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アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

天皇の戦没者追悼式での発言・2つの重大問題

2025年08月18日 | 天皇制と憲法
   

 15日の全国戦没者追悼式(政府主催)での天皇徳仁の発言(いわゆる「お言葉」)ついてメディアは、「天皇陛下はお言葉で「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」との一節を新たに加え「将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを願う」と読み上げられた」(16日付京都新聞=共同)などと敬語をいくつも重ねて賛美しました。

 しかし、この天皇発言には2つの重大な問題があります。

 第1に、天皇が「語り継ぐ」という「戦中・戦後の苦難」とは、誰の、どのような「苦難」なのか、ということです。

 天皇は「語り継ぐ」の前にこう言っています。「多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき」。つまり天皇が「語り継ぐ」という「戦中・戦後の苦難」とは「(日本)国民」の苦難なのです。

 ここには日本が多大の犠牲をもたらしたアジア・太平洋諸国の人々の「苦難」は入っていません。それはすなわち、日本の侵略・植民地支配の加害責任はまったく視野に入っていないということです。それは侵略・植民地支配の最大の責任者であった天皇裕仁(徳仁の祖父)の戦争・加害責任を完全に隠ぺいしていることと表裏一体です。

 こうした天皇の発言(暴言・妄言)をメディアが絶賛し、学者・研究者も誰も異を唱えない(報道されない)。これが日本の「終戦80年」の姿です。

 第2の問題は、そもそも天皇が全国戦没者追悼式で発言すること自体に憲法上の疑義があるということです。

 朝日新聞は天皇賛美の記事の中でこう書いています。

「おことばは時代の経過とともに表現ぶりも徐々に変化。平成の時代には、戦没者慰霊を天皇の公的な活動の柱の一つに据えた上皇さまが自ら文章を練り上げ…関係者によると、記者会見や全国戦没者追悼式に寄せる天皇陛下のおことばは、天皇陛下自身が、皇后さまやごく限られた側近に相談し、細部にわたり推敲しているという」(15日付朝日新聞デジタル)

 戦没者慰霊(式典への出席・発言や「慰霊の旅」など)を「公的な活動の柱」にしたのは上皇(前天皇明仁)であり、そこにおける「おことば」の内容は天皇自身が「細部にわたり推敲」したものだというのです。これは重大な問題です。

 憲法第4条は「天皇は…国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と定め、その「国事に関する行為」(国事行為)の内容を第6条と第7条で計12項目に限定しています。憲法上、天皇はこの12項目の国事行為しか行うことはできません。

 しかし歴代自民党政権は、憲法にない「天皇の公的行為」なる概念を創作し天皇の活動を「公的に」容認・拡大してきました。何が「公的行為」なのかについての明確な規定はなく、いわば憲法上天皇制のグレーゾーンになっています。

 グレーゾーンであっても、「公的活動」も憲法第3条が定める「内閣の助言と承認」が必要だということは憲法学会の通説になっています。「公的活動」であっても天皇が自由勝手に行うことはできないということです。

 ところが朝日新聞の記事によれば、「戦没者慰霊」を「公的な活動の柱」にし、その「記者会見やおことば」の内容を「細部にわたり」決めていたのは天皇明仁(当時)であり、徳仁天皇もそれを「継承」しているというのです。

 これは憲法の規定と憲法解釈の通説に反する明白な脱法行為と言わねばなりません。
 憲法学者(学会)はこの問題に口をつむぐことは許されません。明確な見解を示すべきです。

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天皇はなぜ「田植え」をするのか

2025年05月17日 | 天皇制と憲法
  徳仁天皇は14日、皇居内の「水田」で「田植え」をしました(写真=朝日新聞デジタルより)。これを朝日新聞デジタル(14日付)は、「始まりは農家の苦労をしのんだ昭和天皇」の見出しで、「皇居での稲作は、稲の品種改良と、農家の苦労をしのぶ目的で昭和天皇がはじめ、上皇さま、天皇陛下が受け継いできた」と報じました。

 何の根拠があってこうした記事・見出しにしているのでしょうか。
 朝日新聞は自ら取材して裕仁が「稲の品種改良と農家の苦労をしのぶ目的」で始めたというウラをとったのでしょうか。おそらく宮内庁のレクチャーをそのまま(「宮内庁によれば…」でもなく)断定的に書いたのでしょう。きわめて無責任で有害な記事と言わねばなりません。

 稲作信仰は天皇家の宗教(皇室神道)の要です。

 現在宮中では、皇室神道に基づく祭祀が年間約30行われています。それは小祭・中祭・大祭の3ランクに分けられており、最も重視されている大祭は9あります。その中に神嘗祭(かんなめさい=10 月17日)と新嘗祭(にいなめさい=11月23日)があります。天皇が即位して最初の新嘗祭をとくに大嘗祭(だいじょうさい)といいます。

 これらは「その年の新穀(新米)を天照大神、天神地祇に供え、天皇自らも食す、という儀式である。皇室祭祀の中でも最も重要なものの1つとされている」(吉田裕・原武史編集『天皇・皇室辞典』岩波書店、2005年)。

「古代天皇制国家の成立以来、天皇は祭司王として、稲の収穫祭に発する毎秋の新嘗祭を、ただひとりで執行した。…年ごとの新嘗祭を国の最高祭司として掌ることこそ、天皇の権威と権力の根源であった」(村上重良著『天皇制国家と宗教』講談社学術文庫、2007年)

 裕仁・明仁・徳仁天皇の「田植え」は1人です。あれほど“おしどり夫婦”をアピールしながら、そこに皇后の姿はありません。それは、新嘗祭が天皇1人で行う祭事だからです。天皇が植えた稲は収穫されれば新嘗祭に使用されます。

 「田植え」を始めたのが裕仁だということは(それが事実だとして)、どう考えればいいでしょうか。

 大日本帝国憲法下で絶対的権力を持っていた裕仁は、日本国憲法において「象徴」とされ政治的権能を奪われました(憲法上)。裕仁はそうした自分を「はりぼて」だと自嘲したことがあります。

「〝はりぼて”という自己認識は、かつて統治権の総覧者としての経験を持つ天皇にとって、物足りなさの残るものだったに違いない。それを埋める重要なものが、祭祀であったとは考えられまいか。侍従たちの日記からは、少しでも祭祀をしようとする天皇と、それを押しとどめる側近とのせめぎ合いの様子が窺える」(小倉慈司・山口輝臣著『天皇の歴史9 天皇と宗教』講談社学術文庫、2018年)

 自己の存在を維持・誇示するため「少しでも祭祀をしよう」とした裕仁が始めたのが新嘗祭に供える米を宮中で作る「田植え」だった、と考えられるのではないしょうか。
 これは推測です。しかしその推測は、「品種改良と農家の苦労をしのぶ目的」だったという美談よりも現実に近いと思います。

 冒頭の朝日新聞デジタル記事は、最後に「(皇居での稲作は)神事とも結びついており、収穫されたイネの一部は伊勢神宮に送られ、コメは宮中祭祀に使われる」と書き添えています。それは付け足しではなく、こちらの方こそ、すなわち皇居内での天皇の「田植え」は皇室神道の神事であるということこそ強調すべき本質です。

 しかも重大なのは、その明白な神事(宗教活動)である大嘗祭に、日本政府は公金(税金)を支出していることです。これは明白な憲法違反です。

 ジャーナリズムであれば、宮内庁発表の美談を断定的に垂れ流すのではなく、「田植え」を含む宮中祭祀の実態、憲法に反する象徴天皇制の実態をこそ報道すべきです。



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皇室と万博と女性差別・問われているのは象徴天皇制自体

2025年04月12日 | 天皇制と憲法
  

 市民の広範な無関心と批判の中で、大阪・関西万博が12日開幕します。数々の問題を抱える大阪万博で、改めて問わねばならないのは天皇制との関係です。

 これまでも皇室は、日本で行われる万博に深く関わってきました。正確に言えば国家権力が関わらせてきました。今回も秋篠宮が名誉総裁となるほか、天皇が今日の開会式で「開会のことば」を述べます。

 オリンピックとならんで万博を「国威発揚」「政権浮揚」の国際的舞台にしようとする国家権力はそのために天皇・皇室を最大限政治利用します。もちろん今回も例外ではありません(写真右は1970年の大阪万博で「開会の言葉」を述べる天皇裕仁=朝日新聞デジタルより)。

 今回とりわけ注目されるのは、国連の女性差別撤廃委員会が昨年10月17日、「男系男子に皇位継承を限る現在の皇室典範」は差別的だと指摘し、これに反発した日本政府が同委員会に対して報復措置をとっている最中に、天皇や皇嗣(秋篠宮)を(皇后や妻を従わせて)国際舞台に登場させることです。

 これに関連して朝日新聞デジタルは11日、「皇位継承と人権、憲法の問題をどう考えたらいいのか」について、慶応大大学院の西村裕一教授(憲法)のインタビューを掲載しました。この中で西村氏はこう述べています(抜粋)。

<そもそも、皇室典範の規定が女性差別撤廃条約に反するのではないかという問題は、この条約が批准された当時から議論されていました。その発端となったのが、女性学研究者の水田珠枝氏による問題提起です。それに対し、憲法学者の奥平康弘氏は、そもそも天皇制自体が差別的なのだから、その中での女性差別は憲法や条約の問題ではないと反論しました。異論もありますが、奥平氏の見解が憲法学界では有力となっています。

 もっとも、「皇室典範の規定は違憲ではない」といってしまえば、憲法上の問題がなくなるわけではないでしょう。

 憲法が天皇を日本国の象徴と定めているからと言って、国民が天皇のことを象徴と思わなければならないわけではありません。誰も天皇のことを象徴だと思わなくなれば、事実の問題として、天皇は日本国の象徴ではなくなってしまいます。(中略)

 象徴とは何かについて確固たる答えはありません。とはいえ、憲法学者の清宮四郎氏が言ったように、天皇が象徴する「日本国」とは、現行憲法の下における「平和で、民主的な日本国」でなければなりません。現行の皇室典範の皇位継承の定めが、そのような象徴にふさわしいものとなっているのかは、常に国民の議論に開かれています。

 現行の皇室典範は、女性皇族に皇位継承資格を認めていないばかりでなく、婚姻によらない限り皇室からの離脱も許していません。…ここで問われるべきは、女性を犠牲にして成立している現在の皇室制度が、「平和で、民主的な日本国」の象徴を支える制度としてふさわしいと言えるのかでなければならないでしょう。
 水田氏が問うたのは「性差別の象徴を日本国の象徴として認めることができるのか」という問題だったのです。…天皇の地位が「日本国民の総意」に基づく以上、その問題を考えることは政治家を含めた日本国民の義務でもあるでしょう。>

 重要な指摘ですが、奥平見解の引用は誤解を招く可能性があります。奥平氏が強調したのは、皇室典範の女性差別が「条約や憲法の問題ではない」ということよりも、「そもそも天皇制自体が差別的なのだ」ということです。
 奥平氏も、問題提起した水田珠枝氏も、「性差別の象徴」でありそれ自体が差別的な天皇制を「日本国の象徴」とすべきでないという点で変わりはありません。

 大阪万博を機に、あるいは「戦後80年の慰霊の旅」を機に、問わなければならないのは、「平和・民主」を標榜する日本国憲法の下で、それ自体差別的であり、戦争責任を棚上げしている天皇制を、このまま象徴として存続させていいのか、という根本問題です。

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誕生日会見に表れた「象徴天皇制」2つの根本問題

2025年02月24日 | 天皇制と憲法
  徳仁天皇は誕生日に先立って今月20日、宮中で記者会見しました(写真)。その要旨が23日に各メディアで報じられました。朝日新聞(デジタル)は「天皇陛下65歳 戦後80年に「平和への思い新たに」 決意を表明」というタイトルで賛美しました(他紙も同様)。

 しかし、会見の内容を注意深く読めば、そこには象徴天皇制がもつ2つの重大な問題、危険性が表れています(以下、引用は宮内庁HPより)。

 第1に、先の戦争(アジア太平洋戦争)における加害責任の隠ぺいです。

「先の大戦においては、世界の各国で多くの尊い命が失われたことを大変痛ましく思います。我が国の人々についても、広島や長崎での原爆投下、東京を始めとする各都市での空襲、沖縄における地上戦、硫黄島や海外での激しい戦いなどで多くの尊い命が失われました。…亡くなられた方々や、苦しく、悲しい思いをされた方々のことを忘れずに、過去の歴史に対する理解を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います」

 これが「平和への思い」とされる発言ですが、ここに示されている天皇の戦争観・視野にあるのは「尊い命が奪われた」、すなわち犠牲になった人々、とりわけ日本人の犠牲者だけです。アジア諸国の「尊い命」を奪ったのは、帝国日本であり、その最大の責任者は言うまでもなく天皇裕仁です。その加害責任の視点が完全に欠落しています。

 もちろん天皇に「国政に関する権能」はありません(憲法第4条)。しかし不十分な政府の公式見解でさえ、「わが国は…国策を誤り…植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。…この歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」(村山談話、1995年8月15日)としています。

 天皇は「内閣の助言と承認」(憲法第3条)を受けて行動することになっています。にもかかわらず、「村山談話」にある加害責任の視点がまったくないのはなぜなのか。
 そこには天皇自身の認識不足とともに、祖父である裕仁の戦争責任隠ぺいが根底にあると言わざるをえません。

 第2に、「象徴天皇制」の「在り方や活動」についての恣意的解釈と実践です。

 宮内庁は昨年からインスタグラムでの発信を始めましたが、それに関連して天皇はこう述べました。

「皇室の活動についての情報発信を考えるに当たって、その前提として、皇室の在り方や活動の基本に立ち返って考える必要があると思います。
 皇室の在り方や活動の基本は、繰り返しになりますが、国民の幸せを常に願い、国民と苦楽を共にすることだと思います。また、時代の移り変わりや社会の変化に応じて、状況に対応した務めを果たしていくことが大切であると思います」

 ここには2つの問題があります。
 1つは、「皇室の活動」すなわち象徴天皇制における天皇・皇室の活動はどうあるべきか、何をすべきかについて、天皇が自分の考えを述べ、それを実行していくと宣言していることです。象徴天皇制は言うまでもなく憲法(第1条)が規定している政治制度であり、天皇がやれること(国事行為)は憲法6条と7条で規定(限定)されています。にもかかわらずその解釈・実践を天皇が自ら恣意的に行うことは明白な憲法(第3条、4条)違反です。

 もう1つは、「時代の移り変わりや社会の変化に応じて、状況に対応した務めを果たしていく」という宣言です。私の管見では明仁天皇もここまでは明言しなかったと思います。

 これはきわめて危険です。たとえば、「国が攻撃される危険がある。自衛隊員を鼓舞するために、陛下に自衛隊を激励していただきたい」と時の政権が言えば(あるいは天皇自身がそう考えれば)それが「状況に対応した務め」として正当化される恐れがあります。
 これはけっして絵空事ではありません。自衛隊幹部の中には天皇に対するそうした期待が確かにあるのです(1月18日のブログなど参照)。

 以上の2つの根本問題は、もちろん徳仁天皇に始まったものではありません。先鞭をつけたのは皇位継承から「象徴天皇」だった明仁天皇です。徳仁はすべてにおいて明仁に倣っていると言って過言でありません。

 さらに言えば、憲法第1条で「象徴天皇制」を規定しながら、「象徴」とは何かを(意図的に)明確にしていない歴代政権、そしてそれを放置・黙認している「学者・識者・メディア」、さらに天皇制に対して思考停止しながら取り込まれている「日本国民」に根源的責任があることを銘記する必要があります。

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皇室典範改正を勧告した国連への報復は何を意味するか

2025年01月31日 | 天皇制と憲法
   

 政府・外務省は29日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に拠出している資金の使途から女性差別撤廃委員会を除外することを決め、国連に通告しました。「(同)委員会が昨年10月、男系男子に皇位継承を限る皇室典範の改正を勧告したことへの対抗措置」(30日付京都新聞=共同)、すなわち報復です。

 これは日本の天皇制がいかに非民主的であり国際的人権感覚からかけ離れたものであるかを示す象徴的な出来事です。

 記者会見した北村俊博外務報道官は日本政府の見解として次の2点を挙げました(写真中)。

 ①「皇位につく資格は基本的人権に含まれない。男系男子に限定されていることは女性差別に該当しない」

 ②「皇位継承の在り方は国家の基本に関わる事項。女性差別撤廃委員会で取り上げることは適当でない」

  「皇位につく資格は基本的人権に含まれない」とは、天皇(制)は基本的人権の埒外だということです。しかし、天皇(制)は憲法に規定されている存在・制度です。そして憲法の中心理念は基本的人権の保障です。

 基本的人権を中心理念とする憲法の中に(しかも第1章に)、基本的人権に含まれない天皇(制)がある。ここに天皇制の根本的矛盾と害悪があります。

 その「基本的人権に含まれない」天皇(制)が「国家の基本」だということは、日本という「国家」の「基本」は基本的人権とは無縁だということです。これが天皇制の本質です。

 しかも、人権思想とは相いれないその制度に対する国際的批判を受け入れない、批判者には報復する(今回の措置)というのは、天皇(制)への批判は許さないという「天皇タブー」を世界に広げる傲慢以外のなにものでもありません。

 今回の措置は「外務省によると異例の措置」(同共同)です。政府がこうした「異例の措置」=国際的に非常識な措置をとったのは天皇制が批判されたからです。

 これは、天皇の名によればどんな無謀・非常識もまかり通った戦前・戦中の「国体」思想の延長と言わねばなりません。「国体」思想は「国家の基本」として今も生き続けているのです。それは「平時」には見えにくいですが、「有事」には必ず本性を現します。

 基本的人権を柱とする憲法に基づく社会を望むなら、そして侵略戦争・植民地支配の歴史を教訓とするなら、天皇制は廃止(憲法から抹消)しなければならないことを、今回の問題は改めて示しています。

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憲法9条「改正」・再軍備を再三要求した天皇裕仁

2024年12月17日 | 天皇制と憲法
 

 朝日新聞デジタルは5日から7回にわたって「側近が記した「昭和」」と題し、昭和天皇=裕仁の知られざる実像を連載しました。

 第5回(9日付)で原武史氏(明治学院大名誉教授)は、裕仁が初代宮内庁長官・田島道治と交わした会話を田島が記録した『昭和天皇拝謁記』(2021~23年に岩波書店が全7巻で刊行)を取り上げています(写真左は裕仁と田島=NHKより。写真右は原氏=朝日新聞デジタルより)。

 「拝謁記」についてはNHKが2019年に「スクープ」として報じましたが、きわめて問題の多い報道でした(2019年8月20日、22日のブログ参照)。

 今回、原氏の解説でとりわけ注目されるのは次の指摘です。

<元関西学院大教授の豊下楢彦や独協大名誉教授の古関彰一らの研究によると、憲法第9条は、天皇制維持のためつくられたものだった。連合国軍総司令官のマッカーサーと首相の幣原が46年1月に会談。戦争放棄を世界に声明する代わりに天皇をシンボル(象徴)とすると憲法に明記すれば、天皇制批判を求める連合国各国の批判をかわすことができると申し合わせたという。昭和天皇にも伝えられた。

 ところが「拝謁記」によると天皇は、戦力不保持を定めた第9条に不満をもっていた。田島に対し、憲法改正による再軍備の必要性を繰り返し説いている。(中略)

 自由民主党は保守合同で55年に発足し「自主憲法制定」を党是に掲げた。だが昭和天皇が内々の席で改憲再軍備を求める発言を繰り返していたことは、ほとんど知られていない。発言を日常的に聞いていた田島や、田島を信任した芦田均、吉田茂の両首相が口外しなかったとみられる。>(9日付朝日新聞デジタル)

 原氏は今年10月、『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む』(岩波新書)を上梓しました。その中から、裕仁が「憲法改正による再軍備の必要性」を再三主張したことを記した「拝謁記」の個所を引用します。

「私は憲法改正に便乗して外のいろいろの事が出ると思つて否定的に考へてたが、今となつては、他の改正は一切ふれずに、軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいゝ様に思ふ。」(1952年2月11日)

 原氏は言及していませんが、裕仁が「憲法改正に便乗して出る」と恐れていたのは、第1章の「象徴天皇制」の見直しではないでしょうか。

「軍備といつても、国として独立する以上必要である。軍閥がわるいのだ。」(同年2月26日)

「私は再軍備によって旧軍閥式の再台頭は絶対にいやだが、去りとて侵略を受ける脅威がある以上、防衛的の新軍備なしといふ訳にはいかぬと思ふ。」(同年5月8日)

「防備用の軍隊はいるといふ事になるは確かだと思ふが、侵略の意図のものなしといふ意見の下に、軍備必要なしとの議論などされては困る。」(同年12月8日)
 この日は11年前に裕仁が「開戦」を宣言して太平洋戦争の火ぶたを切った日です。

 原氏は、裕仁の憲法9条への不満、再軍備必要発言は、「とりわけ独立を回復した1952年4月前後に多くなっている」(前掲書)と指摘しています。
 「独立を回復した」とは、サンフランシスコ「講和」条約・日米安保条約が発効した(1952年4月28日)ことです。

 憲法は天皇の政治関与を明確に禁じています(第4条)。裕仁の再三の発言が憲法違反であることは明白です。しかも、それが9条への不満・再軍備要求ですから、裕仁が憲法の平和原則に真っ向から敵対していたことが浮き彫りになっています。

 さらに見過ごせないのは、裕仁が改憲・再軍備を再三要求したこの年(1952年)の10月に自衛隊前身の保安隊が発足(警察予備隊改組)し、55年に発足した自民党が9条を中心とする「憲法改正」を党是とするなど、戦後の改憲・再軍備(自衛隊発足・強化)の策動は、その口実(「専守防衛」)も含め、裕仁が要求した通りになっていることです。

 ここに、戦後の「象徴天皇制」と日米安保条約下における再軍備・自衛隊増強との密接不可分な関係が表れています。

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秋篠宮「皇族は生身の人間」発言はどこが誤りなのか

2024年12月14日 | 天皇制と憲法
   

 宮内庁の西村泰彦長官は12日の定例記者会見で、秋篠宮が59歳の誕生日会見で述べた「皇族は生身の人間」発言(11月25日)について、「まさにその通りで、宮内庁の職員として心しておかなければいけないこと」と述べました(12日付朝日新聞デジタル)。

 秋篠宮は同会見で、女性皇族が結婚後も皇室に残る皇室典範「改正」案で与野党がほぼ一致したことについての見解を聞かれ、「基本的に皇室のシステム、制度に関わることなので、私が何か話すことは控える」としたうえでこう述べました。

「ただ一方で該当する皇族は生身の人間なわけで、その人たちがそれによってどういう状況になるのか、少なくとも、そういう人たちを生活や仕事の面でサポートする宮内庁の然るべき人たちは、その人たちがどういう考えを持っているかということを理解し若しくは知っておく必要があるのではないか」(宮内庁HP)

 この秋篠宮発言を全面肯定した西村長官の会見発言は、政府・宮内庁の見解としてきわめて不穏当です。なぜなら、秋篠宮の発言自体が、天皇・皇室制度の本質を踏まえない不当な発言だからです。秋篠宮発言のどこが誤りなのでしょうか。

 自分の将来が本人の意見も聞かれずに決められることは明確な人権侵害です。その意味で秋篠宮が、女性皇族の結婚後の身分について女性皇族自身の考えを宮内庁は「理解し若しくは知っておく必要がある」と言ったのは、一般論としては「まさにその通り」です。

 しかし、「象徴天皇制」の下で、皇族には一般市民には当然認められている人権(自由と権利)が認められていません。問題になっている結婚後の女性皇族の「皇族離脱」自体、皇室典範(第12条)で決められていることです。

 その皇室典範の「改正」について皇族が意見を述べることは明白な政治発言であり、憲法(第4条)上認められていません。だから秋篠宮は冒頭に「何か話すことは控える」と前置きしたのです。

 にもかかわらずそう言いながら宮内庁に女性皇族の考えを聞くべきだと注文をつけたことは明らかな自己矛盾です。それを全面肯定した西村長官発言も憲法・皇室典範の原則を逸脱したものです。

 秋篠宮が矛盾した発言を行った根底には、現在の天皇・皇室制度への不満・批判があると思われます。かつて彼は53歳の誕生日会見(2018年11月22日)でも、大嘗祭への国費支出を批判する問題発言を行いました(18年12月1日のブログ参照)。

 秋篠宮の「生身の人間」発言問題の本質はどこにあるでしょうか。

 天皇・皇族の人権と憲法の関係について、奥平康弘・東京大名誉教授(憲法学)はこう指摘していました。

「天皇制の構成要素である天皇・皇族の身分・行動のありようを取り極める…不合理な制度を作ったのは、憲法(とりわけ第一条、第二条)なのであって(第1条は「象徴」、第2条は「世襲」―私)、憲法自体を改めなければならないのである。

 皇室典範の個々の規定を個別に改正して事態を収拾しようとする政策(は)…対症療法でしかなく…天皇制(天皇家)が憲法上の制度たることをやめないかぎりは、不自由・拘束は遺憾ながら制度とともに付いてまわらざるを得ない」(『「萬世一系」の研究(下)』岩波現代文庫2005年)

 男女問わず皇族はもちろん「生身の人間」です。人間である以上あらゆる人権が尊重され守られなければなりません。
 その人権を奪っているのが天皇制(憲法の象徴天皇制)という国家制度なのです。それは言うまでもなく一般市民に対する差別・人権侵害と表裏一体の関係です。

 問題の根本解決は、「生身の人間」の人権を侵害している天皇制を廃止するための憲法改正しかありません。


 

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三笠宮百合子氏葬儀への公費支出は二重の憲法違反

2024年11月26日 | 天皇制と憲法
  

 26日行われる三笠宮百合子氏の本葬「斂葬(れんそう)の儀」の費用は総額約3億2510万円の見通し。「政府は22日、このうち約3億2千万円について2024年度の予備費から支出することを閣議決定」(22日付朝日新聞デジタル)しました(写真左は葬儀会場=朝日新聞デジタルより)。

「宮内庁によると、葬儀は喪主のもとで執りおこなわれる私的行事だが、「皇族方は国民から弔意を寄せられる対象であることに鑑み、国費を支出することができる」と整理されているという。会場に幄舎(あくしゃ)や職員用のモニター、参列者用の椅子を設置するなど葬場関係費に約2億円、参道の補修など墓所関係費に約7400万円などが必要となる」(同)

 この予備費(公費)支出は二重の憲法違反であり、絶対に容認することはできません。

 第1に、財政民主主義原則の蹂躙です。

 憲法第89条は、「公金その他公の財産は…公の支配に属しない…事業に対し、これを支出し、またはその利益に供してはならない」と規定しています。同条項を含む第83条~第91条が「財政民主主義」の規定です。

 宮内庁は一般皇族の葬儀が「私的行事」であることを認めています。「公の支配に属しない」私的行事への公金支出が89条違反であることは明白です。

 つじつま合わせのため政府・宮内庁は上記太線部分のような釈明をしていますが、荒唐無稽・意味不明です。皇族が「弔意を寄せられる対象である」となぜ言えるのか、そういう規定をしている法律がどこにあるのか。仮にそうだとしても、それが私的行事に対する公費支出を正当化する理由にならないのは自明です。

 第2に、政教分離原則の蹂躙です。

 憲法第20条は「国およびその機関が…いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定しています。葬儀は一般に宗教儀式ですが、皇族の葬儀は皇室神道に則って行われる正真正銘の宗教儀式です。だから政府・宮内庁も「私的行事」だと言わざるを得ないのです。

 その皇族の葬儀への公金支出が憲法第20条違反であることは明白です。

 かつて天皇裕仁の葬儀「大喪の礼」(1989年2月24日)は「国事行為」として行われ公費が支出されました。これについて横田耕一・九州大名誉教授(憲法学)はこう指摘していました。

「仮にそれが「公的性格」を持つとしても、憲法の禁じる方法で国がそれに関与することは許されない。こうした支出・出席は、宗教的目的を持つものであり、国が過度に特定の宗教儀式に関わったものだから、違憲と言わねばならない。なお、これまで、貞明皇太后・秩父宮・高松宮の神道式葬儀にも国費が支出されているが、これ自体に問題があり、これらを先例とすることは妥当ではない」(『憲法と天皇制』岩波新書1990年)

 荒唐無稽な「釈明」で二重の憲法違反を強行しようとしている(これまでもしてきた)自民党政府、その言い分を疑いもなく報道する(垂れ流す)メディア、公費支出の事実すら報じないメディア、自民政府に追随する野党、明白な憲法違反を告発しない憲法学者はじめ「学者・識者」たち…。

 日本中が思考停止に陥っているこの状況は、日本が「法の支配」とは程遠い民主主義後進国であり、その根底に天皇制という病巣があることを改めて浮き彫りにしています。


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天皇が「ロ大統領にお言葉」の政治関与・戦争介入

2024年11月08日 | 天皇制と憲法
  

 アメリカ大統領選挙の報道で持ち切りの7日付朝刊(京都新聞)国際面最下段に、見過ごすことができない記事(共同通信配信)がありました。

「天皇陛下、ロ大統領にお言葉 信任状奉呈式で大使が伝達」。以下抜粋です。

<【モスクワ共同】日本の武藤顕駐ロシア大使が5日、モスクワのクレムリンでロシアのプーチン大統領に信任状を手渡した際、天皇陛下のお言葉を伝達していたことが分かった。在ロシア日本大使館が共同通信の取材に答えた。日本大使館は「やりとりの内容は明らかにできない」としており、伝達されたお言葉の内容は不明。

 2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は今月中旬で千日を迎える。これまで天皇陛下はあらゆる機会に世界平和への願いを表明されている。

 5日は新任大使28人によるプーチン氏への信任状奉呈式が実施された。会話が一切ない大使も多い中、武藤氏は記念撮影の間も含め、プーチン氏と短時間、言葉を交わす様子が国営テレビで生中継された。>(7日付京都新聞)
 
 日本大使館が「内容は明らかにできない」としているため「お言葉の内容は不明」としていますが、記事の流れから、徳仁天皇のプーチン氏へのメッセージは、「ロシアによるウクライナ侵攻」すなわちウクライナ戦争に関するものであったことは間違いないでしょう。記者はそれを知っていながら、大使館との関係で明記はせずそれとなく示唆したものとみられます。

 これは重大な問題です。なぜなら、ウクライナ戦争は言うまでもなく現在の最大の政治問題であり、それに関して天皇が発言することは、「天皇は…国政に関する権能を有しない」(第4条)と天皇の政治関与を禁じている憲法に対する明白な蹂躙だからです。

 しかも、たんなる政治的関与ではありません。戦争の当事国の元首にメッセージを伝えることは、戦争への介入にほかなりません。

 今回は信任状奉呈式のもようがテレビで生中継されたため「メッセージ」の事実が明るみになり新聞記事にもなりましたが、中継されていなければおそらくこの事実は知られることがなかったでしょう。

 天皇は主権者である市民が知らないうちに、報道されない所で、今回のように政治的発言・関与を頻繁に行っているのではないか、という疑念が深まります。

 天皇の政治関与を禁じている現憲法の規定が、天皇主権の大日本帝国憲法の反省の上に立ったものであることは言うまでもありません。その憲法規定が天皇と政府によって蹂躙されていることは、「象徴天皇制」の危険性を露呈したものであり、絶対に看過することはできません。

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国連の皇室典範批判を封じる日本政府の暴挙

2024年10月21日 | 天皇制と憲法
  

 国連の女性差別撤廃委員会は17日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で、「世界の女性の憲法」といわれる女性差別撤廃条約の日本の履行状況を対面審査しました(写真左=朝日新聞デジタルより)。
 焦点の選択的夫婦別姓導入について、日本政府は「検討している」と繰り返すだけの極めて不当な態度に終始し、関係者の批判を浴びています。

 問題はこれだけではありませんでした。

「男系男子に皇位継承を限る現在の皇室典範について、是非を問いかける委員もいた」(19日付京都新聞=共同)

 皇室典範の差別性が指摘されたのです。共同配信記事はこれだけしか書いていませんが、さらに問題はこれに対する日本政府の態度です。

「青木一彦官房副長官は18日の記者会見で、17日にあった国連女性差別撤廃委員会の日本に対する審査で委員から皇室典範をめぐる指摘があり…日本政府側は「皇位継承のあり方は国家の基本に関わる事項であり、女性差別撤廃条約に照らし、取り上げることは適当でない」と説明したという」(18日付朝日新聞デジタル)

 委員会が皇室典範の問題性を指摘すること自体に「国家の基本に関わる」と反発したのです。

 朝日新聞の記事によれば、同委員会での皇室典範をめぐるやりとりはこれが初めてではありませんでした。

「皇室典範をめぐっては、2016年の審査でも委員会の最終見解案に盛り込まれた記述に対して、日本政府が削除を求めた経緯がある。…16年3月に発表された女性差別撤廃委の最終見解の案には、皇室典範を問題視し、見直しを求める記述が盛り込まれていた。…日本政府が抗議し、最終見解からは削除された」(18日付朝日新聞デジタル)

 最終見解案に「皇室典範の見直し」が盛り込まれていたものを日本政府が抗議して削除させたのです。当時の政府は第3次安倍晋三内閣です(写真右は2019年10月の即位礼の徳仁天皇と安倍首相)。

 皇室典範は第1条で「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」としています。
 一方、憲法は第14条で、「すべて国民は、法の下に平等」であると性別による差別を明確に禁じています。
 皇室典範が憲法の規定に反していることは明らかです。

「現憲法施行と同日に施行されたこの法規範(皇室典範)は、憲法二条が「国会の議決した皇室典範」と規定しているように、国民の代表たる国会が制定する法規範、すなわち「法律」である。法律である以上、皇室典範は憲法の下位法である。したがって、皇室典範の内容は憲法に合致するものでなければならず、憲法に違反する場合には、それは無効である」(横田耕一著『憲法と天皇制』岩波新書1990年)

 百歩譲って天皇制廃止には時間がかかるとしても、皇室典範第1条は直ちに廃止しなければなりません。憲法違反だからです。

 国連女性差別撤廃委員会が再三皇室典範を批判するのは当然です。歴代日本政府が一貫して選択的夫婦別姓に背を向けている根底にも男尊女卑の家制度があり、その思想的・制度的バックボーンは皇室典範第1条によって世襲されている天皇制です。

 その皇室典範に対する国連委員会の指摘・批判に従うどころか、弁明すらせず、批判すること自体を封じようする日本政府は、憲法の上に皇室典範を置き、天皇制タブーを国連にも押し付けるもので、きわめて不当・不法な恥ずべき暴挙と言わねばなりません。

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