アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

Nスぺが欠落させた安倍政権「コロナ対策」3つの汚点

2020年08月31日 | コロナ禍と政治・社会

    

 NHKスペシャルは29日と30日の2夜連続で、「パンデミック激動の世界 ウイルス襲来 瀬戸際の132日」と題し、日本で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されてから緊急事態宣言解除までの経過を「検証」しました。

 全体の構成は、西村康稔担当相と「専門家会議」(現「分科会」)の尾身茂氏(写真中)を中心に、「科学的知見」と「政治判断」の“確執”なるものを示したものです。しかしその内容は、およそジャーナリズムの検証とは程遠く、安倍政権・「専門家会議」擁護に終始するものでした。とりわけ問題なのは、「コロナ対策」における安倍政権の3つの重大な誤り・汚点を意図的に欠落させたことです。

 第1に、安倍首相の「東京五輪」への固執が対策を遅らせた問題です。

 番組は1月15日から小池百合子東京都知事が「外出自粛」を要請した3月25日までの現場の混乱した状況を示し、その原因が、10年前(2010年)の「提言」の軽視(この問題は重要)と、「初めての経験」にあるとしました。

 しかし、日本の対策の遅れの背景に安倍首相の「東京五輪」への目論見があり、そのためにPCR検査を抑制した、というのは海外では常識的見方です。
 例えば、2月21日付琉球新報=共同配信は、「安倍政権が東京五輪への影響を恐れるあまり、方策を間違えた」、「安倍晋三首相の最大の関心事は、東京五輪が影響を受けないよう日本国内の感染者数を抑制することにある」(韓国・京郷新聞)などの外国メディアの論評を伝えています。

 「東京五輪」の「1年延期」が決まった3月24日以降、発表される「新規感染者数」が急増し、政府や東京都の姿勢が変わったのは周知の事実です。

 安倍首相の「東京五輪」への固執が初期対策を遅らせた疑惑は濃厚で、徹底的に検証されなければなりません。しかし、Nスぺはそれにはまったく触れませんでした。

 第2に、PCR検査を抑制し、いまだに抜本的に改善しようとしていない安倍政権の責任を完全に棚上げしたことです。

 PCR検査の遅れは客観的事実で、Nスぺはその原因が、体制崩壊を避ける現場(保健所、医療機関)の要請にあり、政府は一貫して「全員検査」を主張した、などとまったくあべこべに描きました。

 安倍政権は当初、PCR検査の必要条件を37・5度以上の発熱が4日以上」としていました。現場はその指針に従っただけです。これが検査を大きく抑制し、「検査難民」を生みました。安倍政権がその要件を削除したのは5月4日のことです。ところが記者会見した加藤勝信厚労相(写真右)は、それは「(現場の)誤解だ」とうそぶき現場に責任転嫁したのです。Nスぺはこの問題も完全に無視しました。

 日本で開発された全自動PCR検査器が、当の日本で7月まで1台も使われていませんでした。開発者は以前、「承認申請しているがまだ許可されていない」と事情を明かしていました(6月9日のニュース)。ところがNスぺは、フランスが買い占めたことが原因だとし、安倍政権を擁護しました。

 第3に、尾身氏をはじめとする「専門家会議」の責任を隠蔽したことです。

 安倍政権の意向に応じてPCR検査を抑制してきた張本人は「専門家会議」(とりわけ厚労省クラスター対策室)です。責任者の押谷仁氏は、PCR検査を拡大すれば医療崩壊を招くから抑えると公言していました(3月22日のNスぺ)。

 本庶佑氏(ノーベル生理学・医学賞受賞)はこう指摘しています。
 「日本ではPCR検査の体制づくりが出遅れ…いまだに政府は前向きとは言えません。その背景には…国の戦略を担った「専門家会議」の影響が大きかったと思います。…専門家会議のメンバーは公衆衛生学の専門家に偏っていました。その結果、PCR検査を進めれば、患者が増え、医療崩壊を招くので適切ではないという社会医学的な考え方が優先された」(「文藝春秋」8月号)

 そもそも、政府の「専門家会議」はきわめて偏った人選です。たとえば、初期から一貫してPCR検査の重要性を強調している児玉龍彦東大名誉教授や上昌広医師らの主張はまったく取り上げられていません。

 現在の「分科会」も、政府との打ち合わせによって先に結論ありきで、自由に発言できる状況ではないというメンバーの内部告発(8月4日のブログ参照)も、Nスぺは完全に無視しました。

 以上の3点は、けっして過去の話ではありません。まさに現在進行形で、これからの政府のコロナ対策を規定する重大な問題です。それだけに絶対に見過ごすことはできません。


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日曜日記112・天皇タブーと放送自粛・古関裕而・西条八十と今井正

2020年08月30日 | 日記・エッセイ・コラム

天皇・皇室タブーと放送自粛

 小さい時に聞いてうる覚えの歌謡曲に、神戸一郎の「別れたっていいじゃないか」(1959年、作詞・西条八十)という歌があった。この歌にも天皇制にかかわる秘話があったことを、26日のNHKラジオ深夜便(須磨佳津江アンカー)で知った。

 当時、ヒットしていたこの歌「別れたっていいじゃないか」を「放送し続けていいのだろうか」という検討がNHK局内で行われたという。なぜなら、この年、皇太子・明仁(当時)と正田美智子が結婚したからだ。
 笑い話のような話だが、真剣に放送自粛が検討されたようだ。それを紹介した須磨アンカーはなんのコメントもせずたんたんと話していた。

 坂本九のヒット曲「悲しき60歳」(1961年)が放送禁止になったことは知っていた。その年、天皇・裕仁が還暦を迎えたからだ。「別れたって…」はその2年前の話だ。敗戦から15年たった新憲法の下でもこんな露骨な天皇・皇室タブーがあった。

 過去の笑い話と一蹴することはできない。天皇・皇室タブーは、形を変えながら、いまの日本社会に現に生き続けている。

☆古関裕而・西条八十と今井正

 前述のラジオ深夜便で知ったもう1つの秘話を。

 1953年、作詞・西条八十、作曲・古関裕而、歌・伊藤久男で「ひめゆりの塔」という歌がつくられた。今井正監督の映画「ひめゆりの塔」の主題歌としてつくられたものだ。言わずとしれた、沖縄戦における「ひめゆり部隊」の悲劇を描いた名作だ(主演・島津恵子)。

 ところが、今井監督はこの歌を主題歌には採用しなかった。

 その理由は「深夜便」では触れられなかった。ここからは私の推測だ。
 西条八十・古関裕而・伊藤久男といえば、多くの軍歌で戦争を鼓舞した戦時歌謡を代表するトリオだ。「皇軍入城」(1937)「勝利の乾杯」(同)「報道挺身隊の歌」(1939)などがこのコンビニよる。敗戦後、西条は実際に「戦犯リスト」に入ったし、古関もリストに入れられるのではないかと戦々恐々としていた(刑部芳則著『古関裕而』中公新書2019年)。

 今井正は、そんな3人の足跡・戦争協力を忌避して主題歌に採用しなかったのではないだろうか。「真昼の暗黒」「キクとイサム」「橋のない川」などの名作があり、山本薩夫と並んで反戦・平和・民主主義を信条とした映画監督・今井正ならありそうなことだと思う。そうだったと思いたい。

 国家権力に迎合・忖度し「自粛」して文化をつぶすのか、それとも抗って信念を貫き文化を守るのか。メディア関係者、映画・文化人、スポーツ選手、そして市民全員が問われていることではないか。


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安倍首相の3つの“遺言”

2020年08月29日 | 安倍政権

    
 安倍晋三首相が28日午後5時からの記者会見で辞任を正式に表明しました。記者会見では冒頭、安倍氏が13分間述べたのに続き、20人の記者が質問しました。その大半は、安倍政治の「レガシー」と「継承」、次の総理・総裁の選出に関するもので、安倍政治を追及する質問はほとんどありませんでした。この国のメディアの腐敗を改めて目の当たりにする思いでした。

 安倍氏は約1時間の最後の会見で、3つのことを言い遺しました。うち2つは、冒頭の発言で自ら「以上2つのこと」として言い遺したものです。

 1つは、コロナ対策の新たな方針です。「検査の抜本的拡充」というこれまで同様の掛け声だけとは違う今回の眼目は、「軽症者・無症状者の自宅療養」の徹底です。
 「保健所・医療機関の負担軽減」が口実ですが、現在広がっている家庭内感染をさらに拡大する愚策中の愚策と言わねばなりません。

 「保健所・医療機関の負担軽減」は、人員・予算の拡充による体制強化で行うべきであり、感染者を自宅に置くのは本末転倒です。政府の責任を放棄し、感染者本人と家族に負担を押し付け、結果、感染を広げるもので、安倍政権の無責任なコロナ対策の典型と言わねばなりません。

 安倍氏が冒頭に述べたもう1つのことは、これまでの「迎撃ミサイル」方式を転換してミサイルで「敵地」を先制攻撃する「新たな方針」の推進です。これが憲法に反することは明白です。

 7年8カ月の安倍政権の悪政は枚挙にいとまがありませんが、最大のものの1つは、「集団的自衛権」に踏み切った「戦争法(安保法)」の強行です。「敵地攻撃」はその延長線上にある安倍政治の憲法蹂躙・軍事国家化の集大成と言えます。
 それが、会見で安倍氏が何度も強調した「日米(軍事)同盟の強化」の具体化であることは言うまでもありません。

 安倍氏の第3の“遺言”は、おそらく安倍氏自身無意識で、メディアも注目していないものです。「安倍政治のレガシーは?」と聞かれた安倍氏は、得意満面にいろいろ並べ立てましたが、その中で、「幼児教育・高校教育の無償化」を挙げました。

 実はこれこそ、安倍政治の本質を示す悪しき“遺産”です。それはこの「無償化制度」から朝鮮学校を排除しているからです。朝鮮学校の卒業生・父母らが全国5カ所の裁判所で訴訟を起こしているにもかかわらず、安倍政権はこの差別政策を頑として改めようとしません。これは安倍首相の在日コリアン差別・コリア半島敵視を象徴的に示すものです。

 この問題は、会見で安倍氏が何度も口にした「拉致問題」や、韓国との「徴用工問題」「慰安婦(戦時性奴隷)問題」と根は1つです。すなわち、コリア半島に対する植民地支配という日本の加害責任に対する認識が安倍氏には完全に欠落しており、逆に歴史修正主義の立場から、朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)、韓国に対して敵対姿勢をとり続けてきました。
 それが安倍政権の最大の特徴です。28日の辞任会見ではその差別政策を「レガシー」として誇示し、メディア(記者)はすべてそれを黙認したのです。

 安倍政治の悪質さは際立っており、その退陣は1つの節目です。しかし、安倍氏が辞めたからといって自民党の悪政が変わるわけではありません。「次期総理総裁」報道に狂奔しているメディアの的外れ(害悪性)は、いまさらながら、目を覆うばかりです。

 首相の首がすげ変わっても、日本の政治・社会は変わりません。安倍政治を反面教師とし、日本を変えていくのが、「主権者」である私たちのこれからの責任です。


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「幻の女流作家」と沖縄差別

2020年08月27日 | 沖縄と差別

    

 8月2日のNHK「目撃ニッポン」で、沖縄の「幻の女流作家」といわれる久志芙沙子(くしふさこ・本名久志ツル、1903~1986、写真左)の存在を初めて知りました。沖縄と日本(ヤマト)の埋もれた歴史の一端です。

 番組は、芙沙子の孫の加古淑(ひで)さん(写真中の左)が沖縄を訪れ、祖母の足跡をたどるというものでした。芙沙子の生涯は、直木賞作家・大島真寿美(写真中の右)の『ツタよ、ツタ』(小学館文庫、2019年)で(フィクションとはしながら)克明に描かれています。

 芙沙子は祖父が琉球王朝で総理大臣級の重臣を務めたほどの名門中の名門の出身。それが日本による琉球併合(いわゆる「琉球処分」1879年)で没落。母と二人の困窮生活ののち、19歳で作家を目指して上京。結婚して台湾、名古屋に移ったあと離婚し、7歳年下の学生と駆け落ち同然に再び上京。そこで後に「幻の作家」と言われるようになる「筆禍事件」が起こります。

 1932年、「婦人公論」の懸賞に応募し、同年6月号に、「滅びゆく琉球女の手記―地球の隅っこに押しやられた民族の歎(なげ)きをきいて頂きたい」と題した芙沙子の作品が掲載されました(連載の1回目。写真右)。タイトルは編集部が勝手につけたもので、芙沙子がつけたタイトルは「片隅の悲哀」でした。

 「主人公の女性の視点を通して描かれていたのは、疲弊した琉球の現実や、琉球の出自を隠して(東京で―引用者)立身出世した叔父、そして故郷に残された老母たちの困窮である。うち棄てられた女たちに「琉球の現実」が象徴されている」(勝方=稲福恵子早稲田大名誉教授、前掲『ツタよ、ツタ』の解説)という作品でした。

 これに対し、在京の「沖縄県学生会」が猛烈に抗議。編集部に押しかけ、謝罪と掲載中止を要求しました。学生らは「(琉球の現実は)就職や結婚の妨げとなる「恥」であるから蓋をすべきであると考え(た)」(勝方=稲福恵子氏、同)のです。

 「婦人公論」編集部は抗議に屈し、翌7月号に「謝罪文」を掲載するとともに、連載を打ち切りました。そればかりか、芙沙子に「釋明文」を書かせて掲載しました。その内容は次のようなものでした(抜粋)。

 「學生代表のお話ではあの文に使用した民族と云ふ語に、ひどく神経を尖らしてゐられる様子で、アイヌや朝鮮人と同一視されては迷惑するとの事でしたが今の時代に、アイヌ人種だの、朝鮮人だの、大和民族だのと、態々(わざわざ)階段を築いて、その何番目かの上位に陣取つて、優越を感じようとする御意見には、如何(どう)しても、私は同感する事が出来ません」(前掲、勝方=稲福恵子氏の解説より)

 「釋明文」といいながら芙沙子はけっして「釈明」などしていません。逆に抗議した学生たちの誤りを鋭く批判しています。これが、1932年(満州事変の翌年)に沖縄出身の女性によって書かれた文章なのですから、目を見張ります。

 芙沙子は抗議に屈しませんでした。しかし、これを機に再びペンを執ることはありませんでした。「幻の作家」といわれるのはそのためです。

 それから41年後の1973年(「本土復帰」の翌年)、かねて芙沙子の「釋明文」に注目していた沖縄の月刊誌(「青い海」)の女性記者が芙沙子の居場所を突き止め、インタビューを申し込みました(同誌73年12月号に「四十年目の手記」が掲載)。困惑した芙沙子の思いを、『ツタよ、ツタ』はこう描いています。

 「無名の女の、それも連載第一回のみしか発表されなかった小説を発端とする、あんな莫迦げた騒ぎが、なぜ、今になって注目されるのだろう?釈明文に至っては文学作品ですらない。…ようするに、四十年、この世界はなにも変わらなかったということか

 それからさらに47年。いま、沖縄と日本(ヤマト)の関係は、琉球、アイヌ、朝鮮など少数・異民族に対する日本社会の実態は、どれほど変わっているのでしょうか。


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差別を上塗りするNHK(広島)の“謝罪文”

2020年08月26日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム

    
 NHK広島放送局が「ひろしまタイムライン」なる企画で在日コリアンに対するヘイト・差別を行い問題になっていることについて(昨日25日のブログ参照)、同局は24日、HPに“謝罪文”を載せました。
 その要旨は、次の通りです。

< 6月16日および8月20日のツイートについて、多くの方々から、さまざまなご意見をいただきました。「差別を助長しているのではないか」というご批判も多数いただきました。戦争の時代に中学1年生が見聞きしたことを、十分な説明なしに発信することで、現代の視聴者のみなさまがどのように受け止めるかについての配慮が不十分だったと考えています。

 手記を提供してくれた方が、1945年当時に抱いた思いを、現在も持っているかのような誤解を生み、プロジェクトに参加している高校生など関係者のみなさんにも、ご迷惑をおかけしたことをおわびいたします。

 (中略―企画の趣旨の繰り返し)

 ツイートはすべて、NHK広島放送局の責任で行っています。今後は、被爆体験の継承というプロジェクト本来の目的を的確に果たしていくため、必要に応じて注釈をつける、出典を明らかにするなどの対応を取り、配慮に欠けたり、誤解が生じたりすることがないように努めます。>

 一読して明白なのは、NHKが「おわび」しているのは、「手記を提供した方」(新井俊一郎氏)と、「プロジェクトに参加している関係者」であり、肝心の被害者・在日コリアンに対する謝罪は一言もないことです。不誠実極まりありません。

 それでも「配慮が不十分だった」「誤解が生じた」ことは認めているのですから、少なくとも問題のツイートは直ちに削除すべきです。しかし、それには全く触れていません。これは事実上、問題のツイートは残すと宣言しているに等しいものです。これでは謝罪ではなくて開き直りです。

 上掲文章のもう1つの特徴は、問題のツイートがヘイト・差別であることについての認識・自覚がいまだにまったくないことです(昨日の拙ブログで述べた第3、第4の問題)。

 一方、上掲文章は、「戦争や原爆について考えていただく取り組み」「被爆体験の継承というプロジェクトの目的を果たす」などと繰り返しています。これは何を意味しているでしょうか。

 在日コリアンが戦前・戦中・戦後におかれている苦難・差別は、日本の植民地支配の結果にほかなりません。それは日本の加害責任です。NHKにはその認識がまったくありません。その一方で「戦争や原爆」の「体験の継承」を強調する。それはすなわち、NHKが「継承」するという「戦争や原爆」は、その被害の側面だけであり、日本の加害の側面は棚上げする、ということではないでしょうか。

 これは、NHKに限らず、「戦争や原爆」の「継承」におけるきわめて重大な誤謬・欠陥です。今回のツイート問題の根源は、実はここにあるのではないでしょうか。

 NHK(広島)は、ヘイトスピーチ・差別について、戦争・植民地支配の日本の加害責任について学習し直し、自らの過ちを認め、被害を受けた在日コリアンに謝罪し、問題のツイートを直ちに削除すべきです。


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黙過できないNHK(広島)の在日コリアン差別

2020年08月25日 | ヘイトスピーチ・ヘイトクライム

    
 23日付の地方紙各紙(共同配信)で、NHK広島放送局(写真中)の企画で在日コリアンに対する重大なヘイト・差別が行われていたことを知りました。

 問題の企画は、「戦争・原爆の悲惨さや戦後の厳しい現実」を若い世代に「SNSを通じて知ってもらう」(同局HP)という「1945ひろしまタイムライン」と称する企画です。
 「1945年の広島を生きた3人の日々」を3つのツイッターアカウントでことし3月から発信。その中で、8月20日、「中学一年生の「シュン」」が、埼玉へ向かう列車でツイートした形をとり、次のように発信しました。

 < 朝鮮人だ!!
 大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!
 「俺たちは戦勝国民だ!敗戦国は出て行け!」
 圧倒的な威力と迫力。
 怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩き割っていく
 そして、なんと座っていた先客を放り出し、割れた窓から仲間の全員がなだれ込んできた!
 あまりのやるせなさに、涙が止まらない。
 負けた復員兵は同じ日本人を突き飛ばし、戦勝国民の一団は乗客を窓から放り投げた
 誰も抵抗出来ない。悔しい…! >

 在日朝鮮人が暴力的だと描き、反感を掻き立てていることは一目瞭然です。

 同局に、「ヘイトをやめよ」など批判と謝罪・削除を求める声が集中しました。これに対し同局は、「手記とご本人(「シュン」のモデルとなった新井俊一郎氏―引用者)がインタビューで使用していた実際の表現にならって掲載した」(同局HP)と弁明。「広報担当者は取材に「偏見や差別との指摘があるが、そういう意図は全くない」と述べ、投稿を削除する考えはないと説明」(23日付共同配信記事)しました。

 24日午前、私も同局へ電話で抗議し、謝罪と削除を要求しました。が、「削除する考えがないことは変わっていない」との返事。電話は回答責任のある広報部ではなく、「意見を聞くだけ」の「ふれあいセンター」なるところへ回されました。抗議の電話・メールは広島局だけでなく、東京の本局(写真右)にも寄せられているといいます。

 問題は多岐にわたっています。

 第1に、問題のツイートにはきわめて恣意性があることです。

 同局はこの企画について、「終戦の年に広島で書かれた日記をもとに、75年前の人の暮らしや気持ちをTwitterで毎日発信」(同局HP)するものだと公言し、放送でもそうPRしてきました。

 ところが問題の8月20日のツイートは、新井氏の日記によるものではありません。同局自身、「ご本人の日記は、8月17日~27日まで空白です」(HP)と認めています。そのうえで、「8月15日~21日までのツイートは、後年ご本人が書かれた手記インタビュー取材をもとに掲載しています」(HP)とのこと。この点ですでに上記の企画趣旨を逸脱しています。

 同局はツイートの内容、表現はすべて新井氏本人によるものだとしていますが、そうだとしてもそれは「後年」のものであり、しかも「インタビュー取材」という客観的検証が困難なものも含まれています。その過程でNHKの恣意的な表現、ニュアンスが混入した可能性は否定できません。

 第2に、仮にツイートの内容・表現が新井氏の述べた通りだとしても、それをそのまま載せていいわけではありません。なぜなら、当時13歳の少年の記憶を後年思い出したものに、記憶違い、認識の誤り、不十分さがあることは避けられないからです。例えば、ツイートでは朝鮮人を「戦勝国民」と表現していますが、これは明白な誤りです(当時在日コリアンは不当にも「日本国民」とされていた)。
 注釈などで訂正することもせず、誤りをそのまま流すのはメディアとしての責任放棄にほかなりません。

 第3に、「偏見や差別の意図は全くない」という同局の釈明自体の重大性です。

 偏見や差別を「意図」的に行ったと公言するは確信的レイシストくらいでしょう。たいがいは「意図はない」と言います。報道機関であればなおさらです。
 しかし、それが問題なのです。「意図はない」といいながら実際は重大な差別発言、ヘイトスピーチを行っている。その“無意識”の差別こそが大問題なのです。

 偏見・差別かどうかはそれを行った者(報道機関)の「意図」で決まることではありません。言論・行為の結果として生じることであり、それを判断するのは偏見や差別の被害者です。

 今回の場合、このツイートの内容が、在日朝鮮・韓国人への偏見・差別を助長する結果を生んでいることは明白です。NHKは公共の電波でヘイトスピーチに加担した(行った)責任を取らねばなりません。この点についてNHK(広島放送局だけでなく東京本局を含め)は責任ある見解を明確に示さねばなりません。

 第4に、このツイートが今日の日本社会でいかに重大な犯罪的意味をもつか、その認識・自覚がNHKにはまったく欠落していることです。

 在日コリアンに対する差別はまさに今日の日本社会の重大問題です。その典型は朝鮮学校の児童・生徒・学生に対する差別です。幼児教育・高校無償化からの朝鮮学校排除、コロナ禍の支援金制度からの朝鮮大学の除外など具体例は山積しています。

 広島の朝鮮学校の生徒たちもその差別の犠牲者であり、裁判にもなっています。よもやNHK広島がそのことを知らないわけではないでしょう。在日コリアン差別の一掃が日本社会・日本人にとって喫緊の重要課題になっている、まさにその中で起こったのが今回の問題です。それが在日差別根絶にとっていかに重大な障害・逆流になるか。NHKにその認識が微塵でもあれば、問題のツイートを垂れ流すことはできなかったはずです。

 以上、あらゆる角度からみて、問題のツイートをこのまま存続させることは許されません。NHKは謝罪して即刻削除すべきです。

ブログをアップしたあと、NHK広島が24日付でHPに“謝罪文”を掲載したことがわかりました。これについてはあす(26日)ブログで書きます。


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いま問われる浮島丸事件と日本人の責任

2020年08月24日 | 戦争の被害と加害

    
 75年前の1945年8月24日午後5時すぎ、京都府・舞鶴湾内で、帝国海軍の輸送艦が突然沈没しました。政府の公式発表でも犠牲者は、朝鮮人乗客3735人のうち死亡者524人、日本人乗組員255人のうち死亡者25人、合計549人にのぼりました。浮島丸沈没事件です。(写真左が浮島丸。写真中は「浮島丸殉難者追悼の碑」)

 韓国では犠牲者は3000~5000人と言われており、その実態を含め事件の詳細はいまだに明らかになっていません。日本政府が真相究明に背を向けており、日本のメディアもほとんど注目していないからです。

 先日のブログで「「8・15」在日コリアンの歓喜と恐怖」(18日)を書きましたが、浮島丸事件はまさにその歓喜と恐怖の中で起こった重大事件です。真相の徹底究明と犠牲者・遺族への謝罪、賠償はきわめて今日的な重要課題です。

 浮島丸事件の謎、問題点については、ぜひ2019年10月1日のブログをお読みください。(https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20191001

 8月14日付の中国新聞に、「多くのシベリア抑留者が戻ってきた港だった舞鶴で、引き揚げと抑留を学ぶこと」を強調した舞鶴引揚記念館の学芸員の論稿が載りましたが、浮島丸については一言もふれていませんでした。

 一方、事件から60年たった2005年8月24日、舞鶴で日本、韓国、中国の市民、学者らが集まって行われたシンポジウム「浮島丸事件・東北アジアの平和のための条件を考える」では、次のような発言が行われました。品田茂さん(浮島丸殉難者を追悼する会)著『爆沈・浮島丸 歴史の風化とたたかう』(高文研、2008年)から紹介します。

 韓国・延世大学の趙戴国氏は、舞鶴引揚記念館を見学した感想を踏まえて発言しました。
 「引き揚げのことは歴史の事実として残さなければならない。同じようにやはり釜山において、浮島丸に乗って帰ってくる人たちを待っていた人たち。また、母の国である韓国・朝鮮に帰る喜びをもっていた人たちの気持ちを、本当に十分理解できる人たちは、この舞鶴の方々、この京都の方々だと思います。こういう気持ちを大切にすることが、私は真相究明や賠償より、もっと大切なことだと思うんです」
 「日韓間の歴史問題とは、国家の権威や財産の問題ではなく、個人の生命や人権の問題なのです

 「追悼する会」の発起人の一人、須永安郎さんはこう述べました。
 「亡くなった人たちは、戦争が終わって新しい国づくりや新しい家づくり、新しい未来に喜びを感じながら国に帰ろうとしていた。その人たちがこの舞鶴の港で生命を奪われた。私たちはその人たちの気持ちに応えることも含めて考えなければならない。そのためには、その背景になる植民地支配や、戦争の歴史にぶつかっていくことになる。私たちが浮島丸事件をどう見るかというのは、戦争の歴史、植民地支配の歴史を見ることにつながっていく」

 コーディネーターの浅井基文氏(広島市立大広島平和研究所所長=当時)はこう強調しました。
 「広島に限らず、日本の国内においては、過去の戦争における被害の側面が強く意識され、その戦争が植民地支配を伴った侵略戦争であり、日本及び日本人が加害者であったという厳しい現実に対しては、とかく目を背けがちです。敗戦六〇周年の今日、日本の加害責任を含めた歴史認識のあり方について真剣に考えること自体が、心ない人々によって押しつぶされる危険性が高まっています」
 「日米軍事同盟の再編強化、平和憲法「改正」の動きの背景を観察しますと、そこには日本の加害責任を無視し、歴史認識を歪曲し、日本を徹頭徹尾美化しなければすまないという意識の働きがあることを見いだすことは、決して難しいことではありません」

 このシンポから15年。3人の指摘は色あせるどころか、ますます切迫した問題になっています。これらの指摘を正面から受け止め、浮島丸事件の真相を究明し、日本(人)の加害責任を直視することが、私たちの歴史的責任であり、「東北アジアの平和のための条件」ではないでしょうか。

 


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日曜日記111・安倍の「無断欠席」とメディア・「火垂るの墓」と高畑勲

2020年08月23日 | 日記・エッセイ・コラム

☆安倍の「無断欠席」とメディアの腐敗

 「少しも休んでいない」「激務は相当なものだ」…。誰のことかと思えば、安倍晋三のことだという。まさか?と耳を疑ったが、確かに、安倍の腹心の甘利明や盟友の麻生太郎、菅義偉らがさかんにそう吹聴している。

 冗談ではない。何が「休んでいない」「激務」だ。「コロナ」で首相が「忙しい」のは当たり前だ。しかし、安倍はその首相の役割を果たしていない。「ぶら下がり」(ごく短時間の立ち話)を除いて、安倍は一貫して記者会見を回避している。ちゃんと会見したのは6月18日が最後だ(広島・長崎除く)。国会(閉会中審査)にももちろん顔を出さない。

 「休めないほど多忙」だというが、新聞の首相動静欄を見れば、安倍が昼間会っているのは政府関係者ばかりだ。そして夕方にはきちんと「私邸」に戻っている。どこが「多忙」なんだ。

 要するに安倍は一貫して「国民」の前に立とうとしていないだけだ。首相の責務を放棄しているのだ。

 記者会見もしないなら、あるいはできないほど体調が悪いなら、さっさと退陣すべきだ。この重大なコロナ禍で、首相としての責任を果たせない者など必要ない(もちろんコロナがなくても即刻退陣すべきだが)。

 それにつけても情けないのが日本のメディアだ。安倍とその側近連中の戦術に迎合し、安倍の「日帰り検査」を大々的に報道し、まるで安倍が過密スケジュールの中で頑張っているかのように描く。その一方、「会見しない首相」と指摘していた以前の論調はすっかり鳴りを潜めた。安倍の術中にまんまとはまっている。それが無意識なら愚鈍の極みであり、意識的ならこれほど犯罪的なことはない。
 安倍の「最長在位」に最も貢献しているのは、日本のメディアだ。

☆「火垂るの墓」と高畑勲の思い

 夏になるとアニメ映画「火垂るの墓」(1988年公開、原作・野坂昭如、監督・脚本・高畑勲、スタジオジブリ制作)を思い出す。これまで観た中で最も泣けた映画だ。戦時下に命を奪われる清太、節子兄妹が、当時同じくらいの年頃だった長男、長女に重なった。兄妹愛と戦争の悲惨さ、「反戦」を描いた秀作といえよう。

 ところが、制作した高畑勲自身はけっしてそうは考えていなかった、ということが先日、絵本作家の浜田桂子さんのインタビュー記事を読んで分かった。

 「3年ほど前に高畑勲さんがあるインタビューで、『火垂るの墓』は戦争を止める役には立たないのではとおっしゃっていて、「ああ、これだ!」と思いました。為政者はそういう目に遭わないために戦争をすると言うに決まっていると。私は、加害の認識を持つことが、戦争を嫌う気持ちを育てるのではないかと感じています」(浜田桂子さん、生協パルシステム情報メディア「KOKOKARA」2018年8月6日付)

 「火垂るの墓」は「戦争を止める役に立たない」と高畑は言った。あの映画は確かに戦争の悲惨さ・被害性は鮮明に描いている。しかし、戦争の加害性、日本の加害責任には触れていない。被害性の強調だけでは、為政者(国家権力)は逆にそれを新たな戦争の口実にする。戦争を起こさないためには、「加害の認識」を持たねばならない。浜田さんはそう言っている。

 目を覚まされる思いだ。「火垂るの墓」を観て流す涙は、日本の加害性の自覚につなげなければ、世界中の子どもたちへの責任は果たせない。


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コロナ禍と沖縄差別

2020年08月22日 | コロナ禍と政治・社会

    

 沖縄県の新型コロナウイルス感染者は20日現在、累計で1804人、人口10万人当たりの直近1週間の新規感染者は31・02人、「20日連続で全国最多」(21日付琉球新報)です。沖縄でコロナ感染者が多発しているのには、沖縄特有の要因があります。

 1つは米軍基地の存在です。

 米軍関係者の感染者は355人(20日現在)。県内感染者全体の19・7%。感染者の約5人に1人は米軍関係者という異常な割合です。この米軍関係者が感染源となってさらに感染を広げた可能性も否定できません。

 加えて、驚くべき事実が発覚しました。

 「乗組員千人以上に及ぶ新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した米海軍の原子力空母セオドア・ルーズベルト(写真中)で、感染拡大が始まった3月下旬、陽性者を含む3千人以上の乗組員を、沖縄県と神奈川県の米軍基地に移送する計画が浮上していたことが19日、分かった」(20日付地方各紙=共同配信)

 米軍は1248人の感染米兵を他の兵士とともに、沖縄と神奈川の基地に送り込もうとしたのです。計画は中止されましたが、米軍は日米地位協定によって出入国時の検疫が免除されており、感染者を入れるも入れないも米軍の胸1つです。

 「どんなに県や国がウイルスが入り込まないよう水際阻止を図っても、米軍基地の存在が感染症対策の穴になってしまう」(21日付琉球新報社説)という重大な現実が沖縄にはあります。

 もちろん、これは沖縄だけでなく米軍基地が存在する全国の問題です(全土基地方式)。その中でも米軍関係施設の7割が置かれている沖縄がその害悪を集中的に受けていることは言うまでもありません。

 沖縄でコロナ感染が拡大している第2の要因は、安倍政権の「GO TOトラベル」キャンペーンです。

 写真左のグラフ(20日付琉球新報より)は沖縄県内の新規感染者を示していますが、7月25日前後から感染者が急増しています。安倍政権が7月22日に強引に開始した「GOTO」によって「本土」からの観光客が急増した影響であることは明白です。

 「感染防止」か「観光産業」かは全国共通の問題ですが、沖縄は観光産業の比率がとくに高く、感染を警戒しながらも「本土」からの観光客を制限しにくい事情があります。この背景には、観光に依存して基盤産業の育成・助成を怠ってきた歴代日本政府の沖縄政策があることを見過ごすことはできません。

 米軍基地の集中はもちろん、観光に依存する産業構造も、沖縄が歴史的に置かれてきた実態、すなわち沖縄に対する構造的差別が根底にあります。コロナ禍がその差別をいっそう顕在化させています。

 これに対し安倍政権は、米軍基地の治外法権状態を放置し、沖縄の医療・経済の窮状に手を差し伸べるどころか逆に、感染者の宿泊施設の不足で沖縄を非難したり(菅義偉官房長官、8月3日の記者会見)、沖縄の感染は「下火になっている」(尾身茂分科会会長、19日の衆院厚生労働委員会)と無責任な楽観論を振りまくなど、沖縄の足を引っ張るばかりです。

 こうした状況に、沖縄の識者からは次のような声が上がっています。
 「この間の政府の沖縄に対する態度を見ると、この国は本気で沖縄を見捨てる棄民政策をとっていると感じる」(渡名喜守太・沖縄国際大非常勤講師、20日付沖縄タイムス「思潮」)

 コロナ禍はあらゆる分野で日本の政治・社会の陥穽をあぶり出しています。沖縄の窮状は、日本が明治以来沖縄(琉球)を植民地支配してきた歴史の実態を浮き彫りにしています。安倍政権の「棄民政策」を座視することは許されません。それは「本土」の日本人の責任です。

<訂正>
 20日の「那覇軍港移設は辺野古新基地建設と同根」で、「出発点が、1974年の日米特別行動委員会(SACO)であることも同じ」としたのは、「出発点が、1974年の日米安保協議委員会の合意であることも同じ」の誤りでした(21日午前3時ごろ書き換えました)。日米特別行動委員会(SACO)の最終報告(1996年12月2日)で普天間基地と那覇軍港の「返還」=移設が明記されました。おわびして訂正します。


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那覇軍港移設は辺野古新基地建設と同根

2020年08月20日 | 日米安保・沖縄

   
 19日付の琉球新報、沖縄タイムス両紙は、1面トップで「軍港移設 北側案合意」と大きく報じました。「本土」メディアはほとんど報じず、沖縄ローカルのように見えますが、けっして軽視できない全国的なニュースです。

 「北側案合意」とは、那覇軍港の移設先として、これまで浦添ビーチの南側(写真右の下)を主張していた松本哲治浦添市長が自説を撤回し、沖縄県(玉城デニー知事)、那覇市(城間幹子市長)が主張してきた北側案(写真右の上)に同調したというものです。

 これ自体は、松本氏の3度の公約撤回(変節)を示す(目的は来年2月の市長選における地元経済界の支援)ものにすぎませんが、これによって移設が加速されること、また、南側を強く要求していた米軍に県、那覇市、浦添市が揃ってなびいたという意味があります。

 しかし、南か北かに重要な意味があるわけではありません。この問題の本質は次の3点です。

 第1に、那覇軍港移設問題は辺野古新基地(名護市)建設問題と本質的にまったく同じだということです。

 どちらも現在の米軍基地の代替基地を同じ沖縄県内に造るものです(辺野古は普天間基地の代替)。その出発点が、1974年の日米安保協議委員会の合意であることも同じ。新たな基地建設は沖縄の貴重な海を埋め立てて行われることも同じです。

 すなわち那覇軍港移設とは、辺野古新基地建設と同様に、「返還」の名の下に貴重な自然を破壊して沖縄に新たな米軍基地を造る(拡大強化する)ことであり、日米安保条約=軍事同盟の害悪・危険性を端的に示すものにほかなりません。

 第2、にもかかわらず玉城知事は、18日の記者会見で、那覇軍港と辺野古新基地は「まったく意を異にする」(19日付沖縄タイムス)とし、その理由として「民港の活用は、沖縄経済の進展性を含めた計画」(同)だと述べました。那覇軍港の移設は民間港湾の整備も伴い、それは沖縄経済のためになるというわけです。

 しかし、「米軍が民港を優先して、軍港を小さくするとは思えない」(江上能義琉球大名誉教授、19日付琉球新報)のは常識で、玉城氏の言い分はまったく釈明になっていません。

 そればかりか、実はここには重大な落とし穴があります。それは軍民一体化の進行です。沖縄では、米軍と自衛隊の基地共同使用のほか、基地と民間施設の一体化が進んでいます。

 その典型はすでにきわめて危険な空のエリアとなっている那覇空港の軍民共用であり、その拡大です。さらに日米両政府は、かつて屋良朝苗知事が絶対に軍事には使わせないとした(1971年「屋良覚書」)宮古島の下地島空港を軍事使用することを目論んでいます。那覇軍港移設に伴う「民港整備」もこうした軍民一体化の危険な動向の中でとらえる必要があります。

 第3、上記のように那覇軍港移設と辺野古新基地建設は本質的にまったく同じであるにもかかわらず、玉城知事が後者には「反対」姿勢をとりながら、前者には「賛成」しむしろ「推進」していること、そして、玉城氏の支援母体である「オール沖縄」陣営もその玉城氏の姿勢を容認・支持していることです。これは、玉城氏、そして「オール沖縄」の明白な矛盾、ダブルスタンダードと言わねばなりません。

 それは、ただ玉城氏と「オール沖縄」の無節操を示すだけでなく、辺野古新基地建設に体を張って反対し続けている県民に対する重大な裏切り行為です。玉城氏と「オール沖縄」の責任はきわめて重大です。

 「オール沖縄」陣営はこのまま那覇軍港移設を容認するのでしょうか。とりわけ、これまで同軍港の移設に「反対」してきた日本共産党の立場がきびしく問われます。

 那覇軍港移設容認は翁長雄志前知事が強く主張したことだったことを改めて想起する必要があります。玉城氏の姿勢は「故翁長雄志前知事の容認の立場を引き継ぐ」(19日付沖縄タイムス)ものにほかならないのです。

 これまで繰り返し主張してきたように、「オール沖縄」とは革新勢力を懐柔するために保守勢力がつくりあげた虚構にほかなりません。沖縄県、そして「本土」の革新・民主勢力は、「オール沖縄」のくびきを解き放ち、辺野古新基地と同様、那覇軍港移設にも明確に反対すべきです。


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