アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

温度差

2012年11月30日 | インポート

 さすがに沖縄は暖かいですね。今日の最高気温の予報をみても、東京の8度に対し那覇は19度。これでも平年より低いとか。
 でも、もっとすごい「温度差」を、転居してすぐに実感する出来事がありました。
 引っ越して3日後の11月7日、「九州市長会」というのが宮古島であって、沖縄の市長さんたちから「オスプレイ配備に反対する決議案」が提案されました。これだけ世論も盛り上がっているのだから当然満場一致で採択されるだろうと思ったら、なんと反対意見が続出して葬り去られたのだそうです。なかには、沖縄に配備されなくなると自分の市に回ってくるおそれがあるから反対だと、あけすけに本音を公言した鹿児島県内の市長もいたとか。沖縄のすぐ近く、同じ九州の市長でありながら、沖縄とのこの「温度差」はなんということでしょうか。
 でも驚きはこれにとどまりませんでした。
 翌日の新聞で沖縄の二つの県紙はこの問題を1面トップはじめ大々的に報じました。怒りが伝わってきました。ところが、図書館で全国紙をみると、どの新聞にも載っていないではありませんか(後日小さく報じた新聞はありました)。
 基地問題での沖縄と本土の受け止めの違い、「温度差」は常々言われており、新聞はじめメディアの報道がそれに大きくかかわっていると指摘されてきましたが、転居してこんなにも早く、その実態を実感することになるとは・・・。
 沖縄の過酷な現実を突き付けられた思いでした。
 でも、重要な事実を知らされない本土の人たちも、同じく犠牲者なのかもしれませんね。
 


たくましい「女きょうだい」

2012年11月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 さまざまな角度から沖縄の今と歴史を知りたい。それが転居の目的ですから、新聞やチラシを見てできるだけいろいろなところに出かけることにしています。
 昨日(11月28日)は「うないフェスティバル」という催しのオープニングシンポジウムに参加しました。「うない」とは古代沖縄で「女きょうだい」を意味したのだそうです。
 シンポジウムはハワイから4人の学者・運動家を招き、「先住民」(インディジネス)としての沖縄とハワイの共通点から、人権確立、民族解放の運動を学びあおうというものでした。
 「先住民」でなく、しかも男の私が参加していいものかとも思いましたが、行ってみると会場の5分の1くらいは男性。しかもアットホームな雰囲気だったのでひと安心です。熱心な討論に多くのことを学びました。とくに「先住民」は言葉、土地、儀式、先祖の4つで結ばれており、それらに対する思いがたいへん強いこと。そしてそれを奪うのが植民地主義だという指摘は目からウロコでした。同じくふるさとを追われた「フクシマ」の人たちのことが頭をよぎりました。途中何度も涙で言葉がつまるハワイやウチナンチュの女性たちの姿に、やさしさときびしさを見ました。
 それにしても沖縄の「女きょうだい」たちはたくましい。
 フェスティバルは12月9日までいろいろな企画があるようなので、また出かけてみようと思います。


自転車の難敵

2012年11月28日 | 日記・エッセイ・コラム

 那覇に転居して最初に考えたのは、日常の「足」を確保することです。
なにせ那覇には電車も地下鉄もありません。公共交通機関としてあるのはモノレール(ゆいレール)とバスだけ。それで那覇では自家用車とバイクがさかんに走り回っています。琉球新報によれば移動手段として公共交通機関を利用している割合は全国平均が30%に対し沖縄はわずか4%。逆に自動車保有台数の伸び率は全国一だそうです。
 私には自動車は経済的にはじめから無理。バイクは中古を数店探しましたが、10万円前後するのでこれもあきらめました。本命は自転車です。
 ところが困ったこと自転車屋さんがなかなか見つかりません。ホームセンターは皆無です。聞けばホームセンターは郊外店しかなく、みなさん車で買い物にいくのだそうです。それでもなんとか自転車屋さんを見つけ、一番安いものを買いました。これで楽に移動できる、と思ったのが甘かったです。予想もしなかった難敵に遭遇することになりました。
 それは坂道です。那覇市内ってなんて坂道が多いのでしょう。しかもその坂は並大抵の坂ではなく、ほとんどが降りて押さなければならないほどの急坂です。これでは自転車に乗る人が少ないのもうなずけます。
 那覇市内にこんなに急な坂が多いのもなにか歴史的な要因があるのでしょうか?
 とにもかくにも「足」は確保しました。毎日「マイカー」で動き回っています。


なぜ「沖縄」なのか

2012年11月27日 | 日記・エッセイ・コラム

今月4日、沖縄に転居してきました。

沖縄に親戚は皆無、知人も一人いるだけ。ほとんどこれまで縁がなかった地です。仕事があるわけでもありません。沖縄移住者に多いように、リタイアした人が沖縄の美しい自然の中で悠々自適の余生を送る、というのともまったく無縁です。

ではなぜ沖縄に来たのか。

昨年の「3.11」が転機でした。原発事故で苦しめられている福島の人々への「構造的差別」ということが指摘されました。そしてそれと同じ(よく似た)「差別」が続いているのが沖縄だとあらためて知らされました。

沖縄への「構造的差別」とは、その実態は何だろう。私自身も知らず知らずのうちにその差別に加担してきたのではないだろうか。

そう思うと、沖縄の歴史や現実に対し自分がいかに不勉強だったか痛感されました。自分の目と耳と肌で、沖縄(琉球)の現実を知らなければならない。その歴史を学び直さなければならない。そして「沖縄差別」をなくするために、自分に何ができるのか考えたい。それが私が沖縄に引っ越してきた理由です。

次回からは、そんな私の目に映った沖縄の姿、感じたこと、学んだことをレポートしていきます。

(2012.11.27)


ブログデビューです

2012年11月26日 | 日記・エッセイ・コラム

いま教えてもらいながらブログを立ち上げたばかりです。
パソコンは不慣れですが、多くの人に読んでいただき、できれば感想を聞かせていただきたいとの思いでこれから始めていきます。

11月4日に千葉県から那覇市に引っ越してきました。

これから自分の目で見、耳で聞き、肌で感じた「オキナワ」をお話ししていきたいと思います。

よろしくお願いいたします。


ブログ人、はじめました。

2012年11月26日 | 日記・エッセイ・コラム

はじめまして。
OCNブログ人でブログをはじめました。
このブログでは「私の沖縄日記」を書いていきたいと思います。

よろしくお願いします。