アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「帝国議会開設130年」を天皇出席の国会で祝う異常

2020年11月30日 | 天皇制と憲法

    
 第1回帝国議会開院式(1890年11月29日)から130年を祝う式典なるものが29日、国会内(参院本会議場)で、徳仁天皇・雅子皇后出席のもとで行われました。主権在民の日本国憲法の基本原則を何重にも蹂躙する明白な憲法違反であり、絶対に容認することはできません。

 そもそも帝国議会は、天皇睦仁(明治天皇)の「勅諭」(1881年10月)によって開設されたもの。「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(大日本帝国憲法第1条)という天皇絶対主権の下で、帝国議会は、「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」(同第5条)と位置づけられた天皇の協賛機関にすぎませんでした。

 さらに、「天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス」(同第7条)とされており、議会を開くも閉じるも解散するも天皇の思いのまま。まさに天皇の付属機関でした。

 事実、天皇は帝国議会をそのように操りました。
 「天皇は、天皇が任命し、天皇が信頼する政府に協賛するのが、議会の役目だと思いこんでいる。…議会と内閣がぬきさしならぬ対立にはいったとき、天皇はどうしたか。…にっちもさっちもいかなくなったとき、伝家の宝刀として抜くのが天皇の詔勅である」(宮地正人「政治史における天皇の機能」、『天皇と天皇制を考える』青木書店1986年所収)

 その帝国議会の「開設祝賀式典」なるものを、敗戦後憲法で「国権の最高機関」(第41条)となった国会で、各党の国会議員出席のもとに行うこと自体、現行憲法の趣旨に反しています。

 しかも、その場に天皇・皇后が出席し、最も高い位置から国会議員を見下ろす。さらに天皇は、「お言葉」なるものを発し、「決意を新たにして国民の信頼と期待に応えることを切に希望」するとして、国会議員に“新たな決意”を促す。それを受けて首相(菅義偉)が、「われわれは新しい時代の日本をつくり上げていかねばならない」と“決意表明”する。

 まさに天皇主権下の帝国議会の再現と言わねばなりません。二重三重に憲法原則が蹂躙されていることは明白です。

 この憲法違反の儀式に、日本共産党を除くすべての政党が出席し、天皇を見上げ、首(こうべ)を垂れました。これが現代日本の権力機構の実態、天皇制国家・日本の現実です。(象徴)天皇制がいかに民主主義に反するか、主権在民を蹂躙する存在であるかを白日の下に示しています。この一事をもってしても、天皇制を廃止する(憲法から天皇条項を削除する)ことが急務であることは明らかです。

 共産党が「戦前の帝国議会を踏襲した天皇中心のやり方」(29日NHK)だとして式典を欠席したことは、当たり前とはいえ、評価されます。しかし、それならなぜ同党は、天皇が出席して「お言葉」を述べる(この日と同じ位置から)国会の開会式に出席するのでしょうか。「戦前の帝国議会を踏襲した天皇中心のやり方」であることは、国会開会式もまったく同じではありませんか。

 にもかかわらず、共産党は2016年1月4日の通常国会から方針転換し、開会式に出席し始めました。これは明らかに今回の態度と矛盾し、憲法違反に加担する行為です。共産党はこの日の自らの言明に従って、国会開会式への出席をきっぱりやめねばなりません。


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日曜日記125・人に「触れる」ということ―藤原新也・伊藤亜紗

2020年11月29日 | 日記・エッセイ・コラム

 藤原新也(写真家)はコロナ禍で人が人に「接触」しなくなり、「孤立化」することによって、免疫力が低下することに警鐘を鳴らしている。

 「チンパンジーは互いの接触が活発になることで腸内のマイクロバイオーム(細菌叢<そう>)が多様化し豊かになる。腸内の常在微生物は免疫システムの鍛錬を促し、これによって感染症や病気から保護される。抵抗力が生じる。

 コロナ禍によって人は人との接触を極力避けざるを得ない状況に陥っている。つまり生き物としての個体の孤立化が進んでいるということである。既に生活文化となりつつある非接触行動が仮に長期化するなら、私たちの腸内や皮膚上の細菌叢が多様性を失い、脆弱化する可能性が生じるとの仮説に行き当たる。

 新型コロナウイルスはタイムラグをおいた2段階で、人類をさらなる疲弊へ追い込む可能性を秘めているのではないか。第1ステージは現在進行中の経済と身体へのダメージであり、第2ステージとは、前のステージで恒常化した非接触と消毒文化が腸内や皮膚に常在する細菌叢を脆弱化させてしまう状態である。
 遠くない将来、人類は新たな感染症のまん延に見舞われないだろうかという危惧を、私はひそかに抱くのである」(11月22日付中国新聞「特別評論」)

 伊藤亜紗(東京工業大)は、人が人に「ふれる」ことと「さわる」ことの違いを指摘しながら、さまざまな「接触的動作」によって「人間関係」はつくられるのだと言う。

 「接触面の人間関係は、ケアの場面はもちろんのこと、子育て、教育、性愛、スポーツ、看取りなど、人生の重要な局面で、私たちが出会うことになる人間関係です。そこで経験する人間関係、つまりさわり方/ふれ方は、その人の幸福感にダイレクトに影響を与えるでしょう。

 ウィズコロナの世界において、人類の接触の絶対量が減ったとしても、触覚がもつ価値は別の形で受け継がれていく必要がある。特に感染したことさえ「本人の行いが悪い」と批判されてしまう自己責任論の風潮が強いこの国において、人に身をあずけることの豊かさは、あまりに軽んじられているように思います」(『手の倫理』講談社選書メチエ、2020年10月)

 人に触れることによって、人と人の大切な関係がつくられる。触れることによって免疫力が高まり、病気から守られている。
 しかし、人は人に触れることを遠ざけ、ますます触れないようにしている。それは今に始まったことではない。人の手による手紙はメールに置き換わり、コンビニのレジもやがてスマホが店員に代わり、介護もロボットが行うようになるだろう。「近代文明」とは人に「触れる」ことを回避する「文明」なのか。

 人が人に触れなくなる社会が、人間の身体、精神、脳にとっていかに否定的影響を及ぼすか、真剣に検討されねばならない。コロナ禍はそれを警告している。

 藤原新也は、「コロナ危機の第2ステージ」への対策の1つとして、「膨大な量の微生物を擁した自然へのアクセスをシステム化する」ことを提唱している(前掲)。

 人と自然の接触。その前提としての自然・環境保護。自然(動植物)との共存。そして、人と人の「ふれあい」。人と人の関係の再構築。人類は大きな岐路に立っている。


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「路上生活女性」殺害事件とコロナ禍社会

2020年11月28日 | コロナ禍と政治・社会

     
 東京・渋谷区で路上生活をしていた女性(64)が通りがかりの近所の男(46)に頭を殴打されて殺害された事件(11月16日)は、さまざまな問題を含んでおり、見過ごすことができません。

 第1に、女性は派遣で働いていたと報じられています。それが失業して路上生活(所持金8円)を余儀なくされたのは、コロナ禍における解雇のためであることが推測されます。

 第2に、64歳というのは年金支給開始の1年前(女性が加入していたかどうかは分かりませんが)であると同時に、まだまだ働き盛りです。それが失業し単身で路上生活を余儀なくされているところに日本の高齢社会の姿があります。

 第3に、被害者が女性であることです。コロナ禍で20代と40代の女性の自殺が急増しているとも報じられています。第1の問題と複合して、コロナ禍の犠牲が女性により重くのしかかっています。
 被害者が女性で、加害者が男性である基底に、この社会のジェンダーが厳在していることも言うまでもありません。

 第4に、加害者は「こんなにおおごとになるとは思わなかった」「痛い思いをさせればいなくなると思った」と供述しています。ここには言葉・会話の喪失と、それに代わる暴力のまん延があります。

 第5に、最も注目した点ですが、加害者は「清掃のボランティア活動」をしており、近所の評判は良かったと言われていることです。
 加害者にとっては、路上生活者を「退かせる」ことは、「清掃」の一環であり、社会にとって良いこと必要なこと、という意識があったのではないでしょうか。「清掃」とは社会から「汚れたもの」、異物を排除することであり、そのためには実力行使も許される、そんなゆがんだ「正義感」があったのではないでしょうか。

 そして第6に、事件の背景・根源が問われることなく、ありふれた現象として社会を通り過ぎようとしていることです。

 この事件は、コロナ禍の社会を象徴的に映し出していると思えてなりません。

 コロナ禍による貧困は、女性、高齢者、単身者、さらに外国人労働者に集中的にのしかかってきます。「清潔」のために異物を排除しようとする「正義」と、コロナ感染者・医療従事者、さらに在日外国人に対する偏見・差別との間にどれほどの距離があるでしょうか。

 コロナ禍のこうした社会現象の陰で見逃されているのが、政治(政府)・行政、そして資本の責任です。

 すべての人に「健康で文化的な生活」を保障すること、感染症に対し医療体制を強化することは政治・行政の第一義的責務です。2~3週間の時短・休業補償が40~50万円では話になりません。そのために5兆円を超える軍事費をコロナ対策に回すべきです。経営が苦しい時は内部留保を吐き出して労働者を守るのが資本(企業)の社会的責任です。

 こうした責任を政治・行政・資本が「自己責任」論で放棄し、犠牲を市民とりわけ社会的弱者に押し付ける。それによって、社会の偏見・差別・暴力が助長される。これがコロナ禍で進行している日本の姿ではないでしょうか。今回の事件はその警鐘だと思えます。


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ハンセン病家族補償とコロナ禍

2020年11月26日 | コロナ禍と政治・社会

    

 ハンセン病家族の差別被害を認定した熊本地裁判決(2019年6月28日、写真左、中)を受け、家族補償法が施行されて今月22日で1年がたちました。判決は画期的で、補償法も重要な前進でした。
 ことろが施行から1年たっても、申請者が増えていません。「厚生労働省によると、施行後約1年の今月13日時点の申請受け付けは6431人、認定は5885人で(対象者の)2割強」(18日付沖縄タイムス)にとどまっています。

 なぜ申請が進まないのでしょうか。「専門家や当事者は根強い偏見差別が原因と指摘する。父親が元患者の70代女性=埼玉県=は取材に『隠してきた過去が判明する不安もあった』と申請の迷いを明かした」(同沖縄タイムス)

 母親が元患者で、家族訴訟の原告の1人だった60代の男性(沖縄県)も、「役所の認識不足」とともに「根強い偏見」を理由に挙げています(22日付同琉球新報)。申請に必要な戸籍票を取りに行くと、「何に使うのか」と聞かれ、「母がハンセン病患者でした。補償手続きに必要です」と言うと、「職員は驚いた様子で、上司と相談してやっと書類が発行された」といいます。「近所や身内に話が広まる可能性もある。原告でなければ自分も申請しなかっただろう」(同。写真右は宮古島の療養施設・南静園)

 こうした「根強い偏見差別」の上にコロナ禍が覆いかぶさり、事態をさらに深刻にしています。

 先の沖縄の男性は、「(母の)経験を語ることで差別解消につながれば―。そう信じて匿名で講演を重ねてきたが、コロナの影響で講演は相次ぎ中止に。『ハンセン病問題が忘れられてしまうのではないか』」(同琉球新報)と危惧しています。

 それだけではありません。家族訴訟弁護団共同代表の徳田靖之氏はこう指摘します。

 「家族訴訟は、日本社会から偏見差別を一掃するために不可欠な裁判でした。<中略>(家族訴訟を機に新たな歩みを)歩み始めたのに、新型コロナウイルス禍によって感染者への偏見差別の問題が起き、原告らは胸を痛めています。
 (差別の)加害者は、感染者を社会にとって危険な、迷惑な存在だと捉えている。だから排除しても構わないと。感染は自己責任であり、非難する自分は正当であると『正義』の側に身を置く。これらはハンセン病問題で見られた加害者意識と通底しています」(18日付沖縄タイムス)

 「感染は自己責任」だとして差別・攻撃する。その構図はハンセン病とコロナウイルスで共通しており、コロナ禍で増幅された偏見差別がハンセン病家族補償の申請をも阻害しているのです。

 菅義偉首相は「私が目指す社会像は『自助・共助・公助』」(10月26日の所信表明)と公言しました。こうした「自助」優先論が、「感染は自己責任」論を助長していることは明白です。
 コロナ禍は日本の政治・社会の宿痾を浮き彫りにします。「自己責任」論のまん延とそれによる偏見・差別はその1つです。

 徳田弁護士はこう続けます。
 「(コロナ禍で)偏見差別にさらされた体験から、その解消に向けた声を上げる方々が必ず出てきます。そのときに、支える人がどれくらいいるのかが問われるのです。
 ごく少数の勇気のある人が声を上げ、寄り添い、支える人が増え、共に社会を変えた。それはハンセン病問題から得るべき、大きな学びです」(同前)

 コロナ禍の今こそ、この「学び」を広げる必要があります。コロナ感染者・医療関係者への偏見をなくし、ハンセン病元患者・家族への差別を根絶し、補償申請が当たり前に行われる社会にしなければなりません。


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首里城破壊と日本軍の関係示す注目資料

2020年11月24日 | 沖縄と戦争・遺跡

    
 沖縄では22日、焼失した首里城再建の課題を議論する「首里城再興に関する公開討論会」(首里城再興研究会主催)が開かれ、熱心な議論が行われました(写真右、23日付沖縄タイムスより)。
 大きなテーマの1つは、正殿前の大龍柱の向きです(10月24日のブログ参照)。公開討論会では後田多敦神奈川大准教授が先に発表した「正面向き」を示す1887年のフランス人による写真が注目を集めました。大龍柱の向きは日本の琉球支配・皇民化政策とも無関係ではなく、今後の研究・議論の進展が注目されます。

 さらに、私たち「本土」の日本人がけっして見過ごすことができない資料があることが分かりました。それは、沖縄戦(1945年4~6月)における首里城の焼失(写真左)と日本軍(第32軍・牛島満司令官)の関係を示す重要な証言です。

 沖縄タイムスは10月下旬からの連載「首里城再建を考える」で、県内識者の論評を掲載しました。その中で、辺野古新基地建設反対の先頭に立っている平和市民連絡会の共同代表でもある建築家の真喜志好一氏が、『写真集・首里城』(1987年、那覇出版社)に掲載されている川平朝申氏(首里城復元期成会副会長―当時)の「特別寄稿」に、「興味深い記述がある」ことを紹介しました(10月22日付沖縄タイムス)。

 真喜志氏の論稿を読んで驚きましたが、このほど『写真集・首里城』(写真中)で実際に川平氏の証言を確認することができました。注目される証言は以下の通りです。

 「昭和二〇年四月一日、米軍が沖縄本島中部に上陸を開始し、破竹の勢いで南進をし、宜野湾、浦添の線まで進出して、嘉数高地の大激戦で石部隊(司令官藤岡中将)は米軍に大きな打撃をあたえましたが、米軍の補給作戦は早く、五月十七日に石嶺の線まで進出、首里那覇への総攻撃を前に、米軍総司令官バックナー中将は、沖縄守備隊第三二軍司令官牛島中将に対し「首里地区は首里城をはじめ琉球の古い重要文化財の多い地域である故に非戦闘地域にしたい、日本軍は速やかに首里を撤退されたし…」という要旨の勧告文を送りました。
 ところが心ない日本軍守備隊は、これに応えず反撃戦に出ましたので、首里は激戦場と化し、四日三晩砲爆撃の嵐にさいなまれ見る影も無く灰燼に帰しました。」 

 米軍は首里城はじめ首里地区は「琉球の古い重要文化財」が多いから「非戦闘地域」にしたい、日本軍は首里から撤退するように、と促す「勧告文」を送った。にもかかわらず、日本軍がこれを無視したため、米軍は首里に総攻撃をかけ、首里城は「灰燼に帰した」、という証言です。沖縄戦における首里城破壊が、事実上日本軍によってもたらされたものであることを示すものです。

 川平朝申氏は、敗戦翌年(1946年)から米軍統治下の沖縄民政府文化部に勤務し、「終戦直後から郷土の栄誉ある文化行政に携わることができ(た)」(前掲川平氏「特別寄稿」)人物です。その証言の信ぴょう性は高いと言えるでしょう。

 真喜志氏は、「この勧告文を見つければ、戦争が人命を奪うだけでなく歴史や文化も破壊するという事実を伝え、首里城の復元・再建が「太平洋の要石」を拒み「平和の要石」としての象徴になる」(10月22日付沖縄タイムス)と述べています。

 首里城の再興は、「沖縄県とウチナーンチュが主導すべき」(友知政樹沖縄国際大教授、23日付沖縄タイムス)課題です。同時に「本土」の私たちはこれを機に、日本が琉球を侵略・植民地支配し、天皇制(「国体」)を守るために沖縄戦で琉球(沖縄)を捨て石にして多くの人命を奪い郷土を破壊した歴史を改めて肝に銘じる必要があります。
 川平氏の証言は、その重要な歴史的事実を示すものの1つであり、今後のいっそうの究明が期待されます。

 


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「勤労感謝の日」と“無意識の天皇制”

2020年11月23日 | 天皇制と政治・社会

    
 11月23日がなぜ「勤労感謝の日」で「祝日」なのか。それを意識している人は多くないでしょう。しかし、ここには重大な問題があります。

 「勤労感謝の日」の前身は「新嘗祭(にいなめさい)」です。11月23日を「新嘗祭」という「祝日」にすることは、1873年9月14日の明治政府布告によって、他の「祝祭日」とともに決められました。それが敗戦後、「国民の祝日に関する法律(祝日法)」(1948年)によって名称を変更しました。では「新嘗祭」とは何でしょうか。

 「もともとニイナメは、収穫を神に感謝し、新米を神とともに食べ、翌年のイネのみのりを確実なものにする農耕儀礼である。古代統一国家のオオキミ(大王、天皇)は、全国土のニイナメを、みずから国の最高祭司として執行する祭司王であった。
 天皇は、年ごとの新嘗祭を行うことによって、神と交流し、その霊力を更新した。新嘗祭は…祭司王としての天皇を宗教的権威と世俗的権力の原基をなす儀式であった」(村上重良著『天皇制国家と宗教』講談社学術文庫2007年)

 「新嘗祭」は天皇が行う中心的宗教(神道)儀式です。そのため「政教分離」を原則とする新憲法の下では名前を変えざるを得ませんでした。では名前の変更とともに、「新嘗祭」は過去のものとなったのでしょうか。

 そうではありません。「新嘗祭」は現在も宮中祭祀の重要な儀式、天皇が1人で行う秘儀として執行されています。通常それは天皇家の私事として内廷費によって行われています(内廷費ももちろん税金で問題です)。

 ところが、天皇が代替わりした年の「新嘗祭」は「大嘗祭(だいじょうさい)」と称され、新憲法の下で過去2回(1990年、2019年)行われましたが、自民党政権はこれをいずれも「国事行為」として公費を支出しました。これは国家の宗教活動を禁じた憲法20条に反する明白な憲法違反です。

 公金の支出だけではありません。「大嘗祭」の中心儀式である「大嘗宮の儀」には、首相はじめ「三権の長」や国会議員らが参列し、天皇の秘儀が終わるのを宮殿外で待ちます(写真右は昨年11月15日の安倍首相ら)。これは「政教分離」とともに「主権在民」の憲法原則に反します。

 たしかに新憲法によって天皇には「世俗的権力」はなくなりました。しかし、宗教的・社会的「権威」は憲法違反を伴いながら維持され、国家権力の支配機構に位置づけられています。それを象徴するのが「大嘗祭」であり、その基盤は毎年の「新嘗祭」です。国はそれを法律によって「祝日」にしているのです。

 「勤労感謝の日」で天皇制を意識する人は多くないでしょう。しかし、「祝日法」が定めている16の日本の「祝日」のほとんどは天皇と深く関わっています。そして同法はその「祝日」の意義を、「美しい風習を育て(る)」(第1条)ためだと規定しています。この「美しい風習」が天皇制を含意していることは明らかです。
 「国民」が意識するかどうかは別に、「勤労感謝の日」をはじめ日本の「祝日」は、天皇制の温存・普及を図る国家が法律で制定しているものなのです。

 その法律(「祝日法」)が新憲法施行の翌年に制定されたことは、天皇の戦争責任を棚上げし、「戦前」と「戦後」を連続させる日本国家の皇国史観を象徴的に示しています。

 「祝日」の意味、国家の意図は知らなくても、「国民」は休日を喜び、その日に「日の丸」を掲げる家や会社も少なくありません。それは“無意識の天皇制”であり、日本の身分社会・差別構造の底流になっていることを銘記する必要があります。


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日曜日記124・「ウリハッキョ」に込められたもの

2020年11月22日 | 日記・エッセイ・コラム

   朝鮮学校が高校無償化制度から排除されている差別政策を卒業生らが訴えた裁判の広島高裁判決(10月16日)。そのルポが月刊「イオ」最新(12月)号の中村一成(イルソン)氏の連載にある。

 私は裁判所前の判決報告、弁護士会館での報告集会、広島朝鮮学園での報告集会に参加し、不当判決への怒りを新たにすると同時に、正直なところ、無力感にさいなまれた(10月17日のブログ)。

 しかし、長年この問題はじめ在日差別問題に一貫して取り組んでいる中村氏の視点は、違っていた。決して敗北ではなかった。物語は3年前の広島地裁判決(2017年7月19日)から始まる。以下、中村氏の記事から。

< 広島地裁の訴訟指揮は全国最悪だった。尋問は全員不採用。声も聞かず訴えを棄却した。両脇を支えられて退廷し、廊下で「絶対に諦めないから」と絶叫しているオモニ…。思い出しても震えがくる。

 そこからだった。広島の生徒らは毎月19日、まるで月命日のように街頭に立った。絡んでくる者や罵倒してくる者、そして圧倒的な無関心のなか、彼彼女らは差別の不当と「当たり前」の実現を訴えた。公正な裁判を求める要請葉書や署名活動にも取り組み、平和公園の周りをパレードした。

 その声は、高裁では異例の九回の弁論、原告と学校長に加え、全国で唯一となる原告保護者の証人尋問を勝ち取った。

 法廷に立ったのが元オモニ会会長、朴陽子さんだった。

 子どもから無償化裁判の原告になると告げられた時の不安と、「私もウリハッキョを守る」という子の決意を誇らしく思ったことなどを、時に涙して証言した。
 そして、子どもの民族性を育む場であり、自分たちの拠り所、卒業生にとっては故郷である朝鮮学校の意義をこう語った。

 「偏見や民族差別があるなか、私たちが自分のルーツに誇りを持ってしっかり生きて行くためには自国を知り、文化を学び、歌や風習を習う必要があります。その場が朝鮮学校です。私たちは朝鮮学校のことをウリハッキョといいます。それで一生懸命、必死で、時には命をかけて守ってきました」

 彼女は最後、裁判官にこう訴えた。

 「私たちはいまだに民族差別を受けています。差別を受け続けると人は自信を無くし、生きて行く意欲がなくなってきます。国を奪われ、祖先が日本に来て、どうして民族教育を始めたのか。70年を超える歳月、どうやって私たちがウリハッキョを守って来たのか、その歳月を想像してください。

 私たちの声に耳を傾け、本当の姿を見ようとしてください。私たちは、私たちの子どもたちが朝鮮人として誇りを持って、尊厳を守り、日本の社会で、日本の友人たちと共に立派に生き、幸せになってくれることを望んでいるだけです」 >

 朴陽子さんは高裁判決の日も、たたかいの先頭に立っていた(写真中央。中村氏の記事より)。

 「ウリハッキョ」という言葉を初めて聞いたのは3年前だった。「私たちは朝鮮学校のことをウリハッキョと言います」と教えられたとき、「ウリ」が「我々の」で「ハッキョ」が「学校」、だから「ウリハッキョ」か、としか捉えられなかった。

 しかし、そうではなかった。「ウリハッキョ」という言葉には、在日の人々が朝鮮学校を「ウリハッキョ」と呼ぶことには、朝鮮民族の苦難の歴史(日本の侵略・植民地支配の歴史)、民族の誇り、不屈の志、そして同胞・子どもたちへの深い愛がこめられている。そのことがようやく分かりかけてきた気がする。


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コロナ感染拡大と日本学術会議攻撃問題

2020年11月21日 | コロナ禍と政治・社会

    

 新型コロナ感染者が連日「過去最多」を更新し、深刻な状況が広がっています。予想された事態です。一方、政権による日本学術会議攻撃は、「任命拒否」の理由さえいまだに明らかにされていません。現在の日本の政治・社会におけるこの2つの重大問題は、底流でつながっているのではないでしょうか。

 コロナ禍をめぐって前面に出ている(メディアが大きく報じる)のは、菅政権や小池都政の動向、つまり政治(家)の見解・判断・政策です。専門家の声が聞こえてきません。「専門家」といえば政府お抱え「分科会」の尾身茂会長、そしてたまに中川俊男日医会長くらいです。

 重大なコロナ禍で、現場の医療関係者、学者・研究者など文字通り専門家の多様な声・見解は十分発せられているのでしょうか。そうした声を聞こうとする姿勢が政治・社会の側にあるのでしょうか。

 こういう懸念をもつのは、以前(コロナ第2波当時)、政府の「分科会」の複数の委員からこんな告発があったからです。
 「政府の方針と分科会の結論があらかじめ擦り合わされており、政策決定に至るプロセスがブラックボックスだ」「先に政府が発表した方針を覆すのは、あってもいいと思うが、自分が全部リスクをとって発言するところまでいかなかった」(写真中、7月31日NHKニュース9。8月4日のブログ参照https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20200804

 ここに表れているのは、政権による「専門家」の囲い込みと、それに迎合する一部「専門家」、そうした状況下で自由に発言できない良心的専門家の萎縮した姿です。
 そしてこれこそ、学術会議攻撃によって政権(国家権力)が目論んでいる構図ではないでしょうか。

 学術会議問題は「知識の多様性を奪う行為だ」として、飯田香穂里・総合研究大学院准教授はこう警鐘を鳴らしています。

 「研究活動で目に見えない萎縮が起こると、長期的には社会に大きな負の影響を及ぼす。私たちは…「知らないこと」に関しては、一体何を知らないのかすら分からない。政治的圧力により、ある方向の研究が敬遠されれば、「知らないこと」が政治的に形作られることになる。それは私たち一人一人にとって、非常に危険なことである」(17日付中国新聞「識者評論」=共同配信)

 これは「研究活動」だけにあてはまる話ではありません。「知らないこと」だらけのコロナ禍では、専門家・研究者の多様な意見の自由な発表こそ必要なのではないでしょうか。それが現在の日本で保障されているとはいえません。そのことと政権による学術会議攻撃はまさに通底しているのではないでしょうか。

 飯田氏はさらにこう続けます。
 「「知っていること」と「知らないこと」の地図があるとすれば、私たちはこれからその地図をどのように埋めていきたいのだろうか。知の地図が権力によって一方的に塗り替えられた後では、そのような問い掛けすらできなくなることは歴史を見れば明らかである」(同)

 コロナ禍は日本の政治・社会の宿痾を浮き彫りにします。権力による学問・研究の支配もその1つです。期せずして時期を同じくして表面化した学術会議攻撃問題は、その意味からも絶対にうやむやにすることはできません。

 

 


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アスリート抜きの政治支配浮き彫りにしたIOC会長来日

2020年11月19日 | 五輪と政治・社会・メディア

    
 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が15日来日し18日帰国しました。コロナ禍であくまでも東京五輪を強行しようとするデモンストレーションでしたが、具体的な対策、見通しは何も示すことができず、開催の困難さをかえって示したと言えます。

 同時に、今回の同会長の来日は、五輪が抱える根本的問題を浮き彫りにしました。それは、重要問題をオリ・パラの主役であるアスリートを排除して政治家が決め強行しようとする五輪の政治支配体質です。

 バッハ氏は菅義偉首相、小池百合子東京都知事、森喜朗大会組織委会長と相次いで会談しました。なぜ日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長と会談しなかったのでしょうか(内内には知りませんが報道されるような会談はありませんでした)。

 JOCは、「オリンピックムーブメントを力強く推進する」とともに「アスリートの育成・強化」を「使命・役割」(JOCのHPより)とする団体です。いわば五輪におけるアスリートの代表です。そのJOCを度外視して開催計画を進める。「アスリートファースト」とはまるで逆のことをIOC、そして日本政府・大会組織委はやっているのです。

 それは今回だけではありません。東京五輪の「延期」は3月24日にバッハ会長と安倍首相(当時)、小池都知事、森会長らが電話会談で決めたものですが、この場にも山下会長の姿はありませんでした(写真中)。

 このことについては、JOC・アスリートの中からも疑問・批判が出ています。JOC理事で88年ソウル五輪女子柔道の銅メダリスト・山口香筑波大教授はこう指摘しています。

 「三月下旬、IOCのトーマス・バッハ会長と安倍首相の電話会談で東京五輪の延期が決まったが、その席に残念ながらスポーツ関係者はいなかった。(中略)
 あの時(1980年にやはりアスリート抜きでモスクワ五輪のボイコットが決められた時―引用者)、涙を流した山下氏は今、JOC会長として、アスリートへ説明する側の立場になっていることは皮肉な巡り合わせだ。自分が出席できなかった会議で出された決定をアスリートたちにどのように説明するつもりだったのだろうか。
 政治に支配される五輪の構図は今も変わっていない」(山口香氏「スポーツ、五輪は、どう変わるのか」。村上陽一郎編『コロナ後の世界を生きる』岩波新書2020年7月所収)

 開催強行か中止か、開催するなら感染予防はどうするのか―まさにアスリートに直結する問題で、肝心のアスリートたちの声を尊重すべきは当然です。例えば、バッハ氏や森氏が絶賛した国際体操大会(8日)に出場したロシアの金メダリスト・ナゴルニ選手は、連日のPCR検査の辛さやトレーニング問題などをあげ、「(東京五輪を)やるなら選手の環境をもっと改善して欲しい」と訴えていました(17日のNHKクローズアップ現代+、写真右)。

 こうしたアスリートの声を聞かず、アスリート抜きであくまでも開催を強行しようとすることは、3月の「延期決定」に続いて、「政治に支配される五輪の構図」を改めて浮き彫りにするものです。

 山口氏はさらに、五輪の今後についてこう述べています。
 「100年以上の歴史を持つ近代五輪だが、この先の100年を考えると持続可能な大会だろうか。(中略)あげればきりがないほどの疑問がある。いずれの答えもアスリートファーストの観点ではないことは明白である。
 真の問いは、マネーファーストとも言われる五輪の本質に気がつきながらも続けていく価値があるのかどうかということだろう。各競技は世界選手権やW杯を開催しており、五輪がなければならない価値はなんであるかを説明できねばならない」(同前)

 アスリート抜きの政治支配、金権・商業主義という腐敗体質が露呈している五輪。そんな五輪を続ける必要があるのか。問われているのはその根本問題であり、コロナ禍はそれを問い直す絶好の機会ではないでしょうか。


 


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「NHKらしくない」森喜朗五輪会長が記者会見で圧力

2020年11月17日 | 五輪と政治・社会・メディア

    
 来日中のIOC(国際オリンピック委員会)バッハ会長と森喜朗大会組織委会長が16日午後5時半から約1時間記者会見しました(写真左、中)。その内容は、無謀な東京オリ・パラをあくまでも強行するというもので、目新しいことはありませんでしたが、終わり近くで、森氏と記者の間で見過ごせないやりとりがありました。以下はユーチューブの中継からです。

 質問したのはNHK記者。NHKの調査では、今年契約が切れる五輪スポンサーの多くが契約更新の意向を示していないが、これで大丈夫なのか、という質問です。それに対し、森氏はこう答えました。

 「NHKらしくない設問(調査)をしたものだ。回答は会社の一部の者の個人的意見だ。コロナ禍で経営が苦しい時に、(五輪の)スポンサーをどうするかと聞けば、難しいと答えるにきまっている。今の時点でスポンサー契約が企業にとってプラスかどうかを聞くなどどうかしている。この時期にそういう設問をするのはNHKらしくない

 NHKは先月、五輪のスポンサー契約を結んでいる国内企業約60社に契約更新の意向をアンケート調査し、その結果を今月14日に報じました。
 それによると、「スポンサー契約を延長するか」の設問に対し、「延長する」が30%(16社)に対し、「決めていない」が61%(33社)でした(写真右)。また、「期待していたメリットは得られそうか」の設問には、「得られる」が22%(12社)、「得られない」が9%(5社)、「わからない」が65%(35社)でした。

 NHK記者の質問はこの結果を踏まえたもので、この報道を見ていたと思われる森氏の答弁が前記のものです。この森発言は重大な問題をいくつもはらんでいます。

 第1に、NHKの調査結果は東京五輪強行が困難なことを示す重要なものです。ところが森氏はその結果についてまともに答えていません。五輪開催にとって厳しい現実にはフタをしようとする森氏、組織委員会の姿勢が端的に表れています。

 第2に、「NHKらしくない」とはどういう意味でしょうか。それは、NHKは東京五輪開催を後押しするもの、開催に不都合な報道はしないもの、さらに言えば、NHKは時の政権に都合の悪い報道はしないもの、という森氏の“確信”ではないでしょうか。だからあんな結果を出す調査・報道は「NHKらしくない」と。安倍政権、菅政権の後ろ盾になって五輪強行の先頭に立っている森氏のこの発言は、NHKと政権の関係をはしなくも露呈したものといえるでしょう。

 第3に、記者会見におけるこの発言は、NHKに対するけん制にとどまらず、メディア全体に対する権力の圧力に他ならないことです。「NHKらしくない」を繰り返して質問した記者をにらみつけた森氏の言動には、“俺たちに歯向かうような質問、報道はするな”という権力の横暴がにじんでおり、それは当然現場の記者たちにも伝わったでしょう。これは記者会見と言う公の場における報道圧力、報道の自由に対する敵対にほかなりません。

 こうした森氏の報道圧力が、日本学術会議問題で露呈した政権による「学問の自由」の侵害と通底していることは言うまでもありません。

 森氏が先頭に立って旗を振っている東京オリ・パラ開催は、こうした国家権力の横暴と表裏一体です。その意味からも開催の強行は絶対に容認できません。


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