アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「自衛隊感謝決議」で問われているのは共産党だけではない

2022年04月30日 | 自衛隊・軍隊
  

 4月25日の那覇市議会で、自衛隊に対する「感謝決議」が賛成多数で可決されました(写真中)。決議名は「本土復帰50年に際し、市民・県民の生命を守る任務遂行に対する感謝決議」。自衛隊の名前は隠していますが、本文では「復帰とともに配備された自衛隊は…搬送数が総計1万件を超えるに至った。その他にも…」と、約半分を自衛隊の記述にあてています(写真左は宮古島に配備された陸上自衛隊)。

 「自衛隊業務への感謝決議は県内自治体では初めて」(26日付沖縄タイムス)のこと。「発案は元航空自衛隊救難ヘリパイロットOBの大山孝夫市議(自民)」(同)です。この時期の「感謝決議」が、石垣島などで強行されている自衛隊ミサイル基地建設と一体不可分であることは言うまでもありません。賛成20人、反対2人(保守系無所属)、退席15人と、決議案への態度はほぼ二分されました。

 この「自衛隊感謝決議」に日本共産党が自民党などとともに賛成したことは、沖縄県内にも衝撃を与えました。

「共産党は…賛成した。これまでの自衛隊に対する党の立場とどのように整合を図ったのか分かりづらい」(27日付琉球新報社説)

 決議に賛成したことにつて共産党那覇市議団の古堅茂治団長は、「1万人の命が救われており、災害と一緒だ。離島地域が多く、医療が不十分な中で役割を果たしたことに感謝をするのは当然のことだ」(26日付琉球新報)と述べています。

 岸信夫防衛相は、「党派を超えて可決され、私としても大変喜ばしい」(29日付沖縄タイムス)と共産党の賛成を歓迎しています。

 共産党は先日、「急迫不正の侵略がされた場合には自衛隊を含めてあらゆる手段を用い(る)」(10日、志位和夫委員長)と「自衛隊活用」論を表明したばかり。それに続く「自衛隊感謝決議」への賛成は、同党の右傾化をはっきり示すものです。

 見過ごせなのは、こうした自衛隊美化は、共産党だけではなく、「民主的」と思われているメディアや「識者」の間にも広がっていることです。

 琉球新報は27日付で、「議論は尽くされたのか」と題した社説で「自衛隊感謝決議」に疑問を呈しました。しかしそれは、「感謝の示し方はほかになかったのか。なぜ全会一致にならない決議という形になったのか」を問題にしているもので、むしろ「沖縄では日本復帰後、自衛隊に根深い反発があった。これが薄れ、社会への受け入れが進んだのも、民生分野で果たしてきた役割の大きさがある」と自衛隊の活動を評価しています。

 また、佐藤学沖縄国際大教授も、「「感謝」という言葉が一人歩きし、対中戦争の前面に自衛隊を立たせるという方向性を後押しすることに利用されてはいけない」と指摘しながら、「沖縄の救急医療に果たす自衛隊の役割はまともであり…県民の中で自衛隊に対する抵抗感が減り、沖縄社会で受け入れられてきたのは間違いないだろう」(26日付琉球新報)と述べています。

 こうした自衛隊美化論はもちろん沖縄の「民主的識者」だけではありません。

 ウクライナ情勢に便乗して自民党内で改憲策動が強まっていることについて、「九条の会」世話人の田中優子・法政大前総長はこう述べています。

「九条は自衛権を否定していないし、(憲法を)変えなくても自衛できる。万が一、ロシアが日本に攻めてきた場合、自衛隊は自衛する」(3月16日付東京新聞インタビュー)

 こうした自衛隊の評価は、その本質を見失った危険な自衛隊美化論です。

 自衛隊は疑問の余地のない軍隊です。したがってそれは、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という憲法9条第2項に明確に違反します。自衛隊は正真正銘、憲法違反の軍隊です。これが自衛隊問題の原点です。

 災害や医療救助はそれを専門とする組織を充実させておこなうべきで、それを自衛隊に肩代わりさせているのは、憲法違反の軍隊を市民に受け入れさせるための政治的策略であることは今更言うまでもありません。

 自衛隊への「感謝決議」はもちろん、「民生分野」の活動だといって評価したり、「自衛戦」に期待するのは、その政治的策略に同調することにほかなりません。

 ウクライナ情勢に便乗して自民党などが自衛隊を憲法に書き込む改憲策動を強めているとき、こうした自衛隊美化論がかつてなく危険な役割を果たすことを直視する必要があります。 

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「昭和の日」も「明治の日」もいらない

2022年04月29日 | 天皇制と政治・社会
  

 4月29日が「昭和の日」とされたのは2007年からです。1989~2006年までは「みどりの日」、1948~1988年までは「天皇誕生日」、敗戦後に祝日法ができるまでは天皇誕生日の別名「天長節」でした。名前は目まぐるしく変わりましたが、“根拠”はただ1つ、天皇裕仁(昭和天皇)の誕生日だったということです。

 1989年1月に裕仁が死去したため、「天皇誕生日」とは言えなくなり、「みどりの日」などという名前で裕仁の影を残そうとし、2007年から「昭和の日」としました。それは天皇制と切り離せない元号を定着させようとする狙いがあります。

 問題は、「元号の定着」だけではありません。

 祝日法(第2条)には、「昭和の日」の意味がこう書かれています。
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」

 「昭和」は63年。その大半(~45年)はアジア侵略と植民地支配、戦時体制下の民主主義圧殺でした。それを「激動」と「復興」に集約し「国の将来」につなげようというのは、歴史を改ざんして「昭和」=裕仁の美化を図るものです。

 重大なのは、「昭和の日」のこの危険な狙いが、いま新たな装いで繰り返されようとしていることです。天皇睦仁(明治天皇)の誕生日(11月3日、現在「文化の日」)を「明治の日」に改称しようとする動きが強まっているのです。

 今月7日、超党派の「明治の日を実現するための議員連盟」なるものが発足しました(写真中)。会長は自民党の古屋圭司元国家公安委員長。先日も「神武天皇」にまつわるウソを公然とツイッターで発信した根っからの天皇主義者です(3月31日のブログ参照)。

 結成総会では、古屋氏のほか、大島敦衆院議員(立憲民主党選対顧問)、馬場伸幸衆院議員(日本維新の会共同代表)、前原誠司衆院議員(国民民主党代表代行)があいさつ。92人の国会議員が名を連ねました。

 設立趣意書では、「我が国の将来の発展を期して、明治を生きた人々の努力に敬意を表し…『明治の日』と改称する」とうたっています。

 当日古屋氏は記者団に、「機が熟した」と述べ、「6月15日の今国会会期末までに各党で改正案の了承手続きを終え、早ければ参院選後の臨時国会で成立を目指す考えを示した」(23日の産経新聞ウエブサイト)といいます。

 国会議員のこうした動きと並行して、神社本庁などによって「明治の日推進協議会」が結成されています(写真中・右は同協議会のサイトより)。神社本庁は議連結成に呼応してこう主張しています。

「明治維新以来のわが国の戦前の歴史については…あたかも闇黒の時代であったかのやうに捉へえたり、そのすべてを否定したりするやうな風潮も見られたのではなからうか。…昨今のロシアのウクライナへの侵攻など、内外の世情はいよいよ混迷を深めつつある。「諸事神武創業の始に原き」として原点に立ち返り、皇室を仰ぎつつ国民一丸になって歩みを進めてきた明治以来の歴史を改めて考へるべき時といへよう」(4月18日付「神社新報」、仮名づかいは原文のまま)

 旧態依然の歴史改ざん、明治美化に加え、ウクライナ情勢を利用する新たな手口で、「明治の日」の実現、皇国史観の復活を図ろうとする動きが、立憲民主を含む超党派で強まり、具体的な日程に上ろうとしています。きわめて重大で危険なこの動きは絶対に黙過できません。


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ウクライナ戦争と「4・28」屈辱の日

2022年04月28日 | 天皇制と日米安保
   

 4月28日はサンフランシスコ講和条約・日米安保条約が発効(1952年)して70年です。日本国憲法が及ばない米軍占領下に取り残された沖縄は、この日を「屈辱の日」としています(写真中は51年9月8日の調印)。
 しかし、「4・28」が「屈辱の日」なのは、沖縄だけではありません。この日を境に日本全体が新たな屈辱の下に置かれました。その意味が、「ウクライナ戦争」の中であらためて問われています。

 敗戦後の最大の政治問題は講和条約の締結でした。焦点は、日本と交戦した55カ国すべてと講和条約を結ぶ「全面講和」か、アメリカ主導の「単独(片面)講和」かです。

 1948年、日本国憲法を擁護する学者・識者らが結集して「平和問題談話会」が結成されました。メンバーは、末川博、矢内原忠雄、大内兵衛、安倍能成、恒藤恭、丸山真男らそうそうたる顔ぶれです。
 1950年、「講和問題についての平和問題談話会声明」が出されました。その冒頭はこう述べています。

「今後における日本の民主化の一層の発展は…日本国民が講和の確立を通じて世界の諸国民との間に自由な交通と誠実な協力との関係を樹立することを以て、必須の条件とする。今や講和の確立及び占領の終結は一切の日本国民の切迫した必要であり要求である」(「世界」1950年3月号)

 この立場から同談話会は次の4つの方針を示しました。

①講和問題は、全面講和以外にない。
②日本の経済的自立は単独講和によっては達成されない。
③講和後は、中立不可侵とあわせて国連加盟を希望する。
④いかなる国に対しても軍事基地を与えることは絶対に反対する。

「単独講和か全面講和かの選択は、講和後の日本のあり方を決定するものであった。前者をとれば、それは在日アメリカ軍の駐留を認め、西側陣営の一員として東側陣営との対立構図に組み込まれることを意味した。反対に後者をとれば、憲法九条のもと徹底した平和主義を追求するため、中立国となることを意味した」(礒村英司・福岡国際大准教授『戦争する国にしないための中立国入門』平凡社新書2016年)

 談話会声明の主張はじめ世論に反し、日本政府(吉田茂政権)は「単独講和」(ソ連、中国など11カ国を排除)に踏み切りました。これが敗戦後日本の、今日に続く大きな分岐点となりました。

 吉田政権を単独講和に踏み切らせたものは何だったか。それは天皇裕仁の思惑です。

天皇(裕仁)早くも…四七年五月に、事実上のアメリカの軍事力による日本の安全保障という構想を、マッカーサーとの第四回会見で提起し要請していた。そして、この構想の具体化が、「池田(勇人)ミッション」に示された方針、つまり基地の「自発的なオファ」という基本方針の貫徹であった。さらに、安保条約を“根底”で支える沖縄問題についても、天皇は早い段階からイニシアティヴをとった」(豊下楢彦『安保条約の成立―吉田外交と天皇外交―』岩波新書1996年)

 沖縄問題での裕仁の「イニシアティヴ」が、沖縄を軍事植民地としてアメリカに差し出す「沖縄メッセージ」(1947年9月)であることはいうまでもありません。

 敗戦日本の歴史的分岐点となったアメリカ主導の「単独講和」。それと一体の日米安保条約締結。それは、「国体」=天皇制の維持と自らの戦争責任追及を回避するため、天皇裕仁が敗戦直後から構想していた路線です。

 いま、ロシアとアメリカの代理戦争であるウクライナ戦争で、日本政府がアメリカの戦略に追随し(写真右)、便乗してさらなる軍拡、敵地攻撃さえ検討しているのは、天皇裕仁が切望した70年前の「単独講和・日米安保条約」に根源があることを歴史の事実として銘記する必要があります。 (明日金曜日も更新します)

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ウクライナ戦争・第三世界の見方<下>国境なき世界めざす

2022年04月27日 | 国家と戦争

 ケニアのキマニ国連大使(写真)が2月21日の国連安全保障理事会で行った演説は、当時から注目されました。

「アフリカ諸国の国境線も自分たちで決めたものではなく、ヨーロッパ列強による分割の過程で勝手に引かれてしまったものだが、だからといってそれを武力で変更しようとしてはいけない」

 日本のメディアはロシアの軍事侵攻を批判したものと報じました。国境線を「武力で変更」しようとしたロシアを批判していることは確かです。しかし、キマニ演説の真意はそれだけではないことが、「世界」臨時増刊所収「資料と解説 異なる視点―第三世界とウクライナ危機」(訳・解説=栗田禎子千葉大教授)で分かりました。

 栗田禎子氏は、「単に国際法違反という形式面の批判をするだけでなく、「欧米に分割された側」としての共通の立場からロシアを説得する姿勢を示し、それを通じて実は先進資本主義諸国への批判も行っている点が鋭い」と解説しています。

 キマニ演説の深い意味はまだあります。それは栗田氏の詳しい訳による次の個所です([]は栗田氏の訳注)。

◎ケニヤ(2月21日、国連安保理におけるマーティン・キマニ国連大使の発言)
 
 < 今日、どのアフリカの国でも、国境をはさんで、私たちと深い歴史的・文化的・言語的絆で結ばれた同胞が住んでいます。独立に際して、もし私たちがエスニシティー、人種、あるいは宗教面での同質性を基礎とする国家をめざすことを選んでいたら、何十年も経った今も、血なまぐさい戦争を繰り広げていたことでしょう

 その代わりに私たちは、受け継いだ国境線を受け入れることにするが、それでもなお、全大陸的な政治的・経済的・法的な統一をめざすことにしよう、と合意しました。危険なノスタルジーにふけって永遠に歴史を振り返り続ける諸国家を形成するのではなく、私たちは私たちのどの諸国家も諸人民も知らなかったような偉大さ[=未来におけるアフリカ統一]をめざすことを選んだのです。

 私たちはアフリカ統一機構(OAU)の諸原則と国連憲章を遵守することを選びましたが、それは私たちが自分たちの国境線に満足したからではなく、それよりもっと偉大な何かを、平和的に実現したいと欲したからなのです。>

 「どの諸国家も諸人民も知らなかったような偉大さ」「もっと偉大な何か」とは何か。それは、「全大陸的な政治的・経済的・法的な統一」すなわち“国境のないアフリカ大陸”ということではないでしょうか。

 キマニ大使の演説は、国境線を武力で変更しようとしたロシアを批判しただけでなく、さらに「先進資本主義諸国」を批判しただけでもなく、むしろそれ以上に、国境線そのものがないアフリカを自分たちは目指すのだという決意を表明したものであり、ここに同演説の深遠な崇高さがあると言えるでしょう。

 国境線すなわち国家のないアフリカ大陸をめざす思想と決意が、帝国列強(イギリス)の植民地支配の犠牲となったケニアによって表明されたことは重要な意味を持っています。

 ウクライナ戦争、その他の紛争・戦争に対し、早期の停戦・収束を実現するための現実的な行動が求められていますが、同時に、恒久平和、人々の平和的生存権のために、新たな世界のありかたを探求する必要が今こそあるのではないでしょうか。
 それは、非戦・非武装の世界、国境線のない、「国家」のない世界ではないでしょうか。

 ケニアなどアフリカ諸国の人びとが「国境線のないアフリカ大陸」を目指しているように、私たちは「国境線のないアジア」、そして「国境線のない世界」を目指して、歩み始める必要があるのではないでしょうか。

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ウクライナ戦争・第三世界の見方<中>二つの帝国主義勢力の戦争

2022年04月26日 | 国家と戦争
 
 「世界」臨時増刊所収「資料と解説 異なる視点―第三世界とウクライナ危機」(訳・解説=栗田禎子千葉大教授)には、世界の共産党・労働者党の見解・主張が紹介されています(以下、抜粋。[]は栗田氏の注、太字は私)

◎世界の共産党・労働者諸党(2月25日発表の緊急共同声明「ウクライナにおける帝国主義戦争に反対する」)

 ウクライナにおける展開は、独占資本主義の枠内で起きているものだが、合衆国、NATO、EUがこの地域において抱いているプラン、そしてこの地域への彼らの介入と結びついている。
 彼らはウクライナの市場・原料・輸送網の支配をめぐって資本主義ロシアとの熾烈な競争の中にあり、その文脈でこの地域に介入しているのだ。
 このような企図は帝国主義勢力によって隠蔽されて(いる)。

 われわれは、ウクライナにおけるファシスト・民族主義勢力の活動、反共主義および共産主義者迫害、ロシア語話者住民への差別、ドンバスの人びとへのウクライナ政府の無力攻撃を糾弾する。

 われわれは、ヨーロッパ=大西洋諸国[=NATO諸国]が彼らのプランを実施するため、ウクライナの反動的政治勢力をファシスト集団も含めて利用していることを糾弾する。

 ロシアによる軍事介入の決定は、ロシア独占資本のウクライナ領土内における利害と、その西欧独占資本との熾烈な競争を促進するために下されたものである。

 われわれはロシアおよびウクライナの共産主義者および人民との連帯を表明し、彼らがナショナリズムに対して―それは両国のブルジョアによって育成されているのだが―行っているたたかいを支持・強化する。

 両国人民は、他のすべての人民同様、いずれかの帝国主義あるいは独占資本の利害に奉仕する同盟[=軍事同盟]に加担することに何の利益も有していない

 NATOやEUは、資本主義的な多国籍連合はどれもそうであるように、略奪的な同盟であって、決して親人民的なものとはなり得ない非常に反動的な性格の存在であり、労働者と諸人民の権利を阻害する行動をとりつづけるだろう。資本主義は帝国主義戦争をともなうのである。

 われわれは、その政府が今回の展開に関わっている国々の諸人民に対し、さまざまなもっともらしい口実を用いて人民を帝国主義戦争の挽肉機へとおびき寄せるブルジョア勢力のプロパガンダに対してたたかうことを呼びかける。

 軍事基地の閉鎖海外での任務に派遣されている軍隊の帰国を要求すること、諸国家にNATOやEUのような帝国主義的なプランや同盟から手を引かせるためのたたかいを強化することを呼びかける。

 労働者階級と人民的諸階層との利害は、われわれが事態の分析に際して階級的な基準を強化すること、われわれ自身の独立した針路を確立して独占資本とブルジョア階級に対するたたかいに取り組むこと―資本主義打倒のために、帝国主義戦争に対する階級闘争強化のために、社会主義のためにたたかうことを求めている。社会主義はこれまでにも増して、タイムリーかつ必要なものであり続けている。
(アゼルバイジャン、カザフスタン、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなど32カ国の共産党・労働者党が署名)

 栗田氏は、「この戦争はNATO諸国とロシアという二つの帝国主義勢力の間の「帝国主義戦争」だという認識を示している点が注目に値する。これはある意味ではあたりまえの捉え方」だと解説。

 さらに栗田氏は、「NATOによって育成・利用されてきた現在のウクライナ政権のファシスト的な性格への言及が見られる」ことに注目し、「2014年政変で成立したウクライナの現体制がファシスト的・人種差別的傾向を持つ、東部ウクライナの住民に対する迫害や、労働運動弾圧、共産党非合法化等の政策がとられてきたことはこれまでも指摘・報道されてきたが、ここでは単に「ネオ・ナチ」と呼ぶだけで済ませるのではない批判が加えられている」と指摘しています。

 「声明」がけっして親プーチン政権でないことは明白です。事態を「帝国主義戦争」と捉え、両国の人民に連帯して軍事同盟からの離脱の必要性を強調している点、ウクライナ政権のファシスト的性格を指弾している点、ブルジョア勢力のプロパガンダとのたたかいを呼び掛けている点、そして社会主義の重要性を強調している点など、まさに共産党・労働者党の面目躍如の声明であり、共感できる部分が少なくありません。「その政府が今回の展開に関わっている国々」の中に日本が含まれることは言うまでもありません。

 翻って、日本共産党は、「ロシアとウクライナの双方に問題があるとして同列におく「どっちもどっち」論があるが、これは道理がなく、国際社会では通用しない」(志位和夫委員長、4月7日幹部会報告)として一方的に「ロシア・プーチン政権の無法を糾弾」(同)しています。
 のみならず、軍事同盟の解消どころか、自衛隊についても、「今のような安全保障環境の下で解消できないことは当然だ」(小池晃書記局長、11日の記者会見)として、「自衛隊活用」さえ公言しています。
 世界の共産党・労働者党と日本共産党の見解・立場の乖離・相反はあまりにも大きいと言わざるをえません。(明日へつづく)

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ウクライナ戦争・第三世界の見方<上>アメリカ・NATOの偽善を批判

2022年04月25日 | 国家と戦争
  

 岸田文雄首相はロシアへ制裁を加える際、繰り返し「国際社会とともに」と口にします。しかし岸田首相の「国際社会」は軍事同盟を結んでいるアメリカを中心とする一部「西側」社会にすぎません。ほんとうの国際社会は、けっして単純な「ロシア悪魔」論ではありません。

 雑誌「世界」は今月18日臨時増刊「ウクライナ侵略戦争―世界秩序の危機」を発行しました。その中に、「資料と解説 異なる視点―第三世界とウクライナ危機」(訳・解説=栗田禎子千葉大教授)として、国連などで表明された第三勢力の見解が紹介されています。抜粋します(太字は私)。

◎キューバ(3月1日、国連総会緊急特別会合における演説)

 ウクライナの目下の状況に関する厳密かつ誠実な検証は、武力の行使と法的諸原則や国際的規範の遵守欠如につながることになった諸要因を注意深く評価することなしには不可能である。

 合衆国がNATOをロシア連邦の国境に向けて着々と拡大し続けようと決心したことが、かつてない規模の諸影響を伴うシナリオ―それは避けられたはずなのだが―を引き起こした。

 合衆国とNATOが最近数カ月にロシア連邦に隣接する諸地域に対して行った軍事的動き、さらにそれに先立ってウクライナに新式の兵器の供与を行っており、要は軍事的包囲網を形成していたことはよく知られている。

 安全の保証を求めるロシア連邦の根拠ある要求を何十年も無視し続けておいて、ロシアがその国家的安全に対する直接の脅威を前にして無防備なままであろうと想定することは誤りである。平和は、当事国を包囲することでは達成できない

 キューバは偽善と二重基準を拒否する。1999年に合衆国とNATOがユーゴスラビアに対する大規模攻撃を行ったことを想起せねばならない。合衆国とその一部の同盟国は、何度も武力を行使してきた。

 キューバは目下のヨーロッパにおける危機が平和的手段で解決され、全当事者の安全と主権、地域および国際の平和、安定と安全が保証されるよう、真剣、建設的、かつ現実的な外交的解決を行うことを主張しつづける。

◎南アフリカ(3月1日、国連総会緊急特別会合における演説)

 われわれは全当事者に対し、事態に対し妥協の精神でアプローチすること、全当事者が人権を支持し、国際法と国際人道法の下で彼らの義務を遵守することを要請する。

 われわれはさらに、すべての紛争が同じ注意を払われていないことにも憂慮をもって言及する。実際、ウクライナにこれほどの注意が集中している一方で、安保理の懸案になっている長期にわたる紛争がいくつもあり、解決されないまま続いている。他の長期紛争―そのなかでは国連憲章と人権が蹂躙されている―に対しても同等の関心を注ぐことが必要である。

 最後に南アフリカは、アフリカ連合(AU)委員会がウクライナ国境におけるアフリカ諸国民やアフリカ系の人々に対する処遇について示した懸念を支持する。かれらの一部は国境を越えて自由に移動することを許されていない。われわれはヨーロッパ諸国にこの状況の解決を要請する。紛争時にはすべての人々が国境を越える権利があるからである。

 栗田禎子氏は、南アフリカ演説が指摘する「他の長期紛争」の代表例として「パレスチナのガザ地区」を挙げ、「イスラエルによる封鎖・空爆下で、マリウポリのような事態がほとんど恒常的に繰り返されてきた」と解説。
 最後のアフリカ系の人びとに対する差別についての指摘は、「ウクライナ問題をめぐる欧米諸国の取り組み・論調全体に見られる「人種主義」的な傾向への批判をにじませたもの」と説明しています。

 キューバ、南アフリカはともに、国連総会の「ロシア非難決議」(3月2日)に棄権した35カ国の中の2カ国です。

 上記の主張にみられる共通した特徴は、今回の戦争はロシア、ウクライナだけでなく、アメリカ、NATO諸国も「当事者」であると断じ、その「偽善と二重基準」を批判、「全当事者」に国際法、国際人道法の厳守を要求していることです。

 そして事態の「厳密かつ誠実な検証」のためには、「諸要因を注意深く評価すること」が必要であり、「欧米諸国の取り組み・論調全体に見られる「人種主義」的な傾向」にも批判を向けなければならないと強調しています。

 冷静・理性的で公平・公正な主張と言えるのではないでしょうか。(明日につづく)

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日曜日記194・「4・24」在日朝鮮人と中野重治と日本共産党

2022年04月24日 | 日記・エッセイ・コラム

 4月24日は、74年前のこの日、朝鮮学校に対するGHQと日本政府の弾圧、それに抗する在日朝鮮人の人びとのたたかいから「4・24阪神教育闘争」として記憶されなければならない(闘争の経過、意味については昨年4月24日のブログ参照)。

 それはもちろん、在日朝鮮人とGHQ・日本政府だけの問題ではない。いや、本質的に日本人の問題だ。

 『中野重治と朝鮮問題 連帯の神話を超えて』(廣瀬陽一著、青弓社2021年)に、中野重治(詩人1902~79)の「4・24」に関する論評が紹介されている。

 「4・24」の直後、「朝日評論」(朝日新聞社発行)の巻頭言は、「朝鮮人の集団的暴力沙汰の如きは、民主主義のいろはともいうべき「法と秩序との維持」をみだる不祥事件として、全人類の名において指弾せられて然るべきであろう」と逆に朝鮮人の側を非難・攻撃した。この「朝日評論」に対し、中野重治はこう書いた。

「あの巻頭言の筆者は事実を全く知らないあるいは全く隠している。日本の巡査がピストルで朝鮮人少年を射ち殺したのである。少女を傷つけたのである。また教育の問題では、日本政府は朝鮮人から税金だけを取って、学校施設のためのすべての便宜を奪っていたのである。それだから朝鮮人は自分で教育をした。その教科書は見事な出来ばえであり、それは総司令部によって認められたものである。一九四五年八月以降、この問題で日本政府のしたただ一つのことは…一九四八年一月二十四日づけ朝鮮人学校閉鎖命令を出したということである。…あの『朝日評論』の短い文章は無知、陋劣、悪意に充ちてさらに驕慢である」(鎌倉文庫「人間」1948年8月号)

 中野重治の「雨に降る品川駅」(1929年雑誌「改造」に掲載)は在日朝鮮人に寄り添った詩として知られている。が、中野は発表後、2回にわたってその「不十分さ」を自己批判している(1931年、1970年代)。

 その中野の自己批判の意味を、水野直樹氏はこう分析する。

「中野は繰り返し「朝鮮人における民族革命の問題、日本からの独立運動の問題を、われわれ日本人は腹の底からはわかっていなかったのではないだろうか」と書いている。これは、中野自身が深く関わってきた日本の革命運動、社会運動における朝鮮認識を問い直さねばならないとする発言であった」(在日総合誌「抗路」2020年7月号)

 中野は1962年のシンポジウムで、「(戦後)日本の労働運動・民主的諸党・民主的諸団体、その人たちが、在日朝鮮人の…反抗のエネルギー…に頼ることがかなりあった」(「朝鮮研究月報」1962年11月号)と述べた。

「これは、1930年前後から戦後の1955年まで、在日朝鮮人による共産主義運動や労働運動が日本の運動、具体的には日本共産党とその指導を受ける労働運動に吸収・統合されていたことを念頭に置いての話であろう」(水野直樹氏、前掲書)

 中野は日本共産党第7回大会(1958年)で中央委員に選ばれたが、第8回大会(61年)で「政治報告草案」に反対、「綱領草案」に保留。そして64年、公労協ストに反対した党中央を批判し、同年、除名処分を受けた。

 中野重治の在日朝鮮人へのまなざし、在日朝鮮人に不当に依存してきた「日本の革命・労働・民主運動」に対する批判眼は卓越していた。それを私は最近、「抗路」と『中野重治と朝鮮問題』で知った。日本共産党に入党した時(1974年)から、中野重治は「反党分子」だと教えられた。言われるままにそう信じ、中野の著作を読みもしなかった。
 自分の不明・怠慢・怠惰を恥じる。

 国家・政党をはじめ組織は、洗脳のために真実を隠す。それに囚われて思考停止に陥らないためには、真実を知る努力をしなければならない。自分の頭で考え続けなければならない。

 それは「戦争」の情報戦だけの話ではない。日常生活の問題だ。若い時に、それに気付くべきだった。



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「ウクライナ戦争」で「民主主義」「国家」を考える

2022年04月23日 | 国家と戦争
  

 「ウクライナ戦争」は1日も早い停戦が切望されていると同時に、これからの世界のあり方を問いかけています。それを考える上で、参考になる指摘を、最近の論稿・記事から2つ紹介します(抜粋)。

◎「民主主義と専制主義の対立はフィクション」―西谷修氏

< 「民主主義と専制主義の対立(アメリカはじめ西側陣営の言い分―私)なんて、完全なフィクション」と語るのは、哲学者で東京外国語大名誉教授の西谷修さんだ。

 人気者があがめられて政治家になるような「民主主義」は、本質的な意味で専制主義と大差ないと指摘。
「つまり、西側にとっての『異物』が専制と呼ばれているだけ。『異物』は初めから悪と決まっている

 西谷さんの分析では、歴史は「衣替え」され、繰り返されている。まずは、欧米諸国が社会主義を「諸悪の根源」と呼んだ冷戦期。次に中東の反逆者を抹消しようとした「テロとの戦争」。そして近年の対専制主義。いずれも「西側は自由で、正しい。自分たちは正気で、相手は理性を失っていて、とことん殲滅していい」。

 その裏では、国の決定によって「普通の人々」が爆撃されたり動員されたりし、生命を脅かされている
ウクライナを支援するのは当然です。でもそれは同国でロシアに協力してきた『普通の人々』も含めなければなりません

 西谷さんは、現在の「分断と抹消の政治」の構造自体、すなわち二極とも退ける。

『専制主義の中国から侵略されるかもしれないから』と現状を利用して日本の再軍備を進めようとする主張も出てきた。歴史を学ばなければ、世界中が崖から落ちます」>( 12日付琉球新報「ハッシュタグ#現代」=共同配信)

「国家」は為政者がつくりだした「想像の共同体」」―磯野真穂氏

< 政治学者のベネディクト・アンダーソン(1936~2015、アメリカの政治学者―私)は著書「増補 想像の共同体」の序論で次の一節を残している。

国民は一つの共同体として想像される。なぜなら、国民のなかにたとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は、常に、水平的な深い同志愛として心に思い描かれるからである。そして結局のところ、この同胞愛の故に、過去二世紀にわたり、数千、数百万の人々が、かくも限られた想像力の産物のために、殺し合い、あるいはむしろみずからすすんで死んでいったのである」(白石さや・白石隆訳、NTT出版)

 「国家」とは、地面や空気のようなあまりに当たり前の存在で、それなしの生活などありえないように思える。しかしアンダーソンは、私たちのそのような当たり前を破壊する。国家とは、触ったり、吸い込んだりして、その存在を確かに感じられるような地面や空気と異なり人間の想像力の中にしか存在しないというのである。これは一体どういうことか?

 国家は、為政者の想像上のイメージを、現実世界に落とし込むことでつくられる。その過程で国民が育てられ、国民の中に「愛国心」が植え付けられる。その意味で国家は「想像の共同体」なのだ。>(磯野真穂・人類学者、19日付沖縄タイムス「論考2022」=共同配信)

 「国家」とは何なのか。「国家」が喧伝する「民主主義」とは何なのか。「国家」は「市民」に何をもたらすのか―。
 「国家」という存在を絶対的なものとせず、それは果たしてほんとうに必要な存在なのか、原点に返って思考する。それが「ウクライナ戦争」が突き付けている課題ではないでしょうか。


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「醜悪だがウクライナが譲歩を」チョムスキー氏が主張

2022年04月22日 | 国家と戦争

     

 ウクライナ戦争を1日も早く終結させるためには、ウクライナ軍・政府が「降伏」して、停戦協定を結ぶ以外にありません。

 そう言うと、「ロシアの無法を許すことになる」「国際秩序が保てない」などの批判の声が出ますが、はたしてそうでしょうか。世界的な反戦知識人として知られる米マサチューセッツ工科大のノーム・チョムスキー名誉教授(94=写真左)も、「醜悪」だが「ウクライナがロシアに譲歩すべきだ」と主張しています。

 チョムスキー氏の意見を報じたのは19日付のハンギョレ新聞(日本語電子版)。記事の要点を抜粋します(写真左も同紙から)。

< チョムスキー教授は13日、米国の急進的政治メディア「カレント・アフェアーズ」のネイサン・ロビンソン編集長との対談で、「ウクライナについては二つの選択肢がある」とし、一つ目は「交渉による解決」で、二つ目は現在のように「最後まで戦うこと」だと述べた。

 チョムスキー教授は「私たちはゼレンスキー(大統領)に戦闘機や高性能兵器を提供できるが、プーチンはウクライナに対する攻撃を急激に強め、高性能兵器の供給網を攻撃しうる。そして、すべてを完全に破壊する核戦争に陥る可能性がある」と述べた。核兵器を保有するロシアが、実際にそれをウクライナを対象に使うこともありうると警告したのだ。

 チョムスキー教授は、そのような側面から最近、「プーチンによりいっそうの圧力をかけ、ウクライナへの支援を強化しなければならない」と主張したヒラリー・クリントン元米国務長官らを批判した。

 チョムスキー教授は、もう一つの選択肢である「交渉を通じた解決」について、「私たちは、唯一の代案である外交的解決という現実を直視する」とし、「プーチンと少数の側近に退路を開くものであり、醜悪なものだ」と述べた。

 チョムスキー教授は具体的に、妥協案の「基本的な枠組みは、ウクライナの中立化、おそらく、ウクライナの連邦の構造のなかで、ドンバス地域に高度の自治権を付与するものかもしれない」とし、「好むと好まざるとにかかわらず、クリミア半島は交渉対象ではないということを認めなければならない」と述べた。

 親ロシア派分離主義勢力が掌握するウクライナ東部のドンバス地域を、ウクライナは独立地域と認めなければならず、2014年にロシアが強制合併したクリミア半島についても、ロシアの支配力を認める必要があると助言した。

 チョムスキー教授は「あなたはこの案を好まないかもしれないが、明日ハリケーンが来るのに『ハリケーンは好きではなく』『ハリケーンを認めることはできない』などと言うばかりではそれを防ぐことはできず、何の効果もない」と述べた。彼は「(譲歩案がロシアの)もとに届くようなものかどうかは、試してみることでわかるにもかかわらず、私たちはそのような試みを拒否している」と述べた。>(19日付ハンギョレ新聞)

 ウクライナ情勢に対する評価は千差万別でしょう。事態の真相、原因もまだ解明されていません。しかし、これ以上犠牲を出さないために1日も早く戦闘を終わらせなければならないことは、一部の好戦的権力者・為政者を除いて、ほとんどの人の一致点でしょう。

 チョムスキー氏は、このまま「最後まで戦」えば「核戦争」の可能性が現実的にあるとみます。だから、「醜悪」だけれど、ウクライナ政府は「譲歩」しなければならない、それが「唯一の代案」である「交渉による解決」への道だと言います。

 チョムスキー氏の意見に全面的に賛成するわけではありませんが、けっして「親ロシア派」ではない同氏の主張・提案は、停戦を願う多くの人々の共感を得るものではないでしょうか。


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市民を“盾”にするウクライナ軍・アゾフ大隊

2022年04月21日 | 国家と戦争

     

 ウクライナ東部マリウポリのアゾフスターリ製鉄所(写真左)をめぐる情勢が重大な局面を迎えています。

 ロシア国防省は17日、「このままでは全員に耐え難い運命が待ち受けている」とし、「生命は保証する」から武装解除して投降するよう要求しました。その後も何度か「期限」は延長され、20日午後8時(日本時間)が期限の最後通告とされました。

 これに対しウクライナ政府・軍は、「徹底抗戦」の姿勢を崩さず、ゼレンスキー大統領はビデオ演説で欧米各国にさらなる兵器・軍事支援を要求しました。

 重大なのは、同製鉄所にはウクライナ軍とともに一般市民が数百人~千人避難していることです。

 同製鉄所は、「地下には溶鉱炉などをつなぐトンネルが張り巡らされ、爆撃に耐えられるように設計されている。独自の通信システムも備えた「ミニ要塞」(米専門家)」(20日沖縄タイムス=共同)となっています。

 そして、「(製鉄所構内に立てこもっている)部隊はマリウポリに本拠を置く民族主義勢力「アゾフ連隊」が主力」(18日付中国新聞=共同)です。

 ネオナチ集団・アゾフ大隊(写真中)は、「ミニ要塞」となっている製鉄所に立てこもり、そこに子どもを含む多数の市民を避難させ、投降を拒否し、「徹底抗戦」を続けようとしているのです。これは多くの市民をまさに“人間の盾”にするもので、絶対に許されることではありません。

 ウクライナ公共放送の映像では、製鉄所に避難している女性の1人は、「ここにいる必要はない」と述べ、子どもと一緒に外に出ることを望んでいました(写真右、20日のNHKニュース)。

 NHKは19日、「ウクライナの「アゾフ大隊」が動画を公開」したとして、アゾフ大隊が発信した「製鉄所内の映像」を流しました。「製鉄所内の市民」とする映像によって国際世論を味方につけ、ロシアのミサイル攻撃を止めようとする狙いです。この映像について米CNNは、「信ぴょう性の確認は十分にはできていない」(19日のNHKニュース)としています。

 軍隊が市民と一緒に立てこもり、「投降」を禁じて市民を「徹底抗戦」の巻き添えにする。それはまさに、沖縄戦の戦場・壕の惨状を想起させるものです。

 ロシアの軍事侵攻が許されないことは言うまでもありません。同時に、ネオナチ集団・アゾフ大隊を中心とするウクライナ軍・政府の「徹底抗戦」が戦争を長引かせ、犠牲を拡大していることを見過ごすことはできません。とりわけアゾフ大隊が市民を“盾”にしているのは言語道断です。

 ロシア軍、ウクライナ軍とも武器を置き、直ちに再び停戦協議に臨むべきです。少なくとも、製鉄所内の市民は即刻外に出て、安全な場所へ避難することが許されなければなりません。

あす(金曜)も更新します。

 


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