アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

沖縄・翁長氏は「第2次公約」の発表を

2014年10月30日 | 沖縄

      

 沖縄県知事選が今日告示されました。
 私はかねて、「真の革新候補の立候補・擁立を期待する」と述べてきましたが、残念ながら実現しませんでした。

 同時にこの間、多くの革新・反基地派の人々が擁立・支持する翁長雄志氏の「公約」を3回にわたって検証してきました。その結果、革新・反基地陣営が翁長氏を心から支持するには多くの疑問・問題点があることを示してきました。

 では、この時点でどうすべきか。
 私は、翁長氏は「第2次公約」を発表すべきだと考えます。翁長氏を支持する革新・反基地の人々は翁長氏にそれを求めるべきです。

 もともと基本政策・政治姿勢で多くの相違点がある翁長氏を革新陣営が擁立するのは、「重要課題は選挙で当選したのちに実現を迫る」という心づもりがあったからでしょう。
 しかし、重要課題での翁長氏の公約、言明は不明瞭なままであり、後退さえしています。とても「選挙後」に持ち越すことはできません。

 そして、重要課題で態度を明確にしないのが「保革相乗りに支障をきたす」から、つまり保守陣営に対する配慮だとすれば、それだけ保守の反対が強い問題で、選挙後に明確な態度を示す保障はまったくありません。むしろ、「根っからの保守」を自認する翁長氏は、選挙後、保守陣営に足場を置くと見るのが妥当でしょう。
 
 重要課題についての翁長氏の態度を明確にさせるのは、選挙後ではなく、選挙中のいまです。選挙戦の最中の今こそ、はっきり公約に明記させるべきです。

 そのために「第2次公約」が必要なのです。
 翁長氏の「第2次公約」では、少なくとも次の9項目が明記されるべきです。

 ①「辺野古埋め立て承認は取り消す。あるいは撤回する」
   …翁長氏は「法律的瑕疵の有無は当選後に検討する」と述べていますが、何をいまさら。瑕疵があることは「翁長支持」の学者・弁護士も断言しています。そもそもなぜ今まで「検討」しなかったのでしょうか。「選択肢の1つ」などという曖昧な言い方ではなく、「取り消し・撤回」を明言すべきです。

 ②「憲法9条を守り、県民のくらしの中に憲法を生かします。解釈改憲に反対します」
   …翁長氏は「憲法改正」について、「国民の一層の理解を深めることが必要」(10月30日付沖縄タイムス)と、改憲論者であることを改めて示しています。それだけに重要な項目です。

 ③「特定秘密保護法の廃止を求めます」

 ④「消費税増税に反対します」

 ⑤「高江のヘリパッド建設に反対し、中止させるためあらゆる方法を講じます」

 ⑥「全国の原発の廃止・廃炉をめざし、既存の原発の再稼働に反対します」

 ⑦「政府による教科書の押し付けに反対し、教科書採択の自主性・民主性を守ります」

 ⑧「憲法9条を骨抜きにする集団的自衛権行使に反対し、それを容認した閣議決定の撤回を求めます」

 ⑨「与那国、宮古、石垣なはじめ、沖縄への自衛隊配備強化に反対します」

  ①~⑤は必須です。とくに②~④は革新5会派と締結した「基本姿勢」(9月13日)の文言そのままです。⑤は記者会見で述べたこと。⑥は翁長氏の「3つのNO」の中の「反原発」の実態を明確にするため。⑦~⑨は沖縄と日本の平和・民主主義にとって、革新陣営として妥協できない重大課題です。

 「南城市の古謝景春市長は、翁長氏が41市町村の代表が政府に提出した建白書をまとめる際に『反対することで振興策が多く取れる』と発言したと主張し、『さまざまな疑念がある』とした」(28日付沖縄タイムス)と報じられています。
 これに対し翁長氏は、「論理がすり替わっている」(29日付沖縄タイムス)と反論しています。

 さまざまな疑念を払拭するためにも、ぜひとも「第2次公約」を発表していただきたい。


沖縄・翁長氏の「基本認識」を検証する

2014年10月28日 | 沖縄

      

 沖縄県知事選での翁長雄志氏の「公約」検証の3回目として、すべての政策の根幹になる「基本的な認識」を検証します。それは、今回の知事選にとどまらず、今後の沖縄の政治・社会の行方に重要な意味を持つと考えるからです。

 「公約」の「基本的な認識」の中で翁長氏はこう述べています。「私の胸中にあるのは、常に、イデオロギーよりアイデンティティー」。これは翁長氏が随所で繰り返している、いわば翁長氏の「政治信条」の根幹です。

 翁長氏が言う「イデオロギーよりアイデンティティー」とはいったいどういうことでしょか。

 「イデオロギー」とは「政治理念」です。そして、「ある政治理念が違う立場に立つ政治理念を批判する場合、相手の政治理念を『イデオロギー的である』と指摘する」(ウィキペディア)といわれています。

 「基本的な認識」の中で翁長氏はこうも述べています。「沖縄では、もはや保守が革新の敵ではなく、革新が保守の敵でもありません」。
 さらに翁長氏は、「本当に私はこれまでの政治活動が間違っていなかったと感じています」(10月16日、共産党演説会)と、これまでの「根っからの保守」としての政治活動を自賛しています。

 これらを総合すると、翁長氏が言う「イデオロギーよりアイデンティティー」とは、自らが歩んできた保守の立場に立って、保革の争いをやめること。すなわち革新にその政治理念を放棄させ、保守に吸収することにほかならないのではないでしょうか。

 その結果どうなるか。中央の保守(自民党)政権との闘争回避であり、協調路線です。

 翁長氏は出馬表明記者会見(9月13日)で、「日本政府に対抗しているとは思っていない」「日本政府とは協力的にやっていきたい。90%くらいは日本政府と考えは同じだ」と述べました。これが翁長氏の本心でしょう。

 翁長氏だけではありません。例えば、翁長氏の先輩で保守の重鎮、外間盛善氏(元自民党沖縄県連会長・県議会議長)は、率直にこう述べています。
 「保守・革新の対立軸が無くなりつつある」「保革にとらわれずに国家に協力し、国民全体の知恵で国づくりに協力していく方向へ向かうだろう」(琉球新報10月21日付)

 だからこそ、翁長氏は「公約」で、「特定秘密保護法廃止」「解釈改憲反対」「消費税増税反対」を削除し、「集団的自衛権行使」「自衛隊増強」「検定教科書押しつけ」などには初めから触れようとしないのではないのでしょうか。なぜなら、それらは安倍・自民党政権と決定的に「対立」するものであり、それを「公約」しては「政府に協力する」ことができないからです。

 自衛隊を増強し、米軍との一体化を進め、秘密保護法を強行し、集団的自衛権行使容認を閣議決定し、消費税をさらに増税し、原発を再稼働させ、天皇を元首とする「自主憲法制定」をめざす自民党政府と、いったい何を「協力的に」やっていくのでしょうか。どのような「国づくりの協力」をするというのでしょうか。

 こうした翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティ」論に、革新陣営の人びとは疑問を感じないでしょうか。同調してよいのでしょうか。

 <ちょっといい話>

 25日のEテレ「TVシンポジウム」で「第28回短歌フォーラムin塩尻」という番組が放送され、全国から寄せられた多数の短歌の中から入選作が紹介されました。その中の1つです(写真右)

 「ジュゴン棲む 珊瑚の海を 守らむと 指笛鳴らす 名護の明るさ」

 長野県諏訪市の方の作です。「名護の明るさ」には賛否あるかもしれませんが、明るい未来を実現する決意と取りました。辺野古のたたかいを全国が注視し、応援しています。

  


沖縄・翁長氏が「公約」しようとしなかったこと

2014年10月25日 | 沖縄

 沖縄県知事選で立候補する翁長雄志氏(写真中央)の「公約」(政策)の検証を続けます。

「反原発」の実態は?
 翁長氏が21日発表した「公約」の中で、「カジノ反対」とともに注目されたのが、「原発建設」を「3つのNO」の1つにあげ、「美ら島・沖縄に原発は要りません。原発建設に断固反対します」としたことです。沖縄の原発建設に「断固反対」することはもちろん評価します。
 しかし、これをもって翁長氏の政治信条が「反原発」だと断定することは早計ではないでしょうか。なぜなら、「沖縄に原発」を建設することは当面問題にもなっておらず、おそらく少なくとも任期中の4年間でも俎上にはのぼらないでしょう。現実的に問題になっていないことに「断固反対」してもどれほどの意味があるでしょうか(もちろん「容認」より「反対」の方がいいことは言うまでもありませんが)。
 「反原発」で今現実的・具体的に問われているのは、「再稼働」の是非です。とりわけ現在最も焦点になっている、お隣、鹿児島県の川内原発の再稼働です。これほど問題になっているのに、なぜ翁長氏は「川内原発の再稼働」について触れなかったのでしょうか。翁長氏の「反原発」がホンモノなら、「川内原発をはじめ、既存の原発再稼働に断固反対」と明言していただきたいと思います。

「高江ヘリパッド反対」の不明瞭さ
 翁長氏の「公約」では「高江のヘリパッド建設」問題には一言も触れていません。そして記者会見で質問に答えてこう述べました。「『建白書』でオスプレイ配備撤回を求めていく中で、連動して反対することになると思います」。
 いかにも回りくどい言い方です。そもそも「建白書」には「高江」の文字は1つもありません。これは「建白書」の不備です。あるいは、一致点にならなかったから盛り込めなかったのかもしれません。後者なら、あくまでも「建白書」の実現を掲げる翁長氏が高江のヘリパッド建設に「反対」すると確信することには無理があります。だから「公約」には入れなかったのだと推測されます。
 しかし翁長氏は記者会見では「反対」と明言しました。記者会見で明言できることを、なぜ「公約」には盛り込まなかったのでしょうか。

「二重公約」の疑念
 ここで、「公約」と記者会見の関係を考えます。最大の焦点の「辺野古埋め立て承認の撤回・取り消し」についても、「公約」ではまったく触れず、記者会見で「選択肢の1つ」と答えたことは、前回検証しました。「高江」の問題も同様です。翁長氏は焦点の重要課題を「公約」には盛らず、記者会見で表明するという手法をとっています。
 これは奇妙なことです。通常、重要課題については「公約」に盛り込んだ上で、会見で補足説明がされるものです。「公約」ではまったくふれていない問題について、会見で重要な表明をするのは異例です。なぜでしょうか。
 記者会見での言明も公約と見なされるのが普通です。つまり翁長氏には、文書で発表した正式な「公約」と、記者会見で言明した「公約」と、重要問題について2種類の「公約」が存在することになります。二重帳簿ならぬ「二重公約」です。
 なぜこんなことをするのでしょうか。ここに、記者会見での「公約」は翁長支持の「革新」、市民の人たち向け、そして、文書の正式な「公約」はそれ以外の支持勢力(あるいは中央組織)向けではないのか、という疑念が生じます。
 そうでないというのなら、記者会見で言明した重要問題を、どうして正式な「公約」では一言も触れなかったのでしょう。今からでも、記者会見で言明した「撤回」「高江」を、文書の正式な「公約」として追加すべきではないでしょうか。

一貫してふれない「集団的自衛権行使容認」、自衛隊配備増強
 翁長氏が「公約」でも記者会見でも、一貫して触れないのがこの問題です。記者会見では質問がなかったので触れようがありませんでしたが、この重要問題を質問しないメディアの鈍感さにもあきれます。
 触れない代わりに、逆の懸念が「公約」にはあります。それは前回検証したように、「革新」との協定には盛り込まれていた「解釈改憲反対」が、「公約」ではすっぽり抜け落ちていることです。
 「解釈改憲」で目下、最大の焦点になっているのは、言うまでもなく、9条を骨抜きにする「集団的自衛権の行使容認」です。翁長氏は従来、その閣議決定の「稚拙さ」は批判していますが、集団的自衛権の行使自体には反対していません。そして今回のこの「解釈改憲反対」の削除です。
 同時に重大なのは、八重山諸島や沖縄本島への自衛隊配備増強です。これが集団的自衛権行使容認、さらに「日米防衛協力指針(ガイドライン)」見直しと密接不可分であることはいうまでもありません。
 安倍政権によるこうした自衛隊増強政策は、直接沖縄にかかわるきわめて緊急で重大な問題です。翁長氏はなぜ、この重大問題に対して口をつぐんでいるのでしょうか。
 そして翁長氏を擁立する社民党、共産党、社大党の各党は、この重大な情勢の中で行われる沖縄の県知事選で、「集団的自衛権行使容認反対」も訴えないで、訴えられない候補者の下で選挙を行うことが、自らに対して容認できるのでしょうか。
 今からでも、翁長氏、そして翁長氏を擁立する「革新」諸会派は、「集団的自衛権行使容認反対・閣議決定撤回」「自衛隊配備強化反対」を「公約」に掲げるべきです。

 私は、諸悪の根源である「日米安保条約」の「廃棄」も掲げて選挙を行うべきだと思っています。しかし、百歩譲って、今回の選挙では「日米安保条約」の是非は問わないとしても、前回と今回検証した諸問題は明確にされるべきだと考えます。 

 

 


沖縄知事選・翁長氏の「公約」はなぜ後退したのか

2014年10月23日 | 戦争と平和

 沖縄知事選に立候補を予定している4候補の政策が出そろいました。この中で、翁長雄志那覇市長の政策に注目し、検証します。なぜなら、仲井真弘多現知事ら3人は、もともと到底支持することなどできず、「政策の検証」にすら値しないからです。
 沖縄の友人たちを含め、多くの善意の人たちが期待を寄せている翁長氏の政策を検証することによって、今後の沖縄の平和・民主運動に注目したい、との思いで検証します。

 21日発表された翁長氏の公式な政策(以下「公約」=写真右は公式サイト)で、「カジノ反対」が明記されたことは大いに評価します。 しかし、その他の政策は、当初の「約束」よりも大きく後退していると言わざるをえません。
 当初の「約束」とは何か。翁長氏が沖縄の社民党、共産党、社大党、生活の党、県民ネットの県政野党5会派(いわゆる「革新」)と締結した「沖縄県知事選挙にのぞむ基本姿勢および組織協定」(2014・9・13、以下「基本姿勢」=写真左)です。翁長氏はこれに基づいて同日「立候補表明の記者会見」を行い、「革新」はこれによって翁長氏擁立に踏み切ったのです。いわば、翁長氏と「革新」を結ぶ要であり、県民に対する約束です。

 ところが「公約」には「基本姿勢」に明記されていた重要な要素が数多く欠落・消滅しているのです。具体的に見ていきます。

 ①辺野古埋め立ての「撤回」
 「基本姿勢」では、「新しい知事は埋め立て承認撤回を求める県民の声を尊重し、辺野古新基地は造らせません」となっていました。
 しかし「公約」では、「あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない」としているだけで、「撤回」の文字が消滅しています。記者会見で翁長氏は質問に答え、「撤回も選択肢の一つであり知事になって検討したい」と述べただけです。ここでも「選択肢の一つ」というこれまでの姿勢を変えていませんが、それさえも公式の公約ではなく、記者会見での発言にすぎないのです(「公約」と記者会見の関係については後述します)。
 「承認撤回」については、「革新」は当初候補者選びの段階で「撤回する」と明言していました。それが翁長氏と立候補交渉をする中で、「県民の声を尊重」と大幅に後退した経緯があります。今回「公約」からの消滅は2回目の決定的な後退です。

 ②憲法・解釈改憲・特定秘密保護法
 「基本姿勢」は、「憲法9条を守り、県民のくらしの中に憲法を生かします。解釈改憲に反対し、特定秘密保護法の廃止を求めます」と明記していました。
 ところが「公約」では、「解釈改憲に反対」「特定秘密保護法の廃止」はすっぽり抜け落ちています。
 長文の「公約」の中で「憲法」という言葉が出てくるのはただ1度。「ノーベル平和賞の呼び声も高い憲法9条の精神を尊重」というくだりだけです。
 「憲法9条を守り」と「憲法9条の精神を尊重」ではだいぶ違います。まして、「くらしの中に憲法を生かします」という、極めて重要な政治の基本姿勢はどうしてしまったのでしょう。
 「秘密保護法」の強行実施が迫っている重要なときに、あえてそれを削除したのはなぜなのでしょうか。

 ③消費税増税
 「基本姿勢」では、「消費税増税に反対します」と明言しています。
 しかし「公約」では、「消費経済に影響を及ぼす増税に反対」と言い換えています。あえて「消費税増税に反対」としなかったのはなぜでしょうか。消費税増税も、それが「消費経済に影響を及ぼす」ものではないと判断すれば、「反対」はしないという余地を残したものでしょうか。

 以上が「基本姿勢」から「公約」への重大な後退です。
 なぜこのような後退をしてしまったのか。翁長氏本人はもちろん、「基本姿勢」に基づいて翁長氏擁立に踏み切った「革新」5会派も、説明する責任があるのではないでしょうか。「基本姿勢」も県民・有権者への約束だったのですから。

 翁長氏の「公約」には、「基本姿勢」との関係以外にも、重要な問題が多々あります。「原発」問題も含め、次回(明後日)検証します。

原子力―大学・メディア取り込む米戦略

2014年10月21日 | 原発・放射能

 18日のETV特集で、「ヒロシマ―爆心地の原子力平和利用博覧会」が放送されました。
 1956年5月27日~6月17日、広島で「原子力平和利用博覧会」が開催されました。それが、ビキニ水爆実験(1954年3月)で高まった原水爆禁止の世論・運動を懐柔するためのアメリカの戦略であったことは、知られている事実です。
 今回の番組はその仕掛け人であるアボル・ファズル・フツイ広島アメリカ文化センター館長(当時=写真中央)に焦点を当てたものです。
 
 当時アメリカはまず原爆資料館をターゲットにしました。原爆の残酷さを示す物品を展示した資料館をアメリカは「ホラーミュージアム」と呼び、なんとか展示内容を変えさせようとしたのです。
 その使命を帯びて1952年日本に赴任したフツイは、自ら尺八、妻が琴や料理教室などで日本人・広島県人との「親近感」をつくりだすことに家族ぐるみで注力しました。
 
 そんな中、1953年8月、ソ連が第1回水爆実験。それをうけ、同年12月アイゼンハワー米大統領が水爆実験実施のために「原子力の平和利用」というカムフラージュを大々的にぶち上げました。そのための手段にしたのが「原子力平和利用博覧会」です。
 日本でその旗振り役を務めたのが、正力松太郎(読売新聞社長)。第1回は1955年11月東京で開催されました。
 「この博覧会は、アメリカが当時、『平和のための原子力』政策の洗脳作戦の一部として、CIAが深く関与する形で、世界各地で開いていたものであった。日本でもCIA、USIS(アメリカ国務省情報局)と駐日アメリカ大使館が共同で準備していたが、これに正力が全面的に協力する形で開催された」(『原発と広島』田中利幸、ピーター・カズニック)ものです。
 
 第2回の開催地が広島です。被爆地での開催に対する反対意見を封じて、開催にこぎつけるために奔走したのがフツイでした。しかもフツイが選んだ博覧会の会場は、展示内容の換骨奪胎を狙っていた原爆資料館だったのです。
 フツイがターゲットにしたのは、大学とメディア、広島大学と中国新聞でした。
 特に広大に対しては、当時学長の森戸辰男(元文相)に根回しし、「全面支援」を約束させました。フツイはそれをアメリカ本国に得意満面で報告しています(写真右)。さらに山口勇子さんら反対者を交えた座談会を中国新聞紙上で行い、その場で広大理学部長(藤原武夫氏)らに「博覧会賛成」論を強調させ、反対意見を封じ込めました。藤原学部長はフツイ宅で催される夕食会に招待されるメンバーでした。
 
 こうしたフツイの工作の結果、広島での「博覧会」の主催には、広島県、広島市、中国新聞、広島大学、広島アメリカ文化センターの5団体が名を連ねることになったのです。
 そして博覧会開催後、原爆資料館にはアメリカから「展示物の寄贈」がおこなわれ、原爆の悲惨さ、恐怖を示す展示物は一掃されてしまったのです。

 核・放射能に対する恐怖・反対世論を、大学(学者)とメディアを取り込むことによって懐柔する。原発(それと一体の核戦略)推進勢力の戦略は、半世紀以上たった今も、変わっていません。

 <ニュースの視点>
        
   小渕通産相辞任で問われるもの
 小渕通産相と松島法相のダブル辞任は、自民党の旧態依然とした体質を露呈しました。任命権者の安倍首相の責任が厳しく問われることはいうまでもありません。
 同時に、小渕氏の地元・群馬の有権者が「残念です」と語っているのを聞くと、首をかしげざるをえません。
 小渕氏の「観劇会」での収支不一致は、バス300台といわれる観劇会での利益供与とみられます。参加者は1万円余の会費が「安い」と分かっていたはずです。分かっていながら甘い蜜を吸い、その代わりに「一票」を提供したのです。政治家(屋?)と有権者のこの利害関係、もたれあいこそ、自民党政治の実態であり、そこに小渕辞任の深層があります。このもたれあいはもちろん、群馬だけでも、自民党だけでもありません。
 利益供与(金)で政治信条(票)を売り渡すような風土を、有権者の方から改めない限り、こうした醜態はなくなりません。おろかな「大臣」の首をすげかえただけでは、何も変わらないのです。

沖縄・「県内移設反対」と「県外移設」のはざま

2014年10月18日 | 沖縄


 沖縄県知事選をめぐり、仲井間弘多陣営から翁長雄志陣営に「公開質問状」が出され、それに対する「回答」が先日行われました。
 その中の1つに、「普天間基地の移設先はどこが適当と考えるのか」という質問があり、翁長陣営は「政府が責任をもって決めること」と回答しました。

 翁長陣営としては妥当な回答です。なぜなら、「保革相乗り」の翁長陣営は、「オール沖縄」の「建白書」(2013・1・28)が唯一最大の「一致点」であり、「建白書」は「米軍普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること」とあるからです。

 問題はこの「県内移設断念・反対」論と「県外移設」論の関係です。
 本土の人間には両者は同じことのように聞こえるかもしれませんが、この間には大きな違いがあります。
 「県内移設反対」とは、文字通り、辺野古沖をはじめ沖縄県内はどこでも移設反対だということですが、では沖縄でなければどこなのか、ということには踏み込んでいません。
 これに対し「県外移設」論は、沖縄以外の本土へ移転せよ、という立場です。
 「県外移設」論が沖縄で主張されていることの背景・意味を、桃原一彦沖縄国際大学准教授はこう解説しています。

 「毎年、沖縄には県外から多くの運動家が駆けつける。しかし、米軍基地の負担をめぐる沖縄の状況は一向に改善されないばかりか、悪化の一途をたどろうとしはじめていた」
 そのときに、沖縄の女性たちのグループが「県外移設」を主張しはじめました。それは…。
 「『基地問題』を当事者として考えない日本人の問題と、その背後にある既存の運動形態や『連帯』のあり方に対して『県外移設』の要求で介入したのである。それはたんなる感情的でとっぴな『叫び』ではない。『ヤマト』に対し『安保問題』を当事者として引き受けさせるための新たな議論の展開を見据えて組み立てた運動の論理である。それは、既存の運動や連帯の形式に向けられた言葉であり、そして何よりも、そのような形式にもたれかかる『ヤマト』に対して新たな係争の場を創設するための言葉である」(沖縄タイムス、2014・9・29付)

 翁長氏の持論は「県外移設」です。それは、恥ずべき「公約違反」で批判を浴びている仲井真氏の4年前の「公約」が「県外移設」であり、選対本部長として仲井真氏の「当選」に尽力したのが翁長氏にほかならないことからも明らかです。
 翁長氏の「県外移設」論は、「日米安保は必要」であり、「安全保障は国民全体で負担すべき」(17日の公開討論会=写真右)という考えに基づいています。

 こうした「県外移設」論に、共産党など革新政党・会派は賛成できません。それは「本土の沖縄化」をすすめるものであり、問題の解決にはならない、という立場だからです。この点で「保革の違い」は決してなくなってはいません。
 だから議論がそこまで進めば、「保革の違い」が改めて表面化するため、知事選では「県内移設反対」という「一致点」にとどめているのです。

 知事選が終われば、必ずその先が問題になってきます。
 基地負担が差別的に集中している沖縄の「負担軽減」に「反対」の人はまずいないでしょう。ではその基地はどうするのか。本土=自分が住む市町村への受けに賛成するのか反対するのか。反対なら基地はどうすべきだと考えるのか。

 「辺野古新基地建設」の是非が最大の争点になっている沖縄県知事選で最も問われているのは、実はわれわれ「ヤマト」の態度・生き方ではないでしょうか。

怖い軍隊(自衛隊)への親近感

2014年10月16日 | 自衛隊・軍隊

PhotoPhoto_2 石川文洋さん(報道カメラマン)は講演(5日、福山市内)で、ベトナム戦争を4年間取材した体験から、こう断言しました。
 「戦場では米兵は民間人でも見れば撃つ。日本の自衛隊もそう訓練している」

 さらに集団的自衛権行使容認の危険性に触れた石川さんは重ねてこう指摘しました。
 「戦争になれば自衛隊は相手を殺す。そのための訓練をしている。…フツウの人が軍隊に入れば変わるのです」

 自衛隊は軍隊であり、戦争になれば(巻き込まれれば)、自衛隊は軍隊として相手の兵士を殺す。それが戦争であり、軍隊というもの―この当たり前のことを、石川さんの話は改めて強く思い起こさせてくれました。
 そしてこの自明なことが、いま、日本では忘れられようとしています。いいえ、忘れさせようとする国家権力の政策が浸透してきています。

 御嶽山で警察、消防とともに救助活動を続けている自衛隊員の苦労は並大抵ではありません。ほんとうに頭が下がります。
 しかし、あれは本来の自衛隊の姿ではありません。先日、現地の自衛隊責任者がいみじくも言いました。「持てる戦力を最大限に投入する」(写真右)。
 彼らにとっては、災害救助の人力・機材も「戦力」なのです。まさに自衛隊は軍隊であり、軍隊の本分は「戦う」ことなのです。

 この自衛隊の本質が後景に追いやられ、災害救助活動のたびに、「人を助ける自衛隊」のイメージが作られています。連日テレビにはいかに自衛隊が奮闘しているかが、「自衛隊撮影」の写真によって流されています(写真左)。

 こうして自衛隊の誤ったイメージが流布されることは大変危険であり、絶対に軽視することはできません。
 それは「人を殺す軍隊」への違和感がなくなること、いいえそれどころか親近感さえ醸成されることになるからです。
 こうした動向が、集団的自衛権行使容認による憲法9条空洞化と密接不可分であることはいうまでもありません。
 災害救助の使命に燃えて自衛隊に入隊する若者たちが、戦場で人を殺し、殺されることになるのです。

 災害救助については、この「日記」でもたびたび言ってきましたが、自衛隊に代わる専門の「災害救助隊」を創設すべきです。
 いま軍事費(防衛予算)に投じられている「5兆円」の5分の1でも「災害救助隊」に予算を付ければ、自衛隊員の雇用確保はもちろん、災害対策の機材導入・研究開発に多くの予算を使うことができます。
 残った4兆円は、医療や年金、教育に回せます。

 石川さんの講演での至言をもうひとつ。
 「軍隊は民間人を守らない。それは沖縄戦で明白です」

 <気になるニュース>
                   「海軍グルメフェスタ」の“盛況”

Photo_3 広島県呉、神奈川県横須賀、長崎県佐世保、京都府舞鶴の軍港4市から、「海軍カレー」など海軍ゆかりの料理を集めた「海軍グルメフェスタIN呉」が12日開催され、3万2千人(主催者発表)が集まりまりた。(写真)

 参加者の1人は、「呉と舞鶴の肉じゃがは味の濃さに違いがあって興味深かった」と話しています(中国新聞)。

 その前日に日米防衛協力指針(ガイドライン)の見直し案が明らかにされ、集団的自衛権行使によって、呉から、横須賀から、佐世保から、舞鶴から、自衛艦が地球のどこまでも出撃することになることを、どれだけの人が知って、カレーや肉じゃがを食べたのでしょうか。


「沖縄」―石川文洋氏の講演に拍手と注文

2014年10月14日 | 沖縄

PhotoPhoto_2 「命どぅ宝 戦争と人生を語る」と題した報道写真家・石川文洋さん(76)の講演会が、5日、福山市内でありました。

 石川さんは沖縄県那覇市の生まれ。1965年から4年間フリーカメラマンとしてベトナム戦争を取材。その後朝日新聞社カメラマンをへて再びフリーで活動中です。

 石川さんは主に、ベトナム戦争当時の豊富な写真(スライド)で、戦争の残酷さ、その中での「命のつながり」について力説しました。

 沖縄の辺野古の事態について、「安倍政権が造ろうとしているものは普天間基地の代替ではない。百年対応の巨大な新基地だ」と指摘した石川さんは、こう続けました。
「安倍政権は辺野古の新基地を将来自衛隊が使おうと考えている」

 なるほどそうか。辺野古新基地はアメリカの要求だけでなく(それよりむしろ)自衛隊の戦略上必要だということか。安倍政権の強硬姿勢の背景が納得できる見方です。

 沖縄では米軍と自衛隊の共同訓練・一体化が急速に進んでいます。その実態は沖縄タイムスの連載でも明らかされています。
 自衛隊増強問題は、今の沖縄の最重要課題の1つです。それは「辺野古新基地問題」とも密接につながっています。
 だからこそ、知事選の候補者には、「辺野古新基地反対」とともに、「自衛隊配備強化反対」をはっきり公約してほしいのです。

 石川さんの話は大変感銘を受けることが多かったのですが、あえて注文を付けさせてもらいます。
 それは「沖縄問題」についての言及です。

 私が石川さんの講演に期待したのは、本土(ヤマト)の人間とオキナワのかかわり、ヤマトの人間はどういう視点・姿勢でオキナワとかかわるべきなのか、という問題です。
 この問題では、沖縄に生まれ、ベトナム戦争を取材し、本土の新聞社に在籍していたという、特異な(素晴らしい)経歴をもつ石川さんならではの視点・考えがきっとあるはずです。それを聞きたかったです。

 会場いっぱいに集まった人たち(かなり政治的意識が高い人たちが多かったようですが)の中にも、もしかしたら「辺野古」をたんに「支援」の対象と見る人も少なくなかったのはないでしょうか。「辺野古」と自分自身の関係がどれほど考えられたでしょうか。

 そのことと関連するかどうか、講演のあと約20分間の「質疑応答」で、4人から質問が出たのですが、「沖縄」について質問した人は1人もいなかったのが残念でした。

 本土で「沖縄問題」の講演をする人には、本土と沖縄の関係、沖縄の「構造的差別」と本土との関係についてぜひ言及していただきたい。ヤマトの人間がオキナワに関わっていく視点を提示してほしいと思うのです。

 「それなら人まかせでなく、自分でやれ」という批判が聞こえてきそうです。
 その通りです。自分に何ができるか、考えたいと思っています。

 <注目の発言>
                 「だったら相乗りなんかするなよ」

Photo_3 12日朝の「サンデー・モーニング」で、「日米防衛協力指針(ガイドライン)」の改定が話題になりました。
 「改定」のキーワードは「切れ目なし」で、集団的自衛権行使容認の閣議決定とあいまって、地球上のどこでも、いつでも、「切れ目なく」米軍の戦争に協力しようとするものです。

 これについて佐高信氏(評論家、写真左端)がこう発言しました。
 「切れ目がないということは、けじめがないということ。だったら地方選挙で相乗りなんかするなよ、と言いたい」

 佐高氏の主張は、憲法の平和条項が重大は危機に瀕しているとき、安倍政権と正面から対決すべき野党は、地方選挙で自民党と安易な「相乗り」はするな、といことです。

 いま、「けじめがない相乗り」をしてはいけない相手は自民党だけではないでしょう。「日米安保は必要」と公言し、集団的自衛権行使容認には明確に反対を表明できない候補者に、革新勢力は「けじめがない相乗り」をするべきではないと思います。


「9条にノーベル平和賞を」と言うならば・・・

2014年10月11日 | 戦争と平和

PhotoPhoto_2 10日発表されたノーベル平和賞で、「憲法9条を保持している日本国民」は落選しました。
 私はこれでよかったと思っています。

 そもそもノーベル平和賞が佐藤栄作元首相に授与(1974年)されたことの一事をとっても、それがどれだけの意味を持つか疑問ですが、それはひとまず置きます。

 神奈川県の主婦が呼び掛けた「9条にノーベル賞を」の市民運動は9条を擁護する人々に広まり、ノーベル賞委員会には44万人以上の署名が提出されたといいます。
 自民党・安倍政権によって9条が危機に瀕しているいま、こうした草の根の護憲運動はきわめて大きな意義を持っています。確かに9条は世界に誇るべき内容です。

 それでも「ノーベル賞授与」には賛成できません。その理由は主に3つあります。
 1つは、「9条を保持」してきたことで、「戦後日本は戦争に加わることはなかった」と「日本国民」自身が考え、さらにそのメッセージを世界に発信することの間違いです。
 確かに「日本の軍隊」が直接本格的な戦闘に加わることはこれまで避けられました。それは9条があるからです。しかし、日本は戦争に加わらなかったわけではありません。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争のたびに、日本は9条がありながら、米軍の兵站基地として、あるいは爆撃機発進基地としての役割を果たしてきました。これは明確な参戦行為であり、戦争加害行為の一端です。これを棚上げして、「平和を守ってきた」というのは、事実に反し、みずからの責任を隠ぺいするものです。

 第2に、こうして日本がアメリカの戦争に加担してきたのは、いうまでもなく日米軍事同盟(安保条約)があるからです。憲法9条と日米安保はまさにメダルの裏表なのです。
 9条の非武装・非戦を貫くためには、軍事同盟からの離脱、即ち日米安保条約の廃棄が不可欠です。
 ところが「日本国民」は世論調査で、約8割が日米軍事同盟(安保条約)を支持しています。さらに、9条を攻撃し「国防軍」の創設を目指している安倍内閣をいまだに過半数の「国民」が支持しています。
 このような「日本国民」に、「9条を保持した」と胸を張ってノーベル平和賞を要求する資格があるでしょうか。今回(というよりノーベル賞の性格として)、「9条に」ではなく「9条を保持した日本国民」が受賞の対象になったのも、賛成できない大きな要因です。

 第3に、実はこれが一番大きな理由なのですが、「9条のおかげで日本は直接戦争に巻き込まれなかった」というとき、そこに「沖縄差別」への視点がすっぽり抜け落ちていることです。
 9条と日米軍事同盟は、憲法制定過程をからも表裏一体です。その軍事同盟の犠牲をもっとも過酷に受け続けているのが、沖縄です。「国土の0・6%の沖縄に74%の米軍基地」とはよく言われることですが、実際の犠牲は数字だけでは計り知れません。日本本土(本土の「国民」)は、沖縄の犠牲の上に、「平和」を享受しているのです。
 「9条を保持してきた」ことを世界に誇るというなら、それは同時に、その陰で「沖縄に犠牲を押し付けてきた」ことを世界に恥じねばならないのではないでしょうか。

 運動をすすめてきた市民グループ(写真右)は、今後も「9条にノーベル賞を」運動を継続するといいます。草の根の護憲運動には拍手を送ります。その際はぜひ、「沖縄の犠牲を直視し、沖縄からの米軍基地の撤去、日米軍事同盟の廃棄」を合わせてスローガンに加えていただきたいと思います。

 <気になるニュース>
                     「10・10」は何の日?

1010 昨日10月10日は何の日だったか。本土ではNHKを中心に、「東京オリンピックから50年」の一色でした。
 しかしこの日はそれだけではありません。「那覇大空襲から70年」でもあったのです。

 1944年10月10日、早朝から午後4時過ぎまで5波にわたり、アメリカ第58機動部隊はのべ1356機で、奄美諸島から沖縄・宮古・八重山を空襲。死者約500人、負傷者約900人、家屋の全壊・全焼は約1万1500戸にのぼり、那覇市街地の約90%が焼野原と化したのです(写真)。

 那覇大空襲は「いよいよ沖縄が戦場になることを予告するもの」(安仁屋政昭氏)でした。国際法違反のこの無差別殺戮の責任をアメリカは認めようとしませんでした。

 大空襲の犠牲者・遺族らによる責任追及・補償要求の裁判が、いまも那覇で続けられています。

 沖縄の2県紙は昨日の紙面で大空襲を大きく取り上げていました。しかし、日本のメディアでこれに触れたものはなかったようです。
 もちろん沖縄のメディアのようにとは言いませんが、「10・10は那覇大空襲の日」でもあることを「日本人」に知らせるのは、本土のメディアの責任ではないでしょうか。


沖縄・島言葉に込める民族の誇り

2014年10月09日 | 沖縄

PhotoPhoto_2 4日のETV特集で「沖縄 島言葉(しまくとぅば)の楽園」が放送されました。
 ユネスコが「絶滅の危機にある」と警告した沖縄(琉球)の言語を守り、普及しようと努力している人たちを追ったものです。

 その中で、昨年沖縄滞在中に島言葉を数カ月習った比嘉光龍(ふぃじゃ・ばいろん)さん(写真右)や、講座を何回か聴講した狩俣繁久さん(琉球大教授)の活動が紹介されました。なつかしさとともに、あらためて島言葉、言語の意味を考えさせられました。

 島言葉といっても、琉球の言語は地域によって、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の6つがあることを改めて確認しました(写真左)。
 本土では沖縄の言葉を「ウチナーグチ」ということが多いですが、それはあくまでも6つの中の「沖縄語」を指すにすぎません。沖縄(琉球)にはほかにも5つの言語があるのです。
 
 余談ですが、言語に限らず、「沖縄」というと政治・経済・文化の各分野にわたり、沖縄本島(沖縄語圏)を指すことが多いです。そのかげで、他の言語圏の離島が無意識のうちに除外される場合が少なくありません。これは大きな問題をはらんでいると思います。

 学生たちとともに、消滅しかけている言語の辞書づくりを進めている狩俣教授は、「言語が多様なほど思考が豊かになる。多様な言語は多様な価値観の尊重につながる」と強調します。

 比嘉さんが力説するのは、「島言葉は日本語の方言ではない。独立した言語であり、自分たちの誇りだ」ということ。何度も直接言われたことを思い出しました。

 番組では、イギリスからの独立を目指すスコットランドの市民が、母語(ゲール語)をいかに大切にしているかも、島袋純さん(琉球大教授)の現地レポートで報告されました。

 94歳で亡くなった国頭地域の男性が、死の直前、親族を集め、母語(ウクムニー)で遺言を語り、それをテープに収めさせた話は印象的でした。息子さんは「これだけは残したいという思いだったのだろう」と語っていました。

 これほど沖縄の人々にとって大切な島言葉は、1879年の日本の侵略(「琉球処分」)以来、使用が制限・禁止され、「皇民化教育」によって、学校で島言葉を使うと罰として札を掛けられる(「方言札」)など、弾圧されてきた歴史も明らかにされました。

 言語・母語はまさに民族の象徴であり、誇りなのです。
 それを禁止し弾圧し消滅させようとするのが、植民地政策の常套手段です。

 そんな島言葉を残そうと地道な努力を続けている比嘉さんや狩俣さんらの活動が、辺野古の自然と県民の自己決定権を守ろうと連日米軍基地のゲート前でたたかっている人たちの姿と重なってきました。