アリの一言 

オキナワ、天皇制、朝鮮半島の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

焦点はアメリカの「朝鮮戦争終戦宣言」実行

2018年09月20日 | 朝鮮と日本

     

 「戦争のない朝鮮半島が始まりました。南と北はきょう、朝鮮半島全域から戦争を引き起こす恐れのあるすべてのリスクをなくすことに合意しました」(中継の同時通訳)

  「9月平壌共同宣言」(19日)署名後の共同記者会見での韓国・文在寅大統領の言葉に、胸が熱くなりました。4月27日の「板門店宣言」に続く歴史的宣言です。

  そのころ日本では、安倍晋三首相が自民党総裁選で石破茂氏をこき下ろす”内ゲバ“に熱中していました。もちろん安倍氏に期待するものは爪のアカほどもありませんが、あまりにも対照的な、戯画的な光景と言わねばなりません。

  安倍氏だけではありません。日本のメディアは総裁選報道に明け暮れる一方、南北首脳会談については終始、「最大の焦点は北朝鮮の非核化」だと言い続け、「平壌宣言」に対しても「これではアメリカは応じられないだろう」などと傍観者的評論に終始しています。これが日本の現実です。

  「焦点は北朝鮮の非核化」という見方・言説は根本的に間違っています。焦点は「アメリカの朝鮮戦争終戦宣言の実行・約束履行」です。

  「約束履行」という意味は、それが6月12日の朝米首脳会談の合意だったということです。

 「シンガポール共同声明」は、「トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束」と明記しています。さらにトランプ氏は会談後の記者会見で、「朝鮮戦争は間もなく終結するとの期待を持っている」(6月13日付共同配信)と言明しました。

  ハンギョレ新聞によれば、トランプ氏は金正恩委員長との会談で、「終戦宣言にすぐ署名すると約束した」と米メディアは報じています。

 <米国のインターネットメディア『VOX』は(8月―引用者)29日(現地時間)、関連事情に詳しい2人の消息筋の話を引用して「シンガポール首脳会談でトランプ大統領が金委員長に『会談を終えてすぐに平和宣言に署名する』と約束した」と報道した。
 …ある関係者は、同メディアに「トランプ大統領が平和宣言を約束し、ゴールポストを動かして、それを条件付きのようにしたならば、米国が約束を破ったと見られるだろう」とし、「北朝鮮がなぜ怒るのか理解できる」と語った>(8月30日付ハンギョレ新聞電子版)

  今回の南北首脳会談で、「アメリカが米韓共同声明にもとづき相応の措置をとるなら」朝鮮は核施設を廃棄するとした「相応の措置」とは、この「終戦宣言署名」に他ならないでしょう。

  そもそも朝鮮半島の今日の核・軍事化は、アメリカが朝鮮戦争の「休戦協定(13節d項違反)」(1953年7月27日)に違反して韓国と軍事同盟を結び、核を持ち込み、合同軍事演習を続けていることに原因があります。朝鮮の核がそれに対する対抗措置であることは、朝鮮政府が再三言明しているところです。

 その朝鮮半島を「非核化」しようとすれば、まず原因を除去すること、すなわち、アメリカの核・軍事行動の根源である朝鮮戦争を文字通り終結させることが先決であることは自明ではないでしょうか。
 それなしに朝鮮に「非核化」を迫ることは、核超大国と戦争をしている小国の方に一方的に”武装解除“を迫るに等しいことです。

 朝米首脳会談「シンガポール共同声明」の内容・経過からして、また朝鮮戦争の歴史的経過からして、さらにものごとの道理からしても、まず朝鮮戦争を終結させること、すなわちアメリカが「終戦宣言」に署名すると約束したことを履行することです。これこそが朝鮮半島の平和にとっての現在の焦点です。

 朝鮮半島の分断はもともと帝国日本の朝鮮侵略・植民地化が根源です。日本は朝鮮戦争にもアメリカに従属して直接・間接にかかわってきました。そればかりか、朝鮮人民の血を吸うように、「朝鮮戦争特需」でぼろもうけし今日の「経済発展」の基礎を築いてきました。

 日本は朝鮮半島の分断・軍事化の当事者、加害者です。傍観者的態度は許されません。朝鮮戦争を1日も早く終結させるために、「トランプ大統領は直ちに終戦宣言に署名せよ」の声をあげていかねばなりません。

 


「自衛隊配備・強化」を沖縄知事選の重大争点に

2018年09月18日 | 沖縄・米軍・自衛隊

      

 「多国籍軍に陸自派遣」(沖縄タイムス)、「多国籍軍に陸自派遣検討」(中国新聞)―17日付の地方紙はこの共同配信記事を1面で大きく報じました。

  エジプトで活動中の「多国籍軍・監視団」(MFO)に陸自隊員を派遣し、将来的には部隊としての派遣も視野に入れているというものです。
 MFOは国連が組織したものではありません。「国連が統括しない(多国籍軍への派遣は)初のケース」(同記事)であり、「国連が統括しない活動は戦争中、あるいは戦争後の軍事支援として利用される危険性が常にある」(同)ものです。

  一方、同じ17日付の朝日新聞は1面トップで、「海自潜水艦 南シナ海訓練」というスクープ記事を掲載しました。

  「防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海へ極秘派遣し…13日に対潜水艦戦を想定した訓練を実施した」というもので、「海自の対潜戦訓練は通常、日本の周辺で行われており、中国が軍事拠点化を進める南シナ海に潜水艦を派遣して実施したのは初めて」(同朝日新聞)です。

  陸自も海自も、これまで行ってこなかった新たな行動へ競って踏み出した、踏み出そうとしているかのようです。それが同じ日に報じられたことは偶然かもしれませんが、戦争法制定後の自衛隊のこうした動向はけっして偶然ではありません。

  それは自民党総裁選で、安倍首相が自衛隊の存在を憲法に明記するとし、石破氏が「戦力不保持」の規定を削除するとして、いずれも9条を改訂して自衛隊を名実ともに「軍隊」として公認しようとしている(その点で2人の主張には、当然ながら、なんの違いもありません)こととも無関係ではありません。

 「自衛隊」は現下の日本政治の大きな(最大と言っても過言ではない)焦点です。

 安倍政権が宮古、石垣、与那国などの先島諸島への陸自ミサイル基地、本島への空自新基地創設を目論んでいることも、こうした自衛隊の軍事行動拡大の一環、その典型的な動きであることは言うまでもありません。

  そんな中で行われている沖縄県知事選。「自衛隊配備問題」は当然選挙の大きな争点となるはずだし、なるべきです。ところが、実際はそうはなっていません。

  安倍政権が全面支援する佐喜真淳候補だけでなく、「オール沖縄」の玉城デニー候補も「自衛隊配備」問題に触れようとしていません。両者の「告示第一声」(13日)には「自衛隊」は一言もありませんでした(県紙の報道の限り)。

  候補者だけではありません。告示日の13日付で琉球新報(「沖縄の針路が決まる」)、沖縄タイムス(「沖縄の未来、政策で競え」)、そして日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(「『新基地ノー』の声を総結集し」)はいずれも「知事選告示」の社説・主張を掲載しましたが、そのどれにも「自衛隊」は一言も出てきません。

  「辺野古新基地」が知事選の「最大争点」(14日付「赤旗」)といいますが、、実際には「最大」ではなく「唯一」の争点になっているのではないでしょうか(共産党のいう「一点共闘」)。
 「辺野古」の陰に隠れて「自衛隊配備」が争点化していないことは極めて問題です。

 そもそも「辺野古」と「自衛隊配備」は別の問題ではありません。それは日米安保条約=軍事同盟の深化という共通の根を持つ毒草です。しかも、米軍と自衛隊の一体化の進行により、先島諸島の自衛隊基地を米軍が使い、仮に辺野古に新基地ができれば自衛隊もそれを使う可能性はきわめて大です。米軍と自衛隊はまさに一体の軍隊であり、基地も共通の基地です。

 「辺野古新基地阻止」は、「自衛隊配備・強化反対」と結合してたたかわれるべきです。

 「辺野古新基地」も「自衛隊配備」も容認・推進の佐喜真氏が平和・民主主義に反していることは言うまでもありませんが、「辺野古新基地阻止」を掲げる玉城氏が「自衛隊配備」を容認していることは矛盾と言わねばなりません。

 「南西諸島への自衛隊配備の是非では…玉城氏は『自衛隊の活動は評価する』とした上で『住民生活への影響を巡ってさまざまな意見がある。住民の合意を図りながら進めるべきで、分断を持ち込む強行配備は認められない』と指摘した」(17日付琉球新報)

 自衛隊が米軍と一体化して憲法違反の危険性を強めているさ中に行われる沖縄知事選で、「自衛隊配備・強化」に反対している候補が1人もいないということは、きわめて重大で憂慮すべき現実です。

 そんな中でいま出来ること、必要なことは、「辺野古新基地阻止」で玉城氏を支援している個人・団体が、玉城氏に「自衛隊配備反対」を明確に公約にするよう求めることではないでしょうか。


宮古島「アリランの碑」と「『慰安婦』問題のアジア性」

2018年09月17日 | 日本軍「慰安婦」・性奴隷問題

     

 5年前の6月、初めて宮古島を訪れ、「アリランの碑」へ向かいました。碑は素朴な岩の塊でした(写真左)。その裏にこう刻字されていました。

 「アジア・太平洋戦争当時この近くに日本軍の慰安所があった朝鮮から連れてこられた女性たちがツガガー(井戸)にて洗濯の帰りにここに休んでいたことを記憶している。悲惨な戦争を二度と起こさないため世界の平和共存の想いをこめ、この碑を後世に伝えたい。  2008年9月7日 与那覇博敏

 碑の横には、日韓の学者らの調査団が建てた「女たちへ」と題する碑文があります(写真中)。それは日本語のほか、インドネシア・マレーシア、オーストラリア、オランダ、韓国・朝鮮、グアム、タイ、中国・台湾、ビルマ、東チモール、フィリピン、ベトナムの12の言葉で書かれています。「慰安婦」にされた女性たちの故郷です。

 「碑」に見入っていると、一人の高齢男性が掃除道具を持って現れました。1日1回碑の周りを掃除するのだそうです。その人こそ与那覇博敏さんその人でした(写真右)。与那覇さんは炎天下、初対面の「観光客」である私にも、当時の記憶を丁寧に話してくださいました。ほんとうに頭が下がるおもいでした。

  その「アリランの碑」建立から10年を記念して、今月8日(那覇市)と9日(宮古島)、「『慰安婦』問題を問い直す9・8シンポジウム」(主催・日本軍「慰安婦」問題を考える宮古の会など)が行われました。
 詳報が14日付の沖縄タイムスに載ったほか、シンポに先立って沖縄タイムスと琉球新報がそれぞれ3回にわたってシンポ参加者の論考を掲載しました。
 それらはいずれも「『慰安婦』問題を問い直す」ヒントを与えてくれる重要な指摘でした。なかでも私にとって刺激的だったのが、「『慰安婦』問題のアジア性」という視点です。

 宮古島のシンポでソウル大学の梁鉉娥(ヤン・ヒョンア)さんは、「『アリランの碑』は、過去と現在、地域とアジアを結ぶ象徴」(14日付沖縄タイムス)だと指摘しました。沖縄タイムス(5日付)に掲載された論考で梁さんは「アジア性」の意味を4点にわたって述べています。

 ①    体系的強姦[所]としての日本軍「慰安所」はアジア諸国と太平洋諸島など広範囲にわたっていた。「慰安婦」問題は1つの国や地域の問題ではなく、アジアの集合的な苦痛の体験を具体化したきっかけと言える。

 ②    人権蹂躙行為である「慰安婦」強姦は、現在でも不処罰の犯罪として残っている。東京裁判でも、日本がアジア諸国と結んだ両国間条約でも、まともに扱われなかった。西欧を中心とした東京裁判は、アジア人間の差別や暴力、犯罪については詳しく調べなかった。「慰安婦」問題の不処罰と傍観においても、アジア性が溶け込んでいる。

 ③    「慰安婦」問題の浮上はアジアの「下からの」市民の連帯に基づいている。何よりも韓国人サバイバーたちの勇気ある証言が、活発な社会運動と研究を触発した。この動きは2000年に東京で開催された「日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷」に集大成された。

 ④    「慰安婦」問題は家父長制社会としてのアジアを告発している。多くの(アジア)社会では「慰安婦」問題について沈黙し、被害者たちは厳しい人生を生きてきた。

  日本の政府・国民、アメリカはじめ連合国が天皇裕仁(昭和天皇)の戦争責任を隠ぺい・不問にしたのに対し、「2000年女性国際戦犯法廷」は「最高責任者」として裕仁に有罪判決を下しました。そのことの意味・意義をあらためて確認する必要があるのではないでしょうか。

  シンポを主催した「宮古の会」代表の上里清美さんは論考」(4日付沖縄タイムス)でこう述べています。

  「『慰安婦』の祈念碑から見える野原岳は、戦時中は日本軍司令部が置かれ、戦後は米軍基地となり、復帰後は自衛隊基地に置き換えられた(写真左の奥)。
 …新たな陸自ミサイル基地ができると、島は攻撃の対象となり基地ある限り軍隊と共に生きる島になっていく
 野原の祈念碑前で、軍隊の『性奴隷』とされた『慰安婦』の魂(恨)が、『二度と悲劇を繰り返すな! 宮古島の軍事化を許すな』と叫ぶ声が私には聞こえる
 …軍隊を持たない平和な国とならない限り『慰安婦』たちの恨が消えることはないであろう」 

 宮古、石垣、与那国、本島への自衛隊配備・強化を阻止するたたかいもまた、「『慰安婦』問題のアジア性」と深く結びついています。




日曜日記20・天皇「広島訪問中止」の怪・「自民党総裁選報道」の愚

2018年09月16日 | 日記・エッセイ・コラム

☆天皇の「広島訪問中止」の怪

 13日、天皇・皇后は豪雨災害被災地の広島・岡山を訪れる予定だったが、「天候不順」で14日に延期した。しかし14日も「天候」が悪く、結局、岡山にだけ行き広島は中止になった(20日の愛媛訪問と合わせることを検討)。

 岡山(倉敷)には行けて広島(呉)に行けないのはなぜなのか。当日の天候は岡山と広島でそんなに違いはなかった。というより、広島自体の天候がそれほど悪いとも思えなかった(福山の実感)。

 広島訪問を中止した理由は、報道によれば、「悪天候で自衛隊ヘリの運航が困難」だからという。だが、14日のニュース映像を見ると、天皇・皇后は岡山空港までは専用機で行き、そこから民間(自衛隊以外)のヘリで倉敷まで行っている。民間のヘリが飛ぶのに自衛隊ヘリは飛べないのか?

 疑問は消えないが、明確なことは、政府(安倍政権)は天皇・皇后の「被災地訪問」にあくまでも自衛隊ヘリを使わせようとしていることだ。そのためには天皇の日程をも変更させたという事実だ。

☆「自民党総裁選報道」の愚

  自民党総裁選を大きく取り上げるメディアの報道がいかに罪深いかは、すでに書いたが(8月5日のブログ参照)、その愚はますます深まるばかりだ。

  14日、日本記者クラブは安倍と石破の「討論会」を開催した。NHKはそれを生中継した。報道ステーションでも詳しく報じた。朝日新聞は社説で自民党総裁選を「事実上の首相選び」(15日付)と称した。

  「事実上の」と付けようと、自民党総裁選を首相選びとみなすのは根本的に誤っている。総裁選はあくまでも自民党の党内行事であり党内ポスト争いにすぎない。その候補らに政策上の基本的相違があるわけがない。まして安倍と石破だ。どちらタチが悪いかの競い合いはあっても、「政策」や「思想信条」に違いがあるわけがない。

  事実、憲法改定についても、安倍が自衛隊を明記すべきだと言うのに対し、石破は「9条2項」を変えて交戦権を明記するのが先だという。憲法9条改悪を競い合っているだけだ。

  こんな総裁選をまるで政治の重大事項であるかのように報じるのは、自民党の宣伝に手を貸すだけだ。それを「事実上の首相選び」とみなすのは、自民党の政権担当を固定化し、本来の政策論争による政権交代(自民党政治の終焉)を視野の外に遠ざけることにほかならない。

  自民党が「総裁選報道」に注文を付けたことはもちろん言語道断だが、その前に、メディアや「市民」は、自民党のプロパガンダに利用されている(自ら同調している)「総裁選報道」のあり方、受け取り方を根本的に見直すべきだ。

 ☆枝野立民党代表のあきれた初訪米

  その安倍政権と「対決」するはずの野党第1党・立憲民主党の枝野幸男代表が15日、代表としての初訪米から帰国して記者会見した。そこでこう述べた。

  「日米安全保障条約に基づく同盟関係を深めていきたいという明確な立場を、今回も繰り返し申し上げ、想像していた以上に伝えることができた」

  さらに辺野古新基地についてこう述べた。

 「日米同盟を中長期的に安定させるため、これ以上県民の多くの人たちの意思に反することを強引に進めるのはマイナスだ

 党首としての初訪米で日米安保条約を礼賛し、その深化を表明するとは、歴代自民党首相が就任後に行うアメリカ詣でとまるで同じだ。野党第1党の党首がこれだから、自民党総裁選が「事実上の首相選び」とみなされるのだ。

 辺野古新基地に「反対」するのも日米同盟の中長期安定」のため。「基地のない沖縄」とは根本的に相いれない。この「反対理由」は翁長前知事とまったく同じである。

 日米安保条約が憲法9条に反し、沖縄・日本と東アジアの平和に逆行する軍事同盟であることは言うまでもない。米軍と自衛隊の一体化によってその危険性はますます深まっている。

 その日米安保条約の維持・深化を野党第1党党首がアメリカに公約し、日本共産党もその廃棄を前面に掲げなくなった。ここに日本の根源的病巣がある。


玉城氏が明確にすべき2つの重要政策

2018年09月15日 | 沖縄・選挙

    

 沖縄県知事選が告示されました(30日投開票)。
 安倍政権が県政奪還を狙って全面的に支援している佐喜真淳氏を知事にするわけにいかないことは言うまでもありません。
 同時に、だからといって玉城デニー氏の政策・公約がどうでもいいということでないのもまた当然です。「反(非)自民」なら政策は問わないということが重大な誤りであることは、国政レベルの「民主党政権」で実証ずみです。

 佐喜真氏が「辺野古新基地」で態度を明確にしないのは、予想通りの姑息な戦術ですが、玉城氏の政策・公約にも明確にしなければならないことが、少なくとも2つあります。本当に安倍政治に対抗する政治潮流を形成するために、あいまいにすることはできません。

  第1に、玉城氏が9月10日発表した選挙政策(「誇りある豊かな沖縄。新時代沖縄」)の「主要政策」の1つとして明記している「基地のない沖縄をめざします」です。

 「基地のない沖縄」とは文字通りの意味は沖縄からすべての基地をなくするということ、すなわち全基地撤去です。ところがその「基地のない沖縄」とは、「21世紀ビジョンがめざす『基地のない沖縄』」だといいます。

 「21世紀ビジョン」は2012年5月に仲井真弘多知事時代に作成され、17年5月翁長雄志知事時代に改訂されましたが、ここには「基地のない沖縄」は明記されていません。それどころか、「米軍基地問題」の「解決への道筋」ではこう言っています。
 「我が国の外交や安全保障に関する国民的な議論を深めるためには、日米の国防・安全保障政策や、国際情勢等を踏まえ、沖縄の過重な基地負担の軽減に向けた効果的な方策等について研究・検討し、県としての考え方を取りまとめ、問題提起をしていく必要があります」

 「日米の国防・安全保障政策…を踏まえ」るとは、日米両政府の同盟政策、すなわち日米安保体制=軍事同盟政策を踏襲するということです。明確な安保肯定の立場です。仲井真氏や翁長氏が作成・改訂したのですから当然でしょう。

 玉城氏はほかのところでも「21世紀ビジョンの理念を実行する」(13日付琉球新報)と公約しています。ということは日米安保体制肯定の立場に立つということです。

 玉城氏はまた、新聞に掲載された「主張」で、「日米安保に対する見解」としてこう述べています。
 「現在の日米安保は非常に偏っている同盟関係。地位協定の抜本的な改定を含め、国がアメリカに解決の姿勢を示すよう求める」(13日付琉球新報)

 これは同盟関係の「偏り」を是正すべきだという主張であり、基本的に日米安保=軍事同盟肯定論です。その点で「21世紀ビジョン」と同じ(翁長氏も同じ)です。玉城氏が日米安保肯定の立場であることは疑いようがありません。

 沖縄をはじめ日本に米軍基地があるのは言うまでもなく日米安保条約があるからです。その安保条約を肯定しながら、どうして「基地のない沖縄」=全基地撤去をめざせるのでしょうか。
 「基地のない沖縄」と日米安保=軍事同盟肯定は二律背反です。安保条約を肯定しながら「基地のない沖縄」を公約するのは羊頭狗肉と言わざるをえません。
 玉城氏はこの点を明確に説明すべきです。

 第2に、自衛隊配備問題です。

 玉城氏の「選挙政策」にはこうあります。「緊急患者空輸や災害救助などの活動を評価する一方で、住民合意もなく、地域に分断を持ち込むような自衛隊強行配備を認めません

 自衛隊の「災害救助」を「評価する」とあえて「政策」に明記するのは、安倍首相の思うつぼですが(13日のブログ参照)、それはここでは置くとして、安倍政権が強行しようとしている自衛隊配備に対しては、石垣でも宮古でも与那国でも住民が強く反対しており、もちろん「住民合意」などありません。したがってこの政策通りなら、当然「自衛隊配備は認めない」と断言すべきです。

 ところが玉城氏は、新聞に掲載された「主要政策」の中で、「自衛隊配備」についてこう述べています。
 「住民合意もなく、地域に分断を持ち込むような自衛隊配備は認められない。自衛隊の先島配備を巡っては、わが国の安全保障や地域の振興、住民生活への影響についてさまざまな意見がある地元に十分な説明を尽くし、住民生活の安全・安心に配慮することは国の最低限の責務である」(13日付沖縄タイムス)

 「認められない」と言いながら、国に「十分な説明を尽く」せという。これでは「十分な説明」を行えば配備は容認すると解釈できます。「(自衛隊)配備は欠かせない」と言い切る佐喜真氏でさえ口では「地元の理解を十分に得た上で進めていくべき」(13日付沖縄タイムス)だと言っているのですから、この点で両者に基本的な違いはないことになります。

 玉城氏は先島諸島や本島への自衛隊配備(これも「新基地建設」です!)に反対なのか、賛成なのか、条件付き賛成なのか、明確にすべきです。