アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「危機の時代」と「人種主義」と「天皇制」

2021年11月30日 | コロナ禍と政治・社会

     
 「今の政治、経済、社会、科学から抜け落ちていること、それは「いのち」に対する基本的な態度の表明、つまり、生命哲学です。」

 表紙の裏にこう書かれている『ポストコロナの生命哲学―「いのち」が発する自然の歌を聴け』(福岡伸一、伊藤亜紗、藤原辰史、集英社新書2021年9月)はたいへん示唆に富んだ本です。

 取り上げられている問題は、「自然(ピュシス)とテクノロジー(「ロゴス」)」「食」「利他性」「障がい」「ふれる」「当事者性」「病気・死」など、多岐にわたっています。ここではその中から、コロナ禍があぶり出した日本社会の排他性、差別性とその元凶について考えます。

 藤原辰史京都大准教授はこう指摘します。

危機の時代において、さまざまな不安にかられている人々が求めがちなのは、分かりやすく、単純なメッセージです。…1929年の世界恐慌の後、ナチスが人々に語ったのも、「血と土」という、やはりとても分かりやすいメッセージでした。…「アーリア人種は優秀であるが、そうでない人種は劣等だ」という分断線」

危険で甘い人種主義の罠は今も生き続けています。日本ではコロナの感染者が少ないことを受けて政治家が発した「日本人は民度が高いから」という言葉は、「血」で分断を図る、明らかにナチス的な発言ですし、自治体が保育所や幼稚園などに配布するマスクを朝鮮学校の幼稚部には配らなかったというさいたま市の判断も、のちに撤回したとはいえ、やはり、「境界線の外」にいる人々を容赦なく排除したものと言えます」

「自分たちが健康で清潔でありたいからと、「汚れた」人々を排除しようとする動きは、水俣病でもありましたし、最近では、福島第一原発事故の後、放射性物資を浴びた人々は…差別されました。そうした強烈な排除の目線がつくられていくときには、同時に、国家は「私たちは健康で清潔である」という物語を展開していきます。この並行した物語に取り込まれることで差別や排除が起こっていく

 この指摘から、改めて想起したのは、その東電福島原発「事故」直後の2011年3月16日、天皇明仁(当時)が行った「ビデオメッセージ」(史上初、写真中)です。この中で、明仁天皇はこう述べました。

「海外においては,この深い悲しみの中で,日本人が,取り乱すことなく助け合い,秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え,いたわり合って,この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」(宮内庁HPり)

 ここには、「日本人」は「秩序ある」国民だと海外で認められているという優越思想がにじみ出ています。そしてその上に立って「不幸な時期」すなわち危機の時代を乗り越えることを訴えています。

 これこそ、ナチスの「血と土」に匹敵する“日本人は優秀”という人種主義であり、コロナ禍で自民党政権が発した「日本人は民度が高い」発言と通底するものです。

 そして、コロナ禍でまん延している「消毒文化・潔癖主義」(藤原氏)の根底にあるのも、「天皇家」というまさに「潔癖」な血統思想ではないでしょうか。それは、小室圭氏に対するメディア、ネットのバッシングとも無関係ではないでしょう。

 ここに、「象徴天皇制」の今日におけるきわめて危険な役割があります。天皇を頂点とする「血統」「人種主義」こそ日本に根深い差別の根源です。「危機の時代」だからこそ、それは国家権力にとって存在意義があります。コロナ禍の中で進行する戦争国家化で、その国家権力にとっての利用価値がますます大きくなる恐れがあります。


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日本はなぜ「生理」がタブー視されてきたのか

2021年11月29日 | 天皇制と政治・社会

     

 生理痛は病気であるにもかかわらず、生理休暇すら取りづらい日本の職場。辛くても家事労働を休めない男尊女卑の家庭。そうした生理への無理解の中で、とりわけ苦しんでいるのが、車いすや介助を必要とする障がいを持つ女性です。
 Eテレ「バリバラ」は2週(11月18日、25日)にわったて「生理を語ろう 障害×生理の悩み」を放送しました。その中からいくつかの事例を紹介します。

  • 外出時に最も困るのは、多機能トイレが圧倒的に少ないこと。ベッド付はさらに少ない。そのためナプキンを取り換えることができない。多機能トイレを求めて1時間遠回りしたこともある。

  • 脳性マヒの女性は、13歳の時学校で生理が始まったが、そのときヘルパーに「臭い、汚い」と言われた。それがトラウマになり、今でもトイレ(生理)介助を受けることに躊躇がある。
  • その女性は施設で、本人の意思にかかわらず男性職員が担当になり、入浴やトイレの介助を男性職員から受けざるをえなかった。女性職員からは、「子どもが産めるか分からないのだから、生理はいらないでしょう。面倒だから手術(子宮摘出)で生理を止めなさい」と言われた。

 こうした生理への無理解・偏見は、正しく教えない日本の学校教育の影響が大きいと思われます。

 外国の状況は違うようです。たとえば台湾では、小学校で男子児童にも生理についての教育がちゃんと行われています。知識として教えるだけではなく、担任は男子児童に「お母さんが生理のとき、どうしますか?」と問いかけます。男子児童は「白湯をつくります。お母さんが喜ぶから」と答えていました(11月3日放送NHK「ハロー生理」)。生理中の母親への配慮まで教育されるのです(写真中は妻の生理中の家事分担について話し合う台湾の夫婦=同番組から)

 学校教育をはじめとする日本社会の「生理タブー」には、さらに根い元凶があると考えられます。それは天皇制です。

 天皇制の宗教的ルーツである神道は、「血」を不浄なものとしています。たとえば、天皇家の祖先とされる天照大神を祀っている伊勢神宮には、『皇太神宮儀式帳』なるものがあり、その中に14の「忌詞(いみことば)」が挙げられています。そこには「死」や「病」などとともに、「血」が含まれています(小倉慈司・山口輝臣著『天皇と宗教』、講談社学術文庫2018年)より)。

 「血」を不浄なものとして遠ざける神道は、生理のある女性を相撲の土俵に上げない、「入山禁止」など、女性差別の風習を今日まで残しています。

 そうした女性蔑視・差別を国家が是認し、法的・制度的に固定化しているのが、「象徴天皇制」です。
 皇室典範で女性を皇位継承から排除していることをはじめ、皇位継承時の「剣璽等承継の儀」(国事行為、写真右)に女性皇族を同席させないなど、皇室の神事には女性差別が多く、日本政府はその一部を「国事行為」として公認しています。

 根深い女性蔑視・差別・ジェンダー問題の根源には天皇制があり、侵略戦争・植民地支配を強行した明治以降の近代天皇制がそれを固定化し助長してきました。
 諸外国と比べても異常な日本人・日本社会の「生理タブー」は、そうした天皇制の宗教性・歴史と無関係ではないと考えます。


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日曜日記173・自衛隊のウソ☆「生理」タブー視する社会

2021年11月28日 | 日記・エッセイ・コラム

☆自衛隊「山岳救助隊」のウソ

 NHKは22日朝のニュースで、自衛隊「山岳レンジャー部隊」なるものの2カ月の訓練をリポートした。取材した記者は、「きびしい訓練もすべて遭難者を救助するため」とコメントした。自衛隊が「災害救援」とともに「山岳救助」でも市民のために奮闘している、と強調した。

 ところが、終了間際、とんでもない映像が一瞬流れた。「山岳レンジャー部隊」のはずが、隊員の手に握られているのは、なんと自動小銃ではないか(写真)。
 とすれば、この訓練は「遭難者を救助するため」ではなく、山岳地帯での戦闘のための訓練ということになる。

 かつてない軍事費の膨張、米軍と一体となった戦争の準備を、「遭難救助」「災害支援」でカムフラージュする。自衛隊の詐術とそれに手を貸すNHKの正体が露呈した光景だった。

☆「生理」をタブー視する社会で

 NHKにも有益な番組はある。このかん、女性の「生理」について、日本がいかにそれをタブー視してきたか、職場や社会の無理解の中で、いかに女性たちが辛い思いをしているかを、様々な角度から取り上げている。

 3日放送の「ハロー生理」では、各国の状況が報じられた。その中で、日本に留学したことがあるブラジルの男性がこう言っていた。「日本のコンビニで生理用品を買うと紙袋に包む。何か良くないものを買ったように。こんな国はほかにない」

 その言葉に驚いた。確かに、ナプキンなどのお買い上げがあると、言われなくても紙袋に入れて中が見えないようにするのがコンビニ各社のマニュアルだ。それが日本独特の異常なこととは思いもしなかった。

 思えば、女性の生理がタブー視される社会で生きてきた。

 小学校(たしか5年生)では、女子だけに生理の教育がなされ、男子は教室の外へ出された。中学、高校でもその教育を受けた覚えはない。
 家庭では母だけが女性で、生理のことなどまったく意識の外だった。
 結婚しても、それが話題になることはなかった。今思えば、共働きのパートナー(当時)は辛い時が少なくなかっただろうと思う。
 職場でも話題になったことはない。

 正直なところ、今でも「生理」という言葉を口にしたり書いたりすることに気恥ずかしさがある。しかし、それではいけないのだと気づかされた。

 とりあえず、レジでは「紙袋にお入れしますか?」と聞くことにした。ささやかな“自己改革“だ。

「生理」をめぐる深刻な問題、その根源などをあす書きます。


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「親ガチャ」・教育費負担・自衛隊

2021年11月27日 | 日本の政治と民主主義

    
 「親ガチャ」という言葉がネット上に出始めたのは数年前だそうですが、私は最近知りました。おもちゃの自動販売機「ガチャガチャ」(写真左)のように、子ども・若者たちが自分の不遇は、偶然この親の子として生まれたからだと悲嘆する時の言葉だそうです。親としては辛い言葉です。

 ただ、「親に虐待されながらも親を責めず、『自分のせいだ』と思う子は多い。でも、『たまたまその家に生まれてきただけで、あなたのせいでは絶対にないよ』ということを、このたった4文字で伝えることができる」(ノンフィクションライター・大塚玲子さん11日付琉球新報=共同)という利点もあるようです。

 いずれにしても、「親ガチャ」を親子間の問題としてしまっては、本質を見失います。子ども・若者が置かれている厳しい現実をつくりだしている元凶は、歴代自民党政権の福祉・教育切り捨て(新自由主義)政策だからです。

 厚労省の調査(2018年)では、「相対的貧困」(中間的な所得の半分に満たない家庭の割合)は全体で15・4%。シングルマザーなど大人1人で育てる世帯は48・1にのぼります。18歳未満の「子どもの貧困率」は、7人に1人(13・5%)です(10月24日付中国新聞=共同)。

 こうした貧困家庭をさらに苦しめているのが、重い教育費負担です。

 東京大学とベネッセ教育総合研究所の調査(2018年)によると、年収1000万円以上の世帯では、高校卒業後大学・短大への進学が75・4%であるのに対し、年収300万円未満では45・0%にとどまっています(10月22日付中国新聞)。

 日本の教育費負担が異常に重いのは、自民党政権が教育に予算を支出していないからです。

 経済協力開発機構(OECD、38カ国)の調査(2018年)で、小学校から大学までの教育機関に対する公的支出を、国内総生産(GDP)に占める割合でみると、全体の平均は4・1%なのに対し、日本は2・8%で加盟国中最低です(1位はノルウェーの6・4%、2位は「軍隊のない国」コスタリカで6・2%、お隣韓国は3・8%で20位。同中国新聞)。

 こうした自民党政権の教育軽視は、貧困家庭の子どもたちをどこへ追いやっているでしょうか。

 進学を断念して就職せざるを得ない多くの子どもたちがいる中で、見逃せないのが「陸上自衛隊高等工科学校」(神奈川県横須賀市、写真中・右=HPより)の存在です。

 同校は、「陸曹となるべき者を養成する陸上自衛隊の学校」で、身分は「特別職国家公務員」となります。「課程修了時には高等学校の卒業資格を取得」でき、教育費・寮費(全寮制)は無料であるばかりか、「生徒手当」として「月々手取りで約8万円、年2回の期末手当」が支給されます(同校HPより)。1学年約300人。

 貧困家庭の子どもたちを引き付けるには十分な“待遇”です。学校の周辺には「自衛官募集」のポスターが張り巡らされ、小・中学校の社会見学で自衛隊基地を訪れ、「災害指導」と称して自衛隊員が学校で「教える」現実があります。

 国家権力は政策で貧困を作り出し、貧困家庭の青少年を追い詰め、甘い蜜で軍隊にいざなう。戦争になればそうした貧困家庭の出身の兵士が真っ先に戦場へ駆り出される。それは敗戦前の帝国日本の姿であり、現在のアメリカの現実です。

 貧困・格差・差別の拡大と並行して、おぞましい歴史の再現が深く静かに進行しています。


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コロナ禍「路地裏に立つ」女性たち

2021年11月25日 | コロナ禍と政治・社会

    
 数字で表される感染者数の減少とは逆に、コロナ禍の政治の無策は、日本社会を深く広く侵蝕しています。NHK「クローズアップ現代プラス」(10月26日)は、新宿・歌舞伎町の「路地裏に立つ女性たち」が増えているとリポートしました(写真は同番組から)。

 一晩中立って「客」から声がかかるのを待っていても、1日いくらにもならない。まったく収入がない日も珍しくない。

 ある女性はネットカフェ暮らし。その料金が払えなくなると、路上で寝る。
 風俗店で働いていたが、コロナ禍で解雇。路地裏に立って自分で「客」を探す以外に生きて行くすべがない。

 ある女性は、夫のDVから逃れて地方から新宿へやってきた。軽度の知的障害がある。昼の仕事を探したが、面接ですべてシャットアウトされた。行き場は歌舞伎町の路地裏しかなかった。

 6歳の娘を実家に預けて来た。そのことを同じ「路地裏の女性たち」になじられ、辛かった。路上に寝ながら、実家の母に3万円仕送りする。

 女性たちに手を差し伸べているNPOがある。その仲介で、生活保護の申請に役所に行った。その時の担当者の「上から目線」で、「二度と行かない」と思った。

 「私の居場所はここしかない」。女性たちは今日も路地裏に立ち続ける。

 「路地裏」には、貧困、DV、障がい者差別など、幾重にもおよぶ差別と抑圧があります。公的救済からこぼれ落ちている、いや、公的救済が手を差し伸べようしていない女性たちの姿があります。

 番組のコメンテーターの指摘から、「売春防止法」が「女性たちを取り締まる法律」であることに改めて気づかされました。

 その第1条には、「この法律は…売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによって、売春の防止を図ることを目的とする」と明記しています。「刑事処分」(第5~16条)の対象も「売る」側だけです。
 「売買春」で処罰されるべきは「買う」男の方です。「売防法」は完全に逆転しています。明確な差別法と言わねばなりません。

「売防法」が施行されたのは1957年。日本国憲法施行後です。にもかかわらずこうした典型的な女性差別の法律が制定され、今も基本的に改正されることなく存在し続けていることはきわめて重大です。
「女性に対する暴力撤廃国際デー」の今日、日本のこの現実を改めて直視する必要があります。

 コロナ禍は貧富の差を拡大し、差別を助長しています。それはとりわけ弱い立場の女性を極限まで追い詰めています。
 日本に決定的に足りないものは、「自助」ではなく「共助」でもなく、「公助」、いや、「公責(政治行政の責任)」です。


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天皇裕仁を叱った朝鮮人元「日本軍性奴隷」ぺ・ポンギさん

2021年11月23日 | 日本軍「慰安婦」・性奴隷・性暴力問題

     

 帝国日本軍の性奴隷(「慰安婦」)の存在が日本で広く知られるようになったのは、韓国のキム・ハクスン(金学順)さんが実名で名乗り出た記者会見(1991年8月14日)からですが、その16年前の1975年、すでに朝鮮人性奴隷の存在が明らかになっていました。沖縄のペ・ポンギ(裴奉奇)さん(1914~91)です(写真左。写真右はぺさんの遺品=wam発行『軍隊は女性を守らない』より)。

 今年はぺさんの30年忌にあたり、沖縄では20日、追悼シンポジウム(沖縄恨之碑の会主催)が開催されました。それに先立ち、琉球新報、沖縄タイムスで追悼の連載、論稿が掲載されました。いずれも重要な論稿ですが、それらが触れていないことで、ぺさんを追悼する上で欠かせないことを、3点書きます。

 第1に、ぺさんが天皇裕仁を厳しく叱責(批判)していたことです。

 日本政府・軍によって性奴隷にされたぺさんは、戦後も沖縄で貧困と差別の塗炭の苦しみの中で生きざるをえませんでした。そんなぺさんに救いの手を指し述べたのが、朝鮮総連沖縄本部のキム・ヒョノク(金賢玉)さん(写真中の右。左はぺさん)、キム・スソプ(金洙燮)さん夫婦でした。

 キム・ヒョノクさんの回想によれば、ぺさんは天皇裕仁の死(1989年1月7日)を聞いたとき、「いっぺんに怒って」、こう言いました。「なんで謝りもせんで逝きよったんか
「どうすればよかったの?」「そりゃあ謝ってほしいさ」。「謝ってどうするの?」「補償もせんといかんよ」(キム・ヒョノクさんの証言映像=在日本朝鮮人人権協会制作より)

 日本軍性奴隷制度の最大の責任者は天皇裕仁です。しかしその責任は隠ぺいされてきました。2000年に故松井やよりさんらが中心となって市民による「女性国際戦犯法廷」が東京で開かれ、翌年裕仁に「有罪判決」が下されました。安倍晋三官房副長官(当時)らはNHKへ圧力をかけそのドキュメント番組を妨害しました。今に至っても天皇裕仁の責任は棚上げされたままです。

 性奴隷のサバイバーだったぺさんが、「戦犯法廷」から25年も前に裕仁に怒りをぶつけていた事実は記録に残される必要があります。

 第2に、ぺさんが名乗り出ざるを得なかった理由です。

 ぺさんはキム・ハクスンさんと違い、日本政府を告発するために自らすすんで名乗り出たわけではありません。特別在留許可を得るためにやむをえず行ったことです。それはサンフランシスコ「講和」条約(1951年)締結に伴って在日朝鮮人が「外国人」とされ、憲法上の諸権利をはく奪されたからです。

 在日朝鮮人に対するこの不当な差別政策の元凶は、天皇裕仁が最後の勅令として発した「外国人登録令」(憲法施行前日の1947年5月2日)です。この点でも裕仁の責任はきわめて重大です。

 第3に、名乗り出たぺさんの存在がほとんど無視されたのはなぜかという問題です。

 ぺさんが名乗り出ても、日本はもちろん、韓国でもほとんど無視されました。なぜか。それはぺさんの告白が最初に掲載されたのが、朝鮮総連系とされる「朝鮮新報」だったからだと言われています(2013年6月の沖縄シンポジウムでの金美恵さんの話)

 そうだとすれば、そこにも日本の植民地支配を根源とする「南北対立」が反映していたことになります。この点は事実関係を含め、さらに究明される必要があります。

<訂正>22日の「ヘイト企業「フジ住宅」断罪判決とその限界」で、第2次安倍政権の発足を「2013年12月」と書きましたが、「2012年12月」の誤りでした。申し訳ありません。(22日午後5時修正)


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ヘイト企業「フジ住宅」断罪判決とその限界

2021年11月22日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム

    
 大手不動産会社「フジ住宅」(大阪府岸和田市、今井光郎会長)が在日コリアンの女性従業員に対し、差別文書などで繰り返しヘイトハラスメントを続けてきた問題で、大阪高裁(清水響裁判長)は18日、その違法性を断定し、文書配布の差し止めと132万円の損害賠償を命じました。1審・大阪地裁堺支部の判決(2020年7月2日)に続く有罪判決です。

 「フジ住宅」の卑劣で執拗な手口などについては、2020年7月14日のブログをご参照ください。(https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20200714

 今井会長(写真右=同社HPより)のハラスメントがエスカレートしてきたのは2013年からですが、前年の12月には第2次安倍晋三政権が発足しています。これはけっして偶然ではないと思います。

 日本の大手企業が職場で繰り返しているヘイトハラスメントに対し、司法が断罪した意味はきわめて大きいものがあります。しかし同時に、判決には見過ごせない限界もあります。

 原告の女性は2審判決後、こう語りました。
「1審判決が出てから、会社は何も変わらなかった。いくら司法が良い判決を出したとしても、受け止める会社側が変わらなければ、同じようなことが続く。正直、今も不安でいっぱいです」(18日に朝日新聞デジタル)

 「フジ住宅」が判決を踏みにじって恥じないのは、今井会長のレイシズムだけでなく、現行法制度の不備の反映でもあります。

 もともと1審の有罪判決にも、「(今井会長のヘイト文書配布を)原告個人に向けられた差別的言動とは認めなかった。…人種差別の本質・問題性を理解していないといわざるを得ない」(弁護団「声明」)という弱点がありました。

 今回の2審判決でも清水裁判長は、「女性個人に対する差別的言動とは認められない」としたうえで、同社が東証1部上場企業であることから、「職場で民族差別的思想が醸成されない環境作りに配慮することが社会的に期待される立場にもかかわらず、怠った」(同朝日新聞デジタル)として、民事の損害賠償を科したのです。

 これでは1審判決同様、「人種差別の本質・問題性」を理解しているとは言えません。
 これはたんに裁判官の問題ではなく、日本の法制度の根本的欠陥にかかわっています。それは、日本には人種差別自体を違法として禁じる差別禁止法がないことです。

日本では、社会生活上の人種差別を明文で禁止した法律がない」「(国連の)人種差別撤廃委員会はこれまで日本に対して、包括的な人種差別禁止法を制定し、ヘイトスピーチについても禁止規定をおくべきことを繰り返し勧告してきた」「この法律(2016年成立のヘイトスピーチ解消法―引用者)は、差別的言動が「許されない」と前文で理念的に宣言しているものの、ヘイトスピーチを違法として禁止する明文規定はなく、当然罰則もなく…人種差別撤廃条約で求められている対策を履行したものとは言い難いものだ」(シン・ヘボン(申惠丰)青山学院大教授『国際人権入門』岩波新書2020年)

 人種差別撤廃条約(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」)は1965年に国連で採択されました。日本政府は1995年にやっとこれに加入しました。しかしそれは形だけで、一貫してその義務を果たそうとしていません。日本で人種・民族差別がなくならないどころか逆に強まっている原因の1つはここにあります。

 人種差別撤廃条約に基づく人種差別禁止法を早急に制定することは日本の責務です。


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日曜日記172・立憲民主に必要なこと☆気候変動議論・運動の盲点

2021年11月21日 | 日記・エッセイ・コラム

☆立憲民主に必要なことは?

 立憲民主党の代表選挙が行われている。基本政策が違うわけのない仲間たちが、メディアを意識して行うパフォーマンスは、自民党総裁選の二番煎じだ。自民党と違って国政選挙の直前でないだけマシか。ただ、一言言っておきたい。

 代表選の最大の「争点」は「野党共闘」のあり方だとメディアは喧伝し、候補者たちも応答している。しかし、立憲民主が最も問われているのはその問題ではない。

 立憲民主に一番必要なのは、労働組合・連合との関係を見直すこと、端的に言えば、連合と政治的に縁を切ることだ。

 連合は立憲民主、国民民主と密接な関係をもち、国政選挙では両党のどちらかの候補を組合の決定として支持し選挙運動をする。組合員にそれを強制する。

 これは職場要求の一致点で団結する労働組合の原則を逸脱している。そればかりか、組合員の思想・信条、政党支持の自由を侵害する憲法違反の行為だ。

 その連合に丸抱えされている立憲民主は、憲法違反の片棒を担いでいると言って過言ではない。「立憲民主」という名前に忠実であろうとするなら、まず、連合と手を切ることが不可欠だ。

 もっとも、連合の「特定政党支持」は前身の総評や同盟以来の悪弊であり、社会党や民社党がそれに依拠してきた長い歴史がある。連合にも立憲民主にも、それを見直すつもりなど微塵もないことは分かっている。またこの状態が不当・不正だと指摘するメディアもいまや皆無だ。なぜかかつて厳しく批判した日本共産党からもその声は聞こえてこない。

 しかし、この不正に目を閉じてはならない。「健全な野党」に変わるためにも、労働組合運動の前進のためにも。

☆気候変動議論・運動の盲点

 13日閉会したCOP26 (国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)に対し、グレタ・トゥンベリさんは、「口先だけで、明確な失敗だ」と批判した。とりわけ「化石賞」の日本の後ろ向き姿勢はひどい。

 COP26に限らず、気候変動問題の議論・運動に一貫して疑問がある。肝心な問題が捨象されていることだ。それは世界の軍拡競争が気候変動に及ぼす影響についてだ。

 素人の雑な考えだが、核兵器は言うに及ばず、ミサイルや重火器、大量の石油を燃焼させる巨大戦艦や戦闘機が、気候変動に影響を与えないわけがない。

 地球環境を守る点でも、世界の兵器・軍備はそれに真っ向から反している。環境保護と兵器・軍備の廃絶は表裏一体だ。

 その視点は、市民・運動団体にとっても不可欠だ。多くの若者が気候変動・地球環境問題に取り組んでいることは素晴らしい。その活動が、世界の兵器廃絶、日米安保条約など軍事同盟・軍事ブロック解消への運動と結びつくことを望みたい。


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コロナ陽性の米兵はなぜ隔離されず沖縄へ行けたのか

2021年11月20日 | 日米安保・軍事同盟と政治・社会

     

 韓国や欧米ではコロナ感染の新たな波が押し寄せ、空港での水際対策の重要性が改めてクローズアップされています。そんな中、在沖米海兵隊員が成田空港の検疫で陽性であったにもかかわらず、隔離されず、民間機で沖縄に向かっていたことが発覚しました。

 この米兵(20代の男性、キャンプシュワブ所属)は、10月30日に米国から成田空港(写真右)に到着。PCR検査で陽性が判明しましたが、翌31日に民間機で成田から沖縄へ移動しました(写真中は沖縄の米軍普天間基地)。翌11月1日米軍から沖縄県への連絡で事実が判明しました。

 米兵はなぜ隔離されなかったのでしょうか。

 民間人が入国時に陽性が判明した場合は、検疫所が確保した車両で移動し、借り上げたホテルなどで治るまで隔離されます。
 ところが、「米軍関係者の場合は、米軍の提供区・施設内で療養することになる。隔離場所に移送する時点から米軍管理に置かれる」(17日付琉球新報)のです。

 この米兵は成田空港の検疫所で、「「(米軍)横田基地所属」と申告した」(16日付沖縄タイムス)ため、その時点で米軍の管理下に入りました。

 しかし米兵は横田基地(写真左)へ移送されることなく、翌日、民間機で沖縄に移動しました。機内では米兵の近くに27人の乗客が同乗していたといいます。
 米兵はなぜ横田基地へ行かず、沖縄へ向かうことができたのでしょうか。

 日本政府は、「引き続き調査中と聞いている」(松野博一官房長官、16日の記者会見)と、米軍に丸投げで、自ら経過を明らかにしようとする姿勢すら見せていません。

 問題は、そもそも米兵・米軍関係者は入国時に日本の検疫の対象にならず、また今回のように民間人に交じって検疫を受けても米軍関係者と申告すればその時点で日本の管理下から外れる仕組み自体にあります。それは日米地位協定があるからです。

 地位協定第9(軍隊構成員などの出入国)第2項はこう明記しています。
合衆国軍隊の構成員は、旅券および査証に関する日本国の法令の適用から除外される。

 地位協定による米軍の特権は、17(刑事裁判権)、で米兵には日本の刑事司法が及ばないことが事件のたびに問題になりますが、地位協定の治外法権はそれだけではないことが、今回の陽性米兵の隔離破りで露呈したと言えます。

 問題はこの米兵だけではすみません。当然、「隔離措置を経ないまま日本国内を移動する米軍関係者が他にもいないかなどの疑念は残り」(17日付琉球新報)ます。

 そもそも地位協定第5(受け入れ国内における移動の自由、公の船舶・航空機の出入国、基地への出入権)によって、米軍関係者(家族を含む)が米政府や米軍の船舶・航空機を使えば日本のチェックを受けず、自由に出入国でき、米軍基地間を移動することができます。日本の防疫の対象外になるのです。

 こうした治外法権の日米地位協定は、抜本的に改定しなければなりません。コロナ対策の面からもそれは喫緊の課題です。

 そして改めて確認する必要があるのは、地位協定の前文が、「日米安保条約第六条の規定にしたがい…締結した」と明記していることです。
 日米安保条約第6は、「アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍および海軍が日本国において基地を使用することを許される」とする条文です。地位協定の治外法権の元凶はこの日米安保の条文です。

 地位協定の抜本改定を、元凶である日米安保条約の廃棄へつなげていくことがきわめて重要です。


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白鵬に“皇民化”圧力かけた日本相撲協会

2021年11月18日 | 国家と文化・芸術・スポーツ

     

 現在行われている大相撲九州場所の土俵下に、引退した白鵬(間垣親方)の姿があります。白鵬が日本相撲協会の年寄(親方)になるにあたって、相撲協会からきわめて異例・異常なことが行われていたことが分かりました。それは白鵬だけの問題ではなく、大相撲、ひいては「日本文化」がもつ根深い問題と無関係ではありません。

 永年白鵬を取材してきた相撲リポーターの横野レイコさんがその経過を語っています(14日の朝日新聞デジタル)。ポイントは次の2点です。

① 白鵬の引退会見(10月1日、写真左)の前日、日本相撲協会は白鵬の年寄、間垣襲名の条件として、「相撲道から逸脱した言動をしない」などとする「異例の誓約書」にサインさせた。

② 白鵬は年寄名跡がなくても、本人一代に限って現役時代のしこ名で親方になれる「一代年寄」になる十分な資格があるが、協会の有識者会議は今春、「一代年寄」の存在自体を否定する提言書をまとめた。あまりに唐突・強引で、白鵬の引退を視野に入れたものだと感じた人も多かったと思う。

 相撲協会が白鵬を「一代年寄」にしたくなかったことと、白鵬がモンゴル出身であることは果たして無関係でしょうか。これまでの「一代年寄」は大鵬、北の湖、貴乃花の3人ですが、いずれも日本出身です。

 「誓約書」の内容を詳しく見るとこうなっています。「大相撲の伝統文化や相撲道の精神、協会の規則、ルールやマナー、相撲界の習わし、しきたりを守り、そこから逸脱した言動を行わないこと」(9月30日の時事ドットコム)

 この「相撲道の精神」とは一体どのようなものでしょうか。

 日本相撲協会はその「使命」をこう規定しています。「太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させる」(公式サイト)

 かつて、白鵬と同じモンゴル出身の横綱・日馬富士が引退に追い込まれた時(2017年11月)も、八角理事長(当時)は「日本の国技を背負う力士であるという認識を新たに」せよ、という「講話」を全力士に行いました。

 そもそも相撲協会は、年寄(親方)になるためには日本国籍の取得を絶対条件としていますが(白鵬は2019年9月に帰化)、これ自体、大相撲が「国技」として「日本国家」と深く結びついていることを示しています。

 「我が国固有の国技」。このキーワードで、大相撲は神事すなわち神道と結びついています。大相撲自体が神事と言って過言ではありません。例えばそれは、土俵(神が宿る結界とされている)を清める儀式や、土俵に女性を上げないことに表れています。その土俵の屋根は、天照大神を祀る伊勢神宮を真似た神明造です。

 神道との結びつきは必然的に天皇制との深い関係にいきつきます。その関係は、天皇裕仁によってかつてなく強固になりました。
 例えば、優勝力士には「天皇賜杯」が渡されますが、この慣習が始まったのは1926年で、当時の裕仁皇太子が協会に下賜した金で製作されたのが始まりです。

 さらに、天皇裕仁の下で強行された侵略戦争の中で、「武道としての相撲」「相撲道」の普及が「国策」として行われました(新田一郎著『相撲の歴史』山川出版1994年)。

 相撲協会が白鵬に突き付けた「誓約書」の「大相撲の伝統文化」とは神道の伝統文化であり、「相撲道の精神」とは「国技」として天皇制と深く結びついた「精神」にほかなりません。

 その「誓約書」へのサインを事実上強要したことは、モンゴル出身の白鵬に“皇民化”への圧力をかけたものと言えるのではないでしょうか。

 


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