


15日の全国戦没者追悼式(政府主催)での天皇徳仁の発言(いわゆる「お言葉」)ついてメディアは、「天皇陛下はお言葉で「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」との一節を新たに加え「将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを願う」と読み上げられた」(16日付京都新聞=共同)などと敬語をいくつも重ねて賛美しました。
しかし、この天皇発言には2つの重大な問題があります。
第1に、天皇が「語り継ぐ」という「戦中・戦後の苦難」とは、誰の、どのような「苦難」なのか、ということです。
天皇は「語り継ぐ」の前にこう言っています。「多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき」。つまり天皇が「語り継ぐ」という「戦中・戦後の苦難」とは「(日本)国民」の苦難なのです。
ここには日本が多大の犠牲をもたらしたアジア・太平洋諸国の人々の「苦難」は入っていません。それはすなわち、日本の侵略・植民地支配の加害責任はまったく視野に入っていないということです。それは侵略・植民地支配の最大の責任者であった天皇裕仁(徳仁の祖父)の戦争・加害責任を完全に隠ぺいしていることと表裏一体です。
こうした天皇の発言(暴言・妄言)をメディアが絶賛し、学者・研究者も誰も異を唱えない(報道されない)。これが日本の「終戦80年」の姿です。
第2の問題は、そもそも天皇が全国戦没者追悼式で発言すること自体に憲法上の疑義があるということです。
朝日新聞は天皇賛美の記事の中でこう書いています。
「おことばは時代の経過とともに表現ぶりも徐々に変化。平成の時代には、戦没者慰霊を天皇の公的な活動の柱の一つに据えた上皇さまが自ら文章を練り上げ…関係者によると、記者会見や全国戦没者追悼式に寄せる天皇陛下のおことばは、天皇陛下自身が、皇后さまやごく限られた側近に相談し、細部にわたり推敲しているという」(15日付朝日新聞デジタル)
戦没者慰霊(式典への出席・発言や「慰霊の旅」など)を「公的な活動の柱」にしたのは上皇(前天皇明仁)であり、そこにおける「おことば」の内容は天皇自身が「細部にわたり推敲」したものだというのです。これは重大な問題です。
憲法第4条は「天皇は…国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と定め、その「国事に関する行為」(国事行為)の内容を第6条と第7条で計12項目に限定しています。憲法上、天皇はこの12項目の国事行為しか行うことはできません。
しかし歴代自民党政権は、憲法にない「天皇の公的行為」なる概念を創作し天皇の活動を「公的に」容認・拡大してきました。何が「公的行為」なのかについての明確な規定はなく、いわば憲法上天皇制のグレーゾーンになっています。
グレーゾーンであっても、「公的活動」も憲法第3条が定める「内閣の助言と承認」が必要だということは憲法学会の通説になっています。「公的活動」であっても天皇が自由勝手に行うことはできないということです。
ところが朝日新聞の記事によれば、「戦没者慰霊」を「公的な活動の柱」にし、その「記者会見やおことば」の内容を「細部にわたり」決めていたのは天皇明仁(当時)であり、徳仁天皇もそれを「継承」しているというのです。
これは憲法の規定と憲法解釈の通説に反する明白な脱法行為と言わねばなりません。
憲法学者(学会)はこの問題に口をつむぐことは許されません。明確な見解を示すべきです。