アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

秘密法施行目前!強まるメディアへの攻撃・委縮

2014年11月29日 | メディア

         

 昨日、今日と、メディアをめぐる見過ごせない新聞記事が相次いでいます。
 1つは、28日付の沖縄タイムス(写真左)。「沖縄戦教材 政治家が批判」と題する記事で、朝日新聞が今夏発行した小中高向け副教材『知る沖縄』(希望校へ無料配布)に対し、自民党の義家弘介衆院議員が国会で「一面的」と批判し、下村博文文科相が「問題がある」と呼応(10月17日)。続いて産経新聞が「日本軍の残虐性強調」などと批判し(同26日)、さらに次世代の党の田沼隆志衆院議員も国会で文科省に「指導」を要求した(同29日)というものです。

 沖縄タイムスはこれに対し、高嶋伸欣琉球大名誉教授の次のような談話を掲載しています。
 「副教材に書かれているのはごく当たり前の事実であり、朝日たたきの風潮に乗って言いがかりを付けているとしか思えない。政治家による教育介入にほかならず、産経新聞がその露払い役を務めている。
 こうした歴史修正主義の執拗な圧力が続くことで、教育現場が委縮しないか心配だ。すでに埼玉県では、この副教材を使ったかどうか各学校にアンケートしている。教員にとってはまるで脅しであり、政権に都合のいいことしか教えられなくなってしまう。
 日本軍の加害行為があったことは沖縄では常識だが、県外では必ずしもそうではない。沖縄から声を上げる必要がある」

 「沖縄から声を上げる」以前に、本土の私たちが沖縄戦の事実を知る努力をしなければなりません。その意味でも、こうした「言論弾圧」「教育統制」は絶対に許せません。

 同じく28日付の中国新聞(共同電)は、「自民 公平性求め文書 選挙報道でテレビ各局に」の見出しで、「自民党が衆院解散の前日、選挙期間中の報道の公平性を確保し、出演者やテーマなど内容にも配慮するよう求める文書を、在京テレビ各局に渡していた」と報じました。テレビ報道への露骨な圧力です。

 記事は服部孝章立教大教授(メディア法)のコメントを掲載。服部氏は「報道の自由への不当な介入や圧力といえる対応だ」と自民党を批判するとともに、「受け取った時点で報道しなかったテレビ局の対応にも疑問が残る。あまりにも鈍感だ」と指摘しています。

 ところが翌29日(今日)付地方紙各紙(共同電)に驚くべきニュースがありました。
 琉球新報は「評論家出演取り消し 『朝生』衆院選番組 『質問偏る』」の見出しでこう報じています。

 「衆院選をテーマにしたテレビ朝日系の討論番組『朝まで生テレビ!』(29日未明放送)で、パネリストとして出演予定だった評論家の荻上チキさんが『(政治家でない)ゲストの質問が一つの党に偏るなどして、公平性を担保できなくなる恐れがある』としてテレ朝側から出演を取り消されていたことが28日、荻上さんへの取材で分かった」

 テレビ局は「鈍感」ではなく、実に敏感に自民党の不当な圧力に迎合していたのです。

 さらに同じく29日付各紙は、朝日新聞がいわゆる「吉田調書報道問題」で、関係者の処分を決めたことを報じています。なんとこの処分者の中には管理職だけでなく記事を書いた現場の記者2人も含まれているのです。
 沖縄タイムスには、「記者に責任転嫁」との見出しで、大石泰彦青山学院大教授(メディア倫理)の次のようなコメントが掲載されています。

 「朝日新聞社が組織防衛の論理を優先し、記者に責任を転嫁した印象だ。吉田調書の記事は読者をミスリードした点で確かに誤報だが、記者が独自の取材を進める調査報道は誤報のリスクも高い。現場の記者を処分するのは調査報道の委縮につながりかねず、処分すべきでなかった」

 強まる国家権力によるメディアへの圧力。そしてメディア側の「自主規制」と委縮。
 それは目前に迫った「特定秘密法」の施行とけっして無関係ではありません。さらにそれは、憲法9条を空洞化する集団的自衛権行使容認で、日本を「戦争をする国」にしようとする動きと密接に結びついています。まさに“いつか来た道”です。

 「敗戦70年」を目の前にして、メディアは、そして私たちは、ほんとうに重大な岐路に立っています。
 


高倉健さんと東北被災地と沖縄

2014年11月27日 | 戦争と平和

       

 私は2年10カ月ほど前から、手帳の裏表紙に、1枚の新聞写真を切り抜いて張っています。上中央の男の子の写真です。
 先日高倉健さんが亡くなって、追悼のテレビ番組や新聞でこの写真が取り上げられました。
 
 この写真を初めて知ったのは、2012年1月13日付の東京新聞でした。東日本大震災の3日後、2011年3月14日に共同通信が配信したものです。
 健さんはこの写真を新聞で見て、遺作となった映画「あなたへ」の台本に張りつけ、毎日「気合を入れていた」という記事でした。その話に感動して、健さんに習って手帳に張りました。

 昨日(26日)付の中国新聞に、健さんとこの男子の「秘話」が載っていました(おそらく共同電)(写真右)。
 男の子は気仙沼の中学2年になった松本魁翔(かいと)君。「健さんに誓う被災地再興」「報道写真が縁 手紙交流」と題した記事の要点を紹介します。

 <(魁翔君は)津波で流された船で自宅が壊され、母、姉、妹と今も仮設住宅で暮らす。写真は、当時10歳の魁翔君が断水の続く中、井戸まで何往復もして大きなペットボトルに生活用水を運んでいたときに撮影された。母子家庭で「男手が足りないから」とがれきの中を歩いた。

 初めて手紙を出し、返事が届いたのは中学入学直前の昨年4月初め。「常に被災地を忘れないことを心に刻もうと(映画の)撮影にのぞんでいました」「遠くからですが貴方の成長を見守っています」と温かい言葉が並んでいた。

 「頑張っていれば見ていてくれる人がいる」とうれしかった。特に「負けないで!」という最後の言葉は、部活のバスケットボールの練習中など諦めそうなとき、よく思い出す。仮設住宅のトイレにこもり一人で手紙を読むこともある。

 高倉さんは「人生で一度しか味わえない子ども時代の日常を平穏に過ごしてほしい」とも記しており、自分とのことがマスコミで取り上げられて騒がれると魁翔君のためにならないと考えていたようだという。公にしないことを「男と男の約束だ」と捉え、手紙のことはずっと秘密にしていたが「自分のようにこの手紙で勇気づけられる人もいるかもしれない」と公開した。
 将来の夢は得意なスポーツで有名になって気仙沼を盛り上げること。「震災とか悲しいことを思い出さないでいい、楽しい所にしたい」と力強く話した。>

 健さんの「秘話」は被災地とのつながりだけではありませんでした。沖縄にも「秘話」があることを11月22日付の琉球新報で知りました。

 初の主演映画が「電光空手打ち」(1956)で、沖縄空手の達人の役でした。その後も「網走番外地」シリーズの「南国の対決」(66)の沖縄ロケなど、仕事でも縁がありました。
 しかし、健さんと沖縄のほんとうのつながりは、私的なものでした。

 親交があった那覇市の石材会社社長・緑間禎さんによれば、「高倉健さんは沖縄が大好きで『世界一の海と空、そして人情の島』と話してくれた。八重山のことも本当に大切に思っていた」。

 緑間さんが28年前に健さんと出会ったきっかけは「墓石」でした。健さんから直接、「恩師である映画監督の遺骨を八重山に納骨したい」と墓建立の依頼があったのです。
 「(健さんは)『監督の名前や墓の場所は口外しないでほしい』と要望した。緑間さんは『多くを語らない健さんらしい願いなので、僕も健さんと会ったことすら、家族と身近な社員以外には秘密にしてきた』と明かす」

 「『毎年(墓がある)八重山に来ます』と語り、本当にこられていたようだ」という緑間さん。「恩師の家族を大切に守り、若造だった僕にも敬語で話す、礼儀正しく律儀なスターだった」と振り返ります。

 さらに同紙によれば、ダイビングが好きで生前何度も西表島を訪れた健さんは、石垣市立冨野小中学校と交流がありました。
 1996年に石垣市を訪れた健さんが偶然同校の運動会を見て、ラジオ番組で「とっても感慨深かった」と紹介。後日その番組テープと手紙が送られてきたのがきっかけでした。
 以後文通は続き、健さんから著書や双眼鏡が同校に贈られました。双眼鏡は今も児童たちが愛用しているといいます。

 当時校長だった鳩間真英さんによると、「双眼鏡が届けられた時、高倉さんは学校近くまで来ていたが校舎には入らず、付添の人が手渡した」。「有名な方なので、自分が入ると困惑させると思ったのだろう。気配りのある人で高倉さんらしいなと感じた」。

 表に出すことを嫌った(避けた)健さん。「大事なものは目に見えない」という言葉を思い出します。

 出世作となった任侠映画にはやはり違和感があります。最晩年、叙勲を受けたことも気になります。同じ東映のスターだった菅原文太さんのように、公の場で政治的な発言・応援をすることもありませんでした。
 しかし、私は高倉健さんの謙虚さ、子どもたちへのまなざし、被災地や沖縄への思いやりに、大きな感動をおぼえます。それは、政治・社会変革をはじめ、すべての活動の根っこになるものではないかとも思います。

 健さんが、ファンへのメッセージを求められたとき、照れながら語ったという次の言葉とともに、同時代のほんとうの「スター」であった「高倉健」を記憶にとどめようと思います。

 「みんなしんどいところで我慢してやっている。人は負けることがある。それでも負けないぞと思ってやっていれば、いい人に出会える。その出会いを信じて、頑張るしかないんじゃないでしょうか」

 


沖縄これからの課題ーガバン・マコーマック氏に学ぶ

2014年11月25日 | 沖縄

        

 今日25日付の琉球新報に「知事選結果を読む」として、ガバン・マコーマック氏(オーストラリア国立大名誉教授)の談話が掲載されています。
 マコーマック氏は東アジア現代史研究の第一人者で、日本の諸大学でも客員教授を歴任。とくに沖縄にはたびたび訪れ、講演などを行う一方、辺野古で新基地建設反対のたたかいを続ける市民を激励してきました。今回の知事選最終盤にも沖縄を訪れています。(写真中央は昨年宜野湾市内での講演。右は今年辺野古で=琉球新報11月12日付から)
 知事選後の沖縄の課題について、こう述べています。

 「これから沖縄では、住民の運動、そして主権を、県の政治、国の政治とどうつなげていくかが課題になる。
 国は知事に対して上から強い圧力をかけてくるだろうが、住民も下から知事に圧力をかけ、裏切るようなことがないようにしなければならない」

 マコーマック氏は知事選投票日前にも、琉球新報の連載「正義への責任」(12日付)に寄稿し、選挙結果を見通していたように、こう指摘していました。

 「主要な候補者は全員が保守派だ。辺野古新基地への賛否で分かれてはいるものの、日米安保体制の支持においては一致している。
 この選挙が終わったら、沖縄の人々はこのようなスタンスが持続可能なのかという問いに直面するだろう」

 「辺野古基地建設阻止という目標だけでは沖縄の可能性を最大限に発揮できない。新基地建設を阻むだけではなく、流れを変えて最終的には既存の基地を閉鎖させ、県としてのアイデンティティを『軍事ありき』から『平和ありき』に転換させる必要がある」

 日米安保体制、さらにその元であるサンフランシスコ体制こよって、日本はアメリカの「属国」になっており、それが日本、とりわけ沖縄の可能性を奪っている元凶である、というのがマコーマック氏の持論です。
 ジョン・W・ダワー氏との共著『転換期の日本へ』(2014年)で、こう述べています。

 「日本にとってもっとも悲劇的なのは、日本が世界第二位の経済力を獲得し、冷戦が終わり、米国が経済、政治、軍事面、また道義性の面では特に信頼性を失いつつある時になっても、米国はさらなる日本の従属と一体化を要求し、日本のエリートは要求に応えるために全力を尽くすということなのです」

 その中で、沖縄はどういう位置にあるか。

 「安保同盟の最大の課題は沖縄にある。沖縄はサンフランシスコ体制のアキレス腱と言えるだろう。自分たちが被害者であるから、沖縄の人々は体制の不公平さには特に敏感だ。『沖縄問題』は実際、『日本問題』であり、『米国問題』であり、『サンフランシスコ体制問題』である」

 「日米同盟・安保体制支持」のスタンスはけっして持続可能ではない。それは「沖縄の可能性」を阻害するものであり、日米安保体制から脱却して流れを変え、「平和ありきのアイデンティティ」に転換する必要がある。そのためには新知事に対する市民の「下からの圧力」が不可欠だ―これがガバン・マコーマック氏の主張です。
 今後の沖縄、さらには日本にとって、極めて大きな示唆を与えるものだと思います。

 実は私がかねてからガバンさんから学びたいと思っていることが、もう1つあります。乗松聡子さん(「ピース・フィロソフィー・センター」代表)との共著『沖縄の<怒>』(2013年)の中で述べている次の言葉です。

 「歴史を作る人と歴史を記録する人では格が違います。歴史を作る人の方が断然偉いのです。沖縄の抵抗の歴史を書くだけの筆者たちを仲間として接してくれる沖縄の皆さんに深く感謝しています。沖縄の歴史を作る人々の勇気と心の温かさに触れ、自分こそしっかりしなくてはと、気の引き締まる思いです」

 胸に焼き付けて、忘れないようにしようと思います。


沖縄知事選の識者評論から②「沖縄アイデンティティ」とは?

2014年11月22日 | 戦争と平和

        

 沖縄の県紙(沖縄タイムス)に掲載された「識者評論」を手掛かりに、引き続き今回の県知事選の「歴史的意味」を考えます。2回目は、重要なキーワードになった「沖縄のアイデンティティ」とは何かです。

 「紛れもなく今回の選挙結果は、軍事基地を拒否し座り込みを続ける人々と、それに共感する人びとの想像力によってもたらされた」として、阿部小涼氏(琉大准教授)は、「グラスツール(草の根)」の勝利を強調します(20日付)。
 
 そして阿部氏はこう続けます。「これからますます多くの人びとが海にこぎ出し、森に座り続けるだろう。学生たちは正義を貫く故郷の大人たちを信頼して旅立つ。そして再びこの島に戻って明日の子供たちを温かく送り出すことだろう。これはまさに、希望というべきもの」
 阿部氏は「アイデンティティ」という言葉は一切使っていませんが、ここには確実に今日の沖縄の人々の姿と思いが活写されています。

 「もはやウチナーンチュは以前のような温厚で明るいだけが取りえの、長いものには巻かれろの、御し易い惰民ではない。辺野古のテント村やゲート前に集まる一般市民の意識は、この数年で大きく変化した沖縄人のそれである」とする伊佐眞一氏(沖縄近代史家)は、「沖縄人の資質の変化」をこう整理します。

 「明治の琉球処分以後の歴史が、沖縄の人びとをして沖縄戦に続く米軍統治時代をくぐり抜けて、さらに1972年の日本『復帰』をへても、依然として日本国家内での『隷属』もしくは『植民地』的状況にあることを、この数年の基地問題は学習というよりも、身にしみて思い知らせたのではないか。
 『構造的差別』の用語よりも、もっと根深いヤマトへの不信が人びとに広く共通感覚として通底しているのである」(18日付)

 比屋根照夫氏(琉大名誉教授)も「沖縄アイデンティティの深化」を強調します。
 「沖縄のアイデンティティは同化、皇民化によって危機にさらされた戦前と異なり、今は文化、芸能、ウチナーグチの復興にいたる目覚めを含め、尊厳、誇り、自立、自己決定権へと深化をみせている」(18日付)。
 そして、知事選をこう振り返ります。「その意味で今回の選挙は沖縄の覚醒、魂の叫びが根底にあったのではないか」

 伊佐氏も「沖縄の覚醒」と同じ意味を込めて、今後の沖縄の進路について指摘します。
 「つまるところ、自恃の(誇りを持った―引用者)ウチナーンチュがひとりでも多くなればなるほど、私たちの郷土は真に自立した道を確実に歩めるはずだと私は信じる」

 ここに紹介した3氏をはじめ、沖縄の「識者評論」は、あくまでもウチナーンチュの「覚醒」を評価し、ウチナーンチュにさらなる「自恃」を呼び掛けています。本土のヤマトンチュに矛先を向けたものは見当たりません。

 それを考えるのは、私たちヤマトの日本人自身の責任です。
 沖縄の人びとの「尊厳」「誇り」を「覚醒」させた「隷属」「植民地的状況」をつくりだしたのはいったい誰なのか。その責任は誰にあるのか。
 私たちは、沖縄の人びとの「根深いヤマトへの不信」、「魂の叫び」と、正面から向き合わねばなりません。


沖縄知事選の識者論評から①「保革解消」と日米同盟・安保

2014年11月20日 | 沖縄

       

 沖縄県知事選は「歴史的な選挙」だったと言われます。いったいどのような意味で「歴史的」なのでしょうか。本土の日本人は何をくみ取る必要があるのでしょうか。
 17日から20日までの沖縄タイムス(以下T)と琉球新報(以下S)に載った「識者論評」から、その意味を考えます。

 「転換迎えた沖縄の政治」として比嘉良彦氏(政治アナリスト)は、「重すぎる基地負担が今度の知事選で保革対決を解消する役割を果たし県内政治は確実に転換した」(19日付T)と断言します。

 仲地博氏(沖縄大学長)も、「翁長氏の当選は、沖縄政治の対立基軸が保守対革新から、政府対沖縄という構図に変化することを意味しよう」(17日付T)と指摘します。

 比屋根照夫氏(琉大名誉教授)も、「冷戦崩壊後も基地をはさみ、保革の厳しい対決が残った沖縄で、その枠組みが崩れた」(18日付T)という見方です。

 翁長氏が繰り返した「イデオロギーよりアイデンティティ」という主張が、「保革対決の解消」を導いたという見方はほぼ共通しています。
 そんな中で、「『イデオロギーよりもアイデンティティ』という語法の深刻なほどの誤りについては、政治哲学的には訂正を求めたいところ」だとする阿部小涼氏(琉大准教授)の指摘は注目されます。「アイデンティティに基づく政治もまたイデオロギーの政治」だという見解です。

 では、翁長氏が言う「イデオロギー」とは何でしょうか。
 4年前の前回知事選で、仲井真弘多氏が革新候補の伊波洋一氏を破って当選した直後、仲井真氏の選対本部長を務めた翁長氏は、勝因についてこう語ったことがあります。
 「仲井真氏が県民の素朴な思いを訴えたのに対し、相手候補は日米安保反対というイデオロギーの視点から基地問題を解決することに力点を置いていた。その違いを県民がよく理解していた」(2010・11・29付琉球新報)
 これが翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティ」の原点だと言えます。つまり翁長氏における「イデオロギー」とは、「日米安保反対」のことにほかならないのです。

 「日本の安全保障にとって日米同盟はかつてなく重要である」とする三浦瑠麗氏(日本学術振興会特別研究員)が、「国民の支持のない基地を存続することは、同盟にとって、そして日本の安全保障にとってのリスクだ」(17日付S=共同電)と、翁長氏と同じ主張を展開しているのは、今回の選挙が、日米同盟(安保)の「重要性」を前提にしながら、その「リスク」を取り除くことをめざしたものであったことを示唆しています。
 三浦氏が続けて、「同盟にとって最も重要な要素は国民同士の信頼関係である。日頃から協力関係を築き、訓練を重ね、いざというときには共に血を流す覚悟だ」と述べていることは、日米同盟・安保の本質を指摘したものです。

 三浦氏のように日米同盟礼賛の立場ではありませんが、佐藤学氏(沖縄国際大教授)も、「安保条約は支持し、今、他の基地の閉鎖要求はしないが、辺野古は絶対に認めないという主張が、県民意見の最大公約数」(19日付T)だとしています。

 しかし、果たして沖縄県民は今度の選挙で、ほんとうに「日米安保反対」という「イデオロギー」を捨てて、日米同盟・安保を容認したのでしょうか。
 そうではないはずです。むしろ、「選挙期間中、日米安保に触れる党派はなく、メディアも関心を持たなかった」(仲地氏)のが実態ではなかったでしょうか。だからこそ、「沖縄革新は今後どのような自画像を描くのかが問われる」(同)のです。

 今回の知事選では、日米同盟・安保の是非は問われなかったのです。「沖縄のアイデンティティに立ち、辺野古移設を止めるという一点で結集し、翁長氏の勝利を導いた」(比屋根氏)のです。それが翁長氏の勝因の1つです。翁長氏の当選によって、沖縄県民が日米同盟・安保を容認したと言うのは事実に反する我田引水にほかなりません。

 その点で、「保守系で日米同盟自体は支持する翁長氏が、移設阻止のためにどれほど日米両政府と対峙するのか・・・県民は翁長氏の闘いを支援するだけでなく、闘い続けるよう強く求め続けることも必要だ」というピーター・カズニック氏(アメリカン大教授)の指摘(17日付S)はたいへん重要です。

 「日本から沖縄は見えにくいけれど、沖縄からは日本がよく見える」と言われます。その意味の1つは、本土では分かりにくい日米同盟・安保の本質が、沖縄ではよく分かるということではないでしょうか。
 本土のわれわれは、沖縄の現実と人々の闘いから、日米同盟・安保の実態と本質を学ばなければなりません。それは「翁長圧勝」の知事選後も変わらないはずです。

 


沖縄知事選結果は本土の日本人に何を問い掛けているか

2014年11月18日 | 沖縄

       

 16日投票の沖縄県知事選で、翁長雄志氏が「圧勝」しました。この結果は、本土のわれわれ日本人に何を問い掛けているでしょうか。
 本土の新聞各紙の社説を材料に考てみます。

 「辺野古移設を停滞させるな」(「読売」)、「政府は粛々と移設前進を」(「産経」)という御用新聞2紙は論外とします。

 「辺野古移設は白紙に戻せ」という「朝日」や、「白紙に戻して再交渉を」という「毎日」をはじめ、地方紙各紙も、安倍政権に対し、辺野古埋め立て工事を直ちに中止し、移設計画を「白紙」に戻すことを要求しています。きわめて正当な主張です。

 しかし、そこで議論が止まっては問題の解決になりません。「辺野古」を白紙に戻して、では普天間基地の「移設先」はどうするのか。

 「朝日」は「政府は米国との協議を急ぎ、代替策を探るべきだ」と言います。「代替策」とは何か?明確には示していません。
 「毎日」も「米政府に再交渉を求めて問題解決を図るべきだ」というだけで、具体的な主張はありません。

 地方紙の中には、「県民の多数は県外・国外への移設を求めている。その民意に沿った具体策を講じる必要がある」(北海道新聞)、「政府は県外移設など県民が納得できる負担軽減策を真剣に検討すべきだ」(信濃毎日)など、「県外・国外移設」に賛同する論調がみられます。

 翁長氏はもともと「県内移設」容認・推進でしたが、やがて「県外移設」論になり、選挙中は「県外か国外移設」を主張しました。
 本土の各紙はこれをどう評価するのでしょうか。われわれ本土の日本人は「県外移設」論をどう受け止めるべきなのでしょうか。

 
 「県外移設」とは、沖縄県以外の本土のどこかに「欠陥殺人ヘリ」といわれるオスプレイ十数機の配備はじめ、米海兵隊基地の機能を移すことにほかなりません。その「どこか」とは、自分が住んでいる県か、あるいは隣の県かもしれないのです。
 各紙は「政府」に対して「沖縄の民意」を尊重することを求めていますが、普天間基地の「県外移設」は、政府だけの問題ではなく、本土の日本人の問題なのです。

 各紙が「県外移設」に賛成するなら、本土の日本人に対し、沖縄県民に代わって基地の負担をすることを求めなければなりません。
 本土のわれわれが「県外移設」に賛成するなら、自分の県にオスプレイの基地ができることを認めなければなりません。いいえ、認めるというよりむしろ、「私の県で引き受けましょう」と申し出るべきでしょう。

 しかし、本土のメディアは読者にその犠牲を求める「勇気」がありません。だから「政府」の問題だとして、国民との関係をあいまいにしているのです。
 そして本土の日本人も、まるで自分とは関係ない問題だというように、沖縄の「負担軽減」とか「不平等解消」を軽々に口にするのです。

 本土のメディアと日本人のこの無責任なもたれあいが、日米両政府の沖縄に対する軍事植民地政策を許し、「構造的差別」を温存させているのです。
 「辺野古新基地建設反対」の圧倒的民意が示された今回の沖縄知事選は、われわれ日本人に対し、その無責任から脱却することを突き付けているのではないでしょうか。

 では、われわれはどうすべきなのでしょうか。
 私は本土の日本人の前には、「3つの道」があると思います。

 第1の道は、日米安保体制(軍事同盟)を引き続き支持するが、沖縄に代わって基地を自分の県で引き受けるのは反対する。
 第2の道は、日米安保体制(軍事同盟)を引き続き支持するので、沖縄に代わって基地を自分の県で引き受ける。
 
 今の日本人の多くは、意識的か無意識的かはともかく、「第1の道」を歩いています。これが無責任な「沖縄差別」に通じる道なのです。なぜなら、沖縄(だけでなく本土)に米軍基地があるのは、日米安保体制・安保条約があるからです。「日米安保賛成」と「米軍基地反対」は二律背反、両立はあり得ません。だから安保に賛成しながら、基地は沖縄に押し付けているのです。

 翁長氏が「日本の安全保障は日本全体で考えるべきだ」と言っているのは、本土の日本人に対し、この無責任な「第1の道」ではなく、「第2の道」を進むことを求めているのです。この主張が今回の選挙で大きな「支持」を得たという見方もでます。

 しかし、日本人にはもう1つの道があります。
 第3の道は、日米安保体制(軍事同盟)に反対し安保条約廃棄を求める。そして沖縄に代わって自分の県で基地を引き受けることには反対し、日本から軍事基地の一掃を目指す。

 翁長氏にはこの「第3の道」を主張することはできません。なぜなら、翁長氏は「だれよりも日米安保の重要性は知っている」と自ら語っているように、日米安保(軍事同盟)賛成・推進だからです。

 軍事基地は沖縄はもちろん日本全国どこにも不要です。基地をたらい回しするのではなく、今こそ「非同盟・中立」を宣言し、本当に自立した国として平和外交を進めるべきです。
 そう考えるから、私は「第3の道」を進みたい。
 普天間基地は「県外・国外移設」ではなく、「無条件閉鎖・撤去」です。
 それを「思い」だけにしないで、自分ができる行動で実現に近づけたい。
 何ができるか?まずは、その思いを国政選挙の投票で示したい。

 みなさんは、「3つの道」のどの道を進みますか?


沖縄知事選の「歴史的悲劇」

2014年11月15日 | 沖縄

      

 沖縄県知事選の投票日が明日に迫った15日、私は約9カ月ぶりに那覇にいました。
 午後6時半から県庁前で行われた翁長雄志候補(写真中央)の“打ち上げ”には、翁長氏のシンボルカラー・緑の幟が林立し、7500人(主催者発表)の支持者は立錐の余地なく、なんの組織にも属さない老若男女のウチナーンチュたちは、心からの拍手と声援を送りました。
 私の友人たちは、文字通り昼夜を分かたず、「翁長当選」のために奮闘していました。

 そんな姿を目の当たりにして、私は重く、複雑な思いにかられました。それは、今度の知事選が、あまりにも「悲劇的」だからです。

 翁長候補を支持している人たちのおそらく共通の願いは、第1に、辺野古に新基地を造らせない。第2に、裏切った仲井真弘多知事の再選はなんとしても阻止したい。第3に、「面積0・6%の沖縄に74%の米軍基地」という差別をなくしたい。第4に、「沖縄のことは沖縄人が決める」自治権の拡大。そして第5に、子や孫に戦争のない平和な沖縄と美しい自然を残したい―ではないでしょうか。

 この5点に、私はもろ手を挙げて賛成します。まさに沖縄の怨念がこもった歴史的悲願でしょう。
 ところがここに、大きな落とし穴があったのです。それは、これらの切実な願いを、翁長雄志氏に託してしまったことです。いや正確に言えば、翁長氏以外に託せる人物がいなかったことです。だから翁長氏に託すしかなかった。

 しかし、翁長氏は県民の悲願を託せるような人物ではありません。彼がブレる(公約違反をする)可能性があるというのではありません。むしろ彼は「公約違反」はしないでしょう。なぜなら、肝心の問題は、ことごとく「公約」していないからです。

 辺野古新基地は「断固反対」「知事権限を最大限行使する」と言いますが、ついに最後まで、「取り消し・撤回」は言明せず、「今後の検討による選択肢」の域から出ませんでした。
 「打ち上げ」で糸数慶子参院議員(写真左の中央。左端は赤嶺政賢衆院議員)は、「高江の自然を守る翁長さん」と言いましたが、彼の公式な「政策文書」では、「高江」については一言も触れていません。
 統一連がチラシで強調した「集団的自衛権・日米ガイドライン」についても、翁長氏の政策にはまったくありません。
 「秘密法」や「憲法」については、革新会派と結んだ「基本姿勢」からも大きく後退したままです。

 こうして翁長氏は実に巧みに、「公約違反」にならないように、重要問題を「公約」しないまま選挙を終えたのです。
 それとは対照的に、選挙戦の中で徐々にトーンを上げていった問題があります。それは、「日本の安全保障は日本全体で考えるべき」だということ。「建白書の精神」も「県外・国外移設」にしてしまい、「無条件撤去」を切り捨てました。即ち、翁長氏の「これ以上基地は造らせない」とは、米軍基地を他の本土の県に移すことにほかならないのです。

 こうした一連の翁長氏の「政策」や「基本姿勢」はすべて一つの根っこから生まれています。その意味では正直な人です。その根っことは、翁長氏自身が言っているように、彼が「保守本流」であり、「日米軍事同盟・安保条約推進」の立場だということです。

 そして翁長氏が巧妙なのは、自らは「日米安保推進」の立場を堅持しながら、「イデオロギーよりアイデンティティ」といって、革新側には「日米安保廃棄のイデオロギー」を捨てさせようとしていることです。そして「保革を乗り越える」と言って革新陣営を取り込む。これは「保革相乗り」ではなく、実質的には、「保守による革新の吸収」にほかなりません。

 今回沖縄で調べて分かったのは、この「保守も革新もない」という言葉の下に革新を吸収することは、まさに翁長氏の永年(少なくとも十数年来)の悲願だということです。
 2年前の那覇市長選で、水面下で社民党に働きかけ、その悲願達成を図りましたが、この時は共産党があくまで革新候補擁立の方針を崩さなかったので、社民党や社大党も共産党に引っ張られる形で、かろうじて革新陣営は維持されました。

 それが今回、仲井真という稀代の“悪役”の効果もあって、共産党までが、「沖縄の政治を進めるには安保廃棄しかない」(赤嶺政賢衆院議員)という2年前の言葉をかなぐり捨てて、安保支持の翁長氏を「最高の候補者」(志位和夫委員長)と持ち上げるようになりました。ここでついに翁長氏の悲願は達成へ道を開いたのです。

 「平和な沖縄を子や孫に」という痛切な願いを、日米軍事同盟推進の翁長氏に託さざるをえず、その結果、「保守による革新の吸収・消滅」というかつてない道に大きく踏み込む結果になった。
 これが、今回の沖縄県知事選の「歴史的悲劇」にほかなりません。

 しかし、この「悲劇」のシナリオはまだ終結したわけではありません。「翁長ストーリー」をどんでん返しすることができないわけではないでしょう。
 どういう結末を迎えるかは、選挙後の「第2幕」にかかっています。


沖縄・「翁長氏と建白書」めぐる2つの問題

2014年11月13日 | 沖縄

      

 沖縄県知事選はいよいよ最終盤になりました。
 今回の選挙で重要なキーワードになっているのが、「建白書」(2013・1・28、写真左)です。沖縄の41市町村長と議長が共同で、安倍首相に対し「オスプレイの配備撤回」などを求めた文書です。
 これを「沖縄の総意」(「オール沖縄」)としその実現を最大の「公約」に掲げている翁長雄志氏に、基地撤去・平和を願う人々から大きな支持が寄せられています。

 ところがここにきて、「翁長氏と建白書」をめぐる、重大な問題が2つ浮上してきました。それは決して無視して通り過ぎることはできないものです。

 1つは、「建白書」発表の3日前、1月25日に翁長氏と中山義隆石垣市長の間で交わされた「確認書」(写真右)です。
 私はその存在を今月12日付の沖縄タイムス(写真中央)で知りました。同紙「知事選候補者4氏紙上クロス討論」で、仲井真弘多候補から翁長候補に対し、次の質問がされたのです。

 「『建白書』作成時、中山石垣市長と普天間飛行場の県内移設を否定しないという確認書にあなたは署名、押印した。辺野古反対と県内移設容認の矛盾について説明をしてほしい」

 これに対する翁長候補の「回答」はこうです。

 「確認書は、中山氏の立場を理解し、中山氏にも署名、押印をしていただいたもの。そのことによって、翁長雄志本人の考え方や建白書の県内移設断念の考え方が、変わるものではない」

 中山氏との「確認書」の存在を認めた上で、その性格について釈明したものです。

 そこで「確認書」を探し、原文を確かめてみました。「確認書」は、翁長氏を「立会人」とし、中山氏と「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会実行委員会」代表の玉城義和氏の間で交わされたもので、3氏の署名・押印があります。全部で3項目の「確認」です。

 第2項で「中山義隆は・・・県内移設の選択肢を否定するものではない」とし、第3項で「上記のことを確認した上で」、中山氏は「『建白書』へ署名・捺印する」としています。

 これを見る限り、翁長氏自身が「県内移設を容認」したというのは、無理があります。翁長氏が自身の考えは変わらないと「回答」したのもうなずけます。「建白書」の要求は「県内移設断念」であることも揺らがないでしょう。
 しかし、これによって「建白書」の性格に大きな疑念が生じることも否定できません。
 なぜなら、「建白書」の「県内移設断念」要求は、「県内移設の選択肢を否定するものではない」という見解・立場を「容認」したうえでものだということになるからです。

 翁長氏が立会人になった中山氏との「確認書」でもう1つ、「建白書」についての疑念が浮上してきます。それは第1項で、こう「確認」していることです。

 「今後、同実行委員会より発出される要望書等について、市町村長の同意、署名等を求める場合は事前に文言等の調整を十分に行うこと」

 つまり、この「建白書」は、署名した市町村長の間で、「事前に文言等の調整を十分に」行っていなかった、いわば見切り発車であったということです。これも「建白書」の性格にかかわる重大な問題ではないでしょうか。

 翁長氏と「建白書」をめぐるもう1つの重大な問題は、1日付沖縄タイムス「政策比較①普天間」に掲載された翁長氏の「政策」です。
 「国外か県外で解決」の見出しの下、翁長氏はこう述べています。

 「沖縄の基地問題の解決は、県内移設ではなく国外・県外移設により解決が図られるべきである。・・・県外・国外移設、県内移設反対の『建白書』の精神で取り組んでいく」

 「建白書」はいつから「県外・国外移設」になったのですか?
 「建白書」は「県内移設を断念すること」を主張し求めているのです。「県内移設断念」と「県外・国外移設」との間には大きな違いがあります。
 本土の人には分かりにくいかもしれませんが、沖縄の人には明白のはずです。

 どこが違うのか。「県内移設断念」には、「県外・国外移設」とともに普天間基地の「無条件閉鎖・撤去」が含まれるのです。
 「県内移設断念」=「県外・国外移設」とすることは、「無条件閉鎖・撤去」の主張・要求を切り捨てることにほかなりません。

 例えば4日付の琉球新報・沖縄テレビ合同世論調査によれば、「国外移設」28・7%、「沖縄以外の国内(県外)移設」22・8%に対し、「無条件閉鎖・撤去」も22・3%にのぼっています。日本共産党をはじめ、この「無条件閉鎖・撤去」に賛成する人々は決して少なくないのです。切り捨ては許されません。

 「建白書の精神」は「県外・国外移設」だとするのは、明らかに翁長氏による「建白書」の恣意的解釈、あるいは歪曲ではないでしょうか。

 以上の「2つの問題」について、翁長氏と、翁長氏を支持する陣営の見解が明らかにされることを望みます。



 


沖縄知事選・集団的自衛権行使を争点に

2014年11月11日 | 沖縄

      

 8日午後、福山駅前で「『戦争する国ゆるすな!』11・8福山緊急集会」が開催され、約100人が参加、集会のあとパレードしました(主催「STOP!秘密保護法福山緊急行動」=写真中央)

 集会アピールは、「安倍政権による名護市辺野古新基地建設の強行」にも触れ、「いま、日本は『戦争か平和か』の重大な岐路に立たされています。・・・集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回、秘密保護法の廃止、国民の暮らしと雇用、社会保障を守れなど、共同の輪を広げましょう」と呼び掛けました。

 「集団的自衛権行使容認が、秘密保護法と一体となったとき、その危険性はきわめて大きくなる」(井上正信弁護士)という指摘を聞き、閣議決定の撤回が緊急の課題であることを改めて痛感しました。

 そう思うにつけ、日米安保の弊害が集中的に表れている沖縄の知事選において、「集団的自衛権行使容認」問題が争点になっていないことが、残念でなりません。

 例えば琉球新報は今日11日、「知事選・安全保障」のタイトルで、「平和な島へ方策を示せ」と題する社説を掲載しましたが、その中に「集団的自衛権」の言葉は1つも出てきません。

 新報の社説は、「普天間飛行場の名護市辺野古移設の是非の他にも、沖縄の将来に影響する安全保障面の重い課題が横たわっている。4人の候補者の政策をきちんと見極めたい」として、高江のヘリパッド建設、与那国島への自衛隊配備強化をあげています。
 この指摘は極めて重要で、まさに各候補の政策を「きちんと見極めたい」ものです。

 しかし、ここまで指摘する新報が、なぜ集団的自衛権問題に触れないのでしょうか。争点にはならないとの判断でしょうか。そうではないはずです。
 なぜなら、同紙は1日付で4候補への「政策アンケート」対比の記事を掲載し、「集団的自衛権で差異」との大見出しを付けているのですから。

 事実、そのアンケートを見ると、4候補の見解には「差異」があります。下地幹郎氏は「改憲して容認」。喜納昌吉氏は「容認反対」と明確です。仲井真弘多氏は「議論必要」としながら「主権国家の権利だ」としていますから容認賛成でしょう。
 
 不明瞭なのは翁長雄志氏です。「翁長氏は解釈改憲には反対した上で、『国民議論が必要』と訴えた」(同紙)とあります。これを素直に読めば、解釈改憲には反対だが、集団的自衛権行使自体には反対ではない、明文改憲に向けた「議論」が必要、ということになりますが、それでいいでしょうか?
 翁長氏は安倍政権の閣議決定の際も、「拙速だ」とその手続き上の「不備」を指摘しましたが、集団的自衛権の行使自体には反対しませんでした。その立場は今も変わっていない、ということでしょうか?
 だとすれば、翁長氏を擁立している日本共産党や社民党、社大党は、それでいいのでしょうか?
 明確にしていただきたいものです。

 集団的自衛権行使の問題は、まさに日本を「戦争をする国」にしないうえで、そして「沖縄の将来に影響する安全保障面の重い課題」として、知事選でも避けて通れません。
 「辺野古」とともに、この問題を争点にし、各候補者が見解・政策を明確にすることを、全国が注視しているのではないでしょうか。

 <気になる記事>

 案の定、「オスプレイが震災訓練」。

 8日、岩手県気仙沼市で行われた「震災訓練」にオスプレイが初めて動員されました(写真)。沖縄を中心に反対運動が広がっている中で、オスプレイに“市民権”を与えようとする安倍政権・防衛省の狙いは明白です。
 
 かねてから、自衛隊が災害救助活動に参加する危険な側面を指摘してきました。自衛隊は軍隊であり、軍隊の「本分」は「戦闘」です。災害救助は、消防、警察とともに、それを専門とする強力な組織を新たに創設すべきです。
 
 自衛隊の「災害救助」は、自衛隊という軍隊への市民の違和感・嫌悪感を緩和し、軍隊が生活に浸透することに道を開きます。
 今回の「オスプレイの震災訓練参加」は、その危惧を改めて示したものといえます。

 


映画「スーパーローカルヒーロー」が欧州で共感よぶ訳は?

2014年11月08日 | 原発・放射能

     

 広島県尾道市発の映画「スーパーローカルヒーロー」が、先月ワルシャワ映画祭に招待されました。監督の田中トシノリさん(写真右、福山市出身)がメルマガで、たいへん好評だったと報告してくれました。

 この映画については6月3日のこの「日記」で書きました(ぜひご覧ください)。私も映画を見て感動し、そのあと田中監督や「主人公」の信恵(のぶえ)勝彦さん(写真左)とお話しして意気投合したので、欧州での好評がとてもうれしいです。

 ごく「普通の庶民」の行動を追ったドキュメントのこの映画が、なぜワルシャワや、そのあと訪れたベルリンで見る人の心をとらえたのでしょうか。

 信恵さんは尾道駅前で無農薬野菜やCDなどを売る小さな雑貨店(写真中央)を営んでいます。それだけでは食べていけないので、毎日新聞配達のアルバイトをしながら活動しています。
 活動の中心は、インディーズアーティストたちの支援であり、「3・11」福島原発事故避難者の移住の世話です。
 もちろん無償で、「月光仮面」の異名をとるほどの腰の軽さで、文字通り献身的に動きまわっています。

 田中さんの報告によれば、「上映が終わる度に大きな拍手とたくさんの質問や感想」が出され、「涙を流す人も多数」だったといいます。

 ポーランドの隣はウクライナ。ワルシャワとチェルノブイリは、ちょうど東京と尾道の距離に相当するとか。田中さんは、ワルシャワの観客の中に「今の日本の現状への危惧と、避難している方への複雑な思い」があったのではないかと振り返ります。

 原発事故の恐怖、放射能汚染への危惧という共通の問題意識が、映画への共感を広げた要因だったことは確かでしょう。

 でも、それだけではないと思います。なぜなら、この映画のテーマが原発問題だけではないからです。
 ワルシャワ、ベルリンでの上映成功を受けて、田中さんはこう述べています。
 「『いのちの肯定』といういう選択や、『音楽の本来の役割』、そして『一人ひとりがすべきことをする生き方』を考え、行動するきっかけをつくっていければと思っています」

 「自分ができることをする」、「『ローカルヒーロー』とは信恵さんのことではない。私たちの周りで頑張っている一人ひとりのこと」(田中さん)という映画のテーマが、欧州の人々の心をとらえたのではないでしょうか。

 そのことに国境を超えて共感し合えたことが、とてもうれしく、励まされる思いです。

 田中さんはこの映画を自主上映だけでなく、全国の劇場でも公開できるように、ネットで募金を呼び掛けています。詳しくは特設サイトへ。
 https://motion-gallery.net/projects/superlocalhero
 近くで上映される時はぜひご覧ください。

<気になるニュース>

 川内原発再稼働、若者ほど「賛成」多数!?

 「3・11」以後初の原発再稼働が鹿児島県・川内原発で強行されようとしています。8日朝のNHKニュースで、その賛否を問う現地の世論調査の結果が報道されました。

 それによると、年齢が若いほど「賛成」が多く、高年齢になるほど「反対」が多い結果でした。20代の「賛成」はなんと約75%にのぼったといいます。この結果は何を意味するのでしょうか。

  幼い子どもたちへの放射能被害を考えると、結果は逆になってしかるべきだという気がするのですが。
 高齢者に「反対」が多いのは、「どんな社会を遺すのか」という高齢者ならではの使命感ではないでしょうか。
 では若年層に「賛成」が多いのは?
  一言では片づけられない問題が横たわっていると思います。