のないまま人を殺戮することに加担する―そんな恐ろしい世界が到来しつつある、いや、すでに到来している。これにどう歯止めをかけるか…。

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「安倍国葬」に秋篠宮を参列させる政治利用

2022年08月29日 | 天皇制と政権

   

「政府が9月27日に行う安倍晋三元首相の国葬に、皇族が参列する方向で宮内庁が調整を進めていることが関係者への取材でわかった。…吉田(茂)氏の国葬と同様に、皇太子待遇の皇嗣である秋篠宮さま、紀子さまが参列する方向で調整が進んでいるという」
 27日の朝日新聞デジタルが、独自記事としてこう報じました。

 同記事によると、「吉田国葬」では当時皇太子だった明仁・美智子夫妻はじめ9人の皇族が参列。天皇裕仁と香淳皇后がそれぞれ生花を贈り侍従を遣わして拝礼しました(写真左は「吉田国葬」に参列した皇太子夫妻=当時)。

 また、中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬(2020年)には、秋篠宮夫妻をはじめ皇族8人が参列。徳仁天皇・雅子皇后と上皇夫妻がそれぞれ侍従を遣わして拝礼し、天皇・皇后が生花を贈りました。

 今回も、「天皇、皇后両陛下や上皇ご夫妻は侍従を遣わして拝礼し、両陛下は生花を贈る可能性がある」といいます。

 「国葬」に多くの反対がある中で皇族が参列することについて、宮内庁幹部は、「政府から願い出があれば、ご都合がつく限り参列される。参列しないとなれば、皇室は『国葬に反対』というメッセージに受け取られかねない」(同朝日新聞デジタル)と述べています。

 しかし、「安倍国葬」に出るかどうかは、意見が分かれている問題でどちらにつくかという問題ではありません。なぜなら、多くの人が「国葬」に反対し、学者・弁護士グループなどが差し止め訴訟まで起こしているのは、それがさまざま点で憲法に違反しているからです。たんなる意見の相違ではありません。「国葬」に参列することは、明白な憲法違反行為に加担することに他なりません。

 「安倍国葬」に秋篠宮を参列させたり、生花を贈ったり、侍従を遣わすことは、政権(国家権力)による明白な天皇・皇族の政治利用です。

 しかも単なる政治利用ではありません。そもそも「国葬」と天皇制は切っても切れない関係にあります。

 「国葬」の原点は、1878年の大久保利通の葬儀です(喪主は大久保家でしたが、費用は国費で賄い多くの政府職員を動員した準国葬)。それにはこんな背景がありました。

葬儀を主導したのは、大久保の後継者の伊藤博文らでした。明治維新から10年余り、当時の政府は盤石ではありませんでした。前年の1877年には、大規模な士族反乱である西南戦争が起きています。…さらに自由民権運動も盛んになり、伊藤らは危機感を抱いていました。天皇が関与する形で大久保の葬儀を盛大に営み、政府に逆らうことは天皇の意思に背くことだ、ということを明確にしようとしたのです」(宮間純一・中央大教授、14日の朝日新聞デジタル)

 「国葬制度」を法的に決めたのは、天皇の命令(勅令)としての「国葬令」(1926年)でした。
 太平洋戦争中の1943年には連合艦隊司令長官・山本五十六の「国葬」が行われました(写真中=朝日新聞デジタルより)。

「当時の首相、東条英機は、国葬に際して山本の精神の継承を訴えています。戦局が厳しくなる中、より一層、国民を戦争に動員し、戦時体制の強化と戦意高揚を図るという目的がありました」(宮間氏、同)

 敗戦によって天皇の政治権力は喪失し、「国葬令」は47年に失効しました。その後、「国葬」についての法律は何もつくられていません。

国葬は、かつて天皇制のもとに国民を統合し、戦争に動員するなど危険な装置として用いられたことのある儀式です。それを何の検証もなく、ルールもなく、現代の民主主義社会によみがえらせ、前例としてしまうことに大きな疑問を感じます」(宮間氏、同)

 民主主義を数々蹂躙し、戦争法を強行し、戦時体制づくりの先頭に立ってきた改憲論者・安倍晋三氏の「国葬」は、帝国日本の侵略を先導した大久保利通や山本五十六のそれに匹敵するといえるでしょう。

 その「安倍国葬」を権威付け、政権への批判を抑えるために、戦前同様、天皇・皇族が利用されようとしているところに、「象徴天皇制」の今日的危険性が端的に表れています。


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日曜日記212・「死刑になりたかった」を聞き流せない

2022年08月28日 | 日記・エッセイ・コラム
  8月20日渋谷区の路上で母娘を刺傷した中学3年の少女は、「死刑になりたいと思い、たまたま見つけた2人を刺した」と供述したという。
 容疑者が「死刑になりたかった」と供述する事例はこれまでもあったが、それがついに中学生にまで及んだ。

 「死刑になりたい」という少女の言葉は聞き流せない。聞き流してはいけない。

 少女は家庭や学校でさまざまな生きづらさを抱えていたようだ。その生きづらさが周りの人への殺意に向かうと同時に自己の抹殺願望にも及んだ。「死刑になりたい」は「死にたい」と同義だ。“2人以上殺せば死刑になって死ねる。国家が殺してくれる”

 中国新聞が17日付から「ルポ尾道刑務所支所―高齢化する受刑者たち」を3回連載した。同支所が「再犯の悪循環」を断つために大切にしていることが、「司法と福祉の連携」だと言う。

 社会福祉士の小川香奈さんは出所する元受刑者らに、「人と接点を持つこと、誰かを頼ること。生きていくために必要なこの二つを、どうか心に留めてほしい」と願う。

 「人と接点を持つこと、誰かを頼ること」。この2つがあれば、出所後の生きづらい世の中でも、なんとか生きてゆける。それが小川さんの確信だ。

 少女にこの2つがあれば、おそらく事件は起こらなかっただろう。
 真情を話せる接点がある人もいず、誰にも頼ることができなかった少女は、追い詰められた。

 そこにあったのが「死刑」というこの国の制度だ。自分で死ぬ“勇気”はなくても、国家が殺してくれる。

 死刑は「人と接点を持つこと、誰かを頼ること」を拒絶する。永遠に拒絶する。

 この国は、生きづらさに悩み苦しんでいる人に、「人との接点」「頼れる誰か」の代わりに、「死」を用意している。それが死刑制度だ。

 こんな社会でいいはずがない。だから、「死刑」は絶対に廃止しなければならない。

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旧統一教会と一体で選挙を私物化した安倍晋三氏

2022年08月27日 | 日本の政治と民主主義
   

 岸田文雄内閣は26日、安倍晋三元首相の「国葬」に2億5千万円(警備・外国来賓費用を除く)の国費(税金)をつぎ込むことを閣議決定しました。安倍氏の「国葬」は、①法的根拠がない②予備費の恣意的流用③「政治家」の評価の押し付け④思想信条・宗教の自由の侵害など、さまざまな憲法違反を含んでいます。

 加えて、安倍氏と旧統一教会の密接な関係が改めて問われる必要があります。とりわけ重大なのは、安倍氏が国政選挙で旧統一教会と一体となり、教団の組織票を配分して安倍派の当選者を増やし、それによって党内最大派閥を維持して「安倍一強」を図ってきたことです。

< 教団側は、この20年ほど政権与党の中心にいた安倍晋三氏との関係を重視してきた教団関係者は、「世界平和連合」の幹部が窓口となり、安倍氏と連携してきたと説明。7月に当選した元首相秘書官・井上義行氏ら、最近3回の参院選で安倍派系の候補を推し、当選に貢献していると主張している。

 多くの自民議員らは、教団と深くつながるのは清和会(現安倍派)であり、その領袖の安倍氏だったと証言する。

 自民党関係者は「右派思想が色濃い清和会と教団は歴史的にも相性が良かった」。選挙に精通する別の党関係者は「教団の持つ組織票は、党ではなく清和会が差配していた」と言う。清和会出身の元議員は「教団は政治の保護を求めて安倍氏に近づいた」と話す。>(8月6日の朝日新聞デジタル―抜粋)

 自民党前参院議員の宮島喜文氏は、2016年の参院選で旧統一教会の支援を受けて当選しましたが、今夏の参院選ではその支援が得られず、立候補を断念せざるを得ませんでした。宮島氏の政治生命を握っていたのは安倍氏でした。以下、宮島氏が朝日新聞の取材に応じた内容です。

<16年の参院選は「当選できる自信はなかった」が、公示直前に伊達忠一・自民党参院幹事長(当時、清和会)から「党の支援団体の票をもらってきたと言われた」。宮島氏は伊達氏の指示で「世界平和連合」の関連施設で幹部にあいさつした。

 選挙期間中、全国遊説の合間に指定された教会に行くと、数十人が集まっていた。そんな集会を十数回繰り返した。

 宮島陣営幹部は、「教団票は6万~7万票あったと思う」「教団の力はすごいなと思った」と語る。当選後、宮島氏は清和会に入会した。

 当選すると宮島氏は、「平和連合」から、教会や集会などでのあいさつ回りを求められた。16年冬、宮島氏は熱海の温泉旅館で1泊2日の「研修」を求められた。宿泊費用は「平和連合」持ちだった。

 「研修」では「国際勝共連合」の歴史や、岸信介元首相とのつながりも聞いた。安倍晋三元首相が登場するビデオも見せられ、「安倍さんは我々の目標とする反共を理解してくれる」との話もあった。

 昨年11月、伊達氏から、参院選に向けて安倍氏と面会するよう指示された。宮島氏は「平和連合」の支持を念頭に「前回と同じように応援票を回していただけませんか」と頼んだ。すると安倍氏に、「前回みたいな応援は難しい。自分で頑張れないか」と告げられた。宮島氏は「平和連合」の支援は事実上、井上義行氏に一本化されたと受け止めた。

 井上氏は19年の参院選で約8万8千票で落選したが、今回は約16万5千票で当選した。選挙後、井上氏は教団の「賛同会員」になった。>(8月20日の朝日新聞デジタル―抜粋)

 岸田首相は「安倍国葬」の理由の1つに「長期政権」を挙げていますが、その「政権」はカルト集団・旧統一教会と一体となって選挙を私物化してきた結果の産物にほかなりません。


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「ウクライナ侵攻半年」で改めて考える「非同盟・中立」

2022年08月26日 | 国家と戦争
   

 ロシアによるウクライナ侵攻から半年の24日朝、NHKニュースに寺島実郎氏(日本総合研究所会長)が出演し、今後の「世界秩序」のあり方について、大要次のように述べました(写真中)。

<「ロシア悪、ウクライナ正義」という二項対立ではない広い視野が必要だ。G7 などの「大国支配による秩序」ではなく、アジア・アフリカ諸国を含めた「全員参加型」の秩序でなければならない。その時、「日本はどういう役割を果たすのか」。被爆の経験もある日本の役割が重要になる。>

 注目される発言ですが、ではどうすれば日本が「全員参加型」の世界秩序で役割を果たすことができるのか。その方向性についての言及はありませんでした。

 「ウクライナ」を分かりやすく解説した最近の本として、『中学生から知りたい ウクライナのこと』(小山哲・藤原辰史著、ミシマ社2022年6月)があります。

 この中で藤原辰史氏(京都大准教授・現代史=写真右)は、「この戦争はいつ、どのようなかたちで終わるのでしょうか。小国が大国のパワーゲームから逃れ、中立国として生きのびるような解決方法はないのでしょうか」という質問に、こう答えています。

中立国の問題については、私もずっと悩みながら考えているところです
 日本はアメリカの同盟国ですが、今後、アメリカ、ロシア、中国などの大国のあいだで、中立的な立場を、どのようにバランスよくとっていくのか。(中略)

 重要だと思ったのは、日本が中途半端に軍事力を持ち、アメリカの庇護下にあることが、かえって沖縄での露骨な国家暴力の発動につながっており、しかも、それが東アジアの情勢をさらに緊張させていること。あくまで中立であることを早期に宣言するという道を私たちはあまりにも最初から諦めている。この思考停止こそ、実は危険ではないかと思っています(後略)」

 中立を宣言することを最初から諦めている思考停止こそ危険。きわめて重要な指摘です。

 寺島、藤原両氏の指摘はたいへん示唆的ですが、しかし、いずれも重要な問題が欠落していると言わざるをえません。

 日本が「大国支配による秩序」ではなく「全員参加型秩序」の側に立てないのはなぜか。日本人が「中立宣言」を諦める思考停止に陥っているのはなぜか。その根源が日米安保条約=軍事同盟であり、両氏の主張を実現するためには安保条約の廃棄こそが不可欠であるという指摘がないことです。

 藤原氏は日本がアメリカの「同盟国」であることが問題だと指摘していますが、そこまで言いながらその同盟の解消、すなわち日米安保条約の廃棄に言及していないのは不可解ですらあります。

 「ウクライナ戦争」で私たちに求められているのは、戦争を1日も早く終結させることと同時に、戦争のない世界をつくるために日本は、私たちは何をすべきかを考え実行することです。

 その道は、アメリカに軍事・政治・外交・経済的に従属している同盟関係を解消すること、すなわち、日米安保条約を廃棄して「非同盟・中立」の国になることです。
 日本国憲法第9条にしたがえば、さらに武器を持たない「非武装」が加わるべきですが、まずは「非同盟・中立」を早期に実現する必要があります。

 それは決して現実離れした主張ではありません。日米安保条約自身がその第10条で、「(締約国は)この条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は通告が行われた後一年で終了する」と明記しているのですから。


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歴史風化の中、忘れてならない浮島丸事件

2022年08月25日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任
   

 8月24日は「ロシアの侵攻から半年」として広く報じられましたが、この日はもう1つ忘れてはならない事件が起こった日です。が、それはほとんど取り上げられませんでした。

「異国の地で祖国解放をむかえた同胞たちは、1945年8月24日、一刻も早く帰路に就こうと運送船『浮島丸』に乗り込んだ。しかし、同胞たちを乗せた『浮島丸』は、舞鶴湾下佐波賀(しもさばか)(約300㍍沖―私)で突然の爆発音とともに真っ二つに折れて沈んだ。549人の命が奪われたが、日本政府は74年が経った今日まで、被害者に対する謝罪や補償はおろか、事件の真相すら明らかにしていない」(2019年9月18日付朝鮮新報電子版)

 いわゆる「浮島丸事件」です。これは3年前の記事ですが、日本政府が「謝罪や補償はおろか、事件の真相すら明らかにしていない」のは今も変わりません。むしろ日本社会では事件の風化がさらに進んでいると言わざるをえません。

 浮島丸(写真左)は、帝国海軍の輸送艦。出航したのは2日前の8月22日、青森県大湊からでした。乗船していたのは「朝鮮人3735人(死者524人)、日本人255人(死者25人)」というのが日本政府の発表です。(写真中は京都府舞鶴市にある慰霊碑)

 浮島丸事件には多くの「謎」があります(2019年10月1日のブログ参照)。

 沈没の原因は「機雷」だというのが日本政府の発表ですが、その証拠は明らかになっていません。「在日朝鮮人の間には長きにわたって、日本の海軍軍人が朝鮮人引揚者を釜山まで運ぶのを嫌って舞鶴湾内で自ら爆薬を仕掛け自爆させたという風説があり、それがほぼ“真実”として信じられていた」(金賛汀著『浮島丸 釜山港へ向かわず』かもがわ出版1994年)とも言われています。

 不明なことが多い事件ですが、確かなことは、祖国への帰国を切望して乗船していた朝鮮の人々は、帝国日本の植民地支配によって日本へ強制動員・強制労働させられていた人々だったことです。

 そしてもう1つ確かなことは、日本の新聞は当時、この事件をまったく報道しなかったことです。その背景も不明ですが、これだけの大惨事を報じないのは何らかの圧力があったと考えざるをえません。

 浮島丸事件は、日本の植民地支配の加害責任、その事実の隠ぺいを図った国家権力、そして77年たっても謝罪・賠償はおろか犠牲者の正確な数はじめ真相究明すらまったく行おうとしない日本政府の厚顔無恥、そして、多くの日本人が歴史の重要な事実を知らない、知らされていない日本社会を典型的に示す事件です。

 折しも、三菱重工、日本製鉄で強制労働させられた韓国の被害者に対し、韓国最高裁判決が賠償を命じた判決(2018年10月30日)の実行(日本企業の資産売却)時期が迫っています。

 しかし日本政府は、安倍晋三首相(当時)がこの判決に一貫して敵対姿勢を示し、岸田文雄首相もそれを踏襲しています。

 一方、韓国のユン・ソクヨル(尹錫悦)大統領は、就任100日の記者会見(17日)で、これは「日本の主権問題」だと日本政府に配慮する考えを示し、「日帝強制動員市民の会」から「親日附逆の妄言」だと厳しく批判されました(18日付ハンギョレ新聞日本語版)。

 日韓両方の保守反動政権によって、日本の植民地支配責任の棚上げ、歴史の隠ぺい・改ざんが急速に進もうとしています。その背景にはアメリカを中心とした3国の軍事同盟関係があります(写真右は6月のNATO首脳会議で)。

 そんな時だからこそ、私たち日本人は浮島丸事件を忘却することなく、日本政府に真相究明、謝罪、賠償を行わせなければなりません。

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戦争を泥沼化させるウクライナの戦略転換、いま必要なのは…

2022年08月24日 | 国家と戦争

   

 ロシアのウクライナ侵攻から半年を前にした9日、ゼレンスキー大統領はビデオ演説で、「戦争はロシアのクリミア半島占領から始まった。半島の解放で終わらなければならない」と述べました(10日の朝日新聞デジタル)。

 そして15日、戒厳令・総動員令を90日間延長して11月21日までとしました、この間、18~60歳の男性は引き続き出国が禁止されます。また同日、クリミア奪還のための「諮問機関」を設置しました。

 さらにゼレンスキー氏は、グテーレス国連事務総長、エルドアン・トルコ大統領との会談(19日)のあとの記者会見で、「停戦協議について私はエルドアン大統領に、『ロシアを信じることはできない』と伝えた。協議は、ロシア軍がウクライナの領土から撤退して初めて可能になる」(19日の朝日新聞デジタル)と強調しました。

 クリミアを「奪還」しなければ停戦協議には応じない、戦争は終わらない、というのです。これは明らかな戦略転換です。

 なぜならゼレンスキー氏は、5月の段階ではこう言明していたからです。

「ゼレンスキー氏は(5月)21日のテレビ番組で、「より多くの人々と兵士を救うのが最優先だ」と述べ、戦闘によってロシア軍を2月の侵攻直前の位置まで押し戻せば「わが国にとっての勝利となる」との認識を示した」(5月22日の朝日新聞デジタル)

 「2月の侵攻直前の位置まで」から「クリミア半島の解放」へ。これは、「ハイマース(高機動ロケット砲システム)」(写真中)はじめアメリカからの膨大な武器供与によって戦況が好転したことから、この際、懸案のクリミア半島まで戦い取ろうというもので、新たな宣戦布告にも等しいと言わねばなりません。

 クリミア半島の「解放(奪還)」まで戦争を続けることはあまりにも無謀です。「クリミア併合」の経過からしても(23日のブログ参照)、ロシアがそれを甘受しないことは明白で、戦争の泥沼化は必至です。

 ここで想起されるのは、イタリア政府が5月20日に発表した「和平案」です(5月29日のブログ参照、写真右)。「和平案」の4項目はこうでした。

①停戦と、国連監視の下での前線の非軍事化。
②ウクライナのEU加盟を定めつつも、北大西洋条約機構(NATO)加盟を想定しないウクライナの地位についての協議。
ウクライナとロシアの間のクリミアとドンバスに関する二国間合意。特に「係争地」が自らの安全を独自に保障する権利を持つ完全な自治を有することになるが、主権はウクライナ政府に属することになる。
④軍縮・軍備管理、紛争防止、信頼向上方策を含む欧州における平和と安全の他者間合意の締結。

 とりわけ注目されるのは、懸案のクリミア、ドンバスに関する第3項です。この「和平案」を参考にしかるべき機関から新たな「和平案」が提示されることが望まれます。
 
停戦は、降伏と明確に異なる。戦争の結果とは無関係だ。領土・帰属問題の決着や戦争犯罪の取り扱いは、むしろ戦闘行為が中断されてから時間を掛けて議論すべきだ」(伊勢崎賢治・東京外大教授)という指摘も重要です(5月21日のブログ参照) 。 

 何よりも優先すべきは人命であり、そのための早期停戦・和平です。侵攻から半年にあたり、この不動の原点を改めて確認する必要があります。

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「ロシアが一方的に併合したクリミア」は正しいか

2022年08月23日 | 国家と戦争
   

 ウクライナ戦争はクリミアをめぐる攻防が焦点になりつつあります(そのことの問題点は後日考えます)。NHKのクリミアに関するニュース・解説では「ロシアが8年前に一方的に併合したクリミア」が常とう句になっています。これは正しいでしょうか。

 「8年前の併合」とは、2014年のロシアへの「併合」のことですが、その経緯・背景について、塩川伸明・東京大名誉教授(ロシア史・比較政治学)はこう指摘しています。

「政権(当時のウクライナ・ヤヌコヴィチ政権=親ロ―私)全体として行き詰まりの様相を濃くしていきました。こうした流れのなかで、2013年末から14年初頭にかけて反政府運動(キエフの中心にある広場にちなんで「マイダン運動」と呼ばれる)が高まったのは、自然なことでした。

 ところが、この運動は2014年2月に突然、暴力革命の様相を帯びるに至り、ヤヌコヴィチは国外逃亡に追い込まれます。その背後の事情は明らかではありませんが、整然たる市民運動のなかに過激な暴力を持ち込む極右勢力が紛れ込んだようであり、そのなかにネオナチ的な人たちもいたようです。

 このような「マイダン運動」の暴力革命化は、ロシア語系住民の多いクリミヤやドンバス2州の住民を刺激し、前者のロシアへの移行、後者における「人民共和国」樹立を引き起こしました。これは国家秩序の非立憲的な変更であり、諸外国から強く非難されました。もっとも、当事者たちからすれば、その前にキエフで非立憲的な暴力革命があったということが正当化根拠とされるわけです」(「世界」5月号)

 また、松里公孝・東京大大学院教授(ロシア帝国史)はこう指摘します。

ユーロマイダン革命は凄まじいばかりの暴力であり、「親露か、親欧米か」などという、それまでのウクライナ政治の対立軸を、むしろ吹き飛ばしてしまった。クリミア人やドンバス人は、自分たちがロシア語を使う権利や、ロシアとの経済的・文化的つながりを守るためだけに、ロシアへの帰属替えを求めたのではない。右派民族主義者による暴力や殺害を恐れてウクライナから逃げ出したのである。(5つの代表的な暴力事件を列挙―略)

 特徴的なのは、革命派が、これら暴力事件を携帯電話で録画し、自らソーシャルメディアに盛んに公開したことである。これは常識ある市民を恐怖のどん底に突き落とした。実際、ユーロマイダン革命中は、凄惨な死体の録画がユーチューブ上に溢れていた。

 2014年3月16日の住民投票で、クリミア住民はロシアへの併合を要求し、それは実現された。国際社会は、当然併合を認めないので、クリミアは非承認地域になってしまった。…ロシアに併合された直後は、「住民投票では、少し早まったかな」と後悔するクリミア市民は相当いただろう。しかし、オデッサやドンバスでの凄惨な場面をテレビやソーシャルメディアで見せられて、彼らは自分の選択の正しさを確信してしまった。(中略)

 ウクライナにおける法治主義の衰退は、プーチン政権にウクライナ侵略の口実を与えた」(「世界」臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」)

 2014年3月のロシアへの併合は「非立憲的」だったにしても、それは「住民投票」によって決められたものであり、そこにクリミア住民の意思があったことは確かでしょう。そしてその住民意思は、「ロシア語を使う権利や、ロシアとの経済的・文化的つながりを守るため」であるとともに、「マイダン革命」(写真中・右)という凄まじい「非立憲的な暴力革命」から逃れたいという意思だったのです。
 その「マイダン革命」を仕掛けたのは、アメリカ政府だったことが明らかになっています(3月28日のブログ参照)

 こうした背景を一切捨象して、「ロシアが一方的に併合」と繰り返すことは、史実を歪めるばかりか、「ロシア悪魔」論の思考停止を視聴者に刷り込むことに他なりません。それは、「徹底抗戦」支持を煽り、ウクライナでいま最も求められている早期停戦・和平に逆行すると言わざるをえません。

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「自衛隊」が争点にならない沖縄知事選でいいのか

2022年08月22日 | 沖縄・米軍・自衛隊
   

 25日に沖縄県知事選が告示されます(9月11日投開票)。玉城デニー知事ほか、佐喜真淳・前宜野湾市長、下地幹郎・前衆院議員が有力予定候補とされています。

 自民党・岸田政権が「中国脅威」論を振りまき、日米安保条約=軍事同盟による米軍と自衛隊の一体化を強め、軍事費の大膨張拡を図ろうとして中で行われる沖縄知事選は、日本・東アジアの平和と民主主義にとってきわめて重要です。

 ところがその知事選が、焦眉の重要問題が置き去りにされ、争点化されないまま行われようとしています。石垣、宮古、与那国などの島々および沖縄本島ですすめられている自衛隊配備強化・ミサイル基地化問題です。

 自民党推薦の佐喜真氏や下地氏がこの問題を取り上げないことは自明です。問題は、日本共産党や社民党など国政野党の「オール沖縄」候補である玉城知事も自衛隊問題をスルーしていることです。

 玉城氏は17日に「公約」を発表しましたが、この中に「自衛隊問題」は入っていません。県紙紙上で行われている「クロス討論」などでも、この問題は議論されていません。

 玉城氏だけではありません。日本共産党沖縄県委員長代理の鶴渕賢次氏も知事選インタビューで、「最大の関心事は平和と暮らし」としながら自衛隊問題には一言も触れていません(19日付沖縄タイムス)。

 沖縄の二大県紙、琉球新報、沖縄タイムスも、知事選の社説や予定候補者への質問でも、自衛隊問題は取り上げていません。

 候補者も、政党も、メディアも、それこそ“オール沖縄”で自衛隊問題を知事選の争点から外しているのです。きわめて重大な状況と言わねばなりません。

 しかし、住民・県民は違います。

 17日、琉球新報などの主催で3氏の公開討論会が行われ、事前に有権者から寄せられた質問に3氏が答えました。その内容が21日付同紙に掲載されましたが、その中には「石垣の陸自駐屯地建設の賛否」がありました。住民は切実な問題を問いただしているのです。

 これに対し玉城氏は、「災害救助や急患輸送など、自衛隊の役割が評価されていることは認めている」としながら、「地域住民への十分な説明、住民合意を顧みず、地域に分断を持ち込む計画には反対せざるを得なくなる」(21日付琉球新報)という持論に終始し、「対話」を口にするだけで自衛隊配備強化・ミサイル基地化には基本的に賛成であることを改めて示しました。

 玉城氏の安保・基地問題の本質が表れているのは自衛隊問題だけではありません。玉城氏の公約は、「①県経済・県民生活の再生②子ども・若者・女性支援策のさらなる充実③辺野古新基地建設反対・米軍基地問題」の3本柱ですが、「陣営内では基地問題を前に出す案もあったが、玉城氏本人の意向で…経済対策を筆頭に持ってきた」(18日付琉球新報)経過があります。辺野古新基地反対でも姿勢の後退は明らかです。

 もともと玉城氏は4年前の知事選に出馬する直前まで沖縄防衛協会の顧問を務めていたほどでの自衛隊・基地支持者です。それが自衛隊・基地反対の市民を含む「オール沖縄」が支持母体であるため、あからさまな「自衛隊支持」は控えているだけです。

 逆に、「オール沖縄」陣営内で「自衛隊・日米安保反対」の声が鳴りを潜め、那覇市議会の「自衛隊感謝決議」(4月25日)に共産党も賛成する事態になっています。

「ミサイル基地いらない宮古島住民連絡会」は駐屯地開設(2019年3月)以来粘り強く活動を続けていますが、今、新たな困難に直面しています。「現代の治安維持法」といわれる「土地規制法」が9月に全面施行されるのを前に、「反戦・反基地運動を行う私たちの周辺で、個人情報が収集される動きや自衛隊内の住民敵視の事態が起こっている」(住民連絡会・清水早子さん)のです(写真中・右は宮古島の自衛隊と抗議する住民)。

 沖縄の平和・民主勢力は、自衛隊増強・ミサイル基地化反対を前面に掲げる候補者を擁立すべきです。仮にこのまま「自衛隊賛成」の面々で知事選が行われるとしても、「自衛隊問題」が最重要課題であることは変わりありません。

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