アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日曜日記22・「首脳会談は兵器商談会か」「天皇訪問と県議会」「介護から学ぶ?」

2018年09月30日 | 日記・エッセイ・コラム

☆日米首脳会談は兵器商談会か

  27日の日米首脳会談は、「貿易交渉」や「自動車関税」が報道の中心だが、実はトランプは今回もアメリカ製の兵器を売り込み、安倍は「今後とも購入していく」と約束していたことを、28日の報道ステーションで知った。菅官房長官も同日の定例会見でそれを認め、「防衛力向上のために必要」と開き直っていた。

  前回(6月8日)もそうだった。朝米首脳会談で「拉致問題」に触れる代わりに(本当に触れたかどうかは分からないが)、トランプはボーイング製の兵器を売り込み、安倍は購入を約束した。今回は「自動車関税」を先送りすることとのディールだ。

  日米首脳会談は「兵器商談会」か。安倍は兵器バイヤーか。これが日米同盟の実態だ。

 ☆「天皇の被災地訪問」が県議会日程を変えた

  天皇・皇后の「被災地訪問」が美化される裏で、こんなことがあった。

 天皇、皇后が20日に呉市を訪れることを受け、「広島県議会は19日に開いた議会運営委員で、20日の一般質問の開始時間を通常より15分早い午前10時15分にすることを申し合わせた。湯崎英彦知事と山本靖雄議長が出迎えに向かうため」(20日付中国新聞)。
 訪問は21日に延期されたが、「21日に延期された場合は、同日も同様の対応をする方針」という念の入りようだ。

  「15分」という量の問題ではない。「天皇の訪問」によって県議会が日程を変更するという質の問題、議会より「天皇の出迎え」を優先する思想の問題だ。
 「象徴天皇制」を超える「天皇制」が草の根まで生きている。

 ☆「介護から学ぶ」というけれど

  9月25日の「ラジオ深夜便」でエッセイストの岸本葉子さん(57)が、認知症のお父さんを5年間介護した体験を、自身のがん闘病と重ねて語っていた。
 強調していたのは、「親(認知症の父親)が教えてくれることは大きかった」ということ。介護が「兄妹仲も結び直してくれた」とも語っていた。

 3日後の28日も同番組で、イラストレーターの田村セツコさん(80)が、寝たきりのお母さんを6年間介護した体験から、「介護の相手(母親)に守られていた。世話している間、エネルギーをもらえていた」と語った。

 どちらの話も共感できる。確かに、介護は学びの場でもある。エネルギーをもらっている実感は私にもある。親は認知症になり介護される身になっても、子どもを教え、導くのか、と思うときがある。

 同だが時にこうも思う。それは、生活(経済的)にある程度余裕がある人の言葉ではないか。
 もちろん岸本さんや田村さんほどではないが、母も自身の国民年金と父の遺族年金を合わせてなんとかグループホームの費用をギリギリ賄えている。だからら入所することができる。それがなければ在宅介護を続けるしかない。その場合、「介護は学びの場」などと悠長なことが言っておられるだろうか。

  在宅の老老介護が多くの悲劇を生んでいる現実がある。そんな悲劇を生まない最低限の福祉施策・政治なくして、「介護から学ぶ」社会はできない。


朝鮮学校無償化排除・大阪高裁不当判決と日本人

2018年09月29日 | 朝鮮と日本

     

 日本政府(安倍政権)が高校無償化制度から朝鮮学校を排除している問題で、大阪高裁は27日、朝鮮学校側逆転敗訴の不当判決をおこないました(写真左。読売新聞より)。日本の司法の反動性が改めて浮き彫りになりました。

 高校無償化制度からの朝鮮学校の排除は、民主党政権に端を発し、第2次安倍政権が発足して2日後の下村博文文科相(当時)の表明(2012年12月28日)で決定されたものです。東京、愛知、大阪、広島、福岡の5都府県で裁判がおこなわれており、唯一、大阪地裁だけが国の不当性を認定し原告(朝鮮学校)勝訴の判決を下していました(2017年7月28日)が、今回の高裁判決はそれを覆したものです。

 今回の判決の要点は、他の地裁判決同様(写真中は名古屋地裁判決)、朝鮮学校が朝鮮総連と関係が深いことを「不当な支配」として無償化制度からの除外を正当化したものです。しかし、先の下村発言でも明らかなように、安倍政権は生徒たちとは何の関係もない「拉致問題」などの「政治問題」を口実にしており、憲法の平等原則に反することは明白です。

 さらに重要なのは、この問題はたんなる「平等原則」の問題ではないということです。

 折しも、国連の人種差別撤廃委員会は先月16、17日、ジュネーブで日本政府に対する「審査」を行いました。同委員会は前回(2014年)の「審査」で日本政府に対し朝鮮学校への差別をやめるよう勧告しています。そして今回、「朝鮮学校が差別されないことを締約国(日本―引用者)が確保するという前回の勧告を繰り返す」(8月30日の「総括所見」)と、あらためて差別をやめるよう日本政府に勧告しました(写真右。月刊「イオ」10月号より)。

 この議論の中で、ベルギーの委員からこんな発言がありました。

 「朝鮮学校は支援金を当然受け取れるべきであり、私たちはこの問題を歴史的な文脈で見るべきだ歴史的な文脈こそ、朝鮮学校に通いたいとい願う子どもたちから、いかなる支援金も奪われてはならないということの十分な根拠である」(9月19日付朝鮮新報、在日本朝鮮人人権協会・朴金優綺さんの報告より)

 「歴史的な文脈」とは何でしょうか。それは、そもそも朝鮮学校とは何か、なぜ朝鮮学校が日本にあるのか、ということではないでしょうか。

 「朝鮮学校とは、朝鮮語を授業用語として、在日朝鮮人の子どもたちを対象とする、在日朝鮮人によって運営されている学校のことをいう。朝鮮学校とは在日朝鮮人学校であり、朝鮮民族学校なのである」(朴三石氏『しっていますか、朝鮮学校』岩波ブックレット)。
 そして、「在日朝鮮人とは、日本による朝鮮への植民地支配の結果、日本で暮らすようになった朝鮮半島にルーツをもつ人びととその子孫の総称である」(同)。

 すなわち朝鮮学校は、日本の植民地支配の被害者・犠牲者である在日朝鮮人の子孫たちが、自分のルーツである祖国の言語・歴史・文化・政治を学ぶ、民族教育の学校です。在日朝鮮人のための組織である朝鮮総連と関係があるのは当然です。

 植民地支配の加害者である日本は、その責任(植民地支配責任)を少しでも感じるなら、朝鮮学校を応援・支援してしかるべきです。ところが日本は、敗戦後一貫して朝鮮学校を弾圧し、民族教育を妨害して「同化」を図ろうとしてきました(典型は1948・4・24阪神教育闘争)。そんな中で朝鮮学校を資金的にも支援してきたのが朝鮮民主主義人民共和国でした。

 「在日朝鮮人が、朝鮮学校が、かれらが『祖国』とする朝鮮と関係を持つことの何が問題なのだろうか? このような問いも生まれないような思考停止状態の中で、在日朝鮮人、朝鮮学校への権利侵害が行われているのが今の日本社会の現状である」(山本かほり・愛知県立大教員、「抗路」2015年9月号)

 日本政府が朝鮮学校を差別・抑圧し、裁判所がそれを追認することは、在日朝鮮人に対するヘイトスピーチを助長します。こうした政治・司法・社会の実態は、日本がいまだに朝鮮に対する植民地支配の責任を自覚していない、それどころか逆に再生産していることを示すものです。日本人として絶対に容認することはできません。

 (追記)
 大阪高裁判決のニュースを、全国紙で最も大きく扱ったのは、産経新聞(1,2面)、次に読売新聞(社会面トップ)でした。いずれも不当判決を賛美するものです。毎日新聞(社会面トップ)と朝日新聞(第2社会面)はそれなりに批判的に扱いました(いずれも西日本版)。

 そんな中、沖縄タイムスは第2社会面ベタ扱い、琉球新報に至っては記事なし。朝鮮と沖縄はいずれも日本の植民地支配をうけ、在日朝鮮人と沖縄人は現在も差別を受け続けている点で共通しています。沖縄(のメディア)こそ朝鮮学校の問題に敏感であるべきです。
 今回に限らず、タイムス、新報の「朝鮮問題」の報道はきわめて不十分です。早急な改善が必要です。


文大統領は仲介役だけでいいのか

2018年09月27日 | 朝鮮と日本

     

 韓国の文在寅大統領はニューヨーク(国連)でトランプ大統領(日本時間25日未明)、安倍首相(同26日未明)と相次いで会談し、先日の南北首脳会談のもよう、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の金正恩委員長の意向を伝えました。

  仲介の役割は重要ですが、文氏はそれだけでいいのでしょうか。韓国の大統領として、南北会談の当事者として、直ちにやるべきことがほかにもあるのではないでしょうか。

 それは韓国とアメリカの軍事同盟=韓米相互防衛条約(1953年10月1日調印)の見直しです。

  先日の南北会談における「9月平壌共同宣言」(9月19日)は、「朝鮮半島を恒久的な平和地帯につくるための実践的な措置を積極的に講じていく」と明記しています。

  また4月の「板門店宣言」(4月27日)は、「休戦協定65年となる今年、終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制を構築するため、南北米3者、または南北米中4者会談の開催を積極的に推進していく」としています。

  「朝鮮半島の恒久的な平和」にとって韓米軍事同盟が障害になることは明らかです。アメリカによる朝鮮半島への核兵器持ち込み、朝鮮を挑発する韓米合同軍事演習の定期的実施を許しているのは韓米軍事同盟です。

 韓米軍事同盟は朝鮮戦争の休戦協定調印(1953年7月27日)の10日後(8月7日)にはすでに仮調印され、10月1日に正式調印されました。アメリカは一方で「休戦」しながら、一方で間髪入れず新たな軍事同盟体制を構築したのです。それが休戦協定違反であることは明白です。

 「日米安保条約(1951年9月8日調印―引用者)とならんで米韓安保条約を結ぶことにより、アメリカは極東における反共軍事体制の強化をめざしたのである。(1953年)9月2日、ダレス(米国務長官―引用者)はアメリカ在郷軍人会年次大会に臨んでつぎのように演説した。『韓国と相互安全保障条約を結んだのは、太平洋安全保障体制への第二段階であって、1951年にフィリピン、オーストラリア、ニュージーランドおよび日本と結んだ相互安全保障条約を完結するものである。』」(神谷不二著『朝鮮戦争』中公文庫)

 その韓米軍事同盟を維持・強化しながら「朝鮮半島の恒久平和」を口にするのは矛盾であり欺瞞です。そうした韓国・文大統領の姿勢に朝鮮は不満を隠していません。

 「労働新聞(朝鮮労働党機関紙―引用者)は7月20日にも論評を掲載し、文在寅大統領が7月13日にシンガポールで行った演説で『強固な韓米同盟のもとに、南北と米朝の首脳会談という大転換をもたらした』と述べたことに対して、『北南関係改善を阻害する不穏当な発言』だと指摘。『米国の目を気にして、北南関係の根本的な改善措置を何も講じていない』と非難した」(8月3日付朝鮮新報電子版)

 文大統領は仲介(伝声管)役にとどまることなく、主役の1人として、「板門店宣言」や「平壌共同声明」にもとづいて、「朝鮮半島の恒久的平和」のために、いまこそ韓米軍事同盟の見直しに踏み切るべきです。

  言うまでもなく、軍事同盟の見直しが必要なのは韓国だけではありません。日本こそ日米軍事同盟(安保条約)を見直し解消しなければなりません。

 日本は戦前は朝鮮半島を植民地支配し、戦後は、先のダレス発言の通り、日米軍事同盟でアメリカの東アジア核戦略の片棒をかついできています。

  日米軍事同盟(安保条約)と韓米軍事同盟(相互防条約)は一体です。日本と韓国の市民は連帯して、アメリカとの軍事同盟を見直し解消する世論を高めていかねばなりません。今がその好機です。

 


「拉致事件」と明仁天皇・美智子皇后

2018年09月25日 | 天皇制と安倍政権

  

 安倍首相は24日(日本時間)、トランプ米大統領と会い、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)との関係について、あらためて「拉致問題の解決」を前面に出し、金正恩委員長との直接協議を望んでいると言いました(写真左)。

  しかし朝鮮側は「拉致問題に主眼を置いた協議には応じない姿勢」(8日付中国新聞=共同)を繰り返し強調しています。安倍首相の「拉致問題の解決」とは「被害者全員の帰国」です。一方、朝鮮側は、2002年9月17日の日朝首脳会談(小泉純一郎首相と金正日委員長)で拉致の事実を認めましたが、拉致したのは13人、そのうち8人は死亡していると発表しています。

  安倍首相が「(13人)全員の帰国」に固執する限り朝鮮側の反発は必至で、拉致問題をめぐる対話・真相究明は前進しません。前提条件なしで一から協議を開始・前進させる必要があります。

  安倍氏が「被害者全員の帰国」を前面に掲げているのは、「拉致問題」を自らの政治的アピール・政権浮揚に利用する狙いですが、その背景には、2002年の日朝首脳会談で朝鮮が拉致を認めた直後からの日本国内の「反北朝鮮」世論があります。

  その「反北朝鮮」世論の形成に、明仁天皇・美智子皇后が一役買っていた事実はあまり知られていないのではないでしょうか。

  日朝首脳会談から約1カ月後の2002年10月19日、美智子皇后は誕生日(10月20日)にあたっての恒例の所感を、宮内記者会の質問に答える文書回答の形で発表しました。その中に次の発言がありました。

  「悲しい出来事についてもふれなければなりません。小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと悲しみと共に、無念さを覚えます。何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。今回の帰国者(5人の拉致被害者―引用者)と家族との再会の喜びを思うにつけ、今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり、そのひとしおの淋しさを思います」(宮内庁HPより)

  これはきわめて政治的な、一定の政治的意思を表した発言です。

 第1に、「自分たち共同社会」とは「日本国」のことであり、「もっと強く意識し続けることができなかったのか」とは、政府あるいは「国民」に対する失望の表明です。すなわち“国民は拉致問題にもっと関心を持つべきだ”という意思表明です。

 第2に、「今回帰ることのできなかった人々」とは、生存しているのに帰れなかった人々ととれます。つまりこれは「8人は死亡した」という朝鮮側の発表を事実上否定したものであり、「被害者全員の帰国」という安倍首相の常とう句に通じるものといえます。

 翌日の新聞は皇后の「拉致事件発言」を見出しにとりました。たとえば朝日新聞は、写真付きで<拉致事件「悲しく無念」 皇后さま、きょう68歳」>の見出しで皇后の発言を報じました(写真右)、

 皇后発言の余波はこれだけで終わりませんでした。

 それから2カ月後の2002年12月19日、今度は明仁天皇の誕生日会見で、宮内記者会からこんな質問が出ました。「皇后さまも北朝鮮の拉致事件について率直な感想を述べられました。このような政治的事象や国際紛争についての発言は、従来余りなかったと思われますが…」

 これに対して明仁天皇はこう答えました。

 「皇后が述べている『なぜ自分たちが自分たち共同社会の出来事としてこの人々の不在をもっと強く意識し続けられなかったのだろうか』という思いは、私にも非常に分かります」(宮内庁HPより)

 明仁天皇は美智子皇后の「拉致事件」発言に同調したのです。そして「政治的事象についての発言」についても、「これまでも1年を振り返っての記者会見で言及している」と述べ、問題ないとの考えを示しました。

 美智子皇后が口火を切り、明仁天皇が同調・追認した「拉致事件」の政治的発言が、その後の世論形成、あるいは安倍首相の政治戦略に影響をおよぼしたことは間違いないでしょう。

 言うまでもなく憲法は天皇の政治的関与を禁じています(第4条)。にもかかわらず「拉致事件」というきわめて政治的問題で、しかも朝鮮政府の発表を否定するような発言を公式の場で行い、なんの問題もないとする明仁天皇・美智子皇后の言動は、憲法原則を蹂躙するものと言わねばなりません。


「被災地訪問」で天皇と自衛隊が新たな接近

2018年09月24日 | 天皇・天皇制

     

 安倍政権が「災害救助」に自衛隊を出動させることの政治的狙い、また「被災地訪問」で天皇が自衛隊機(ヘリ)を使うことが常態化してきている実態についてはこれまで述べてきましたが(9月13日のブログなど参照)、今回の「西日本豪雨被災地訪問」(9月14日=岡山県倉敷市、同21日=愛媛県西予市・広島県呉市)には、天皇と自衛隊の関係でこれまでにない新たな特徴がみられます。

  第1に、自衛隊ヘリ利用への執拗なこだわりと搭乗回数の多さです。

 愛媛・広島訪問は3回延期されました。「悪天候」で自衛隊ヘリが飛ばないという理由です。ヘリが飛べないなら車で行けばいいし、どうしてもヘリを使いたいなら地元自治体や民間のヘリもあるはずです。しかし今回は執拗に自衛隊ヘリにこだわり、3回も延期してその目的を達しました。

  結果、のべ2日間の「被災地訪問」で天皇・皇后は計5回も自衛隊ヘリに搭乗しました(岡山空港→倉敷市、倉敷市→岡山空港、松山空港→西予市、西予市→呉市、呉市→松山空港)。天皇・皇后がこれほどの頻度・密度で自衛隊機に搭乗したのは初めてではないでしょうか。

  第2に、自衛隊(員)に直接「ねぎらいの言葉」をかけたことです。

 「被災者お見舞い・災害対応尽力者おねぎらい」(15日付、22日付産経新聞)
 天皇・皇后は倉敷、西予、呉のいずれにおいても「災害対応尽力者」をねぎらいました。「災害対応尽力者」とは、警察、消防、そして自衛隊です。天皇・皇后が災害出動した自衛隊(員)に直接ねぎらいの言葉をかけるのは異例です。

  倉敷市真備町で美智子皇后は、陸上自衛官(47)に対し、「夜を徹して救助してくださって、ありがとうございました」(15日付産経新聞)と「何度も謝意を伝え(た)」(同)といいます。

  天皇に対する自衛隊幹部の思いは尋常ではありません。たとえば、「3・11」直後の2011年3月16日、天皇は「ビデオメッセージ」で救援活動をねぎらいましたが、発言の順序は「自衛隊、警察、消防」でした。これまで(たとえば04年中越地震の際の文書)の「消防、警察、自衛隊」の順序を変え自衛隊を最初に持ってきたのです。天皇がそれをどの程度意識的におこなったかはわかりませんが、確かなのは、このことに自衛隊幹部が敏感に反応したことです。

  「天皇のビデオメッセージが一斉に放送された。夜、録画でそれを見た君塚(陸上自衛隊東北方面総監・君塚栄治-引用者)は、あっと思った。…自衛隊に真っ先に言及していただいた-。君塚は感動した。『今まで以上に自衛隊が頼りにされている、と感じました』」(2014年4月28日付朝日新聞)

  天皇・皇后に直接「ねぎらいの言葉」をかけてもらった自衛隊(員)がいかに感激したか、自衛隊の士気高揚や隊員募集に苦慮している政府や自衛隊幹部がいかに喜んだか、目に浮かぶようです。

  第3に、こうした自衛隊との急接近は、天皇・皇后自身の意図で行われている可能性があることです。

  岡山訪問の直後、中国新聞は「寄り添う思い『不変』」と題した共同配信記事を載せました。そこにこう書かれています。

 「天皇、皇后両陛下は日帰りで、特別機と陸上自衛隊のヘリコプターを乗り継ぎ移動。…宮内庁幹部は『ヘリを使う度重なる地方訪問は高齢者にとっては大きな負担であることは間違いない』と明かす。それでもこうした手段を選んだのは両陛下自身だった」(9月15日付中国新聞=共同)

  この記述だけで天皇・皇后が「自衛隊ヘリ使用」まで指定したとは断定できませんが、その可能性はあります。確かなことは、「被災地訪問」の日程、手段は天皇・皇后が決めている、あるいはその意向が色濃く反映されているということです。これ自体きわめて問題です。

 そもそも天皇の「被災地訪問」は、言うまでもなく、憲法に規定されている天皇の「国事行為」ではありません。天皇・皇后の「私的行為」です。私的な行為に特別機や自衛隊機などを使う、つまり公費を使うことは許されません。仮に「公的行為・象徴としての行為」という脱法的概念を使うとしても、「公的行為」にも「内閣の助言と承認」(憲法第3条)が必要だというのは学界の定説です。天皇・皇后が勝手に「被災地訪問」の日程や方法を決めることはできません。

 来年の「皇位継承」=「新元号」や自民党改憲草案の「天皇元首化」などで、あらためてクローズアップされている「天皇制」。
 戦争法(安保法制)以降ますます米軍との一体化をすすめ、憲法違反の「戦争をする軍隊」の本性を露わにしている自衛隊。
 この両者が「災害」という惨事を契機に、量的にも質的にも接近を強めている。この実態をけっして見過ごすことはできません。


日曜日記21・警察官による射殺は問題ないのか・安室奈美恵さんと樹木希林さん

2018年09月23日 | 日記・エッセイ・コラム

☆警察官による射殺は問題ないのか

  19日に仙台市の交番で警察官が刺殺され、容疑者とみられる大学生が別の警察官に射殺された事件。警察庁長官は「交番の安全対策」についてコメントし、報道はもっぱら死亡した2人の人となりに焦点を当てている。それでいいのか。容疑者(とみられる人物)が警察官に射殺されたことをなぜ問題にしないのか。

  射殺した警察官は学生に拳銃を3発撃ったという。どういう状況で、どこへ向けて撃ったのか。報じられているのは撃った警察官の話だけだ。ほかに目撃者はいない。その証言の真偽を客観的に確かめることは不可能だ。

  容疑者(とみられる人物)を射殺することは、事件の真相究明を限りなく困難にする。もちろん正当防衛権はあるが、いかに現行犯といえども射殺が安易に容認されるわけではない。

  「オウム」の死刑の集団執行がすぐ頭に浮かんだ。「人を殺した悪い奴は死んで当然」という空気がこの社会にありはしないか。政府はそうした「国家権力の乱用」に対する「国民」の感覚マヒを醸成してはいないか。

 警察官による射殺がまったく問題にされず、ぞれが抵抗なく通ってしまうこの現実の背景に、そんな社会の空気があるように思えてならない。

 ☆安室奈美恵さんと樹木希林さん

  先週、人々に愛されてきた2人の芸能人が相次いで去っていった。安室奈美恵さんの引退(16日)と樹木希林さんの死去(15日)だ。

  「安室世代」ではないしファンでもないので、どうしてこんなに騒がれるのか、よくわからなかった。今もわからないが、1つ、なるほどと思わされる指摘があった。那覇市で行われた池宮城秀意記念賞の受賞記念シンポ(15日)で、選考委員の勝方=稲福恵子さん(早大名誉教授)がこう発言していた。

  「歌手の安室奈美恵さんのことを考えていた。切れのいい安室さんのダンスは沖縄の伝統だ。沖縄は戦争のできない小さな国だから、芸能を外交手段にした。言葉、歌、踊りが三位一体となった伝統芸能ができた。その明るい伝統に、自信を持ちたい」(22日付琉球新報)

  なるほど、「沖縄の伝統」か。そう言われると、ダンスや歌だけでなく、安室さんの生き方自体に「沖縄の伝統」が脈打っているのかもしれない。

  樹木希林さんのテレビデビュー作は「七人の孫」だが、リアルタイムで見ていた。確か小学5、6年だったと思うから、50年以上前のことになる。お手伝いの「おとしさん」役で、森繁久彌との掛け合いが絶妙だった。ドラマの面白さを最初に教えてくれた作品、俳優だったと言えるかもしれない。

  その後、ドラマ、映画で何度も見てきた。直近では「万引き家族」(是枝裕和監督)、そして元ハンセン病患者を演じた「あん」(河瀨直美監督)が印象的だった。いずれも、役になり切った自然体の演技だったと思う。

  亡くなる20日前の新聞に載ったインタビューの人生観・死生観に引かれた。

  「2005年に右乳房を全摘出しました。切るのは簡単、でも生活の質を下げない治療法を探すのは大変です。病院通いで一生を終えるくらいなら、なまじ命なんてなくてもいいと思うの」

 「やり残したこともないし、やりたいという意欲もないんです。旗を立てて劇的な幕引きをするつもりもない。いつの間にか消えているっていうのが理想でね」

 「がん患者になって気付いたのは、土地を買っても、その土地は地球に借りているということ。肉体も借り物、だとしたら、丁寧に使わせていただかないと申し訳ない」(8月26日付中国新聞=共同配信)

  安室さんと樹木さんに共通しているのは、人生に対する自然体、ということではないだろうか。そしてその自然体こそがもっとも強く生きることができるい姿勢であることを、2人の人生は示しているように思う。


奇しくも同じ日、「江華島事件」が今問うもの

2018年09月22日 | 朝鮮と日本

  

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の金正恩委員長と韓国の文在寅大統領が「民族の聖地」と言われる白頭山に登り(写真左)、歴史的な日となった9月20日。奇しくもこの日は朝鮮と日本の関係史におけるもう1つの歴史的な日でした。

 143年前のこの日(1875年9月20日)、ソウル北西の海の玄関口・江華島に帝国日本の軍艦・雲揚が不法に侵入し上陸を図りました。これに対し朝鮮は小銃で警告。それを口実に雲揚は英国製の大砲で攻撃。日本兵28人が上陸し、銃撃戦で35人の朝鮮人が死亡しました(日本側は2人が負傷、うち1人がのち死亡)(写真中は雲揚が砲撃した草芝鎮。1973年に史跡公園として復元=9月9日付中国新聞より)。

 江華島(雲揚号)事件です。その日が両首脳の白頭山行きと重なったのは歴史の偶然ですが、いま江華島事件を振り返ることは、日本人にとって必然的な重要性があります。

 第1に、今日の朝鮮半島情勢につながる歴史の連鎖です。

 江華島事件は帝国日本が武力で朝鮮を開国させ、やがて植民地支配する発端になった事件です。
 明治政府は雲揚号で挑発しておきながら、朝鮮側に責任転嫁し、同年12月、黒田清隆(薩摩出身)を派遣して朝鮮から賠償金を取り、不平等条約(修好条約)を結ばせました。

 「日本が欧米諸国から不平等条約を結ばされてから、まだ二〇年もたっていませんでした。日本はその不平等条約によって、外国人が日本の法律にしばられない治外法権や、関税を独自に決める自主権がないことに苦しんでいました。にもかかわらず、それに輪をかけた不平等を朝鮮におしつけたのです。…日本はなお欧米諸国に圧迫されている国でありながら、早くも欧米諸国にさきがけて朝鮮を圧迫する国になったのです」(中塚明氏『これだけは知っておきたい 日本と朝鮮・韓国の歴史』高文研)

 作家の角田房子は江華島事件の謀略の手口についてこう指摘しています。

 「雲揚号事件は、一九三一年の満州事変の発端となった柳条湖事件を連想させる。両事件とも、戦闘のきっかけを作ったのは日本であった。…雲揚号事件は初めから政府が関与し、事件の報告を受けるや、これを利用して対朝鮮政策を推進しようと積極的に対策を講じた」(角田房子『閔妃暗殺』新潮文庫)

 近代日本のアジア侵略戦争は、「十五年戦争」の発端の「満州事変」からと思われがちですが、日本の侵略は少なくとも日清戦争(1894年)から連綿とつながっています。日清戦争は朝鮮侵略と一体不可分であり、その口火を切ったのが江華島事件でした。

 現在の朝鮮半島分断の根源は日本の侵略・植民地支配です。そのことを銘記するためにも、日本人は江華島事件をけっして忘れてはなりません。

 江華島事件がもつ今日的意味の第2は、その侵略思想です。

 事件の背景となった「思想」は言うまでもなく「征韓論」です。「征韓論」というと西郷隆盛(薩摩出身)が連想されますが、明治政府の中でいちはやく「征韓論」を主張したのは木戸孝允(長州出身)でした。木戸は1868年(明治元年)12月14日、明治政府の最高幹部・岩倉具視にこう書き送っています。

 「すみやかに…使節を朝鮮につかわし、彼の『無礼』を問い、かれもし不服のときは罪をいいたてその国土を攻撃し、大いに『神州日本』の威勢を伸ばすことを願う」(『木戸孝允日記』。中塚氏の前掲書より)

 この木戸の朝鮮侵略思想は、師である吉田松陰の受け売りに他なりません。吉田松陰こそ「征韓論」はじめ侵略思想の根源です。

 松陰は秀吉の「朝鮮征伐」を賛美したうえ、「朝鮮を責め…北は満州の地を開き、南は台湾・呂宋の諸島を収め…進取の勢いを示すべし」と公言しています(中塚氏、前掲書より)。木戸をはじめ、伊藤博文、山県有朋ら松陰の門下生は、松陰の思想に傾倒した薩摩出身者とともに、政府の中心となって松陰の教え=アジア侵略を実行しました。それが明治政府の基本方針です。

  その吉田松陰を「明治150年」のいま、「尊敬している」と公言し、施政方針演説にも引用しているのが、長州(山口県)出身の安倍晋三首相にほかなりません(9月1日のブログ参照)。

 安倍氏の対朝鮮敵視政策の根底には、江華島事件の背景にもなった吉田松陰の「征韓論」・侵略思想があると言っても過言ではないでしょう。

 


焦点はアメリカの「朝鮮戦争終戦宣言」実行

2018年09月20日 | 朝鮮と日本

     

 「戦争のない朝鮮半島が始まりました。南と北はきょう、朝鮮半島全域から戦争を引き起こす恐れのあるすべてのリスクをなくすことに合意しました」(中継の同時通訳)

  「9月平壌共同宣言」(19日)署名後の共同記者会見での韓国・文在寅大統領の言葉に、胸が熱くなりました。4月27日の「板門店宣言」に続く歴史的宣言です。

  そのころ日本では、安倍晋三首相が自民党総裁選で石破茂氏をこき下ろす”内ゲバ“に熱中していました。もちろん安倍氏に期待するものは爪のアカほどもありませんが、あまりにも対照的な、戯画的な光景と言わねばなりません。

  安倍氏だけではありません。日本のメディアは総裁選報道に明け暮れる一方、南北首脳会談については終始、「最大の焦点は北朝鮮の非核化」だと言い続け、「平壌宣言」に対しても「これではアメリカは応じられないだろう」などと傍観者的評論に終始しています。これが日本の現実です。

  「焦点は北朝鮮の非核化」という見方・言説は根本的に間違っています。焦点は「アメリカの朝鮮戦争終戦宣言の実行・約束履行」です。

  「約束履行」という意味は、それが6月12日の朝米首脳会談の合意だったということです。

 「シンガポール共同声明」は、「トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束」と明記しています。さらにトランプ氏は会談後の記者会見で、「朝鮮戦争は間もなく終結するとの期待を持っている」(6月13日付共同配信)と言明しました。

  ハンギョレ新聞によれば、トランプ氏は金正恩委員長との会談で、「終戦宣言にすぐ署名すると約束した」と米メディアは報じています。

 <米国のインターネットメディア『VOX』は(8月―引用者)29日(現地時間)、関連事情に詳しい2人の消息筋の話を引用して「シンガポール首脳会談でトランプ大統領が金委員長に『会談を終えてすぐに平和宣言に署名する』と約束した」と報道した。
 …ある関係者は、同メディアに「トランプ大統領が平和宣言を約束し、ゴールポストを動かして、それを条件付きのようにしたならば、米国が約束を破ったと見られるだろう」とし、「北朝鮮がなぜ怒るのか理解できる」と語った>(8月30日付ハンギョレ新聞電子版)

  今回の南北首脳会談で、「アメリカが米韓共同声明にもとづき相応の措置をとるなら」朝鮮は核施設を廃棄するとした「相応の措置」とは、この「終戦宣言署名」に他ならないでしょう。

  そもそも朝鮮半島の今日の核・軍事化は、アメリカが朝鮮戦争の「休戦協定(13節d項違反)」(1953年7月27日)に違反して韓国と軍事同盟を結び、核を持ち込み、合同軍事演習を続けていることに原因があります。朝鮮の核がそれに対する対抗措置であることは、朝鮮政府が再三言明しているところです。

 その朝鮮半島を「非核化」しようとすれば、まず原因を除去すること、すなわち、アメリカの核・軍事行動の根源である朝鮮戦争を文字通り終結させることが先決であることは自明ではないでしょうか。
 それなしに朝鮮に「非核化」を迫ることは、核超大国と戦争をしている小国の方に一方的に”武装解除“を迫るに等しいことです。

 朝米首脳会談「シンガポール共同声明」の内容・経過からして、また朝鮮戦争の歴史的経過からして、さらにものごとの道理からしても、まず朝鮮戦争を終結させること、すなわちアメリカが「終戦宣言」に署名すると約束したことを履行することです。これこそが朝鮮半島の平和にとっての現在の焦点です。

 朝鮮半島の分断はもともと帝国日本の朝鮮侵略・植民地化が根源です。日本は朝鮮戦争にもアメリカに従属して直接・間接にかかわってきました。そればかりか、朝鮮人民の血を吸うように、「朝鮮戦争特需」でぼろもうけし今日の「経済発展」の基礎を築いてきました。

 日本は朝鮮半島の分断・軍事化の当事者、加害者です。傍観者的態度は許されません。朝鮮戦争を1日も早く終結させるために、「トランプ大統領は直ちに終戦宣言に署名せよ」の声をあげていかねばなりません。

 


「自衛隊配備・強化」を沖縄知事選の重大争点に

2018年09月18日 | 沖縄・米軍・自衛隊

      

 「多国籍軍に陸自派遣」(沖縄タイムス)、「多国籍軍に陸自派遣検討」(中国新聞)―17日付の地方紙はこの共同配信記事を1面で大きく報じました。

  エジプトで活動中の「多国籍軍・監視団」(MFO)に陸自隊員を派遣し、将来的には部隊としての派遣も視野に入れているというものです。
 MFOは国連が組織したものではありません。「国連が統括しない(多国籍軍への派遣は)初のケース」(同記事)であり、「国連が統括しない活動は戦争中、あるいは戦争後の軍事支援として利用される危険性が常にある」(同)ものです。

  一方、同じ17日付の朝日新聞は1面トップで、「海自潜水艦 南シナ海訓練」というスクープ記事を掲載しました。

  「防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海へ極秘派遣し…13日に対潜水艦戦を想定した訓練を実施した」というもので、「海自の対潜戦訓練は通常、日本の周辺で行われており、中国が軍事拠点化を進める南シナ海に潜水艦を派遣して実施したのは初めて」(同朝日新聞)です。

  陸自も海自も、これまで行ってこなかった新たな行動へ競って踏み出した、踏み出そうとしているかのようです。それが同じ日に報じられたことは偶然かもしれませんが、戦争法制定後の自衛隊のこうした動向はけっして偶然ではありません。

  それは自民党総裁選で、安倍首相が自衛隊の存在を憲法に明記するとし、石破氏が「戦力不保持」の規定を削除するとして、いずれも9条を改訂して自衛隊を名実ともに「軍隊」として公認しようとしている(その点で2人の主張には、当然ながら、なんの違いもありません)こととも無関係ではありません。

 「自衛隊」は現下の日本政治の大きな(最大と言っても過言ではない)焦点です。

 安倍政権が宮古、石垣、与那国などの先島諸島への陸自ミサイル基地、本島への空自新基地創設を目論んでいることも、こうした自衛隊の軍事行動拡大の一環、その典型的な動きであることは言うまでもありません。

  そんな中で行われている沖縄県知事選。「自衛隊配備問題」は当然選挙の大きな争点となるはずだし、なるべきです。ところが、実際はそうはなっていません。

  安倍政権が全面支援する佐喜真淳候補だけでなく、「オール沖縄」の玉城デニー候補も「自衛隊配備」問題に触れようとしていません。両者の「告示第一声」(13日)には「自衛隊」は一言もありませんでした(県紙の報道の限り)。

  候補者だけではありません。告示日の13日付で琉球新報(「沖縄の針路が決まる」)、沖縄タイムス(「沖縄の未来、政策で競え」)、そして日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(「『新基地ノー』の声を総結集し」)はいずれも「知事選告示」の社説・主張を掲載しましたが、そのどれにも「自衛隊」は一言も出てきません。

  「辺野古新基地」が知事選の「最大争点」(14日付「赤旗」)といいますが、、実際には「最大」ではなく「唯一」の争点になっているのではないでしょうか(共産党のいう「一点共闘」)。
 「辺野古」の陰に隠れて「自衛隊配備」が争点化していないことは極めて問題です。

 そもそも「辺野古」と「自衛隊配備」は別の問題ではありません。それは日米安保条約=軍事同盟の深化という共通の根を持つ毒草です。しかも、米軍と自衛隊の一体化の進行により、先島諸島の自衛隊基地を米軍が使い、仮に辺野古に新基地ができれば自衛隊もそれを使う可能性はきわめて大です。米軍と自衛隊はまさに一体の軍隊であり、基地も共通の基地です。

 「辺野古新基地阻止」は、「自衛隊配備・強化反対」と結合してたたかわれるべきです。

 「辺野古新基地」も「自衛隊配備」も容認・推進の佐喜真氏が平和・民主主義に反していることは言うまでもありませんが、「辺野古新基地阻止」を掲げる玉城氏が「自衛隊配備」を容認していることは矛盾と言わねばなりません。

 「南西諸島への自衛隊配備の是非では…玉城氏は『自衛隊の活動は評価する』とした上で『住民生活への影響を巡ってさまざまな意見がある。住民の合意を図りながら進めるべきで、分断を持ち込む強行配備は認められない』と指摘した」(17日付琉球新報)

 自衛隊が米軍と一体化して憲法違反の危険性を強めているさ中に行われる沖縄知事選で、「自衛隊配備・強化」に反対している候補が1人もいないということは、きわめて重大で憂慮すべき現実です。

 そんな中でいま出来ること、必要なことは、「辺野古新基地阻止」で玉城氏を支援している個人・団体が、玉城氏に「自衛隊配備反対」を明確に公約にするよう求めることではないでしょうか。


宮古島「アリランの碑」と「『慰安婦』問題のアジア性」

2018年09月17日 | 日本軍「慰安婦」・性奴隷問題

     

 5年前の6月、初めて宮古島を訪れ、「アリランの碑」へ向かいました。碑は素朴な岩の塊でした(写真左)。その裏にこう刻字されていました。

 「アジア・太平洋戦争当時この近くに日本軍の慰安所があった朝鮮から連れてこられた女性たちがツガガー(井戸)にて洗濯の帰りにここに休んでいたことを記憶している。悲惨な戦争を二度と起こさないため世界の平和共存の想いをこめ、この碑を後世に伝えたい。  2008年9月7日 与那覇博敏

 碑の横には、日韓の学者らの調査団が建てた「女たちへ」と題する碑文があります(写真中)。それは日本語のほか、インドネシア・マレーシア、オーストラリア、オランダ、韓国・朝鮮、グアム、タイ、中国・台湾、ビルマ、東チモール、フィリピン、ベトナムの12の言葉で書かれています。「慰安婦」にされた女性たちの故郷です。

 「碑」に見入っていると、一人の高齢男性が掃除道具を持って現れました。1日1回碑の周りを掃除するのだそうです。その人こそ与那覇博敏さんその人でした(写真右)。与那覇さんは炎天下、初対面の「観光客」である私にも、当時の記憶を丁寧に話してくださいました。ほんとうに頭が下がるおもいでした。

  その「アリランの碑」建立から10年を記念して、今月8日(那覇市)と9日(宮古島)、「『慰安婦』問題を問い直す9・8シンポジウム」(主催・日本軍「慰安婦」問題を考える宮古の会など)が行われました。
 詳報が14日付の沖縄タイムスに載ったほか、シンポに先立って沖縄タイムスと琉球新報がそれぞれ3回にわたってシンポ参加者の論考を掲載しました。
 それらはいずれも「『慰安婦』問題を問い直す」ヒントを与えてくれる重要な指摘でした。なかでも私にとって刺激的だったのが、「『慰安婦』問題のアジア性」という視点です。

 宮古島のシンポでソウル大学の梁鉉娥(ヤン・ヒョンア)さんは、「『アリランの碑』は、過去と現在、地域とアジアを結ぶ象徴」(14日付沖縄タイムス)だと指摘しました。沖縄タイムス(5日付)に掲載された論考で梁さんは「アジア性」の意味を4点にわたって述べています。

 ①    体系的強姦[所]としての日本軍「慰安所」はアジア諸国と太平洋諸島など広範囲にわたっていた。「慰安婦」問題は1つの国や地域の問題ではなく、アジアの集合的な苦痛の体験を具体化したきっかけと言える。

 ②    人権蹂躙行為である「慰安婦」強姦は、現在でも不処罰の犯罪として残っている。東京裁判でも、日本がアジア諸国と結んだ両国間条約でも、まともに扱われなかった。西欧を中心とした東京裁判は、アジア人間の差別や暴力、犯罪については詳しく調べなかった。「慰安婦」問題の不処罰と傍観においても、アジア性が溶け込んでいる。

 ③    「慰安婦」問題の浮上はアジアの「下からの」市民の連帯に基づいている。何よりも韓国人サバイバーたちの勇気ある証言が、活発な社会運動と研究を触発した。この動きは2000年に東京で開催された「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」に集大成された。

 ④    「慰安婦」問題は家父長制社会としてのアジアを告発している。多くの(アジア)社会では「慰安婦」問題について沈黙し、被害者たちは厳しい人生を生きてきた。

  日本の政府・国民、アメリカはじめ連合国が天皇裕仁(昭和天皇)の戦争責任を隠ぺい・不問にしたのに対し、「2000年女性国際戦犯法廷」は「最高責任者」として裕仁に有罪判決を下しました。そのことの意味・意義をあらためて確認する必要があるのではないでしょうか。

  シンポを主催した「宮古の会」代表の上里清美さんは論考」(4日付沖縄タイムス)でこう述べています。

  「『慰安婦』の祈念碑から見える野原岳は、戦時中は日本軍司令部が置かれ、戦後は米軍基地となり、復帰後は自衛隊基地に置き換えられた(写真左の奥)。
 …新たな陸自ミサイル基地ができると、島は攻撃の対象となり基地ある限り軍隊と共に生きる島になっていく
 野原の祈念碑前で、軍隊の『性奴隷』とされた『慰安婦』の魂(恨)が、『二度と悲劇を繰り返すな! 宮古島の軍事化を許すな』と叫ぶ声が私には聞こえる
 …軍隊を持たない平和な国とならない限り『慰安婦』たちの恨が消えることはないであろう」 

 宮古、石垣、与那国、本島への自衛隊配備・強化を阻止するたたかいもまた、「『慰安婦』問題のアジア性」と深く結びついています。