アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

東京五輪はスポンサー企業のものか

2021年06月29日 | 五輪と政治・社会・メディア

    

 新型コロナ感染の新たな波の可能性が高まっている中、菅義偉政権はあくまでも東京五輪を強行しようとしていますが、その背景には、スポンサー企業への配慮、スポンサー企業本位があります。

 菅政権はたんに開催するだけでなく、感染拡大必至の「有観客」に決めました。
「専門家からの提言を退け「観客ありき」に固執した背景には、次期衆院選を見据えて観客の応援で五輪成功を演出したい菅義偉首相の思惑と、多額の協賛金を出すスポンサーへの配慮がのぞく」(6月22日付琉球新報=共同)

 4月段階では、組織委員会内にも「無観客の覚悟」があったといいます。
「しかし、組織委がスポンサーを対象に開いた説明会で企業側からは異論や不満が噴出。「このタイミングで無観客の可能性を認めた意味が分からない」…厳しい言葉に、組織委側は釈明に追われた」「スポンサーの強い反発を受けた組織委も、5月の連休明け以降、急速に「観客ありき」へとかじを切っていく」(同)

 さらに組織委は6月21日、会場で酒類を販売するという驚くべき方針を決定しました。これは当然世論の厳しい批判をあび、翌22日には撤回しました。
「アルコール飲料会社「アサヒビール」とスポンサー契約を結んでいる組織委は22日「スポンサー等の意向で販売方針を決めることはない」との見解を発表」(23日付中国新聞=共同)しました。
 こうした「見解」をわざわざ発表したのは逆に、「酒類販売」の当初の方針がアサヒビール(写真中)の意向あるいはその忖度であったことを示しています。すぐ撤回したのも企業イメージの悪化を恐れた同社の意向に沿うものであることは明らかです。

 スポンサー企業の傍若無人な振る舞いが表面化した例はまだあります。

「岩手県北上市で18日に行われた東京五輪の聖火リレーで、岩手県警の警察官が、スポンサーである日本コカ・コーラ社の関係者から東京五輪特製グッズを受け取った後、関係者をリレーを先導するパトカーの運転席に座らせ、写真撮影させていた。朝日新聞記者が現場で目撃し、動画を撮影した」(22日の朝日新聞デジタル、写真右も)

 NHKが連日キャンペーンしている聖火リレーは、密集による感染拡大の温床であるだけでなく、スポンサー企業の宣伝の場になっているのです。
 現場を取材した記者はこう伝えています。
「5月21、22日に鳥取入りした東京五輪聖火リレー…時折密集は生まれ、大声で応援する人も絶えなかった。…障害者や中高生のランナーたちには心打たれた。ただコースで存在感を示したのは、自社グッズを配り歩くスポンサーの集団だった」(6月18日付中国新聞)

 「聖火出発式」(3月25日)でもスポンサー企業への配慮が目につきましたが(写真左、3月30日のブログ参照)、東京五輪を陰に陽に操っているのがスポンサー企業であることは明白です。スポンサー企業関係者は入場者上限の制限を受けない特権も与えられています。感染拡大に直結する特権です。

 また、スポンサーの中には、読売新聞、朝日新聞、日経新聞、毎日新聞、産経新聞、北海道新聞の6紙が入っています。朝日新聞以外は「五輪中止」を主張することもなくメディアとしての役割を果たしていないことも銘記される必要があります。

 近年のオリンピックは、国家主義とともに商業主義にまみれていますが、スポンサー企業本位の実態はその表れにほかなりません。

 スポンサー企業は、ランク上位から、「ワールドワイドオリンピックパートナー」:コカ・コーラ、トヨタ、パナソニック、ブリヂストンなど14社、「JOCゴールドパートナー」:アサヒビール、日本生命、キャノン、NEC、NTTなど15社、「JOCオフィシャルパートナー」:全日空、日本航空、JTB、日本郵便、JR東日本、読売新聞、朝日新聞、日経新聞、毎日新聞など32社、「JOCオフィシャルサポーター」:清水建設、ヤフー、産経新聞、北海道新聞など20社、合計81社(JOC公式サイトより)。


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沖縄戦と朝鮮人軍夫と「慰安婦」

2021年06月28日 | 沖縄と天皇

    
 「沖縄慰霊の日」の3日前の6月20日、琉球新報社会面に、「強制連行 歴史へ思い 読谷・恨之碑、朝鮮人を追悼」という見出しの記事が載りました。

「沖縄戦で日本軍が朝鮮半島から強制連行した軍夫や慰安婦らを慰霊する読谷村瀬名波の「恨之碑」で19日、NPO法人沖縄恨之碑の会が追悼会を開いた。碑は2006年に建てられ追悼会は15回目。参加者は歴史を学び、平和を求める気持ちを新たにした」

 「恨之碑」(写真中)の作者は沖縄在住の彫刻家・金城実さん(82)。碑は日本軍に虐待される朝鮮人軍夫とその母親を描いています。軍夫とは武器も十分な食料も与えられないで日本軍の下働きをさせられた人々です。

 金城さんはこの日の追悼会で、完成したばかりの朝鮮人「慰安婦」のレリーフも紹介しました(写真左、琉球新報より)。この「慰安婦」像については、6月17日付の沖縄タイムスに詳しい記事がありました。

 記事によれば、金城さんの「慰安婦」をテーマにした作品は2作目で、今回は「朝鮮人女性らが送り込まれた戦時下の沖縄の慰安所について史料や証言を基に書いた書籍『沖縄戦の記憶と「慰安所」』に触発された」といいます。

「衝撃だったのは『沖縄の女性と子どもを守るために慰安所が必要』との証言。つまり、慰安婦を盾にしたということだ」「沖縄にも慰安所があったことを忘れてはいないか、問題提起したい」(金城さん、17日付沖縄タイムス)

 レリーフには4人の「慰安婦」が描かれています。左から「悲しみ」「祈り」「誇り」「怒り」の表情です(写真右、沖縄タイムスより)。

 沖縄戦で朝鮮人軍夫、「慰安婦」はどういう状態に置かれていたか。その一端を示す「手記」と証言が、奇しくも同じ20日付の琉球新報の別の面で紹介されていました。手記を寄せ新報に証言したのは本部町の渡久地昇永さん(90)です。(以下、記事から抜粋。《》は手記、「」は証言)。

<多くの民家に兵士が暮らしました。渡久地さんの家もその一つ。
 《最も多人数が停留していたのは朝鮮から徴用された軍夫20人余であった。畳一枚の広さに大の男2人が寝ていた計算になる。》
 日本軍は軍夫を命令で縛り、暴力を振るいました。
 《ある下士官が朝鮮人軍夫に自分の下腹部をさらけ出して毛ぞりをさせているのだ。僕は一瞬、目を背けてしまった。
 また、どういう命令違反があったのか、自分の銃剣の先で軍夫の耳を突き刺してせっかんする日本兵もいるではないか。軍夫は「アイゴー、アイゴー」と声を上げて泣いていた。》

 近所の家はまるごと日本軍の「慰安所」として接収されました。
 「慰安所には5、6人の朝鮮の女性がいました。日曜になると日本の兵隊が並んでいました。私たちは中に入れない。木の間から中の様子をのぞいたことがあります。朝鮮の女性はかわいそうでした」>(20日付琉球新報)

 冒頭の追悼会で、「恨之碑の会」共同代表の安里英子さんは、「慰安婦や軍夫という非人道的な存在を生み出したのは日本だ。被害と加害を背負うオキナワ人の責任を自ら問わなければならない」と訴えました(20日付琉球新報)。

 誰よりも「責任を自ら問わなければならない」のは、「本土」のわれわれ日本人です。日本は琉球を武力で植民地化し、朝鮮半島を侵略・植民地支配し、沖縄を戦場にし、朝鮮人軍夫、「慰安婦」を虐待し、多くの沖縄の人々を死に追いやり、また自ら殺害しました。

 沖縄戦でわれわれ日本人が本当に知らなければならないのは、米軍による被害ではなく、天皇制国家・日本の沖縄人、朝鮮人に対する加害の実態、今に続く加害の歴史です。


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日曜日記154・「孤独死」を超えられるか・メディアの廃刊

2021年06月27日 | 日記・エッセイ・コラム

☆「孤独死」を超えられるか

 19日のETV特集「“孤独死”を越えて」。「孤独死」した人の部屋を清掃し遺品を整理する特殊清掃員・小島美羽さん(28)の活動を追った。

 小島さんは7年間で約700件の清掃を手掛けた。ただ清掃するだけではない。どこに何があり、何を大切にしていたかを、訪ねて来た遺族に克明に伝え、遺品を通じて一緒に故人を偲ぶ。まるでお通夜だ。疎遠だった遺族も故人との思い出がよみがえり涙する。

 小島さんは清掃する前の故人の部屋をミニチュアにして復元している(写真)。驚くほど精巧に再現する。「(孤独死を)どうすれば自分事と思ってもらえるか」考えた結果だ。ミニチュアを持って、「孤独死」についての講演にも出かける。

 小島さんがここまでするのは、17歳のとき、離別していた父親が「孤独死」し、衝撃を受けた自身の体験があるからだ。

 「孤独死」の平均年齢は「61・6歳」だという。「65歳未満が52%」とか。70代、80代はむしろ少ない。50~60代は民生委員などのセーフティネットの外にいるからだという。

 石田光規早稲田大教授は、「孤独死」が増加しているのは、「個で生きて行く社会になっている」からだとし、「それはもう戻らない」と指摘する。
 小島さんは「独りで亡くなったから、寂しかったというのは、ちょっと違うのかなと思う」と言う。

 独りで死んでも寂しくない死とは、どんな死なのだろう。どんな人生なのだろう。

 「個で生きて行く社会」が後戻りできない社会だとすれば、「家族」というものを考え直す必要があるのではないだろうか。「家族」は家族として、しかし「家族」ではない新たな人間関係のつながり、コミュニティという一般名詞では表し切れないつながりを、これからの社会ではつくっていく必要があるのではないだろうか。
 独り暮らし15年の切実な問題意識だ。

☆メディアの廃刊

 20年ほど前、勤めていた2つのメディアが相次いで廃刊になった。
 1つは小さな小さな都内のローカル新聞。もう1つは、それなりの歴史と規模をもっていた夕刊紙。いずれも経営不振からだ。

 どちらも経営者は保守的で、「権力監視」の意識も経営方針もなかった。しかし、そこに身を置いて働く限りは、可能な限り批判的精神を忘れず、社会変革に少しでも資するものをと心掛けてきた。結果、経営者とはたびたび衝突し、左遷もされた。

 廃刊になっても、読者からの惜しむ声は聞かれなかった。転職先はだんだん狭まり、ジャーナリズムの世界から接客業のバイトの掛け持ちに移っていった。

 6月24日、香港のリンゴ日報が廃刊になった。国家権力の弾圧による廃刊だ。その前夜、本社前には多くの市民が集い、感謝と激励の声をあげた。多くの市民が最終号を買い求めた。

 いまの日本で、メディアが直接国家権力の圧力・弾圧を受け、廃刊に追い込まれることはまずない(いまのところ)。しかし、メディアは自己崩壊する。直接的には経営不振という形をとっても、根底には批判精神を忘れた権力への迎合がある。「日本人」もまったく同じだ。

 国家権力は意に沿わない者は悪法をタテに弾圧し消し去る。日本には治安維持法があった。それが侵略戦争・植民地支配を推進した。いまの日本に露骨な弾圧法はない(様々な人権規制法はもちろんあるが)。
 だが、日本は、日本人は、国家権力が暴力的に規制・弾圧しなくても、自己崩壊しようとしている。権力に対する迎合・自己規制と、一人ひとりの思考停止によって。

 香港、ミャンマーの市民・メディアへの弾圧は許せない。たたかっている人々にエールを送る。同時に、日本には日本の困難さがある。思考と感性を腐らせないで、たたかい続けよう。68の誕生日に自分に誓う。


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天皇の「五輪発言」は許されない

2021年06月26日 | 天皇制と憲法

    

 西村泰彦宮内庁長官の発言が波紋を広げています。西村長官は24日の記者会見でこう述べました(写真中)。

「天皇陛下は現下の新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変ご心配しておられます。国民の間に不安の声がある中で、ご自身が名誉総裁をお務めになるオリンピック・パラリンピックの開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察しています」
「(「長官の拝察か」との記者の問いに)拝察です。日々陛下とお接しする中で私が肌感覚として受け止めているということです」
「(「陛下の気持ちと受け止めていいか」との問いに)私の受けとりかたですから。陛下はそうお考えではないかと、私は思っています。ただ陛下から直接そういうお言葉を聞いたことはありません」(24日の朝日新聞デジタルより)

 これに対し、加藤勝信官房長官は同日の記者会見で、「宮内庁長官自身の考え方を述べられたと承知している」(25日付共同配信)とのべ、菅義偉首相も25日、同じ考えを示しました(写真右)。

 しかし、西村長官の発言は、「「拝察」という言葉を使っているが、実質的には天皇陛下(ママ)の同意に基づいた陛下自身の言葉を伝えているはずだ」(河西秀哉名古屋大大学院准教授、25日付沖縄タイムス=共同)とみるのが自然です。

 この問題をどう考えればいいでしょうか。

 第1に、天皇徳仁が西村長官を通じて上記の考えを公にした意図は何でしょうか。西村氏の言葉からうかがえることは、自分が「名誉総裁」を務めるオリ・パラで感染が拡大すれば自分の責任も問われかねない、少なくともイメージダウンは避けられない。そこで自分は感染拡大を懸念していた、心配していたということを記録しておく必要がある、ということではないでしょうか。

 第2に、どのような意図があろうと、現情勢におけるオリ・パラ開催に関する発言はきわめて政治であり、憲法(前文、第3、4条)に照らして、許されるものではないということです。西村氏はそれが分かっていますから、天皇が直接発言したものではないと強調していますが、それは脱法トリックにすぎません。

「天皇に一切の政治的行為を許さない「象徴」とするのが憲法の「国民主権」だ。東京五輪は開催をめぐる賛否が分かれ、政治的な論点になっている。…こうした政治的問題は国民や議員が自らの責任で決めるべきことで、国民主権を侵害するこの発言の危険性を認識すべきだ」(渡辺治一橋大名誉教授、24日朝日新聞デジタル)

 立憲民主党の安住淳国対委員長は24日、「政府がいう『安心・安全の大会』になるか、懸念をもっておられるんだと思う。国民の多くも共有している。大変重い」(24日朝日新聞デジタル)と天皇の(間接的)意見表明を歓迎する考えを表明しました。とんでもないことです。

 東京オリ・パラは中止すべきであることは当ブログでも再三主張しましたが、だからといって、天皇の政治発言を都合よく容認・評価することは許されません。内容の如何にかわらず、天皇の政治発言・政治行為は絶対に許されません。

 第3に、しかし同時に、自らが「名誉総裁」を務めるイベントが感染拡大の場になろうとしていることについて何も言えないのも問題がないとは言えません。そもそも政治にかかわる発言をしてはならない者が憲法上存在していること、その者を「名誉総裁」に担いで政治利用すること自体が問題なのです。

 すなわち、「象徴天皇制」の存在自体が、基本的人権に反する制度だということです。このような「象徴天皇制」は廃止(憲法から関連条項を削除)すべきです。西村発言はあらためてその必要性を示していると考えます。


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朝鮮戦争と在日コリアン差別

2021年06月24日 | 朝鮮半島・在日コリアン差別と日本

    

 71年前の1950年6月25日、朝鮮戦争(6・25戦争)が始まりました。53年7月27日に「休戦協定」が結ばれましたが、いまだに終結していません。現在のコリア半島の政治・経済・社会を見るとき、そして朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)とアメリカの関係において、この事実を忘れることはできません。

 さらに重要なのは、日本が朝鮮戦争と深く関わっていた歴史を知ることです。日本はたんにアメリカの後方基地としてだけではなく、直接戦闘に加わったほか、「朝鮮特需」の“死の商人”によって”繁栄”しました。日本はコリア半島の戦争を待望し、休戦に反対さえしました。その影の主役となったのは天皇裕仁でした(2016年5・11、5・12、5・14、18年7・26、19年2・5、9・24、20年6・25、7・28のブログ参照)。

 ここでは、今日の日本の政治・社会の重大問題である在日コリアンに対する差別・差別政策と朝鮮戦争の関係を考えます。

「今日の在日コリアンの法的地位と、それにもとづく市民的権利(の剥奪―私)は、日本が米国の軍事支配下にあった1945年8月15日から1952年4月28(サンフランシスコ講和条約発効―同)までの約7年間に基本的に決まった」(ロバート・リケット和光大学教授「朝鮮戦争前後における在日朝鮮人政策」、大沼久夫編『朝鮮戦争と日本』新幹社2006年所収)といえます。

 リャン・ヨンソン(梁英聖)一橋大大学院特別研究員はこれを「1952年体制という日本独特のレイシズム法制」だとし、「1952年体制は、GHQ占領期に官民挙げて米国に協力した朝鮮戦争下の日本で…最初から在日コリアンの弾圧を目的としてつくられた」(『レイシズムとは何か』ちくま新書2020年)と指摘します。

 そのことを、この「7年間」の主な出来事から見てみましょう。

1945・10・15 在日朝鮮人連盟(朝連)結成
   12・16 米英ソ3国が朝鮮信託統治で合意
   12・17 衆院選挙法「改正」=「戸籍条項」によって在日コリアン、台湾人の選挙権剥奪
1946・2・8  憲法改正要綱(松本試案)で、「全ての自然人」(マッカーサー草案)を「全ての国民」に書き換え
   6   ポツダム勅令311号=在日コリアンら取り締まり
   11・3 日本国憲法公布
   11   大阪府警察が「大阪府朝鮮人登録条例」
1947・5・2 外国人登録令(外登令)=天皇最後の勅令(勅令第207号)で、在日コリアン、台湾人を「当分の間外国人とみなす」
   5・3 日本国憲法施行
1948・4・3 済州島事件=済州島の共産主義者弾圧(背後にアメリカ軍)
   4・24 阪神教育闘争=朝鮮民族教育・学校弾圧
   8・15 大韓民国樹立
   9・9 朝鮮民主主義人民共和国樹立
1949・12  外登令改定=「指紋採取」など、後の外国人登録法(外登法=1952・4・28)の原型
1950・5~7 レッド・パージ
   6・25 朝鮮戦争
   
7・1 国籍法施行
   
8・10 警察予備隊令公布=再軍備開始
1951・9・8 サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印
   10・4 出入国管理令(入管令)公布
1952.4.28 サンフランシスコ講和条約・日米安保条約発効=在日コリアン・台湾人の国籍をはく奪、外登法施行

 「1952年体制という日本独特のレイシズム法制」は、日本政府とアメリカ政府(GHQ)の合作でした。

「「逆コース」以降、GHQは吉田政権の単一民族思想が国内の秩序を維持し、調和をはかるうえで役に立つと気づいた。朝鮮少数民族の規制と、共産主義の押さえ込みという二点で日米双方の意向が一致したのである。…民族教育の否定、朝連の解体、強制送還の模索、「外国人」管理の強化などの措置が日本を「単一民族」国家にしたのである。朝鮮戦争のあいだはこれが日米同盟の前提のひとつともなった」
「日本の一国平和主義には、米占領軍による独裁統治象徴天皇制が二重写しになっている。植民地支配や戦争責任の回避、官僚制の存続と保守勢力の優勢とともに、これも日米同盟の土台となり、現在に至っている」(ロバート・リケット氏、前掲)

 在日コリアンへの差別・弾圧、入管法にみられる外国人差別・迫害、日米軍事同盟=安保条約体制、再軍備、象徴天皇制…それらはすべて絡み合っています。その体制は朝鮮戦争を中心とする1945年~52年の7年間に土台が形成され、今日に継続しているのです。

   


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沖縄「6・23」と自衛隊と天皇

2021年06月22日 | 沖縄と天皇

    
 6月23日は「沖縄慰霊の日」。沖縄戦で15万人を超える住民を死に追いやった帝国日本軍第32軍の牛島満司令官と長勇参謀長が自決した日とされています(実際は6月22日説が有力)。この日を「慰霊の日」とすることには以前から強い批判があります(ちなみに、沖縄戦の降伏文書が調印され文字通り沖縄戦が終結したのは9月7日)。

 「6・23」には糸満市の摩文仁の丘で沖縄県主催の式典が行われますが、それに先立ち、夜が明けきらないうちから、同じ摩文仁の丘の頂上にある「黎明之塔」(写真中)の前で、ある集団による「慰霊祭」が行われます。集まるのは沖縄駐屯の陸上自衛隊第15旅団の面々です(写真左は昨年のもよう=沖縄タイムスより)「黎明之塔」は牛島司令官と長参謀長をまつったものです。

 沖縄タイムス(5月30日付)によれば、「黎明之塔」の前で自衛隊による「慰霊祭」が最初に行われたのは1976年。しかし批判を受け、頓挫しました。それが復活したのが2004年。「再興したのは、第1混成団(当時)の団長だった君塚栄治さん(故人)。沖縄を離れた後は東日本大震災時の東北方面総監、陸自トップの陸上幕僚長を務めた人物」

 君塚栄治東北方面総監。この名前には憶えがあります。

 天皇明仁(当時)は2011年3月16日、東日本大震災にかんして「ビデオメッセージ」をテレビで流しました(写真右)。天皇の「ビデオメッセージ」は史上初で、憲法上重大な疑義がある行為です。

 この中で明仁天皇は、「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする…努力に感謝…」と述べました。その7年前の2004年10月の中越地震のときに出した「ねぎらい」の文書では、「消防、警察、自衛隊」の順になっていました。それが「3・11」では自衛隊が最初になったのです。この微妙な順番の変化に感激したのが、君塚氏でした。

「天皇のビデオメッセージが一斉に放送された。夜、録画でそれを見た君塚は、あっと思った。…自衛隊に真っ先に言及していただいた―。君塚は感動した。「今まで以上に自衛隊がたよりにされている、と感じました」」(2014年4月28日付朝日新聞)

 その「ビデオメッセージ」から約1カ月後の4月27日、天皇・皇后は「被災地訪問」で宮城県を訪れました。このとき、天皇・皇后が乗った自衛隊機を、東松島市の松島基地で出迎えたのが君塚総監でした。天皇・皇后は松島基地で昼食をとりましたが、これには村井宮城県知事(自衛隊出身)らとともに君塚総監も同席しました。基地で天皇が自衛隊幹部と会食したのは史上初です。

 「黎明之塔」前の「慰霊祭」を再興した君塚氏が、天皇に対する強い忠誠心を持つ人物であったことは明らかです。

 天皇と君塚氏にはこんな因縁もあります。

 天皇明仁は2018年3月27日、自衛隊の配備強化が図られ反対運動が起こっていた与那国島を初めて訪問しました。この日は、「日本版海兵隊」といわれる「水陸起動団」の発足日でした。「陸幕長…在任中、水陸両用部隊の整備や機動力向上…に着手した」(ウィキペディア)のが君塚氏だったのです。

 ちなみに、君塚氏が「黎明之塔」前の「慰霊祭」を復活させた2004年は、陸上自衛隊が初めてイラクに派遣され(1月)、沖縄国際大に普天間基地の米軍ヘリが墜落し(8月)、アテネ五輪に興じていたメディア・日本人がそれを無視した年でもありました。

 天皇明仁は「忘れてならない4つの日」として、「8・6」「8・9」「8・15」とともに「6・23」をあげ、これらの日には皇居内で「追悼」するといいます。徳仁天皇もこれを引き継いでいます。
 これら「4つの日」は、いずれも日本の戦争被害性を象徴する日であり、そこに日本の侵略戦争・植民地支配の加害責任の自覚はありません。「6・23」も「敗戦」の記憶であり、日本軍の加害の意識はありません。

 そのことは、日米安保条約の下で米軍基地が集中する沖縄が、自衛隊のミサイル基地・前線基地にされようとしており、「6・23」に自衛隊幹部が「黎明之塔」前で「慰霊祭」を繰り返し、自衛隊(軍隊)と天皇の親密な関係が今も連綿と続いていることと、けっして無関係ではありません。


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深化する国会翼賛化と「野党連合」の実態

2021年06月21日 | 日本の政治と政党

    

 16日閉会した通常国会では、菅政権が提出した63法案のうち61法案(97%)が成立しました。過去5年間の通常国会で最大の成立率です。成立した法案の中には、民主主義の根幹にかかわる重大な悪法が少なくありません。
 にもかかわらずそれらがスイスイ通ってしまうことは、国会がますます機能低下している、言い換えれば、政府・与党と対決すべき野党が政権へ接近し、国会の大政翼賛化が深化していることを示しています。

 成立した重大法案の中で、野党が公然と賛成、あるいは成立に手を貸した悪法には以下のものがあります。

  • 特措法・感染症法「改正」(2月3日成立)…賛成:自民、公明、維新、立憲
             (自民と立憲民主が「修正合意」し審議はわずか4日間)
  • 国民投票法(6月11日成立)…賛成:自民、公明、維新、立憲、国民
  • 土地規制法(6月16日成立)…賛成:自民、公明、維新、国民

 日本維新の会はもともと野党とは言えない存在ですが、立憲民主党と国民民主党が上記のように悪法成立に公然・隠然と手を貸した事実は見過ごせません。
 とりわけ、国民投票法は改憲の一里塚であり、土地規制法は「ナチスの独裁を正当化した授権法と同類の悪法であり、憲法違反と言わざるをえない」(山口二郎法政大教授、17日付沖縄タイムス)ものです。これに国民民主が賛成したことは記憶される必要があります。

 国民民主はこのほかにも、維新と共同で、自衛隊法・海上保安庁法「改正」案を衆院に提出しました(6月2日)。それは、尖閣諸島周辺での中国警備局船に対する「自衛隊による警戒監視活動の明記や…武器使用を認める」(3日付琉球新報)もので、政府・自民党が公然と言えないことを代わって提案したものといえます。

 こうした国会の翼賛化と密接に関連しているのが、立憲民主を中心とする「野党連合」の動向です。立憲民主の枝野幸男代表は17日、最大の支援組織・連合の幹部会合に出席し、「共産党との連立政権は考えていない。理念で違う部分がある」(18日付琉球新報=共同)と表明しました。「連合内に「日米安全保障条約の廃棄」を主張する共産への拒否感が強いため」(同)です。

 また、同党の岡田克也元副首相も、共産党に対し「政策が大枠で一致している状況になく、政権を共にすることはない」(7日付中国新聞=共同)とする一方、国民民主については、「かつての仲間だ」「大きな固まりで選挙を戦い、やがては一つの党になるよう執行部は頑張ってほしい」(同)と述べています。

 枝野氏や岡田氏の発言から明らかなことは、立憲民主は選挙での共産党の票は欲しいものの、連立は念頭にないこと、一方、国民民主とは合併をめざすということです。その主な理由は政策の不一致、とりわけ日米安保条約(軍事同盟)に対する政策の違いが決定的だということです。

 すなわち、立憲民主や国民民主が目指している「野党連合」は、日米安保条約=日米軍事同盟堅持という自民党政権の根幹政策と同じ基盤に立った二大政党制にほかなりません。

 立憲民主が他の野党を排して自民党と国会運営について密室協議を続けている(写真右)問題については再三述べてきましたが(6月7日のブログなど)、こうした運営面とともに、重要政策面でも国会の翼賛化が進行しているのです。

 重要なことは、こうした国会の翼賛化が、先のG7サミットでも明確になったように、「対中国包囲網」を旗印にした日米安保・軍事同盟の深化、「戦争する国」へのアクセルと無関係ではなく、同時併行的に進行していることです。
 それは80年前(1940年10月12日「大政翼賛会」発足)の歴史の繰り返しであることを銘記する必要があります。

 


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日曜日記153・東京五輪強行の意味・谷川俊太郎「五輪の詩は書けない」

2021年06月20日 | 日記・エッセイ・コラム

☆東京五輪が強行される意味

 東京オリ・パラが有観客で強行される雲行きになってきた。このことの意味を、立ち止まって考える必要があると思う。

 重大な悪法が政府・自民党によって強行されることは少なくない。むしろ、日本の近現代史はその繰り返し・連続と言っても過言ではない。
 しかし、今回の「五輪強行」は、そうした悪法の強行とは違う側面がある。

 各種世論調査で、常に「中止」「再延長」が多数だった。メディアも朝日新聞や3つの地方紙が「中止」を主張した。海外メディアも「開催」の無謀を批判した。政府「分科会」の「専門家」ですら「普通はない」と国会で答弁し、「やるなら無観客で」という「提言」を出した。財界からも「無観客が限界」(桜田謙悟経済同友会代表幹事)の声が上がった。

 にもかかわらず、こうした圧倒的な「世論」に背を向けて、菅義偉首相と小池百合子都知事は、有観客の開催を強行しようとしている。

 もちろん、「圧倒的世論」が正しいとは限らない。天皇制や日米安保条約を「支持」する「圧倒的世論」がそれを証明している。圧倒的少数派でも、科学的・論理的・歴史的に正しいことは正しい。

 だが今回の「東京五輪」をめぐる世論は、圧倒的でありしかも正しい。にもかかわらず菅や小池らの暴走・暴挙を止められないのは、なぜなのだろうか。何がこの国に決定的に欠けているのだろうか。

 それを立ち止まって考えねばならない。でなければ、やがて、「五輪」どころではない重大問題で、同じことが繰り返される可能性が小さくない。

☆谷川俊太郎さん「五輪の詩は書けない」

 谷川俊太郎さんは1964年の「東京五輪」で、新聞に詩を書き、市川崑監督の記録映画の脚本を担当した。その谷川さんが、今回の「東京五輪」についてこう述べている。

「64年の東京五輪と、今の五輪の中身の違いの恐ろしさは感じます。前回僕は記録映画の脚本に参加したり、新聞で五輪の詩を書いたりしましたが、今度はそれは書けないという感じがすごく強いですね。

 64年の時にはまだアマチュア精神というものがあって、選手たちの闘う姿が美しかったという記憶があるのね。それがいつの間にか、カネの世界になっちゃったわけですよね。

 市川さんは選手の肉体の美しさを描いていて、それは時代によって変わるものではないと思うんですけど、それよりも数字に表れた記録とか放映権みたいな話になってしまって。スポーツ選手たちの肉体の美しさを屹立させると言うか、俗世間からは違うものとして詩を書くことが、もう難しくなってしまった感じがあるんですね。

 簡単に言うと、五輪の詩というものは失われたと思います。五輪の詩を書くことに対しては64年の当時から批判はもちろんあったのですが、五輪の精神が人間を豊かに美しくしていたというのがありました。だけど今、五輪の詩を書いてくれと言われても、僕は書けないですね。パロディーとか批判的な詩なら良いのだけれども、スポーツとはそういうものではないと思うからね」(6月7日朝日新聞デジタル掲載インタビューより)


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記者の質問遮る小野広報官を操るのは誰か

2021年06月19日 | 政権とメディア

    

 テレビやネットで中継される首相会見で司会を務める小野日子(おの・ひかりこ)広報官の、記者の質問を遮る不当な進行が目に余ると以前書きましたが(5月16日のブログ)、17日の会見でもそれが顕著に表れました(写真中の右端、写真右は日経新聞のサイトより)。

 午後7時から始まった会見。菅義偉首相の冒頭発言(18分)に続いて質疑応答に入りました。はじめに幹事社の東京・中日新聞・清水記者が質問の最後に、「なお、今回も再質問に応じていただくように」と発言(確認)しました。

 小野広報官の進行は、首相の答弁から間髪入れず次の質問者を指名するもので、再質問の時間をあけないようにしようとする意図がありありとうかがえます。

 朝日新聞記者の「東京五輪開催」に関する質問(7人目)で、聞いていることにまともに答えない首相に対し、朝日の記者は自席から声を出して答弁を求めました。この時、小野広報官は「自席からの発言はお避けください」と記者を抑えようとしました。

 さらに、中国新聞記者が「公選法違反の河井元法相夫婦へのカネの流れ」について質問した際(10人目)、やはり質問にまともに答えない菅首相に記者が自席から答弁を求めたのに対し、再び小野氏が「自席からの発言はお避けください」と発言しました。

 また小野氏は、フリーランスの記者(13人目)が「G7サミット」について自身の見方とともに質問している最中に、「質問をお願いします」と途中で記者の発言を遮りました。

 こうした小野氏の進行は、明らかな質問遮断・妨害であり、絶対に容認することはできません。冒頭の幹事社・清水記者の発言から分かるように、「再質問」については記者クラブと官邸広報の間で事前に了解されているはずです。だとすれば、事実上再質問を封じる小野氏の進行は、記者クラブとの申し合わせにも反します。

 今回の2人の自席からの発言も、質問にまともに答えない菅首相に再度答弁を求めたにすぎません。再質問というより再確認です。事実、首相会見の中継を見たことがある人なら、菅首相が質問にまともに答えない(答えられない)ことにはイライラ感が募るはずです。こうした首相を相手にするのですから、再質問・再確認は必須です。それを封じることは、無内容な首相会見をさらに無内容にするものと言わねばなりません。

 しかし、こうした不当な会見進行を小野氏が自分の判断で行っているとは考えにくいことです。小野氏は一広報官であり、高額接待で辞任した山田真貴子氏の後任として今年3月就任したばかりです。小野氏は上司の指示に従っているだけでしょう。小野氏にこうした不当な進行を指示しているのは誰なのか。杉田和博官房副長官か、加藤勝信官房長官か、菅義偉首相自身か。

 もうひとつ気になるのは、小野氏が山田氏の後任に抜擢されたのが、「後任はやはり女性に」とする菅首相の意向だったと言われていることです。相次ぐ女性広報官の起用。それは「女性活躍」などではなく、質問を遮る不当な進行を女性のソフトな印象で包みたいという意図ではないでしょうか。だとすればこれもジェンダー差別の一種と言わねばなりません。

 記者の自席からの発言・再質問・再確認を封じる司会進行は直ちにやめさせなければなりません。記者クラブは公式に抗議すべきです。それは「報道の自由」「市民の知る権利」への重大な侵害であり、メディアを支配しようとする独裁政権の所業にほかならないからです。


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ワクチン「有効性・安全性」情報示さない菅政権

2021年06月17日 | コロナ禍と政治・社会

    

 菅義偉首相は、東京オリ・パラの強行も、政権支持率も、来る総選挙の勝敗も、「ワクチン普及次第」と考えています。メディアはNHKを筆頭にワクチンキャンペーンを展開し、政権を後押ししています。社会全体に、「ワクチンさえ射てば安心」という空気が蔓延しています。

 これはきわめて危うい状況ではないでしょうか。なぜなら、ワクチンはどの程度有効で安全なのか、その情報があまりにも少ない、菅政権は明確な説明をしていないからです。

 今月10日昼のニュース(TBS系)で、ワクチン接種後、3時間で容態が急変し、死亡した女性(73)の実例が報じられました。女性には糖尿病の持病があったものの、接種までは何の異常もなかったのに、接種後の急死で、パートナーは悲しみの中、ワクチンとの因果関係の究明を求めていました。
 同ニュースでは、日本でワクチン接種後に死亡した人が139人いますが、ワクチンとの関係は明らかにされていないといいます。

 黒木登志夫東大名誉教授は、「ワクチン効果」についてこう指摘しています。

「統計学的に有意なデータをとるためには、数万人規模の臨床試験が必要になる。費用もかかるし、時間もかかる。…安全性、有効性に加え、どのくらい免疫が続くのか、どのくらいの間隔で注射するのがよいのか、など実地に入る前に明らかにしなければならいことは限りない

 早く早くと期待されているのはわかるが、ワクチンの開発には非常にお金と時間がかかるのだ。政治家には、このような慎重な手続きが理解できないようだ。…われわれが必要としているのは、安全性と有効性が保証されたワクチンなのだ。…

 新型コロナウイルスに対する中和抗体は、早く消えてしまうことも分かってきた。中国の症例では、無症状のコロナ感染者は、回復期には40%が抗体を消失していた。有症状患者では、13%の患者で抗体が消失していた。コロナウイルスの抗体が早期に消失するのであれば、繰り返しワクチンを接種するなどの方法が必要になるであろう」(『新型コロナの科学』中公新書2020年12月)

 また、沖縄県の現場で奮闘している高山義浩医師は、「ワクチンに期待しすぎないこと」として、こう指摘していました。

「有効なワクチンが供給されたからといって、若者たちが接種するとは限らない。有害事象の報道があればなおさらで、ワクチンを強制接種することはできなくなる。マスクや手洗いと違ってワクチン接種には副反応のリスクがあるからだ。

 このウイルスが大きな脅威とはいえない若者たちを、どこまで巻き込んでワクチン接種が進められるのか、集団免疫にまで導けるのか、少し冷静になった方がいいと思う。…副反応のリスクについても丁寧に説明していくことが求められる」(「新型コロナウイルスとの共存」、村上陽一郎編『コロナ後の世界を生きる』岩波新書2020年7月所収)

 こうした専門家の指摘を参考にすれば、少なくとも次の諸点の説明・解明が求められます。

<ワクチンの有効性>

〇ワクチンを接種すればいつから効果が出るのか?1回の接種でも効果はあるのか?
〇ワクチンの有効期間はどのくらいなのか?(どのくらいの間隔で再接種する必要があるのか?)
〇デルタ(インド)株をはじめ各種の変異株に現在のワクチンはどの程度有効なのか?
〇集団免疫は全人口の何%くらいの接種で期待できるのか?(60%説、70%説などあり)

<ワクチンの安全性>

〇接種後の死亡例とワクチンの因果関係は?
〇持病と副反応の関係は?(どのような持病があるとワクチンは避けるべきなのか?)
〇こどもは何歳くらいから接種が可能・望ましいのか?

 こうした疑問に対し、政府(およびその傘下の「専門家」)は責任ある説明を発表していません。台湾が初期の感染を完全にブロックできた要因に、政府からの徹底した情報開示(制限時間を設けない記者会見)があったことが想起されます。

「何がコロナ対策の成否を決めるのか。…重要な要因は、政府に対する国民の信頼感である。…コロナ対策の現状を包み隠さず丁寧に説明することだ」(中北浩爾一橋大教授、12日付中国新聞=共同)

 菅・自民党政権に「信頼感」など望むべくもありません。だからこそ、政府(国家権力)から独立した専門機関が必要なのです。専門家・専門家集団の覚醒・奮起が今こそ求められています。

 


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