アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

ウクライナ「商業施設にミサイル」報道の危うさ

2022年06月30日 | 国家と戦争
  

 27日、ウクライナ中部(クレメンチュ)のショッピングセンターで火災が発生し、多数の犠牲者が出たことに対し、ゼレンスキー大統領は「欧州史上最も挑発的なテロ行為の一つだ」と最大限の言葉でロシアを非難し、アメリカにロシアを「テロ国家」に指定するよう要求しました。

 折からのG7では声明で、「市民に対する無差別攻撃は戦争犯罪」と、プーチン大統領を名指しで批判しました。

 日本のメディアはこれに同調し、「商業施設にミサイル」の見出しで、「ロシア軍のミサイルが撃ちこまれた」(29日付地方紙各紙=共同電)と断定的に報じました。

 国連安保理はこの問題で緊急会合を開き、ゼレンスキー氏がビデオでロシアを安保理から排除することを訴えました。

 こうしてショッピングセンターの火災はロシアのミサイル攻撃だと断定され、ロシアを一方的に非難していますが、それははたして正当でしょうか。

 この火災について、ロシア側はこう言っています。

「ロシア国防省は28日、欧米側からウクライナに送られた武器・弾薬が保管された倉庫を攻撃した結果、弾薬が爆発し、隣接するショッピングセンターで火災が発生した、と発表。ロシア大統領府のペスコフ報道官も、ウクライナ側が言うようなショッピングセンターへの意図的攻撃ではない、と述べた」(29日朝のNHKニュース)

 このロシア側の主張が事実なら、「ショッピングセンター火災」の評価は大きく変わってきます。

 NHKの「解説」(29日の「キャッチ 世界のトップニュース」)でも、確かにショッピングセンターは兵器保管庫(工場)の近くにあります(写真右)。保管庫が攻撃されたことも事実のようです。ただ、フランスやイギリスの国営放送は保管庫攻撃の前にショッピングセンターが攻撃されたと報じ、NHKはそれに依拠してロシアの主張はフェイクだとしています。

 真相はまだ明らかではありません。しかし、明らかなことがあります。それは真実が明確でない段階で、「商業施設にミサイル」と断定する報道は、一方的にウクライナの主張が正しいとする偏向報道だということです。

 国連安保理の緊急会合でも、「独立した調査で真相究明を求める声」(NHK)が出たのは当然でしょう。

 もう1つ、明らかなことは、ショッピングセンターが兵器保管庫の近くにあり、ウクライナ政府はそこでの営業を認めていたということです。

 ロシアが米欧の兵器供与に強く反発し、その保管庫をミサイル攻撃しているのはロシアも公表している周知の事実です。そうである以上、兵器保管庫に近いショッピングセンターの営業を認めることは市民を危険にさらすことになります。

 営業を認めていただけではありません。

「(ショッピングセンターの)店員はロイターに、警報が鳴ったため近くのシェルターに避難しようとしたところ、ミサイルが着弾したと説明。ただ警報が鳴っても店舗の営業を続けることが認められていたため、多くの人が建物内に残っていたという」(29日付沖縄タイムス=共同電)

 ウクライナ政府は空襲警報が鳴っても、ショッピングセンターの営業を続けることを認めていたというのです。それが退避を遅らせ、犠牲を大きくしたという証言です。
 これはロシア側の主張ではなく、共同通信の報道です。

 戦争中、空襲警報が鳴っても避難しなくていいとは信じがたいことです。こうしたウクライナ政府の指示・方針は、沖縄戦の悲劇を拡大した「軍民一体」と同じ思想で、市民の生命・安全を守る政府の義務に反しているのではないでしょうか。

 ショッピングセンター火災の真相は今後まさに独立した調査で明らかにされる必要があります。
 同時に、その如何にかかわらず、市民を危険にさらしたゼレンスキー政権の責任も問われる必要があるのではないでしょうか。
 それを不問にして一方的にロシアを非難するのは、けっして正当とは言えないでしょう。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「東京2020オリンピック」の歴史的汚点

2022年06月29日 | 五輪と政治・社会・メディア
   

 国際オリンピック委員会(IOC)が河瀨直美監督に制作を依頼した記録映画「東京2020オリンピック」(SIDE:A、SIDE:Bの2部構成)が公開されています。

 もとよりIOCの「公認」記録映画ですからバイアスがかかっていることは承知でしたが、予想以上でした。あれほど問題が噴出し、世論を二分した「東京五輪」の「記録映画」であれば、なんらかの問題提起があるのでは、という思いもむなしく、とりわけ「SIDE:B」には怒りを禁じ得ませんでした。

 「SIDE:A」は「アスリート中心」とされ、河瀨監督は「女性アスリートが大きな比重を占めている」(カンヌでのインタビュー、5月26日の朝日新聞デジタル)と述べています。たしかに、カナダと日本のバスケットボール「ママアスリート」の対比が軸になっており、「ジェンダー問題」を意識していることはうかがえます。しかし、その掘り下げはきわめて中途半端・不十分です。

 より問題なのは、「SIDE:B」です。
 「B」では「延期」や「反対」はじめ開催に至る経過・問題点を描いているとされています。河瀨監督は、「大切だったのはこのオリンピックに反対していた人たちのこと」「中立で描く」(同インタビュー)と述べています。しかし、実際の映画は、この言葉とはほど遠いものです。

 冒頭から一貫して中心に描かれているのは、IOCのバッハ会長であり、女性蔑視で辞任した森喜朗組織委会長です。この2人が“主人公”です(河瀨監督の手法としてアップが多用されていますが、バッハ氏や森氏の顔のアップを何度も見せつけられるだけでも苦痛)。

 開催に反対した人たちがかろうじて画面に出てくるのは、開始から45分(3分の1)ほどたってから。しかも、抗議の声をまるで妨害の雑音であるかのように扱っています。バッハ、森両氏はじめ組織委関係者のインタビューが多用されているのに対し、反対派の意見をまともに聞いているのは演出家の宮本亜門氏だけ。それも1分ほどの短いものです。

 「大切だったのは反対していた人たち」という言葉はどこから出てくるのでしょうか。

 「コロナ」の医療現場はでてきますが、河瀨氏が「東京五輪反対」の理由が「コロナ」(だけ)だと思っているとすれば、認識不足も甚だしいと言わざるをえません。
 なお、その「コロナ」についてのコメントで、東北大の押谷仁氏を再三登場させたのも問題です。押谷氏は「コロナ」の初動段階で、「広範なPCR検査は医療崩壊を招く」と主張してミスリードした張本人だからです。

 こうして「SIDE:B」はこの映画の評価を決定的にするきわめて政治的な内容になっています。
 ただ、私のこの映画の評価はすでに「A」で、しかもその冒頭の1分で決まったと言っても過言ではありません。

 それは、冒頭の静寂の中、いきなり聞かされたのが、「君が代」の斉唱だったからです。
 これはアイロニー(皮肉)なのか、とも思いましたが、そうではありませんでした。「B」の最後は天皇が出席した開会式で締めくくられています。この映画はいわば、「天皇」で始まって「天皇」で終わっているのです。

 「東京五輪」強行がなぜ問題だったのか。根源は、「五輪」の商業主義とともに、その「国家主義」にあります。安倍・菅政権が「コロナ」禍の中、感染拡大の危険と庶民の困窮を歯牙にもかけず、莫大な税金を使って開催を強行した根底にも、国家主義の高揚を政権浮揚に結びつけようとする政治的思惑がありました。国家主義と天皇制が表裏一体であることは言うまでもありません。

 「五輪」・スポーツの国家主義からの脱却。それこそが「東京2020」が問いかけた根本問題でした。

 河瀨監督の映画にはその問題意識がまったく欠落しています。それどころか逆に、天皇制・国家主義を助長するものになっています。ここにこの映画の本質・歴史的汚点があると言わねばなりません。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

両軍死者膨大・士気低下、停戦協議が急務

2022年06月28日 | 国家と戦争
   

 国連人権高等弁務官事務所(UHCHR)はウクライナ戦争による市民の死亡が「少なくとも4662人」(22日時点)に上ると発表しました。ウクライナ大統領府顧問は、「1万人のウクライナ兵が犠牲になった可能性がある」と述べました。イギリス国防省は、「ロシア側の死者数は約1万5000人に上る可能性が高い」と発表しました。

 おびただしい犠牲とともに、顕著になっているのが、両軍兵士の「士気の低下」です。

 23日付共同電(地方紙各紙)は、6月中旬に負傷した2人のウクライナ兵のインタビューを掲載しました。証言したのは、従軍前教師だった30代前半の男性と、同じく溶接工だった40代後半の男性。

「(元教師の兵士は)「前線では脱走兵の情報を聞くことがあった」と明かした。ロシア軍の戦車に自動小銃のみで攻撃を仕掛けるような「自殺行為に近い作戦」を命じられた兵士らが、逃亡するケースが出ているという」

「ウクライナ兵は30代~40代が中心で「50代の兵士もいた」と説明。人員不足も深刻で、前線の兵士が高齢化している実態が示唆された」(23日付共同電)

 また、「英国防省は19日、「ウクライナ、ロシア両軍ともドンバス地域での激しい戦闘のため士気に揺れがある。ウクライナ側は脱走が起き、ロシア側の士気は依然問題を抱えている」と指摘した」(同)

 いまなによりも必要なのは、1日も早い停戦へ向けた協議・外交です。

 しかしゼレンスキー大統領は26日の動画で、米欧諸国に対し、「パートナーというのはすばやく行動に移すものだ。傍観者でないならば」として「最新鋭の防空システム」の提供を催促しました(27日の朝日新聞デジタル)。

 また、G7では「ウクライナの取り組みを支援する」と軍事支援を確認。ゼレンスキー氏はオンラインで演説し、「年内に戦争を終わらせたい」と述べたといいます(同朝日新聞デジタル)。早期停戦ではなく「年内」は戦争を続ける意向です。

 早期停戦は急務であり、けっして突飛な主張ではありません。
 元オバマ政権の大統領特別顧問で、米ジョージタウン大のチャールズ・カプチャン教授は、朝日新聞のインタビューにこう答えています。

「戦争は長期化するほどリスクが高まります。ロシアのエスカレーション(過激化)のリスクも上がるし、より多くの犠牲が生まれます。経済的影響も深刻で、途上国では食糧不足が起きています。この戦争は遅かれ早かれ終わらせる必要があるのです。米国が軍事戦略から外交戦略への転換にもっと力を注ぐことを望みます」

「いまは「勝利」がすべてという議論が大勢で、外交について提案すれば宥和(ゆうわ)政策(ロシアの軍事侵攻を大目に見ること―私)だと非難されます。…これは健全な議論ではありません。外交によってロシアと領土問題を話し合うのは、宥和政策ではありません。戦略的な慎重さです」

「我々はイデオロギーの違いを超えた協力が必要とされる課題に直面しています。気候変動やパンデミック、サイバー、核不拡散などです。こうした冷戦期との違いを踏まえると、今後もロシアとは一定の協力は必要です。だからこそ、ウクライナでの戦争を終え、外交の段階に進む必要があるのです」(22日の朝日新聞デジタル)

 欧州市民の世論調査でも「早期停戦」を望む人々が多数です(20日のブログ参照)。「徹底抗戦」は犠牲を拡大し、米欧の兵器産業とそれに群がる者たちを喜ばせるだけです。
 

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

核禁条約会議・2つの良識、だからこそ…

2022年06月27日 | 核・被爆者と日米同盟
   

 核兵器禁止条約第1回締約国会議が23日閉幕しました。貴重な前進の一方、日本政府がオブザーバー参加さえ拒絶し続けたことは、まさに「歴史的な誤り」です。ここでは同会議が示したとりわけ注目される2つ良識と、だからこそ、と思う今後の課題について書きます。

 1つは、会議で採択された「ウィーン宣言」で、「核抑止力論は誤り」と明確に「抑止力」論が批判されたことです。

「ウィーン宣言では、核抑止力論について「地球規模の破壊的結果をもたらすリスクを前提」にしていると指摘。保有国とその同盟国に核軍縮の早期進展を訴えた」(25日付琉球新報=共同電)

 「核抑止を安全保障の中軸に据える国々の抵抗は強く、「核なき世界」への道は、依然として険しい」(同)状況ですが、それは、核兵器保有と軍事同盟が一体化しているからです。

 「核抑止力」論と「軍事同盟抑止力」論は表裏一体です。NATO(北大西洋条約機構)は2021年に核禁止条約に対し、「世界の不拡散・軍縮体制を弱体化させる危険性をもつ」として敵視する声明を出しました。日本政府があくまでも条約批准・会議参加を拒否するのは、日米軍事同盟があるからです。

 同会議が「核抑止力」論を明確に批判したことは大きな成果です。
 だからこそ、いま、これから必要なのは、「核抑止力論」批判を「軍事同盟抑止力論」批判に結びつけることではないでしょうか。「核兵器廃絶」と「軍事同盟廃絶」を一体のものとして取り組んでいくことが必要なのではないでしょうか。

 注目されるもう1つの良識は、諸宣言でロシアに対する名指し批判を行わなかったことです。もちろん、ロシアの「軍事侵攻」や「核の脅し」を黙認するからではありません。

「ロシアを名指しで批判するかどうかは、政治宣言の事前の調整段階で意見が割れたという。…ある外交官は「この会議は分断のためではなく、団結のために開かれた。ロシアの核の脅しが主題ではなく、名指しする必要性はない」と語った。別の外交官は「ロシアに言及するなら、中東の国はイスラエル、中南米の国は米国はどうなんだ、となる。それでは声を一つにできない」と主張した」(24日の朝日新聞デジタル)

 「分断」ではなく「団結」。そのために特定の国=ロシアの名指し批判は避けたというのです。これはバイデン大統領が率先して振りまいている「善悪二元論」が世界に蔓延している中で、きわめて冷静で良識的な判断だといえます。

 だからこそ、会議に出席した松井一実広島市長と田上富久長崎市長(写真右)に言いたい。
 両市長はいずれも「8・6」「8・9」平和式典にロシアを「招待しない」と表明しましたが、それは撤回すべきではありませんか。

 市主催の官製「平和式典」自体の問題はありますが、それはそれとして、ロシアを招待しないのは懲罰的排除にほかならず、「善悪二元論」の思考停止を助長するものです。

 「ウクライナ戦争」でなによりも必要なのは、早期停戦・和平です。「善悪二元論」は「徹底抗戦」論に直結し、停戦・和平に逆行します。

 今回の会議が示した「分断ではなく団結」の思想を、核兵器廃絶のみならず、ウクライナ戦争の停戦・和平にも、そして、世界から兵器・軍事同盟を一掃する運動にも生かしたいものです。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日曜日記203・「おひとりさま 笑って生きて、笑って死にたい」

2022年06月26日 | 日記・エッセイ・コラム
   

 25日のNHK・ETV特集は「おひとりさま 笑って生きて、笑って死にたい」。
 岐阜市の訪問医療介護ステーション・小笠原文雄医師(73)(写真中の前列左)、スタッフの昨年から今年にかけての記録だ。

 独り暮らしでも、自宅で、なるべく苦しくない闘病生活を送り、最期を迎えたい。できれば離れて暮らす家族にも迷惑をかけずに逝きたい。そんな身勝手な願いも、けっして夢ではないことを示してくれた。

 小笠原さんたちが重視しているのが、「人生会議」。患者の意識がまだはっきりしているうちに、本人と、できれば家族を含め、担当のスタッフたちが、どんな最期を迎えたいか、それをどうやって支えるかを話し合う。

 在宅医療はここまで進んでいるのか、という驚きもあった。

 1つは、「モルヒネ持続皮下注射」(写真)。痛みを緩和するモルヒネを、24時間いつでも自分で、ボタンを押すだけで注射することができる。小笠原医師は、「痛み、苦しみを除くことが何より大事。モルヒネは笑顔で長生きするコツ。いくら射っても死ぬことはありません」と患者に勧める。

 もう1つは、スマホ・アプリの活用。患者の容態・現状を写真やグラフを含めて遠隔地の家族に送信することができる。また、患者とクリニックをカメラで結ぶこともできる。患者本人がボタンで「SOS」を発信できる。

 そんな“文明の利器”をも上回るのが、スタッフの人間性だ。

 64歳の末期がんの男性を担当した小原医師(30代)。男性は妻と離婚し、2人の子どもとも音信不通。独りでがんばって生きてきた。自分にプライドもあり、はじめは小原さんらスタッフにも当たりがきつかった。

 そんな男性も、小原さんらの親身なケアで闘病生活にも変化が生まれた。死期が近づいたとき、男性は「子どもたち(娘と息子)に会いたい」と小原さんに告げる。しかし連絡先は分からない。小原さんは男性の過去の経歴をさかのぼって、子どもたちの連絡先を調べた。そしてようやく手掛かりをつかんだ。それを男性に知らせると、男性は「ありがとう」と言って、おだやかな顔で息を引き取った。

 そこまでやるか、と思った。医師が、患者の音信不通の家族の居場所を調べることまで。
 それは医師の仕事の範囲外という考えもあるだろう。しかし、末期の患者が穏やかで幸せな最期を迎えるようにするのが医師の仕事、医療だとすれば、小原医師の“家族さがし”こそ医療ではないだろうか。・
 90歳の末期がんの父親と離れて暮らす娘が、小笠原医師に、「父の死に目に会えるか不安。母のとき会えなかったので」と打ち明けた。小笠原医師はこう言った。

「死に目に会うことは重要なことではありません。一番大事なのは、まだ意識があるときに、どれだけお父さんと心を通い合わせることができるかです。きょう、あなたがお父さんのためにおにぎりを作ってこられたように」

 その言葉に、娘さんだけでなく、私も救われる思いがした。

 数々の言葉が胸を打った。けっしてひとごとではない。素晴らしい人たち、素晴らしい活動。
 だがおそらく、そんな成功例はけっして多くはないだろう。小笠原クリニックでもいろいろな実例があったはずだ。全国の訪問診療、独り暮らしの実態はシビアで、数々の悲劇が生まれているはずだ。

 だからもちろん、能天気なことは言っていられない。けれども、だからこそ、こんな素晴らしい医師・スタッフたちがいること、こんな最先端の器具があることは、希望だ。
 その希望を信じ、「おひとりさまでも、笑って生きて、笑って死ねる人生・政治・社会」をめざしたい。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

陸上自衛隊の「黎明之塔」参拝中止は何を示すか

2022年06月25日 | 沖縄・米軍・自衛隊
  

 24日付の琉球新報、沖縄タイムスによると、毎年23日(「沖縄慰霊の日」)の未明に沖縄の陸上自衛隊(第15旅団)のトップらが行っていた「黎明之塔」参拝が、今年は見送られました(写真左は沖縄タイムス)。これは何を意味しているでしょうか。

 「黎明之塔」は沖縄戦で多くの住民を死に追いやった帝国陸軍第32軍司令官・牛島満と参謀長・長勇を祀った塔です。
 6月23日は牛島と長が自害した日とされています。この日が「慰霊の日」とされているのはそのためで、そういう由来でこの日を「慰霊の日」とすることには賛成できません。

 牛島・長の自害は午前4時半ごろとされており、旅団長らはこの時間に制服を着て「黎明之塔」に参拝してきました(写真中は2020年)。参拝は1976年から始まりましたが批判を受けていったん頓挫し、2004年から復活しました。「中止」は2004年以来初めてです。

 なぜ「中止」したのか。沖縄タイムスの取材に、15旅団は「プライベートなことで答えられない」(24日付沖縄タイムス)としていますが、今月9日付琉球新報の記事の影響であることは間違いないでしょう。

 自衛隊・防衛省はこれまで「黎明之塔」参拝は「プライベート」なことで自衛隊の組織とは無関係だと言い張ってきました。しかし、琉球新報の記事は、実際は参拝の人数などが逐一自衛隊トップに報告されており、参拝は陸自の組織的な行動であることを証明しました(10日のブログ参照)。

 「プライベートな参拝だ」と言い逃れしてきたものが組織的だったことがバレた。そのとたんに「中止」。これは参拝が陸自の組織的なものであることを自ら認めたことにほかなりません。

 政府・防衛省は、沖縄をミサイル基地化するにあたり、自衛隊への反感・反発が強まることを警戒しています。牛島・長を祀る「黎明之塔」への陸自の参拝は、自衛隊と旧日本軍の一体性を示すもので、それはこの時期、いかにもまずいというのが参拝を中止させた政府・防衛省上層部の判断でしょう。

 ちなみに、23日夜のNHK「時論公論」(NHK解説委員による論評)は、「今問い直したい“沖縄と自衛隊”」と題し、沖縄における自衛隊の「反発の背景」に「旧日本軍との“同一視”」があると言っていました。沖縄の自衛隊を増強するうえで、「旧日本軍との同一視」が障害になるとNHK的に“解説”したものです。

 しかし、いかに隠そうとしても、自衛隊が旧帝国日本軍を深く継承していることは紛れもない事実です。それを端的に示しているのが「旭日旗」です。

 帝国日本軍の侵略戦争・植民地支配の文字通り旗印となった「旭日旗」。自衛隊は1954年の発足以来、陸自がこれを「自衛隊旗」、海自が「自衛艦旗」(写真右)とし、今日に至っています。

 以前(2018年10月)、韓国でおこなわれた国際観閲式に出席する海上自衛隊に対し、韓国政府が侵略戦争・植民地支配の象徴である「旭日旗」の掲揚を自粛するよう求めたことがあります。
 それに対し、自衛隊トップの河野克俊統合幕僚長(当時)は会見でこう言いました。「海上自衛官にとって自衛艦旗(「旭日旗」)は誇りだ。降ろしていくことは絶対にない」(2018年10月6日付朝日新聞)
「旭日旗」、それに象徴される旧帝国日本軍との血脈は、自衛隊の「誇り」でありアイデンティティなのです。

 そしていま、旧帝国日本軍の“伝統”を継承する自衛隊は、第32軍が沖縄住民の4人に1人を死に追いやった歴史を踏襲するかのように、沖縄をミサイル基地化し、島民を巻き込んで、新たな戦争の最前線にしようとしています。それが軍隊・自衛隊の本性です。

 沖縄のミサイル基地化阻止はもちろん、いまこそ「軍隊は住民を死に追いやる。自衛隊は憲法違反の軍隊」という事実を広範な世論にしていくときです。それこそが沖縄戦犠牲者に対するほんとうの「慰霊」ではないでしょうか。



  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「安保法制」を削除した共産党と市民連合の「政策合意」

2022年06月24日 | 日本の政治と政党
   
 日本共産党が8日発表した「参議院選挙政策」にはこう書かれています。
「市民と野党の共闘の前途を開く推進力….市民と野党の共闘は、激しい攻撃と妨害にさらされましたが、日本共産党は、市民連合のみなさんとも力をあわせて、共闘を守るために粘り強く努力してきました。日本共産党、立憲民主党、社会民主党、沖縄の風、碧水会(へきすいかい)と市民連合で、「安保法制の廃止」「9条改悪を許さない」などの政策で一致し、勝利できる可能性の高い選挙区での候補者を調整することで合意しました」

 共産党が「沖縄の風」や「碧水会」を含む「3党2会派」で市民連合と「一致」した「政策」とは、5月9日付で発表された「2022年参議院選挙における野党に対する市民連合の政策要望書」しかありません(写真左、中)。市民連合が公示の22日の発表した「声明」でもそれは明らかです。

 その「政策要望書」は、4項目からなり、第1項が「平和国家路線の堅持と発展」で、そこには確かに「憲法9条の改悪…を許さない」はあります。
 しかし、そこに「安保法制の廃止」はありません。「廃止」どころか、昨年の衆院選挙での市民連合との「共通政策」(2021年9月8日)にあった「安保法制の違憲部分を廃止」の文言すらありません。「安保法制」への言及が完全に欠落、いや削除されているのです。

 これは市民連合が意図的に行ったことです。

 市民連合運営委員の山口二郎法政大教授は、「政策要望書」発表に先立つシンポジウム(5月9日)でこう述べています(写真右)。

「第1項目に『安保法制の廃止』が明記されていないことの疑問がだされていますが、戦争という状況に対応して課題は大きく変化していますので、その課題に対して的確に応えていく、憲法の理念を実現していくために重点化したという意味ですので、私たちが腰を低くしたという事ではありませんのでご確認頂きたいと思います」(市民連合HPより)

 このシンポジウムには共産党の小池晃書記局長も出席しており、山口氏の説明を直接聞いて、了解しています。

 山口氏が言う「戦争という状況に対応して課題は大きく変化していますので、その課題に対して的確に応えていく、憲法の理念を実現していくために」「安保法制の廃止」(あるいは「安保法制の違憲部分の廃止」)を明記しなかった(削除した)という説明は、まったく意味不明です。「戦争という状況」が現出している今だからこそ、「安保法制」=戦争法の廃止が喫緊の課題になっているのではありませんか。

 そもそも市民連合の正式名称は「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」です。「安保法制の廃止」は同グループの一丁目一番地です。それをあえて、この時期に、意図的に削除するとは、まったく理解に苦しみます。
 これはグループ内で十分論議した結論なのでしょうか。どうしても立憲民主を「共闘」に含めようとする山口氏の主導(暴走)によるものではないのでしょうか。いずれにしても、同グループの存在の意味が問われています。

 山口氏の言い分は意味不明ですが、明確なのは、共産党が「参院選政策」で市民連合と「「安保法制の廃止」…の政策で一致」したというのは全くの虚偽だということです。

 共産党が「参院選挙政策」というきわめて重要な公式文書・政策で、すぐに判明するウソを書くとは、驚きを通り越して悲しくなります。ここまで堕ちたのかと。

 同党のこうした愚挙・堕落は、「安保法制廃止」という重要政策を掲げることと、市民連合を介して立憲民主との「共闘」をつくるためには「安保法制廃止の削除」を合意しなければならないという隘路・矛盾に陥っているからです。

 同党の「共闘」論と実践が何をもたらしているか。党内で民主的な討論を尽くし、その誤謬から脱却することは、共産党員にとって死活的に重要な喫緊の課題ではないでしょうか。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

党首討論で明らかになった日本共産党の根本的誤謬

2022年06月23日 | 日本の政治と政党
   
 参院選挙の最大の争点は、ウクライナ戦争に便乗した岸田・自民党のさらなる大軍拡・日米軍事同盟強化という憲法違反を許さないことです。

 21日に日本記者クラブ主催で行われた党首討論会は、憲法9条をめぐる日本の政党状況を改めて浮き彫りにしました。

 軍事費の2倍化(約11兆円)を公約に掲げた自民党に対し、公明、維新、国民民主が積極的に賛成。立憲民主の泉健太代表も、「必要なもの(兵器)は積み上げていく。結果、(軍事費が)上がる(拡大する)ことはある」と軍事費の膨張を容認しました。

 これに対し、共産、れいわ、社民3党は「(軍事費)大幅増額に反対」しました。反対する党があることは救いです。
 しかし、黙過できないのは、これら3党も「大幅増額に反対」はするけれど、「軍事費(防衛費)の削減」は主張していないことです(各党の「参院選政策」も同様)。
 「削減」を主張しない以上、現状すなわち今年度当初予算で5兆4千憶円という過去最大の膨大な軍事費は認めることになってしまいます。

 安倍政権以来とりわけ大きな膨張を続けている軍事費の「削減」を政策に掲げる政党が1つもない。これはきわめて憂慮すべき日本政治の実態です。

 このことと、自衛隊(憲法違反の軍隊)に対する各党の姿勢・政策はけっして無関係ではありません。

 記者クラブから各党党首への質問で、日本共産党の志位和夫委員長に対し、「自衛隊は違憲だとしながら、それを活用するというのは矛盾ではないか」という質問がされました。

 これに対し志位氏は、「共産党が参画する政権も一定期間自衛隊と共存することになり、当然、自衛隊合憲論の立場だ。その政権が自衛隊を活用してもなんの矛盾もない」と答えました。

 これは論点のすり替えです。問われているのは、「自衛隊違憲論の旗を降ろさない」共産党が、「当然自衛隊は合憲という立場」の政権に参画することが矛盾ではないのか、ということです。志位氏はこの点に答えていません。

 自衛隊問題をめぐる共産党の矛盾はどこから生まれるのか。その根源が、討論会最終盤の質疑応答で明らかになりました。

 「衆院選で野党共闘がうまくいかなかったことについて(志位氏が)責任をとるべきだという声があるが?」との質問に、志位氏はこう答えました。

「野党共闘は途上にある。ジグザグの中で今を迎えている。今の日本の政治を変えるのは(野党)共闘しかない

 「日本の政治を変えるのは共闘しかない」。これは8日発表された同党の「参院選政策」にも明記されています。この政策(考え)こそ、根本的誤謬と言わざるをえません。2重の誤りがあります。

 第1に、「政治を変える」のは「共闘」(共産党のいう「市民と野党の共闘」)しかない、わけではありません。政党や特定の団体との「共闘」によらないで政治を変えようと活動している個人や組織はたくさんあります。
 政治は国会の中の数合わせで変わるものではありません。市井の小さな声、活動も政治を変える、いや、そうした声・活動こそ政治・社会を根底から変えるのではないでしょうか。

 第2に、共産党の「野党共闘」論は「政権交代」論と直結していることです。
 「野党共闘」にはいくつもの段階・パターンがあります。個別の政策で共同する「政策共闘」もあり、政権には加わらない「閣外共闘(協力)」もあります。
 しかし共産党の「共闘」論は、「共産党が参画する政権」を実現する「政権交代」論であり、「政治を変える」のはそれしかないという考えです。そこに、自衛隊論はじめ政策をめぐる矛盾が出てきます。

 「政権交代」に固執せず、「共闘」は幅広く多様・柔軟に追求すべきです。そうすれば、「自衛隊違憲論」をとりながら「自衛隊合憲論」の政権に参画するという矛盾に陥ることはありません。今は「自衛隊違憲論」を広げる市民との「共闘」をこそ追求すべきです。

 「共闘」をめぐる共産党の誤謬は、今回の参院選政策でさらに重大な誤りを犯すことになりました。それについては明日書きます。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「日韓条約」から今汲み取る2つの教訓

2022年06月22日 | 日米軍事同盟と朝鮮・韓国
   
 57年前(1965年)のきょう6月22日、「日韓基本条約」が締結されました。条約と同時に、「請求権協定」「漁業協定」「法的地位協定」「文化財保護協定」の4つの協定も調印されました。

 元徴用工の強制労働問題で、韓国大法院(最高裁)が元徴用工らの訴えを認め、三菱重工、日本製鉄に損害賠償を命じました(2018年10月、11月、写真中)。
 しかし安倍晋三政権は、「請求権協定で解決済み」として逆に韓国を批判しました。岸田首相が「国と国の約束は守るべきだ」と言っているのもこのことです。

 しかし、「請求権協定」は国家間の「請求権」についての協定で、個人の損害賠償請求を縛るものでないことは日本政府も認めています。「請求権協定」を口実にした日本政府の言い分にはまったく道理がありません。

 日本政府の言い逃れの根底には「日韓基本条約」自体の2つの根源問題があります。

 第1に、同条約は、帝国日本が植民地支配のために武力を背景に強行した「第2次日韓協約」(1905年)、「韓国併合条約」(1910年)を既成事実化し、植民地支配の責任を隠ぺいしたことです。

 日韓条約の最大の焦点は、「日本が朝鮮を植民地とするにあたって強要した「旧条約の無効」をどのように確認するかという問題」(中塚明著『日本と韓国・朝鮮の歴史』高文研2002年)でした。
 結果、日韓条約(第2条)は、「(旧条約は)もはや無効であることが確認される」としました。

「日本政府は、(旧条約は)本来有効であったが、時代が変わったので、1951年9月8日調印のサンフランシスコ平和条約で無効になっているという立場をとったのです。こうした考え方が、現在にいたるまで日本と韓国・朝鮮のあいだに、さまざまな困難をつくり出す原因になっているのはいうまでもありません」(中塚氏、前掲書)

 第2に、日韓条約は、アメリカが東アジア覇権戦略によって、軍事同盟国である日本と韓国に締結させた条約だということです。

「日韓条約はアメリカからすればインドシナ戦争(ベトナム戦争―私)の後方支援体制づくりとして結ばれた条約であった。すなわち、韓国がインドシナ戦争に軍事的に貢献し、この韓国を日本が経済的に支える仕組みがこの条約によってつくりだされた。…つまり、日韓条約は、六〇年代の軍事や経済をめぐる米日韓の利害の一致を反映するものであった」(文京沫著『新・韓国現代史』岩波新書2015年)

 日韓条約のこの2つの根源問題は、ウクライナ戦争の情勢下で、まさに今改めて問われている問題です。

 岸田政権は日本の侵略戦争・植民地支配の歴史的責任を完全に棚上げし、軍事費を大幅に拡大して「戦争をする国」へひた走っています。アメリカは対中国戦略から米日韓の軍事同盟の強化・一体化を図っています。3ヵ国軍合同演習の復活はその一環です。

 16日、韓国・釜山で、日米政府への接近を強めているユン・ソクヨル(尹錫悦)政権に対する抗議集会が行われました(写真右)。集会を主催した市民団体はこう主張しています。

平和憲法改定など戦争準備に拍車を加える日本政府に対し、韓国の軍事情報を提供するGSOMIA協定の正常化は危険千万だ。…米国は、対北朝鮮敵対政策、対中国封鎖戦略の最前面に韓米日軍事同盟を押し立てようとしている。日本政府はこれに便乗し、戦争国家となるべく本格的に展開している」(17日付ハンギョレ新聞日本語電子版)。

 きわめて正確な指摘です。
 「日韓条約」の歴史から私たちが今汲み取るべき教訓は、日本の侵略戦争・植民地支配の歴史的責任を明確にし、軍事同盟を廃棄し、非戦・非武装の憲法の道を進むことです。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「西側メディア」が報道しない“不都合な事実”

2022年06月21日 | 国家と戦争

   

 ウクライナ戦争の中で繰り広げられている情報戦。NHKはじめ日本の大手メディアも「西側メディア」としてその中に巻き込まれています。NHKの偏向報道の手口についてはこれまで何度か見てきましたが、そもそもウクライナ側に都合の悪いことは取り上げない、報じないのが「西側メディア」の特徴です。
 最近の事例を2つあげます。

①「ウクライナがドネツク市内の産院を爆撃した」というロシア側の主張の真偽

 15日のNHK「キャッチ 世界のトップニュース」によると、ロシアTVは、「ウクライナ東部・ドネツク市内の産院がウクライナ側によって爆撃された」と報じました(写真)。
ロシア国連代表部高官は、「マウリポリの産院で被害が出た時は欧米メディアは大騒ぎしたのに、今回は全然反応していない」と憤慨している、といいます。

 イギリスのロイター通信は、この件について、「独自に確認がとれておらず、ウクライナ政府の反応も出ていない」と伝えている、といいます。

 「ドネツク産院の爆撃」がロシア側が言うようにウクライナ側によるものか、それともロシアの「自作自演」なのか、あるいは「爆撃」自体がフェイクなのか、ここではそれを問うものではありません。

 問題は、ロシアの国連代表部高官が言っている、「マウリポリの産院で被害が出た時は欧米メディアは大騒ぎしたのに、今回は全然反応していない」という点です。確かに日本のメディアはこの「爆撃」については取り上げていません。ウクライナ政府の反応も報道されていません。

 これは明らかに不可解です。ロイターは「確認がとれておらず…」と言っているようですが、少なくとも爆撃の事実、被害の状況は「確認」して報じるべきでしょう。

②「白黒論理は危険」というローマ教皇の発言

 16日付のハンギョレ新聞(日本版デジタル)は、「この3カ月間維持されてきた西欧の連帯にも疲労感が確認されている」とし、こう続けています。

「イタリアとハンガリーは休戦を促しており、フランスとドイツは支援を誓いながらもロシアとの対話チャンネルの維持を強調している」

 ここまでは、不十分ながらも日本のメディアも言及しています。しかし、それに続く次の事実はどうでしょうか。

 「ローマ教皇フランシスコも14日、イタリアのイエズス会の定期刊行物「ラ・チビルタ・カットリカ」(カトリック文化)で、北大西洋条約機構(NATO)がロシアを挑発した可能性があるとし、「善と悪という白黒論理は危険だ」と指摘した」

 欧米諸国に大きな影響力をもつローマ教皇のこの発言は重要です。日本のメディアはこれを報じたでしょうか。
 「西側メディア」がこれを無視・軽視したのは、「ロシアを挑発した可能性がある」NATO諸国と一体になって、まさに「善と悪という白黒論理」にどっぷりつかっているからではないでしょうか。

 NHKは20日の「ニュース9」で、映画「ドンバス」をとりあげ、キャスターが「戦争報道のプロパガンダに注意すべきだ」とコメントしていましたが、そう思うなら、まずNHK自身の「2・24」以降の報道を自己検証すべきでしょう。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする